2024/09/24 のログ
『流れ』 > 「ああ、ら、……ん、んん、そうか、そういう渾名だったか。」

名前を聞いて、ちょっと言いよどむ。
こまったような沈黙。
さっきまで楽しげに喋っていたのだが、少し考えている。

(これは"いいのか"?)

この男は愛だの恋だのを口が裂けても言葉にしない。
何故って、女癖が悪い自分が口にすべき言葉ではないからだ。
ラブ。
つまり愛。
渾名とはいえ、良いのだろうか?


「今は、敢えてあい子と――呼ばせてもらいたい。」

これも駆け引きって事にして。
曖昧な境界に隠してしまおう。

「ああまあ、普段は流れ先輩とか流れ部長とか呼ばれているから、好きに呼んでくれていい。迷うなら、流れくんでいいよ。
因みに歳は17の、2年生――あい子と同じじゃないか。因みに種族は人間。出身地は地球だ。」

こんなとんでもないクズ野郎だが、中身は17の少年でしかない。
それどころか…どうやら真後ろに居る少女は同い年らしい。
ちょっと驚いている。

「まっ――そういうならお礼、受け取ろう。」
「お近づきの印に、これでも?」

学生としてのデータが色々と記された、名刺代わりのようなカードを、
背に手を回して受け渡そう。

連絡先とか、所在とか、色々書いている。
けれども名前のエリアとか、活動内容の詳細とかは…ところどころが伏せられてもいる。

「とまあ、こうやって"自分を知らせながら"に"ミステリアス"でも居れるわけだ。」
「カッカッカ…」

―――そうして、しばらくしたら。

「では」

「次は笑顔で会えるといいね、あい子。」
「ほれ、泣き止んだようだし、もういいだろ?」
「俺はそろそろ行くが――向かう方向が同じなら途中まで一緒に行くかね?」

ようやっと振り向くと、改めて声をかける。
貴女が何と答えたとしても、
そろそろ出るかと男は公園からゆっくりと、夕日を背に立ち去る事だろう。

恋ヶ窪 あい子 >  
―― あ、困らせた。
先程は言い淀んだ理由に至らなかったけれど、今回は過たずそれを悟ったから、
残念そうに眉を下げるが唇は微笑みを湛えた侭。
言い募ることはない。

「それじゃああたしは、流れくんにラブちゃんって呼んでもらえるのをいつかの楽しみにしているね。」

男――流れの言葉を借りるとしても、次というのは性急過ぎるだろうし、
少女の口振りはそのいつかを望みながらも強いて乞うようなものではない。
唯々に、今はか細いこの縁が長く続けばいいな、くらいの仄かな願いが其処にはあった。

「流れくんって、優しいだけじゃなくて律儀なんだね。」

態々種族も出身地も詳らかにしてくれるのに、くすくすとおかしそうに笑い声を転がす。
次いで、楽しげに揺れる呼気を雑ぜながら、「因みにあたしも以下同文。」なんて冗談めかして返した。

「ははーっ、勉強になります。
 どんなお礼をするか決まったら連絡するね。」

冗談めかして恭しく受け取ったカードを大事に大事に鞄へ仕舞って、かわりにメモ帳を取り出すと、
自身の名前と連絡先を丸みのある文字で綴って手渡す。

沈みかけの夕日を背にする流れを見上げる。
街灯の下にでも出なければ崩れた顔を見られることもないだろうけれど……。

「――ううん、あたしはもう少しだけ此処にいることにする。
 色々と、ほんとうにありがとう。」

ゆるりと首を横に振る。丁寧に巻いたピンクブロンドの髪が嫋やかに揺れた。

去り行く流れの背を見送る。少女を振った男の背を見ていた時とは違って、それは晴れやかな視界の中だった。


そうしてすっかりと陽が沈み、街灯が灯る頃。少女はベンチから立ち上がり帰路に着く。
「流れくんかぁ……。」と、噛み締めるような、小さな声を残して。

ご案内:「常世公園」から『流れ』さんが去りました。
ご案内:「常世公園」から恋ヶ窪 あい子さんが去りました。