2022/11/03 のログ
ご案内:「◆黒街の名もなき廃墟(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
菖蒲さんに伝えたその場所は、何もないただの工場の廃墟だった。
何か機械が置いてあるということもなく、一面にコンクリートが広がるのみ。言われなければ工場跡地だとすらわからないだろう。
その場所が、落第街に近いこと。
その場所で、ある事故が起きたこと。
落ち合う場所をそこにしたのは、ただそれだけの理由ではあった。
だから、その何も無い場所に月の光が差し込む様を見た時、少し狼狽した。
(……こんな静かな場所で、私は……)
首を振り、足を進める。
約束の時間より、かなり早かった。
勿論、計算通りに。
呪術を以て呪いを為す姿など、純粋な彼の目に入れたくはなかった。……ただでさえ、自分自身気分が悪くなるのだから。
手を前に差し出す。
虚空を掴むようなそれは、しかし何かを掴みそこねていた。
ぼとり。
風雨に晒されたコンクリートに、赤い染みが広がる。
ほんの一滴溢れたはずの血は、見る間に床へ広がっていく。
枝を伸ばす樹のように……あるいは、何かを掴み取る腕のように。
広がった血の海の中央は波打つように撓み、一瞬で或る魔法陣を書き上げていた。インクは勿論血、呪術的説得力として申し分のないモノを。
更に奥まった壁にまで届いた血の波は、渦巻くように重なると……自らをひねりながら歪な塔を作り上げた。
それは塔に似て、しかし柱であった。ギリシャ様式の神殿のモノを真似たつもりが随分と醜悪になったけれど、まあいい。
今からやることを考えれば、当然とも言える意匠だった。
ご案内:「◆黒街の名もなき廃墟(過激描写注意)」に芥子風 菖蒲さんが現れました。
■藤白 真夜 >
……祈るように、その場に跪いた。
その場が月の光が差し込む場所であったのは完全に偶然だった。
闇に差し込む熱無き光に祈るのは、正しい姿であったか。
「
御身は天上に誘われる聖なる火よ。
天かける空のきざはしに招き導く。
夕日は沈み安らぎの帳は降りゆき。
傷痕は癒え永久なる眠りが訪れる。
汝は栄光の園で勝利の果実を喰む。
御身こそが世の礎たる英雄なれば。
」
信じる神も居ない女の祈りは、しかし全霊を傾けたものだった。
慰みを、安寧を。
その場で起きたという事故のため。
ほど近い落第街の死者のため。
今も続く破壊者という災厄に葬られた者達のため。
果たして……出来損ないで、穢れたものであるはずなのに、その無垢なる祈りは真の輝きをもって彼らに届いた。
見鬼や霊体を見る能力があるものならば、その場に渦巻くように霊魂が蒐まるのが見えるはずだった。
そして──
「──しかし。
我が声は邪なる堕落の誘いなり。
輪を描く蛇が汝らの天輪である。
死を知らず死を識る無知の徒よ。
命の樹から零れ落ちた枯れ枝よ。
嘆き悶え愚かなる無明に絶えよ。
」
歌をうたうように安らかで優しげな祈りの声は、一瞬にして邪教の司祭の祝詞めいて邪な響きを伴った。
……神聖なるものの堕落。
神への生贄たる無垢と、悪魔への供物たる邪悪を同時に秘めた私の身ならば、その再現が出来るからだ。
死者への祈りと、死者に触れる呪術の同時展開と転落。
「──無為に死を遂げし憐れなる者よ。
蛆の這う屍肉に劣る者たちよ。
我こそは肉の檻と血の澱に沸き立つ者なり。
今再び、死に惑え……! 無知なる己が死を嘆くがいい!
運命の脱落者よ、汝らの嘆きこそ我が『祝福』なり──!」
赤黒い光が迸る。
■■■■■■■■■──!!
音にならない、何かの悲鳴が聞こえた気がする。
色の無い何かがその場を飛び去り、……黒くて泥濘んだ何かが、涙のように零れ落ちた。
それは、魔法陣の中心に置かれた赤い盃に堕ち、盃を砕いてカタチを得た。
──────────────────
「……げほ、……ごほっ……」
四つん這いになりえずくように咳をこぼす。血は吐かない。それは……単純明快なる、不快感から来る吐き気だったからだ。
成功した。
それと同時に、自らにおぞましい罪悪感が襲うのを感じる。
……当たり前だ。私は、死者を冒涜した。ただの呪術ですら、私には吐き気がするのに。
……ああ、私だけは、死後を往く者たちに不義を働いてはならないはずだったのに──。
呪いの後遺症でもなんでもなく、ただただ、それは自ら信じるものに背いた罪悪感によるものだった。
誰かが来たことに、今気づく。
「……菖蒲さん。少し、はやかったですか?
ふふ、……私のほうは、無事……成功しました。
後は──」
足音がするほうを振り向くその顔は、汗がびっしりと纏わっていた。
……しかし、力なくとも微笑んでいる。儀式は、成功したのだから。問題は、この次なのだ。
■芥子風 菖蒲 >
暗雲立ち込める空は一切その顔を見せず、時折雷音が唸っていた。
じわりと湿った嫌な空気を振り払うように、少年は走っていた。
落第街の人混みをかき分け、建物を飛び移り、黒風如き街風を切る。
彼女に伝えられた居場所へ向かって一直線。夜の街を突き抜ける。
何故走るのか、急ぐ以外で走る理由があるのだろうか。
約束の時間よりはまだ少し早い時間だった。
「(……胸騒ぎがする)」
何故だかわからない。言ってしまえば虫の知らせ。
一分一秒でも急げと鼓動が高鳴る。
漆塗りの鞘と黒衣が靡き、コンクリートのジャングルを抜けた先
黒風は一面コンクリートの上に降り立った。
月光を乱反射し、青空は正面を見開いた。
そこに映ったのは、地に伏せる彼女の姿。
「真夜先輩……!?」
感情の起伏が乏しい少年にしては珍しく表情がこわばった。
声を荒らげて、駆け足で彼女へと駆け寄って膝をついた。
顔にびっしりと伝わっている汗の数々。声にも力がない。
顔色も良いとはいえない。酷く消耗している。
彼女の体へと手を伸ばし、抱きかかえるように開放しようと試みた。
その時、だ。
「───────……!」
胸が高鳴る。
目を見開き、こめかみを伝う一筋の汗。
なんだ、この気配は。得も知れぬ濃密な気配。
コンクリート一面に広がる魔法陣めいたそれのせいなのか。
それもありそうだが、感じたことはないが、何時も身近にいる"それ"と同じ気配を感じた。
彼女を庇うように周囲を見渡し、僅かにブレる視界を振り払い
漆塗りの鞘を力任せに振り抜き、抜身の鈍色の刃を月光に晒す。
「……本当に何したのさ、先輩……」
後は一体、何が起こるというのか。
彼女のしようとした挑戦は本当に、何をする気だったのか。
自身が抱えている"死の権化"も、何時も以上に声が大きい。
内側外側、どちらとも来る不快感に思わず顔をしかめた。
■藤白 真夜 >
「ちょっと、罰当たりなことをしただけです。
……よくやることなんですけどね。
自分の意思でやってしまったのは、はじめて……」
ゆっくりと立ち上がる。
全身を虫が這い回るような不快感は消えない。
抜かれた刀を見て、一瞬驚き。
(やっぱり、先にやっておいて正解でした。
菖蒲さん自身でも不確定要素なのに、あんなの持ってたら大変なことになるところだった……)
さすがに死の神の権能の一端の前で、あんなことは出来ない。
儀式がブレるか、……あるいは私が斬られていたか。それはそれで都合が良かったかもしれない。
今や赤い柱と魔法陣は、赤い砂になってさらさらと蒸発するかのように消えていった。
しかし、残ったものがある。
割れた杯と──その中に在る“黒い卵のようなもの”だ。鶏卵に似て、一回り小さい。涙型の結晶。
やっぱり不安げな菖蒲さんを見て、心が痛む。……でも、良い。この痛みすら、誰かを頼るということへの代償。
目線を切ると、……その卵のようなものをすくい上げた。
両手で、大事そうに。
「これで、私の目的は達せられます。
……これなら、私がいつの間にか負っていた傷に払う対価として相応しい」
その黒い卵からは、歪な……怨念のような呪いめいた淀みが溢れ続けていた。
死者の怨恨、命への悔悟、生への執着──そういったものを、凝り固めたもの。
私は……それに、大切そうにくちづけをして。
ごくりと、飲み込んだ。
「……菖蒲さん。
私は、嬉しいんです。……これで、私はようやく、自分のやりたいことが出来た。
……でも、どこまで反動があるのかわからないんです」
事実、その卵を飲み込んだ私は、やり遂げたような笑みを浮かべていた。
……ああ、やっと……私は、誰かを傷付けることを辞められた。それが、呪われた所業だとしても。
味として認識すること自体無礼とわかっていても、ものすごく不味い何かを嚥下した。
確信する。これは、成功だ。延々求め続け飢えきったものが満ちていくのを感じる。
私の中で確かに、……穴の空いた胸になにかが嵌った音がした。
──ぼぢゃり。
それを通り越して、大量に私の中へ注がれるモノも。
「──。
……後を、おねがいします。
約束、覚えていますか?
……死なないで、ください、ね……」
……力ないへたな微笑みを菖蒲さんに向けたまま。
ばたりとその場に倒れ伏した。
■芥子風 菖蒲 >
得も知れぬ不快感が一向に拭えない。
反射的に抜いた刀を納めることはしない。
ある種の戦士としての本能か、抜いていなければいけない気がした。
見えない恐怖に対する対抗心とも言うべきか。
「罰当たりって……それ、絶対良くない事でしょ。
儀式って言ってたけど、本当に何したの……?」
彼女が得ようとしたものに対する対価。
何かを得るための代償だと、儀式が必要だと語っていた。
どうしても彼女が彼女たらんとすることをすると言った。
一緒にいるといったが、この雰囲気は……"一体何をしたんだ?"
こんなことなら無理矢理にでも止めるべきだったのだろうか。
それとも、あんなことをさせないように本を取り上げるべきだったか。
約束を反故にしてでもという感情が少年の胸中を渦巻いている。
そう、何かを後悔させようとするほどに肌に絡みつく湿度が気持ちを蝕む。
立ち上がる彼女を見上げ、遅れて立ち上がればふと、正面をみやった。
魔法陣や赤い柱が消えた後に残された、赤い卵。
鳥の卵みたいだ、という印象だった。
ただ、どうだ。
あの卵から発せられる気配。
少年にとっては、"おぞましい何かに見えた"。
思わず訝しげに眉を顰める。
「卵……?先輩、何をする気────、──!」
卵をすくい上げた彼女は、大切に口づけしたそれを飲み込んだ。
一切の躊躇もなく、それを飲み込んで笑ってみせたのだ。
「真夜先輩……」
彼女のやりたいことは、それだったらしい。
今飲み込んだ何かは、彼女にとって必要なもののようだ。
自分には到底理解が及ばないものだった。
ただ、そうしなければならないものだったのかもしれない。
少年には分からないが、邪魔する事さえ出来なかった。
けど、確かに"約束"はしたんだ。
「真夜先輩」
倒れ伏した彼女の名前を呼んだ。
約束したんだ、二人でいるって、彼女だって死ぬ気はないことは確かなんだ。
一呼吸、先ずは気持ちを落ち着かせれば、自然と表情はいつもの顔に戻った。
全身を青白い光が包み、全身の肉が締まる感覚に二呼吸。
「わかってるよ、先輩。
オレ達約束したし、ちゃんと真夜先輩を繋げておくって」
何が起きるかは、彼女も自分もわかりはしない。
だが、それを違えることは決してしないと誓った。
真っ直ぐとなった青空にもう動揺はなく、まっすぐ倒れた彼女を見据える。
そして、倒れ伏した彼女に触れるように、手を伸ばし──────。
■藤白 真夜 >
「──ごほッ」
伸ばされた手が触れる寸前、倒れたままの体が跳ねた。
何度か見た吐血のような音がして、……しかし今までより遥かに大量の血が溢れ出る。──黒い何かが混じった血を。
「げほ、ごほ……ッ! がは、っ、ああ、……ごめん、なさい……っ。
ごめんなさい、わたしが、……ああ……ごめんなさい……──」
水音にくぐもって聞こえる声は、悲しみに歪んでいた。
はっきりと連続性を持っているように聞こえるそれは、しかしいまや譫言のようなものだった。
倒れ伏したまま、ごろりと重々しく転がる。くっきりと一箇所破れた天井から空を見れば、月が見えた。
──赤くて赤くてにこにこと笑顔の上手なおつきさまが。
「──ふ、ふふふふふッ! みてくれていますか? 血のように美しい髪のあなた!
わたしは、大口を開けて笑えています! ふふふ、ああ、なんて愚かだったのでしょう、最初からこうすればよかった!
貴女の言う通り道徳も倫理も脱ぎ捨てて、恥辱の海へ潜るべきだった!」
その目はもう、現実を捉えていなかった。瞳からは血が溢れ、いつもは光無いはずの瞳には狂気という名の暗い輝きが宿っていた。
「ごほ、ごほッ……。
先生、先生……。私は、約束を守りました。だれも、だれも殺しませんでした……! わたしは、──」
黒い血の吐血を伴う咳をするごと、一瞬正気に戻ったような──それでいて何処も見つめてはいない普段の死んだ魚のような瞳を曇らせながら──
「あははは! 見ていますか、紅い龍のおじさま。貴方の運命の花が咲く園で譲り受けた穴は、今ようやく埋まりました……!」
本来の“私”が知るはずの無いことを、この“糧”を必要としたあの事件を、笑いながら語り──
「げほ、ごほッ!
……菖蒲、さん、……斬って、斬って、ください……。
私、を……──」
また束の間、正気に戻ったかのように菖蒲さんのほうを見つめ、消え入るような声で願いを残した。
そして、それが聞き届けられるか否かを待たずに──
「──ごぼ、ッ……、……────」
ごぽり。
大量の黒い何かが混じった血を吐き出して、動くのを止めた。
血溜まりに浮かぶ仰向けの私の姿は、不吉なものを感じさせて──だが、安らかな寝顔を浮かべていた。
口元に血の浮かぶそれは死に顔と区別はなかったが、体から緩やかに立ち上がる紅い煙は、殊彼女に置いては命を意味するものであったから。
あるいは、繰り返した吐血は、自らの内から毒を吐く自衛機能だったのか。
そして、その煙は、藤白真夜のみからのものでもなかった。
彼女の吐いた血溜まりから、赤い光の粒が立ち上る。魔術の光に強く似たそれは、しかし生き生きとして蠢き──あるカタチを取った。
……人間だ。
■藤白 真夜 >
「ん~~~~っ……! あーっ、やーっと出てこれた。全く信じられないくらい不味いのなんのって、良薬口に苦しってやつー?」
その光は、倒れたままの“私”と完全に同じ姿を取った。本来生命しか再生出来ないそれが、なぜか身につける衣服まで完全に模倣していた。
ただ一つの差異を残して。
「……おー、ほんとに寝てる。
すごいな~、現実で会えるなんて……夢みたい。でも、夢じゃないのね」
“藤白真夜”は、倒れたままの藤白真夜を見下ろして、嬉しそうに見つめていた。言葉通り、夢見るような顔で。
「だって、余計なのが居るしね」
それは、良い夢を見ていたところに水を差されたような感覚だったか。
ほんの少し、機嫌を悪くしてその闖入者のほうを見た。
「……菖蒲クン、なんでここに居るの?
意味、ワカッてる?」
振り向いたもう一人の“藤白真夜”は──胸に、穴が空いていた。丁度、心臓がある場所に、心臓くらいの大きさだろうか。
……その虚空に、黒く蟠るような呪いを浮かべ、芥子風菖蒲を振り返った。
■芥子風 菖蒲 >
「──────!」
視界が赤黒く染まった。
彼女のが大量に吐き出した何かの混じった血だ。
伸ばした手も、何もかもが染まった。
その奥で叫ぶのは、嗤うのは、狂うのは劈くような彼女の声。
一言、言ってしまえばそれは狂気だった。
彼女の内側に秘めていた全てを、その黒血ごと吐き出すような狂気。
「真夜…、…先輩……」
狂乱喀血。
怒涛に撒き散らすその様を見ているしか出来なかった。
怖気づいた訳でもない。正確には、"何をすべき"かわからなかった。
何もかもが得体の知れないそれを行いし、或いは介入し
"不手際"が起こってしまう最悪の自体。
少年には知識もなければ、彼女の内側に秘めていたものを看破出来もしなかった。
いつもの暗色示し血色の眼とは違い、狂光こそと闇色に光っている。
「!」
ただ一言、消え入るような彼女の塊根にも似た願い。
右目に蒼い炎が灯り、反射的に刃を構え一歩踏み出し────静止。
「……何?」
倒れた彼女に踏み込む前に、湧き上がる煙が形を作っている。
血溜まりに倒れる彼女の姿は安からに死んでいるようにも見えた。
だが、約束した以上"そうではない"と知っている。そう思いたいだけかもしれない。
それでも多分、まだ死んでいない。彼女言った"その後"というもの。
奇しくも少年は、"それ"を知っていた。
「……、……マヨ?」
"藤白 真夜そのもの"の姿。
正確には違う。彼女の中に宿っていた別人格だ。
一度だけあったことのあるその姿、その雰囲気、その目つき。
何もかもが、藤白 真夜とは正反対な女性。
快眠を取った爽やかさであったが、少年を認知した途端表情が曇る。
少年はその理由を認知はしない。
「別に。真夜先輩に呼ばれたから来た。
先輩を生きて連れてくって約束したから」
それ以上の理由はない。
静かに青空はマヨを見据えている。
……しかし、真夜の方も様子がおかしい。
彼女は"成功"とは言っていたが、よく見ればその胸元に穴がある。
傷ではないが、明らかにそれが生きるために足りない"何か"だというのはわかる。
そこにマヨが、黒いとぐろを巻いた途端、少年の目が見開いた。
「──────おい」
低音に呼応するように、少年の体を吹き上がる異能の蒼。
脅しを込めた一言と同時に、一足踏み込んだ。
黒風がコンクリートの吹き荒び、マヨのその腕を掴もうと素早く伸びた。
呪いというものがどんなものかは理解出来ないが、本能的に呪いを忌避する感覚がそうさせたのか。
「……真夜に何してるんだよ?お前……」
■藤白 真夜 >
「触らないでね」
足元に広がった血溜まりから、ずるりと引き抜くように赤い鍔の無い刀が浮き上がる。
腕を掴もうとそのまま伸ばしたのであれば、その腕は切り落とされるだろう。
この血の刀は、人間によく効く。そう作られているから。
「キミの体は些か、よく出来すぎてる。
何かに似てるというべきなのかな?
理由はどーでもいいけど。
──不愉快だから」
ず。
足元の血の沼から、同じ刀が浮き上がる。その数、四。
その言葉とともにひゅるひゅると風を斬る音をさせながら回転してそのうちの二本が互いを斬りつけんばかりの勢いで重なりあいながら、芥子風菖蒲に肉薄する……!
(……胸が重い。お腹は空いたし、血が増えない。異能も全然出てこない。
刃は遅いし、“残機”も無い。これじゃアレは■せないかな。でも、……ああ、でも──)
「奇遇ね。
私は──殺しに来たの」
残しておいた赤い刀が、倒れたままの藤白真夜の胸に刺さった。“今”の私と違い、その体はいまや十全に癒えていたか。
心臓を貫く一撃。確実に人間にとって致命傷のそれに、僅かに血を吐くのみで藤白真夜は身じろぎするだけであった。
その様子を見て、微笑んだ。先程の、夢見るような顔と同じく。
死と逢瀬は、私の中で同じものであったから。
「あなたも死ぬ? 私機嫌が良いから、今から逃げるなら見逃してあげるけど?」
残した一本の刀を浮かべたまま、今や顔を認識出来るかも怪しい視界の中、嘲るように笑みを浮かべて睨めつけた。
……これくらい焚き付ければ、出来るだろうか。
むしろ、私の高揚のほうが心配だった。殺す気で手繰る異能が、愉しくて仕方がない。
今や、不殺の箍は外れた。殺そうとすれば、殺せるだろう。
私は、その誘惑に抗えるのか、だけが。
■芥子風 菖蒲 >
「!」
肌に纏わり付いた殺気。
伸ばした手を咄嗟に引っ込めたが、黒血とは違う鮮血が舞った。
「……ッ!」
怒りに任せて踏み込んだのは迂闊だったと言わざるをえない。
代償に人差し指の先が飛んだ。痛みに歯を食いしばり
全身から吹き出す脂汗。とめどなく溢れる鮮血と共に、ぼとりと指先が血溜まりに落ちた。
当然、相手は待ってくれない。痛みに構っている暇もない。
血溜まりから引き抜かれる赤い刀。マヨの…いや、真夜本来の力なんだろうか。
不気味に風を切り重なる四枚刃。全身を筋肉を撓らせ一刀。
蒼い斬光をなぞり一本、二本、切り落とし
三本と身を捩らせ皮一枚。切れた頬から血を吹き出し抜けるようにそれをくぐり抜け…。
「…ハァ…ッ!」
血飛沫が舞う。
正確には、血溜まりが飛び散った。
四本目を力任せに踏みつけ、砕き、まるで宝石のように月光を乱反射する赤の輝石に包まれた。
「……アンタが?真夜先輩を……?
どうして殺そうとするの?殺したいほど憎いのか?」
殺しに来たと、彼女は言った。
次いで降ろされた一撃は、真夜の胸部を貫いたが致命傷にはなっていない。
まるで、甘いまどろみの中にいるような妙な表情。
藤白真夜にとってよもや夢見心地だとは思わない。
何故か既に血が止まっていた指先を、ビリッ、と破いた黒衣の切れ端で思い切り巻き付けた。
余りにも乱雑な応急処置だが、無いよりマシだ。
「悪いけど、オレは死なないし、先輩も死なない」
約束したんだ。
最初から、逃げるなんて選択肢に入りはしない。
嘲るようなマヨの素顔はまるで愉悦に浸っているように見えた。
何処かで見たような表情だと胸中思ったが、関係ない。
柄を強く握り直し、目を見開いた。黒風が舞い上がり
赤の輝石を巻き上げ、全身。一足で互いの間合いの中、血色と青空が交錯する。
「──────"アンタも殺すつもりはない"」
彼女も飽くまで"藤白 真夜"だというのなら、"それが約束だ"。
一刀、横一線と薙ぎ払って狙うのは残している相手の刀。
先ずは無力化を狙った一撃だ。