2024/07/15 のログ
ご案内:「青梅雨の季節」に伊都波 凛霞さんが現れました。
ご案内:「青梅雨の季節」に出雲寺 洟弦さんが現れました。
伊都波 凛霞 >  
木々をより豊かにする…といえば聞こえは良い、雨の多い時節…。
少女にとってはいつもどおりの日常の中。
普段と違うといえば、前期試験の結果が発表されて生徒は一喜一憂。
しがらみから開放された者もいれば、そうでない者もいる。
ともあれやってくるのは熱く太陽照る季節。
多少なり、浮ついた気持ちになるのもそれは已む無し。

学園、教室棟の廊下を歩く少女達も例には漏れず。

『ねぇ、夏の予定ってもう決めた?』
「ぜーんぜん。ようやく今日から色々考えようかなって…風紀委員まわりのこともあるし。
 柚希達みたいに彼氏がいるわけでもないし……」
『まだそういうこと言ってる~。どうせ引く手数多なんでしょ?』
「そんなんじゃないって…。変な噂の原因になるからやめてよね…」

三人寄れば囂しいの言葉通り、年端もゆかぬ少女達の喋り声は否応なく目立つ。
友人二人と他愛のない、そんな会話し交えながら、いつも通りの景色の廊下を歩いていた。
通り過ぎる男子達の中には、そんな華やかな三人組を思わず振り返る者もいれば、遠巻きに眺めている男子グループなどもあり。
生徒達は十人十色の時間を過ごしている。

出雲寺 洟弦 > 廊下の賑わいも所々。男女往々にして話題の中心は試験の話。
そんな中にあって、夏を控えるとなればそれなりに心待ちにする奴も混じる。

男子なんかはその例に漏れず、スポーツ系男子たち数人の中で、少し目立つ赤茶髪の男子が囲まれながら話している。

『いやーマジ助かったよイヅル!お前スポーツだけじゃなくて勉強も出来るのな!!」
「お前それちょっとバカにしてんだろ、むしろスポーツより勉強本分だろ?学校って」
『かてーよイヅル!折角夏も控えてんだし、彼女でも作って……もう居たりする?』
「……いねーいねー、そもそも俺、夏はバイトでしっかり稼いでくつもりだし……」
『ッカー!寂しいこと言うなよ!あっそうだ!どうせだしこの後試験の打ち上げ、兼合コンでも開くか?!』


――肩をどっかり組まれながら苦笑い、なんて言い合いながら、
女子の集団たちとすれ違……。

『……っおぉ……あーやっぱ伊都波さんってマドンナだなぁ……すっげえ綺麗だし……俺たちじゃ到底釣り合わねえから無理だろーけどな!』
「――――伊都波?」
『……?どうした、イヅル?』

……すれ違っていく男子の連れ連れからたった一人、ぴたりとその場で足を止めていた。

伊都波 凛霞 >  
すれ違った三人の女子グループ。
華やかな雰囲気の中で話す真ん中の少女。

少年が振り替えてたなら、横を向いて話す少女の目尻の特徴的な泣き黒子が目に入る…。

『あれだけ玉砕させてるんだし、実はお相手いたりするんじゃないのー?』
「もう、しつこい!橘でスイーツ奢ってあげようかと思ってたけどナシ!」
『うわはー凛霞が怒ったー』

そんな会話の中。

「だから… ───……?」

背中越しに感じた視線に、一人足を止めて、振り向いた。
そこにはすれ違ったばっかりの男子グループの一人が立って、こちらを見ていて…。

『どうしたの?立ち止まって』

周りの女子が不思議そうにしている、そんな空間で。

「…え、あ…うん……えっと…」

その彼に、何か強い引っ掛かりを感じて、眼を離せずにいた。

出雲寺 洟弦 > ――随分、背が高い青年だ。赤茶髪を短く、けれど少しねこっけだからか、ぼさぼさという印象は薄い。

夏服の背中は随分とガタイがいいし、見ただけでそれなりに鍛えている――それも、立ち振る舞いからして単なるスポーツ筋肉という感じでもない。

足を止めた青年に、他の男子が声を掛けるが、それに気を向けるよりも、ゆっくりとすれ違った相手に振り返っていた。


朱い瞳が、その泣き黒子から顔を見た。





――嗚呼。

「……伊都、波?!」

眼を丸く、映して直ぐに出た、名前。

『……え?イヅル、伊都波さんと知り合いなのか?』

"イヅル。"

中々読み方も珍しければ、中々聞くこともない。
……身近な人に、そんな人がいたり、しなければ。

伊都波 凛霞 >  
『ねぇ、どしたの?』
『おーい、凛霞ー』

二人の声も耳に入らない…そんな様子で。
きょとんと、少女には恐らく珍しい、呆けてしまったような顔。

イヅル。イヅル。イヅル───。

「───えぇぇ!!?」

一転、驚きの躑躅色の瞳をまん丸にしながら、驚嘆の表情。

「え、嘘!?本物…!!?」

そ、そういえば面影がある……ような…。
むしろなんで偽物がいるんだよ、というツッコミは野暮である。
頭脳明晰の天才秀才といえど混乱はするのだ。

もはや二人の女子は置いてけぼりである。

『何、知り合いなん?』
『さぁ……』

出雲寺 洟弦 > 「はあッッ!!?」

まず本物かどうか疑われる所から始まるとは思わず、それなりにショックを受ける顔。から、

「い、いやそれを言うなら……本当に、本当に伊都波か?!
待て、待て待て待て!下の名前は?!ジュスティーヌとか?!あっジェニファーとかだったりか!?」

『どっからどう見ても純ジャパだろ?!』
『落ち着けイヅル!!え何、ほんとに知り合いなのか?!抜け駆けか?!まさかバイトとか言って本当は伊都波さんと!!』

「違えよッ!!!」

男子は男子で今にも嫉妬による取っ組み合いをゴング持ちさえ待ちわびて始めそうな勢いである。

伊都波 凛霞 >  
ざわざわ。
廊下の真ん中でこんなことやっていればどうしても目立つ。

なんだなんだ。
何の騒ぎだ、と。

「っ、ちょ…ちょっとこっち!」

素早く、男子と取っ組み合いが始まりそうな洟弦の手をとって、廊下を走る。
廊下は走らないでください?
それはそう、でも今は緊急事態である。許してもらうしかない───。

───

──



「はぁ…、はぁ……。ふぅ………」

慌てて走ったものだから、息も切れてしまった。
やってきたのは一目につかない時計台の裏手である。

「っ…あ……」

ふと、咄嗟にとはいえその手を繋いでいることに気づいて、ぱっと思わず手を離れさせて…。

「どーゆーこと…なんで洟弦が学園にいるの……ていうか本当に洟弦…?」

こんなにでかくなかったし、こんなに筋肉質じゃなかったし…髪の色は……一緒だし顔つきにも面影はある、けど。
随分と月日が経って様変わりしてしまった幼馴染にただただ呆然である。

出雲寺 洟弦 > 『あっ』
「あっ?!」

『「あああああーーーーー!!???」


――咄嗟に手を掴まれて、抗うとかそういう事もなく引っ張られる。
あのガタイが引っ張られてされるがまんまにされていくのも変な話、だけど。

不思議とつないだ手が、酷く『そうしろ』という気がしたからかもしれない。




「――っ……はあ、……っはぁ、ぜぇ」

引っ張られてきて、こっちもそれなりに上がった息。
一先ずこれで誰かしら、何かしらに見られて大騒ぎにはならなさそうだけど。

あっ、手が離れた。

「い、いや、それはこっちの台詞だっての……伊都波こそ……あー……確か、いや、でもなんか話を聞いた、ような……」

――異能がどうたら、と口にしかけ、きょとんと言われたことに目を丸くしたままで。

「……これで人間違いだったらどうするんだよ……」

持ってる鞄から生徒手帳を開いて、呆れた顔で見せた。
『出雲寺 洟弦』、一字一句間違いはない。
入学する前に撮られたぎこちない彼の顔の証明写真がしっかり貼ってある。

「そっちはー……あんまり変わって、ないな、うん、此処とか」

泣き黒子の位置を指で示しながら、生徒手帳と朱色の眼を向けながら。

「……俺は俺で色々あったんだよ、ていうか、常世学園に入学することになったの、去年の誕生日だし……」

伊都波 凛霞 >  
「はぁ…人違いなんか、ないって……。
 そんな変わった名前、生涯一人しか会ったことないもん…」

荒くなった呼吸を落ち着けるように、深く深呼吸する。
とりあえず落ち着け。

学生手帳を見せられて、名前も確認。
記憶との見た目や声の照合も大体完了…。

「……えー…ほんとなんだ…。えっ、なんでこんなに大っきくなってるの…」

眼の前に経てば少し見上げるくらい。
子供の頃、それこそ引っ越すときにお別れを言う時だって同じぐらいの背丈だった筈。
……それだけ長い間、離れていたということでもある、けど。

「そう…小学校の途中、くらい…?
 私に異能の力が発現()て…家族の勧めもあって、みんなで引っ越した…もう随分前だよ」

それこそ、幼い時分の二人が様変わりする程に…。

色々あったに違いない、お互い。
きっとたくさん話すことは互いに在る筈、が…。

「………」

なかなか言葉が出てこない。
何を話せばいいんだっけ…なんて、わからなくなる…。

出雲寺 洟弦 > 「変わった名前……だよな、うん、だよな」

痛いところ。目下割と内心の小さな小さなお悩みに引っ掛かる事を言ってくれる。
出雲寺(いずもでら)と洟弦(いづる)、いずいづ。
苦笑いしながら見上げられる。
こっちは見下ろすことになる。
あれからだいぶ自分は大きくなったかもしれない、
――――大きく?

「いや、あーうん、うんそうだな、ほんと、そっちこそ、あの頃より大きくなったんじゃない、か……」

――実っているッッッ!!

とか言う訳にはいかない。なるべくその顔の下の二つの大きな"希望"から目を逸らしておく。

「……あー、そう、そうだ、それそれ。
……あれから、だいぶ経ったんだよな」


「……俺もそう、去年の誕生日、お前異能があったのかよー、みたいなことから、あれよあれよと此処に来ることになって、それから、……それから」


――自分のこと、話すよりも。

「……そんな事はどうでも良いんだけどさ。
えっと、伊都波」

やっと真っ直ぐ見る。今ちょっとドキドキしてる?
そりゃあ走ってきたからだ。そうなんだ。そう、なんだ。

「元気に、してたか?」

伊都波 凛霞 >  
「そりゃあね。普通の学校にいってたらもう高校生だよ?
 でも洟弦ほどじゃないと思うけどなー…」

くすりと笑みを浮かべて。
視線の推移?大丈夫、今は大分取り乱していたこともあって気づいてない。

「───」

元気にしてたか、なーんて、ありきたり‥。
でもわかる…離れていた時間が長すぎて、すぐに中身のある会話なんて出来なるわけない。

「…うん。それなりにね、健康第一」

当然返す言葉もありきたりになってしまう、けど。
胸の奥には、ちゃんと聞かなきゃいけないことがあって、でも。

…子供の頃にした約束。どうなのかな。
ずっと胸の奥に引っかかっていて、なんとなく告白されても断って…。
でも本当に子供の頃に、家の親達が子ども同士仲が良いから、なんてノリで出来た許嫁の間柄。
そんな約束、覚えてなくて当然…かもしれなくて。
もし、もしそうなら──。

「それで、彼女さんとかいるの?かっこよくなっちゃってー」

子供の頃にした不透明な約束で、縛り付けることはしたくないな…、なんて、思ってしまうのだ。

出雲寺 洟弦 > そうじゃないけど、そうでもいいか。
いや、今はむしろその方が平和だ。
余計なこと考えるな。俺。

「……そっか」

環境は大きく変わるし、状況とか、周りとか。
異能だなんてものも関わってきたら――普通の生活じゃあなくなるだろう。
それをものともせずに健康第一というのなら、伊都波は実際そうしているのだろう。

……けど、少なくとも自分の知る伊都波は――。

なんてところに。

「――……いや」


きょとん。


「……全然出来てねーよ、告白とかされたりはしたけど、なんていうか、うん、逃……ん"ん"。断ってるし」

頬をかいて、意味深に素っ気ない返事。

……夕陽が差すせいで赤い、訳ではないのだが。


「……"約束"、あるから……」

――絶対笑われるか、呆れられるか。
相手が思っている事に反した頭の中では、次に来る言葉なんて。

『えーっ?!あの約束まだ覚えてたの?!素直過ぎない?心配になっちゃうよ?どうせみんなふざけて言ってるだけなんだから~』

か、

『え……嘘、あれ本気だと思ってずっと……?……その、ごめんね……?』

だろうと。

伊都波 凛霞 >  
「そうなんだ? シュッとしてるし、モテそーなのに」

そうなんだ
なんかホッとしてる自分。

…でも、どうなのかな。

自分は少しだけ、辛かった。
だっていつ再会できるかもわからないような、男の子との約束なんだもの。
忘れられていて当然、そんなの子供の頃の冗談半分のもの、なんて思っちゃうのが普通だから。
だからもし彼がそれを覚えていて…"枷"になっちゃってるようなら。

…呪いを解くのは簡単なんだ。

私が、忘れちゃってたフリをすればいい。
お互い成長して…子供の頃にした小さな約束も大きな意味に変わってしまう。
それはきっと、覚えているならとても重くて、重くて…。たくさんの幸せを取り逃すことになるかもしれないもの。

彼が約束、という言葉を口にした。
ほら、やっぱりそう。
こうやって、私も彼も、小さな約束に縛られて…たくさんの本気の想いから逃げ続けて……。
呪いのように、なってしまってるんだ。

だから、この呪いを解かなきゃいけない。
約束、なにそれ?
そんなの、覚えてないよ、って。
言えばそれだけで、一瞬の痛みだけで呪いは簡単に解けてしまうはず。

「───うん。約束…ちゃんと守ってるよ、私も」


………あれ?

出雲寺 洟弦 > 「……お前だってさっき、クラスの男子がマドンナとかって言ってたくらいだし、人気あるだろ。その……」

いや。なんで今ちょっと、もやっと。別にこれは己が勝手に約束を履行し続けているだけだ。
別に、彼女が、伊都波がそれを履行し続けること、約束を守り続けなきゃいけないことはない。

だから別に、それで他の男子と付き合ったりだとかそういうことがあったって、俺はそれに文句を言うような……。


「……ぇ」


びゅぅ、と、湿った風が吹く。梅雨空の夕焼けが、細々とした隙間を大きく広げていく。
遠くでゲリラ豪雨でも降るか降ったか?
ただ、それが大きく雲を浚ったから、時計台の裏手に微かだが、陽射しの間が産まれる。

聞き間違い……じゃあない、だろう。
だから、本音がぽつりと。つい。

「……そ、なんだ。……覚えてんの、俺だけだと、思ってた」

……どうしてか。ほっとした。
同時に、ちょっと気恥ずかしい。

「……」

つい、言葉が続かなくなった。

伊都波 凛霞 >  
思わず、顔が綻んだ。
なんて莫迦なことをしてるんだろう、お互いに。

「二度と会えなかったら、どうするつもりだったんだろうね」

折角の学生時代。
言い換えれば青春といってもいい。
大人は常に過ぎ去ったその時間をかけがえのないものだったと語る。
人生において大事な時間を、子供の頃の約束でお互いにフイしていたかもしれないのに。

「思い出した。真面目なんだよね、洟弦って。
 ……この件に関しちゃ私も人のこと、言えないけど……」

呪いを解くつもりだったのになあ…。
お互いがお互いで相手を気遣って、忘れていても良いなんて思っているのだから、それはもう笑い話だ。

でも、それなら。

「──えっと、じゃあ……」

あ…。
顔が赤くなってるの、自分でもわかる。
これ、多分…耳まで赤くなってる、やつ。

「お互い、約束は守ってた…ってコト、で……」

「つ……」

「付き、合う……?」

漸く声に出せた言葉は、さすがに恥ずかしすぎて、目線を横に反らしながらになってしまった。
無理、無理…直視は、無理です。

出雲寺 洟弦 > 「……会えるまでずっと守ってたんじゃないか、な……?いや、それはそれで……っはは」

いや、そう考えるとちょっと……と、つられて。
ていうか、笑ってしまった。

やっと、止まっていたような、外れてしまっていたような何かが噛み合うような。
蟠りが溶けて、世界が色を取り戻すような――というと、大袈裟かもしれないが。

「は」

「……はぇ?」


――続いた言葉で笑みがそのまま固まって、目が見開いて。
……誤魔化すような笑みと、多少の恥ずかしさの赤さから一転。
カァッと見るに判り易く染まった顔は。

「……ぁ、あの、え、つ、付き合う、って、えっと」

ボーイミーツガール。
カップル。
そういうそれ、あれ。
とどのつまりそういうこと。

自分と、伊都波が。

「――――ちょ、ちょっと、ちょっと待って、待った待て待て、待てッ」

思わず手を片方出して、もう片方の腕は顔を隠す。

「ッほんと、あの、こ、こういうの、こういうのってのはまず、まずだな!そう、まずやることがあって!!そのやることっていうのはだからぁつまりそのォ!!」

伊都波 凛霞 >  
「やることってなに…」

そりゃあ、再会したばっかりだし。
お互い積もる話もたくさんあるだろうと思う。
でも、才気に約束って言葉を出したのは自分なのだ。

「覚えてるんだったら、だって、その…」

許嫁の意味は、ちゃんとわかってるつもりだし。

「……け、…結婚を前提に、お付き合いするんじゃ、ないんですか…」

思わず敬語。
約束を果たす、年齢に近づいてしまったのだから。

ガチン、と機械式の歯車が噛み合うような音。
続いて、時計塔が時刻を告げる音が鳴る。
この場所にいるのも、単なる偶然にほかならないけれど。

…子供の頃に止まったままだった時間が、動き出すのを教えてくれた様な。
そんな気がして。

出雲寺 洟弦 > 「ッッッ……」


『学園随一の眉目秀麗で非の打ち所がない完璧女子に結婚を前提にお付き合いすると言われている』なんていう状況で、
此処までむしろ冷静に頭が回ってる。

冷静?……そう、冷静。冷静に。


考える必要、ない。ずっと想ってた、聚散十春、そしてあれから今まで。
何故想ってた、何故忘れなかった、どうして約束を守り続けた。

    ・・・・・・・・・・・    
なんで"約束を覚えていて欲しいだなんて淡い期待があった"のか。

そんなの、あの頃、小さな頃から今まで、愚直に。
友達だった、家の間柄で繋がりがあっただけじゃあそうもならない。
寺の境内、家族の集まり、何処かを一緒に歩いた。
小さな掌同士で、朧でも繋いだこともあったかもしれない。
その記憶の中でずっと、眠ってた気持ちが今も。

今を待ちわびていたからだ。

   ・・
「……凛霞」

――小さく、名前を呼ぶ。
腕を降ろし、少し頬を拭った。垂れる汗、顔が熱い。
真っ赤だし、色々と無様かもしれないけど。

出雲寺家の男児は――――常に、


「……」

    時計の音。時刻を告げる鐘。


      「俺は」

              止まってた時間は、

                    「お前のことを」

                            止まってた心臓は、



    「ずっと好きでいて、今も好きで、これからも好きだ」



                                    今動き出した。

伊都波 凛霞 >  
「は、はい」

急に名前で呼ばれ、つい畏まってしまう。

子供の頃は、どう呼び合っていたっけ。
霞の中にある記憶は、どこか朧げ。
たくさんのことを知って、覚えてゆく子供の時分の記憶は薄くなりガチなのだという。
異能に目覚めて、学業、委員会、妹のこと、これからのこと。
たくさん考えることもあって。
それでも完全に消えなかった約束という記憶が、今は鮮明にすら思える。

そして、彼の紡ぐ言の葉は…。
一つ一つに、これまで離れていた分の想いが乗せられていて。
ずっと離れていたのに。
もしかしたらお互い内面なんて全然変わってしまっているかもしれないのに。
そんなことどうでも良いんだ、なんて重せてくれるくらいに。一つ一つが胸を弾ませる。

「───不肖、伊都波凛霞…不束者ですが、

「出雲寺洟弦の許嫁として、今後も精進いたします」

そう言って、まっすぐにぺこりと頭を下げる。
古式ゆかしき家柄の娘を凛然と思わせる振る舞い。
でもそれは、その瞬間だけのもの。
顔をあげたときには、彼の子供時代の記憶にあるような、屈託のない笑みを浮かべていた。

「そんなわけで、律儀に約束を守ってた私は夏の予定まだなーんにも決まってない真っ白なんですけど!」

「洟弦が埋めてくれる、よね?」

そういって微笑む顔は、眩いばかり。
二人を別々の場所で束縛していた呪いは解け…進む先を照らす祝福へと変わったのだ。

「今の洟弦のこともっと知らなきゃだし。私も、知ってもらわないとなんだから」

やや手元をもじらせつつ言う言葉は、暗にこう言っている。
離れてた間の時間をそのまま取り戻す勢いで、沢山デートしようね…と。
…なんかそれはもう、脅迫めいた圧すら感じる程であった。

出雲寺 洟弦 > ――――告げ切った言葉の後に、押し黙って少しの沈黙。


……この一瞬で、子供のころの記憶が全て、
頭の中を鮮明に染め直すように、真っ白か、鈍色の記憶の紙の上に、
――只々、溢れて広がっていく。


嗚呼、そうか。ずっと、ずっと想っていた。
言い切ってやっと思い出せた、この熱情は、感情は、慕情は。
今、息を吹き返していた。いいや、ずっと生きていた。

「……ぁ、ぉ、おう」

真っ直ぐに、かつ、凛然な返答には、思わずどもってしまったけど。それからすぐに上がった顔が屈託なく笑っているので、安心したように力を抜いた。

「……どうしよ、バイト先の店長に色々先に予定のこと相談しないといけないから……すぐに返事はできない、けど」

実際生々しい問題、彼女が出来たので夏のバイトのシフト代わりを探して下さいとかこのタイミングで打ち明けたら絶対駄目って言われそうだけど。

……押し通すか。うん。

「……約束する。この夏ひとつで、お前に今の俺のことを、沢山教えてやる。それで、今の凛霞のことも、沢山知りたい。
――ああ、でもあれだ、その、無理のない範囲でな!うん!」

最後にちょっとこうなる辺りがなんとも。
あの頃の寺産まれ寺育ちにしちゃバカ男児だった洟弦は、
今やすっかりチェリーボーイだ。異性との付き合い方が下手くそだ。真っ当な童貞野郎のクソナードだ。

だけど、きっと世界で一番、伊都波凛霞を好きなのは、こいつだ。

伊都波 凛霞 >  
「そこはもう…頑張って♡」

ね?と悪戯な笑み。

「でもバイトしてるんだ。
 私みたく家族で…わけじゃないんだもんね」

さすがに寺ごと島にはやってこれない。
そんな彼の今の事情すらも、知らないことばかり。

でも大丈夫。手は繋げた。
もう、再会できないかもしれない。
約束なんてもう意味がないのかもしれない、なんて思う必要がないのだ。
それはもう、誰かに自慢してまわりたいくらい、幸せなことだと思える…。

「わかってる。焦る必要なんてない、でしょ?
 だって、これからも…って、言ってくれたし…」

反芻するように言葉にしてみれば、照れくさくまた顔に熱を感じる。
夕暮れ時、夕焼け空のせいだけでなく…成長した幼馴染の、頬に朱の差した恥ずかしげな表情は彼の眼にはどう映るのか。

出雲寺 洟弦 > 「……マジか」

いや、まぁ、頑張るけども。頑張るしかないんだけどさ。
そうも言われては……。

「ああ、うん、商店街の自転車屋。薄給だけど店の人が良い人でさ……って、まぁだから大丈夫だよ、きっと」

頭頂部がだいぶ怪しいが、これが自分のせいでより後退することになりはしないだろう、きっと。

――焦る必要はない、そう、これから、ずっと。

……ずっとって言えるか?いや――言わなきゃ。言うんだ。

「……」


顔、赤いな。
――彼だって、顔はとっくに真っ赤なんだが。
時計台の裏、差し込む夕陽もだいぶ遠い。
……少しだけ湿った風で、頬が照っている。

「……」

――ちょっと、気まずい。けど、それ以上に今、とても。

ああ、顔が熱い。

伊都波 凛霞 >  
お互い、顔が赤い…。
どっちのほうが、赤いんだろ…。
誰も来ない時計塔の裏で、二人で押し黙っていると‥なんだか…。

そうだよ。ようやく先に進める。
お互いがお互いでこれから何をしたところで、それは、速すぎるなんてことない。
だって、ずっと時間が止まっていたんだから。
……遅すぎるぐらい。のはずなんだから。

お互いの距離を一歩進めるのに必要なことってなんだろう?
今日から恋人同士、なんて言ったってすぐに実感が湧くわけじゃない。
だって昨日まではいなかった…いつまた会えるかもわからない相手だった。
よーく話してみたら、お互い全然変わってしまっているかもしれなし…。
それを確かめるには、一緒に過ごすしかないわけで…。

頭の中がこんがらがっちゃう。

「……じゃ、じゃあ…」

子供の頃は、どうだったかな。
多分、どちらかが主導権を握ってた、とは思うんだけど。

「今日から、こ…恋人、同士って、ことで……」

自分から前に歩かないと、距離なんて縮められない。

「………一緒に、帰ろう?」

はぁぁぁぁぁぁぁ………。
それ、顔真っ赤にしてまで言うことかな…。
こんなに奥手だったんだ、自分……。

出雲寺 洟弦 > この状況、この時間、この沈黙、この――二人きりっていうのは。

……いや、これから恋人、となれば。
歩き出すなら、自分がリード出来るくらい、でないと。

リードってなんだ?どうすればいい?そもそも女子相手にこういう関係なんていう経験は無論ない、ない上に男子特有の偏った情報ばかり周囲から入ってくるものだ。
肩を抱く、抱き締める、壁ドン、肩ズンだとかなんだとか。
……肩ズンってなんだ???

相手が押し黙ってずっと沈黙、顔は赤くて何処か蠱惑的……落ち着け。

――リード、リード、つまり?

……。


「あ――――」

一緒に、帰ろう。

先に言われて、開きかけた口が中途半端に止まって。

「……ああ、うん、そう、だな」

小さく萎んだ。切り出し始め損ねてしまった。
……視線を逸らしながら、頬を掻いて、自分の手の遅さに自責。なんともうまくいかない。
相手も多分、ちょっと気まずいだろうし、ここで踏み込む……というのも。


……時計を見上げて、時間を見る。いい時間だし。

「……あんま遅くなるとあれだしな」

――苦笑いで振り返って、ごく、自然に。


手を差し出した。

「……ああでも、帰り路は多分途中までおんなじだよな?少し話しながらでもならいいか」

――差し出した本人が、その手をつなごうという誘いを自然にやってのけている。

伊都波 凛霞 >  
「そんな謙虚なこと言わずに、送ってってよ」

差し伸べられた手をとる。
当たり前に、ごく自然に、手を繋いだ。
あの頃にそうしていた、みたいに。

「私、こう見えてめちゃめちゃ甘えたな性格に育ったからね?」

彼はどう成長したんだろう。
顔や身体だけじゃない、きっと、もっと。
知らないことばかりの筈だから。
帰り道は、うんと話そう。
お互いのこと、離れている間にあったこと…。
多分、帰り道だけじゃ全然足りない。
お家に帰ったら夕飯とお風呂を済ませて、通話もかけちゃおう。
ちょっとくらいそれで夜ふかししたって、きっと大丈夫。
お互いがどちらか自然におやすみ、って言うまで…話し込んじゃったっていい。

手を繋いで、時計塔の裏から出れば、ものすごく視界がひらけていた。
それはなんだから、物理的にどうとか…じゃなくて。
そう、気持ち的な問題…。
すごく、心が晴れやかになった気分。

「じゃあ…」

「帰ろ、洟弦」

夕焼けを前にした、あの頃に見た子供の頃の凛霞の姿がその笑顔に被る。
その笑い方は何も変わっていなくて、表情はそのままに大人びた、許嫁の姿が彼の眼の前に。

出雲寺 洟弦 > 「――…………」


――そーいう感じかぁ。      遠ざかった自分の目が、

いや、まぁ、望む所とか言えんのかなぁ。     随分遠くから

これから先、俺は凛霞の彼氏だし。        後頭部を視ている。


触れ合った手、握り合った掌、絡め合った指先。
恋人繋ぎの形に自然となってしまう。

歩き出して、夢心地のような――幻ではない彼女の振り返った顔が、眩しい。
ただ何も変わってない。心根の伊都波凛霞は、あの頃から何も。

ただそう、少し大人に近づいた彼女だから。



「……甘えてきていいよ、幾らでも貸してやるさ、胸も腕も、なんでも」

歩み寄り、もう少し隣に、もう少し近くにいってから笑って返す横顔。
眼を細めて笑った彼が、今どういう心かというならば、割ともう考えるのをやめて自分のままに振る舞ってる。
そういう彼は隣に立てば、きっと見てるよりずっと大きい。

大きくて――同時に、彼もそれだけ、大人に近づいているという訳で。

「凛霞」


――――帰り道の前に、名前を呼び。

引いた手が、そのまま背中を浚って寄せた。


大きな胸板に、とんと軽く肩を当てさせるくらいの、優しくて淡いハグ。



「――待たせて、ごめんな」

小さな、小さな声は果たして届いただろうか。
それとも抱き締められて驚いて、頭真っ白で聞こえちゃないだろうか。

……本当に微かな時間だった。

手を繋いで、歩幅を合わせて歩き出す足は、それから自分が先に踏み出す。
ハグしたことについては聞いてやらない答えてやらない。
こういう事出来るようになったぞっていう、"男の子"のそういうところだ。
果たして帰り道、どういう感じになるもんか。



何事もなく彼はそれから帰り道に、昔から今までのことを、時間の許す限りにお互いに聞いて伝えて、家で別れるところまで。
交わし合って、話し合って、あの頃のままだったり、そうじゃなかったりの、まずの片鱗から重ねていったそうだ。

ご案内:「青梅雨の季節」から出雲寺 洟弦さんが去りました。
ご案内:「青梅雨の季節」から伊都波 凛霞さんが去りました。