2024/09/29 のログ
■杉本久遠 >
「だ――んんっ、揶揄わないでくださいよ。
そんな簡単に手を出したりできませんって」
女郎花の言い方に、軽く咽てしまいつつ。
相変わらず敵いそうにない人だなあ、と。
「ああ、そうですね。
なんていえばいいんだ?」
少し悩んで見るものの、上手い説明が思いつかない。
それはまた、久遠にとっても突然の事だったのだ。
「彼女から、特別な劇への招待が来たんです。
それで、それを見に行って、劇の内容を見て。
その内容が明らかに『フェニーチェ』をモデルにしてるだろう劇だったので。
とはいえ、見た直後はなんにもわからなかったんですけどね。
後から色々調べて、なんとなくわかったってくらいで」
腕を組んで、眉をしかめる。
「別に彼女から、劇の感想を求められてるわけでもないんですよ。
ただ、彼女の本心というか、そう言うのの端っこにでも触れられたような気がして。
だから、なるべくあの劇の背景を知ってから、彼女と話がしたい、そう思ってるんです」
■女郎花 >
「ふむ……成程、経緯については理解した。
ならばその女に直接聞けば良いではないか、と思わんでもないが……いや――」
それこそが対話なのではないか、と。
女郎花は口にしかけて。
「――そこまでも達しておらぬ、というところか。
まずは取り付く島を持たねば、対話もままならぬと言ったところか、の」
顔も名も知らぬ相手と、眼前の青年の関係について、そのような憶測を述べる。
自然にそのような話ができる間柄であれば、
態々このような場所へ情報収集に来る必要もない。
「『フェニーチェ』。かつてこの落第街に、劇場を構えていた違反部活じゃ。
ただ劇をやっておればよかったのじゃが、客に薬物の提供を行っておってな。
それが露呈し、強制捜査。いつしか自然消滅したのじゃ」
不死鳥のビールタップに両手を添えながら、女郎花は言葉を継ぐ。
「それで、消えたと思われておったたんじゃがな。
その名の如く、復活を遂げたんじゃよ。残党がおったんじゃ、残党が。
狂った役を揃えた、狂気的な劇を……この世で演じようと、
彼らはその目的を胸に、島を荒らしていたという訳じゃ。
様々な違法行為に手を染めてな」
■杉本久遠 >
『そこまでも達していない』と、はっきり言われると、流石に胸に刺さる物がある。
「――たはは、まあ、その通りです」
そう答えつつも頭を抱えたい気持ちだ。
女郎花から話されるのは、自分の日常とはあまりに関わりのない言葉ばかり。
「それで、その。
復活した残党っていうのは、どうなったんですか?
なんていうか――その、誰に討たれたとか」
今、その名前を聞かないという事は、すでに存在しないのだろう。
恐らくはあの劇での『騎士』役。
それにあたる人物が居たに違いないのだが。
■女郎花 >
「……ならば、今から踏み込んで話をしてやれば良いだけのこと。
此度、御身が此処にやって来たのは、その一歩というところかノォ」
飴ばかりくれてやっては毒になる。
故に少々鞭を打ってやったが、
幼子へは甘言を与えてしまいたくなるのが女郎花の悪い癖であった。
「ある者は斃れ、ある者は舞台から姿を消した。
話せば長くなるし、吾人とて知らぬことも多い。
ま、吾人が耳にしたのは限られた物語ではあるが……それでも。
『七色』『美術屋』と呼ばれる者達の、天津重工本社ビル爆破未遂事件。
規模が規模だけに、印象的な事件であったナ。
数多の風紀委員が出動したが……
直接討ったのは、ある女じゃナ。
『癲狂聖者』と呼ばれる者を討ったのも、同じ女だったと、耳にしてはおる。
今ではとんと、前線に出ておらぬようじゃがナ、
数多の違反部活と交戦し、この店に並ぶ酒もそいつの手によって作られたものが
少なくない。
時を操る異能を持つ、金髪隻眼の女。
風紀の荒事屋――時空圧壊のレイチェル・ラムレイじゃ」
■杉本久遠 >
「そんな事件があったのか。
ほんとに、『ただの学生』をしてると知らない事ばっかりだ」
そう言いながら、ぐい、とグラスを呷り。
眉根を寄せながら、その印象的な名前を呟く。
「――レイチェル・ラムレイ、か」
名前だけなら知っている。
それくらいには有名な学生だ。
とはいえ、学園内で出会う事は滅多にある事じゃないが。
風紀委員会の看板、都市伝説かの用に噂になっている、『ヒーロー』のような存在。
もちろんそれも――『ただの学生たち』の間での噂だ。
「はあ――とすると、アレはある意味ふられたのかな。
劇では、ラムレイをモチーフにした役があってさ。
なんというか、愛のようなものを感じさせる一幕もあったんだ。
当然だけど、オレをモデルにしたような役はなかったし」
腕を組んで、はぁ、と天井を仰いで息を吐く。
「まあ――うん。
ありがとう姐さん。
なんとなく、あの劇が誰に向けた物だったのか分かった気がする。
オレが招待されたのは――ほんとに、盛大にふられたのかもなあ」
そう言いながら、どことなく寂しそうに笑いつつ、空になったグラスを女郎花に返す。
「姐さん、今の、もう一杯貰えるか?
酔いつぶれるつもりはないが、軽く酔って帰りたい気分だ」
酒にはなんだかんだと強い。
この複雑な心境が、アルコールで薄まるくらいには、美味い酒を味わいたい心地だった。
■女郎花 >
「吾人は。
その劇を見てはおらぬし、詳細も知らぬ。
それに、フェニーチェの構成員を全て知っている、という訳でも勿論ない。
頭にある内部事情も、あくまで当時、落第街で見聞きしたもののみに過ぎない。
その女が残党なのか、或いは関わりのあった者なのかも知らぬ。
故に正解は掴めぬ」
片目を閉じ、人差し指を左右に振って、女郎花は語を継ぐ。
「しかし、じゃ。
御身がどれほどその女と話を交わしたかは知らぬが、
その女の真意は、そう簡単に掴めるものなのかノォ。
もしそうであれば、ここまで来る必要もなかろうて。
掴んだ気になるな。それは驕り以外の何者でもない。
己でその者の前に立ち、掴もうとしなければ何も見えぬじゃろう。
一人で相撲をとるのはよせ。
気になるのであれば、今の話を手にした上で、
女に話を聞けば良い。
故に、落ち込むのも全てが判明してからで良かろ。
吾人は、そう思うがナ。
……ま、それはそれとして、じゃ。
酒と話には付き合ってやらんでもない。
客として、御身をしっかり饗そうぞ、久遠」
陰のあるジャズミュージックが店内に響き渡る中。
女郎花は緩やかに尻尾を振りながら、青年の前で穏やかな笑顔を見せた。
慈しむような、笑みであった。
■杉本久遠 >
「――はは、姐さんには昔から世話を焼かれてばかりだな」
女郎花の言葉に、大きく頷いて、歯を見せるようにしっかりと笑顔を見せる。
「うむ、そんな簡単に内心を掴ませてくれるヒトじゃないからな。
正直、今回も、試されているような気がするんだ。
『わたしはこういう女だ。それでもお前は愛してると言えるのか』ってさ」
その答えは、今の話を聞いた上で――やはり久遠の中で揺らぐことはなかった。
少々、落ち込みそうにはなったが。
「悩み過ぎて、随分ほったらかしてしまったからな、むしろそっちの方で怒られる気がするな――というか、怒って欲しいな。
こうして話してると、うん、オレは随分と彼女に参ってるみたいだ。
これが、本気で誰かを好きになる、って事なんだな」
そう言った久遠の表情は、劇の意味合いの一側面を感じ取った上で、晴れやかだった。
これでようやく彼女に、自分の思いを伝えられる。
その結果がどうなるにせよ――そのチャンスが与えられているだけ嬉しいと思えた。
「――んっ、久しぶりだしな。
こっちに来なくなってから、色々頑張ったんだ。
姐さんを楽しませられる話もあると思うぞ」
そう言って、ゆっくりと酒を味わいながら。
数年ぶりの再会を、恥ずかしい思い出話を交えつつ、楽しむのだった。
ご案内:「違法パブ『地獄の門』」から女郎花さんが去りました。
ご案内:「違法パブ『地獄の門』」から杉本久遠さんが去りました。