2024/10/27 のログ
■霜月 雫 > 「(……良い顔だね。手ごわそうだ……!)」
切り替わった表情を見て、一層気を引き締め、洟弦の構えを観察する。
大身槍を遣う流派で知っているのは破山流だが、アレは大身槍の威圧感を活かすために中段に構える。
だが、目の前の大身槍は下段に構えられている。
出雲武流…と言う流派の知識はないが、下段に取るということは防御的な流派なのか。
それとも、刀は下段への対策に難があるという弱点を突いての下段なのか。
両方を意識の中でケアしつつ、自身の切先をゆら、ゆらと揺らめかせる。
――剣術に限らずだが、武術の流派にはそれぞれコンセプトがある。
シズクにとってのベース、バックボーンとなる流派である霜月流は、捌きと斬り返しによる連撃を主とした回避と手数の流派だ。
そして、今回使用している桜庭神刀流は、中心を取り、相手の行動を掌握して対処しつつ、最小限の手筋で制圧するというのをメインとした流派である。
その初手。切先を揺らめかせ起こりを隠す『不知火の切先』にて牽制を仕掛け、下段に構えることによって晒される腕への攻撃を匂わせながら、スルスル、と摺り足で間合いを詰めていく。
そして、間合いのギリギリのライン。
洟弦の槍が届くか届かないか…の位置で、細かく出入りを繰り返して様子を見る。
攻めてくるか、待ってくるか。
それに応じて手を考えようと。
■出雲寺 洟弦 > ――――そも、出雲武流に於ける、"明確な構え"というものは、
少なくとも迎撃の時点では『存在しない』。
下段に構えるのは、要するに"洟弦自身の個人的な構え"であり、
そこに大きな理由を持つ訳ではない。
だが、最終的な『段階』へと移ろった時、
その構えは直ぐに切り替わるようにしている。
洟弦にとっては、その下段の構えが『切り替え』に最も適している、と判断したということ。
「(……あんまり他所のやり方に詳しいって訳じゃあない、が……)」
揺れている、その切っ先の動き――だけに気を取られないようには。
あくまでも槍のリーチ、自分の得意な間合いを維持する。
ただ、現状それで間合いの中に踏み込む様子もない。
その長さ同士でぶつけ合えるギリギリ手前というところで、
様子を見られている。
「(……ブラフの動きが、そのまま攻撃に転じれる。
……ひりつかせて、焦れるかどうかを見てるみたいだが……)」
見据えた眼は、あくまで視界を広くとって。
視披(みひら)くという形。全身を捉えて離さず、
また、自分のリズムを崩されることもない。
あくまで、今は、『待っている』。
■霜月 雫 > 「(広いね。
心の目の間合いが広い。宝蔵院流みたいだ)」
広く。
どこまでも広く。
一点を注視せず、全体を俯瞰する。
『観の目』や『大悦眼』と呼ばれる目の遣いか、それに近しい物であろうと当たりをつけつつ、出入りの誘いに一切乗らない辺りから、防御的、受動的な流派であると仮定する。
その上で。
「―――ふっ!」
間合いが重なった瞬間。
引かず、流れるように更に間合いを詰めつつ、下段にある槍の穂先に切先を当て、前進する勢いのまま上から抑え込む。
そして、穂先を制したまま間合いに入れ、胴体への突きを狙う。
――桜庭神刀流『抑突』
■出雲寺 洟弦 > 「……ッ!!!」
――重み。穂先に向けて切っ先が落ち、そこから長い柄を滑り上がって、
胴へと鋭く突きを入れてくる。
槍遣いにとって、間合いの有利を一気に潰されるこの技はキラーカードだ。
技巧によって力を制する動きとしてはスタンダードだ。
相手が並みの槍遣いならば。
「ッ――!!」
突きの『点』をただ凌いでも、そこから払う形で『面』に切り替われば、
避ける意味はなくなる。
長い柄を制する動きの今、『武器』では凌げない。
「ッぁあ」
――――――――ズドンッッッ !!!
だから、思いっきり『槍を押さえられる動きで地面に斜めに突き立てて』、
「ッぶ、ね」
脚で、 柄を、
――蹴り上げる!!!
「ぇええッッ!!!」
点だった槍が、『面』の壁になりながら、突きを放つ刀への横受け。
そこから薙ぎ払いになっても、『壁』が凌ぐ。
蹴り上げた柄を間に挟んで、突きを胴の軸から外して素早く踏み込みながら至近距離。一瞬でも離れた柄を再び掴み直して、微かに引き抜く動きから、
「ッせえいあッッ!!!」
――最小限の動きで、地面を抉った穂先が、水平に持ち上がる90度の縦薙ぎ上げが、刀目掛けて牽制を放つ、
当てる気はない、当たる気もしない、だが当たれば少なくとも手が痺れる程度の剛打――からそのまま、片手を支点としている。
起き上がる穂先、立った形から水平に戻る柄を脇で挟んで腕でレンジを調整。向かい立つ壁は、
そうして再び点、そして至近距離から中~長距離への牽制状態に立ち戻る。
■霜月 雫 > 「(ぐっ、重い……!)」
武器自体の重量に加え、筋力が腕の三倍はあると言われる足による蹴り上げによって乗った威力。
体重を乗せて抑え込む抑突でも、これを抑え込むことは出来ず。
故に、その力を真っ向から受けることはせず、外して威力を逃がす。
これにより刀が弾かれることは防ぎつつ跳ね上がった切先からの斬撃に切り替えようとするが……
「……!まずっ……!」
そこからの逆風に跳ね上がってくる穂先。
これに対してやや立ち遅れになったため、捌いて中に入る、と言う選択肢を破棄。
流れるように後ろに下がり、先ほどの拮抗状態に戻る。
改めて半身正眼に取り直し、わずかに息を吐く。
「――凄いね。そのサイズの大身槍を、そこまで遣えるなんて。
正直連撃が来るとは思ってなかったよ」
賞賛を漏らしつつ、改めて構えを観察する。
先ほどの、防御に入ってからの滑らかな動き。
まるで見えない攻め気。
おそらく、出雲武流は、大身槍の間合いを防御的に遣う守備的な流派だ。
ならば、それをどう崩すべきか……。
■出雲寺 洟弦 > 「……いや、不意を突かれたとはいえ、この構えをあっさり抑えられたんだから俺のほうがひやひやだよ」
――押さえ込まれた瞬間の、その穂先の最も重要な『致命の点』が。
余りにもあっさりと捕られた。
あの一瞬、瞬殺まで行くだろうと思っての必死の反撃であり、
正直もう少しばかり……もう少しばかり、"防戦"を維持出来ると思っていたのだが。
「……けど、初見殺しじゃなく、槍遣いが嫌いなことをしてきてくれたのは助かった。
あの技巧で前者を仕掛けられてたら――出雲武流の受けられる器のギリギリだったと思う」
拮抗に戻って尚、冷や汗が垂れる。
もう次同じ手は使えない、ただ、手合わせである以上、
ずっと防戦していたところでケリがつく訳もない。
…………そこで初めて、"穂先"が浮き上がり、
"水平"に、槍が構えられる。
「――――出雲流、転技」
――――ぐらり。
地面が 揺さぶられるような気迫 ゆらり
ぐらり 空気が重くなる ゆら
ぐら ぐら ずしりとのしかかるような ゆら
『穂先』に溜まる力。
「……槍技、」
――――踏み込まれる。 だが、違和感。
『力を溜めた穂先』との距離が変わらない。
「三浄(さんじょう)の一」
ッッッンォブ―――逆。
気迫と共に穂先が放つ圧力に、隠れて、
ゴ ォ ッッ
「岩車(いわぐるま)」
穂先のギリギリまで掴んだ状態から、遥か後方の柄が、薙ぎ払うッッ!!!
■霜月 雫 > 「そういう技を出しとけばよかったかな?」
実際、奇襲に近い技もいくつかある。
少し堅実に行き過ぎたか……などと反省しつつ、持ち上がる穂先に警戒心を強める。
「流石に、防御一辺倒じゃないよね。
――どう、来るかな?」
等と言っている間に、洟弦が迫ってくる。
強烈な威圧感。何度も稽古で相手をした破山流当主の威圧感に劣らぬ重み。
だが――違和感。
「(穂先が、来ない。
これは……!)」
洟弦は迫ってくる。
だが、穂先が来ない。それはすなわち。
「(宝蔵院流槍術、新仕掛五本目『柄返し』!)」
知識の中から、似た動作をする技を即座に検索。
柄返しは間合いを詰められた時の迎撃に用いる技だが、この技は突きに偽装して石突で薙ぐ技だろう。
そう見取り、刀を振り被りながら、すす、と後退する。
相手は攻め手そのものを隠してきた。
こちらは、迎撃に行くように一瞬見せかけて、完全に退いて躱しに行く動き。
強烈な横しばきを、刀を振り上げることで出来た間と後退により躱した直後。
「(穂先ギリギリを掴んでの遠心力を使っての横しばき……その後に変化はない。あっても、こっちの方が先んじる!)」
回避する動きはそのまま、相手の攻めを外し、引き込んだ状態で上段から斬り伏せる攻めに転ずる。
――桜庭神刀流『引合』
■出雲寺 洟弦 > 『躱される。』
……威圧感を孕んだ穂先を餌に、柄で薙ぎ払う攻撃。
宝蔵院流の槍術技には確かにそのような技もある。
他の流派には疎い彼の知る由ではないが。
だが、
「三浄の二」
――薙ぎ払いが、――――停止する。 ッッッゴォオッッ
勢いと威力を全力で乗せた技が、振り上げられた大太刀の下と間合いで潜り抜けていく途中での静止。
そんなことをすれば、無理な制動の反動を受けるのは自身の躰。
筋肉が、骨が軋む。大重量を制動した両腕の中では、
その重みの威力を叩きつけられなかった鬱憤による仕返しが暴れまわる。
「――苦停之嘆(くていのなげき)・車討(くるまうち)」
――振り下ろしを受け止めるように、両手で引き寄せ、柄を掲げながら、
前のめりに踏み込んで肉薄――して、
"あの柄を蹴り上げて凌ぐ程の膂力"を、存分に活かしての、
――肩によるタックル!!
■霜月 雫 > 「……え?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
自分も長い武器を用いるからよくわかる。
あそこまでの渾身の薙ぎを放った際、切り返すのは至難の業だ。
と言うより、無謀と言って差し支えない。無理に止めて切り返そうとすれば、武器に乗せた威力がまるまま、自分自身に返ってくるからだ。
もし切り返すなら、止めるのではなく、流す。
力の流れを操り、放った威力を切り返しに乗せる方法が正しい。
断じてこんな、筋力に物を言わせたストップアンドゴーなんて……!
「く、あああっ!!!」
そんな無理矢理に、しかし必勝の斬撃は受け止められる。
当然だ。
この必勝は『合理性に基づいた必勝』なのだから。
非合理な動きを現実に起こされては、成立しようはずがない。
だが、まだ最悪の一歩手前だ。
刀と槍が交わっている。そこのわずかな間合いは、シズクに反応の余地を与える。
即座に、刀への力の入れ方を変える。
押し込む形から、突き放す形へ。
そしてその力に乗りながら、全力で後ろへと飛ぶ。
そうすることで少しでもショルダータックルの威力を流し、そのまま後方へと吹き飛んで行く。
寧ろ大袈裟なくらい吹き飛ぶことで、意図的に間合いを外し、無理矢理仕切り直す。
――桜庭神刀流『焔跳び』・破型
■出雲寺 洟弦 > 「――――ッ……く、ぅ、……ぐ……ァっッ……!!」
――受け止めた、確かに踏み込んだ、
だが突き飛ばすショルダータックルの手応えが弱い。
押し返すようにしていたはずの柄で受けた刃も随分軽く押し飛ばせた。
"殺されたか"と内心に悟ってこそいるものの――当たり前にそんなことをした反動が完全に無な訳もない。
構えを取り直すものの、穂先は再び地面のすれすれまで下がり、
――流石に此処から、次を打つには。
「……三浄の……――――」
ズ グ ゥッッ
「…………」
――――――ごどんっっっ、と、洟弦の腕から、手から、
……床へと槍が落ちた。
「……ッ……あ、く、そ……」
……震える手を見下ろして、顔を顰めた。
真っ赤になった掌と、少し捲れた袖の血管の隆起、
激しく脈打つそれらと、微かに痣を走らせた手首から内側まで。
「……駄目、だなぁ」
■霜月 雫 > 「くう、うっ……」
ごろごろ、と転がり威力を流す。
だが、それでもそれなりのダメージを受けてしまった。
膂力には明確に差がある。それを受け切るのは流石に難しかった。
転がって即座に起き直し、そしてまたしても構える……が。
「ちょっと、もう!馬鹿、当たり前でしょ!?」
刀を置いて、慌てて駆け寄る。
そう、当たり前だ。
あれだけの威力を腕力で無理矢理受け止めるなんてことをすれば、どうなるかは自明の理。
戦闘の継続なんてことは普通、出来やしないのだ。
「腕見せて!
応急処置程度だけど、治癒するから!」
そう言って、巫術で治療を施そうと。
■出雲寺 洟弦 > 「……ッ……いや、何時もなら、何時もならいけるんだけ――――凍月ほっぽりだしてる!!!!」
驚くところ、そこ。
今そんなリアクションとっている場合じゃあないんだけど、
余りにも有り得ない事象が起きて思わず出た。
もうそれで一気に戦闘モードも解除されたのか、
吐き出されるアドレナリンは早退したらしい。
痛みに顔を引き攣らせながら巫術による治療を遠慮なく受けることになる。
……袖を捲られてみれば何のことはない。
超激しい筋肉痛が一瞬で両腕全域に発生したようなものだ。
本来そんなもん起こる訳がない。
……それだけならまだ健全なものだったのだが。
――明らかにそれとは違う傷跡、真新しくて、そして治療された痕跡。
切傷だとか穿傷だとか、そういうのを病院できっちり治された跡。
「…………久々に稽古するくらいならってあれだったん、だけど、なぁ」
■霜月 雫 > 「もう、確かに凍月は大切な相棒だけど、今は流石にこっちでしょ?」
言いながら、水行の術を用いて腕を治癒していく……が。
「――この傷。新しいね?
こっちに来て戦ったでしょ。しかも『実戦』を。何があったの?」
眼を鋭くして問いかける。
この傷はかなりのものだ。しっかりと治療はされているが、ダメージを受けるようなことがあったことは誤魔化しようがない。
■出雲寺 洟弦 > 「いや霜月が凍月を手から離す時なんてそれこそ…………それこそ、どんな時だろ……分かんねぇな……くらいの認識だったんだけどな!!」
分かんねぇなじゃないんだよ。
というかそこの例えが浮かばなかったので一瞬本当に宇宙を視ていた顔だ。
治療の最中、鋭くばしっと飛んだ指摘にさッと顔が逃げる。
美少女の顔が近いから照れるとかではないです、ほんとに。
「………………ちょっと、ちょっと前にその、色々ありまして……いや、ちゃんと病院行って治療も受けたから、その、もう……」
ぼそ、ぼそ、ぼそ。
「……じ、事情を詳しく話そうとするとすげえ長くなるから、まとめての話はまた今度にしてくれない、か……???」
■霜月 雫 > 「それこそ少し前に凛霞と模擬戦したときも手放したよ?」
それは、そのまま持っていたら腕を極められていたからなのだが。
とは言え、手放す、と言う選択を取れるようになったのは成長だろう。
それはさておき、治療しつつじーっと見つめて様子を見る、が。
「――まあ、今問い詰めてもね。
今はとりあえずちゃんと病院なり行って診て貰って、安静にすること。
今度また、話聞かせてもらうからね!?」
ぴしゃりと言い放つ。
■出雲寺 洟弦 > 「マジぃ……???」
――――もうほぼ一心同体というか、癒着というか。
張り付いて離れないレベルでの認識をしていただけにだいぶ衝撃の顔をしていた。
……まぁ、そういう成長をすることが出来たというのならば、
きっと今後雫は更なる高みへと昇り詰めていく。行けるという事だ。
それはそれでよし。幼馴染の幼馴染がまーたレベルを上げていく。
「あっはい」
それはそれとしてぴしゃりだった。
しっかりお返事して頭を下げた。
「…………、……足らなかったかぁ」
――――治療もそぞろに、そんな言葉が、ちょろっと零れた。
■霜月 雫 > 「寧ろ、凛霞もそうだけど、私を何だと思ってるのさ…」
その時も『手放すとは思わなかった』と言われた。
実際、剣戟からの組討も体系に含む桜庭神刀流を学んだ影響は大きいとはいえ、常から身に着けて……はいるが、手放す時は手放しているし。
以前は固執していたことは認めるが、それはそれとしてちょっともんにょりするシズクである。
「やってることは無茶だったけど、しっかり強かったと思うけどね。
アレでまだやれたなら、少なくとも桜庭神刀流の奧伝か……もっと言えば霜月流までフルに使わないとどうしようもなかっただろうし」
やや力任せであった感はあるが、こちらの攻め手、応手、全てを対処されたのは間違いない。
普通に桜庭神刀流剣士として戦うならば、やや手詰まりを感じる流れだった。
昔から、強引なラフプレイに弱いところがある、と兄や父に言われてきたことを改めて痛感したところでもある。
更に言うならば、そのラフプレイを実現させる技量、膂力が洟弦に備わっているという証左でもあった。
■出雲寺 洟弦 > 「…………」
なんだろう、なんだろうね。
言われてから再び回答に悩むことになったが、出る事はなかった。
うぅんと首を捻る仕草の出るあたりろくなたとえも見つからなかったようだが。
「……いやぁ、まぁ本来"三浄(さんじょう)"ってのは……、……ああ~……ん~……いい、か」
――す。ぐ、ぱ。
治療も終わった後、腕を動かしたり掌を開いたり閉じたり。
ははぁこれはすごい、と思いつつ。
「治療ありがとな、霜月。……今回の立ち合いについては、
正直だいぶインチキしたと思ってるから、今度は万全としっかり組み立てた技でもっかいやろうぜ。
……次は、"霜月流"とやってみたいし」
そう言っておけば、多分次は間違いなく"ノってくる"だろうし。
落としてしまった槍をてきぱきと分解しながら武器ケース(大)に入れ込んでいき、よいせっと背中に抱えると。
「……んじゃ、俺はこのまま帰りに病院行くから、そっちも気を付けて帰れよ」
■霜月 雫 > 「…………今度凛霞も問い詰めてやろ」
じと~~~~~~と首をひねる様子を見てから、溜息。
「うーん、それはそれで気になるけど、聞いてもいいやつなのかな?
まあ、アレなら言わなくても全然」
三浄、が出雲武流において重要な意味を持つことは察せられる。
そして武人たるもの、奥義については親友にだって隠すものだ。
話してくれるなら聞くが、そうでないなら問い詰めることはしない。
「どう致しまして。
まあびっくりはさせられたけど、それを破れなかったのも私の実力。
――そうだね。次は霜月流、見せてあげるよ」
乗せられてる気はしなくもないが、乗らない理由もない。
より『本気』でやることはいい経験にもなるし、楽しみでもあった。
「りょーかい。それじゃ、私も帰るかな。またね、洟弦」
そう言って、改めて凍月を鞘に納め、竹刀袋に入れて背負う。
そのまま、軽く掃除をしたのち、帰っていくだろう。
ご案内:「演習施設」から霜月 雫さんが去りました。
ご案内:「演習施設」から出雲寺 洟弦さんが去りました。
ご案内:「訓練施設」に追影切人さんが現れました。
ご案内:「訓練施設」に桜 緋彩さんが現れました。
■追影切人 >
訓練施設――こういう場所を普段訪れる事は無い男が、ブラリと私服姿で訪れる。
(…普段来ねぇから手続きとかそういうのよく分かんねぇんだよな…。)
そう内心でぼやきつつ、取り敢えず予め予約はしていた訓練施設の場へと足を運ぶ、まだ対戦相手の姿は見えないが直ぐ来るだろう。
…ちなみに、男はその辺りはサッパリなので対戦相手の知己が予約してくれた模様。
「――さぁて…。」
誰かと仕事関係なく斬り合いをするのはかなり久々だ。
露骨にテンションが上がっている訳ではないが、それなりに高揚はしている。
肩に担いだ、鍔元がかなり独特の形状をした一振りの刀――鞘は無く、刀身だけ布で適当に巻いたそれで肩をトントンと叩きつつ。
「…ま、あっちはバリバリの剣士でこっちはただの刃物使い…技量の差は見えてんな。」
ぽつり、と呟く。戦闘の場数は兎も角、技量に関しては圧倒的にあちらが有利なのは最初から分かっていた事だ。
それをどう覆すか…と、まぁ考えたい所だがこの男は馬鹿である。あまりあれこれ考えて刃を振るうタイプでもない。
ともあれ、特に準備運動などはせずに肩に刀を担いだ自然体で暫し待つ。
■桜 緋彩 >
訓練施設の一室の扉を開け、中に一礼。
そこに立つ男の方へ真っ直ぐ歩み寄っていく。
「お待たせいたしました。
本日はよろしくお願いいたします、追影どの」
斬り合いの約束をした相手に、普段と変わらぬ自然体の表情で挨拶を。
「斬る」と言う事象を具現化した様な男――と聞き及んではいるが、さて。
■追影切人 > 「――おぅ、桜。こっちこそまぁよろしく頼むわ。」
真っすぐ歩み寄ってくる同僚で同級生の顔を隻眼で見遣れば、軽く左手を挙げてラフな挨拶を返す。
さて、彼女がこの男についてどう聞き及んでいるのか。
少なくとも、ソレは感情を”自覚する前”の話であり、今は変わっているかもしれない。
…が、そうでもないかもしれない。肩に担いでいた鍔元が独特の形状の刀をダランと右手に提げて。
はらり、と布が自然と外れて薄っすらと橙色をした独特の色味のあるやや反りの浅い刀身が露に。
刃紋はシンプルに直刃。長さは打刀にしては長い方だが、太刀にはギリギリ届かない程度。
「――んで、細かい所とか決めて無かったけど何か要望とか注文ありゃ聞くぜ?」
これは殺し合いとかではなく、斬り合いではあるがあくまで生徒同士の訓練と変わらない。
手抜きは勿論しないが、ある程度の”体裁”は整える必要もあるだろう。
■桜 緋彩 >
「そうですね、まぁ細かく決めてもお互い楽しめないでしょう。
一応こういうものは用意してきましたが」
取り出すのは人型のお札。
何やらびっしりと文字が書かれている。
「これに血を垂らせば、その人のある程度の怪我は肩代わりしてくれるものです。
流石に命を守るまでは無理らしいですが、腕の一本や二本失う程度ならばどうにかなるとか」
要は身代わり人形だ。
それを一つ彼に差し出して。
「これが破けた方の負け、と言うことでどうでしょう」
戦闘不能になった方が負け。
シンプルなルール。
■追影切人 > 「…あン?」
彼女が取り出した人型の札を隻眼で怪訝そうに一瞥する。
最初、式神か呪符の類かと思っていたが…そもそもそちら方面はサッパリだ。
「…身代わり人形ね…成程、まぁそんくらいの保険は必要かもな。」
彼女から一つ、その符を受け取れば、無造作に左手の親指を曲げて人差し指を横切るように線を引く。
それだけで、何故かスッパリと人差し指が僅かに切れて血がぽたり、と符に垂れ落ちた。
「…んで、これは懐にでも入れときゃいいのか?」
と、それだけ確認をしつつ。その辺りの確認と彼女の方の身代わり準備が終わったらぼちぼち始めようか。
ルールは一つ――戦闘不能になった方の負け。馬鹿な男には分かり易くてとても助かる。
■桜 緋彩 >
「破れたのが確認出来ないといけないので、これが真っ二つになった時は大きい音が鳴る様にしています。
なので部屋の隅にでも置いておきましょう」
自身も腰の刀の鯉口を切り、そこに左手の親指を押し付けて少し引く。
僅かに滲んだ親指を人形に押し付ければ、人形は一瞬で赤く染まるだろう。
同じように赤く染まった彼の人形も貰い、部屋の隅に並べて置いておいた。
「――さて。
他に確認しておきたいことはございますか?」
無ければさっさと始めてしまおう。
そう言わんばかりに刀を抜く。
大刀を右手に、長脇差を左手に。
それらを自然体でだらんと下げて、トントンと両足で軽く跳ねる。
笑みに少し狂暴な色が混ざる。
待ちきれない、と言わんばかりに。
■追影切人 > 「…へぇ、そっち方面は俺にゃサッパリ分かんねぇが…そりゃ便利だな。」
彼女の言葉に成程、と頷いて彼女に自分の分の身代わり人形を返しておく。
彼女が部屋の隅に並べてそれを置くのを確認すれば、適度な距離を保ちつつ。
「――ねぇな。後は…何だ、剣で語り合おうって奴?まぁそんな感じで。」
我ながら自分が言っても白ける言葉だが、まぁそこはそれ。
彼女と違い、こちらは一本しか獲物が無いので右手にその刀を携えたまま…
「――んじゃ……。」
無意識に男も笑みを浮かべて…互いに何処か凶暴な笑みを浮かべながらの対峙。
男がゆっくりと身を低く鎮める――まるで獲物目掛けて飛び掛かる前の獣の如く。
右手に携えた刀は、後ろに引き絞るように――空いた左手は、何か”手”があるのかゴキッと関節を鳴らして。
「行くぜ―――桜あぁぁぁぁぁ!!!!」
初っ端から思い切り往く――駆け引きなんぞ知った事かとばかりに。
低い姿勢から、瞬時に刀が届く間合いまで一足飛びで距離を詰めて右手の刀を一閃。
一瞬、刀身に赤黒い火花が発生するが、男は無意識にやっているのか――豪快に横薙ぐ一撃は並の防御ごと斬り捨てん勢い。
■桜 緋彩 >
力任せの一撃。
だからこそ、まともに受ければ刀ごとへし折られるだろうと言う予感――いや、もはや確信に近い感覚。
「――ぬゥん!!」
それを敢えて受ける。
増やした斬撃を一つに束ねる「神槍」――の、先。
魔力で編んだ刀身そのもの、それを五つ束ねた「神槍弐式」。
突進と剣の威力に負けないよう、踏ん張る脚と刀を振る腕にも「神槍」を纏い、その剛剣を真正面から受け切って見せた。
「っ、オぅあァ!!」
それでも一瞬身体が揺らぐが、空いた左の長脇差を自分の身体越しにぶん回し、叩き付ける。
実体を持った刀身を三つ束ねた、とんでもない存在強度を持った長脇差。
それで彼の身体を両断する勢い。
■追影切人 > 「―――ハッ!」
無意識にニヤリと笑う。手抜きなんて腑抜けた真似はしないし出来ない。
こちらの手加減無しの豪快な横薙ぎは、並の受けならそれごと圧し折り、斬り捨てる剛撃。
それを敢えて――しかもしっかり受ける様子に、楽し気に笑みが漏れた。
――カウンターが来る。左の長脇差、それもただの一撃では無いと直感で悟る。
それに対して、男が取った手は――無手の左手の”手刀”だ。
普通の剣士ならば、まず絶対に取らない迎撃手段であるが…この男の場合。
「っっらあああああ!!!!!」
左の手刀を長脇差の軌道に合わせて、直接その豪快な一撃にぶつけた。
普通なら、手刀の方が両断されてしまいそのまま肉体ごと切断される筈だ。
が、まるで金属同士がぶつかりあうような激しい激突音と共に、長脇差の存在強度が増した一撃を相殺…流石に手刀に少々血飛沫が舞うが…
お互い、衝撃で弾かれるように一度仕切り直しとばかりに距離を取る事になるか。
■桜 緋彩 >
とんでもない音がして防がれる長脇差。
そこらへんの不良学生辺りにされたら目を見開いて一瞬動揺もするだろうが、相手が相手だ。
そのぐらいはしてくるだろう、と言う期待はあった。
どちらが示し合わせたわけでもなく、お互いの得物を弾いて距離を取る。
「流石『凶刃』の追影どの。
全身凶器と思った方がよさそうですね!」
今度はこちらから仕掛ける番。
右脚を軽く後ろに跳ね上げ、そのまま思い切り地面を蹴りつける。
轟音と共に身体が横へ跳ね、次の一歩で急激に向きを変えて突撃する。
「神槍」を纏った踏み込みによって、一歩ごと変幻自在に向きを変えながらあっという間に距離を詰め、
「おォあァ!!」
最後の一歩が僅かに届かないだろう、と思われる距離から、更に速度を増して一足で間合い迄踏み込みつつ、右の大刀をねじ込む様に真っ直ぐ突き出す。
先ほどと同じように五本の刀身を纏い、そこから僅かにずらして数本の斬撃で覆った突き。
刀身だけを受ければ斬撃がすり抜け、紙一重で躱せば斬撃が引っかかる。
それが予測を超える速度と間合いからすっ飛んでくる、防御も回避も困難な、まさに「神の槍」のごとき一撃。
■追影切人 > 「あぁ?こんなの大した事ぁねぇよ、ただの手慰みだ。
――それより、オマエの一撃の方が”面白い”。」
原理は馬鹿な男にはさっぱり分からないが、少しだけ”理解”した。それで今は十分。
左手の血を無造作に振り払い、己の周囲の地面に撒き散らす血払いの動作。
続いて、彼女から仕掛けて来る。とんでもない蹴り付けと轟音。いきなり横に跳ね飛ぶ動きに隻眼を見開く。
…が、右手の刀の柄を一度握り直す――”アレ”はまだ使わない。出し惜しみではなくタイミングが悪い。
――横に跳ね飛んだ桜の体が、次の一歩で急激な方向転換。中々にぶっ飛んだ動きだ。
「――空間抜刀【血切り重】。」
最後、僅かに届かないと思われた距離から、更に速度を増して突っ込んでくる桜を見据えて。
刀を瞬時に居合の構え――鞘は無いのにどうするつもりなのか?
(防御は無理、回避も間に合わねぇ――まぁどっちも最初からする気はねぇけどな!!)
折角の斬り合いなんだ、真っ向から斬り合ってぶち破る。それでこっちがズタズタになろうが上等。
右の太刀の突き――存在強度がまた桁違いだ。同時に、男の右手が霞むように振り抜かれ――
突如、発生した無数の不可視の斬撃が”檻”の如く彼女の突き、ではなくそれに重なる斬撃を相殺し、剥がしに掛かる。
無論、それだけでは突きそのものまで止められない…が。
「――さっきのでオマエが少し『理解』出来たわ…こうやればいいんだよなぁ!!」
いきなり右足を振り上げ、突きが刺さる直前に下からその太刀を蹴り上げで上に弾かんと。
それだけではとても止められないかもしれないが、その蹴り足は矢鱈と”重い”。
――まるで、彼女の使った重ねる事で存在強度を増す業を断片的に用いたかのようで。
■桜 緋彩 >
斬撃の鎧を、居合で剥がされる。
こうもやすやすと突破されるのは、想定内だ。
元よりそちらはおまけのようなもの。
本命は刀身での突き。
「――ほう!」
しかし、それすら弾かれる。
ただの蹴りではなく、「神槍」を纏った蹴りで。
今までにも技を真似られたことはあったが、二合目でここまで再現されたのは初めてだ。
思わず感嘆の声が漏れる。
「ならばッ!」
それでも、そこで引き下がるわけにもいかない。
跳ね上げられた右の刀、それを敢えて後方へ振り回し、身体を回転させる。
当然、反対側の左手に携えた長脇差が代わりに下から繰り出されてくる。
刀身を三つ重ねたそれと、その周囲に無数の斬撃。
「神槍」の対の極致、「嵐剣」。
自身の最大出力の十六の斬撃――それの三倍。
「最大出力」はあくまで一つの刀でのものだ。
三つ刀身を重ねているならば、当然「嵐剣」も三倍になる。
四十八の斬撃など、嵐と言うかもはや壁。
その刃の壁を、床を削り取りながらぶち込もうと跳ね上げる。
■追影切人 > 男は、「斬る」事に関わる事象や技に限られるが、それを見るだけである程度は『理解』出来る。
勿論、具体的な原理が分かれば更に再現性や正確性もオリジナルに近づいていく。
――何より、相手を『理解』すればするほど切れ味が天井知らずに上がっていく。
それが男の異能の最も奇怪な点であり厄介な点だ。
(――ま、所詮は猿真似…多少『理解』した所でこの程度。)
斬撃を重ねて存在強度を引き上げる…再現は断片的に出来たが、ぶっつけ本番では今はこの程度。
この女が研鑽を重ねて会得したものを、門外漢の男がいきなり完全再現なんて出来る筈もない。
蹴り上げた足の勢いのままに、後方に回転するように身を跳ね上げて。
すかさず、下から左手の長脇差の追撃が来るのは流石に見越している。
「――『浄罪七刃』【憤怒】。」
右手の刀が――どういう原理なのか、瞬時に機械鋸に変貌する。
唸りを挙げて回転する鋸刃に、己の異能を上乗せ――長脇差とぶつけ合う。
「―――づっ…!?」
…足りない。唸りを上げる刃から噴出する無数の不可視の斬線が展開し、長脇差そのものだけでなく付随する斬撃の嵐を相殺していくが…数が及ばない。
結果、幾らかは相殺しきれずに頬や肩、二の腕や太腿などあちこちが斬り裂かれて血飛沫が舞う。
――が、身代わり人形はまだ音が鳴っていない…つまり、戦闘不能レベルではない。
それは、むしろ対戦相手である彼女が一番理解している事だろう。
ダメージだけならば明らかに男の方が多い…むしろ、先ほどからダメージはこちらが負っている。
…けれど。
「――覚醒撃鉄…起動」
男が、唯一使える魔術を発動。覚醒を促すその術式により、瞬間的に男の異能を――本来制限されているそれを一瞬だけ超越する。
そして、派手に舞った血飛沫全てが瞬時に鮮血の刃となって彼女にカウンターとして叩き込まれんと。
――まだだ。
(…さっき、血払いをしたのもこの為だからな!!)
先ほど、左手の鮮血を地面に振りまいたのも”仕込み”だ。
彼女の背後、地面からもいきなり鮮血の刃が発生して挟み撃ちにせんと。
■桜 緋彩 >
確かに、手傷は負わせた。
四十八もの斬撃は、その殆どが蹴散らされたものの、それでも全て叩き割られたわけではない。
辺りに飛び散る彼の血が、その証拠で――
「っ!?」
彼が魔術を発動するその寸前。
その発動よりも一瞬早く、背筋をゾクリと冷たいモノが貫いた。
猛烈に嫌な気配が悪寒となって全身を駆け巡り、そして今まさに彼が魔術を発動したとほぼ同時。
地面に着地したその瞬間、回転の勢いを殺さずにとにかく刀をぶん回す。
束ねた刀身も展開させ、左右合わせて八本、その刀身が各々斬撃を十二。
都合九十六の斬撃で、自身を中心にした斬撃の暴風圏が形成され、同時に真紅の刃が襲い掛かる。
斬風圏とも言えるそれは、その悉くを――撃ち落とせるはずもない。
ある程度は打ち払えたが、それでもとにかくやたらめったらに振り回しただけ。
それをすり抜けた刃は、見える範囲でどうにか避けようとするが、それでも腕や脚を切り裂いていく。
彼の攻撃が終わる頃には、
「――全く、厄介なものですね、異能と言うものは」
全身に斬り傷を負った姿になっていた。
一番深いのは左手の上腕の傷。
動かせないほどではないが、衝撃で長脇差がすっぽ抜け、遠くへ転がってしまっている。
身代わり人形が肩代わりできるのは、ある程度「以上」の傷、という条件も含まれていた。
つまり、戦闘続行が出来る程度の怪我ならばそのままだ。
■追影切人 > 「――安心しろよ、この程度でオマエに斬り合いで勝てるとは思っちゃいねぇよ。」
男の「斬る」事に特化した諸々は大部分は異能による所が大きい。それは男自身が一番理解している。
剣の技量は勿論、技の洗練さや多彩さ、臨機応変さは彼女に遠く及ばない現実がそこに在る。
――男は剣士として見るなら三流以下だ。故に斬り合いでは形振り構わない。
異能だろうと武器だろうとそれ以外だろうと、斬り合いに望むなら何でも使う。
「…つーか、厄介なのはオマエの方だろうがよ…完全に不意を突いても対処されるとか。
…異能なんかより、俺からすりゃそっちの方が遥かに面倒だわ。」
やっぱ俺に小細工なんて向いてねぇな、と舌打ちを零す。
覚醒術式は今ので打ち止め。しかも一度使用したら長時間のクールダウンが必須。
右手の刀が、また元の刀の形状へと瞬時に戻るが…手傷はあちらにも負わせたとはいえ。
(長脇差はすっ飛ばした…が、コイツも他の連中も”手負い”の状態がむしろ一番面倒だしな…。)
何せ自分がそうなのだから――彼女がこの程度で劣勢になる訳もなし。男も己が有利とは欠片も思わない。
「…とはいえ、長々と斬り合うには時間も何もかも足んねぇか――なら。」
ゆっくりと息を吐き出してから――刀の柄を両手で握る。
基本的にこの男は片手で刃物を振るう…両手で得物を握る事は殆ど無い。
そして、隻眼を閉じながらゆっくりとまた身を低くする――いや、明らかに異常な低さだ。
同時に、異能が高まっているのか…時々男の周囲に赤黒い火花のようなものが散る。
更に、男の両足を基点に…ミシミシと周囲に放射状に亀裂が走る。
――斬る、切る、伐る―――雑念想念思考を全て、目の前の相手を斬り捨てる事”だけ”に集中していく。
■桜 緋彩 >
「そうでもありませんよ。
流石にアレは焦りました」
正直対処出来たのはたまたまだ。
振り回した刃が上手いこと避けられる程度に数を減らしてくれたから助かったようなもの。
場合によってはあれで決着が付いていてもおかしくなかった。
運が良かった、それだけの事。
「――さて、これは中々」
彼の異様な変化。
先ほどの比ではない嫌な感覚。
額を冷や汗が伝うが、拭っている暇もない。
こちらも両手で剣を構え、集中する。
――己の「嵐剣」の限界は十六。
しかし剣が増えれば数は増やせる。
一つを無数に分割するより、分割する元を増やした方が自分にはやりやすいらしい。
「弐式」を習得し、それがわかった。
わかったら、次はどうする。
そこで満足して終わり、そんなわけはない。
一つで十六、二つで三十二、三つで四十八
ならば四つ、五つ、六つ。
どこまで増やすことが出来るのか。
彼が集中しているのならば、こちらも準備をする時間が取れる。
魔力で編んだ刀身を増やし、それを束ね、更に刀身を編み上げる。
己の限界まで編み上げ、それを一つに束ねる。
限界まで束ねたら、今度はその全てで斬撃を増やし、刀身に纏っていく。
自分でも経験したことの無い圧倒的な密度のそれは、その存在だけで空間が歪むような、圧力すら感じる存在感を放ち出す。
彼が斬ることに全てを集中するように、こちらも彼を食い破りうる技に全てを集中させる。
■追影切人 > ――深く潜る、己の中に。朧気に記憶に残る【恩人】から教えられたただ一つの技。
空間抜刀――空間そのものを鞘に見立てた、異様な抜刀術と呼ぶのも滑稽な荒唐無稽の荒業。
彼が使える技はそれ一つきりで、先ほどのように派生としての技は幾つかあれどそれ以外は使えない。
――なら、その派生を追求して自分で編み出せばいい。
片や赤黒い火花を迸らせる威圧。片や空間を歪めんばかりの圧力。
――準備が整ったのはおそらくはほぼ同時。先に男は動く…ただ、強いアイツを斬る為に。
男の姿が掻き消え――瞬きよりも早く、その一刀を彼女の胴に横薙ぎに振るい駆け抜けんと。
その刃は赤黒い斬気を纏い、ただ一つの刃にて無数の斬撃を纏いし剣に真っ向から挑む――!!
あまりの速度と斬気に大気が震え、音も何もかも置き去りにした凶津の風が一陣――吹き抜けんと。
■追影切人 > 「勝負しようぜ、桜緋彩―――空間抜刀…【威吹】」