2024/12/17 のログ
■ネームレス >
「……主観的な解釈になるケド」
視線をそむけて、少しだけ肩を落とした。
「それなら、なおさら返さなきゃ、応えなきゃいけないんじゃないかなって。
ただ与えられるだけはイヤなんだ。与え合うことがいい関係だと思うから。
風紀びいきの新聞記者がボクの肩持ったなんて、表に出たらタイヘンだろ」
匿名の証言ということになっていて、なおのこと胸を撫で下ろしはしたが。
感情。それを、むしろ神格化してさえいる。
表に現すと書き記す、その力で戦う者は、そうして確かにもらった熱に、報いたいと考えた。
"うけとっておく"という、ある種の、大人の割り切りはなかった。
「理想の自己を実現するためには、必要なコトだからね。
それに……なにかを変えるよりも、
自分が強くなって変わっていくほうが、ずっと手っ取り早いだろ。
反体制とかの、特定の思想に偏った音楽家じゃないからな、ボクは」
平和な時代には、むしろ非効率な生き方ではある。
かわりゆく不安定な世界でも、豊かな場所はとにかく豊かだ。
若く青い勢いは、しかし何処か諦念を内包していた。
問われると、書面から視線が上がって、じっと男を見た。
なにを言いたいのかわからないほど、頭は悪くない。
「……………」
自分で記した名無しを見て、少しだけ考えた。
「自分のこどもに、」
沈黙のあと、ぽつりと呟いた。
「名前をつけるって、どんなきもちなんだろう」
さいきん、名付け親になった。
でもそれは子どもを見つめる親の気持ちを、理解するにはまったく遠いものだった。
■東山 正治 >
くつくつと喉を鳴らして笑っている。
「オタクに好感を持つ連中が多いのも多少はわかるがね。
破天荒に見えて根っここそガリ勉ちゃんなんだな。
まぁ、返したいと思うなら返せる時に返しときな。期限はない。ただ……」
「別に、返す必要も無いものもあるってのは覚えておきな」
それを今すぐやめとけと言う気などさらさら無い。
特に、感情に付いての話なんだ。思うように動くのが正格だ。
ただ、それとなくだけ伝えておくだけのこと。
まるで見守るような眼差し。何処となく言動が寄り添う形は、宛ら教師だ。
「自由奔放を謳えるのは強さだろうな、否定はしない。
オタク一人、"孤独"に生きるなら別にそれでもいいんじゃない?
随分と"生き急いでる"とは思うけどな。何?意外とコミュ障?」
少なくとも東山は、そんな強さに微塵も魅力も力強さも感じない。
寧ろそれは変わっていくと言うよりは、一人で生きる以上は"成り行き"であるとみる。
じ、と見返す東山の視線は何処となく穏やかだ。
「……、……俺はね、昔は奥さんがいたんだよ。
もういないけど、子どもも出来る"予定"だった。
正直、自分でも引くほど舞い上がってたのは覚えてる。
男とか、女とか、何通りも名前を考えて相談して……まぁ、嬉しかったかな」
「名前今や、記号以上の意味を持つ。
祝福と呼ばれれば、呪いとして呼ばれることもある。
今やその為に改名する奴も珍しくはない。……それくらい重要なんだ」
「大事に考えるほど、温かいものだとは思うぜ?」
少なくともそれは一人ではまず味わうことも出来ない温もりだった。
家庭を、隣に歩くものを持ったことで受け取れた、分け与えられるものだ。
穏やかな笑みのように見えて、語る東山は複雑な表情だった。
「まぁ、別にそうじゃなくてもあるだろう?
何時までも貌無しや名無しってワケじゃなくてさ。
オタクが生きていく上で……そう、特別な相手に名乗ることもあったはずだ」
それを省みれば、自ずと名も見えてくるはず。
敢えて東山は問いかけを重ねて、それとなく流すだけ。
答えを直に言わない。"教育"の答えを見つけるのは"生徒"自身だ。
「それとも、俺を今度こそ名付け親にでもしてくれんのかい?」
なんて、冗談一つ。
■ネームレス >
「……。
それだけ悩んで、喜んで、与えられる祝福なのに。
不思議なもんだよな。当たり前のように受け取って生きてしまえるんだから」
返さなくて良いという言葉の意図が、なんとなく読めた気がした。
人の親になるはずだった、家庭を持つという経験をした男とは、
根本的に世界の見え方が違うのだ。
胸襟を開いてみせたその意図を、いまは問うまい。信用はそうして構築していくものだ。
「子ども……家族……」
ぼんやりと、考えた。
それはどのあたりで、欲しいと思うことなのだろう。
彼が伴侶を得たからか。生殖本能にしたがって。あるいは愛の証明として?
――わかり得ないことだ。なにかを殖やすより、別の形で遺したいから。
「名無し」
それでも、重ねた名乗りは、事実に即していた。
いま、なにを名乗ろうと『自称』として塗りつぶしてしまう、社会証明。
それがあまりに尊い宝物であるからこそ、名乗れずにいた。
「本名で呼ばれると、引き裂かれるような感じがする。
きっとまだ、名乗れるほどに、自分を許せないんだと思うよ。
痛くしてほしい相手には、教えてるケド、先生の場合は体罰になるかな」
くく、と肩を震わせて笑うと。
少しだけ考えてから、説明が列挙してあるほうの書類にペン先をあてた。
「こっちのほうが、少しだけ本名に近いよ」
そうして余白にペンをすべらせた。"Anonymous."――匿名。
なにが、どう、本名に近いのか。いずれにせよ、自覚してる名はあるのだ。
「……好きに呼んで構わないから。
解釈は人に委ねるよ。自由な存在だろうと、ガリ勉だろうと――
――これ。委員会への入会が必須になってるケド。
どこ入るか決めるのは来期入ってからでいいんだろ?」
そうして、手続きに戻った。書類をひらひらと揺らした。Namelessの証明。
今後、観察期間が終わるまでは月次で報告と面談義務がある。
短い人生には長く、長い人生には短い期間の付き合いとなろう。
契約は満了したが、お騒がせの犯罪者がお騒がせの問題児になったことに対して、
差し引きがプラスになるようにしなければなるまい。それが、社会との関わり、人生哲学でもあった。
■東山 正治 >
「そんなモンだよ。
当たり前だからこそ、感謝が薄れやすいもんさ。
けど、だからって恩着せがましいのも違う。そういうのはさ」
「そこだけに求めるようなものじゃないだろ?
そういうのを当たり前だと傲慢にならなきゃ、何でも良いのさ」
気安さとも違う気楽さ。
只々律儀なだけなのは肩が凝るのが難儀だと言うこと。
重要なのは"忘れない"ということだけ。
覚えていれば、それは自ずと表に出てくるはずだ。
「ガキには早い話だが、何時しか出来るかもしれねぇ。
最も、オタクはそれとは別のことを考えていそうだが、
それこそ好きにきめなよ。……痴情の縺れだけ持ってこなきゃな」
それこそ理屈や言葉で説明するには、表現が少なすぎる。
感情的な、もっと本能的な話だ。頭でっかちではわかるまい。
やれやれ、と肩を竦めればゆっくりと席を立つ。
軽く伸びをし、僅かに軋む骨の音が中年臭い。
「……それだけ真名に特別なことがあるってコトでしょうがよ。
自分をそこまで罰する位なら、もっと真っ当に生きて欲しいモンだが……何?」
「俺にそんな趣味はねぇが、言っとくが"手は早いよ"?」
それこそ返すようにくつくつと笑った。
未だ空白に近いようには見えるが、嘘ではない。
まぁ、そう言うなら一旦此れでも良いだろう。
委員会の方でも受理はされるはずだ。
「そこは自分で決めなよ。委員会活動は、
最もわかりやすい社会貢献の一つだからな。
……それと、お前の担当と責任は俺なんだから、あんまりお痛すんなよ?」
「責任は取ってやるけど、限度はあるからな?」
東山の内面はどす黒い憎しみがふつふつと燃え続けている。
今まで吐いた悪意一つ一つに嘘はない。だが、人であった。
若きを導き、大人として責務を果たす、また一人の教師である。
署名が完了した書類を一枚手に取り一瞥すれば、へらりと笑みを浮かべた。
「まぁ、まだ少し早いが……」
だからこそ、生徒に手を差し伸べる。
■東山 正治 >
「ようこそ、常世学園へ。小さなクソガキ」
■東山 正治 >
また一人こうして学園の門は開かれた。
きっと数年程度の短い付き合いにはなるだろう。
それと同時に、その生涯に忘れられない程刻まれるほどの出来事たるかは……。
それはまた、別の話。
ご案内:「とある事務所」からネームレスさんが去りました。
ご案内:「とある事務所」から東山 正治さんが去りました。