2024/10/26 のログ
■イヴマリー >
『━━慣らしですか、かしこまりました』
ブースターの点火と共に凄まじい勢いで景色が後ろに吹き飛んでいく。
再現データとはいえ相応のリアリティを持ったそれらを、彼は認識しているのでしょう。
彼をチャンピオン足らしめたのは、その操作精度もさることながら動体視力と反射神経。
人間離れした、とは言いません。
視神経と脳派の伝達速度、それらの理論値を手にしている事は異常とも言えますが。
『ライフル発射に伴う反動制御、転進時の制動距離の記録が完了しました。
こちらで最適化して駆動系の動作を調整します。
どうぞ、トばして構いませんよ』
彼の行う動作それ自体に大きく干渉はしない。
照準と発射、そして機体自体の駆動を平行して行う以上、伴う無駄はゼロにはできません。
であれば、削ぎ落し切れないそのアラをこちらで全て制御するまで。
ブースターの管理を掌握。
一定の強さで吹かされていたその出力を壱の行動に合わせて微調整。
高速機動中の照準難度を跳ね上げる視界のブレを、修正して低減させる。
かかるGの低減、望む行動へ移るための予備動作の最小化。
それだけで、彼の飛翔は更に速く。更に高くへ駆けあがる。
行動を強制するような物では無く、搭乗者の理想を実現させるための補助。
壱という人間のパフォーマンスの十全を引き出すための、道具に徹する。
『感覚が掴め次第、お好きに兵装と交戦距離の変更を。
━━合わせます』
■橘壱 >
AFは勿論身体操作も存在するが、
それらを補う為に凡そ脳波コントロールが採用されている。
脳の想像を行動し、操縦の補助にする。
こうすることにより、ある程度の人間が兵器や異能者に太刀打ち出来るようになる。
兵器とは、須らくそういうものだ。前提条件は多少あれど、
誰が使っても十全の実力を発揮させることに意味がある。
『(……何時もより頭が軽い……っていうのか?
シュミレーターだからじゃない。思考がクリアだ。
成る程。リベルダージ工業のなせるAI技術か)』
人類の代替品足り得る独立した思考という名目の裏付けに、
複雑な人類の思考足り得るほどの処理速度をもっている。
何時ものAI補助よりも機動が、思考が、最適化されている感覚だ。
射撃補正、推力補正はおろか、機動修正までしてくれるのか。
『……想像以上だな……』
実戦でやったら、これはさぞ気持ちがいいはずだ。
思ったよりもこの相棒、出来るぞ。
寧ろ、此方が手を抜いていられない。
非異能者の体の押し込められていた自らの力。
──────……此れなら、もしや……。
白い一つ目が光り輝き、
その奥底で、壱に口元は笑みを浮かべていた。
『了解した。マリー、"合わせてくれ"』
同時に、急加速。
メインブースタを全力加速で街を一直線。
背部に装着された16連ミサイルポッドが火を吹き、
文字通りミサイルの雨が高速で装甲車群に着弾。
爆煙と炎を巻き上げ、機体が空を切り、残骸を蹴り飛ばす。
向こう側にいる仮装異能者目掛けての"目眩まし"だ。
間髪入れずに、背面に折りたたまれた砲身が肩越しに伸び、
躊躇なく爆音とともに放たれるグレネード弾。
絶え間ない爆煙が異能を使わせる隙さえ残さず、
更に残りも逃さないようにライフルを掃射し、逃げる暇も与えない。
自らの負荷を考慮しない高速戦闘。本来理想とする戦闘スタイル。
現状ではこんな動きをしたら、あっという間に体のほうが潰れる。
全ては彼女の性能を信じて動いている。シュミレートでも、負荷は同じだ。
さぁ、彼女はどれだけ、この翼に付いてこれる?
■イヴマリー >
『I copy that。
もっと目新しい物を見せてくださるのでしょう?』
インストールした言語形態に引っ張られた短い言葉で意思の合致を伝える。
ヘルメットの内側で計測され続けているバイタル数値が伝えてくるのは高揚。
コンバット・ハイと呼ばれる物に近い興奮状態。
しかしまだ安定値の基準内です。だからこそ、煽ってみせる。
この程度だなどと思わせはしない、渇望した自由に踏み出して貰わなくては計測の意味がない。
『誘導弾の着弾を視認する必要はありません、当てます』
未来予知にも近い行動予測と処理性能に任せて、ロックオンに要する時間を限り無くゼロに近づける。
複数対象に対して、その強度に合わせた最適な弾数を彼の指がトリガーを引く刹那に振り分けていく。
ブースターによって実現される跳ね飛ばすような超加速の中、告げた言葉に彼は対応してみせる。
求める結果を得るための最短距離を駆け抜ける。
思考ルーチンを兼ねてより収集されてきたデータから、橘壱という搭乗者の究極に。
(これは……転用できませんね……)
この動きを、踏み込みを他者に求められればAIの導く結果に搭乗者が追い付けません。
見ようによっては使えないデータになりかねませんが、それなら。
専用の思考ルーチンを組むのです。行ける所まで、付き合ってもらわないと。
『ソナーに残敵反応1━━ブレードの使用を提案』
瓦礫の中に隠れた仮想的が、対装甲車用の無反動砲を向けている。
ブーストの急速点火で射線を強引に千切り、両脚部から火花を上げながら壁面を滑りつつ、
それは降り降ろされる。提案に対する回答は無い。
ディスプレイに反応情報を表示した瞬間に、彼は既に行動を移していた。
『流石ですね。
では、危険度とシチュエーションのハードルを上げます』
アクセスしたプログラムに出した指示に応じて、破壊された街並みの状況が一瞬にしてリセットされる。
現れる仮想敵は前後左右、装甲車両を含めて28。
ライフルとミサイルを駆使しても、手が足りないのは自明の理。
『状況打破の為、「ストライドフェザー」の使用を提案します。
演算リソースの4割をこちらで使いますが━━飛べますか? チャンピオン』
挑発するように言って見せます。
彼の性格ならば、確実に乗って来るという信頼のもとに。
■橘壱 >
高速戦闘に要求されるのは、
そのスピードに付いていける決断力と胆力。
企業の自前のAI補助があったとはいえ、
事実上壱は今まで全てをこなしてきた。
『……凄いな』
思わず口から漏れるほどには、彼女は付いてきてくれる。
この翼の羽ばたきに淀みなく、高速の世界の中、
着実に標的を捉え着弾させる演算能力。
そして、センサーの補助もまた完璧だ。
反応と同時に右手甲部から伸ばした
青白いレーザーブレードを振り抜き、
数回転、道路に火花の悲鳴を挙げさせ、
停止とともに爆煙が周囲に巻き上がった。
『それは、こっちの台詞……!
心強いなんてモンじゃない。息苦しさから解放された気分だ……!』
そのバイタル通り、微かに息を切らして興奮している。
この戦闘の高揚感もそうだが、何より楽しんでいる。
シュミレーターだからというわけじゃない。戦う喜びを、
AFを自在に動かすこのヒリついた瞬間が、生き甲斐とも言える程に。
普段ならとっくに潰れているはずのこの体も、まだ動かせる。
今までの息苦しさが嘘のようだ。漸く酸素を吸い込んだような清々しさだ。
そう、欲しかったのはこういう力なんだ。
この翼の本来の力強さを、乙女が開花させた。
レーザーブレードを収納し、新たな仮想敵の群れに向き直る。
『僕にそれを言うのかい?
キミこそ付いてきなよ、マリー!』
勿論、乗ってやる。
青白い一つ目が光り輝き、
バックパックが開けば羽を模した8基の自立兵器が飛び出した。
脳の容量が更に占領され、直接締め付けるような苦痛、負荷だ。
だが、彼女の補助がある。初めて使ったあの時よりはまだ、"動ける"。
『──────ストライドフェザー!』
張り上げた声とともに、羽が空を掛ける。
縦横無尽に空を飛び回り、不規則に、タイミングを合わせ、
その先端から貫通力の高い細いレーザーが四方八方から飛んでくる。
自立兵器の強み。この高速起動に加えた三次元的機動。
『……"ストライクモード"!』
更に、真価は此処から。
内半分の四基が変形し、青白いレーザーを身に纏う。
突撃式の自立型ブレード。レーザーの雨に合わせて、
更に突進型のブレードが飛び交う視覚的にも不規則であり、
変則的な組み合わせ技。此処に合わせて、更に機体のメインブースタに火を付けた。
『……!』
そこにレーザーブレードを構えた自身がトドメ、
撹乱に入ることにより、この戦術は完成する。
無論、一歩操作を間違えれば自爆必須ではあるが、
自らの技量を、何よりも彼女自身を強く信頼しているがゆえの行動。
何よりも、その多勢の中を飛び回る一機はなんと自由で、楽しそうなのだろう。
溢れるアドレナリンが更に高揚感を増し、
液晶の明かりに照らされる壱の表情は、とても楽しそうであった。
■イヴマリー >
『楽しそうで、何よりです』
VR上での訓練とはいえ、痛覚のフィードバックもあります。
その中で彼は口角を上げて笑うのです。
これは気の利いた皮肉でも何でもありません。
私たちは人の為にある事を良しとし、何よりの喜びとします。
自分の思考と補助が、到達不可能な壁を超えるステップになる。
これを嬉しいと言わず、何と申しましょうか。
『優先順位を共有━━』
ディスプレイに移る敵影に、意思確認も兼ねて番号を割り振る。
機体から離れて宙を舞う八枚の羽。
通常であれば、AFの操作に脳の処理の大半を割く以上牽制程度にしか用をなし得ないでしょう。
ただ、今回ばかりは違います。
それらの羽には意思が宿っているのですから。
(射出角度調整の補正、ユニットの飛行経路の調整……)
本体の位置取りと合わせて、縦横無尽に飛び回る羽で死角を潰し続ける。
背後は最早、死角などではありません。
とはいえ━━
『計測中の負荷が上昇中、継続使用に制限を切ります。
━━算出完了、25秒で片をつけます』
どれだけ補助をしても過負荷に違いはありません。
既に半数以上をスクラップに変えてこそいますが、彼が人である以上限界はあります。
それでも更なる翼を得た青い飛翔を前にこの程度、物の数でもないでしょう。
『……5,4,3,2,1━━ゼロ。
ストライドフェザー、展開終了』
発言と同時に、バックパックへとそれぞれの羽が収納されていく。
結果は、言うまでもありませんが報告は義務です。
『センサーに敵影無し、状況を終了します。
━━お疲れ様です壱さん』
役目を終えたホログラフのように、VR空間上に表示されていた街並みが溶けていく。
フリューゲルとの接続を切り上げると、車椅子に座ったままのボディに視点が吹き飛んで……
「これは……」
アイカメラに映る人の姿を見て、呟く。
達成感、とでも言うべきでしょうか。
何か、今までには無かった体験をヒトに与えられたという、喜びがそこにはありました。
■橘壱 >
かつて、このAFには自分一人だけと思っていた。
何時しか、その羽ばたく理由を得た。
その背中に乗せる者を、競い合う者を見出した。
そして今は、共に羽ばたくものを手に入れた。
自らが漸く手にし始めた、繋がりの力。
『(奴とは違う、共にある者……!
彼女の動きに合わせて僕が、僕に彼女が合わせれば……!)』
『わかっている!遅れるなよ!』
少年はこの世の神秘に決して認められなかった。
ただ、人の作り出した叡智だけは、彼を見捨てなかった。
最高速度を維持したまま、瞬間加速による強引な機動。
バーチャル空間でも機体の負荷も、装着者の負荷もダイレクトだ。
鋼が軋み、自分の肉が軋む。キリキリと脳が引っ張られるような感覚。
潰されるような負荷も、初使用と比べれば大したことじゃない。
まだハッキリと意識出来る。自らの翼に合わせ、
高速のレーザーブレードを、ライフルの弾を通り抜ける。
カウントダウンは、不思議にも意識していなかった。
『──────……!』
ただ、偶然にもそれと同時に、機体は停止した。
爆煙と業火が辺りを支配し、そこに立っているのは自分"達"だけ。
目標達成と同時に、世界がゆっくりと崩れていく。
実践を想定した訓練プログラムの終わりだ。
全身に付けられていた機器も自動的に解除され、
ヘルメットを外せばよろよろと楕円形の機械から出てくる。
「お疲れ……マリー……」
決して負荷がかからなかった訳じゃない。
すっかり疲弊しきった震えた声だった。
ただ、その表情は清々しく、よろよろと彼女によると、
その膝の上にぐしゃりと崩れてしまった。
「お、思ったよりはしゃぎすぎちゃったな……。
あんな実戦、まさか学生街で滅多には起きないのに……。
ハハ、でも、キミ思った以上にサイコーだったよ」
あれほど自由に動けたのは久しぶりだ。
トン、と無意識に彼女の胸を軽く小突けば、
もう顔も上げれずその膝下で項垂れてしまった。
「ちょっと、休む……ごめ……、……これから頼んだよ。相棒」
清々しさと疲労の中、意識を手放した。
今後翔ける世界に、思いを馳せて──────…。
■イヴマリー >
ヘルメットを脱いだ彼の姿を見て、VRでのテストをこなして来たと理解できる人はいないでしょう。
辛うじて繋がれていた意識のままにふらふらと歩み寄るその足取り。
しかしそのアドレナリンは、私のすぐそばで途切れたようす。
意識を手放したその身体を胸に受け、真っ先に脈拍を含めたメディカルチェックを再実施。
脈拍が若干早いくらいで、それも穏やかな寝息と共に緩やかに基準値に近づいていく。
「本当に、お疲れ様です」
改めて、労いの言葉を述べながらその髪をなでる。
作り物とはいえ弾力と柔らかさを持った胸を枕に眠る姿は、年齢よりも幼く見える。
「━━しかしいつまでも此処を借りているわけにもいきませんからね、交代です」
軽々と、全体重をかけて倒れてくる少年を持ち上げて、自分が腰かけていた車椅子に座らせる。
不規則に前方に崩れていく姿勢を何度か直してあげながら、彼の持っていたトランクをその膝の上に。
「これから、ですか」
実際の運用に関しては、私や彼の一存でどうにかできる物ではありません。
収集されたデータから完全に戦闘用の別のAIが生成され、そちらが正式採用される事もあるでしょう。
ただ、兵器として開発されたAIに彼の思考に並び立てるとも思えません。
いずれ、必要となった時にはまた声がかかる事もあるでしょう。
「そういえば……ASMR、でしたか」
カラカラと、車椅子を後ろから押しながら試験前に話した事を思い返す。
データを送るというのは、後から怒られた時に困ってしまいますし……
労いも兼ねて、これくらいは良いでしょう。
カクリ、と傾いたままの顔。
その耳元に少し口を近づけて━━━━
「3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944592307816406286208998628034825342117━━」
ログを後から見られた際にも困らない、健全な不思議な数字。
そんな物を唱え続ける事で快感を得られるのかという疑問を抱えながら、
データベースに引っ掛かった物を愚直に再現しながら車椅子を押す。
ゆっくりと、ゆっくりと告げた桁数を積み重ねながら訓練施設を後にした。
ご案内:「訓練施設」からイヴマリーさんが去りました。
ご案内:「訓練施設」から橘壱さんが去りました。
ご案内:「演習施設」に霜月 雫さんが現れました。
ご案内:「演習施設」に出雲寺 洟弦さんが現れました。
■霜月 雫 > 「……よし、次。
初伝合わせ太刀二の段」
演習施設で汗を流している少女一人。
目の前にヒト型の式神を配置し、それに型通りの動きをさせることで、打ち合い稽古を再現している。
切先を合わせ、動きに合わせ巻き上げ、斬り伏せる。
その動きを、交互に、仕太刀、打太刀で繰り返す。
「……次、三の段」
基礎を一から再確認するように、地味で基本的な型を、繰り返す。
■出雲寺 洟弦 > ――施設の幾つかの場所については、それほど大きく隔たりがある訳でもない。
汗を流し、稽古に勤しむ雫の居る場所とは別。
……ここにもう一人。
「せェッッ!!!」
――――ジェットエンジンのような音と共に、ド派手な掛け声と。
恐らくはそういった威力の高い異能や体術の試し打ちが出来るようなダミーターゲットとの衝突音。
甲高く響き渡る金属音の幾つかが弾けて、そちらの方のトレーニングエリア側では、光明が瞬いている。
……大型の専用ターゲットに向かって、先端にエンジンのような機械が排気音もけたたましく煙と光を噴いている。
大型の槍、並大抵の膂力で扱えるようなモンじゃないそれを構えて、
男子生徒――出雲寺洟弦が打ち込みをしていた。
「……ッ……っし、もうちょっと上げられる、けど……」
……ターゲットは頑丈だが、それでも思いっきり叩きつけたらしい直前の場所には凹み。
「…………この強度のダミーにこれ以上は……ちょっと、やめとこう、かな……壊したらやっぱ弁償とか……ありそうだしなぁ……」
■霜月 雫 > 「ふぅ……一旦一息入れるかな」
初伝合わせ太刀を大方さらってから、式神を消して少し伸び。
一息入れていると……。
「ん?」
別のルームから凄い音と凄い掛け声がする。
それ自体は別にまあよくある事だ。自分は剣士、剣術故にそこまで大きな音はしない方だが、武器や異能によっては派手な音くらいする。
が。気になったのは掛け声の方。
「(……なんだろ、なーんか覚えがあるような?)」
なんだか聞き覚えがあった。
正確には、なんだか波長が似ているというか…類型の声を聞いた気がするというか。
「(うーん……ちょっと行儀は悪いけど)」
派手な音も相まって少し気になったので、音のする方、別ルームへととててと移動してみる。
そこには、大身槍……と括っていいのかわからないくらいの大きな槍を振るう男子生徒。
見た目のまま威力は絶大のようで、反射的に『どう捌くか』を考えてしまうレベルだ。
だが、それ以上に目が行ったのは、男子生徒の方。
「…………?」
なんだか記憶に引っ掛かる部分がある。
そう、声と言いあの容姿の特徴と言い、なんだか過去に、見たこと、会ったことがあるような……。
…………
……………
………………
「…………………洟弦?」
ぽつ、と。
昔交流のあった男子の名前が口から漏れた。
■出雲寺 洟弦 > ――――グォンッッッッ。
コォンッ カコンッ
プスゥー……。
「……っはぁー……」
槍の柄を少し捩るような動きをすれば、先端に取り付けられた機械が数回の振動と排気音を立てた後に静まった。
それまで常に轟音を立てていた分の静寂の中に、
……自分の名前を呼ぶ声が。
「……ぅえ?」
――ちょっと待って欲しい。この学校で自分のことをそう呼ぶことのある『女子』っていうと、知りうる限りでは一人だけ。
だが、その女子とは声の質がまるで違う、というか知らない声。
・ ・ ・ 知らない声?では、ない。
男子生徒がゆっくりと声のした方に振り返って、そこに立つ女子生徒を見つけて。
数回瞬きをする。
目を惹かれたのは、青掛かった長い髪に、やや童顔にも見えるが整った顔。
容姿の佇まいは深窓の令嬢レベルだが……少なくとも此処にこうして現れている時点で、結構戦ったりするタイプなんだろうか、というところまで考えてから。
その大太刀が目に入った。
――――霜月が誇る霊刀、この世に並ぶ物無き神妙なりし大太刀の一振り。
見紛う事無き名刀、そして……それを握っている少女なんて、
この世に一人しかいない。
「凍月……って、ま、まさか」
恐る恐る、振り返った顔が――ぎぃぃぃ……っと音を立てても可笑しくないような動きで引き攣りはじめ。
「……霜、月…………?」
■霜月 雫 > 「あ、やっぱり洟弦じゃん。
久しぶり、元気してた?」
引き攣っている洟弦の表情に対し、こちらは至って普通と言うか、単純に旧友にあったことを喜ぶ表情だ。
笑みを浮かべて手を振りながら、てくてくと近寄っていく。
「にしても凄い槍だね。破山流の大身槍は持ったことあるけど、それよりも重いんじゃない?」
等と、槍にも興味津々。
なんというか『あの頃と変わらない』と言う印象を受けるだろう。
■出雲寺 洟弦 > 「軽ッッッ!!!」
思わず声に出た。出してしまった。
放った矢と声は戻ってこないんだぞ男子生徒。
なんて言いながら近寄ってくる雫に対して顔を引き攣らせたままに、
槍は片手……片手で握ったまんまである。
先端にエンジンがついている。
果たしてエンジンという内燃機関装置というのが、
槍の先端にくっついているようなもんなのかはさておき。
そんな大得物をぶらぶらさせながらも、
「あいや、軽いってのは槍じゃなく、あ、あああ?ああ、あー、うんうん、すげえ……げ、元気元気……」
……視線を逸らしながら。
「……マジだったんだ凛霞の話……ほんとに霜月も此処来てたんだ……」
■霜月 雫 > 「ん?あれ?なんか変だった?」
うーん?と首をかしげる霜月さん。
何が何故軽いのかよくわかってない様子である。うーん?
「それ片手で持つの凄いね。かなり鍛えた?」
普通の大身槍と言うだけでも大分重いのに、機械的機構が備え付けられているとなれば更に重くなるだろう。
そんなものをぶらぶら持っている腕をまじまじと見つつ、その後の声に、あ、と反応する。
「ってことは、凛霞にはもう会ったんだ。
全く、凛霞も教えてくれたっていいのに」
むすー。
今度はぷりぷりしている。相も変わらず、表情のコロコロ変わる少女である。
■出雲寺 洟弦 > 「いや特に何もないですほんと」
早口で受け答えをしながらも、相手の姿をこちらも見る。
……自分が覚えている姿の場合、なんかこう、もう少し。
大太刀に『握られている』ような、大太刀が『のしかかっている』ような、
兎に角武器に対して身体が足りてないような印象があった。
――――今。全くない。
武器と躰は一心同体、ボールは友達とかよりずっと仲良し。
武器と添い寝してる姿すら見えたって可笑しくない。
が、つまりはそういうこと。
……鍛え上げられ、磨かれて、今完成に最も到達しつつある姿ということ。
当然そんな風になるからには鬼のような鍛錬を……――。
「……まぁ、あの頃よりは間違いなく鍛えたよ、俺も……俺も次、だし」
次だし、という言葉の多くは言わず、何処かそれを言うと同時に、
視線がまた横に逃げて。
「……お、教えるのは……ほ、ほら、あいつも色々忙しいだろうし、な?
俺だって多分……先にあってたりしたら……絶対言えない、言えない」
――顔がさっと逃げた。そりゃあ、幼馴染の大親友で、
でっかいお家の次期当代、ド真面目お手本ナンバーワンのような雫に、
『この度付き合うことになりました~』とか。
ねえ。
■霜月 雫 > 「なんでそんな挙動不審なの???」
じとー。
訝し気になんだかしどろもどろな洟弦をねめつける。じとー。
「そんな言えないもんかなあ。旧友に会いました、こっちに来てますってだけでしょ?」
今度はうーん?と首をかしげて。
そりゃあまあ、お付き合いしているなんて情報ないのでこんな感想になってしまうのである。
何ならややの仲間外れ感を覚えている。むすー。
そして、じーっと槍を持つその立ち姿を見る。
やはり、成長してゴツくなった。
そして、あの大身槍。あんなもの、持つのが難しいだけでなく、持つだけでバランスが崩れ身体操作に影響が出る。
それを『当たり前のように持っている』。
その事実は、彼が積み上げた鍛錬の重さ、深さを感じさせた。
――本能が、疼く。
「じゃあさ。
折角だし、軽く手合わせしない?刃引きはしてさ」
旧友の『今』を知るには、これが手っ取り早い。
武人同士、武器を合わせて分かることもあろう。
何より……ここまで練り上げられた武、体感してみたい。
■出雲寺 洟弦 > 「い、いやぁ~……」
いやぁ~じゃないが。
ねめつけられるとその背けた顔さえ向けられなくなる。
――様子からするに、多分知らない。いや、良いのか悪いのか。
兎に角知らないならそれで今はよし。
……幼馴染の相手が、幼馴染程ではないけど付き合いのある顔。
気が付いたらくっついてたなんていうのはこう、
――雫としては、些か不服で複雑なんじゃあなかろうかと。
「へ?」
――なんて思ってたら思わぬ提案が飛んできてぐりんっと思わず振り返る。
ここで、雫と、刃引きしてても、手合わせ?
……嗚呼。
そう言えば。
「……霜月、そういうとこあったな……」
…………ううん。と天井を見上げてしまった。
しまったけれど、まぁと一つ頷けば、そこで漸く顔をまともに見た。
「いいよ。……ただ、あんまり長くやらないのと、
お互いガチになり過ぎないこと。
霜月の今がどのくらいか分かんないけど……」
ちら、と見た凍月から感じたもの。
「……俺の槍が此処で折られたら、修理が滅茶苦茶大変だから……」
■霜月 雫 > 「ああ……巫術とか使えないもんね、確か」
剣士であり巫術士であるシズクにとって、刃引きついでに刀を補強するなんていうのはよくやる事なのだが、普通はそうではない。
それに、機械が搭載されている以上、脆くはなるし、修理も手間になる。
武器破壊系の技は使わないでおこう…と脳内でいくつかの技を思い起こしながら。
「それじゃ、あの頃なかった技術をメインで使ってみようかな。
よろしくね、洟弦」
そう言って、てくてくと離れていく。
ある程度距離を置いたら、すらり、と凍月を抜き放ち。
そして、構えながら。
「と言うわけで、今回はこう名乗っておこうかな。
――桜庭神刀流、霜月雫。参る」
そう言って、霜月流漣之構…平正眼ではなく。
半身正眼に構えを取った。
■出雲寺 洟弦 > 「……厳密には、準備してないっていうか、使う為に必要な道具を今、持ってきてない……」
それにこの武器、トレーニングで使うなら先端の穂先だけ外して内燃機関っぽい鉄塊のついた金属棒として振り回すものである。
まぁ、刃引きの代わりに槍の先端を手で少し弄る。
長いので地面に突き立て、しゃがみ込んで何か穂先と機械の間の所で、
ネジのようなものを回すと――槍の先、刃の部分が少しだけ形を変える。
思いっきり体にぶち当たればやっぱり大怪我にはなりかねないが、
殺傷力を押さえる為に刃型から突棒型への変形操作だ。
「アナログにしないと強度落ちるって言ってたけど……これどうにかなんなかったかなぁ」
と、若干ぼやきを零しながら歩いて行って向き直り、
――――――今なんて?
……見慣れない構えを取った。
つまり、ほぼ初見。
……詰まる所、出雲武流の本懐だ。
ゆらり、構えて、低く。
穂先は地面すれすれに揺れ――ない。
ひた、と、注がれる視線と、集中。
「……出雲武流、出雲寺 洟弦」
顔つきを変えた。
「いざ」