2022/11/19 のログ
希遠 >  
「そ」

それでも彼が幸せそうならそれでいい。
少なくともなんというか、彼にはこの島で多くの人間に感じる
”仮面”のようなものを感じる場面が少なかった。
隠されても気が付いてしまうから、隠さない彼がとても楽だった。
だからこそここまで懐に入れても警戒していないのかもしれない。

「…肩がこる、が分からない。
 これで過ごしてきた、から、
 比較対象が、無い」

注目されることには慣れているかもしれない。
けれど曖昧で漠然とした悪意に晒される事には今の所慣れていない。

「例えば……
 音、言葉、雑音が耳につく。
 多分みんな、聞こえてない。
 ……多分、砲弾、の弾ける時の音、とか。」

音に質量があるなら押しつぶされたかもしれない。
砲声も、歓声も、嗚咽も、何もかもが。
道を歩く時にも聞こえるそんな音の洪水を。

「みんな聞こえないから、聞こえないと思っているから、
 聞こえる事を、訝しむ。聞こえる事を、怖れてしまう。
 その視線も、戸惑いも……刺さる、のに理解、できない」

音だけではない。万事が万事、その具合。
前はそれでよかった。
むしろそうあるべきであるもの、
畏怖されなければいけないものだったから。 
けれどいま、社会に”なじむ”には邪魔にしかならない。

「必要なら、別に構わない」

邪な事が介在する余地があっただろうかと少し首を傾げる。
感覚を確かめるには様々な行動が必要だし、そもそも他人に同期するというのはそう簡単な事ではない。
その工程で必要なら別にある程度の範囲なら問題ないと思っている。
……そもそもこの魔女、現代社会の倫理にまだ馴染めていない。

「別に憑依できるなら、それで感想をくれればいい」

肉体に感覚は依存する。
要はそこに誰かの意識が宿り、比較してくれればいい。
魔女同士ならそれが容易にできたけれど……
それが彼に出来るかはわからない。
が、任せなさいと言い切る言葉に素直にうなずく。

「先払い、した?」

いつそんなことしたっけと首を傾げつつも
本人が納得しているようなので一先ずは良しとする。

深見 透悟 > 『うん、そ』

彼女の真似をして頷いてみる。
別に誤魔化しだとか、そういう事では無く、踏み込めないにせよ踏み込まないにせよある程度の距離は弁えながらも傍に置いてくれる彼女の姿勢は好ましかったから。
だからちょっと、真似をしてみただけで。

『なるほど……なあ
 実は見た目だけでそんなに重量も質量も無かったり……いや、でも見た限りそんな事は……ううむ、むむむ』

つい先刻見たばかりの乙女の柔肌を思い返しながら悩み始める幽霊
大きさ、形、張り、どれをとっても虚乳とは思えない……と唸っている。

『ああ、なるほどー
 感覚のフィルターが違うのか。それなら確かに何かとやり難いのは間違いないわな!』

それはそれは生きづらそうだ、と思わず顔を顰める。
本来この世界の人間が捉えていない部分、捉えられない部分まで彼女の感覚は捉えてしまう、ということらしい

……あれ?と透悟は首傾げる。
それならば自分の姿も認知する手段があるのでは、と。
……そっと気付かなかったことにした。

『まあ、見えないとか聞こえない事にしないとどうにもならなくなるような事がいっぱいあったんでしょ、これまでの歴史に
 感覚が鈍いってのはある意味で保護機能だったりもするからねー』

精神に対するプロテクト。
人間の精神はちょっとしたことで崩れたり歪んだりしやすい、というのは精神体とも呼ばれる幽霊である透悟は身に沁みて理解していた。
彼女もそのこと自体が悪いとは思っていない様子だが、それを知覚出来てしまうのは生き辛いという事なのだろう。

『必要……でーすーかーねー……まあ、必要だったら、ということで…
 よーし、話を聞いてて大体の対応は決まって来たぜぇ!
 そうだね、まずは俺がキオンさんに憑依して大まかな調整をして、その後細かい調整を確かめつつやっていこうか』

憑依しても良い、というのなら話は早い。
おおよそ彼女の世界でも同様なの手段は取られていたのだろう、口振りからそれを察せられる。
身構えていたり、拒絶している相手に憑依するのは至難の業だが、受け入れてくれてさえ居ればあとは透悟のやる気次第だ。

『したした。まー納得いかないのなら後でまたシャワーご一緒するってことで』

どーん、と臆面も無く宣ってみる。もちろんダメ元。

希遠 >  
帰ってきた言葉に僅かに微笑み頷く。
シンプルな言葉はいつもの大量の言葉より多弁に聞こえた。
たぶん本心に一番近い反応だったような気がする。
…切り替えも早いようだし。

「比重、はそれほど差はない、筈」

人体組成がそもそも違う可能性はあるけれど。解体は流石にしていないのでわからない。
これでも元の世界では背が高い方だった。
こちらの世界はなんというか、みんな体が大きい。やはり栄養が豊富だからか。
あちらで食べられるものといえば魚か獣が主で、こちらの様に穀物類は殆どなかった。
なので正直巨人の国に迷い込んだような心地すらしている。

「おそらく、そう
 刺激が、痛い」

これだけ刺激が多い世界なら不思議ではないかもしれない。
むしろ多少鈍感でないと生きていけないのかもしれないと思うほど
この場所は色彩と音にあふれている。

「構わない。
 何なら、調整ついでに、
 入ってきても、いい」

湯浴みをしたいとのことなのでその気持ちはわかるよと魔女は僅かに頷く。
先程お湯の感覚を味わえないと言っていたし、確かに良い指針になるかもしれない。

「……調整中、私は、多分寝ている、に近い、から」

片手を目前にかざすと手のひらの上に氷でできた薔薇のような結晶が浮かぶ。
それはゆっくりと回り始め、次第に回転の速度を増していく。
それから視線を移し、宙に浮かぶ”彼”の瞳を初めてとらえ、それをじっと見つめながら

「終わったら起こして、ね」

ふわりとほほ笑む。
その瞬間結晶は砕け、魔女の躰も幾千の光となって砕け散った。
その雪の結晶のような形をした光は渦を巻き、

「……」

数秒後、祈りの際に来ていた装束を身にまとった魔女が糸の切れた人形の様に椅子に腰かけていた。
そこから離れた空中に先程の結晶もまた浮かんだままゆっくりと回り続けている。
……起こし方を伝えないままに。

深見 透悟 > 微笑む彼女の顔を見たら、何故だか自然に笑みが込み上げてきた透悟。
気付けば顔を見合わせる様にして笑い合っていた。
なるほど、時には言葉を極端に減らしてみるのも悪くない、と笑いながら透悟は思うのだった。

『キオンさんがそう言うならそうなのだろうけど……なるほど……』

もしかすると既に慢性の肩凝りを抱えているのかもしれない。
上背は低めなのに、と思いながらも視線は自然と大きくせり出した箇所へと吸い寄せられるように向いて。
局所的な成長度合いはこの島の人間にも負けてないと強く強く思う。

『なるほどね、オッケー
 それは割と急ぎで少しは改善した方が良さそうだ』

淡々と口数少なに告げる彼女の言葉に、若干の悲壮さを感じなくもなかった。
しかし普段通りに明るくウインクなどかましながら透悟は頭の中で段取りを整える。

『いやいやいや、そういう事では……てか良いんだ!?
 でも違うそうじゃなくて、キオンさんとしてでなくてですねー!?』

そんな事をした暁には調整後のキオンさんの身体に変な感覚まで刻み付きかねない。
正直心躍るような了承ではあったのだが、渋々断念し改めて説明しようと。

『ほう、寝て……えいや、せめて一緒に居てある程度の感覚は共有して貰……お、おおう!?』

彼女の言葉に慌て始める透悟。
自分一人でどう調整すれば良いのか、彼女に見合った調整が出来るのかどうか。疑問は残れど、それを置き去りに彼女は先へと進んでしまう。

微笑みと共に雪の魔女はひとときの眠りに就き、残されたのは調整を任された透悟と、任せていった彼女の身体と、雪の結晶。

―――少し本気で悩む透悟。


『……とりあえず、やるしかないかあ!』

試しに調整を行うだけ行って、その後彼女を起こす方法を見つけよう。
段取りの細かい部分を修正しつつ、ひとまず彼女の身体に憑依しようと試み始めた。

希遠 >  
核が世界に触れる環境ではより多くの物がみえる。
ある意味体自体がフィルタのようなもので……
これでも情報をそぎ落としているほうだったりする。
それでも何ともならないなら……誰かを頼って調整するほかない。

文字通り身を任せるつもりだった魔女の躰には殆ど抵抗なくするりと入り込めるだろう。
途端に飛び込んでくる感覚の差異に面食らうかもしれない。
倍以上にゆっくりと感じる時間とは裏腹に光が、音が頭を殴りつけるように入り込んでくる。
一種の暴力のようなそれらは身じろぎしただけで光の陰翳や衣擦れの音、絹が肌に擦れる感覚といった形になって突き刺さる。
視線を下に向けると何かが邪魔で一部足元がみえなかったりもするけれど基本は素通りで感覚を殴りつけて……

一方で魔力的な抵抗は限りなく落としてあるようで、普段よりかなり無防備な状態。
それでも無意識にある防壁等は常駐しているけれど……
それはこの島における脅威(病魔)に体を犯されないためのものでもある。
様々な意味での免疫だけはこの島で暮らして手に入れるしかないものだから。

「……」

魔女の躰はいうなれば、魂(ココロ)に相当するものだけが入っていない状態だったと判るかもしれない。
それが何処にあるのかといえば……宙に浮いているそれだと予想はつくだろう。
ぼんやりと幽霊に似た雰囲気が感じられるかもしれない。
魔女にとって本当の意味での”自身”はそれだけ。

結局どこかしら抜けている魔女は昏々と眠り続けている

深見 透悟 > 思った以上に容易に這入り込めた魔女の身体に、正直なところ透悟は気が遠退きかけた。
予想していたよりも遥かな情報の多さに、眩暈にも似た頭痛を覚えて思わず頭を抱える。

「これは……キオンさんすっげえな……
 ……こいつは、何としてもちゃんと調整してやんねーとな」

よくこれで何とも無いような顔で生活出来ていたものだ、と感嘆する。
針のような刺激の渦に延々と閉じ込められたような、そんな感覚。ある程度覚悟していた透悟でも吐き気すら覚える程で。
眩暈が少し落ち着き、額を押さえていた手をゆっくりと離し一息つく。自然と、視線は下方へ向き。足元が全然うかがえないことを確認。

「………。」

ちらっと。
服の袷を少しだけ開いて中を確認してみた。好奇心と下心には勝てなかったよ……。
それはそれとして確りと今は自分である“彼女”の状況を認識した透悟は、予定通り調整を開始し始めた。

まずは過敏過ぎる部分にフィルターを被せる様にプロテクトを施していく。体の内側に魔術を施すことは既に自分で試験済み、多少の差異はあれど概ね正常に機能する事を確認し、視覚、聴覚と順繰りに施術していき。

「はぁ……はぁ……次は鈍い方の感覚か……」

ちらりと時計を見れば想像以上の時間が経過していた。
なるほど、これも厄介の種だと今度はフィルターを外す様に調節していく。
時々ちらりと雪の結晶を見ては、やや呆れた様な笑みを向け。

希遠 >  
因みに装束の下は裸身のままで、一見彫像の様につるりとした肌が足元まで続いている。
そういえばお風呂を浴びる時にも着てなかったなと思い出せるかもしれない。
唯一冷気だけは、微塵も感じる事が無い。
むしろこんな冷凍庫のような部屋の中ですら暑く感じるかもしれない。
魔女の感覚ではこの部屋ですら暑すぎた。

そんな魔女の躰は恐らく干渉しないよう最低限の要素以外すべて残さず除去していたようで
自らの呼吸音すら耳元で吹きすさぶ嵐のように聞こえていた聴覚も、
冷凍庫のような部屋の小さな窓から差し込む光すらスポットライトを正面から当て続けられるような視覚も
吸い込む空気すら砂が詰まっているような感覚も
プロテクトに合わせて次第に人に近い物へと近づいていく。
そうしてひと段落ついた頃にはある程度人として生活するには問題ない位には落ち着いているかもしれない。

それでも多少過敏な部類に入る程なのは雪風吹きすさぶ世界において必要だったという無意識が残っているから。
本人が思っている以上にまだこの世界に慣れていない事が伝わるかもしれない。
けれど孤独であることと自身への諦念はもう呆れるほど受け入れていて……。
やんわりと触れられない場所を作り上げてもいた。

「……」

ゆっくりと回転する雪の結晶は痛みを忘れた事すら忘れたまま眠り続けていて……。

深見 透悟 > 「……御馳走様です……」

装束の内を確認した透悟は、そっと袷を戻して両手を合わせ呟いたとか呟かなかったとか。
先程は稜線に気を取られ気付かなかったけれど、上も下もしないはかない派である事を知れたのも思わぬ収穫だった、らしい。
しかしすぐにそんな馬鹿げた態度も鳴りを潜める。
感じる気温が暑すぎるからだ。この部屋の構造は透悟も聞き知っているし、今が何月かもわかっている。それでも汗ばみそうな程の暑さを覚え、やれやれと肩を竦めて。

「よくもまあ……こんな難儀な身体で生活してたよな
 ってゆーかあのお風呂、よくあんな気持ち良さそうには入れたなっ!?」

この感覚なら釜茹でみたいなものじゃないだろうか。
そんな事を思いつつ、着々とプロテクトによる感覚の鈍化は進んで行き、彼女が譲れないラインまでは人に近づけられたとほっと胸を撫で下ろす。

「知り合ってほぼ霊体だけで関わってて良かったよ
 器で触れてたら火傷させてたかもしんない」

調整をほぼ終えて、同じように椅子に腰かけた透悟は、彼女の声で呟いた。
残る問題はと言えば、やっぱり肩が凝る事と眠り続ける彼女の起こし方。
雪の結晶をそっと手に載せ、核の様なものだろうから、体の中に入れれば良いのではと予測しそっと胸元へと押し当ててみようと試みて。

希遠 >  
『……ふにゃ』

どこか身じろぐような感触。
核の状態で眠っていたのは本当に久しぶりなので本当に寝ぼけていた。
姿は見えないけれどどこかで欠伸をするような気配。
まるでいつもの立場が逆転したように、見えない何かがそこにいて無邪気に伸びをしていた。

『……おは、よう』

ぼんやりと、けれど顔の間近から声がする。
覗き込むような気配と、細い指が頬を包む感触がそこにいる誰かの存在を伝えている。

『終わった?』

魔女の視界にはまだ、彼の姿は映っている。
自らの姿を客観的に見るという割と一部の人間ではアイデンティティクライシスを起こしそうな状況にも
慣れているようで何ら動揺を感じさせないまだ少し寝ぼけたような声のまま、それは自らの体の間借り人に尋ねた。

深見 透悟 > 「おっはよーキオンさん!よく眠れた?」

彼女の姿で、彼女の声で彼女の名前を呼ぶというのも変な気もするが、自我の強い幽霊にとっては“俺”が“彼女”の名前を呼んだに過ぎない。
なんだか寝惚けているような気配を感じ、ケタケタと笑いたいのをぐっと堪え。

「大体終わったよ。まったく、とんでもない感覚で生活してたんだなあキオンさんは
 ホント、ド級なのは外側だけにして貰いたいもんだ」

然し中々に貴重な体験をさせて貰った事も事実。
軽口を叩きながらも、どこか満足気に雪の結晶を見つめて。

「……それで?どうしたら良いんだ?
 あとは微調整とか、確認テストとか今度はキオンさんが入った状態でまだやりたい事があるんだからさ。」

その為には透悟も器を取りに行かなければ。
彼女の身体から出でる目的のためにも、ひとまず“彼女”には体に戻って貰わないと成らない。

希遠 >  
『ん』

満足そうな返事と頷くような気配。
時間としてはそれほど長い時間でもないけれど魔女にとっては十分だった様子。
元々時間の概念を少々逸脱していた。けれどそんな魔女であったとしても

『感謝。えと』

あれ、どうしようという僅かな焦りの含まれた声。実に格好がつきません。
どうやら色々と抜けていたのは起こし方だけではなかったようで……
しばらく悩んだあと

『ソレから、抜け出して、くれたら、後は何とか、なるから』

どうやら彼の引っ張り出し方が分からない御様子。
彼という存在が自分と同じものか判断しがたい事から迷っているらしい。

『抜け方、判る?』

手が無い訳ではないけれど……と様子をうかがう気配。

深見 透悟 > 「うん、どーいたしまして
 ……ってぇ、最後まで俺任せ?いや、任せろって大見得切ったのは俺だけどさ!」

焦りの気配と戸惑い、不安に似た感情を感じ取ると、やれやれと言わんばかりに大仰に首を振った。
脱し方が分からないまま他人に憑依をしようとするほど無計画では無い。
というか以前抜け方が分からなくなって散々練習したから、今はもう意識が無くても出来るってくらいになっている。

「あ、そうそう。抜ける前に
 中に俺の術式を組み込んでる分、ほんのちょっとだけど俺の因子……みたいなのが残るかもしれない
 まあ術式が誤作動したりしないか見張るだけだから、邪険にしないでよねー?」

ニッと笑いながら告げ、憑依した時とは逆再生の様に希遠の身体から透悟の精神、霊体が抜けていく。
後に残されたのは宣言通りに微かな透悟の残り香と椅子に座っている希遠の身体と雪の結晶のみ。
肝心の透悟の霊体はと言うと、抜け出た勢いのまま彼固有の肉体へと一度収まるべく大急ぎで部屋を後にしたようだ。

希遠 >  
『任せろって、言った』

実は信用するという意味では凄く珍しかったりする。
そのまま永遠に目覚めない事だってあり得るのだから。
不思議とそんな事にはならないと思っていたけれど。
だからか、そんな少しだけ拗ねたような口調で呟くと自らに口づけるように唇を寄せ

「不思議」

瞳を開くと魔女はぽつりとつぶやいた。
思っていた以上に楽に過ごせるようになっている。
色彩も減り、聞こえる音も減った。
灰色にすら近づいた世界。それなのに

「綺麗」

音も景色もずっともっときれいに感じた。
誰もいない部屋に、静寂だけがある。
それはまるで雪に閉ざされた自らの家の様で。

「……落ち着く」

椅子に腰かけたまま、静寂に耳を澄ませる。
確かに僅かに違和感のようなものが体にあるけれど、今までに比べれば可愛いもの。
そうしてまた”彼”が戻ってくるまでの間ピクリとも動かずに……

深見 透悟 > 希遠が体に戻る事を、透悟は見届けすらしなかった。
彼女の反応を期待しなかったわけではないが、それ以上に教えたい事があったから、そちらを優先したのだ。
静寂に包まれた彼女の部屋の中、賑やかな幽霊が去ってからおおよそ10分ほどが経って。

「ぴんぽんぴんぽーん、お邪魔してまーす
 おっ、どーよキオンさん。俺の調整、結構イイ感じだった?」

僅かな魔力の流れと、空間の歪み。
宙が捻じれる様な不可思議な現象の直後、一人の少年が忽然と静寂を打ち破って姿を現した。
年の程は10代半ば。まだ幼さの残る顔立ちは利発そうにもやんちゃそうにも見える。
カッターシャツにズボンというラフな服装に、腰にはホルスターに差された杖を提げている。

「けどまあホント、えげつない感覚を抱えてたんだねーキオンさんてば
 呆れを通り越して尊敬すらしちゃうレベルだったわ。すっごい」

人懐こそうな笑みを浮かべたまま、捲し立てる様に喋る声は幽霊のものに相違無く。
故に、この少年こそこれまで離していた幽霊のカタチであると理解出来ることだろうか。

希遠 >  
「開いてる」

じっと耳を澄ませて世界の音を楽しんでいると見知らぬ音が鳴る。
慣れない音に一瞬びくっと肩を震わせたが訪ねてくる知り合いなんて一人以外いない。
だから音に驚いても現れた姿には驚かない。
核だけだった時に彼の”カタチ”は確認している。
現れた少年に僅かに視線を向けつついつも通り無感情な言葉。

「最初から、ああなら、驚かない。
 ……静かな世界は、良い」

瞳を閉じ、凛とした姿勢で椅子に座ったままうっすらと笑みさえ浮かべて彼の声にも耳を澄ませる。
嗚呼、これは変わらない。

「ありがと」

ぽつりとつぶやく。
彼がいなかったなら、きっと誰にも気が付かれなかったなら、
あの喧騒に押しつぶされそうな世界に居たままだっただろうから。

深見 透悟 > 「うわははは、二人の間に鍵なんて野暮なもんは無意味なのさ
 なんてね、俺が戻って来ましたよーキオンさん!
 はー、こっちでこのお部屋来るの初めてだよねー!思った以上に寒いな!」

ここまでの流れ
男子寮に帰った透悟(霊)はベッドで寝ている透悟(器)にイン。跳ね起きた後とりあえず寝間着から雑に着替えて転移魔術を発動。
座標代わりに使ったのは希遠の体内に残した透悟(霊)の残滓。そのため転移は『希遠の部屋』よりも『希遠(に入ってる透悟因子)の近く』へと機能したのだった。

「霊体の時は暑さも寒さも気になんないんだけどねー、このカラダはより生前に近く造ってあるからさー
 暑さ寒さもばっちり分かるってワケ。むしろこれを造った経験があったから他人の身体の感覚の調整なんて芸当も出来たってわけですよ。すごかろすごかろ?」

得意げにべらべらと、いつもの調子で喋る透悟。
いつもと違うのは、トークに身振り手振り、そして表情が加わって煩さが視覚にも増え3倍増しくらいになっていること。

「……うぇっへへ。どーいたしまして
 ってお礼なんてまだよまだまだ、微調整やら確認やらしないとなんだから!」

そんなマシンガントークの最中でも、彼女の呟きは聞こえたらしく
少し照れた様に微笑んだ後、思い出した、とばかりに希遠の手を取ろうと。

希遠 >  
「自分以外を、作るのは、すごい」

原則自分をベースにするものと、一から作るでは難易度は大抵雲泥の差になる。
プロテクトの組まれ方から見ても技術的に優れていることは確かだろう。
さっきまで騒音の波に弄ばれていた身としては多少騒がしさが増した少年と
彼が少なくした騒音で言えば後者の方が少ない訳で……
だからこそ、静寂を愛する魔女も笑みをもって彼を迎えられる。

「少しなら、抑えられる」

寒さ自体を制御する感覚は……鈍っていないよう。
俄かに部屋の寒気が和らぐ。と同時に手元の機械をぽちり。
今までは申し訳程度だったエアコンさんがやっと本来の仕事を果たし始める。

「……?」

そうして少年に向き直ろうとした頃に手を取られ、それに僅かに首を傾げながら少年を見返す。

深見 透悟 > 「でしょでっしょー?
 それもこれも俺がひとえに天っっっっっっ才魔術師だからこそなのよ!
 うはははは!どーよ、惚れてくれたって一向に構わないんだぜキオンさん!」

まあ様々な協力があってこその結果ではあるけれど、その土台は透悟の努力であることに違いは無く。
高らかに笑いながら勢いで余計な事まで口にしながらも素直に褒められて有頂天。流石俺。ビバ俺。
わいわいと騒がしくしながらもその視線はどこか魔女を気遣っているようで。
先程までの彼女の置かれていた状況を身を以て知ったからか、もしまだ苦痛の中に居たらと気が気でないらしく。

「おっ、ありがと。いやー霊体の時は抑えて貰わなくても良いんだけど
 よーし、じゃあお部屋が良い感じになるまで折角なのでもうひとっ風呂いっちゃいますか!」

さっき俺が入ってた時汗だくになるかと思ったんだよねー、とさも当然の様に促す下郎。
勿論断る事も出来るし、ちょっと怒ればしゅんっと大人しくなる。

「……ん、ちょっとひやっとしてるけど。
 どう、キオンさん。俺の体温分かる?熱過ぎない?」

取った手をぎゅっと握って。確認するように魔女の瞳をじいっと見つめたのだった。

希遠 >  
「凄く、楽。
 ……何か、確認?構わない。」

こちらを伺う視線に気が付いたのかその気遣いに肯定するように返す。
まだ慣れるまでに時間はかかっているけれど、それでもずっともっと世界は綺麗になった。
それは間違いなく目の前の彼の手腕によるもの。案じる事なんてないと魔女は微笑む。。
例え何一つ成功しなくても魔女は微笑んだだろう。
けれどそこで一つ、今までと違う違和感に魔女は僅かに戸惑って

「ああ、そうか」

魔女はとあることに気が付きあまりに自然すぎて気が付かなかったと目を瞬かせた。
―――己が手に触れている少年の手が凍り付いていない。
今まで意識せず触れたものは凍り付いていた。
だから不用意に何かに触れないように気を張っていたのに、自然と何かを握っている。
勿論到底人にあらざる体温かもしれないけれど、それでも人が触っても、冷たい、程度で済むほどで。

「……温かいね」

そう魔女は呟くとふにゃりと笑った。
どこか泣き笑いのようなその笑みはある意味少女じみた姿の年相応のようで……

ご案内:「◆異邦人街外れの家」から深見 透悟さんが去りました。
ご案内:「◆異邦人街外れの家」から希遠さんが去りました。