2024/09/23 のログ
ご案内:「委員会街 風紀委員会本庁 休憩スペース」に青霧 在さんが現れました。
■青霧 在 > 『異能の強化についての教材を作成することになった』
『お前は異能の拡張に成功しているだろう。主観で構わんから経験や意見をまとめた資料を作成してくれ』
青霧に下された指示は異能強化の教材への資料提供。
青霧は指示に忠実な人物として知られているが、資料を作成する青霧の表情には陰鬱に加え、隠し切れない億劫さが表れていた。
「これといった事はしていないからな」
溜息の交じった一言は堪えきれず零れたもの。
椅子に座り、テーブルに置かれたノートPCのキーボードに添えていた両手を脇に降ろして天井を見上げる。
昼休憩の時間も終わった夕方と昼の挟間。
残暑を忘れさせる空調の効いた休憩室では青霧含めた数人が各々の時間を過ごしており、静寂に包まれていた。
■青霧 在 > 椅子にもたれかかり天井を見上げたままの姿勢で視線だけをノートPCの画面へと向ける。
ノートPCの画面には指示待ちののじゃロリAIが映り、青霧を見つめ返している。
肝心の資料はテンプレート部分しかなく、中身は手付かず。
画面へと向けていた視線を再度天井へと戻し、大きく溜息を吐いた。
「思いだした事から書いてみるとしようか」
掘り返したくない記憶を掘り返しながら、切り替えて姿勢を正す。
キーボードに手を置き直し、思い出した記憶から順に打ち込んでは送信を繰り返す。
送信される度にAIが要約し、資料としてまとめていく。
現代社会の優良で有料なAIは断片的で感情的な情報を客観的かつ論理的なものへと変換する。
「・・・」
情報が纏められる度に青霧の表情も次第に険しく変化していく。
負傷時に顔を顰めるのとも、疲労で目の下の隈が深くなるのとも決定的に違った怒りと憎しみの表情。
近くの大き目のソファで寝転がっていた男子委員がそれに気づくと、気まずそうに離れていく。
それほどの強い悪感情を青霧は放っていた。
■青霧 在 > 青霧の近くに居た委員が去った事で、自分が今どんな顔をしているのか気づいたのだろう。
右手を額に添え深く刻まれた溝に触れた事で自分の状況を把握した。
「部屋でやった方がいいかもしれないな」
資料作成といっても、実際にしているのはAIに対しての自分語り。
要約の要約である資料の進捗を実際に確認する青霧の表情はやはり険しいが、先ほどよりは抑制されている。
抑制された分、作り笑いのような気味の悪さが醸し出しているのは仕方のない代償だろう。
ノートPCの画面に映し出される資料に記されているのは青霧が異能の解釈を広げるに至った要因。
家庭環境を筆頭とした青霧の過去がずらりと並んでいる訳だが。
「こんなものが教材になる訳がないな」
到底人に見せられない、人に見せたくもない内容の資料を迷いなく削除する。
本当に削除してもいいかを確認するAIにも迷いなく即答し、自動で保存されていた経過も含めて徹底的に削除してから再度資料テンプレートをAIに用意させた。
「厄介な仕事だ」
再び両手を脇に落とした。
■青霧 在 > 青霧は職務に忠実であり、手を抜かない。
どれだけ厄介で面倒な指示でも嫌がる素振りすら殆ど見せない男だ。
常に陰鬱とした雰囲気を纏っているがそれ以上を見せる事はそれほど多くはなく、これほどの嫌悪感を露にする青霧は同期や友人でも少々珍しく思うかもしれない。
「どうしたものか……」
蟀谷を揉みながら長い溜息を吐く。
ただ異能についての経験談を纏める仕事がこれほどに青霧に対して牙を剥くとは当人も思っていなかったのだろう。
嫌悪感を通り過ぎて疲弊や困惑といった感情までもが見え始めた。
ご案内:「委員会街 風紀委員会本庁 休憩スペース」にリビド・イドさんが現れました。
■リビド・イド > 以前生じた"事件"の聴取に応じたその帰り。
休憩スペースで暗い顔で資料に向かっている生徒が視界に入る。
嫌悪や陰鬱が激しい生徒に、涼しい顔をして声を掛ける。
「うん? どうした?」
リビド・イド。
主に魔術や哲学・宗教学を引き受ける教師の一人。
少々の回りくどい言い回しと性格に難がある、との評。面倒見そのものは悪くない、らしい。
「キミは……どっかで見たな。確か……」
■青霧 在 > 休憩室は空いている。近くに居た委員も先ほど去ったばかり。
青霧は自分が声をかけられた事に気づけば、抜けきらない悪感情を抑え込みながら振り返る。
「俺ですか。風紀委員会の青霧ですが」
「どうかされましたか」
人付き合いには積極的ではないが苦手という訳でもない。
悪感情の大半を抑え込みながら平熱を装う。
「あなたは……先日あの件を通報されていたリビドイド先生で間違いないでしょうか」
オッドアイの女性に見覚えがあったのだろう。
最近の出来事を掘り返し、すぐにその女性が常世学園の教師、リビド・イドであると気づいた。
椅子に横向きで座りなおし、リビドの方へと身体を向けて膝の上に手を置き、対話の姿勢をとった。
■リビド・イド >
「ああ、あの青霧か。仕事は優秀だと聞いている。
……だとすれば尚更珍しい。まるで不服な反省書でも書いている様な顔だ。」
仕事の中身は見ていない。
故に。的外れな検討を付けて訊ねた。
「そうなるな。痛ましい事件だったよ。
その聴取の帰りでキミを見つけた。一度休んだらどうだ?」
肯定し、切り上げる様に促す仕草。
尚、身長は小さいが歴とした男性。
■青霧 在 > 「不服な反省書ですか」
「あながち間違っていないかもしれません」
ノートPCの画面にはテンプレートしか映っていない。
そして、的外れな見当であったとしても、青霧にとっては中らずと雖も遠からずなものだようだ。
一瞬だけ視線が斜め下へと向けられた。
「聴取にご協力いただきありがとうございます」
「一刻も早く犯人を捕らえられるよう尽力致します」
青霧があの件の犯人の捕縛に赴く事になるかは分からない。
しかしこの言葉に偽りはない。青霧もあの事件を不快に思っている。
「丁度休憩しようかとも考えていましたしそうすることにします」
「公共の場で不快感をまき散らしているのも考え物ですから」
自嘲気味に肩を竦めるが笑う事はない。
笑える状況ではないのだろう。
■リビド・イド >
「それが良いとも。……随分と良い子だな。
キミなりの不快感との付き合いがある事を期待するよ。」
一連の事務的な素振りを見て、印象を呟く。
適当な壁に背を預け、少し会話を続ける。
「少しずつ思い出してきた。キミが出動した時は被害が少ないと噂になっていた気がするな。
キミの苛烈なスタイルに反してだ。力量差と余裕から来るものと思っていたが。」
「今のキミを見ていると少し、違和感があるな。
……まぁ何だ。釈迦に説法かもしれんが、追い詰めすぎるなよ。
キミの感情と異能が暴走したら、大変なことになりそうだからな。」
■青霧 在 > 「……ありがとうございます」
思う所があったのか、僅かに間をおいて口を開く。
少なくとも悪感情の類ではないようで、これといって態度や口調が変わる事はない。
「俺の主義に反しない手段をとっているに過ぎません」
「必要とあらば手段は問いませんが、それほどの事態は稀というだけです」
殺しは最終手段。無駄な破壊で迷惑をかける事は控える。
それはそれとして仕事は全力でこなす。
優先度を履き違えずに、それでいて主義は貫く。
それだけの話。
「ご心配下さりありがとうございます」
「ですが、これまでそれほどの事はございませんでしたのでお気遣いなく」
「それに、俺が暴走するような事はありえませんから」
その確信は、自信からくるものでは無い。
むしろその真逆かもしれない。
青霧の異能は強力で、それが暴走すれば多大な迷惑をかける事になるだろう。
ただ、そんなことは青霧はしない。
■リビド・イド >
「主義、か。
難しいものであるだろうに。」
思うところのあるような、含むもののある口ぶり。
考えるものがあったのが、少しだけ間を置く。
「ふむ。……有り得ない。か。
これまでもそうなら、これからもそうなのかもしれないな。」
自信の根拠に過去を示した事に一抹の不安を覚えたのか、声の勢いが少し弱まる。
だが刺激することでもないと、追及を避けた。
「教師と言えど、外部の僕が長居するのもアレだな僕はそろそろ行くとしよう。」
「……まあなんだ。的外れなアドバイスかもしれないが……」
預けた背を離し、姿勢を正す。
「他人の反省文を書く位の気軽さでも構わんと思うぞ。
それがキミの主義に反するなら、根性しかないかもしれん。」
■青霧 在 > 「はい、あり得ません」
「これまでもこれからも」
青霧の目に灯る光は他人と比べて弱い。
何かに目を輝かせるでも、野心を燃やすでもない青霧に強い眼差しは必要ない。
それでも、人の道から外れない人間らしい光を持っている。
そんな弱い光が、暗く深く輝いた。
まるで催眠にでもかかったように。
「意識してみます。ありがとうございます」
慣れた返答。
何か考える素振りもない、テンプレートのサンプルテキストのようなありがちな感情の乗った感謝の言葉。
「お気をつけてお帰り下さい」
「報復などにはお気をつけて」
立ち上がり、軽くお辞儀した。
■リビド・イド >
「……?」
暗い光に、違和感を覚えるものはあった。
だが、やはりこの場で追及するものではない。
「じゃあ、またな。」
記憶の片隅に留めるだけにすれば、
そのまま踵を返してこの場を去った。
ご案内:「委員会街 風紀委員会本庁 休憩スペース」からリビド・イドさんが去りました。
■青霧 在 > 「はい。さようなら」
リビド・イドをが退室するまで見送った後、改めて着席すれば、ノートPCの電源を落とす。
そのまま何を言うでもなく、その場を去った。
翌日提出された異能の拡張についての資料は、差しさわりのない内容であったという。
ご案内:「委員会街 風紀委員会本庁 休憩スペース」から青霧 在さんが去りました。
ご案内:「『A Letter from a Distant Autumn Day』」にレイチェルさんが現れました。
■ある風紀委員の追憶 >
あれはずっとずっと昔の話。
それでも忘れられない、一年生の夏の終わりのことだった。
学生通りの一角。
降りしきる雨、僕の腕の中には、ずっと僕を導いてくれた、真衣先輩の姿があった。
琥珀色の瞳は虚ろ、頬にかかる白髪には血が混じっていた。
彼女の鼓動は、次第に弱まっていった。
道端の側溝に、彼女が流れ落ちてゆく。
ただ、失われていく。
分かっている。もう、彼女を助けることは、かなわない。
『はっ……やっと……やっと黙ったッ! 静かになりゃ可愛いもんだな。
何が更生だ……対話だ……そんなもん、俺達には必要ねぇんだよ……!』
震える手に拳銃を握ったその赤髪の男――クロウは、僕達を見下ろしていた。
静かに降る雨粒の向こう側。冷たい獣の目で、見下ろしていた。
「……この……クソ野郎ォッ!!」
思わず、腹の底から叫んでいた。懐から、銃を引き抜く。
気づいた時にはその照準は、ぴたりと犯罪者の額に向けられていた。
人を殺したことなんてないのに。
まるで吸い寄せられるように。驚くほど自然に。
身体の内側から溢れる憎悪が、
僕の身体を指の末端に至るまで支配しているかのようだった。
銃身は雨に濡れて、やけに冷たく感じる。
『撃てるもんかよ、泣き虫のお前なんかに……』
僕を。僕達を嘲笑うクロウ。
あいつ以上に震える情けない手で、それでも僕は引き金を絞ろうと
人差し指に力を込めた。とてつもなく、重かった。
その重さにまた涙が出てきて、歯を食いしばったその時。
■ある風紀委員の追憶 >
腕の中の真衣先輩が、ゆっくりと僕の方を見た。
虚ろな琥珀色は、涙を零して歪んでいる情けない僕の顔を映して、
ひどく悲しそうな色を見せていた。
それでも。
どこか、あたたかく微笑んでいた。
零れ落ちた水滴が、雨に混じって彼女の頬を打つ。
彼女は震える手を寄せて、最後の力を振り絞るように、僕の涙を拭った。
『慧君……良かっ、た……』
そうしてそのまま、殺意を握る僕の腕に血塗れの手を乗せて、静かに首を振った。
何故、そんなに満足そうに。
そんなことが言えるんだ。
――自分を撃った犯罪者を罵倒しても、誰も責められやしないだろうに。
良くない。何も良くない。
何一つとして、良いことなんかありはしない!
――この世の全部を恨んでも、誰も文句を言いやしないだろうに。
理不尽に晒されて、死を前にして。
優しさを無碍にされて、踏み躙られて。
――死にたくないと無様に泣き叫んだって、誰も彼女を笑いやしないだろうに。
重なる、二つの鼓動の音。
大きな音と、小さな音。
小さな音は、だんだんと弱くなり、消えてゆく。
■ある風紀委員の追憶 >
『……伝、え……て…………ご…め…………ずっ……と……』
そうして、彼女は口にした。途切れ途切れの言葉の断片。
弾丸は、胸に命中していた。気管に入り込んだ血が、彼女を苦しめていた。
彼女の艷やかな唇から、血が流れ落ちていく。
元より口下手な彼女が、一生懸命紡いだその言葉は、
僕の大脳皮質に今でも焼き付いて離れない。あの微笑みと共に。
「伝えて……? ごめん……? 何を……? 誰に……!?
先輩……真衣先輩……ッ!!」
その問いかけに答える者は、もう居なかった。
止まない雨は次第に強さを増し、僕たちを残酷なまでに打ちつけていった。
彼女の灯火を、僕の大切なものを、すっかり洗い流してしまうかのように。
■ある風紀委員の追憶 >
僕の手と繋がれたままの、その冷たい手。
月次な『さよなら』すらも、言えなかった。
クロウを取り囲む風紀委員達の声が、雨音の向こうから聞こえてくる。
犯罪者更生プログラムの試験運用期間に起きた悲劇。
この事件を境に、プロジェクトは特別監視対象制度へと移行していくこととなった。
彼女は、僕に向き合ってくれなかったのではないか。
彼女が向き合っていたのは、犯罪者達であり、僕ではなかった。
そうでなければ。
こんな危険なプロジェクトに参加することはなかっただろう。
クロウなんかに、無謀にも手を差し伸べるようなことはしなかったろう。
そんな、醜い疑念がずっと、僕に付き纏い続けていた。
ああ。
世界が、彼女をあの秋に置き去りにしてから。
彼女が、僕をこの世界に置き去りにしてから。
幾度の、時が重ねられたことだろう。
彼女のことを話す人間も居なくなっていった。
埃(時)が積み重なった、書架の隅の色褪せた本のように。
それでも、あの日から僕は。
君の、言葉の断片を探し続けている。
■レイチェル >
風紀委員本庁の一室。とある顧問に宛がわれているその部屋に、
レイチェルは訪れていた。
部屋の中央奥側には、
どっしりとした濃く深みのあるダークブラウンの大きな机が一つ配置され、
その周りには柔らかな赤いカーペットが敷かれている。
奥側にある大きな窓から吹いてくる風は白のカーテンを靡かせ、
ウォールナット製のフォトフレームに飾られた古い写真に影を落としていた。
レイチェルがここに来たのは、刑事課の有志が集い、
夏輝への陳情を行ってすぐに、彼女の元へ『凶刃』――追影 切人が
差し向けられた件を問いただす為だ。
かつて切人と交戦し、捕縛したのはレイチェル・ラムレイ本人であり、
彼の危険性は身を持って熟知している。
レイチェルの眼前、窓際の椅子に座っているのは、
スーツを身に纏った長身痩躯の男――白崎 慧だ。
風紀委員の一顧問である彼は、
委員会における強硬派の一人である。
強硬派――犯罪者に対し、一切の慈悲を見せぬ者達が、
一部でそう呼ばれているのだ。
落ち窪んだ目に色白の肌、頭の天辺から爪先まで不健康そうな色合いと乾きに
あしらわれたその男は、レイチェルの姿を見て乾いた口の端を歪めてみせた。
「これはこれは。
時空圧壊――レイチェル・ラムレイのお出ましとはね。
しかし、このタイミングで君が来たということは……
私の行いは、すっかり洗い出されてしまったという訳か」
男の表情は変わらない。
ただ穏やかな笑みを浮かべて、レイチェルの方を見やるのみだ。
窓から吹き込む秋の風に撫でられる艷やかな金が、彼の瞳に映り込む。
「しらばっくれねぇのは嫌いじゃねぇが、聞きたいことは聞かせて貰うぜ。
白崎。どうして夏輝に『凶刃』――追影 切人を送り込みやがった」
右手を腰に乗せたまま、柳眉を僅かに逆立てて、
眼前の男へ静かに言葉を発するレイチェル。
『凶刃』――追影 切人。一度刃を抜けば、鏖殺の化身と化す人間だ。
森羅万象を斬滅する当時に比べれば、彼も多少は丸くなってはいるだろう。
しかし、追影は風紀委員会の一級監視対象であることに変わりはなく、
今もなお、彼を動かすことの危険性は失われていない。
読んで字の如く、両刃之剣なのだ。
■レイチェル >
「『凶刃』を、送り込んだ理由? つまらんことを聞くものだな。
弟切 夏輝は、既に七名を殺害している凶悪な連続殺人犯だ。
そればかりか、我々の看板に血の泥を塗りたくっている現状。
どのみち極刑は免れんだろう。ならば、さっさと法の下に、処断すべきだ。
これは、風紀委員会の沽券に関わる重大な問題だ」
白崎は、刻まれた眉間の皺の上へと、スクエアのブリッジを押し上げる。
レイチェルの耳に届く男の声色はただただ静かで、
モノトーンの如く色彩を失っているかのように感じられた。
「アンタの言うことに一つ理があるのは、十分に理解してるつもりだ。
夏輝は取り返しのつかねぇことをしでかした、馬鹿野郎だ。
それに、放っておけば被害者が増えるかもしれねぇ。
アンタも、そこんとこの考えも含めた行動だろうよ――」
彼女が殺したのは、既に7名。感覚が麻痺しきるには十分な数だ。
クロークの内に眠る銃身の冷たさを思い起こしながら、
レイチェルは目を閉じる。
このまま逃走を続けた先で、また新たな被害者が生まれかねない、
緊迫した状況であることは誰の目にも明らかであった。
その上で、レイチェルは静謐な光を湛えた目を細く開き、白崎へと向けた。
「――だがな、白崎。
上じゃ、容疑者に対する検討を重ねている段階だった筈だ。
上の判断に先んじて、独断で殺しの刃を差し向けるたぁ、
どういう了見だ、って話をしてるんだぜ」
委員会の動きから逸脱した、完全なる独断専行。
それも彼は、
刃を抜けば周囲の諸共を切り捨てる可能性もある刃を、解き放ったのだ。
事実として、現場では取り返しのつかない被害も出ていた。
■レイチェル >
会議室には波立たぬ湖面が二つ、対峙している。
そこは、静かな戦場であった。
互いに視線を交わすこと、数秒間。
時計の針が、弥が上にも静寂を浮き彫りにしていく中、
白崎が観念するかのように、歪めた口を開く。
「放っておけぬ犯罪者だからだ、という言葉では足りないのだろうな。
『凶刃』――追影 切人。風紀委員会に残された彼の戦闘記録を見て、
私は期待していたんだよ。だから彼を飼っている昔馴染みに――少し、
彼を貸して欲しいと頼んだわけだ。
『凶刃』ほどの男ならばきっと、
この事態を収拾させてくれると信じてね――」
歪んだ口。それは、白崎なりの笑顔らしかった。
張り付いた仮面が、
無理やり圧力を加えられて、人の笑みを模倣しているかのようだった。
「――だが、アレは完全にしくじった。
使えない、鈍だったな。
監視役の伊都波 凛霞や、君、或いは月夜見 真琴のような存在が。
刃を錆びさせてしまったのだろう。無様なものだよ」
続いて吐き出された、罅割れた土のように色がなく、しかし荒々しいその声色。
彼なりの怒りの表現なのだろうか。
静寂の中に隠しきれぬ、生々しい感情がそこにあった。
聞く者が聞けば、震え上がるであろうその声を、
レイチェルは眉一つ動かさずに聞いていた。ただその瞳は、細められたままだ。
「全ては、この島の正義を保つ為だ。
学業において常に優秀なスコアを叩き出し、
風紀委員としてもそこそこの実績を上げてきた君のことだ、
もう少しばかり、聡明だと思っていたがね。
この学園都市における我々の責務を果たすことを、忘れてはいけない。
我々の責務。
それは、島に這い回る害獣から人々を守り抜くことだ。
そしてこの島の、風紀を保つのだ。どのような手を使ってもな」
言葉を継いでいく白崎の声色は次第に、低く響くようになっていく。
■レイチェル >
「……監視対象。以毒制毒のシステムを、私は誰よりも評価しているよ。
首輪なしでは此処で生きられない、哀れな害獣どもに。
本来ならば真っ先に社会の害として排除されるべき、塵芥どもに。
崇高な存在意義と、かけがえのない利用価値を与えているのだから」
吐き出される音の一つひとつが、鋭い氷柱の如く、室内に冷たく響いていく。
「『凶刃』は、監視対象として不適格だ。
あれをさっさと処分するように、飼い主には進言したよ。
私としては、別の優秀な監視対象に依頼をしたいと考えていたところだ。
……まぁ、『まだ利用価値がある、死ぬまで使い潰せばいい』と。
そんな返答を受け取ったがな」
そこまで口にすれば、白崎は机の上に置かれていたティーカップを口に運ぶ。
「アンタの考えじゃ、監視対象も犯罪者もヒトじゃねぇってか」
ここに来て、白崎を睨みつけるレイチェル。
その瞳の奥に燃える炎の激しさは、かつての彼女が湛えていたそれだ。
「ああ。奴らには言葉が通じないからな。
言うなれば、人間の仮面をつけた、獣――社会の異物だ。
使えるなら、法の下に使い潰せば良い。
元より、犯罪者共だ、死んだとて何の不利益もない。
それに、今回の弟切 夏輝の件もそうだが……
正しく法の下にある風紀委員の者達が、手を汚すのも癪だ。
彼らは元々穢れている。そういう意味でも使い勝手の良い駒だよ。
君はそう思わんのかね?」
白崎は歪んだ笑みをそのままに、椅子から立ち上がれば、
レイチェルの方へと近寄る。
「……ラムレイ。もう少し可愛げを見せたらどうだ。
今にも喉元に噛みついてきそうな目をしているじゃないか。
尻尾の振り方を覚えるべきだな。
風紀の、元・ヒーロー君――」
■レイチェル >
レイチェルの肩に白崎が手を乗せようとした、その瞬間。
白崎の表情が大きく歪んだ。肩に触れた手を、
レイチェルが軽く掴んだのだ。
「驕ってんじゃねぇよ。さっきから聞いてりゃ法だ法だ、って。
一体いつ、アンタが法になったってんだ」
隻眼に映るのは、忌々しげに歯を剥き出す白崎の姿。
短く淡々と放たれた、レイチェルの言葉。
その声こそ波立たぬ涼しげなものだったが、その裏に確かな熱が感じられる。
「アンタの言う全てを否定はしねぇさ。
秩序を守る為には、冷酷さが必要なことも当然ある。
それが必要な局面であることも理解している。
だが、オレ達風紀の仕事は、犯罪者を吊し上げて殺すことか?
この世の居場所を失っちまった奴らを、異物として排除することか?
間違いを犯した奴を、身内の錆を、なかったことにするのが仕事か?
殺しと。排除と。
見て見ぬふりの先にある未来が――風紀の保たれた世界なのか?
オレ達は、既に起きちまったことに、
真摯に向き合う必要があるんじゃねぇのか」
気づけば白崎は、歯軋りをしていた。
――この女は、過去に何があったのかも知らないで、のうのうと。
気づけば怒りが、彼の胸の内側から噴出し始めていた。
「ラムレイ。君も理性では十分理解しているだろうが。
犯罪者に向き合うだと?
こちらが手を伸ばしても、その手をズタズタに切り刻むのが犯罪者だ。
こちらの施しを見て、表では泣きながら、裏で嘲笑うのが犯罪者だ。
たとえ成功例があったとして、それまでにどれだけのコストを注ぐ必要がある?
獣に慈悲を見せる必要はない、徹底的に潰すべきだろう……!」
レイチェルを睨みつける白崎。
対して、レイチェルはただ静かにそれを受けている。
「夏輝と向き合うことは、オレ達が風紀と向き合うことでもあるだろ。
第二第三の夏輝を生み出さない為にも、
しっかりと話を聞くことは必要だろうぜ。
それに、法の下に裁かれるとしても。
アンタの言うように、極刑が免れないとしても。
……その日が来るまで、一つの命としての尊厳は、保たれるべきだろうよ」
■レイチェル >
「……犯罪者に向き合う。犯罪者に優しい社会作りが私達の責務だとでも?」
白崎は、今にもレイチェルへ掴みかからん勢いだった。
その手は握られ、震えていた。
「いいや。
オレ達が向き合うのは、犯罪者だけじゃねぇんじゃねぇか。
犯罪に、向き合うんだ。
より良い明日を、よりよい法を、社会の風紀を作る為に、皆で努める。
こんなことが繰り返されることを、少しでも止められるように。
今後生まれてくる涙を、痛みを、一つでも多くなくしていく為に。
この島に、向き合うんだ。
夏輝にも。
凛霞や切人のように、あいつと関わりのあった奴にも。
それから……
あいつが殺した被害者と、その遺族にも、勿論な」
拳を握るのは、レイチェルもまた同じ。
その手は震えてこそいなかったが。
瞳に火を宿して、毅然と白崎に立ち向かっていた。
「そんなことは不可能だ……全てに向き合うなどと!
自分を、我々を。無欠の救世主だとでも思っているのか……!?
それこそ、思い上がりではないのか……!
答えてみろッ! レイチェル・ラムレイッ!」
遂に、白崎は声を荒げた。
一室に、男の叫びが響き渡った。直後に、訪れる静寂。
数秒の後、レイチェルは口を開いた。
「救世主なんかじゃねぇさ。もっと泥臭ぇもんだろ――」
■レイチェル >
「――オレ達も、風紀も、それから公安も。この学園も誰もが。
みんな、万能の神でもねぇし、完璧なシステムでもねぇんだ。
どうやったって犯罪は起きる。取り返しのつかねぇことも起きちまう。
その中で、取りこぼしちまうものもあるだろうよ。
アンタの言う通り、コストってもんがある。そいつは有限だ。
だけど、そのことをきちんと見つめて。
泥のついた手足を振って、
今より安心できる明日を目指して走り続けることを。
諦めずに一つでも多く手を差し伸べることを。
少なくとも、オレは諦めたくねぇ。それがオレの信じる道だ――」
ゆっくりと、はっきりと。レイチェルは白崎に言葉を渡していった。
その間、白崎は歯を食いしばりながらも、全ての言葉を耳に入れていた。
レイチェルへの、弟切 夏輝への。
『凶刃』への、そして、自分を置いていった先輩への。
あらゆる怒りがごちゃ混ぜになっていた。
白崎自身の内側を支配する怒りは、最早止めようがないように思われた。
「しかし……!」
――ふざけるな。
夢物語だ。
だって、そうだろう!
――誰一人として!
私達にまともに向き合ってくれなかったじゃないか!
向き合うと言った先輩も、
僕のことはずっと見てくれていなかったじゃないか!
「白崎――」
レイチェルは穏やかな瞳を向けて、男の前に立つ。
男の憎しみを、悲しみを、怒りを。全て受け止めるかのように。
そうして。己の心を言葉にして、紡いで渡すのだ。
■レイチェル >
「――当然。アンタもまた、オレ達が向き合うべき人間だ」
レイチェルは、次元外套から、
一冊のファイルを取り出した。
それを机の上に広げれば、指で指し示して読むように促す。
「なっ……!」
開かれたページに、白崎は息を呑んだ。
しわくちゃになった手紙が、ファイルに綴じられて、並べられている。
その筆跡には――見覚えがあった。
「アンタのよく知る人物の、両親から受け取ったファイルだ。
縁があって、生活委員のグリーフケアアドバイザーに
オレも同行してな。
……ずっと片付けられずに居た、娘の部屋。
その机の上に置いてあった、丸められた沢山の紙。
この夏、ようやく広げられたんだとよ」
一瞬のことだった。気づけば白崎は、ファイルを手に取り、
その内容を目で追っていた。
「『口下手な娘が、頑張って書いたもの。
慧君という方に渡してあげてほしい』
そいつが、両親たっての希望だ。
確かに、届けたぜ。時間は、かかっちまったみてぇだがな……」
レイチェルはその様子を見て、僅かに微笑むと、静かに背を向けた。
邪魔はしない、とでも言うように。
■慧 >
『伝えておきたいことがあります』
『慧君に、伝えておきたいことがあります』
『私の大好きな恋人へ、伝えるね』
何枚も、書き直したのだろう。幾つものパターンが、そこに並んでいた。
『あの時は返事ができなくてすみませんでした』
『お返事できなくて、本当にごめんなさい!』
『ずっと恥ずかしがっちゃってて、ごめんね』
そのどれもが、一生懸命に紡がれていて。
『告白へのお返事、勿論OKです』
『告白、嬉しかったです!』
『慧君の言葉、本当に幸せな気持ちになりました! ありがとう!』
彼女の懐かしい筆跡。ちょっと可愛げのある、丸い文字。
『今度、山登りに行きましょう』
『映画、付き合って貰っていいですか?』
『一緒にまたご飯を食べに行けたら嬉しいな!』
彼女が長い時を経て、蘇ったようで。
『秋を、楽しみにしています』
『もうすぐ来る秋が楽しみです』
『涼しくなる秋、楽しみだね!』
あの季節から、あの生き生きとした笑顔を覗かせてくれたようで。
『これからぜひ、隣に居させてください』
『これからは、貴方が私の居場所です!』
『ずっとずっと、一緒に居ようね!』
何度も何度も書き直したのだろうそれらの文字は、
いつしか僕の視界の中で歪んでいた。
■慧 >
涙なんて、もうあの日に枯れ果てていて。
乾ききっていた筈だ。
なのに。それなのに。
どうしても、涙が止まらなかった。
取り戻せないことへの、悔しさは新たに生まれる。
それでも。
長年の時を経て、大きく切り裂かれたこの胸の痛みを。
あたたかく照らしてくれるだけの、かけがえのないぬくもりがそこにあった。
確かに、感じられた。
真衣先輩。
君の言葉の断片は、ここにあったんだ。
こんなに近くにあったのに。少し顔を上げれば、気づいていただろうに。
■慧 >
ああ。
君に向き合おうとしなかったのは、僕の方だった――。
■レイチェル >
「……どうやったって、取り戻せねぇもんはある。
だけど、まだ手を伸ばせるもんも残ってる筈だ。
オレは、まだ全部を諦めちゃいねぇ。見捨てちゃいねぇ。
あいつを救った上で……正しく罪を償って貰う。償わせてやる」
レイチェルはクロークを翻し、背を向けた。
その表情は、白崎からは見ることがかなわない。
『どうする、つもりだ……』
眼鏡を外した白崎は、拳を握りながらただ、
その背中に問いかける。
「アンタ、十分知ってんだろ。
風紀委員会の情報収集能力を、舐めんじゃねぇよ。
夏輝の動きはもうとっくに、捉えてるさ。
そんでもって、だ。
あいつを捕縛する為の手は、オレの方で既に打ってある。
明日、オレ達で必ず夏輝を捕縛してみせる」
ただただ、力強い言葉が紡がれていく。
不安も、疑いも、悲しみも、何もかも溶かしていくような熱が、そこにあった。
■レイチェル >
「これ以上、犠牲者も出すもんか。
この一件。
もう誰にも、悲しい顔なんかさせねぇ。
だから、アンタも信じて。
顔上げて――見ててくれよ、先生」
レイチェルは、最後に振り返って、その言葉を渡した。
穏やかで、真っ直ぐな眼差しだった。
少しばかり長引いた夏の輝きも、いつしか失せていって。
窓からは涼し気な秋風が吹き込んでいる。
季節は巡る。
世界の誰かを置き去りにしても、お構いなしだ。
時間は巡る。
世界の誰かが忘れ去られたとて、お構いなしだ。
だけれど。
手を伸ばせる先は。
残せていけるものは。
必ず何処かにある。
不完全でも。みっともなくても。
この手を伸ばし続けること。
それこそが、レイチェル・ラムレイの風紀としての生き様だ。
部屋を出る。
決意を新たに、レイチェルはオモイカネを取り出した。
「凛霞。例の件で、追加で頼みがあるんだ。上に許可はとってある。
良いか、よく聞け――」
■レイチェル >
これは、罪から始まった物語。
どうしようもなく、救われない物語。
それでも、その塵の中に、必ず光はある筈だ。
最後の光は、既に揃っている。
決戦は、明日。
風紀委員会の反撃は、ここからだ――。
ご案内:「『A Letter from a Distant Autumn Day』」からレイチェルさんが去りました。