2024/06/26 のログ
ご案内:「常世総合病院 個室型ICU」に緋月さんが現れました。
総合病院 > 常世総合病院の個室型ICU。
その一室は、今も尚厳しく立ち入りが制限されている。

訪れるのは定期確認を行う看護師と、日に一度経過観察に訪れる医師のみ。
それ以外には、一定の周期で繰り返される医療機器の電子音と、ベッドに横たわる人物の呼吸音だけが響く。

緋月 > 天井を眺めながら、はぁ、と、億劫そうに息を吐く、ベッドに横たわる少女。
意識が戻ってから、見ているのはこの天井だけだ。

「…身体が、動かせれば…。」

ぽつり、とぼやきが一言。
実際、様々な意味で今は寝ているしかなかった。
身体に繋がれている線やら管やらのせいで、起き上がるのも難しい。
それがなくても、起き上がるだけの力を出す事が難しい。
禁じ手を使った反動は、思った以上に大きかった。

「調息を行っても、それこそ焼け石に水か…。」

ため息がまた漏れる。
医師を名乗った者からの説明によると、経絡が随分とボロボロらしい。
今はその回復を促進する薬を投薬しているが、それでも元に戻るには相応の時間がかかるという。

緋月 > とりあえず、今出来る事は静かに横になっている事だけとの事だった。
食事を摂る事も出来ないのは、正直堪える。
点滴の効果はあれど、空腹は覚えるのである。

「――む。」

こんこん、と、ドアをノックする音。
医師や看護師の訪れる時間とは随分ズレている。
少し思い出す。自分の状態の問題などから、面会に来られる者は相当制限されているらしい。
つまり、面会に来た者はその制限を潜り抜けられる、確固とした身分の持ち主だという事。

「――どうぞ。鍵は開いているはずです。」

ちょっと掠れた声で返事を返す。
身体を起こして迎える事も出来ない。

ご案内:「常世総合病院 個室型ICU」にポーラ・スーさんが現れました。
ポーラ・スー >  
 ――静かに扉を開けて滑り込んできたのは、和装の見慣れない女だった。

「はあい――こんにちわ、愛しい『剣士ちゃん』」

 しかし、そう掛けられた声は、間違いなく少女の記憶にある女の声であったことだろう。

「目が覚めたって聞いたから、お見舞いにきたのよ」

 女の手は、人差し指が口元に立てられており、それを少女が目に留めたなら、そっと自分の耳元へと指先を動かして示すだろう。
 会話が聞かれている、というジェスチャーだった。

「近くに行ってもいいかしら?
 言葉通りお見舞いなの、ちょっとだけお仕事もあるけどね」

 そう言いながら、片手に提げたバスケットから、フルーツの缶詰を取り出して見せる。
 見せたのは桃の缶詰だ。
 

緋月 > 「き――――――っっ!!」

覚えのある声。
以前に、商店街で突然仕掛けて来た謎の女とよく似た、否、まったく同じ声。
思わず声を立てて起き上がろうとして、ぐったりとベッドに横になる。
理由は簡単、ひどい倦怠感と鈍い痛みで起き上がれなかったのと、女が取った奇妙な仕草。
――流石にバカではない、
何らかの形で、会話が聞かれているという事を伝える仕草だと理解が出来たので、下手な行動は止めただけ。

「――椅子なら、其処にあります。」

なるべく、知人を迎えるような口調で、顎を動かして方向を示す。
よくある丸椅子が置かれている。
桃の缶詰を見ると、視線で何も載っていないサイドテーブルを見やった。

「…機器やら点滴やらが多い、そうなので、足元には気を付けて下さい。」

ポーラ・スー >  
 咄嗟に声が出そうなところを抑えた少女に、やんわりと微笑む。
 その察しの良さと、資料で見た以上に重症そうな様子に、努めて明るい様子で、顔の横で、指二本で丸を作った。

「ありがと、思ったよりも重症そうねえ。
 ああでも、お話が出来るだけいいのかしら?」

 そんな親し気な――まったく演技ではないのだが、とても親しい調子で声を掛けながら、椅子を取り出してベッドサイドに遠慮なく寄り添う。
 バスケットは、サイドテーブルの上に置いた。

「計測器に点滴に、全身ケーブルと管まみれで大変よねえ。
 わたしも似たような経験があるからわかるわ。
 動きたくても動けないし、とってももどかしくなっちゃうのよね」

 そんなふうに世間話をしつつ、少女の顔色を、見てわかるほどの心配そうな様子で覗き込んだ。
 まあ、女の小柄な身長では、少々身を乗り出さなければいけないのだが。

「――うん、顔色は思ったよりいいのね。
 大変じゃない?
 点滴だけだとお腹もすいちゃうし、それに――」

 『お小水とか』なんて、小声で余計な一言まで付け加える始末である。
 どことなく実感が籠っている辺り、本人は苦労したのかもしれない。
 

緋月 > 最後の一言に、顔を真っ赤にしながらぎりり、と歯軋りの音。
年頃の女子ゆえ、流石に気にする事柄だ。

「……器具が繋がっているので、大丈夫だそうです。」

視線を外しながら、真っ赤な顔と小声でぼそり。
ベッドの脇、ドアから入って来る人には見えない場所に「それ用」の器具はしっかり配置され、稼働中である。

「…からかいに来たのならお帰り下さい。
そうでなければ一体何の用ですか――あー……。」

名前を聞いていない事を思い出した。
此処に通されたという事は、少なくとも身分が明らかであり、かつ面会を許される立場の人間であるという事だが。
生憎、どんな立場なのかは想像もつかない。

ポーラ・スー >  
「あら、それなら安心ね!」

 両手を合わせて、『よかったわ!』なんて言うあたり。
 デリカシーは行方不明だが、大真面目に心配していたらしい。
 そして自分を呼ぼうとする少女にくす、と微笑んで。

「あら、忘れちゃった?
 初等教育担当の、ポーラ・スーよ。
 ほらほら、下校指導中に剣士ちゃんが迷子になっちゃった子を連れてきてくれたじゃない。
 あっ、でもその時は自己紹介なんてしなかったわ!」

 『ごめんなさい、うっかりねえ』などと。
 そんな、いかにもありえそうな嘘を交えて、少女に見えるように己の身分証、学生手帳を開いて見せた。

「改めまして、初等教育の、ポーラ・スーよ。
 でも今は、生活委員のお仕事も兼ねてお見舞いに来たのよ」

 そう言って手帳の液晶に表示されるのは『もう少しだけ口裏を合わせて頂戴ね』と、書かれたメッセージだった。
 

緋月 > 「…その節は、失礼しました。
自己紹介は……必要でしょうか。この通り、もう名前は知れてしまっていますし。」

ネームプレートのある方向に軽く視線を向ける。
事前の予約段階で既に名前は知られているだろうし、そうでなくてもこのネームプレートで一目瞭然だ。
ともあれ、手帳に表記された文字を見ると、話を合わせることに注力する。

「生活委員の方だとまでは存じませんでした。
それで、お仕事というのは――――」

少し考える。
そう言えば、手続きのあれこれが随分前に思えて来た。

「――以前に提出した、アレの事でしょうか?」

念の為、少しぼかしての発言。
予想が当たっていれば、これに然るべき反応なり返答なりが戻って来るだろう。
それにしても、

(…何者かに聞かれているとなると、落ち着かない。)

ポーラ・スー >  
「あらあ!
 もちろん必要だわ。
 可愛い女の子の名前には、とーっても大事な意味があるんだもの。
 それにこんな冷たい文字よりも、あなたの愛らしい声で聴きたいの」

 手帳のメッセージを少女が把握してくれたことが、わかると、少々大げさなくらいのリアクションをする。
 まあ、その心底楽しそうな表情からすると、素にしか見えないかもしれないが。

「ちなみに、先生のことは『あーちゃん』って呼んでね。
 ――ええ、そうそう、『剣士ちゃん』はとっても運がいいのよ?」

 そう言いながら、サイドテーブルのバスケットから、一つの箱を取り出すだろう。
 その箱には入手困難な学生手帳最新機種『オモイカネ8』と印字されていた。

「なんと、最新機種のプレゼントー!
 ――とはいえ、まだ自分で操作するのは大変よね。
 ちょっとまってね?」

 そう言ってオモイカネ8を箱から取り出し、起動する。
 液晶画面が正常に表示されたのを確認すると、学生証の画面を表示した。

「はい、これがあなたの大事な学生証です。
 申請された、名前と生年月日、申告してる異能や魔術、他にも間違いがないかゆっくり見て良いから確認してね」

 そう言いながら表示された学生証には、申請、申告した内容に沿って記載がされている事だろう。
 また、画面はインストールされた視線操作アプリによって、インカメラが眼球の動きを読み取り、意外と自由にズームやフォーカス、スクロールと操作できるようになっている。

 そして発行年月日は――『例の夜』の前日になっていた。
 

緋月 > 「――それは、失礼しました。
緋月と、申します。最も、先も申しましたが既に一部では名前が知れて渡っているかも知れませんが。」

促されれば、しっかりと名乗り返す。
流石にそこまで言われて受け流すほど、人でなしではないつもりであった。
そんな間に、何やら勿体ぶった仕草で取り出されるものを見れば、預けられていた携帯電話によく似た代物。
ただ、こちらの方は随分とすっきりしたデザイン。
一連の操作を眺めつつ、表示された画面に視線を集中させる。

「紙か何かで出来たものと思っていましたが…最近のからくりは便利なものですね…。」

この表示されたものが、自身の学生証になるらしい。
言われた通り、表示された内容に目を通す。
名前、生年月日、申告した異能と魔術、などなど(etc etc)――

「――はい、間違いは、ありません。
それと、この発行日は……。」

少し気になった。
この日は――あの鉄腕の怪人だった男との、二度目の戦いの日の前日。
何かしらの、作為を感じる。

「………すみません、発行のお知らせを受け取り忘れていたのでしょうか。」

とりあえず、そんな当たり障りのない言葉でお茶を濁しながら探りをかける。

ポーラ・スー >  
「うんうん、やっぱりちゃんと声で聴くと響きがとーっても素敵だわ!
 それじゃぁ、そうねえ――お月様だもの、『るなちゃん』って呼んじゃうわね」

 断言である。
 もういきなり愛称を付けて、そう呼ぶ宣言。
 距離感があまりにも近すぎた。

「そうなのよ、ごめんなさいねえ。
 うちの不手際で、発行完了の連絡が遅れちゃったの。
 それで『るなちゃん』たら、こんなことになっちゃったでしょう?」

 などと、非常に申し訳そうな声音で話し。
 かと思えば同時に、少女の見えるところで液晶を操作し。
 今度は学生証ではなく、再び『メッセージ』が表示された。

「そのお詫びとして、委員会でストックしてある最新機種の譲渡と、医療費の支援をさせてもらったわ。
 今回の治療と、入院費については気にしなくて大丈夫よ。
 生活委員会でしっかりバックアップさせてもらうから」

 そう微笑みながら、任せて、と自信満々に言って見せながら。

『ごめんね、正式な学籍の無い子が捕り物、それもあれだけ大きな事件の解決に直接関わっちゃった、ってなると、ちょーっとだけ都合が悪い事があったりするの。
 だからこの待遇は、ちょっとした口止め、になるのかしら。
 でも間違いなく正規の手順で用意された学籍と学生証だから、安心してね。
 後は、事情聴取とかがあったら、そこだけ辻褄を合わせてくれると嬉しいわ。
 あなたがこの手帳を受け取ってくれれば、わたしの面倒なお仕事はおしまい。
 お邪魔虫さんにはすぐに退散してもらうから、そうしたら自由にお話しできるわ』

 そんなメッセージを少女が読みやすいような位置で留めつつ。
 自分の右耳を指先で数度示してから、手を握って、勢いよく広げる。
 ようするに、この会話を聞いている者は、少女が従順に『取引』に応じるかを確認したいのだろう。
 そして、声に出して手帳を受け取るような旨を伝えれば、取引が成立した、という事になる――そういう仕組みだった。
 

緋月 > 「る、るなちゃん……。」

突然決められてしまった愛称呼び。
しかも中々に斜め上を飛んでいる呼び方だった。
思わず何とも言えない顔。

「――――。」

一見には説明を大人しく聞いているようにみえる沈黙。
しかし、視線の方は小さな画面に映る文字群に忙しなく視線を走らせている。

(成程、正規の学生ではない私があの一件に関わった事に対する手打ち、のようなものでしょうか。
このからくりの譲渡と、今現在の入院の負担。
確かに、何の後ろ盾も持っていない私には、正直有難いものです。
緋彩さんにも、悪い事にはならないでしょうし…。)

小さく考え、結論を口に出す。

「わかりました。有難く、ご厚意に預からせて貰います。
以前に預かったものは、返却という形で良いのでしょうか?」

以前に持たせて貰った、応急処置的な連絡先であるスマートフォン。
居場所を掴めるアプリも組み込まれているものだ。
受け取るのならば、恐らくは何らかの形で登録された連絡先の引き継ぎも行われるのだろう。

ポーラ・スー >  
「あら?
 だめだったかしら、『るなちゃん』可愛くなかったかしら」

 少女の反応に、返ってくるのは『そこじゃない』と言いたくなるような言葉だった。

「――ああ、よかった!
 もし、こんな複雑そうな道具なんて要らないっ!
 って子だったら、全部やり直しになっちゃうところだったわぁ」

 そう純粋に喜んでいるように返答。
 実際に、断られた場合は別の条件が用意されてはいたものの。
 一番、穏便な内容ではあったのだ。

「レンタルの端末よね。
 返却はいつでも大丈夫よ。
 必要なデータを移動したら、生活委員会宛てに返却して頂戴。
 それじゃあ、この手帳はこれからあなたの物よ。
 後で生体認証の登録はしておいてね――あ、ちゃんと説明書きはあるし、わからなかったらいつでも生活委員に連絡してくれればサポートできるからね」

 と、そこまで話すと、ふう、とゆっくり一息入れて。
 同時に、手帳に表示されていたメッセージは、もともとそう仕組まれていたのだろう、きれいさっぱり削除されていた。

「よかった、これでお仕事はおしまい。
 『るなちゃん』、食欲はある?
 お腹空いたりとか、してないかしら」

 そう言いながら、女は自分の右耳と強めに叩き。
 『いつぞやのように』病室は隔離された。
 いつかと違うのは、その空間の壁は透明でなく、無数のヒビ割れが見て取れる、というところか。
 ――どうやら、自由に話せる時間になった、と言う事のようだ。
 

緋月 > 「いえ、そう言う事ではなく………はぁ、もういいです…。」

諦めの境地。
抗う事は大事だが、時には諦めも肝心である。

「複雑だとは正直思いますが、郷に入りては郷に従えと言いますし。
街中で、よく似たものを手にしている方も日常的に見かけますから、必要なものだとは分かります。」

必要であるのなら、理解は大切である。
理解速度は兎も角、覚えて使おうとする意志が大事だ。
…データ移動などなどは、後で同居人が見舞いに来てくれたら頼む事にした。
生体認証というのはどうも大事そうなので、自分で頑張る事にする。

「――空腹では、あります。ここ数日、何も食べていない筈なので。
お医者様からは、弱った経絡が少しでも回復するまでは動くのは控えるように言われていて。」

つまり、その間は点滴で我慢しろという事らしい。
同時に、いつかのように隔離されたような感覚を感じる。
此処からは、自由に話せる時間という事か。

「――「気を使って」話す時間は、これでおしまいですか?」

ポーラ・スー >  
「ふふ、『るなちゃん』ならそう言ってくれると思ったわ!」

 恐ろしい力おし。
 諦めのため息は、少しも効いていないようだった。
 手帳ふたたび箱にしまってから、サイドテーブルに置いた。

「あらあら、それはちょっと苦しいわね。
 お医者様からは、消化に悪い物じゃなければ大丈夫って聞いたけど。
 んー、甘いフルーツは好き?」

 そう言いながら、先ほど見せた桃のラベルの缶詰を取り出す。

「――ええ、とぉ~っても面白くない、お仕事の時間はおしまい。
 とはいえあんまり長い時間こうしてると怒られちゃうけど、それでものんびりお話しするくらいの時間は平気よ」

 そう答えながら、女の方も肩が凝ったとばかりに、うぅん、と背伸びをするのだった。
 

緋月 > 「……。」

ちょっとだけため息。
額に手を当てたくなったが、そこまで動かしたらまた疲労感で戻すのが大変そうになるので我慢。
取り出された缶詰に、視線が向く。

「それでも、経絡に効く薬があるとかで、楽にはなりました。
腕を動かす位なら、あと1日2日で何とかなるとお医者様からは言われています。」

現在点滴で打たれている薬品の一つである。
余程知識のある者が製造に関わったのだろう、実際意識を取り戻してからに比べると明らかに調子が良くなっている。
代わりに、意識があるレベルに体力がないと負担が強くて打てないと言われた記憶もある。

「…甘味は、好きです。桃は、中々食べる機会がなくて。
個人的には、お粥かうどんが欲しいです。」

正直に白状。意地を張る所でもなし。
ついでに腕が動くようになったら食べたいものも口にして置いた。

「お仕事、ですか……。
先日、私に斬りかかって来たのも、その仕事の一環ですか?」

ちょっとだけ棘のある一言。
正直、あの襲撃のお陰で色々助かった面もあるが、それはそれである。

ポーラ・スー >  
「まあ、思ったよりもずっと早く良くなるのね。
 それならよかったわ。
 動けないって、それだけでとーってもストレスになるもの」

 なんて、頬に手を当てながら、実感の籠ったため息。
 少なくとも長期入院、大怪我の経験でもあるのかもしれニア。

「あらあら、『るなちゃん』は正直さんね。
 でもごめんなさい、調理品は流石に持ち込めなかったの。
 今は、フルーツで我慢してね?」

 そう言いながら缶を開けると、用意していたのだろうフォークで柔らかな一切れを取ると、少女の口元へとそっと運んでいった。

「そうねえ。
 お仕事が八割、趣味が二割くらいかしら。
 あなたの資料を見て気になってたのよ。
 どんな子が入学するのかしら~って」

 桃を差し出しながら答えるその声は、ゆったりと穏やかで、優しい。
 

緋月 > 「此処の医術が、考えていた以上に進んでいたお陰です。
以前に怪我をした時、お世話になった時にも感じた事ですが。」

怪我の程度を考えれば、今回が圧倒的に重症である。
それでもこうして話が出来ているのは、余程医術が進んでいるお陰だろう。
一人の医師の腕が良くても、他が追い付けなければどうしようもない。

「いえ、食べられるだけでもありがたい事なので。
――いただきます。」

一言断りを入れてから軽く首を持ち上げる。無理はしない範囲なので、大丈夫だ。
そのまま差し出された桃に器用に齧りつくと、しっかりと咀嚼してから飲み込む。
咀嚼する間に、椅子に腰掛ける教師の話に耳を傾ける。

「――気になった、で襲われた方としては、たまったものではありません。
怪我が出ないうちに手打ちになったのは幸いですが、あれだけ殺気剥き出しでは普通の方は誤解します。」

はぁ、とため息を吐きながら。
責めている訳ではなく、単にあの時の苦労を思い出しての一言。

ポーラ・スー >  
「そうねえ現代医学は凄いから。
 ――美味しい?」

 少女の言葉に応える前に、少女の反応を伺う。
 桃缶の桃は、加工品であるとはいえ、非常に甘く瑞々しいだろう。
 溶けるように口の中でほぐれる柔らかさは、食べやすく、内臓に負担もかからないだろう。

「そういうお仕事だったのよ。
 自衛のためだからって、反射的に相手を殺してしまうような子だったら、危なっかしくて手綱もなしに迎えてあげられないでしょう?」

 少女が申告通りの能力を有しているか、またその能力を扱えているか、そしてどれだけ自分を制御できるのか。
 それらを見定めるための『捨て駒』に使われたのがポーラだったのである。

「――でも、最期は『るなちゃん』がいけなかったのよ?
 わたしのあんなこころのなか(恥ずかしいところ)を見るんだもの。
 うっかり、本当に殺しそうになっちゃったわ」

 などと、最期の殺意は演じた物ではなく、本物であるとさらりと言う。
 それこそまるで、なんでもない事のように。
 頬を恥ずかしそうに赤らめてさえいる。

「だけど剣士としては、わたしの完敗だったわね。
 異能者としても、かしら。
 はあ、まさか『カタチの無いモノを斬る』なんて、あまりにも素敵な魔剣だわ。
 それにあなたの『月』――綺麗すぎて、見惚れちゃった」

 ほう、とどことなく熱っぽい吐息を零す。
 その様子からは、心底、少女の剣技と異能に惚れ込んでいるようにすら見えるかもしれない。
 

緋月 > 「ええ、おいしい、です。」

むぐ、と咀嚼し切った桃を飲み込み、一息。
桃というともう少し固い印象だったが、この位なら胃にも優しいだろう。
数日ぶりの食事に臓腑が驚く事もないようなので一安心の少女。

「はぁ――つまり当て馬か捨て駒の類だったと。
…まあ、確かに、そう言われると痛いです。」

あの場で本気で殺しにかかってしまったら、確かに危険視されてもおかしくはない。
納得と痛い所を突かれたばつの悪さが一緒に心に浮かんでくる。
――結果論だが、あの時の判断は間違ってはいなかったようだ。

「やめてください、ホントに悪かったですから…。
あそこで何とか逃げるにはあれ位はしないといけなかったので……。」

両手が動けば顔を隠したかった。情けない。

「――いえ、私如き、まだまだです。
それに、あれは――技術になっているものであって、本物の「魔剣」には程遠い。
私自身、それを身につける旅の途中でしたので…。」

謙遜という訳でもない。卑下というには負の感情も薄い。
事実として、あの「技」は、少女の中では「魔剣」からは程遠い技術なのだろう。

ポーラ・スー >  
「ええそうなの、酷いでしょう?
 わたしみたいな女の子を『捨て駒』にするなんて、思わず転職活動も考えちゃうわ」

 なんて、袖口で目元を覆って、泣いたふり。
 実際は公安委員会の管理下から離れられないのだが、気持ちとしては生活委員会と教員の生活だけに専念したいのである。

「――ふふっ、わかってるわ。
 でも、あそこで見た事は内緒よ?
 じゃないと――ほんとに泣いちゃうんだから」

 少女の口元に自分の人差し指を近づけて、ほんのり潤んだ蒼い瞳でじっと見つめる。

「『るなちゃん』でもまだ道半ばなのねえ。
 それでも、あなたが間違いなく一人の命と――たくさんの人を守ったのは間違いないわ。
 ――たいへんよくできました」

 そう穏やかに微笑む様子は、いつぞやに見た狂気じみた愛情に嘘偽りがない事を証明するだろう。
 小柄な体は少しだけ身を乗り出して、少女の頭を優しく、慈しむように撫でようとする。
 

緋月 > 「むぅ…酷いかどうかは兎も角、この街……いえ、「学園」が、決して居心地の良いだけの場所でないことは、
何となくですが、理解出来ました。
大人しくしていれば、変な事には巻き込まれないと思いたい、ですが。」

命を落とすかも知れない前提の「仕事」というのは、ただ事ではない。
先日の戦いもあって、薄々感じていた事が、更に実感を伴って来た、といえば正しいか。

「…分かりました、他言は無用という事で。
どうせ余人に話した所で与太話扱いが関の山でしょうし、私の胸にしまって置きます。」

少しだけウソである。
話せば信じる者はいるかも知れないが、それで目の前の女性の立場が悪くなるのは避けたい。
「与太話扱いされる」という前提を置いての、他言はしないという宣言だった。

「――――はい、先はまだまるで見えません。
あの戦闘を…あの人を止められたのも、少し狡い真似をしたせいです。
そうでもしないと止められそうにない、と思っただけで…。
結局はこの有様ですから、褒められるような真似ではないです。」

大人しく撫でられつつも、少し複雑な表情。
最も、自身の判断の結果、命が危うくなって他者に心配をかけた事を思えばむべなるかな。

「捕まった筈の、あの人には――私の事は精々大怪我を負って大人しく入院中位に留めて貰いたいものです。
生死の境を彷徨ったなどと知って、変に気負って欲しくはないので。」

ポーラ・スー >  
「実験都市、未来都市モデル、言い方は色々あるけどね。
 その実は――あなたが見たように、秩序の基盤すら危ういバランスで成り立ってるのよ。
 そうねえ、わたしに言えるのは、気になる事には近づかない方がいいわ。
 あなたがきっと『放っておけない』と思うような事は、深入りするにはちょぉっとだけ、危ないと思うわ」

 そう、少女の性格を想いつつ、静かに言う。

「静かに学業に専念していれば、よほどの事なんて無いと思うけど、ね?」

 言外に、少女に『見て見ぬふりは出来ないでしょう?』と、悪だくみをする子供のような眼差しで語っていた。

「まったくもう――ほんとにいい子なんだから」

 くすくすと微笑みながら、少女の薄い色の髪に指を通し。
 愛おしそうに、ゆっくりと少女の頬へと手が滑っていく。

「『彼』がどうなるのか、どうなったか。
 わたしには詳しく教えてもらえない事だわ、ごめんなさい。
 でも、とっても頼もしい風紀委員さんが動いてくれたようだから、安心して?」

 そうまさに心身を賭した少女を労わるように、緩やかな半円を描く目元をそっとなぞった。

「ね、『るなちゃん』。
 わたしの恥ずかしいところ(あんなところ)を見た代わりに、あなたが道の先に目指すものを。
 剣の道の先に描く未来を、お話ししてくれるかしら?」

 そう、ゆっくりとした柔らかな口調で、静かに問いかける。
 

緋月 > 「むぅ…難しい事はよく分かりませんが。
つまり、この街には、あるいはこの街にも――光と同様に、陰がある、と。」

光ある所に陰あるは道理。光が強くなる程に、陰もまた強くなる。
今まで見た中で、特に進んでいる――様々な、技術の発達したと言えるこの都市は、同時に
強い陰を抱えているのだろうと、少女は思う。
恐らく、自身が関わったあの一件が、氷山の一角に過ぎない程に。

「それは――そう、ですね、その時になってみないと、わからないとしか、私には言えないです。」

ぼやかした表現。
だが、恐らくそれも目の前の女性は見抜いているに違いない。
何の根拠もないが、そんな確信がある。
あの一件についてどうやら頼れる人物が動いてくれたらしい事を知れば、少女は気が抜けたように大きく息を吐く。

「道の果てに、目指すもの――ですか…。」

少しだけ悩む。
ちょっと迷いながら、口を開く。
子供の戯言と思われるかも知れない、という気持ちと、己がブレなければ良い、という気持ちが同居したもの。

「――――人を、知る為の剣を。
命を斬る事無く、その本質を斬る(理解する)為の一太刀を。

どうしても、誰かの事を深く知ろうと思うと――私は、誰かを斬りたくなってしまう。
だから、知る為に命を斬る事のない技を。
命を斬らず、本質に手を届かせる為の剣を。

笑われようと、それが私の望む剣です。」

ポーラ・スー >  
「そういうこと。
 わたしも生活委員で初等教育の先生だけど――」

 『こうあんだもの』と、唇だけの動きで伝える。
 既に刀を交えた相手であり、信じられる愛しい少女。
 諜報と暗躍が仕事と言え――隠す理由はもうなかった。

「ふふっ、素直な子は大好きよ。
 その時は一人で無茶はしない様に。
 これはせんせいとしての、忠告よ」

 無茶をするなとは言わない。
 どころか、その瞬間と対峙するだろう少女を応援するように、温かみのある声で微笑む。

「ええ、あなたの目指すもの。
 『るなちゃん』が見据える未来(ねがい)――」

 そして語られた少女の言葉は、とても真っすぐで。
 どこか歯がゆく、愛らしい。
 純粋で――とても優しい理想(ゆめ)だった。

「ああ――」

 その少女の理想を聞いて、そっと手を引き、胸の前で祈るように手を組んだ。
 それは神に祈るような仕草でもあり、少女の前途を祝福するようでもある。

「とても素敵な答えだわ。
 はーぁ、『るなちゃん』ったら、わたしをこれ以上、虜にしてどうしちゃいたいのかしら。
 もう、こーんなに愛しく思っているのに」

 と、組んだ手を広げて、大げさなくらいに手を広げて、子供の様に笑った。
 その笑い声はあまりに無邪気で、幼子のようにすら感じられるだろう。

「――わたしはね」

 その口から、小さく息が漏れるように声が。

「楽園を作りたいの」

 蒼い瞳は、一瞬、どこか果てしなく遠くへと視線を向けた。

「尊い祈りが報われて、純朴な信心が救われて、誰もが愛し合える、無疵(むか)でいられる楽園。
 星々が輝いて、その優しさで全てを包み抱擁する――星海の楽園」

 うっとりと、それこそ子供じみた夢物語を語る女は。
 それを少しも絵空事(ゆめ)だとは思っていない。
 己ならそれが出来ると無心に、無邪気に、無垢に――そして狂気的に。
 自分自身をどこまでも信仰していた。

「――どうかしら。
 『るなちゃん』、あなたはわたしの理想(ゆめ)を笑うかしら」

 そう、穏やかな狂気を湛え――ただ静かに、光すら呑み込む深淵のような蒼い瞳は、少女の優しく純朴な赤をのぞき込んだ。
 

緋月 > 公安。覚えの無い響きである。
が、恐らくは「風紀と違った立場」で秩序を守る者なのだろう、と、少女は理解する。
目の前の教師を名乗る女性が自身にけしかけられた理由から、そう推測した。
唇だけ、という事はこれも内密のものなのだろう。
少女は目の動きだけで理解の旨を伝える。

「ご忠告、痛み入ります。
一人で出来る事がたかが知れているのは、あの事件で実感しました。
――運が良かったから、女生徒をひとり、逃がす事が出来た。
剣腕に覚えがあった所で、一人の腕で出来る事なぞ所詮はその程度です。」

どれだけ腕が立とうが、所詮一人では己の腕の届くところしか何とも出来ない。
否、少ししくじればその範囲でも思うようにならない事さえある。
一人で出来る事など知れたもの。嫌でも痛感していた。

「…そんな大層なものではありません。
それに、道筋は見えどもその果てがまるで見えてこない。
まだまだ、私は未熟者です。」

あの戦いの折、放つ事が出来たのは、己の生命を賭けて「その未来」を手繰り寄せたから。
言ってみれば、ほんの一時許された「ズル」である。
そんな返しをしつつも、教師が語る夢に、ベッドに横たわる少女は真剣な瞳で耳を傾ける。
思慮の為の時間を置いて、少女は口を開く。

「――それを語る人が実現を夢見て、それを為さんと足掻くならば、何を笑うものでしょう。
如何なる偉業も、最初(はじまり)は夢に過ぎなかった。なれば夢を語る者を笑うまい。
まして、己も(理想)を抱える身なれば。」

そして、小さく苦笑い。

「惜しむらくは、先生の語られる「楽園」に――私は入る事が出来なさそうです。
此の身は剣に捧げた身なれば――楽園(安らぎ)は要らぬ、七難八苦(試練)が欲しい。
それだけは、申し訳ございません。」

ポーラ・スー >  
「一人の限界を知った『るなちゃん』は、きっと強くなれるわ。
 今はまだ、ゆっくりとした歩みでも、大丈夫」

 一人で出来る事、を知った少女に笑いかけた。
 子供の成長を喜ぶような、温かな笑み。

 そして互いの果てしなく遠い理想(ゆめ)を語り合って――女は大きな声で笑った。

「あは――はぁーぁ。
 いいのよ、見ているものが違えば、道も違うでしょう?
 それならもちろん、辿り着く場所だって違うわ。
 今は、偶然、わたしとあなたの道が重なっているだけ」

 そう言いながらまた、缶の桃をフォークでとって、少女へと差し出そうと身を乗り出すだろう。

「もしかしたら、わたしたちの道は交わるかもしれないし、ぶつかるかもしれない。
 そしてもし、あなたの道をわたしが閉ざすようなら。
 あなたの優しい月で、わたしを照らして。
 だから、覚えていて、わたしを――」

 少女の口が桃を含めば、それと同時に女は少女の耳元へと静かに口元を寄せる――
 

『     』 >  

『――■■■■■』

 

ポーラ・スー >  
 ――それが何を表すのか、少女に伝わっただろうか。

 ――それは■■■が永劫、失ったものであり。

 ――それは■■■が永久(とこしえ)になった証でもある。

「愛しい『るなちゃん』
 あなたのこれからが、無限の群星に彩られますように」

 そう言って、少女から顔を放す。
 女は、それこそ祈るように、穏やかに笑っている。