2024/09/04 のログ
ご案内:「違法パブ「地獄の門」」にギジンさんが現れました。
ギジン >  
安普請の外装を潜り、品の良い調度品の椅子に座る。
それらがどこから来て、どこに還るのかまではわからない。

ただ、煙草を吸っても目立たず。
ただ、酒を飲んでも耳目を集めることのない。

そんな空間を求めているだけ。

座ると馴染みのバーキーパーからモスコミュールが出された。

「ありがとうございます、やはり制服を着て学校に行くことより」
「ここに座って時間を浪費する方が性に合っているようです」

カクテルはよく冷えている。
ステアの際に氷を殺していたらこうはならない。

ギジン >  
店内にはボサノヴァが流れている。
腕自慢のジャズピアニストはまだいない。
まだ夜も入って間もないからだろう。

ジンジャーエールの香りが鼻腔をくすぐり、ウォッカの酒精が喉を通る。
残念ながら今日のライムは搾りたてというわけではないらしい。


けれど、100点のものを常に求めるなら別に落第街でなくてもいい。
僕はそういう街にいる。

煙草に火を点ける。
短い希望は趣味じゃない。

ノアの方舟の名前を持つ煙草が甘い香りを漂わせた。

ギジン >  
窓の外を見ていると、シロクロの仮面を被ったダレカが通り過ぎた。
最近、一層増えてきた。
ギフトの信望者たち。

吐き捨てられた街で、捨て切れない人たち。

バーキーパー >  
「最近、すごく増えているね」
「MASQUERADEはお嫌いかな?」

男性がシェイカーに次弾を装填しながら言う。

「スペインではすごく喜ばれる遊戯だけれど」

上下にそれを振りながら語る。

ギジン >  
「モンテパスくん」

バーキーパーの仮の名を口にした。
そして残ったカクテルを飲み干す。

「サルトルの悩みを知っていいますか?」
「飢えた子を前にして、一編の小説がどれほどの力になれるだろうか、という悩みです」

灰皿を揺らしてから再び煙を吐き出す。

「小説とは娯楽です」
「だから小説が飢餓への救済にならなくて当然なんですよ」

「サルトルが悩むべきは、その小説が飢えた子をも楽しませることができるかどうかだったんです」

音楽が切り替わる。
薄暗い店内に落ち着いたミュージック。

「食事でしか満たされないものは確実にあります」
「同様に、詩吟や花や歌でしか満たされないものもあるんです」

「彼らには力が必要なのでしょう」

バーキーパー >  
「彼らが飢えているのが思想であったとしても?」

彼女の前にグラスを置く。
スプモーニ。苦みのあるカクテル。

ギジン >  
面白い視点のように感じた。
だから僕は彼と同じ言葉を繰り返した。

「思想であったとしても、です」

カクテルを口にした。
グレープフルーツとカンパリが舌の奥までくすぐる。

「畢竟、彼らには名前があり、個人の意志があり、それぞれが生きた命がありますから」
「一括りに。物知り顔で。レッテルを貼ること自体が」

失礼なのかも知れませんが」

この会話を切り上げよう、という意図の含まれた言葉。

バーキーパー >  
今日の彼女は少し気難しいようにも感じる。
肩を竦めてコップを拭い始めた。

世界中のコップが清潔であれ、という祈りであるかのように。
両手を使って。

ギジン >  
グレープフルーツの苦味を感じながら。
カウンター席の上で夢中で誰かを想う。

そんな瞬間にしか生きていないのかも知れない。

金と言葉と物と欲求、それを欲しがる愛で束ねれば欲望の花束。
自分も持っていたはずなのに、思い出せない。

ギジン >  
「今日はこれで失礼します」

支払いを終えて立ち上がり。
夜へと歩きだしていく。

「モンテパスくんも気をつけて」
「最近、何かと物騒なので」

彼女はその言葉と、チョコレートの香りだけを残していった。

ご案内:「違法パブ「地獄の門」」からギジンさんが去りました。
ご案内:「違法パブ「地獄の門」」に女郎花さんが現れました。
女郎花 >  
薄暗い照明が、古びた木材とタバコの煙が漂う空気をぼんやりと照らしている。
今宵も、『地獄の門』はその口を開けて佇んでいる。

街に暴徒が増えようと、怪物が這い回ろうと。
世相がどうあれ、この古びたパブがそう簡単に営業を止めることはないであろう。

店内に流れていたボサノヴァの軽やかな音が消えゆけば、
静寂を打ち破るように深みのあるジャズが流れ出した。
今宵はピアニストがこの喧騒に彩りを加える日である。

ピアノのリズムに合わせて、バーカウンターの奥で尻尾を揺らす者が一人。

「喧嘩に被る笠はなし。
 それが落第街(ここ)であれば、尚更じゃのォ」

実のところを言えば、先程まで音楽は途絶えていた。
店内で違反部活生同士の喧嘩が起きていたからである。

だが、それも先ほど落ち着いた。
猫又は新たに傷の増えたカウンターから躍り出て、
転がっている品の良い調度品の椅子を持ち上げる。

「やれやれ、勿体ない……斯様に物が良い椅子を……」

脚の砕けたその椅子を、やれやれなどと甘いため息一つついて、店の奥へとしまうのであった。

女郎花 >  
改めてカウンターへと戻った女郎花(おみなえし)は、
ゆらりゆらりと尻尾を揺らしながら、グラスを磨くマスターの隣で店内の様子を見守っている。

先の騒動の中で帰ってしまった者も居れば、
ここではよくあること、と言わんばかりに何食わぬ顔で酒を飲む常連も居る。

時計は欠伸しながらも、変わらず音を刻んでいる。

並んだビールタップの前で女郎花もまた、
緩慢かつしなやかな動作でその尻尾を振っているのである。