2024/09/25 のログ
ご案内:「第一教室棟 教室」に恋ヶ窪 あい子さんが現れました。
恋ヶ窪 あい子 >  
終業のチャイムが鳴り、ぞろぞろと生徒らが教室を後にする中――
少女の翡翠色の瞳はただぼんやりと虚空を見つめている。

心此処に在らずといった風なのは今に始まったことではなく、
授業中教員に叱責され、その度に慌てて背筋を伸ばすということを何度繰り返しただろうか。

少女の友人らは慣れた様子で「あ~またか~。」「あれ?でも付き合ってる人いなかった?」「フラれたんだって。」「で、直後にこれ?」「毎度の事ながらいっそ感心するわ。」「「「ほっとこ。」」」と、早々に匙を投げて少女を残し教室を去っていく。

恋ヶ窪 あい子 >  
板書も殆ど進んでおらず、開かれたままのノートは白い。
惰性で握っていたシャーペンが思い出したかのように動くが、綴るのは現在進行形で消されている授業内容ではない。

丸みを帯びた少女らしい字で、カタカナを三つ。
それを幾つも幾つも連ねては、最後にハートマークを描きかけて、

「ハッ! や、やだもう!あたしったら、また暴走しちゃうとこだった!
 だめだめ。次は、次こそは慎重にならなくちゃ……。」

慌てて描きかけのハートマークを塗り潰す。
大量に綴られたカタカナも同じく塗り潰してしまおうとするが、こんな有様でも異能の発動条件を満たしていない(恋をしていない)状態。有り余る力がシャーペンの芯……どころか、シャーペンそのものをバキッ!と鈍い音を響かせてへし折ってしまった。

やってしまった。嘆息を漏らしながら折れたシャーペンを仕舞って、かわりに消しゴムを取り出そうとして、

「あっ。」

取りこぼしてしまった。消しゴムが教室の床を転がる。

恋ヶ窪 あい子 >  
ミスばかりだ。上の空になるのは自身の悪い癖である。

だが、意思に関わらず誰かを好きになった瞬間に発動してしまう異能――それが発動している状態の方がデフォルトになるくらいに恋多き乙女の為、シャーペンをへし折ってしまうのも止む無しなのかもしれない。

不規則に跳ねながら転がっていく消しゴムを取りに行く気力もない。
幸いにして次はお昼の時間だ。次の授業まで余裕がある。

「はぁ……。」

ノートに覆い被さるみたく机に伏せて、大きなため息を零した。

「この状態でもフツーに過ごせるように、制御の訓練するべきかな。
 って、毎回思ってる気がする~!」

早々に少女を見捨てた友人が居れば、「無駄でしょ。どうせすぐまたそこら辺の犬猫にでも惚れるんじゃない?あっ、私はやめてよ!」なんて呆れた顔して言うんだろう。

「犬や猫には惚れないもん……たぶん。」

脳内の友人にツッコミをいれる。たぶんとかついてるけど。

恋ヶ窪 あい子 >  
――気を抜くとすぐにぼうっとしてしまう。

―― そしてぼうっとすると……、

―― …………。

「……ちょこっと、ちょこっとだけ、調べてみて……いいかな?
 それで冷静になるかもしれないし、それに、お礼の為にも好みとかリサーチしないといけないしっ!」

新たなる悪癖の発露に伴い、上体を起こした少女の顔に生彩さが戻る。
先程までのぼんやりとした眼差しは爛々と輝き、翡翠の中にチラと紅玉めく彩りが宿る――瞬きをした次の瞬間には失せてしまう程に微かな色ではあるけれど。

そうと決まれば時間を無駄にしている暇などない。
消しゴムを拾う為に立ち上がろうと手をつくと、机がミシと軋む悲鳴をあげる。
慌てて両手を頭の上に挙げると、まるで万歳のようなポーズになった。
幸いにしてお昼休みは半ば以上過ぎていて、教室にいる生徒は極少数。
それも、少女の生態を知っているからか気にした素振りもない。

それでも少しだけ気恥ずかしそうに身動ぎしながら転がってった消しゴムを拾い上げ、手早く筆記具等を片付ける。

教室を飛び出した少女を止める者はだれもいない。

ご案内:「第一教室棟 教室」から恋ヶ窪 あい子さんが去りました。