2022/01/09 のログ
暁 名無 > 「報告ありがとさん。……じゃ、入ってみっから。」

火のついた煙草を銜えたまま、風紀委員の生徒数名へと告げる。
今回俺が呼ばれたのは、きっと中にある『モノ』の始末の付け方が分からなかったから、だろう。
煙草の匂いと、海からの潮の匂いに混じって異質な臭いがさっきから鼻を突いている。
だから俺がひとまず中に入り、確認の後指示を出す。そうして欲しいという旨が報告の最後に添えられていた。

「君らは待機してて。気分が悪くなったら無理せず離れるんだよ。
 え?俺?……俺は平気、慣れてるからねえ。」

嘘だ。慣れる筈が無い。
これまでも島内で数度、この手の検分には立ち会ったし、この島に来る前にも似たような事をしたことはあった。
だけど、慣れられよう筈もない。慣れてしまえる程、俺は人が出来てない。

車両搬入用の大型シャッター扉の脇にある出入り口へと向かう。
既に鍵は開けてある、と聞いているが一歩近づくごとに異質な空気が煙草の煙に混じってても分かるほど強くなる。

―――これは、死臭だ。

暁 名無 > アルミの扉を開け、倉庫の中へと入る。
外に漏れ出ていただけの死臭が煙草の匂いすら薄れるほどに強くなる。
手探りで照明のスイッチを探し、出来ればこのまま何も見ずに帰りたいという気持ちを押さえながら灯りをつける。

「………チッ。」

蛍光灯が照らした倉庫内は、俺からすれば地獄絵図以外の何物でもなかった。
先の報告内容と併せて推察するに、最後に使われたのは『加工場』としてなのだろう。

体育館ほどの広さに、様々な器具が乱雑に並べられていた。
そしてそれらが気にならないほどに、夥しいほどの血の跡が元の床の色が分からないほどに床にこびりついている。
更にはほとんど捨て置かれている状態の様々な骨、毛皮、半ば腐っている肉塊、臓物。
倉庫内の一画に積み重なる様にして設けられた檻の中には、既に息絶えて久しいと思しき生物たち。

無数の蝿の集るそれらを見て、まあどうしたら良いのか困るのも無理は無いな、とどこか諦観に似た気持ちで思ってしまった。

きっとこの光景を最初に確認した風紀委員は寝込んでいる事だろう。
外に居た委員たちは割と平然としていたから、きっとまだ見てないのだと思う。そう言ってた気もする。

暁 名無 > 「……年末年始の稼ぎ時に間に合わせようって肚だったんだな。」

この場に居る生物……元生物は同一種だけではない。
種類だけなら十数種、頭数はきっと100かそれ以上か。
大型から小型まで、よくもまあこれだけ集めたものだ、と腸が煮えくり返る思いだ。

乱雑に積まれた遺骸へと近寄れば、種類によって残っている部位が違う事が分かる。
ある種は頭骨、ある種は角、毛皮、爪、牙……何処かしら欠けている所があった。

全ての生物がアンコウの様に余すところなく『使われる』わけでは無い。
むしろ利用価値のある部位なんてのは極一部しかなく、それ故に稀少性のあるものが多い。
だからこそ、こういった事態が起こるわけだ。稀少であるものほど、高値で売れるのは道理なのだから。
島内でも、島外でも。

「――――島じゃ見ない種類の方が多いな。
 つーことは本土から運んできて此処で解体、闇市に回すかまた本土へ運ぶか、か。」

ぐらぐらと腹の底で煮えるように熱を帯びた感情を抑え込みながら、求められた通りに検分を行う。
仕事――無報酬だけど、として呼ばれたからには、最低限でもきちんとこなしていくさ。クソが。

暁 名無 > 「檻の中は……解体待ちか、それとも愛玩用として売りにでも出すつもりだったか……
 下っ端が捕まったんでそのままこの倉庫を捨てた、って感じだな。
 ……これだけやっといて人の居た気配が残ってないてことは、常習か。はーぁ。」

銜えていた煙草を吐き捨てれば床に落ちる前に空中で一気に燃え尽きる。
その炎に照らされた頭骨の虚ろな眼窩と目が合った。
……こいつは此処に来る前、どこで、どんな生活をしていたのだろうか。
ふとそんな事を考え、腹の底がまた熱くなった。ダメだ、一旦出よう。



「……と言うわけで、多分連中がここに戻ってくることは無いだろうなぁ。
 捕まえた奴から上手い事情報を引き出してちょーだい。」

倉庫の外に出れば待っていた風紀委員へと中の様子と所感を伝える。
まあいち補助教員の発言に絶対なんてあるわけが無いので、改めて捜査はするそうだけども。
それよりも中にある物をどうすべきか改めて訊ねられた。

「それなら明日の夜までに俺の方で何とかしとくから。
 とりま倉庫の鍵だけ貸して貰っていーい? あとはまーかせて。」

努めて普段通りに、なるべく軽薄に、生徒たちに訝しがられないようにと平静を装って。
手続きを踏んでから倉庫の鍵を受け取って、風紀委員の生徒たちを夜だからと帰宅を促す。

暁 名無 > 風紀委員の生徒たちが帰るのを見送って、小さく息を吐く。
ここから先は完全に無報酬、無評価の一文の得にもならない作業だ。
得られるものと言えば、無力感とぶつけ先のない昏い昏い怒りだけ。

「―――さて、それじゃあお掃除しますか。クソッ。」

悪態を吐いても聞き咎める人も居ない。
再び倉庫の中に戻れば、コートの内ポケットから二枚のカードを取り出す。
トランプほどの大きさのそれは、それぞれの面に絵柄とルーン文字とも梵字とも見れる記号が書かれている。
指先に僅かな魔力を灯し、記号をなぞれば、遥か離れた飼育場と繋がる簡易的な≪門≫が開く。

現れるのは、二頭の狼。白銀の毛並みを持つ体高2mほどの大型幻想種。

『悪いな兄弟、ちょっと手伝ってくれよ。』

呼び出された場所の光景に、またか、と言いたげな二頭へと苦笑しつつ。
不承不承と動き出した狼たちは死肉を、臓物を、骨を、大きな顎で噛み砕き呑み下していく。

暁 名無 > 遺骸は狼たちに任せるとして、され俺がする事と言えば檻に入ったままの連中を外に出してやることだ。
既に命尽きてるとは言え、狭い中に閉じ込められたまま、はあまりにも哀れだろ。
幸い錠は物理的にも魔術的にも簡易なものばかりだったので苦労は無い。いや、魔術的には割としんどいけども。


「悪いな、狭かったよな。
 もっと広いとこで生きてたろうに、こんな中で、知らない場所まで連れて来られて。
 ……ごめんな。本当に、ごめん。」

もっと早く気付ければ、生きてるうちに出してやれただろうか。
どうしてもそんな事を考えてしまって、気付けば謝罪の言葉を口にしていた。

暁 名無 > 檻の中から冷たくなった身体を引っ張り出しては床に並べていく。
思った通り愛玩目的で捕まえられた種が多く、どれも外傷は無く餓死、あるいは衰弱死したものばかりだった。
それらを狼たちは、一瞬の躊躇いの後に腹に収めていく。
人間の手によって、自然の理から外されたモノたち。
それらをせめて、最期だけでも自然の形で送ってやることしか、俺には出来ない。
本当なら、生きてるうちに野に帰してやれたら、と繰り返し思っては振り払いながら、続けていく。
狼たちもそれを察して、ただ屍肉を口にすることに不平も不満も言わないでいてくれていた。



「……よし、こいつで最後……と?」

夜も更け、時刻は明け方になろうかという頃合い。
解体された死体も、蛆や蠅の集った肉塊や内臓も、寒気に晒されていただけの骨も殆ど無くなった倉庫内。
最後に開けた檻から屍体を出していく中で、ふと違和感を覚える。
……積み重なった屍の下で、何かが動いた。

「―――っ、マジか……え、この状況で……?」

屍体を掻き分け、俺の手が届いたのは手の平に収まるほどの小さな小さな毛玉。
頭に長い耳とわずかな突起を備えたその毛玉は、ウサギに酷似した幻想生物、ジャッカロープの幼体だった。

暁 名無 > ジャッカロープ、角を持つ野兎。
類似した種にアルミラージというものもいるが、アルミラージが一本角に対しこちらは二本角。
今俺の手の中に居る幼体は、頭に二つの瘤状の突起を備えている事からジャッカロープであることは間違いない。

「そんな、どう見てもこの倉庫が放っておかれて一週間は経ってんだぞ。
 こんなの、あり得るわけが……」

生きていられる筈が無い。真冬の寒さの中、ましてや小型の生物が。
そう口にしかけ、ジャッカロープが持つ概念を思い出す。
ウサギに角が生える事は本来あり得ない事。それが転じて、あり得ない事の喩えとして使われる。日本ならば「とにかく」の語源。
あり得ない事、その因果を逆転させるのはこの種なら不可能ではないとでも言うんだろうか。


「―――ホント、そういうとこだぞ。お前らに興味が尽きないのは!」

現に今、俺の手の中でこいつは生きている。
風前の灯火のような状態である事に変わりは無いが、まだ、生きている。
であれば、俺に出来ることは。俺がすべき事は。考えるまでもない。何が何でも、この命を先に繋げることだ。

『兄弟、帰ろう!
 最低限の片づけは済んだんだ、文句言われる筋合いはないし!』

俺がひとり感動してる間に綺麗さっぱり命あったものを平らげた狼たちに向かって俺は吠える。
その言葉で察したか、狼の一頭がその場に伏せた。俺は小さな毛玉を懐に仕舞い込んで、狼の背に飛び乗る。

暁 名無 > 「とと、その前にこのままじゃお前ら出られないな……」

狼の背に乗ったまでは良いが、人間用の出入り口は流石に小さすぎる。
せめて外に出てから乗れば良かったか、と反省しつつ車両用のシャッターを開けようと俺が辺りを探る前に。
俺が乗っていない方の狼が、空になった檻を足場に跳躍し、天窓を突き破った。
月明かりに照らされ、割れたガラス片がキラキラと輝く。

『あっぶな!?……おい、確かに急ぎだけどそこまでしなくても』……うわっ!?」

俺が咎める間も無く、今俺が跨っている方も天窓から外へと飛び出した。
気を利かせてくれるのは大変ありがたいが、後で怒られんの俺なんだけどなー。
……まあ、最初から割れてたことにしよう。そうしよう。

『一刻を争うのは伝わってるみたいで有難いよ。
 全速で飛ばしてくれ、俺は振り落とされないよう頑張る!』

俺の指示を受けて狼二頭が吠える。
東の空が白み、三日月が西へと沈んでいく中、二頭の白銀の狼たちは学園へと向けて走り始めたのだった。


「……死ぬなよ、絶対。
 絶対、死なせないからな……!」

懐に抱えた小さな命へと声を掛けながら、俺は倉庫群を後にしたのだった。

ご案内:「◆常世港 大型倉庫(過激描写注意)」から暁 名無さんが去りました。