2024/07/29 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」にポーラ・スーさんが現れました。
■ポーラ・スー >
――ego sanctuarium deus est.
女の小さな一声と共に、そこに居合わせた違反者たちは、一人残らず倒れ伏した。
それこそ夢の中に堕ちたかのように、穏やかに胸を上下させながら。
カツン、と小さな納刀の音。
島内の生活全般を司る生活委員会とはいえ、武力行使は勿論、殺傷が認められる事は滅多な事ではない。
たとえそれが無法者たちであっても、生活委員会に出来るのはせいぜいが通報と、よくて現行犯逮捕及び、緊急の場合の制圧だ。
今回はたまたま、緊急の制圧の必要性を説明できそうだったから手を出せた、というところだった。
それでも、この後は風紀委員への通報と事情説明など、細々と手続きが必要になるのだが。
「――って、あら?
なんだか、似たような事があった気がするわ。
うーん、気のせいかしら?」
とても強い既視感。
つい最近、今とまったく同じような光景を目にしたことがあるような――
■ポーラ・スー >
「うん、きっと気のせいね。
最近よく同じような事やってるもの。
やぁよねえ、とっても哀しくなっちゃうわ」
はぁ、と悩まし気なため息を吐く。
倒れているのは、違法な人身売買を行おうとした違反部活、または組織、もしくは個人の集まり。
当然、人身売買である以上、その商品は――
「――はぁい、愛しい子犬さん。
ごめんなさい、驚かせちゃったかしら?」
そうかがんで声を掛けた相手は、まだ年端も行かない幼い男の子だった。
目の前で起きた事にあっけに取られているのか、おびえているのか、呆然としたまま、倒れ伏した人間たちの中に座り込んでしまったままだ。
「心配しなくて大丈夫よ。
信じられないと思うけど、わたしは、あなたを助けに来たの。
んー――ちょっとニュアンスが違うかしら?」
そう言いながら、場違いなほどのんびりした口調で、首を傾げた。
「うん――そうだわ!
愛しい子犬さん、わたしとお友達になりましょう?
そうしたら、美味しいごはんと、柔らかなお布団があなたを待っているわ」
そんな唐突な事を言い出す女に、男の子は事態を呑み込めずやはり、ぽかんとして女を見上げていた。
それもそうだろう。
突然初対面の相手にこんなことを言われて、明朗に答えられる方が恐らく希少種なのだ。
■ポーラ・スー >
「まあ、とっても不思議そうなお顔ね!
でもいいのよ、世の中って時々、とぉーっても不思議な事があるものだもの。
だから、今日はそんな不思議なお話の、ほんの一つに過ぎないの」
そう言いながら、困惑する男の子の手に、一枚の小さなアルミ製のカードを握らせる。
それは、男の子が暖かな『方舟』に辿り着くための、ほんのちょっとした片道切符。
「その場所はわかるわよね?
そこに行くと、とーっても怖い顔のお兄さんがいるの。
お兄さんを見つけたら、そのカードを見せてあげて?
そうしたら、後はなぁんにも心配いらないわ」
そう言って男の子の身体を支えるようにして、ゆっくりと立たせる。
座り込んで汚れてしまった、お世辞にも綺麗とは言えない服から塵芥を払ってあげて。
とん、と背中を押した。
すると、男の子は戸惑いながらも歩き出す。
そして無事に辿り着く事が出来れば――そればかりは、男の子の運次第だろう。
■ポーラ・スー >
「さて、と。
あの子犬さんは運がいいかしら?
ふふっ、きっと大丈夫ね。
空夢のような幸運は、誰にだって訪れるものだもの」
男の子の背を見送りながら微笑みつつ。
うーん、と頬に手を当てながら周囲の状況を眺めた。
そこには倒れている雑多な男女。
そして、取引に使われる予定だったのだろうアタッシュケース。
「えーと、こういう時は。
よーく右見て、左見て、上も見て――うん、大丈夫ね」
そう言ってから、無造作に転がっているアタッシュケースに手を掛ける。
簡単にロックを外してしまえば、中に入ってるものは。
「あらあら、お金が沢山ね。
それじゃあこれは、個人的に押収しちゃいましょ♪」
そう言いながら、満足げにアタッシュケースを抱える。
こういった出所不明のお金は、もともと闇から闇へ消えるものである。
ちゃっかり持ち逃げしたとしても、それをとがめるような相手は――まあまあ、真面目な同僚や風紀委員くらいな物だろうか。
もちろん、この取引に関わっている相手にとっては、堪ったものではないが。
学籍のない人間は、言ってしまえば島に存在しないのも同じ。
とはいえ、人身売買はそう安値の取引ではないのだ。
つまり、このケースの中には相応の金額が詰め込まれてるというわけであった。