2024/07/29 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」にポーラ・スーさんが現れました。
ポーラ・スー >  
 ――ego sanctuarium deus est.(わたしこそが理想郷)

 女の小さな一声と共に、そこに居合わせた違反者たちは、一人残らず倒れ伏した。
 それこそ夢の中に堕ちたかのように、穏やかに胸を上下させながら。
 カツン、と小さな納刀の音。

 島内の生活全般を司る生活委員会とはいえ、武力行使は勿論、殺傷が認められる事は滅多な事ではない。
 たとえそれが無法者たちであっても、生活委員会に出来るのはせいぜいが通報と、よくて現行犯逮捕及び、緊急の場合の制圧だ。
 今回はたまたま、緊急の制圧の必要性を説明できそうだったから手を出せた、というところだった。
 それでも、この後は風紀委員への通報と事情説明など、細々と手続きが必要になるのだが。
 
「――って、あら?
 なんだか、似たような事があった気がするわ。
 うーん、気のせいかしら?」

 とても強い既視感。
 つい最近、今とまったく同じような光景を目にしたことがあるような――
 

ポーラ・スー >  
「うん、きっと気のせいね。
 最近よく同じような事やってるもの。
 やぁよねえ、とっても哀しくなっちゃうわ」

 はぁ、と悩まし気なため息を吐く。
 倒れているのは、違法な人身売買を行おうとした違反部活、または組織、もしくは個人の集まり。
 当然、人身売買である以上、その商品は――

「――はぁい、愛しい子犬さん。
 ごめんなさい、驚かせちゃったかしら?」

 そうかがんで声を掛けた相手は、まだ年端も行かない幼い男の子だった。
 目の前で起きた事にあっけに取られているのか、おびえているのか、呆然としたまま、倒れ伏した人間たちの中に座り込んでしまったままだ。

「心配しなくて大丈夫よ。
 信じられないと思うけど、わたしは、あなたを助けに来たの。
 んー――ちょっとニュアンスが違うかしら?」

 そう言いながら、場違いなほどのんびりした口調で、首を傾げた。

「うん――そうだわ!
 愛しい子犬さん、わたしとお友達になりましょう?
 そうしたら、美味しいごはんと、柔らかなお布団があなたを待っているわ」

 そんな唐突な事を言い出す女に、男の子は事態を呑み込めずやはり、ぽかんとして女を見上げていた。
 それもそうだろう。
 突然初対面の相手にこんなことを言われて、明朗に答えられる方が恐らく希少種なのだ。
 

ポーラ・スー >  
「まあ、とっても不思議そうなお顔ね!
 でもいいのよ、世の中って時々、とぉーっても不思議な事があるものだもの。
 だから、今日はそんな不思議なお話の、ほんの一つに過ぎないの」

 そう言いながら、困惑する男の子の手に、一枚の小さなアルミ製のカードを握らせる。
 それは、男の子が暖かな『方舟』に辿り着くための、ほんのちょっとした片道切符。

「その場所はわかるわよね?
 そこに行くと、とーっても怖い顔のお兄さんがいるの。
 お兄さんを見つけたら、そのカードを見せてあげて?
 そうしたら、後はなぁんにも心配いらないわ」

 そう言って男の子の身体を支えるようにして、ゆっくりと立たせる。
 座り込んで汚れてしまった、お世辞にも綺麗とは言えない服から塵芥を払ってあげて。
 とん、と背中を押した。

 すると、男の子は戸惑いながらも歩き出す。
 そして無事に辿り着く事が出来れば――そればかりは、男の子の運次第だろう。
 

ポーラ・スー >  
「さて、と。
 あの子犬さんは運がいいかしら?
 ふふっ、きっと大丈夫ね。
 空夢のような幸運は、誰にだって訪れるものだもの」

 男の子の背を見送りながら微笑みつつ。
 うーん、と頬に手を当てながら周囲の状況を眺めた。
 そこには倒れている雑多な男女。
 そして、取引に使われる予定だったのだろうアタッシュケース。

「えーと、こういう時は。
 よーく右見て、左見て、上も見て――うん、大丈夫ね」

 そう言ってから、無造作に転がっているアタッシュケースに手を掛ける。
 簡単にロックを外してしまえば、中に入ってるものは。

「あらあら、お金が沢山ね。
 それじゃあこれは、個人的に押収しちゃいましょ♪」

 そう言いながら、満足げにアタッシュケースを抱える。
 こういった出所不明のお金は、もともと闇から闇へ消えるものである。
 ちゃっかり持ち逃げしたとしても、それをとがめるような相手は――まあまあ、真面目な同僚や風紀委員くらいな物だろうか。
 もちろん、この取引に関わっている相手にとっては、堪ったものではないが。

 学籍のない人間は、言ってしまえば島に存在しないのも同じ。
 とはいえ、人身売買はそう安値の取引ではないのだ。
 つまり、このケースの中には相応の金額が詰め込まれてるというわけであった。