2024/11/26 のログ
ご案内:「常世公園」に焔城鳴火さんが現れました。
■回想 >
――知らせを聞いたのは、事件発生から数十分後と早い物だった。
然程おどろく事も無かったのは、必然とこうなる事を受け入れていたからだろう。
計画を取り巻く事情が変わった以上、連中が『貸したもの』を『取り立てに』来ることは明白だったのだ。
そしてそれは、多くの場合、防ぐことは不可能だ。
『――困ります!
関係者以外を入れるわけには』
強引にガードマンから看護師から、邪魔な相手を押しのけてやってきた私を、真面目そうな男の医師が止めようとする。
「私がその関係者よ。
入れなさい。
そいつの状態に、私より詳しい人間はいないわ」
そう言いながら、医師の胸にファイルを叩きつけて、推し通る。
赤いランプの灯った両開きの扉を潜れば、その先にあるのは、SF映画に出てきそうな光景だ。
幾つもの計器が数字を表し、複雑な機械が静かな駆動音を幾重にも響かせている。
技師や医師の怒声が響く部屋の中。
中央には無数のケーブルが繋がる、円柱型の培養槽。
そこには、人間の、女の首だけが浮かんでいる。
『誰だあんたは!
今は緊急処置の最中で――』
「――黙れ。
この女の事は、私が一番よく知ってる。
ックソが、養液の配合と濃度からして違ってんじゃないの。
話にならない――あんたたち私の指示通りに動きなさい」
そうして、強引に場を仕切って、適切な処置を施した。
脳への栄養供給を兼ねる循環を確保し、適切な薬液の配分と調整、投与間隔の指示。
そして、『❖❖❖の脳』のリンク先を『❖❖❖の心臓』へと切り替えた。
脳波は正常で安定し、意識が無い以外の問題は一先ず解決した。
後は、心臓をどうにかこの場に運びこんで、二つを繋ぎ、『❖❖❖の星核』を共振させれば目を覚ますだろう。
ただ、目を覚ますのが『だれになるか』だけは不確定だが。
いずれにせよ、こうして『❖❖❖』は脳の死をまぬがれたのだ。
■焔城鳴火 >
――秋空はあいにく曇っていた。
というには、もうほとんど冬だったが。
「はあ――は、笑える」
シガチョコを咥えたまま、ベンチに凭れて空を仰ぐ。
笑える、なんて言ったくせに、表情は空虚とも言えた。
目の下には濃い色のクマが出来ている。
「んー――」
そのまま、最新の手帳を取り出して、今頃、大忙しだろう生徒にメッセージを書いた。
【To:ぽっぽちゃん
本文:そっちは何徹目?
こっちは六徹明け。
封鎖は順調にいってる?】
数日前に起きた、車両の爆破事件。
テロとも言われているが、それにより、未開拓地区で大規模なバイオハザードが発生した。
車両が運搬していたのが、生半可な生物兵器よりもタチの悪い物だったのが不運としか言いようがない。
「――なんて、わざと釣ったんでしょうけど」
恐らく車両が攻撃されたのは、意図的に情報を操作された結果だ。
そして、本命となる『物資』は、既に目的の場所へと運び込まれている事だろう。
「想定よりも遅かったのは、準備に手間取った、か。
クラインも随分と敵を作ったもんね」
そう、あからさまに気だるそうに、舌の上で転がすような独り言を漏らしていた。
ご案内:「常世公園」に[Message:ぽっぽちゃん]さんが現れました。
■焔城鳴火 >
そして、『❖❖❖』から『取り立てた』という事は。
鳴火の時間も残り少ない事を明確にする。
あと数日か――あるいは、数時間か。
「一応、遺言は預けてるし、あの女はもう関心の外だろうし。
後は思い残す事――あんまないわねえ」
そもそも、いつ自棄になるかわからないのが自分だ。
今は気にかかる生徒がいるために、教員という立場に縋って自立してはいるが。
いつの頃からか、自分の命という物に、驚くほど興味が失せている。
「ミシェルの成人祝いも注文したし、『方舟』と教会は生活委員に預ける算段も付いたし。
キョウドウの知り合いにも、話す事は話した。
瑠音とぽっぽちゃんは――気になるけどまあ、しっかりした子たちだし、私が気にする必要もない、と」
そう、疲れた声で、独り言を続ける。
思った以上に、心残りが少なかった。
なるべく心残りが出来ないように生きてきたのもあるが。
「――はあ。
冷えるわね」
小さくなったシガチョコを噛み砕いて、手枷と鎖が巻き付いた左手で、ポケットから箱を取り出す。
手慣れた仕草で一本を口に咥えると、再びぐったりと空を仰いだ。
■[Message:ぽっぽちゃん] > 【To:焔城先生
本文:5徹です。封鎖は順調ですが、そろそろ疲れで幻覚が見えてきそうです。
私の異能が作用しているのか、拙速で物資を配給・管理しても不足は出ておりません。】
簡単なメールが届く。
比較的タフな鉄道委員とは言え、この緊急事態でもしもを許さない封鎖の維持および物資の運搬は非常に堪える。
それでも簡素とは言えすぐに返信を返したのは状況『先生』であるからだろう。
【追伸:今ゲート前に付いた所なので、暫く配給作業に従事します。また後で連絡しますね。】
ご案内:「常世公園」から[Message:ぽっぽちゃん]さんが去りました。
ご案内:「常世公園」に東山 正治さんが現れました。
■焔城鳴火 >
――手帳が振動した。
「んあ?
――あーあー、便利に使われちゃってまぁ」
帰ってきたメッセージに苦笑を浮かべた。
鉄道委員会の少女は、少しばかり珍しく、面白い異能を持っている。
その異能のお陰なのか、異能のせいなのか、こうした物資運搬には限界まで動かされるのだろう。
とはいえ、本人の性格を考えると、何かあるたびに自ら立候補してそうだが。
「封鎖は順調、と。
流石は常世島に学園。
このレベルの事件でも、揺らいだりはしない、と」
何とも頼もしい、学生たちだろう。
超常と科学の交わる世界のモデルケースとは言え、年々、その基盤の盤石さは増しているようだ。
「んー」
【To;ぽっぽちゃん
本分:本格的に倒れる前に休みなさいよ?
七徹は川岸がみえるわよ~
ほんとうにお疲れ様】
そう生徒に返信して、再び空を見上げる。
出来るなら自分も手伝いに行きたいところだが。
ここ数日は、色々と支度を整えるのに忙しすぎた。
■東山 正治 >
「──────まるで、今から飛び降りる人間の顔だな」
不意に背中から声をかけたのは一人の男。
気づけば公園の街灯に男、東山は佇んでいた。
こう見えて公安委員会所属。隠密行動はお手の物。
ヘラヘラとした笑みを浮かべたまま、咥えた煙草から紫煙が立ち昇る。
「焔城鳴火養護教諭……だっけ?
こうして二人きりで顔を合わせるのは初めましてか」
くつくつと喉を鳴らして笑う東山。
二本指で煙草を取り上げ、空へと煙草を吐き捨てる。
「で、どうしたの?」
煙草を咥え直し、気だるそうな目線が相手を見据えた。
■焔城鳴火 >
「自殺願望はありませんけどね。
とはいえ、未練もあまりありませんけど」
少し体を伸ばして、背凭れから頭を垂れる。
逆さまの視界に、顔色があまりよくない男が居た。
「どうも、東山センセイ。
二人きりもなにも、職員室にすら稀にしかいないんですから、赴任時の挨拶の時くらいしかまともに話せてないでしょう」
群れるのを避けてる節すらある、先輩教員だ。
そもそも専門も違うとなれば、わざわざ会う理由も、これと言ってないものだ。
「どうってほどじゃないですよ。
ただ、働きすぎの生徒に、ちゃんと休めってメッセしたところです」
手枷の着いた左手をひらひらと振る。
お互いに咥えてるモノも、怠そうな様子も、似たものだ。
■東山 正治 >
「死にたいってならまだしも、
まだ生きてんのに未練を語るのは余り変わらないねぇ。
未練がなけりゃ死んでも良いってワケでもないってのにな。笑えるね」
死ぬ気はないというのに未練もない。
何とも珍妙な話だ。面白さはゼロ。
何処か呆れたように肩を竦めてするりと隣へと歩み寄る。
「まあね、俺職員室嫌いだし。
行くわけ無いでしょ、あんな化け物の巣窟」
教師の中では生粋の神秘嫌い。
特に人種どころか種族も問わない職員室なんて誰が生きたがるものか。
立ち昇る煙はふわふわと漂い、儚く何処かへ消えてしまう。
気に留めるものさえいない。こんなに近しいはずなのに。
「そうかい?オタクも色々大変らしいけどな。
……俺の気のせいじゃなければ、そりゃ自分にも言える事じゃない?」
ひらひらと煙草を揺らして見やる眼光は、やたら鋭い。
■焔城鳴火 >
「死にたい訳じゃないし、死ぬつもりも無いですけど。
殺されるかもしれないってなれば、話は別じゃないですか。
笑えない話ですよ――まあ、笑えますけど」
覇気のない、疲れ声には、必死に生きたいというような気力もない。
自嘲気味に笑っていたら、先輩教員は隣にやってきた。
とはいえ、そちらに目を向けるでもなく、相変わらずシガチョコを咥えたまま空を見ている。
「は、筋金入りですね。
まあ――わからないでもないですけど」
この先輩とは比べ物にならないが、鳴火も極端にわければ、神秘否定派だ。
とはいえ、その神秘を研究していた人間でもあるため、先輩の言う事は理解できても、共感できるわけではないが。
「大変――というほどでもないんですけどね。
ただ、死にかけた知人の代わりに二ヶ月近く休職して、子供の面倒ばかり見てんのは、それなりに疲れますけど。
それでまた、知人が殺されかけたりすると、面倒くさいんですよ」
長期医療施設で起きた、殺人未遂事件。
犯人の目途すら立っておらず、関係者への事情聴取になんど付き合わされたか。
とは言え、風紀委員の生徒たちも、それが仕事なのだから正面切って文句を言うつもりはないが。
「で、センセはどうしてこんなところまで?
散歩するには、今日は冷えますよ」
■東山 正治 >
心身ともに疲れて切っている。
何とか空元気か、或いは"何かが"踏みとどまらせているように見えた。
それが大きなものかは何かはさておき、宜しくはなさそうだ。
ピン、と上空に煙草を弾けば、周囲に灰が舞った。
「へ、職員室が純正人類9割になったら言ってくれ」
この言葉には異能者も含まれる。
つまりは不可能だ。
風とともに消えていく灰の中、
じ、と疲れ切った視線が彼女を見ている。
「……それで、さっきから随分と物騒な話ししてるけど、さ。
何だっけ。研究施設の方舟とかそういうの?オタクも面倒ばかりに会うモンだ」
公安委員会である以上、ある程度の情報は流通している。
研究施設の連中がやらかして、生物災害にまで陥った。
おまけにきな臭い事件ばかりだ。全く、揉め事ならよそでやって欲しい。
各種委員会の協力でこの通り表沙汰にはなっていないが、そうか。
確か彼女も一応の関係者ということのようだ。何とも難儀な話だ。
難儀なものだ。最後に降ってくる煙草は、懐の携帯灰皿に綺麗に収まった。
「たまたま見知った顔が見えた。そんだけ。
それで、メーカちゃんはさぁ。なんで教師になったの?」
■焔城鳴火 >
「一割は許容するんですね。
ま、今後増える事はあっても減る事はありませんよ。
残念でしたね、センセ」
は、と。
息を漏らす程度に笑う。
本当に、今の世の中では、生きづらそうな人だった。
「んまあ、その辺のですよ。
面倒に遭ってるのは私より、巻き込まれた連中ですけどね。
物語の中心に近いと、やる事もやられる事も大体決まってるんで楽なもんですよ」
たとえそれが、命を狙われるという結果でも。
出来る事も限られてる以上、足掻くにも限界があるのだ。
とはいえ、その『死に支度』をするのに随分と手間取ったのは事実ではあるが。
「――また、唐突ですね」
シガチョコを噛んで砕くと、はあ、と大きなため息を吐いた。
「別に教員になりたかったわけじゃないですよ。
そもそも、本業は医者ですしね。
ただ、名指しで呼ばれたもんで、なんとなく応じただけです。
これでも医師会じゃそれなりに名前が売れちゃってたもので」
真実九割、伏せたのは一割と言った所。
知り合いの名前を出さなかっただけで、ほぼ言葉にした通りだ。
教員という仕事や立場自体に、思い入れがあるわけでもない。
「そういう東山センセイこそ、どうなんですか?
こんな島で教員なんかやったら、嫌いなものに囲まれるのなんてわかり切ってた事でしょ」
意図的に超常が集められる、実験都市。
そんなところに来るくらいなら、島の外で生きていた方が、よほど楽だろうと。
■東山 正治 >
「それ位が俺にとって"しょうがない"って言える範囲なワケ。
何より今更だぜ。生きづらいってのは、死ぬ理由にはならねぇのよ」
そもそも初めから全てが憎い訳ではない。
本当に憎悪に呑まれているなら、今頃立派なテロリストだ。
自らの邪悪さと向き合っているからこそ、折り合いを付けて生きている。
どれだけ生きづらそうと思われても、死ぬ理由でない以上生きるものだ。
「そりゃあメーカちゃんもでしょうよ。
その顔、色々と手の込んだことしたんでしょ。
何とは聞かないけどさ。あ、もう一本吸って良い?」
聞いた傍から咥えてる。
勿論拒否したって火を付ける。ほら、今つけた。
「まぁ、そんなもんじゃない?
大体のきっかけなんて、余程夢持ってなきゃそんなモンよ。
……でも、それなりにエンジョイはしてんでしょ?心配できる生徒がいる」
「残しても大丈夫だと信頼できる生徒がいる。
……教師として上手くやってるかは知らないけどね」
淀んだ両目が心底を見透かすようにじっと見ている。
メンソールタイプの匂いの煙草。紫煙を燻らせ、ヘラリと笑った。
「知りたい?」
ただ一言だけ、聞き返す。
■焔城鳴火 >
「感情を理性でコントロール出来てしまうのも考え物ですね。
まあ、生きづらいが死ぬ理由にならない、ってのは同感ですけど」
生きづらいからという理由で死んでいたら、鳴火は成人する前に死んでいる。
才能という物にトンと縁がない、呆れるような凡才。
鳴火がなんとか今の世の中で、『成功している』側に立っているのは、才能に頼らない負けず嫌いの意地を張り続けた結果でしかない。
「それはまあ。
やれることはやっておかないと、後味が悪いんで。
お好きにドーゾ。
私が禁煙してるのは趣味みたいなもんですから」
格闘技をやっていた名残、のようなものだ。
どんなスポーツでも、肉体のパフォーマンスを落とす煙草は、百害あって一利なし。
とはいえ、煙草の香りや煙自体は嫌いではないし、シーシャ――水煙草で遊んだ事もある。
隣で火を着けられようと、別に気になる物でもなかった。
「――信頼できる子ばかり、ですよ。
ただ、やっぱり私は教員には向かないとは思いますけど。
言い聞かせる前に手が出そうになるもんで」
気性が荒く、感情の起伏が激しい自分の性格はよく知っている。
自分よりも、『あの女』の方が余程うまく教員をしていただろう。
「聞かれるだけは不公平でしょ。
まあ、あんまり興味はありませんけど」
なんと、くだらない世間話未満だろうか。
お互い、然程、互いに興味が無いというのに、ただ何となく会話の体裁を作っている。
少なくとも鳴火はそう感じていた。
まあ、だからと言って。
あまり踏み込まれても、答えられるとは限らないのが困る所だが。
■東山 正治 >
ふぅ、と空へと向けて紫煙を吐き出した。
特に何も言わずに数秒の沈黙の後、鼻で笑い飛ばした。
「別に何でもねぇよ。弁護士やめて、呼ばれたから此処に来た。
メーカちゃんと同じ。ホラ、きっかけはそんなモンだって言ったろ?」
高尚な志も崇高な目標もあるわけでもない。
過去の実績やその経験を見込まれて指名されただけに過ぎない。
ヘラヘラと嫌味っぽく笑う東山が、ゆらゆらと煙草を揺らす。
「ああ、俺も口より先に手が出るし、見ての通り嫌いなものが多い。
何なら生徒に好かれようとすら思っちゃいないさ。けど、教員は続けられてる」
それをマイナス点とするのはこっちは更に倍満だ。
自慢にも成らない欠点大会。おどけたように肩を竦めると煙を大きく吸い、吐き出した。
「昔は結構弁護士として頑張ってたし、止める気もなかったんだぜ?
まぁ、色々あって止めたけどね。教員なんて続ける気もなかった。
けどまぁ、一応俺も大人なんでね。今にも殺しちまいそうなのを抑えてはいる」
「"感情を理性で"……だっけ?
クク……そりゃ、御尤も。けどよぉ、メーカちゃん。
別に生きづらいのは俺だけじゃねぇのはわかるだろ?
生徒共もそうだが、異邦人はどうよ?」
「昨日今日いた土地とは違ぇ常識を学ばされる。
幾らコッチが迎合しても、向こうの許容範囲だって限界あるじゃん?」
「そうでなきゃ、異邦人街出来ちゃいねぇよ」
それこそ全ての異邦人が仲良しこよしなら、
今頃学生街の住民比率はとんでもない事になっているだろう。
だが、そんな事は不可能だ。だから、拠り所が出来上がる。
「……この島の教師の条件は、緩い。
それこそ年齢種族関係ねぇ。必要なのは、生徒に導けるかどうか、だ。
地球人のクセに生きづらい俺がいるんだ。此れほどの"見本"はないと思うね」
勿論根底の理由とは別ではあるが、嘘は言っていない。
だからこそ東山は教師で居続ける限り、此の生き方を止めない。
最も、それをキチンと伝える気はないからタチが悪い。
わかる奴にだけ、わかれば良い。煙草を口から取り出し、横目で見やる。
「よぉ、枯れぶってる後輩ちゃんよ。
オタクが見てきた生徒の顔を思い出してみな。
ソイツ等はどんな顔をしてた?笑ってたか?泣いてたか?
一人でも二人でも良い。心配できる奴が一人でもいんだろ?答えてみなよ」
■焔城鳴火 >
「名前くらいは知ってますよ、東山弁護士。
昔は随分やんちゃだったらしい、くらいの事しかしりませんけど」
先輩の話をぼんやりと聞きながら、気のない相槌を打つ。
ただ、少しだけ、息が漏れるような笑いが零れたが。
「なんだかんだで、しっかり先生してるじゃないですか。
いい見本になってるんじゃないですか?
センセイみたいな人も必要だと思いますよ」
なんでも迎合すればいいわけでもなく。
かと言って拒絶すればいいという物でもない。
立場と肩書で上手く折り合いをつけていくのが『大人』なんだろう。
そういう意味では、鳴火はまだまだ若輩だと実感する。
「――いろんな顔を見せてくれますよ。
保健室になんていると、特に色々と。
どいつもこいつも世話が焼けるし、どいつもこいつも面倒を背負ってやがりますけど」
ふん、と鼻で笑う後輩教員。
子供たち主体で運営されるこの島、この学園。
子供が背負うには重たい物を背負わされている生徒たちも、少なくはない。
そもそも、異能や魔術の存在だけでも持て余すくらい、想い荷物に成り得るのだから。
「――でも、意外と心配な子は居ないですね。
ちょっと背中を押してあげれば、ちゃんと前に進めるような子ばかり。
むしろ私の方が教えられる事が多いくらい。
でもまあ、向いているかはともかく。
嫌いじゃないですね、教員」
■東山 正治 >
呆れたような溜息が漏れる。
どうしようもないほど、苦笑い。
「まぁ、生徒の年齢とか気質もあるけどさ。
此処が"学園"なんだぜ?特に未成年相手ならそんな事ねぇよ。
テメェが目ぇ離した隙に脚踏み外すなんてザラだ。生徒を信用してねぇんじゃねぇ」
「買いかぶって無責任なこと言うなって言ってんの。
教師なんだろ?付きっ切りとはいわねぇけどな。遠目でも見てやんなよ」
彼女の評価に恐らく間違いはない。
全ての生徒がそうとは言わないが、
誰もが正しく一人で道を歩けるわけじゃない。
ちょっと背中を押しただけ、なんて無責任は通らない。
それが出来ているならそれでもいいが、
こういう輩は、今一度ハッキリと言ってやったほうが良い。
「クク……若輩者なんだろ?
別に教師が生徒に何か教えてもらうのもおかしかない。
言ったろ?此処の教師のラインは緩いってよ。そういう事もあらぁな」
互いに教え合い支え合い、程よい距離感。
それが理想の生徒と教師の距離感だ。
あいも変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべたまま、だった。
「さて、と」
煙草を携帯灰皿で押し潰すと笑みが消える。
「まぁ、昔はそれなりにヤンチャしてたさ。
それこそ今より頻繁に手が出るくらいにゃな、メーカちゃん。
殺されるかも知れない……だっけ?そりゃ大変だ」
「俺達もさ、死体の処理とか面倒くさいのよ。
事故でも事件でも、人間一人死ぬと面倒なの。
医者の道走ってたんならわかんだろ?なぁ……」
「焔城鳴火」
先程までの雰囲気と打って変わって、より一層周囲が冷ややかになった。
言い知れぬ淀んだ圧力。死にきった眼差しはより深く、昏く、
そこにいるのは"教師"ではなく、隠密機関"公安"の顔。
「……事後処理はコッチでしてやる。
今すぐ島外逃亡するって言うなら、手引きしてやる。
安心しろ。出せるだけの力は使うから、その後の暮らしは保証出来るだろうさ」
「まぁ、オタク次第だろうがね。
言っとくけど死にたい死にたくないとか、
そんな次元の話してるんじゃねぇぞ?慎重に考えろ」
「無責任な教員はいらねぇ。焔城鳴火。
テメェの短い教員人生で何を見てきた?何を学んだ?
死に支度してカマトトぶってんのがテメェの"教師像"って奴か?」
公安委員会の力を使えば、それこそ"辞職処理"など容易い。
情報偽装も何でもござれ。島外逃亡の手助けなど、屁でもない。
そもそも命を狙われるほどの危険性を考慮すれば、それくらいの"保護処置"は普通だ。
死体の増やすわけにもいかない。淀んだ瞳には強制執行の意思もある。
理不尽だが、人生の選択とは、唐突に訪れる。
望まずとも手に入れた地位には、自らが思う以上の責務も存在する。
二つに一つだ。思い返す時だ。
それが長かろうが短かろうが、
嫌いじゃないと思えたのであれば、己の道を。
■焔城鳴火 >
「くくっ、私よりよっぽど心配性ですね、先輩?
そんなだから、そんな態度でも慕われちゃったりするんですよ。
それこそ、嫌いな相手にまで」
嫌味ったらしく、口を開けば皮肉を吐き出す。
そんな人が教員をしていられるのは、自分が果たすべき責任をしっかりわかっているからなんだろう。
「教えて教えられて、それくらいが今の私には丁度いいんでしょうね。
ただ、それに甘えないように気を付けるようにはしますよ」
可笑しそうに笑いながら、自分が背負うべき責任を考える。
教員としても、個人としても――未練はなくとも、まだ心残りが無いわけじゃない。
そうなれば、おちおち死んでもいられない。
「――お説教だけ、覚えときますよ」
そうハッキリと答える。
「お気遣いも、ありがとうございます。
ただ、私も無責任な人間になりたいわけじゃないもんで」
そう言いながら肩を竦めた。
「生徒達には心配掛ける事になるかもしれないけど。
それでも、教員としてよりも前に、私個人の決着を着けなくちゃならない事があんの。
それに教師像なんて、まだ輪郭も見えないし」
左手を空に伸ばして、目を細める。
嫌味な先輩に助けて貰えば、何とでもなるかもしれない。
けれどそれは、焔城鳴火という人間が背負うべき責任をすべて投げ出す事に他ならない。
「死に支度は確かにしたけどね。
だからって死ぬつもりはない――というか、どうせ死ねやしない。
一応ね、意地でも帰ってくるつもりなの、これでも。
ただ、それがいつになるか見当もつかないし。
長く留守にする準備だけはしとかないと、でしょ」
ぐ、と左手を握る。
手枷と鎖がかちゃり、と音を鳴らした。
「先輩にはご迷惑でしょうけど。
私は殺される――これは避けられない。
けど、死のうが殺されようが、何度だって命の火を燃やしてやる。
灰の中から這い出して、飛び立つ――それが不死鳥ってやつらしいんで」
鳳凰を冠しているのは、ただの飾りじゃない。
灰にまみれた中から、鳴火は何度も立ち上がってきた。
それが今回はたまたま、生き死にに関わってるだけだ。
「なんで、個人の責任を片付けてから。
帰ってきて、もう一回、教師ってやつに向き合ってみるつもり。
それくらいの無茶をやって見せないと、私はあの子たちに胸を張って教師なんか続けられないのよ。
まあ先輩には迷惑でしょうけど?
面倒な女に面倒を掛けられるくらい、慣れてるでしょ」
そう言って、淀んだ昏い目を横目で笑う。
こんな時に声を掛けて来たのだ。
そもそも、面倒の一つや二つ、かけられるつもりなんだろう、とでも言うように。
■東山 正治 >
互いの間に静寂が流れている。
淀みは消えない。宛ら審判の時だ。
何秒、何分、何時間とだって錯覚しかねない。
それほどまでに空気を重くするほどの圧。
……が、ヘラりと嫌味な笑みと共にすぐにでも崩れ去ってしまった。
「ウルセェよ、慕う相手間違えてるだけだろ。ソレ」
皮肉に吐き捨て踵を返した。
何かしらの秘策があるらしい。
それに、しっかりの彼女の芯を感じ取る事は出来た。
「そう言うからには何かしら秘策はあるんでしょ?
俺に啖呵切ったからには精々頑張って見ろっての」
後は当人の問題だ。
学園の危機であれば委員会として立ち会うかも知れないが、
東山教師個人としては此処までだ。残るのは、彼女の責任。
なあなあで教師をしていたなら、それこそ手が出ていた。
だが、曖昧な割にその地盤という奴は出来つつあるようだ。
「まぁ、新米にあーだこーだ問いかける事じゃなかったな。忘れときな」
そういって立ち去ろうとした矢先、思わぬ言葉に表情が引きつる。
背を向けたままだ。決して彼女には見えないが、
それこそこの世の全てを諦めたような、酷い有様だった。
「……面倒な女なんてさ、一人で充分だよ……」
風が攫っていった東山の呟きが聞こえたか定かではない。
だがもし聞こえたのであれば、その無気力さこそ教師のガワで押し潰しているものだ。
再びゆるりと足音を立てて、東山は歩みだす。
「まぁ、終わったら何処か飲みに行こうや。
後輩の愚痴くらい聞いてやらないとねぇ、メーカちゃん」
「嘘ついたら針千本な」
どうせなら約束の一つ位残してやろう。
呪いは信じないほうだが、こういうの一つあると、なんだかんだ生き残るらしい。
後は野となれ山となれ。振り返ることもなく、その姿は消えていくのであった。
ご案内:「常世公園」から東山 正治さんが去りました。
■焔城鳴火 >
「――子供たちの直感は、大人が思うより鋭いもんよ?
今度、孤児院にでも来たらどうですか。
子供に囲まれてみたら嫌でも思い知ると思うけど」
くく、と口角を上げて笑いつつ。
口調が砕けているのは、敬意と感謝の表れでもある。
「秘策なんかないけど、色々と交渉材料はある、って感じ?
まあ、相手が私を本当に殺せるわけじゃないからね」
とはいえ、人間としての自分は終わってしまうだろうが。
そうなればその時である。
「あはは、先輩の有難いお説教、忘れてなんかやりませんけど?」
立ち去ろうとした背中を横目で追えば、一瞬立ち止まる。
何かを言ったのは聞こえたが、そこに言及するほどの仲ではない。
ただ、彼の本心が僅かに見えた気がした。
「いいわね、その時は奢らせてもらうわ。
先輩のお説教くらい聞いてあげないと、ねえ、東山センセ」
ウソを吐いたらハリセンボン。
そんな言葉に肩をすくめて、笑みを深めた。
■焔城鳴火 >
「――はあ」
また一人、ベンチで空を仰ぐ。
ただし、最初と違い、憂鬱ではなかった。
もちろん、連続の徹夜疲れが抜けたわけではなかったが。
「責任、無責任か――耳に痛いお説教ね、ほんと」
そう言葉にしつつも、笑みが浮かんでしまう。
おかげで覚悟が出来た、とも言える。
「――ねえ、あんたはどう思う?
私の責任ってどこまであるのかしら」
そう、公園の茂み奥へ問いかけた。
■??? >
――茂みから滲むように浮き出て来たのは、黒い影と、一つの赤い珠。
「それを私に聞くのはどうかと思うが」
黒い義体。
赤い一つの目。
片手で差した、黒い傘。
「君がすべき事はわかっているだろう、メイカ。
私に言えるのはそれくらいだよ」
そう言って肩をすくめる義体。
声音は困惑しているようだった。
■焔城鳴火 >
「やっぱり、迎えに来るのはあんたなのね。
1166――久しぶりって言うべきかしら」
その義体に向けて、鳴火は親しみすらある声で手を振った。
「ん~、よかったわ。
他の黒蛇だったら抵抗の一つや二つはしただろうしね」
鳴火は目を細めて笑う。
その表情は、嬉しそうでもあった。
■1166 >
「『あるか』といい、メイカといい、よく見分けられるものだ。
そんなに違いが分かるものなのか?」
黒い義体は、不思議そうに自分の身体を見回す。
しかし、その義体は同一規格の『自分たち』と何ら変わりがない。
「私なら抵抗しないという理由がわからないが。
それはつまり、もう準備ができたという事か?」
そうカクン、と首を90度傾けて鳴火に近づいていく。
どこか懐かしそうにしながら笑っている理由に困惑しながらだ。
■焔城鳴火 >
「声の響き」
そう、端的に答える。
「あんた、私たちに――というか、子供に話しかける時の声が優しいのよ。
そうでなくても、散々、面倒を見てくれた相手の事くらい、覚えてるわよ」
本当に懐かしい相手だった。
当時はどれだけ世話を焼かせたかと思うと、面白くなってしまう。
「準備はまあ、出来てはいるけど。
あんたなら、問答無用って事もないでしょ?
少なくとも私の話くらいは、聞いてくれるだろうし」
それは紛れもなく信頼だった。
幼いころ、そしてあの場所が崩壊するまで。
ずっと鳴火たちを見守ってくれていた、無機質な赤い瞳。
■1166 >
「妙だな」
義体は奇妙そうに、自分の喉を手で触った。
「私の声は機械合成されたものだ。
個体差など無いはずだが。
そんなに違って聞こえるのか?」
簒奪者として現れたはずの黒い義体は、困ったように鋼鉄の顔を擦った。
「――話があるなら当然聞くべきだろう。
君には、我々に協力してもらうが。
その協力は、君自身が納得して得られるのが理想的だ」
そう、子供好きの黒蛇は、黒い義体で片膝をつき、鳴火の視線に赤い目を合わせた。
■焔城鳴火 >
「わからないのはあんたたちだけじゃない?
少なくとも、私たちは皆、あんたたちを見分けられるわよ。
ああもちろん、知らないヤツまでは無理だけど」
そう言って肩を竦めた。
わざわざ視線の高さを合わせる義体に、思わず笑いだしそうになる。
「納得はしてる、というか、私が従わないと怖い想いをする子たちがいるでしょ。
だから、抵抗はしない。
だた、一つ、頼みたいんだけど」
そう言って赤い瞳をのぞき込む。
「せめて、クリスマスが終わるまで、待っててくれない?
どうせまだ最終段階の準備まではできてないでしょ。
ガキ共が楽しみにしてんのよ、クリスマス。
あの女も、あのザマだし、せめて私がやってやらないと可哀そうでしょ」
そう真剣な声で言う。
すると、赤い目はチカチカと点滅した。
■1166 >
「――ああ、そういう事か」
頼みを聞いて、義体は理解をしたように頷いた。
「そう言う事ならば、一度持ち帰るとしよう。
準備が整っていないのもその通りだ。
身体の調整が終わらなければ、君が来ても意味がない」
義体はゆっくりと立ち上がり、鳴火の頭に手を伸ばす。
センサーが伝える手触りは昔と随分変わったが、懐かしさを鋼鉄の身体に伝播させた。
「私がしっかりと説得しよう。
なに理論的にも君が逃げる可能性は低い。
そう難しい事ではないからな」
そう答えると、義体はまたゆらりと滑るように茂みの方へと下がっていく。
「では、後の期日まで、息災でいるといい。
子供たちの思い出は大切だ。
だが、次に迎えに来るのは――」
■焔城鳴火 >
「――クライン、でしょ」
頭を撫でていた冷たい手が離れていく。
それを寂しく思うのは、どうしようもない事だった。
「わかってる。
だから伝えて。
これ以上、余計な人を巻き込むなって」
期待はしていない。
今のクラインは、鳴火の知っている『クライン姉さん』とは変わってしまっているのだろう。
だが、それでも、これ以上、誰かが巻き込まれるのは嫌だった。
■1166 >
「承服した。
彼女には確かに伝えよう」
子供好きの黒蛇は、そう端的に答えて茂みの中に姿を消していく。
「メイカ、よいクリスマスを。
子供たちを喜ばせてやってくれ」
そう言い残して、黒い義体は完全にその気配を消し去るのだった。
■焔城鳴火 >
「――あんたもね、1166」
そして少しの間、気配の消えた茂みをぼんやりと眺めていた。
有難くも、猶予が出来た。
その間に何ができるだろうか。
「はあ――ほんと、笑える」
力なくベンチに凭れて空を仰ぐ。
いつの間にか、曇り空からは晴れ間がのぞいていた。
「期限は年末まで、か。
それまでに、全部片付くといいんだけど」
鳴火はそのまま、晴れ間の日差しが傾くまで、公園で呆けていた。
何とも慈悲深い余命宣告。
その時間をどう活かせるか。
そんな事をぼんやりと考え続けながら。
ご案内:「常世公園」から焔城鳴火さんが去りました。