2024/06/06 のログ
シャンティ > 「あ、ら……」

彼らしい、意地と、愚直さがないまぜになった想い。
それは……とても、眩しいもので

「そ、ぅ……」

例えば――
この女には無数の魔術がある。
通常の魔術書から、禁書まで。様々な本の記憶がある。
それを駆使すれば、その望みを叶えることも――

「……場が、整っ、て……ない、みたい、ねぇ……
 ええ。その、とき……を、待つ……こと、に……する、わぁ?」

思いついたことは告げず。
小さく、微笑むのだった

「ん……」

小さな、違和感にも似たナニカ
記述の中に埋もれていく、一描写。

「……どう、した……のぉ?」

いつもと、ほんの僅かに違う男の様子に小さく首を傾げて、問いかけた

杉本久遠 >  
「たはは――待っててくれるのか。
 なら、うん、『まだ』、やれる」

 久遠にしては少しばかり歯切れが悪い言葉。
 これまで、他人にあまり見せる事がなかった、どこか迷いの含まれた言葉。
 それを読み取れば――読まなくとも、久遠が何かを迷っている事は容易に知れてしまうだろう。

「――いや、大したことはないんだ。
 それより、君のほうも、どこか普段より少し憂鬱そうに見えたが。
 体調を崩したりはしてないか?
 ほら、気候が崩れやすい季節になっただろう」

 隣の女性を気遣うように、少し背中を丸めて顔を覗き込みながら。
 驚かさない様にそっと、指先から触れるように彼女の手に自分の手を重ねようとする。
 

シャンティ > 「……久遠?」

読み取れたのは、迷い。
あぁ――深く、落ち込んでいくかも知れない。
そんな端緒にもなりそうな、迷いの色。

「私、は……ええ。
 問題……ない、わぁ……今、久遠……が、きて、くれた、の……だ、し?」

女にあったのは、空虚。
気を抜けば、どこまでも落ちていってしまいそうな深淵の穴。
けれど、それは何某かが埋まればいい

「……だか、ら……久遠。
 あな、た……よ?問題、は」

重ねようと伸ばされた男の手をわずかに躱し。
逆に、捉えようとするように上から乗せ返そうとする。

ただ、それは静かに、緩やかに行われて

杉本久遠 >  
「ん?
 オレが来たから?」

 どうにもピンとこない様子だが、ゆっくりと重ねてくれた手の感触に、どこか安堵を覚えていた。
 いつ、どこへとも消えてしまいそうな彼女だから、だろうか。
 それとも――。

「――いや、本当に大した問題じゃないんだ。
 ただ、な。
 オレも学園が長いから。
 島の外だったら、いわゆる、大学生に当てはまる頃合いだろう?」

 久遠が常世学園に在席し、幼少教育から高等教育、専門教育まで受けてきて、すでに14年だ。
 14年間、学び舎で学生として過ごしてきた。
 だがそれは、妹の名前の様に『永遠』ではない。

「希望の進路、というのを考えなくてはいけなくてな。
 ずっと考える事を避けて、逃げてきたんだが――流石にもういい加減、逃げられなくなってしまった、そんなところさ」

 たはは、と。
 彼女の方を見ながら、情けない顔で普段のような張りのない曖昧な笑みを浮かべた。
 

シャンティ > 「ふふ……そう。
 植物、には……日光、が……必要……
 そう、いう……話」

ピンとこない、といった風情の男に、さらに謎掛けのように言葉を紡ぐ。
真意を読み取ろうとして、顔を見たとしても、その顔にはただいつもの微笑みが浮かぶだけ。

「あぁ――
 そう、ねぇ……」

女自身の常世歴は久遠ほどではない。
高校生として入り……事故にあい、休学。
以降は、どちらともつかないような生活を続け……

「それ、は……大した……問題、じゃ、ない……の?」

小さく首を傾げて、見えない眼をじっと男に向ける。
本当に問題ないのであれば、迷うこともないのでは?
そう、問いかけるかのように

「……私、は……モラトリアム、だか、ら……で、も。
 久遠、は……考え、ない、と……ね」

人差し指を唇に当て……考える。
そして

「……スイム?」

ぽつ、とそれを口にした

杉本久遠 >  
「んん、ん?
 植物?」

 やはりよくわからない顔だった。
 とはいえ、彼女の顔にいつも通りの微笑みが浮かぶのなら、とても分かりやすく久遠の方も嬉しそうにしただろう。

「ああ、大した問題、じゃ――」

 彼女にじっと見つめられると、心の奥底までのぞき込まれているような気持になる。
 それが困るではないのだが、どこかくすぐったい。

「――そう、なんだ」

 彼女と重ねた手と反対で、ぽりぽりと頭を掻いて、むう、と唸った。

「君も知ってる通り、オレのスイマーとしての実力は、あまり高くないんだ。
 もちろん、アマチュアの中ではそれなりの自身はある。
 ただそれはあくまで『それなり』でしかなくて、プロの世界にはとてもじゃないが届かない」

 熱量で突き進む久遠にしては、現実的で淡々とした自己評価。
 眉根を寄せて難しい顔をする。

「プロを目指すには、あまりにも遠い。
 諦めたくない夢だが、生きていくのに夢ばかりを追いかけるわけにはいかない。
 そうだろう?」

 そう言いながら、重ねた手を上向きに返して、彼女の手を優しく握る。

「それでも一定の成績は残してきた。
 華々しくはない、が。
 だが、コーチやインストラクターにならないか、という誘いを貰えてもいるんだ」

 それは、一般的な観点からすれば、とても好い話だろう。
 エアースイムの世界から離れず、その世界で安定した仕事をする事が出来るのだから。
 ただしそれは。

「だが、そうなると、プロを目指す道は完全に閉ざされる。
 今以上に、座学で学ばなければならない事が増えるからな。
 練習時間を大きく削るしかないんだ」

 久遠は才能あふれる選手ではなく、小さな才能を努力でなんとか微かに輝かせている、そんな選手である。
 その努力――練習時間を今以上に削れば、プロという夢は確実に遠のいてしまうのだ。

「別にコーチやインストラクターが嫌なわけじゃない、むしろ声が掛かって光栄なくらいでな。
 後進を育てる事も、間違いなくオレのやりたい事の一つではあるんだ」

 そう久遠は話すのだが。
 それでも、一度夢に見てしまったものに、未練を感じないほど達観出来てはいないのだろう。
 

シャンティ > 「……そう」

ぽつ、と小さくこぼす。
ああ、そうだろう。この男は、そういう男だ。
どこか冷静で。しかし情熱的で。
だからこそ、悩む。
理想と現実の狭間で

その姿が……とても……

「そう、ね……それ、は……深刻。では、ない、か、しらぁ……?」

静かに、気だるげに。
その言葉は二人の間だけに流れた

「ね、ぇ……久遠?
 本当、に……生きて、いく……ため、だ、け?」

その気になれば、彼には収入のアテがないわけではない。
勿論、それに頼れば家の負担は増えるのもわかりきってはいるのだが。

では、単に実力の底が見えているから?
それとも、夢が遥か彼方だから?
それとも……

「久遠……あな、たの……迷い、は……ど、こ?」

じっと……変わらず、虚ろな瞳が男を見上げていた

杉本久遠 >  
「たはは、深刻、なのかな」

 言われると、そうなのかもしれないと苦笑いを浮かべた。
 彼女の見上げてくる瞳を、糸目がじっと見つめ返す。

「ああいや、そう、だな。
 ただ生きていくなら、別にプロを目指し続けたって構わないんだ。
 最低限の稼ぎで十分だから、一人で生きていくなら、それでいいんだ」

 そう言いながら、握った彼女の手に、もう一方の手も重ねた。

「でもオレは、君と生きていく未来も、考えたいと思ってる。
 思ってる――じゃないな。
 オレは君と一緒に生きていきたい、真剣にそう考えている――んだろう」

 だからこそ、迷い、悩む。
 安定しつつも新たな展望のある進路と、いつ届くかもわからない、暗中模索を続ける道と。
 ただ彼女は――

「君はきっと、オレが本当にやりたい事をやればいい、と言ってくれるんだろう。
 そして、その方が君にとっては刺激と楽しさが、あるのかもしれない。
 オレはそんな思い出を、君に沢山作ってあげたいとも思う」

 そう言いながら、彼女の瞳を見つめたまま、ほんの少し、距離を縮める。

「でもそれだけでなく、君に少し退屈で、それでも安心して安らげるような。
 いつでも帰って来れて、翼を休める事が出来る止まり木のような。
 そんな場所を作ってあげたい――そういうふうにも思ってる」

 それは、何年か前に先走って言ったプロポーズとは違う。
 真剣に考えて悩みぬいた、彼女と共に生きていくためのビジョンだった。
 彼女が秘めている謎は沢山あるが――それをそのまま受け入れて、彼女が幸せに思える道に進みたい。
 そう――愚直なほどまっ直ぐな愛情ゆえに、久遠は迷って悩んでいるのだ。
 

シャンティ > 「そう」

ただ、生きるだけならば。なんとでもなる。
勿論、窮屈ではあろうけれど。

「……」

ほんの一瞬。
その虚ろな瞳が、丸くなる

「それ、は……困っ、た……わ、ねぇ?」

小さく、首を傾げる
将来の、ビジョン。
女自身もまた、描いたことのない、先。

未だ……来ていない、未来

「……久遠。
 私、は……先、を……見な、いで……きた、女、よ。」

いつ、どこで、どうなろうと。
別に構わないという、冷めた心。
先など見なくとも。見えないモノを見なくとも。
今だけで十分だと

「……久遠。
 変わら、ない……こと、って……どう、思う……?」

ふと、口にする。
それは、どこかで投げかけられた問。

杉本久遠 >  
「――あ、いや、すまない、困らせてしまったか。
 また先走ってしまったみたいだ」

 一緒に生きたいという気持ちに嘘偽りはない。
 そこには、一片の曇りもよどみもない事だろう。
 ただ。

「変わらない、事、か?」

 その問いに、ほんの少しだけ考えるようなそぶりをするが。
 ほとんど悩む事もなく、当たり前のように答えるだろう。

「いつまでも自分らしくいられる。
 いつでも自分の原点に戻れる。
 変わらないというのはそういう事じゃないか?」

 少し不思議そうには答えるが。
 答え自体は、悩む事もなく滑らかに答える。
 

シャンティ > 「……」

なるほど
彼らしい、答えだ

「そう、ね……
 先、走って……いる、わ、ねぇ……?」

くすり、と笑う
くすくす、と……薄く

「それ、は……私、と……いる、こと、が……
 決まっ、て……から、の……先、よ……ね?」

共に生きていく、ということは。
その前に、しかるべき流れがある。

そこを飛び越えての考えである、が
いかにも、この男らしい……とも、いえる

「そし、て……ええ。
 ……そ、れは……久遠、だけ……の、未来。
 久遠、だけ、が……描、く……未来、ね?」

女に用意したい、と。一方的に見る未来。

「……ええ、それ、で……いい、の……なら。
 それ、で……考え、れば……いい、わ?」

考えるだけなら、自由だ。
そこには誰も居ないのだから。

その、袋小路にも似た迷いの中で、どうもがくのか。
どう、泳ぐのか。

「……原点……なる、ほど……大事、ねえ」

ぽつり、と。
独り言のようにつぶやいた

杉本久遠 >  
「――むむう」

 彼女の反応に、思うところはあったのだろう。

「たしかにその通りだ。
 まずは君に、一緒に歩んでもらえるような男にならなくてはならないな。
 ――君にとっては、迷惑な話かもしれないが」

 そう、両手で包んだ彼女の手を大事そうに胸の高さまで挙げる。

「オレの未来が、オレだけの未来になったらダメなんだ。
 オレの未来は、君と一緒に描ける未来がいい。
 ――オレは、君の指に指輪を送りたい。
 君がオレと一緒に歩んでもいいと、一緒に未来を描いてもいいと思ってくれたなら、そうしたいと思ってる」

 だから悩んでいた。
 言葉にした夢は、一人で考えた例えば、一例に過ぎない。
 別の形であっても、久遠は彼女と共に歩めるのなら、それを選びたいと思っていた。

「オレだけの未来なら、きっといつまでも、空だけを見上げ続けているさ。
 でも、オレの目にはもう、空だけじゃない。
 君の色がいつも、そこにあるんだ」

 温かな銀色が。
 眩しい褐色が。
 久遠の描く夢には、いつの間にかずっと、彼女がいるようになっていたのだ。

「ああ――うん、そうだ。
 話せてよかった。
 大事なものを確かめられた」

 自分にとって何が大切なのか。
 自分の原点、そして、自分らしさ。
 目指したいみらいのカタチが、少しだけ見えた気がした。

「――まあ今は、まずは君のやりたい事を手伝えたらいいなと思ったよ。
 オレは君にどれだけの秘密があっても、一向に構わない。
 ただ、君の望む事があるなら、少しでも力になれるようになっていきたいな。
 ――なんて、オレじゃあ力不足かな」

 たはは、といつものように――少しだけ悔しそうに笑った。
 

シャンティ > 「……迷惑、か……は。
 あな、た……次第、ね。久遠?」

きっかけは、些細なことだった。
それに、大きくかける想いも、なかった。

……そこでは

「あ、ら……」

男の口から出てきたのは
どこまでも真っすぐで どこまでも愚直で
どこまでも熱くて どこまでも……

「指……そう……そ、う……なの、ね」

薄いピンクの唇が……うすく、うすく、つぶやく
強い思いを受け止めて
そろそろ……なのだろうか。
このさきの未来を選ぶべきタイミングは

「私、は……ね。久遠……
 夢……なん、て……ない、の……よ?
 した、い……こと、も……ね。」

悔しそうな笑いを浮かべる男に、女は語りかける。
その眼と同じ、どこか空虚な語り

「えぇ……今、が……満ち、て……いれ、ば……いい。
 だか、ら……そう、ね。
 久遠、は……十分、力……に、なって、いる……わ?」

小さく、薄く、笑う。

「これ、で……いき、て……いけ、る……の」

そういって笑う。
優しい、微笑み

杉本久遠 >  
「そうか。
 それなら、それでいいんだろうな」

 優しい微笑みに、久遠もまた柔らかく笑う。

「すまん、別に急かすわけじゃないんだ。
 ただ、その、何時までも君との関係を曖昧にしていてはいけないと思ってな。
 だから、君の今が満たされてているなら、それで」

 それなら、彼女の心にある空洞を、少しずつ『今』を繰り返して埋めて良ければいいと思う。

「夢もしたい事もないなら、今の瞬間、一つ一つを楽しんで、今を一緒に重ねていこう。
 ああいや、常に一緒じゃなくてもいいんだ、君が今を楽しめるように、自由に、思うように生きていてほしい。
 その今を満たす一助になれているなら、オレはそれで充分幸せなんだ」

 そう言って、彼女の手を優しく引いて抱き寄せる――事が出来れば、久遠も少しは男らしさがあるのかもしれないが。
 そんな思考がかすめはしても、安易に彼女に触れないのがまた、この久遠という男だった。

「だから、未来の事はもう少しだけ、後回しでもいいのかもしれないな。
 ああもちろん、考えないわけじゃないが――焦る必要は、ないんだろう。
 ――君と一緒に、今を生きられるんだからな」

 そう言って、久遠は彼女に真っすぐな愛情を伝える。
 今時、情欲に動かされたのではない、ゆっくりと積み重ねてきた、晴れ渡った空の様に澄んだ愛情。
 久遠はそれで充分なのだと、心から思った。

 なぜなら。
 こうして彼女と重ねていった『今』こそが。
 いずれは掛け替えのない『思い出』となり、『未来』になるのだから。
 

シャンティ > 「あ、ら……て、っきり……いま、で……満足、なの、かと……思って、いた、わぁ?」

くすくす、と笑う。
いつもの、からかうような、楽しむような微笑み

「ふふ。で、も……そう、ねぇ……急、だか、ら……すこぉ、し……びっく、り……した、けれ、どぉ……
 久遠、の……考え、は……伝わ、った、わ?」

青いままの果実ではなく、じっくりと中で熟していった。
そんなような、甘く、濃く、しっかりとした愛情。

「……ふふ。そう……ね。
 それ、に……この、先……なに、が……ある、か……わか、らない、し?
 焦、らなく、て……も、いい、わ……ね」

どうしようもなく、欠け落ちた器。
それを満たすのは虚ろの娯楽たち。

それが真に満たされるのは、どんな未来か。

「えぇ……たのし、み……だ、わ」

ちいさく、ちいさく、女はつぶやくのであった

ご案内:「図書館 休憩室」から杉本久遠さんが去りました。
ご案内:「図書館 休憩室」からシャンティさんが去りました。
ご案内:「図書館 休憩室」に風花 優希さんが現れました。
風花 優希 >  
ガシャン。自販機が、ガコンと飲み物を落とす。
静かな図書館の休憩室に響くその音は、やけに大きく聞こえる。
腰を曲げ、自販機の取り出し口に手を入れているのは一人の少年。

「よ…っと」

彼は取り出し口から缶を取り出すと、身体を滑らかに起こす。
男子にしては長めの、透き通る水色の髪が微かに揺れる。
前髪から覗くのは、薄く透けた赤色の瞳。
手にした缶のラベルには、激甘メロンソーダと書かれている。
少年は缶を片手で摘まむように持ち上げたまま、静かに自販機の隣にある長椅子に腰かけた。

風花 優希 >  
何てことは無い、一見すればただの休憩している男子生徒の姿だ。
カシュリと缶のプルタブを開けて、口を付けるとメロンソーダを流し込むように缶を傾ける。
ただ、その間にもその視線は休憩室の外…図書館の書庫付近に向けられていた。
即ち禁書庫へと繋がる通路付近に、だ。

「……」

こくり、こくりと喉から炭酸を飲み込む音が静かに響く。
少年の表情は一見してリラックスしたようなそれで在りながら、何処か異様なほどに平静で。
こんな様子で在りながらも、まるで気を抜いていないようにも伺えた。

ご案内:「図書館 休憩室」に焔城鳴火さんが現れました。
焔城鳴火 >  
「――仕事熱心ね、風花」

 そう言いながら、少年に鳴火は煙草を一本差し出す。
 鳴火もまた、口に一本咥えている。
 が、それに火はついていない。

「シガチョコ。
 なにをそんなに気にしてるわけ?」

 そう少年の様子から、ただの仕事熱心さとは違うモノを感じて質問した。
 

風花 優希 >  
炭酸飲料であるだろうに、その飲み方もまるで炭酸を感じていないかのような一飲み。
……暫くして、こくり、こくりと喉を鳴らす音も止まった。
そして微かに彼は目を伏せると、自販機の隣に置かれたゴミ箱へと缶を放る。
見事なコントロールで缶はゴミ箱の中にホールインワンを決め、少年の口から小さく息が漏れる。

声をかけられたのは、まさにそんな時。

「またなんというか、懐かしい匂いのするものを…。
 別段、仕事をしてるだけですよ、不法侵入警備の」

顔を見上げて、何てことは無い様に、少年は返す。

焔城鳴火 >  
「第三次大戦前商品の復刻シリーズ。
 私の地元じゃよく売られてたもんよ。
 本土の静岡。
 父親の実家が神社で、縁日なんかにもよく行ってたから馴染みがあんの」

 『で、いらないの?』と、箱から器用に一本だけ飛び出したシガチョコを向ける。

「ふうん、不法侵入警備ねえ。
 ――それにしては随分と、熱心すぎる気がするけど?」

 目を細めて、少年が見つめていた書庫の方へ視線をやった。
 その先には禁書庫へと通じる通路がある。
 

風花 優希 >  
「実家、神社だったんです?
 ……じゃあ、一本だけ」

差し出されたシガレットを、一本だけ受け取る。
シガレットを指で摘まんで、口に咥えて、それっぽい仕草を一応は見せて。
けれども直ぐに、ガリっと、咀嚼し始める。

「他の人が、熱心じゃないだけでしょう。
 図書委員ですからね、まあそれなりには」

そう語る少年の口調は、極々自然なものだ。
隠している様子も、隠そうとする意志もそこには無い。