2022/11/04 のログ
■藤白 真夜 >
「……。
殺したいほど憎いし、殺したいほど愛してるのよ」
嘲るように笑い、どこか愉しむように紅い刀を躍らせていたが、……“殺すつもりはない”。
その言葉を聞いて、はじめて無表情になった。
「はあ。別にいいけどね。
私の仕事が増えるだけだし……」
──砕いたはずの紅い輝石が、渦を巻いた。
目眩ましか、あるいはもっと別の狙いがあったかもしれないが、それ自体に攻撃力はなかった。
「チッ……!」
(……駄目か、戻らない……! 折れて砕いた程度で私の異能から“離れる”ワケないでしょ……!)
本来なら、砕いた刀を直ぐ様再生してアレの胸元から袈裟にぶったぎってやろうとしたけど、失敗。
巻き上がった風でようやく男の動きを感知出来る程度の私に、その早さについていく手段は無い。
一瞬で間合いを詰める芥子風菖蒲に、私は棒立ちでそれを眺め──
足元の血溜まりから、紅い柱が立ち上がった。
先程作った捻れた柱、その残滓。
それは薙ぎ払い刀を食い止め──くだけた。
「脆い……。……元から、さっさと終わらせるべきだったのね」
その言葉は、どちらに向けたものだったか。血を流す人間へ向けてか、自らの異能へ向けてのものだったか。
どくん。
胸に空いた穴の、黒い渦が鼓動を真似た。
「げほ、ごほ……」
私の異能はまだ刀を残し、漆黒の男は牽制をしくじった。……ある種の、隙。
しかし、その僅かな間隙は咳き込むのみで終わった。
こぼれる真っ黒な血は、もはや異能に掬われ治ることすらなかった。
「それでもいいわ。
……ある種の生命は、本来自ら死を選ぶことは無い。……選べない」
暗くなっていく視界の中、かろうじて月光に照らされる漆黒の男を見つけた。
「でも、自らを守るためであれば。……力を出し尽くして死ぬ。
ええ、これなら、納得できるでしょ……」
一見、何の意味も無い譫言。
しかし──
「──応えよ」
女は異能を揮うだけで見る間に弱っていく。それが……自ら死を選ぶ行為であるかのように。
粉々になった紅い刀──紅い輝石は、文字通り声に応えるように、宙空で真紅の魔法陣を描いた。
「約束を守りたいなら……全力で凌ぎなさいよね……!」
ばぎ、べぎ、ごぎ。
石と石をすり合わせるような音が響く。真紅の魔法陣から、歪な“獣”が姿を表していた。
犬か狼のような、鋭い牙とアギトのみが在る、ただ傷付けるためだけの、獰猛さだけを絵にしたかのような。
「──喰らい尽くせ!!」
真紅の輝石で出来た、獣のカタチ。狼の頭だけを切り抜いたようなその異形が、芥子風菖蒲の頭に喰らいつかんと迫る……!
──しかし、それは歪で、鈍重だ。体も無く動き、しかしその度がぎぎぎ、と何かを引きずる音を発する。
彼の身体能力なら、避けるのは容易いだろう。一度躱せば、それは砂と消える風前の灯火に過ぎない。
……しかし、それでもだ。
「……っ!」
“藤白真夜”は、本気で相手を見据えていた。それを躱されるなど思ってもいなかったかもしれない。
不完全で、偽りで、汚れ疲れ切って。
それでも。
──こいつと殺し合える。
ただその瞬間を、全力で愉しんでいた。
■芥子風 菖蒲 >
振るった一撃は紅の柱で受け止められた。
さっきの柱の名残。多分、これも彼女の血液だ。
強力な力だと思う一方、それを振るう度にマヨの顔色が悪くなっているような
そう、どんどんと弱くなっている気がした。
「殺したいほど……?どういう意味?
オレには全然わかんないよ、マヨ」
「真夜先輩の事が好きなら、殺したいなんておかしくない?
そんなに先輩の事が好きなら、マヨは先輩に生きていて欲しいんじゃないのか?」
純一無雑。
透き通った青空に、彼女の言葉は理解できなかった。
そう考えても相反する感情ではあるはずなのに、何処か嬉々として語っているように見えた。
気持ちが同じはずなら、どうしてこうして互いに退治しているのか。
何一つとして釈然としない。最初にあった時と変わらない。
少年はマヨを"一個人"として見ているからこそ、腑に落ちないのだ。
一歩距離を取り、黒衣を翻し刀を構え直す。
視線は落とさず、青空はただ真っ直ぐに血色を見据える。
だからこそ彼女を殺すとすれば、少年とっては意味のないものだと思っていた。
そう、この瞬間までは"そう思いたかった"。
自らを納得する、させるような彼女の言い分。
彼女はこれを儀式だと言っていた。その後の事も──────……。
「…………」
少年は感情の起伏に乏しいが、ある種人の機敏には敏感だった。
一瞬だけ見せた無表情。退屈、期待外れ。そんな雰囲気を醸し出し
今も尚、己を襲い来ると、殺し合いを愉悦としていると思った。
脳裏に浮かぶ一つの可能性が過ると、それをかき消すような不快な音。
石を打ち鳴らす重低音と共に、真紅の魔法陣からまろび出た獣の顎。
獰猛さだけを残した獣が有無を言わさず襲いかかってくる。
「────────……」
月光を遮り、少年の頭部めがけて異形が覆いかぶさり……────。
■芥子風 菖蒲 >
鮮血が、舞い散った。
■芥子風 菖蒲 >
…但し、少年の首は繋がったまま。
鈍重で重いそれは、避けようと思えば避けれたかもしれない。
だが、少年はそれを"受け止めた"。獣が食らいついたのは、少年の腕。
頭はやれない。だから代わりと言わんばかりに、その顎を"腕で受け止めた"。
「ッ…!ァッ…!?」
牙は骨まで達し、肉を裂き獰猛な牙が肉を食いちぎる。
痛みの声を押し殺し、吐息を飲み込み、苦悶の表情を浮かべるも
強く強く、纏う脂汗と血飛沫を振り払うように首を振った。
止めどなく溢れる手の傷を一瞥し、食いちぎられないように顎に刀を突き立て抑えてはおいた。
「……ッ、此れは、オレの勝手な憶測」
呼吸を整え、血塗れの青空が血色を見やった。
「…アンタは、ッ…こう、いうのが…楽しいんだ、な…ッ。
オ、レには…理解出来ない…けど、なんか…、…ゥッ…!
"殺されたがっているように見える"、のは…気のせい…?」
溢れる血に痛みに絶え絶えとなりながらも問いかける。
この顎だって、何となくだが文字通り"身を削って"出したものではないのだろうか。
藤白真夜が行った儀式とは、彼女が生きるために行おうとしたのは
"眼の前のもう一人の自分を完全に切り離すためのものだったんじゃないんだろうか"。
少年には、人の心を覗ける術など持ち合わせていなかった。
ただ、目の前の女は"藤白真夜にとっては不要なもの"で
彼女はもしかして、追い出されてしまったんじゃないか、と。
脳裏に過った嫌な可能性。
もしかすると、"こうなってしまっては、彼女を殺すしかない"のではないか、と。
青空は何もかもを包み込んでしまうものだ。
これは少年の優しさ、甘さ、或いは愚かさかもしれない。
悲しみに表情が歪んでいた。そうであるのなら、どれ程悲しい存在だと言うのか。
だから、"避けれなかった"。これが、彼女の振り絞ったものだと考えると
"少年は殺意でさえ、受け止めてしまう"。
そう、だから、それが"真"だと言うなら……──────。
哀れみが消え、青空の双眸を見開くと同時に
柄を強く握りしめ、獣の顎を貫きその顎ごと刀を投擲した。
風を切り、鈍色の槍のようにマヨの胸へと飛んでいき……──────。
■藤白 真夜 >
「……ふ、ふっ、当たり前、でしょ?
殺し合ってるんだから、殺し、殺され、どっちも、楽しまないとね……!」
果たして、紅い出来損ないの獣は、少年に喰らいついた。……その、腕に。
普段なら、あの出血だけで飛び上がって悦んでいるところだ。
苦悶の声とともに撒き散る鮮血だけで、私は全ての悦楽を得られると信じている。
……だが、今はてんで駄目だった。
血が繋がらない。
異能が動かない。
頭がぼやけていく。
「く、ふふふっ! あなた、私がそんな自己犠牲と献身に満ちた良い子に見えているの?」
選択肢が、そこにあっただけだった。結末は変わらない。
あの真夜のクッッッソ不味い魂の残り滓は、成功した。
だがあまりに雑念が多すぎる。
元から弱っていた“私”は、あの卵で再起動に足る命を得たけれど、そこにあの雑念が割り込んだ。
真夜が吐き出したそれを、潰す必要が在った。
その役割を、私が担う必要がある。
つまり、死ぬ必要が。
単純な選択肢だった。
殺してもらうか、肉体の優先権を得るまで真夜を殺し続けるか。
自殺は出来ない。今この身を動かしているのはあの妄念の塊、それが自ら死ぬことを拒否していた。
「……チッ。やっぱ首は三つは無いと駄目ね」
アレに腕一本で凌がれたのを他人事のように見つめながら、つぶやいた。
もう手足の感覚が無い。……アレは私の出来るとっておきの似姿であり召喚の一つだった。
見る影もないほどに弱体化していたけれど──その分、コストは異常に重い。
この偽りの体が砕け散るには、十分なほどに。
「解ったわ。今回は、私の負けね。
でも、勘違いしないこと。本当の私こんな弱くないし優しくも無いんだから」
槍のように襲い来るあの死の権限の祭器を眺めた。……元から避けられる気もしない。紅い刀は残っていたが、もう動かない。
「──あと、一つ間違い。
あのね、こんなボロの折れたハサミなんかで、私を殺せるワケないでしょ?」
それは、負け惜しみにしか聞こえなかっただろう。
しかし、“もう一人の藤白真夜”という存在そのものをかけるほどの悲壮感や重さは何処にもない。
その証拠に──最後まで、ソレは笑っていた。
ああ、久方ぶりの、殺してもいいと信じた上の殺し合い。
例えそれが偽物の私だとしても──
「──あ」
──紅い輝石を貫いた刃が、夜闇のように真っ黒な心臓を撃ち抜いた。
元から、その躰は限界だった。
放っておけば、その辺りの生徒を殺して育ったかもしれないが、今や胸を貫かれるまでも無く、紅い砂に解けていっていた。
胸元を見る。
呪わしく蠢いていた怨恨の塊は、もはや脈打つこともなく、死に導かれ消えていった。
「ふぅ。
……あー、疲れた……」
消えるのを待つのみであるのに、ようやく生を得たかのように、その顔は安らいでいた。
「……どーせなら、あの花みたいな軌跡に斬られたほうが、お得だったんだけどなぁ……」
……拗ねるようなその言葉を最後に、もう一人の藤白真夜は、紅い砂となって消えていった。
砂の後に残る紅い光が、残ったカラダの胸へと漂った。
■芥子風 菖蒲 >
「……オレにはよくわかんないな。
殺すのも殺されるのも、楽しめるようなことじゃない」
どちらも忌避すべき行為だ。
既に"一度奪っている"からこそ言ってのける。
あれは、決していい感覚ではなかった。
今でも思い出せる。あの男の縁を、"生命を断ち切った"あの感触を。
今思い出しても苦味しか溢れてこない。
彼女がどうして楽しめるのか、その悪辣さを理解出来なかった。
「…………多分?」
人の心など覗けはしない。
ただ、彼女も"藤白 真夜"ならそう思った。
程度の違いはあるかもしれないし、そう思いたいだけかもしれないけど
少年にとっては、そう言うものらしい。愚かといえばその通りではある。
一心にぶん投げた刃が、マヨの胸部を貫いた。
彼女は最後まで負け惜しみのように嗤って、安寧を得たように笑っていた。
「ッ……ふぅ、そう。けど、オレの勝ちだ」
生憎、少年は見ての通りその存在は許容しているが
それを司る思想とは真逆にいる。
死と言う概念、囁き。常に耳元で嘯くそれを、精神力だけで押しのけている。
元より操作系の異能であるのも働きを掛けて、所持しているようなものだ。
ボロバサミ、使いこなせていない鈍らなのは何となく分かる。
結局のところ、最後まで彼女の胸中を理解できなかった。
本当にただ悦楽的な刹那主義者なんだろうか。
そう言う側面なのか、或いは……それだけと、信じたくない少年がいた。
消え行くその姿に最後に、一言。
「……?……よくわかんないけど、何度だって相手はするよ」
あの山で見せた斬撃について、無意識で出したものだったようだ。
少年はそれを認知しさえしなかったが、彼女が望むなら何度でも相手をするつもりだ。
殺すつもりも、殺されてやるつもりもない。
少年が思うよりも邪悪で、唾棄すべき思想の持ち主だとしても
それを赦して、受け入れてしまうのが青空だったのだ。
紅の砂となって消えたマヨの姿。
紅光が主を探すように、真夜の胸中を漂っている。
ふぅ、と一息をつくと同時に奥歯を噛み締め、顔を歪めた。
怪我の痛みを纏めて思い出した。これはまた、舞子に怒られちゃうかも。
そんな事を思いながら、眠る真夜の傍へと座り込んだ。
不思議と傷からはもう、血が出ている様子はない。
「……まぁ、いいか」
そんなことより、今は……。
「……真夜先輩。終わったよ、起きて」
■藤白 真夜 >
「……ん、……」
身じろぎする。
先程まですぐそばで戦闘の音が響いていたのに、今までただ眠っていただけのように。
胸の中で渦巻いていた悪念や不快感は、何かを出し切ったかのように綺麗さっぱりなくなっていた。
「……」
しばらく、何がどうなっているのかわからなかった。
元から、朝は弱い。……夜ですけど。
「あ。……菖蒲さん……!」
しかし、事態の重大さを思い出してからは早かった。
血の匂いがする。……私のではない、血の匂いが。
……私は、何をした……?
「……ご、ごめんなさい、私は……。
私は、何を……」
小さく、その指先に触れようとして……止めた。
……結局。
私は、誰かを傷付けていた、だけだったから。
何かを言うことも出来なくて、ただ目元に涙が浮いた。
……血のように紅いものではなく、ただ透明な……無意味な涙が。
「……ごめん、なさい……」
涙が落ちていく。
足元に血はもう、無い。
目覚めと同時に、静かに幽かな紅い霧となって自らの内へと戻っていっていた。
……だから、解る。
その中に、彼の血が混ざっていたから。
傷穴は埋まった。
命という名の糧も蓄えられた。
……大きな、罪悪感と引き換えに。
■芥子風 菖蒲 >
思えば酷く痛めつけられたな。
指先は切り落とされたし、腕はボロボロ。
肉が裂けて骨も見えている。鈍痛が、痛みがずぅーっと全身を這いずり回っている。
それだけの傷を受けたのは、あの怪盗相手以来だろうか。
ただ、あの時と違うのは、何故か血だけがピタリと止まっている。
失血死の心配が無いだけで充分だ。
漸く起き上がった彼女を見て、安堵の一息。
「良かった。本当に死んだんじゃないかって、ビックリした」
それだけは危惧していた。
もしかしたら、本当は失敗したんじゃないかという悪い予感。
マヨを本当に殺してしまったら、それこそもしかして…なんても思った。
結局全部、杞憂で済んだ事は何よりだ。
片手で軽く地を支えながら軽く伸びた。
涙を流す彼女とは裏腹に、彼女を見やる少年は薄く口元を緩めた。
「泣かないで、オレは大丈夫だから」
先のない指先を伸ばし、その涙を拭おうとした。
きっと自分を傷つけたと、罪悪感を覚えているのだろう。
けど、少年にとっては彼女が罪悪感を感じる必要なんて微塵もなかった。
大丈夫、と穏やかな声音で確かめるように繰り返し
その身を寄り添わせようと、自分の熱を分けるように、抱きしめようとしたんだ。
「約束通り、オレは死んでない。先輩も死んでない。
先輩が気に病むような事じゃないよ。オレは平気」
■藤白 真夜 >
「はい、……はい……。
そう、ですね、誰も……」
誰も死んでいない。
確かにそうだ。
でもなぜだろう。私は命の他にも大事な何かのために……私の罪を捧げた気がしていた。
彼の抱擁を止めようともしなかったし、かといって受け入れようともしていなかった。
ただただ、面を落として……自らの内面を見つめていた。
……これで、良かったの?
禁じられた術を使って、死を軽んじ、気遣ってくれた菖蒲さんを傷付け、その上手に入れたものが……自らの信念?
今の状態は、驚くほど満たされていた。
胸に空いた穴の幻視痛は消え、不本意ながら菖蒲さんの血を受け、人のぬくもりすら感じている。
でも、私の心の内は……こんなに、傷ついていただろうか?
「……ありがとう、ございます。
私はきっと、……大変なことをした。
なのに、そう言ってくれるのが、……」
罪悪感に責められるまま、せめて礼儀知らずにはならぬよう言葉を紡ぐ。
しかし、不出来なそれは唐突に止まった。
とくん。
か細く、胸の奥で何かが囁いた。
それは、歓喜だ。
この私が、知っていたものだったろうか。わからない。
でも、何処かで知っていたものだ。間違いない。
きっと酷く意味がなく、粗野で、愚かで、刹那的なものだ。
それでも。
「──ありがとう。私を、■してくれて」
この夜、はじめて。
嬉しそうに、微笑みながらそう言った。
今や、その言葉は意味のあるモノとして響かない。不思議とくぐもった何かとして聞こえる。
でも……それを追い求める心は。
“私達”に共通のモノであったから。
その言葉を最後に、彼に体を任せるように……力が抜けた。
静かに、寝息を立てたまま。
無理をしていたといえば、していただろう。体を動かす何かは、確かに使い果たしていた。
でもなによりも……それは、安堵から来る睡魔だった。
唯一、私が嫌いだと言い切れる自分自身と似た何かを取り戻した……安堵からの。
■芥子風 菖蒲 >
「……自分を責めることじゃないと思うけどな、オレは。
別に真夜先輩も苦しんだ結果だし、責めるようなことじゃないとは思う」
悩み抜いて、そうでもしないと得られないものがあった。
それが彼女の挑戦だったと思っている。
確かに、手放しに喜べる行いだったのか、潔白な行為だったのか。
そう問われると首を縦に振れるようなものではなかった。
彼女の内面、もう一人の彼女と対面したからこそそう思える。
とは言え、今はその結果を享受するべきだとは思う。
罪かどうかは、少年にはわからないけれど。
ただ、生きててくれてよかったとは、それだけは確かだと思う。
「…………」
"どういたしました"、なんて口が裂けても言えないな。
結果として自分は彼女を■■したんだ。
どんな相手でも、どんな結果でも、等しくその行為は受け入れがたい。
救おうとしたあの怪盗の生命を断った感触が、今でも手に残っている。
耐え難い嫌悪感と後悔。少年の表情は曇りはしたが
すぐに振り払うように、首を振った。
「……先輩?」
そう思い悩んでるうちに、疲れて眠ってしまったようだ。
まぁ、仕方ないことだ。自分も疲れた。
よいしょ、と片手を器用に使いつつ、彼女を肩で担ぎ上げる。
おおよそ、女性を担ぐような扱いではない俵担ぎ。
忘れないように、ちゃんと切断された指を拾い上げて、一息。
「ちゃんとくっつくかな?」
今の医療技術なら問題はないだろうが、ちょっと心配だ。
とりあえず今は、彼女を送り届けよう。
一度言ったから、位置は覚えている。
黒衣を翻し、周囲を一瞥して夜空へと跳んだ。
痛みこそ残っているけど、自身の身体の変化に首を傾げつつ
彼女の部屋へと送り届け、役目を終えると倒れて病院に運ばれてしまったとか。
問題なく指もくっつき、腕も治ったようだが、少年の身体は以来何かが変わり始めたようだ…。
ご案内:「◆黒街の名もなき廃墟(過激描写注意)」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「◆黒街の名もなき廃墟(過激描写注意)」から芥子風 菖蒲さんが去りました。