2025/01/09 のログ
ご案内:「医療施設群 医療研究施設 休憩室/12月のある日」に焔城鳴火さんが現れました。
ご案内:「医療施設群 医療研究施設 休憩室/12月のある日」に挟道 明臣さんが現れました。
To:xxxxx >  
『あの女の方に関しては、一通り落ち着いたわ。
 ま、誰が起きるかはまだわからないけど。

 院内のどっかにいるんでしょ?
 ここは監視の目が外れてるから、今のうちに今後の段取りを話しておきましょ』

 そんなメッセージがいつもの回線を経由して送られた。
 今後のことを考えたとき、予めに取るべき行動を相談すべきだと考慮したための一通だった。
 

挟道 明臣 >  
『隣の休憩室』

手短に送ったメッセージはあまりに素っ気なく。
何かあれば直ぐに動けるように、と緋月の後を追って病院まで来たのは良いが、
生憎恰好ばかりで処置に携われるような技術は無い。

メッセージを見る限り、頭と心臓のリンク自体は上手くいったのだろう。
臓器と頭部をどう繋いでいるのかなんてのは、イメージのつく物でも無いが、
一つの技術として形式だって確立された物なのだろう。

「っつーか、今後の段取りも何もいきなり期日込みの連絡寄こしたのおめぇだろうに」

寒空の下で読んだ、クリスマスまでは安全とでも言うような内容のメッセージを思い返す。
ひとまずは、という期日付きの安全宣言。
それが手立てがあっての事では無いのは明らかだった。
相手からの、譲歩のような物なのだろう。

「……いけすかねぇ」

どんな接触があったのかは想像する他無いが。
ともあれ、人の命に区切りを付けるようなその振る舞いにただ苛立ちが募っていた。

焔城鳴火 >  
『なによ、ずいぶん近くにいたのね。
 今行くわ』

 そしてすぐに休憩室の扉が開いた。
 ぼさぼさの頭と、疲れ切ってこわばっている顔。
休みなく処置に携わっていた代償と言えるだろう。

「わるい、少し待たせるけど、シャワーだけ浴びさせて」

 そう言って鳴火は相手の返事も待たず、服を雑に脱ぎ捨てて簡易シャワールームへと入って行った。
 数分、10分ともかからなかっただろう。
 汗を流した鳴火は、備え付けのバスローブだけを羽織って、ベッドの上に倒れ込んだ。
 髪も乾かさず、仰向けに倒れる姿に、色気はない。
 多少、大きめな胸がはだけていたり、裾が捲れ上がったりしていても、その姿から見て取れるのは、疲労困憊な様子だ。

「流石に連続の徹夜は堪えるわ。
 昔は10徹くらい出来た気がするんだけどねえ」

 普通は出来ないし、命を削る行いである。
 とはいえ、鳴火のことである。
 実際にやった事は想像に難くない。

「──それで、メッセした通りっちゃ通りなんだけど。
 私の安全が約束されてるのはクリスマスまで。
 それ以降は、いつどこで、消息不明になるかもわからないって感じ」

 そう、突如宣告された己のタイムリミットを、改めて青年に伝えた。
 

挟道 明臣 >  
「お疲れさん、いや待つのは別に構いやしな……
 っておい、おい待て阿呆。俺の事見えてるか? 大丈夫か?
 ……聞いちゃいねぇ」

常世学園保健体育教員、ノータイムで脱ぐな。
コイツは情操教育の常識を破壊する活動でも担当してんのか。
シャワー室に向かう姿を呆気に取られたまま見送る。

背を向けられているにも関わらずその存在を主張する双房。
格闘技を修めている人間特有の柔らかそうでありながらも引き締まった肉付き。
シャワールームの戸の奥に消えたそれらは数分と経たないうちにベッドの上に帰ってきた。
あけすけにされるよりも中途半端に隠されると妙に扇情的なのだが、
そんな事を気にする様子も余裕も無いらしい。

「碌でもない考えと結果が出る前にさっさと寝ろ。
 必要になりゃ叩き起こしてやっから」

とはいえ、彼女にとって寝ている場合では無かったのが実情なのだろう。
早々に心臓を持っていけばこうはならなかったのかも知れないのだから、俺のせいと言えばそうなのだが。
対応や執刀を他人に任せるとは思えないことなどわかっていたというのに。

「そもそも、だ。
 その安全ってのは誰が決めて、脅かしてくる?
 クライン本人が手ずからって訳でもねぇだろ」

それならもっと話は早い。
極論、先にその根を断てば良いのだから。
解決手段としては乱暴なこと極まりないが凶刃を葬る事はできよう。
異能を使えば、それこそ相手が神だろうと、だ。
文字通り命を対価にする都合上、それで相手の思惑が止まらないのなら無駄死にになるが。

焔城鳴火 >  
 見られたとしても、恥ずかしいという感情がないのか。
 そもそも疲労でものを考えるリソースそのものが尽きてるのか。
 まあ、原因としてはその両方だろう。
 己の裸体を惜しげもなく晒した後は、バスローブ一枚の防御力皆無の姿だ。
 これで眠れるのなら、鳴火も楽なもんなのだが。

「碌でもない考えと結果しか出てこないから、寝たくても寝らんないのよ」

 たとえ心臓が早く届いていたとしても、鳴火が先陣を切って対応していた事には変わりない。

 ただ、少しばかり早く、『あるか』を任せられる昔馴染みと出会えたかもしれない、というだけだ。
 その結果として、別に鳴火の残り時間が増えるという事があるわけでもない。

「そうね、決めるのも、実行するのも、メビウス先生の忘れ形見、黒蛇(クロヘビ)シリーズ。
 黒蛇は、メビウス先生が作った人工知能。
 互いがリアルタイムの黒蛇(クロヘビ)ネットワークで繋がっていて、常に情報を共有、整理、更新しているわ。
 数は、私が知ってるだけで3000は超えてる。
 ただ、その半数以上が第一方舟(ファーストアーク)の事件で破壊されているはず」

 だから本当なら、黒蛇はもう1000体ほどしか存在しないはず、なのだが。
 これも当然と言わざるを得ないのか、クラインは黒蛇の製造方法を知っている。
 唯一、人格ユニットだけは、先生の物に及ばないはずだが、命令をこなすだけの道具としてならなにも困らないだろう。
 どれだけの黒蛇が製造されたのか、見当もつかない。

「ただ、私のところに来たのは、先生が作った黒蛇。
 黒蛇、1166――通称、子供好きの黒蛇。
 だから幸いだったと言っていいわね、おかげで子供たちにクリスマスをやってやりたいって理由で延命出来たんだから」

 もし、来ていたのが別の黒蛇であったなら、別の結果になっていただろう。
 その場で鳴火は消息を絶っていたかもしれないし、より長い時間を得る事も出来たかもしれない。

「基本的に、先生が作った黒蛇とは会話が成り立つ。
 状況次第では交渉だって可能。
 ただ、全ての黒蛇がそうじゃないって事だけ気を付けて」

 メビウス製の黒蛇であれば、鳴火や『あるか』を問答無用で奪う事はしない。
 ただ、クラインの劣化コピーまではわからなかった。
 

挟道 明臣 >  
衣服と呼ぶにはあまりにもお粗末なそれ。
見れば目の毒、というでも無いがその気は無くとも視界に入るのが邪魔くさく、
手近にあった薄手のブランケットを投げつける。

「じゃあ何も考えんな。
 寝れるまで目ェ閉じて静かにしてろ、そんだけで幾分かマシにはなるだろ」

気休めの回答。
そんな事でどうこうなる物では無いとしても、
どうしようもない事柄を前に口をついて出るのは常の軽口。

「黒蛇、ね。
 ネットワークを共有してるタイプの人型兵器(アンドロイド)か。
 似たような話は他にも聞くが、面倒だな……」

トントンと、腰かけたソファのひじ掛けを指先で叩く。
理屈の上では、無限に降りかかる火の粉のような物だ。
タチの悪い事に人よりよっぽど強く作られているのは想像に容易い。
そうでなかったとしても、物量を押し付けられるだけで手一杯にもなる。

「延命、な。
 命だ頭だとねだりに来る時点で俺からすりゃどっちも変わらんと思うが。
 話が通じる奴は人の頭を頂戴しねぇんだわ」

何を悠長な事を言っているんだこのヒヨコ頭は。
おめぇその時に来たのが違ったら死んでたかもしれねぇんだろ。
僅かな苛立ちに指が止まって、握りしめた拳が乾いた音を立てた。

「んで? 結局お前はどうしたい?
 望むなら銃器の調達から島外への逃亡だろうと手配してやるぞ」

『あるか』を、友達を。
そして私を助けて、とコイツは確かにそういった。
だからこそこの方舟の輪の内側から、引き摺り出してやるのは吝かではないし、
手の届く距離にいる限りむざむざ死なせてやるつもりも無い。

「お友達の方は後は運任せなんだろ?
 どうなるかは知らんが、やる事はやったんだ。
 あとはお前がどうしたいか、だ」

焔城鳴火 >  
「まったくもう。
 あんたってぶっきらぼうなクセに優しいわよね?
 私、かなり惚れっぽいんだから気を付けてよ?」

 ブランケットを被って、横になったまま青年に体を向けた。
 本当に最低限の防御力は確保されたようだ。

「まあ先生の作った黒蛇の特徴は、人間よりも人間らしく振舞おうとするところ。
 義体性能自体は二世代くらい前の軍用かしらね」

 幸いなのは黒蛇自体は戦闘能力よりも隠遁、隠密などが重視される裏工作が主任務だった。
 未知数なのがクラインが増産した黒蛇だ。
 そちらが戦闘力に特化されていれば、厄介と言うほかない。

「――はは、確かにね。
 正直、相手が昔馴染みの黒蛇でよかったとしか言えないわ」

 本題に入りつつも、明らかに苛立っている青年に苦笑を浮かべる。
 とはいえ、自分がどうしたいのかとなると、あまり選べる方法がない。

「私自身が抗うのも、逃亡もだめ。
 本土にいる家族たちがどうなるかわかったもんじゃないわ」

 それが『先生』の黒蛇なら最悪幽閉されるくらいですむだろうが
 今のクラインが、人質を消費する事に躊躇するとは思えない。

「あるかの方はまあ、運次第。
 ただ、一番無害なやつが目を覚ますはず。
 今のあるかは、脳よりも『星核』が移植されてる心臓の方が強い主導権を持ってるはずだから」

 恐らく目を覚ますのは、『エデン・プランク』という第一方舟を実質束ねていた女性の人格だ。
 彼女が目覚めるのなら、基本的に悪い事は起きない。

「私がどうしたい、か。
 出来るだけ時間稼ぎをしたいところね。
 ほぼ年末まで延命できたけど、可能ならもう少し。
 一月なんて無茶は言わないけど一週間でも二週間でも時間を稼ぎたい。
 そうすれば、クラインの計画を少しでも遅延させられる」

 いずれ拉致されるとしても、それまでを可能な限り引き伸ばしたい。
 ただ、この時、黒蛇の監視から完全に外れてしまえば、人質が使われていまう。
 黒蛇の監視から外れず、ただし容易に手を出すのが難しい。
 そういう状況を作れれば理想的なのだが。
 

挟道 明臣 >  
「んな開けっぴろげだと見てらんねぇっつー俺の都合があるんだわ。
 どっちかっつーと気を付けるべきはお前の方だろ」

あいも変わらずそのまま外に放り出せば風紀委員の世話になる姿ではあるが、
ようやく直視できる程度にはなっていた。

「今のご時世人間だの作りもんだのをどうこういうつもりはねぇけど、
 こちとら半分はただの生身なもんでな。
 張り合うようにはできてねぇんだわ」

残り半分も元を辿れば医療用の代物に過ぎない。
文字通りの災害の種でもあるが、制御下にある内はそこまで割り切った使い方をしきれない理由もある。

「――家族」

一言。たった一言。
されど最大級の、地雷を踏み抜いたのは直ぐに分かるだろう。
先ほどまで見せていた苛立ちも最早過去の物。
ただただ、青年の内で決定的にクラインという存在へ向ける温度が消え失せたのだ。

それが動いてくるとして、だ」

向き合う対象として、最早ヒトとして扱うことを止めていた。
クラインという物に対するために口をひらく。

「先延ばしにしてどうなる。
 こんだけ野放しにされてる『あるか』が目覚めて劇的に状況が変わるってもんでもねぇだろ」

その計画が鳴火の頭部を得る事で進行するのであれば、だ。
そもそもの焦点が違ってくる。

「俺はな、相手の口上聞いて正義を語って何かを勝ち取るなんて綺麗なやり方はしねぇぞ」

柄じゃないし、そもそも正面切ってというのが無茶な話だ。

「ネットワークがあるならシステムを構成する物ごと停止させるし、
 居処を割り出したのなら其処ごと消す。
 多少世界を巻き込むことにはなるが、根を焼き払えるならそれで済む話だ」

正しい手段とは程遠かったとしても。
見知らぬ第三者にとっての悪に成り下がろうと。
見知った一人の女を、その家族を脅かす物を排する為なら、俺の正義はそれを許容する。

焔城鳴火 >  
「気を付けたって、惚れっぽいのだけはどーにもなりませーん。
 伊達に14歳のファーストキスうばってないわよ」

 何の自慢にすらならないが、そう自嘲めいた笑いは、少しだけ幼さのある少女めいた笑みだった。

「そう、そのあんたの身体もちゃんと許可貰って研究させてもらいたいよころなのよねえ。
 ――全部上手く行ったら、来年度の研究課題にさせてもらうわ」

 そう、青年の身体に『医者』として非常に興味があった。
それと同時に、『来年度』という言葉が出てくる時点で、鳴火に死ぬ気は毛頭ないとわかるだろう。
 そして、青年の空気が完全に変わった事にも、敏く気づく。

「――やっぱ、あんたと組んで正解だったわキョードー。
 ん、いや、アキオミ」

 そう鳴火も目を細めつつ、瞳の色の奥には、憤怒と狂乱の焔が常に揺らめいている。

「今さら議論も口論もする気はないし、先生の理想を曲解した姉弟子を、綺麗に終わらせてやるつもりなんてないわ」

 その言葉に偽りなく、もし当人に接触が出来るのなら。
 鳴火の頭にある『狂乱塵滅の星』の力を完全に解き放つつもりだ。
 たとえこの島の半分が焦土になろうとも。

「まあ私が、黒蛇相手で運がよかったって言うのは、少なくとも黒蛇なら私や私たちの家族に手を出す事がない。
 先生の黒蛇どもは、人間らしくあろうとしすぎていて、人道から離れた事は相互に了解が無いと動かないもの」

 未だに鳴火の元に、本土から火急の連絡が届いていないのは、それら『初期型黒蛇』が監視に着いているからだろう。

「ああ、こればかりはいちいち怒らないでよ?
 第一方舟に関わった人間は家族親族全員、黒蛇の監視を受ける事が絶対なの。
 もちろん、うちの両親も、親族も了解してるんだから」

 その上で、鳴火の親族は黒蛇を客分として家に住まわせているくらいだ。
 だからこそ鳴火らにとって、『初期型黒蛇』は信頼し合える隣人だったのだ。

「――さて、先延ばしにする理由だっけか」

 そう言いながら、鳴火は二つ、指を立てた。

「一つは、あるかの人格の内、ある一つの人格が目覚めるのを待つため。
 名前は『エデン-H-(ほしのもり)プランク』。
 あの曲者しかいなかった第一方舟を、先生を於いて、完璧にまとめ上げていた人。
 13人の『星を追う夜鷹』の首領」

 そう言いながら指を折る。

「25%なんて言ったけど、実際はそんなギャンブルなんかじゃない。
 心臓という人間の核に埋め込まれた、エデンお姉ちゃ――ンンッ、エデンさんの人格が目覚める可能性が圧倒的に高いの。
 そしてエデンさんが目を覚ませば、確実にクラインの計画に対するカウンターを仕込んでくれる。
 これが表向き本命の切り札で、一つ目の理由」

 そしてもう一本の指は、一瞥してからため息をついた。

「ごくごく単純に計画の最終段階を遅延させるため。
 アキオミも、雑学程度になら医学や化学はわかるでしょ?」

 そう、当然知ってるだろう、という視線を無遠慮に向けた。

「例えば、今すぐ私を拉致して、すぐさまアルカディアの身体に移植して、はい、計画成功!
 ――なんてことはあり得ない」

 鳴火は少しばかり、疲れ切った頭に鞭打って、大まかな計算をする。

「少なくとも、私側の準備を終えるのに一ヶ月近く。
 アルカディアの身体を再調整するのに二週から四週。
 そこから移植準備に早くても二週。
 最短でも計画実行に二ヶ月は掛かる規模になるのよ」

 だからこそ、少しであれども、遅延、時間稼ぎが有効なのだ。
 ただし、監視下の中でそれを行わなければならない。
 完全に身を隠した、逃亡したと思われれば、それこそ人質が使われかねないのだ。

「で、理想を言うなら、私の方の調整中に助けに来てもらえるくらい、時間の猶予を作っておきたいの。
 私だって、首から下をすげ代えられてから救出されるなんて嫌だもの」

 まあ、身長は多少伸びるけど。
 などと笑えない冗談を飛ばしつつ。
 

挟道 明臣 >  
「……あ?」

犯罪者が居た。
いや、学生の時の話かも知れないが。
……どうあれ人の趣味だ、深くは触れまい。

「そうかい、許可さえ取ってりゃご自由に。
 碌にないんで数少ない仕事が増えるってわけだ」


なんせあそこでは俺自身が何するってもんがあるわけでもない。
忙しい方が気が紛れるのもあって、暇がつぶれるのは僥倖といえよう。
それに未来の話をするのは、良いことだ。

「そんで、前回は期限付きの猶予って名目でお茶濁したってか。
 いまさら途中途中でひっくり返したりしねぇよ。
 ノーフェイスと緋月の件で取り敢えず最後まで聞いてから纏めてキレる事にしたからな」

感情任せに飛び出すのは止めだ。
口より先に手が出るタチだからいつまで続くかは知らないが。

「理屈は、まぁ分かった」

分かった、事にする。
一度はその身を明け渡す事、不確定なエデンなる人格に凡その手段を任せるということ。
その諸々に対して納得など、当然まるでしてはいない。
エデンの動向を頼りにする以上は時間を後ろに伸ばすのはともかくとして、
提示されたその手段を飲み込む事には酷い抵抗感が伴う。

「なんにせよ俺が勝手に動いてお前の家族が危険に晒されるってのも望んではないしな。
 ただ居場所くらいはアピールできるようにしとけよ、お姫様」

ブランケットからはみ出した頭に軽く放って渡すのはヘアピン型の小型の発信機。
大人しく着いていくとしても、その先が知れなければ助けようもない。

「んじゃ、話は終いだ。
 そろそろ寝ろ、目の下の隈が見てられん」

本人が逃避を望むなら、それこそこ災禍の輪から無理やりにでも連れ出してやっても良かったのだが。
ともあれ、こちらも他に頼まれている探し人の方も未完のままだ。
いつまでもこの亜麻色の側にだけいるという訳にはいかない。
リンクした頭部と心臓の動向についてはまた確認するにせよ、長居は避けるべきだろう。

焔城鳴火 >  
「――ちゃんと我慢できるのね。
 ええ、その時になったら思いっきりキレて頂戴。
 暴発されちゃうとアンタが心配だけど、その時はまあ、その時ね」

 自分と似た、冷静なフリをした激情家。
 鳴火には青年の行動を止めるつもりも、恐らくそのタイミングもないだろう。

「とりあえず呑み込んでくれてありがと。
 あんたにとったら不確定要素ばかりだろうけど――そこは、一緒に死地を潜り抜けた私を信じてもらうしかないわね」

 あまりに多くの不確定要素。
 推測と仮定ばかりの手段は、容易に応じられるものでは無いはず。
 そこを一先ずとはいえ、呑み込んで聞き入れた青年は、どれだけ修羅場を潜ってきたのだろう。

「誰がお姫様よ。
 ――ん、貰っとく。
 考える事は同じというか――はい、これね」

 苦笑――というには少し嬉しそうに笑い、ヘアピンの代わりに投げ返したのは、今では旧型と言える小さな液晶端末。
 そこには、鳴火の現在座標や脳波、バイタルなどが表示されている。

「脳幹部のかなり近くにマイクロチップを埋め込んでおいた。
 それも出来るだけ星核の近くにね。
 それがあれば、常に私の状態を確認できるし――クラインでも簡単には除去できない」

 なにせ、同じレベルで星核の研究と医術に精通してるとは言え。
 先進医療においては、鳴火が確実に一歩先にいる。
 リスクを排除してチップを除去するなら、それだけで最低でも一日は掛かる。
 そして、その信号が途切れた場所こそ、次の方舟――第三方舟(サード・アーク)だ。

「ん、わかった――じゃないわよ!
 ねえ、ちょっと居心地のいいセーフハウスくらい案内して頂戴よー。
 それくらい面倒見てくれたってバチはあたらないでしょ?」

 なんて、気づけば、起き上がって青年の裾を指先でつまんでいた。
 咄嗟の行動だが、少しだけ赤く染まった頬に、怒りだけでは隠し切れない瞳の中の不安が揺らぐ。
 そして、バツの悪そうに、目を逸らした。
 ただ、手は青年の裾を放さない――心細さを感じているのは、隠しようがなかった。

挟道 明臣 >  
「我慢っつーか、自分の程度を知ってるだけだ。
 あれもこれもと手を伸ばせるほど、俺は強くも偉くも無い。
 だからやる事くらいは選ぶさ」

だってのに理想ばかりがデカくなるから、タチが悪い。
結局どれもを手放す事になる前に、何処かで足を止める必要がある。

「どうせ言っても聞かねぇんだろ。
 だったら無駄な言い合いするつもりはねぇよ」

見知った顔を死なせたく無いのは、結局俺自身のエゴだ。
ただ、当人の望みを奪ってでも叶えたいような願いではない。
その先にある色の無い時間を過ごして欲しい訳では、ないのだから。

「埋め込んでおいた、じゃあねぇんだが……」

眩暈を覚えるような発言に頭を抱えるが、既に実行済みの事に今更苦言を呈する事も無い。
除去されづらく、確実にタイミングと場所を測れる。
実に合理的ではあるが、自前で処置をしたのかと思うと正気を疑う。
第三方舟(サードアーク)、方舟計画の終着点。
鳴火を奪い返して計画を潰す。シンプルでそれでいて難儀なご注文。

「……」

言葉に潜ませたままの不安、心細さ。
震えるような指先から伝わる感情は、異能なんてもんを使わずとも痛い程に伝わって来る。

「んなもんねぇよ甘えんな、業者紛いの小銭稼ぎはもう足洗ってんだ。
 用意はしておいてやるから……今日はここで寝てろ。
 日が昇るまでくらいは、傍にいてやるから」

ぐしゃぐしゃと、子供をあやすようにその亜麻色を撫でくり、そう言い放つ。

焔城鳴火 >  
「ふぅん、程度、ね?」

 青年の言葉に、少しだけ怪訝そうに目を細める。
 あれもこれも、と手を伸ばしてしまうから、今もこうして鳴火を放っておけないでいるのだろうに、と。

「言っても聞かないし、やってから言う、もんね?
 似た者同士、勘弁してよ」

 くすくす、と笑えた。
 青年が頭を抱える様子が、面白く――頼もしい。

 だから、どうしても甘えたくなってしまう。
 厳しくするくせに、なんだかんだと手を取ってくれるものだから。

「――ん、ありがと」

 頭を撫でられながら、静かに、嬉しそうに、どこか幼げな笑みを浮かべて青年を見上げた。

 ――そして、少し一緒にいて手を握っていてやれば。
 鳴火は直ぐに寝息を立てた事だろう。
 とても安心きった寝顔で、どこまでも無防備に、青年に見守られて。
 

ご案内:「医療施設群 医療研究施設 休憩室/12月のある日」から挟道 明臣さんが去りました。
ご案内:「医療施設群 医療研究施設 休憩室/12月のある日」から焔城鳴火さんが去りました。
ご案内:「医療施設群 医療研究施設 〇ロ号処置室」にエデン-H-プランクさんが現れました。
エデン-H-プランク >   
 使用中のサインとして、赤いランプが常に点灯している、とある処置室。
 そこは、特定の登録された人物しか入れない、特殊な研究室の一つだ。

 両開きの大きな扉は重厚で、関係者以外は決して入れない。
 そんな研究室の入口には、今日は誰も立っておらず。
 また、研究室の中にも、誰も(人間は)いない。

 研究室の中にあるのは、厳重に保管された、とある人間の、頭部と、心臓だけだった。
 

ご案内:「医療施設群 医療研究施設 〇ロ号処置室」にネームレスさんが現れました。
ネームレス >  
入所までの手続きははっきり言って煩雑かつ迂遠だった。
それが、この身の上で学生待遇を受けられている前提とはいっても、
マネージャーという職業が成立している理由がよくわかる――
それほどの手間をかけねばならなかった。
本業のほうはいざ知らず、学生として個人としての私事は、
現状、自分で色々と届け出をせざるを得ない。
雇うことも考えねばならないか。

――とはいえ。
その学生証は正式に保証された身分と学識であり、
身に纏う鮮やかな法衣は偽らざる「制服」の在り方だった。
魔導専攻の学部のなかでも、飛び級同然に高い位階を得た身の証明だ。
化粧気も装飾も歓迎されぬそうした白亜の施設においても、
歩く眩さはそうしてエントランスを抜け、歩を進める。

お邪魔します(ハロー)

所持していた学生手帳か、遺伝子データの照合か、
開けゴマと唱えるまでもなく開いた扉をくぐると、
ともすれば悪趣味な光景とも思える様に出くわした。
背で閉じた扉に体重を預けると、腕を組み組みためつすがめつ。

「まるで標本(プラスティネーテッド)だな」

苦笑しながら、さて、緋月はなぜこれを見舞えと言ったのか。

エデン-H-プランク >  
 返事を返す事も出来ない、人間の欠片は、赤い訪問者へ視線を向ける事もない。

 ただ。
 訪問者の後ろで扉が閉まれば。

 一つの弦楽器の音が、静かに響き始める。

 ――その音は、軽やかに、時に楽し気に、明るく弾むような音を鳴らす。

 その奏者は、桃色の長髪を靡かせながら、踊るように、その長い手足で舞い、人間未満となった女の前で、クライマックスを奏でる。

 なによりも目立つ桃色の髪。
 すらり、と長い手足。
 とても女性らしい体つき。
 身に纏うのは桃紫のドレス。

 演奏が終わると、その美少女(・・・)は手を広げて一礼した。

「――ようこそ、訪問者。
 ここはかつての方舟の残滓が集う場所。
 私はエデン。
 エデン-H-(エイチ)プランク。
 『星を追う夜鷹』の序列一位、星に挑む13人を見届けた者」

 そうして、空の色のように鮮やかな青い瞳が、赤い少女を見つめた。

「待っていたわ、紅の訪問者。
 さあ、女の子だけのお茶会をしましょう?」

 そうして、エデンと名乗る美少女(・・・)は、白いティーテーブルの椅子に腰かけた。
 

ネームレス >  
眉根を寄せたのもつかの間の話であった。
害意のない音色を受け止める危険性は考慮のうちにあったものの――である。
これを緋月の了解の上とするなら、清聴の構えにあったのはひとえに彼女への信頼に他ならない。
一曲、終焉(フィニッシュ)ののちの沈黙に、手袋越しの拍手が打たれたのも。

「素晴らしい歓迎をどうも。
 とはいっても、今日はそこで眠ってるヒトのお見舞い。
 研究施設(コミュニティ)の成り立ちをお勉強にしきたわけではないのだケド」

プランク――その名に記憶の符号と知識の反応がなかったわけではないが。
歩を進めるにテーブルについて、法衣の下で脚を組む。
こういう身体のラインが出ないものはあまり好ましくはないが。

「こっちの自己紹介は必要ないね。
 胸襟を開くのは、キミの外見と演奏への報酬という形でイイかな。
 ――どちら様だって?」

話は聞こう。
小首を傾げ、流血のような髪が、美しく装飾された法衣の肩を滑る。
上背と顎をもたげたせいで見下ろす形になった怜悧な黄金瞳が、果たして奇異を見つめた。

エデン-H-プランク >  
 桃色の美少女(・・・)は、楽し気に微笑みながら、向き合う赤色を見つめる。

「気に入ってくれたなラよかったわ、訪問者。
 あなたを迎えるのに、どうしたらいいか、結構悩んだのよ?」

 笑いながら、その両手にあった、バイオリンとその弓は手品のように消え去った。

「――もう。
 折角、考えていた自己紹介をなかった事にするなんて、酷いとは思わないのかしら!
 でも、見目麗しいと言ってくれるのは嬉しいわ。
 だって、私ったら、とびきりの美少女なんだもの」

 無邪気に屈託なく笑いながら、両手を合わせて赤い色を見る。

「エデン-プランク。
 あるかに移植された、星核に宿る人格よ。
 この子が目を覚ませるように、色々しているのよ」

 そう言って、エデンは微笑み、改めて自己紹介を行った。
 

ネームレス >  
「お芝居をするには、観客の片割れが寝転げてるからね。
 安心しなよ。切った見栄については後程聞かせてもらうから。
 ボクはおっぱいおおきいコにはことさらに優しくて甘いからな」

興味があること湧くことに、無軌道に口を差し挟んでいては陽が暮れてしまう。
なにせ恩義があるのも、用があるのも、硝子の棺に納められているほうだ。
現状、眼の前に在るモノとは他人でしかない。
唇がささやかな三日月をかたどるとともに、相好を崩した。

「緋月がボクと引き合わせたがったのはキミか……?
 快気祈願(ゲットウェルカード)くらいは用意してきたケド、他にはなんの備えもない」

見舞いに行けとしか言われていない。

「星核の成り立ちを考えれば、そこに対話可能な人格が存在していてもおかしくないよな。
 ……だケド、色々と不自然なところがあるね。
 ボクが知人に訊いた"方舟のプランク"は、星核であったとは聞いていないし。
 そもそも『エデン』とは別であるかのように解釈してた」

何者かを確かめねば、どういう立ち位置かも判じかねるところ。

エデン-H-プランク >  
「そうなの、早く起きて欲しいけれど、急いてはなんとやら。
 ――あら、女の子はおっぱいだけじゃないわよ?
 でも、私くらい美少女だと、標準装備の一つかしら」

 くすくす、楽しそうに笑っている美少女は、興味を持ってくれただけでも、十分満足げだ。

「緋月はかわいい子よね。
 ふふっ、たっぷり叩かれたのかしら?」

 ぱちん、と指を鳴らすと、ティーテーブルの上には、ホットココアと、ビタークッキーが現れる。
 ささやかなお茶会には、十分な用意だった。

「うん、いい質問ね、訪問者。
 でも、『エデン』と『プランク』が同一人物でも矛盾は起きないわ。
 鳴火にとっての『エデンお姉ちゃん』と、『プランク博士』は、同一人物であって、別側面でもあった。
 なんて――私は『博士』らしい事なんてした記憶がないけれど」

 両手の指を組みながら、懐かしそうに目を細める。
 それはエデンにとって美しい過去であり、懐かしむ思い出なのだ。

「――最初の方舟が沈んだ日。
 私は、あるかの命を繋ぐために自ら星核となって、心臓と同化したの。
 そうしなければ、あるかを生かす事が出来なかった。
 そうしてずっと、私はあるかと生きて来たのよ。
 だから、あなたの事も、見聞きした程度に知っているのよ、訪問者」

 そう楽し気に微笑みながら、組んだ指に顎を乗せて、その輝くような瞳を見上げた。
 

ネームレス >  
「……戒めとして受け取っておいたよ」

頬にじんと来る痛みは今でもリフレインするようだ。
色々と喋られたらしい。肩をすくめるばかりだった。

「"星"が方舟に研究員として所属していたと――?」

そもより、方舟の成り立ちからそうしたものであるような。そんな物言いに思えた。

「いや。そもそも人間も星核になり得るってコトでもあるかな」

星骸が星核の成り損ないであるとして、それを圧縮すれば星核になり得るとすれば。
神性と呼ばれる種族が星核に成り易い、とも解釈できる。
いずれにしたって生体燃料のような非人道ではある。

エデン=プランクが人神いずれであったとて、そこは本題ではないと思えた。
ひとつの共同体――第二の家族のようだった、というその集団では、
そういうこともあるだろう。命を賭して家族を救うという行為に違和はない。

「そうしてまで助けようとしてた女も今はこの有り様だ。
 肉体の代替に心当たりはあるケド、正直なところ、
 もうボクは星護(かのじょ)に対しての義理は果たしたと考えてる、………」

少し考える。
手を顔の高さまで上げて、黄金の視線が彼女と手を移動した。
そして丁重に手袋を外すと法衣にしまい込んで、白い指がクッキーをつまんだ。
プライベートなお茶会ならこれもいいだろう。ココアに浸して戴いても。

「――ん。 
 で、見舞いに来る理由もないボクの到来を予期していたということは。
 緋月も同様に、ここまでの歓待を受けたのか――あるいは。
 なにか要件がある?死にかけの標本と、その生命維持装置のお二方?」

しっかり味わってから、少女へと問いかける。
二足で歩く自分は良い端末だ。使いようには富んでいる。
丁重なおもてなし。しかし、タダ働きはしない主義。

エデン-H-プランク >  
「――ふふっ、恋も愛も、素敵なものよね」

 肩を竦める様子に、美少女は肩を揺らす、

「あら」

 赤い少女の推測に、美少女は感心する。
 やはりとても頭の回る少女であった。

「どちらでもあって、どちらでもない――星核となれる人間も居れば、星核に成れない星もある。
 ただ、私が何者かと言えば――方舟からしたら『裏切者』になるのかしら」

 くすくすと笑いながら、自らを裏切り者と嘯く。
 ただその言葉は、エデンが純粋な地球人類出ないという事を示すには十分だろう。

「――ええ。あなたは十分すぎるだけのことをしてくれたわ、訪問者。
 あなたがもう、私たちのために何かをする義理はない――知的好奇心以外は、ね」

 そう微笑みながら、美少女(エデン)は白く長い指で、自分のカップの縁をなぞった。

「要件は二つ。
 一つは、そのあなたの持ってる身体のアテを教えて欲しい。
 もう一つは、張り切ってる愛しい子達のバックアップ――どの子も、いい子だけれど真っすぐすぎるわ。
 あなたくらい身軽な子がいてくれると助かるの」

 そう言って、『報酬は――』と続けた。

「――そうね。
 クラインと直接、会って話す機会。
 なんて、どうかしら?」

 エデンはそう言って、首を傾げた。
 

ネームレス >  
「そうかな」

肩を竦める。否定はしない。価値観と見解の相違。
恋と愛。自分にとっては事欠かなく、不可分といっていい要素だったが、
それを良いものとしてとらえられるかといえば、そういう人間ではなかった。

「まぁ、面白いやつだよ。色々と期待もしてる」

ここを訪う少女に対しては、ひとまずそう言及をしておく。

「適性の基準を断言できるほどには、実証実験が足りていない……?
 ――その言葉だけで、キミを信用できるかはともかく。
 敵の敵は味方とは限らないしな……まァ、そこはいまはいいか」

そうなのだろう、くらいの段階で止まっているのかもしれない。
――当然だ。サンプルが足りなさすぎる。研究のための期間もだ。
黒杭を公に打ち込みまくれる機会など、それこそ第四次でも起きねば巡るまい。

「……………」

提示された仕事と報酬に、少しだけ沈黙する。

「まず、ボクは現状を把握できていないんだケド?
 自分なり(アドリブ)でイイってんならともかく、ある程度の要求(リクエスト)はあるって聴こえる」

愛しい子とは誰のことか。
間の抜けた問いになるが、世界を俯瞰して観ているわけでもない。
裏方をやるには、それこそ可能な限り正確な情報が必要になる。
当然、眼前に在るふたりの視点以外のものも。
取り引きを進めるのは、その報酬にいくらかの魅力を感じている証左だ。

エデン-H-プランク >  
「――そうよ!」

 エデンは力いっぱい断言する。
 彼女にとって、そうした『女の子らしい事』はとても重要なファクターだった。

「期待を裏切るような子じゃないわ。
 きっと、あなたをとっても驚かせてくれるでしょうね」

 そう笑いながら、ううん、と考える様子。

「何もかも足りない――とまでは言わないけど。
 私の記憶、そしてこの島に持ち込まれた記録からすると、まだまだ明確な基準を測れてはいなさそう、かしら。
 ――あら、私の事は信じていいのよ?」

 そう自信満々にほほえむが。
 自ら信じろという相手程怪しい相手もいないものだ。

「数人――無自覚にかかわっている子と、自分の意志で関わると決めた子達。
 その中で、あなたが手を貸してあげられる子だけ、手伝ってあげてくれたら十分よ。
 全員をバックアップして、なんて無茶なことは言わないわ」

 そうしてエデンの指先が宙を泳ぐと、そこに立体映像のパネルが浮かぶ。
 そこには、これまで方舟や、星護有瑠華(ほしのもりあるか)に関わった生徒や教師の顔写真と名前、簡単なデータが映されていた。
 

ネームレス >  
「人それぞれかな。
 語るには時間が短すぎる。ボクの人生はそれなりに予定が詰まっててね」

悠長なことは言えない――だが、愛を無価値と断ずるつもりもないのだ。
信仰と愛は、人を支配するには十二分に便利なものでもあるから。
 
「――いまのうちは」

安易な断言は、しない。
"必ず"を外側に求めなかった。誰に対しても。当然、緋月に対しても。
それでも、信用していなければ傍にはいない。
人間の不完全性と不確定性を、無視はしない。

「信じない」

と、言いはする。
信用には足りない。信じる必要もない。今のところは。
それは礼儀だった。無根拠の盲従は思考の停止だった。

「――これまたバリエーションに富んだラインナップだこと。
 さいきんの気の利いた食堂(ダイナー)みたいだ」

誰を選ぶかの解答は決まってはいるが、予想外の顔もいる。
想像より多い――これはおそらく、単にあの研究所に関わった者たちというわけではない。
無自覚に関わってしまった人間に、委員会所属者がやけに多い。
組織立っての関与、という意味では捜査の進行を伺わせる。
細顎に手を添えてある程度吟味したところで、

「またなにか起こしたのか、それとも起きてしまったのか。どっち?」

第二方舟で起きた"事故"と、ポーラ・スーが借り受けていた『アルカディア』の奪取(返還)
ともすれば焔城鳴火になにかが起こっているのかもしれないが。
それとは別に、なにか大掛かりな出来事が起きたようだ。

エデン-H-プランク >  
「――もう、訪問者ったら、クールなんだから。
 あ、それとも、今時はあなたみたいな子の方がモテるのかしら?」

 それは大変だ、と口元に手を当てる。
 信仰も愛も人を操るには十分で――全てを賭けるに値してしまう恐ろしい物であるのだ。

「あら、想像以上だったかしら」

 少女の反応に、素直に意外そうな顔をする、
 把握するつもりがなかったのか、出来なかったのか。
 いずれにせよ、少女であれば、能力的に難しい事ではないはず――であるなら後者だろうか。

「転移荒野における、貨物輸送事故、並びに輸送貨物における汚染事故。
 今回は、起きてしまった方――と決めるのは軽率だけど。
 起きてしまった事でもあり、狙って起こされたものでもある。
 派手な事故の裏で、一人や二人、行方知れずになっても目立たないもの」

 そう話している間に、空中にパネルが増えて、汚染事故の概要が表示された。
 そして、更にもう一つ。

「あ、と、は――これ。
 鳴火の、計画的消息不明。
 ただ、こっちは私たちも、クラインも、実際の居場所は把握してる。
 これに関しては、鳴火の協力者さんが上手にやってくれてたというべきかしら。
 クラインの動きが予想以上に鈍いの。
 こちらとしては、ラッキーと言えるわね」

 そう三枚のパネルを空中に投影しながら、エデンは簡単に、現状を説明した。
 

ネームレス >  
「どうだろう?恋に悩み、愛を考えている時間は、それなりに長いつもりだケドな。
 ボクとキミの振動(ふるえ)は、きっと違うモノだから。そのうえで……
 情熱的な肯定が欲しければ、ボクの見方を変えさせてみればいい――」

プランク博士の言葉を借りて、少しばかりロマンチシズムな解釈を。
そう、この存在はロマンチストだ。そうでないはずもなかった。
愛と恋に悩みすぎて、考えすぎるくらいに当事者なだけで。そして考える葦だった。

鳴火(そっち)は……」

明臣(ノア)が関わるだろう、と。
視線を向けるに留まる。必要ならあっちから連絡が来るだろう。

「むしろ、尻尾を掴みづらくなったってコトでもあるな。
 クラインって女性は、けっきょくどんなヒトなのか。
 ポーラと、鳴火と、それらの見方とは、キミの認識はまた違う人物像をえがくはずだ……
 理想を前に達成の予感に酔うタイプか、致命的な失敗を恐れてしまう臆病者?」

どちらが厄介かなど、問うまでもない――後者だ。
相手をボンクラと見積もるのは危険だった。
初動の事故という不測の事態が浮足立たせた迂闊さを、
かえって冷静にさせてしまっているのだとすれば――あまり好ましいことでもない。

「――で、問題はコッチか。
 波都が言ってたヤツか……日付が新しい人間もいるってことは現在進行系。
 汚染事故って……つまるとこ星骸だろ、コレ?」

第二方舟で起きていたような、生物の融解――星骸化とは少し違う。
自分がさらされた星骸による侵食による生態系と環境の変化。
拡大は押し留められているものの、これだけの期間、除染されていないことが問題。

「星骸が湧き出す源……破損(エラー)が起きた星核か?」

エデン-H-プランク >  
「まあ――それはとてもロマンチックね」

 両手を合わせて、黄色い声を上げる。
 今、互いに表層へ現れている側面が違うだけで、芯は互いにロマンチスト。
 そして、芸術家(アーチスト)なのだ。

「――クラインがどんな人か。
 それは簡単よ、とても愛が深くて、とてもロマンチスト。
 そして、1%の不安要素でも排除したがる、大胆な慎重派。
 けして臆病でない事が、彼女の素敵な所かしら」

 つまり、必要であれば不安要素を強引に踏みつぶす事も。
 不安要素があっても、最期のスイッチを押せてしまうだけの勢いもある。
 ――だからこそ、時間を稼げているとも言える。

「私たちに必要なのは時間と、あるかの新しい体。
 クラインの動きが鈍い理由までは測れないけど、今はそれに救われてるのは間違いないわ」

 クラインのアルカディア計画に対するには、どうしてもまだ時間が必要だった。
 あまりにも後手に回り過ぎてしまったからこそ、必要条件を十分にそろえる時間がどうしても必要になるのだ。

「うーん――さすがね。
 その通り、暴走状態にある星核が原因の、星骸災害。
 星骸に関しては、公的にもある程度の情報提供がされてるわね」

 立体映像のパネルを、また一つ開いて見せる。

「暴走した星核は一つ。
 だけど、運ばれていた星核は三つ。
 つまり、三つの星核を取り込んだ、強力な汚染源が存在するの。
 今、その居場所の特定に、そういうのが得意な子に向かってもらってるけど。
 問題は三つの核で構築された汚染源を無力化できるかどうか。
 そして、その星核を、クラインより早く回収できるか――」

 うーん、と考える。
 星核自体は、クラインの手元にはかなりの数がある。
 だからこそ目くらましの事件に使えるだけ、余裕があるのだろう。
 つまり問題は、汚染源の無力化と、他の組織に流れる前に星核を回収する事だ。

「この星核がどこかに渡ったら、大変なことになるかもでしょう?
 だから、それを止めるのと――是非ともこの星核を利用させてもらおうと思って」

 使える物が向こうから転がり出てきたのだ。
 これを逃す手はないだろう。
 

ネームレス >  
「その3つの星核が、あえてばら撒かれたものだとするなら――」

クラインの人物像を、エデンの語った通りのものだと見積もるなら。
そして、クラインは星護を、焔城を、エデンの存在を把握しているなら。

エデン(キミ)がそう考えるところまで予測している、
 ――とは、想定しておいたほうがイイだろうな」

千里眼の持ち主ではないはずである。
あるが、彼女が持っている情報は想像以上に多いと見る。
ゆえに方舟の関係者は不確定要素たり得ない、と考える。
それがたとえ、不随意に覚醒するに至った、星核の主であっても。
その居場所(しんぞう)が、明臣と緋月によって届けられたのだとして――
――『裏切り者』の存在を想定しない、というのは、希望的観測。

「もし、どこぞの馬の骨が星核を回収しようモンなら――
 それこそ最悪の変数になりかねない。
 ここは常世島。世界の最先端なんだぜ、プランク。
 星核を悪用できる人間なんて、ポケットのなかのコインくらいざらざら出てくるからな。
 ――キミが回収するのが、クラインにとってもだいぶ都合がいい。
 自分が回収するのが最善だろうケド、次善だね」

そんな人間は眼の前にもいる。
それゆえ、方舟関係者が星核を回収するところまで織り込まれていると想定する。
人読みが可能な相手ほど御しやすい手合はない。

「キミがその星核でなにをしようとしているか、は別にしてもだ。
 クラインが不確定要素を拒むなら、別側面から牽制する必要があるね」

そうだな、と考えてから。
ひとつ、久々に微笑みを浮かべて指を立てた。

ネームレス(ボク)が星核を回収しよう。
 そういうことにしよう。表向きはな」

変数を演出すればよい。
クラインに対して、目立つコト。

「ちょっと豪華な目眩まし(フラッシュ・バン)
 そうすれば動きやすくなるヤツもいる――だろ?
 ボクもいちおう、社会的立場を得たからな。
 表立って動けない反面、あっちからも手は出しづらい。
 それも後方支援にはなるだろ。ボクは、替えの効く仕事はするつもりないしな」

そのとき動きやすくなる伏兵こそ、真の主役。大本命だろう。
――我こそは、と足を踏み出すのは誰かは、未だ見えずとも。

エデン-H-プランク >  
「そうね、私が目覚めた事自体は、クラインにとっては想定外の事だとは思うけど。
 もう知られてる、と考えておいて問題ないわよね」

 手にしている情報量に関して、クラインの方が多い事は間違いない。
 となれば、そこから推測できる事も相手の方が多いのは当然。
 自分が最大の変数だと思い込むのは危うい。

「――ほんとに。
 私が目覚められちゃうくらいには、尖っちゃってるのよね。
 回収、最悪でも破壊はしないと危なくて困っちゃう」

 だからこそ、事故の真相、原因を知っている人間や組織が回収する。
 目くらましの事故として起こしたというのなら、当然、織り込み済みだろう。

「あら、私は起きたら手元にあった設計図を、折角だし作ってみようと思っただけよ?
 でもそうね、その通りよ訪問者。
 普通にやったら、思惑通りになっちゃうもの」

 そして『だからね』と前置きしてから。
 白い指を一つ、楽しそうに笑って立てた。

「あなたが星核を回収しましょう。
 ふふっ――ええ、表向きは」

 至る結論は同じ。
 変数が足りないのなら、演出すればいい。
 赤い少女も、エデンも、芸術家(アーチスト)だ。
 それも、観客を驚かせるのが大好きな。

「ええ、目には目を。
 クラインの注意をあなたに惹きつける――その結果、あなた自身は動きづらくなるかもしれないけれど。
 むしろ、あなたにも好都合とも言えるわ。
 それだけ目立てば――クラインから接触があってもおかしくないもの」

 そうすれば、少女への報酬として提示した、クラインとの面談。
 それも、比較的容易にかなうだろう。
 互いに欲しい物を得る取引にもなり得る。
 

ネームレス >  
暁の鍵(アレ)は――」

渡した設計図。星核を動力に、自分の理論を組み込んだ矛と盾。
実現でき得るなら、それはとてもおもしろい結果を産み出すがだろうが、それなら。

「もし完成することがあれば。
 転がったら面白そうな伏兵(ヒト)に渡してあげて」

あらためて、椅子に深く腰かける。

「それで――」

笑みのまま、首を傾いだ。

「ボクはなにをもって、エデン(キミ)を信用すればいい」

回収した星核を託す、という判断をするにあたり。
実のところ、一番大事なのはそこだ。

「ボクがやることは、事件発生の初動から、現在に至るまで。
 あの汚染地域に関わって、我こそはと戦った者たちのバトンを、受け取るコト。
 先駆者である島民たちが、危険を押して踏み固めた荒れ野を歩かせてもらうコトだ。
 十分な報酬を支払われるべきは、それこそ表立った英雄である彼らであって……
 そこに、過剰にボクの利益を追求するつもりはないよ。
 ……しばらく眠れてなさそうな娘と会ってね。きっとだいぶヤバかったハズだ」

ココアをひとくち啜って、じっと見つめた。
クラインとの接触は興味深く、望むところではある、が――
個人の目的としては、彼女の理想と計画を叩き折れさえすればいい。

「報酬は、信の根拠としては成立し得なくなった。
 エデン=プランク。キミ個人にあらためて問わせてもらうよ。
 "なぜ"と。つぎ会うときに、その回答を聞かせてもらう」

回収した星核を託すか否か。
徹底している。この存在が恩を感じ、ある程度の信を預けているのは星護であり、
眼の前にいる桃色の少女(エデン)ではないのだ。
個々の人格を別人と尊重するがゆえに、積み重ねばならない信の根拠を求めた。
実績も、信頼も、積み重ねてきた人間は、対等な人間を計る視座で求めた。
――まあ、身近に二重人格っぽい(そういう)のがいるし、無視できない話だ。

エデン-H-プランク >  
「あら、あなたが設計者だったのね?」

 それなら納得、とばかりに微笑む。

「ええ。
 その時は、面白そうな子に渡してみるわ」

 そう笑っていた美少女の表情が、きょとん、として。
 次に目を丸くして、少し困った顔になり、にっこりと笑顔になる。

「美少女芸術家同士のシンパシーを感じて!
 ――なんて言ったら、怒られちゃいそうね?」

 わざわざ言ってから、くすくすと笑う。
 こういった仕草は――あまりにも『ポーラ・スー』と酷似している。

「あら、次なんてもったいない事言わないで?
 とても簡単な事よ、愛しい人の子。
 私は、有瑠華を愛しているの。
 あの沈んだ船(はこぶね)の家族たちを愛しているの。
 だから、有瑠華を救いたいし。
 ――道を踏み外したクラインを止めたい。
 これ以上、あの子が罪を重ねないように」

 言いながら、エデンはカップを手に取り口元に運ぶ。
 当然それらは全て立体映像で、エデンは寂しそうに微笑んだ。

「方舟に居た私の大切な家族たちは、もう殆ど生き残っていないわ。
 けれど、私たち(・・・)はそれぞれの意志で、誰もが、次代の子達を守ろうとした。
 ――現代(いま)はもう、古い理想、古い時代の人々の物じゃない。
 明日(これから)を生きる子たちに、引き継いで、譲るべきなの。
 多くの困難も、朝日を見る幸福も、この子達の物であるべき――そうでしょう?」

 そうして、エデンは見惚れるほど深く愛しそうな表情で、生命維持装置に浮かぶ、有瑠華の事を見上げる。
 エデンにとって――否、第一方舟に居た研究者たちにとって。
 全てはもう終った事であり――終わらせなければいけない事。
 そして、未来(これから)を、過去(これまで)の憂いなく、次代へと手渡さなければならないものだった。
 

ネームレス >  
「知らない」

そうでしょう、と問われれば。
吹雪のように冷たい声が、即答ともいえる速度で翻った。

どうあるべきかなんてのは、胸のなかにだけあればいいから」

そして、己にだけ架されればいいものだと。
"悪いが"、と言わんばかりに首を横に振る。

「――先ず、ボクは。
 他人(ボク)のことを、"人の子"とか呼ぶ手合は信用しないコトにしてる」

道化ぶって、肩をすくめた。
自分より上など、存在しないと考えているがゆえに。
この世界にはもう、人間以外は必要ない
それをいかに解釈するか――そんな時代と見ていた。

「意志だの現代だの理想だの未来だのは、どうでもいいコトだ。 
 その気取った上位者面は、キミの顔と胸に免じて一回だけなら見逃すよ」

結局話していたのは個人だ。
エデン=プランクという、人間とだ。

「で――」

偽りは許さず。

「さっき話したコトにあった……
 どうあるべきかと、どうしたいか

信ずるに値するかを定めるのは、

「どっちかだけにしてくれるかな」

キミはどっちだ。

エデン-H-プランク >  
「あら――厳しいのね」

 赤い少女の言葉に、楽しそうに笑みで答える。

「ふふっ、美少女でよかったわ。
 いきなりあなたと決別なんて、寂しすぎるもの」

 心底、楽しそうに笑いながら、空色の瞳を細めて、少女を見つめた。

「私は、私の愛する家族を助けたい。
 ――結局、ただそれだけの事なの。
 エデン=プランクの思い残した、やり残したことをやり遂げたいのよ」

 そう言って、組んだ指の上で微笑んだ。

「それじゃあ、駄目かしら?」

 どうあるべきか、と、どうしたいか。
 それなら答えるのは、エデンがどうしたいのか、だった。
 なら、それはただ純粋に、家族のために。
 なによりも愛しい者たちのために、星になるまで飛び続ける事だった。
 

ネームレス >  
「言っとくケド、ボクが特別優しいだけだぜ。きっとな。
 そういうことなら――ひとまずは、信じよう。まずは最初の一歩」

楽しそうな様子に、肩を竦めて鼻を鳴らした。
無礼者が無礼を咎める冗談のような光景に、茶々を入れる者は残念ながら不在だ。

「有瑠華と、クラインと」

そうなると。

「……焔城鳴火もか。助けるの解釈にもよるケドな……
 愛しい子とやらはともかく、リストに載ってた何人かにアテはある。
 ボクならやれる後方支援(バックアップ)の方向性も定まってはきた」

あらためてココアに――自分のものはホンモノか――口をつけた。
どうするかな、と眉根は寄せている。
肉体。今を生きる人間は、ナマの欲望にしか興味がないのだ。

「星護の肉体(カラダ)は、手持ちの札で一時的に補う。
 もちろん、そのままでいさせるのはリスクが高い手段だから、
 時間をかけて生身に置き換えていく必要はあるケド……
 孤児院へ復帰するのは、じきに出来るようになるとは思う」

"助ける"、の一貫としては、それが提示できる利益として確かなもの。

「で、眼の前にある問題は。
 星核を三つ搭載したレーシングマシン顔負けの感染源が未だにみつかってないコト。
 相応に警戒心の高い個体――かつ、星核は破損すると汚染をばら撒く、とくれば」

ここが大問題。
探査そのものは、得意な者が先行しているらしいが……
今日ここに至るまで汚染地域に関わった者たちが作り上げた地図と情報、環境。
それらをもってして、未だ発見に至っていない相手を、
火力で吹っ飛ばすのが危険となると――まぁ、

摘出手術ができそうなのをひとり、
 護衛として連れていきたいんだケド……構わないかな」

もとから連れていくつもりだったが。

エデン-H-プランク >  
「あら、優しいのかしら?
 ふふ、じゃあ、優しいって事にしておくわね」

 少女の挙げる名前に、うん、うん、と頷き。

「そうね、少なくとも命が無事なら――この島ならなんとでもなるでしょう?
 んー、それじゃあ、バックアップは頼りにしちゃうわね」

 ココアのカップに、疑念を抱く様に口を付ける様子を面白そうに眺めながら。

「ええ、わかったわ。
 こっちでも、星骸計画を応用して体を作る準備はしてるから、お互いにプランを進めましょう。
 手段は大いに越した事はないもの」

 そう答えて、目前の問題になると困った顔をする。

「ええ。
 見つける事はきっと、あの子ならしてくれるでしょうけど。

 ――あら、そんな子がいるの?
 ええ、もちろん、手段は任せるわ。
 ただ本当に危険だから、気を付けて頂戴ね?」

 エデンに言える事はそれくらいだ。
 この場から離れる事の出来ない、いつ消えるかわからない意識の投影。
 現地に向かう相手に贈れるのは、気遣いだけだ。
 

ネームレス >  
「有瑠華は現状は問題ないとして。
 鳴火は彼女と……その協力者次第だな」

なんとかなるというには細い線だが、
少なくとも死なせに行くことは、明臣(カレ)ならしないだろうと判断。
そういった納得できないことに――乗りかかってしまったのなら、降りはすまい。

「……クラインについては、どうかな。
 ボクはあくまで、計画の阻止が本命で――命をどうこうするつもりはないケド。
 眼の前に連れてきてあげられるかはわからない、とは言っとくね」

現状、風紀委員じゃないから――逮捕権なんてない。
当然、自分が誰かに先を越されたり、命を望むものがいるかもしれない。
おそらくその時には、自分は後方にいるだろうから。
結局は、いまは誰とも知れぬ主演がいかに踊るかになってくる。

「それじゃ、ボクはいきまーす。
 いろいろと準備もあるし、ワタクシゴトのお仕事もあるし。
 ……まず、護衛を捕まえなきゃいけないから」

立ち上がり、踵を返すと。
気をつけて――その言葉に、肩を竦めた。

聖火(バトン)を繋ぎに行くだけだよ」

汚染地域に向かった者たちのどれだけが、彼女から直接その言葉を向けられたのか?
そう考えれば、自分だけが受け取るわけにはいかないものだった。
自分はただ、そこに役割をこなしに行くだけに過ぎないのだから。
仕事はこなすさ。言うまでもない、社会に携わる者の当然の義務だ。

「だからキミは、助けたいモノのことだけ考えててイイんじゃない?」

広く分け隔てないものより、狭く強い執着のほうがより確かに思える、そんな存在だった。
そう言って手を振りふり、緋の法衣はその場を辞する。
軽やかに、どこにでもいける歩で。

エデン-H-プランク >  
「鳴火に関しては、ええ、そうね。
 ただ、脳波が不安定なのが心配なのだけど」

 また投影のパネルを呼び出せば、そこにあるのは、焔城鳴火のあらゆるサイン(バイタル)
 今のところ命に不安はないが、脳波が時折異常値を示している。
 ただ――協力者が信頼できるのだろう。
 不安を示す異常値も、あまり長い間は続いていなかった。

「それは勿論。
 全て――立ち向かう子たちに任せるわ。
 どんな結果になっても、受け入れる覚悟はあるもの」

 それは、少しだけ強がりだ。
 本当なら直接会って、話がしたいと願わずにはいられない。
 けれど、その時にはエデンは消えて、有瑠華のはずである。
 なら、後は己の星を継いでくれた子に任せるだけだった。

「――ありがとう、愛しい訪問者。
 あなたが、確かにバトン(・・・)を繋げると信じてるわ」

 けして博愛ではない少女の言葉に、博愛の化身のような美少女は笑う。
 軽やかな歩みを見送り――

「――ええ、やっぱりもう、私たちの時代ではないみたい。
 はあ。メビウス――きっと今こそ、あなたが必要だったわ」

 そう、微笑みながらも悼むように、切ない笑みを残し。
 立体映像は、電源が落ちるように消えるのだった。
 

ネームレス >  
――エントランス。

「ああ」

係員――病院と違って、受付があるわけじゃない。
すれ違い様に白衣を着たひとりを呼んだ。
顔を見てぎょっとする相手をよそに、法衣の裾から一枚の紙片を取り出して、
ペンでさらりと末尾に追記すると、

「――の部屋にこれを」

受け取った係員は、病院ではないのだが――と言いたげだったが。
それをよそに、鼻歌まじりに歩を進めて施設から姿を消した。

ネコマニャンの描かれた子供向けの快気願い(ゲットウェルカード)は、
花束を置く場所がない部屋への、せめてもの見舞い品だ。末尾にはこうある。

――演奏とココア、ごちそうさま。

ご案内:「医療施設群 医療研究施設 〇ロ号処置室」からネームレスさんが去りました。
ご案内:「医療施設群 医療研究施設 〇ロ号処置室」からエデン-H-プランクさんが去りました。