2024/10/02 のログ
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「そう、わたしよ。
実はね、改造人間なの」
くすくす、といつもの調子で笑う。
まるでそれ自体は何でもないとでもいうように。
「そうねえ――第二方舟の前に、第一方舟って研究所があったの。
『彼女』と、その幼馴染四人は、その研究所の、メビウス博士を慕ってた。
メビウス博士は、人と人との間の格差が広がり過ぎた事に心を痛めていて――ずっと苦悩し続けていたわ」
何かを懐かしむように、休み休み、静かに語る。
「だから、その理想に手が届く――それが分かった時に、きっと間違ってしまったのね。
『彼女』たち幼馴染たちが自ら、被験者になるのを望んだ日にね。
酷い事故が起こったの。
その事故から大切な人たちを守るために『彼女』は全てを尽くしてしまった。
自分の心が、砕けてしまうまで」
ゆっくりとした語りは、それで一度途切れた。
しばらく静かに呼吸をしてから、蒼い瞳が少女を見つめる。
「それが、『彼女』の終わりで――『わたし』の始まり。
決して『彼女』として認められる事がない、全てを失った残骸のお話しよ」
そう、少女に語り終え。
どんな表情を浮かべるのだろうかと、じっと眺めていた。
■緋月 >
「……第二があって、第一がないのがおかしいと思ってましたが、
やっぱり「最初」があったんですか。」
言われれば当然の事。
第一がなければ、第二は生まれない。
――話を、落ち着いて聞き、咀嚼して理解に努める。
「……実験が、無理やりだったのか、承知の上で行われたのか。
「私たち」の疑問のひとつは、そこでした。
冷たい言い方をすると、あーちゃん先生と第二方舟の件に何かあって、そこに黒幕がいたとして…
私たちにどうにか出来る事だとは思ってません。
風紀委員でもない私が誰かの悪事を挙げ連ねて裁くとか、思い上がりも甚だしい。
……そうですね、知りたかった事は…あーちゃん先生がどうして私に「第二方舟」の言葉を残したのかと…
――私個人の話ですけど、二度と先生がこんな事にならないような身分になれれば、それでいい、位です。」
ふぅ、と息を吐く。
「起こってしまった事は、もうどうしようもないです。
その博士とやらが、またあーちゃん先生の「前」みたいな事を起こそうとしてるなら…
そうですね、それこそ風紀委員さん辺りにでも何とかして貰います。
私のような個人の手には余ります。
私には…出来れば、あーちゃん先生や、その幼馴染さんみたいな事になる人が
これ以上増えないように、何とか個人で出来る事を頑張る位です。」
其処までを言い切り、軽く俯く。
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「わたしは、わたしの事を気にかけてくれるるなちゃんに、気を付けてね、ってつもりだったんだけど――。
ごめんなさい、裏目にでちゃったわね」
調べに向かってしまった赤いお嬢さんが無事だったのは、不幸中の幸いだ。
「――ありがとう、るなちゃん。
あなたは、ほんっとうに、優しい子ね」
そう言ってから、ゆっくりと呼吸をして。
「これから話す事は、メモも、録音もしちゃだめよ。
言葉を知っているだけで、とっても危ないから。
紅いお嬢さんにも、そう伝えてね」
そしてまた少し休み。
「――『アルカディア計画』。
わたしの体の首から下を、神様の体と取り換えて、その心臓にあらゆる権能を集約した宝石を埋め込んで。
そうして、『人類』が管理できる『神様』を作ろうとしているの。
そしてその計画の主導者が、今は亡き、メビウス博士の助手だった――『K』、クライン教授」
ふう、と、呼吸器に頼って息を整える。
喋ってみて感じたが、心肺機能がダメになっていると、随分と不便だった。
「だから、わたしはきっと、この体がある限り利用され続けるの。
きっと、わたしよりも最適な体が見つかるまでね?
わたしは――失敗作だから」
精神の不安定さ、人格の歪さ、力の不安定さ――どれをとっても、クラインの要求するスペックには至っていないのである。
「クライン教授、彼女は、これからも研究と実験を続けるわ。
それが、どれだけの規模に広がって、どれだけの人を巻き込んでしまうのか――それはわたしにもわからない。
だけど、けほ」
話過ぎたのか、咳と共に鮮やかな血が零れる。
肺の中で出血が続いているのだろう。
「るなちゃんや、あの紅いお嬢さんが、危険に遭わないと嬉しいわ。
わたしは――ごめんね、るなちゃん。
――もう、十分すぎるくらいだから」
そう、穏やかな笑みを少女に向けた。
■緋月 >
「――――――」
語られる言葉には、警告の通り。
メモもしなければ、録音も行わない。ただひたすら、己の頭の中に叩き込む事に注力する。
…語られる内容の、あまりの非人道さ。
それに、心の中で強く歯噛みをしながらも、表向きには出さない。
何事が起こるか分からないのだ。精神に振り回されて動揺したり激昂したりでは、到底追い付かない。
「――もう、充分です、先生。
無茶はしないで、ゆっくり休んで。」
大きく息を吐いて頭の冷静さを保ちながら、また血を吐いてしまった先生を労わる。
語られた事は、総てしっかりと頭に叩き込んだ。
紙にも、生徒手帳の機能にも、凡そ記録媒体といえるモノには一切残さない。
唯一の例外は己の頭の中だけだ。
「――今度来る時は、何か食べ物…はダメですね、代わりに花束辺りでも持ってきますから。
今は、兎に角安静にして、少しでも元気になって下さい。
私は……大丈夫、うん、大丈夫ですから。」
そう言いながら、落ち着かせようと管だらけの腕の先、掌に手を伸ばせるなら、
軽くその手を掴んで、握手するように小さく上下させる。
…今は、休養が必要だ。自分もこの人も、精神的にも肉体的にも。
それから先は、落ち着いた頭でしっかりと考えるべきだ。
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「ん――ほんとに。
愛しい子、ね」
お見舞いを考えながら、手に触れてくれる少女に、空洞の胸が温かくなるようだった。
「今の話、紅いお嬢さんにも伝えてね。
それとこれ――」
女と少女の間に、青白い八面体が現れ、浮かぶ。
それは女の持つ『星の鍵神山舟』。
液体金属としての性質を強く持つそれは、いかようにも姿を変える。
「紅いお嬢さんに、渡してあげて。
きっと、なにに使えるかわかるだろうから。
――もしかしたらちょっと、怖い想いをするかもだけど」
なんて、くす、と微笑んで。
「はあ――久しぶりにお話しして、楽しかった。
なんだか、とぉっても疲れた気分。
――ねえ、るなちゃん、わたしが眠れるまで、こうしていてくれる?」
そんな、ささやかな我儘を少女に伝えて、寂しそうな微笑みを向けるのだ。
■緋月 >
「――分かりました。これも含めて、必ず。」
青白い八面体を受け取り、大事に懐にしまい込む。
思った以上に大きなものを託されてしまったような気持ち。
だが、そこで怯んではいられない。
己をしっかりと律し、心を落ち着ける。
……兎に角、今聞いた事を絶対に忘れないように。
そして、表向きには気付かれないように、ごく普通に日々を送らねば。
「――無茶して色々喋ったからですよ。
まあ、私にも幾らか責任はありますけど。
…それくらいでよければ、喜んで。」
静かにそう答え、手近な所の椅子をコード類に引っ掛けないように注意して運んでくる。
少しの間、手をとっていたが、不意に口から言葉が漏れる
―ひとつ ひをきり たつやいば
―ふたつ ふしなる たつやいば
―とんてんからり とんからり
―つちをふるいて きたえましょ
―こころをたたいて きたえましょ
和の拍子、という事は分かるだろうが、とても奇妙な、子守歌らしい何かの歌。
知らずとも無理はない。
元は書生服姿の少女の故郷で歌われていた童歌。
彼女の中の、数少ない「子供らしい」記憶の中の歌声。
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「――ああ、やさしいこえ」
少女の口から流れる、柔らかな童歌。
自然と、まぶたが重たくなって、呼吸が穏やかになる。
(――ああほんとうに)
ぼんやりとおぼろげになっていく意識の中、しみじみと思う。
(『わたし』は、シアワセすぎたわね――)
星が無限に連なる夢に堕ちる間際。
『女』を繋ぎとめてくれた、『自称美少女』の顔が思い浮かんで。
穏やかな表情で、眠りにつくのだった。
■緋月 >
「――――おやすみなさい、あーちゃん先生。」
ベッドに横になる人が眠りに落ちれば、静かに一言、そう声を掛ける。
起こさないよう、しばらく様子を見てからゆっくりと手を放し、そっと立ち上がる。
「ゆっくり、休んでいてください。」
それを別れの挨拶代わりに、書生服姿の少女は足音も立てず、そっと病室を後にする。
――色々と、考えなくてはならない事、覚えていなくてはならない事が沢山だ。
それでも、学生をやれる時間は学生らしく。
その猶予がどれだけあるかは分からないが、いざ動く時に心を引っ張られて隙を作らないように。
下手な思い残しをしないよう、しっかり日々を過ごそう。
そう心に思いながら、少女は病室を去り、病院を後にするのだった。
ご案内:「医療施設群 長期療養施設」から❖❖❖❖❖さんが去りました。
ご案内:「医療施設群 長期療養施設」から緋月さんが去りました。