2025/01/23 のログ
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」に❖❖❖❖❖さんが現れました。
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」にネームレスさんが現れました。
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」に緋月さんが現れました。
ネームレス >  
晴天。
正午をやや過ぎた頃。
中心部から北東にむけて、10分ほど単車を走らせた場所が目的地だ。
荒涼とした未開拓区は、そこが汚染されているなどと信じられないほど静かだ。
一枚めくれば星骸の海――そう感じると、手袋の奥に嫌な汗が滲む。

汚染隔離区域――不可視の結界に遮断された物々しい看板と裏腹に、
すでに多くの志願者が、様々な形態でこの"事件"の対処にあたっていたため。
目的地には問題なく到達することができた。
 
「さて」

普段のバイクとは異なる、装甲を纏った単車から降車する。
フルフェイスを外して血の色の髪を揺するとシートに休めた。
ポケットから取り出した円錐状の宝石を翳すと、巨大な駆体が光に融けて石中へ吸い込まれる。

「――おやすみ中みたいだな。
 寝起きが悪くないとイイんだケド」

普段と違って――あるいは出会った時のような。
黒いコートには各所に優美な銀の装飾があしらわれ、歩むとベルベットのような緋の裏地が覗く。
有事のためにと戦闘用の魔導衣を注文した結果、現代装の形態をとったものとなったのだが、
この存在が身に纏うと魔術師というか――相変わらずなんでも舞台衣装のような輝きを帯びた。

「準備は?」

場違いに気安い調子で、如何な形か同道した"護衛"に声をかける。
公演前の大事な時期、無事に登壇できるかは彼女の活躍も大きい。

緋月 >  
後ろに座っていた、もう一人の人影。
ひょいと単車から降りれば、予備のヘルメットを外して軽く首を振り、
固まった首回りをほぐしながらヘルメットを返却。

その服装も、普段の外套に書生服のそれではなく。
いつか来ていた、薄手の生地の黒いコート。
だが、その下の服は異なる。普段着ている外套のような喰らい赤色の馬乗り袴に、
黒地に多数の花柄――血のように鮮やかな色の曼殊沙華が刺繍された上着。
声をかけてきた麗人の髪を使ったかのようにも見える、紅の花々を纏い。

「――大丈夫です。
…「こっち」の方も、随分と只ならぬ気配を感じているようで。」

言いながら、腰の刀袋とは別の、背に背負った片刃の大剣を外す。
全長凡そ120cm、刀身に九字の刻まれた、普段は沈黙を守る大剣は、
しかしまるで何かに反応するように、九の文字が薄らと光を放っている。
この場に眠る「何か」の気配を感じ取ったのか、あるいはそれ以外の何かを感じたのか。
いずれにしろ、只事ならぬ雰囲気を。

「…「使い方」は、大丈夫ですか?」

事前の作戦会議でレクチャーした、片刃の大剣の使い方を今一度確認。
――と言っても、「使用可能」になるのはほぼ「自動」なのだが。
この気配ならば、恐らくその封が解かれるのも時間の問題だろう。

ネームレス >  
単車の駆動やメット内の音による三半規管と鼓膜への負担は、
慣れたか耐えているか、少なくとも十分ないらえと判断できる返答を受け、
…背から肩へ突き出た柄に視線を動かす。

「能力自体は恒常発動型(パッシブ)なんだろ?
 問題があるとすれば、その封印(ロック)がはずれなかった場合と……
 ボクのか弱い腕で、ゴツい剣を持ち上げられるかどうかってトコかな」

ぐい、とストレッチをしてから、あらためて両手を空けて。
手を伸ばした。預かりものらしいが、無事に返せる保証はない。
武器自体も、使い手もだ。

「キミの挑戦のための舞台を整える。
 そのために、ボクは囮になって走り回って、段取りをこなす。
 なので、ボクが怪我するまえにどうにかしてくださーい」

なんでも、斬ってみたいという衝動がうずいてしまったらしいし。
観客のいない場所は、自分の舞台ではないと判断。
舞台――……あらためて。

「気合い入れてきたじゃん。よく似合ってる」

闇に咲いた彼岸花の装い。いろいろな寓意もあろうが。
意気として姿を整える心意気に、微笑みを見せた。

緋月 >  
「はい。…封印については、恐らくですが大丈夫でしょう。
「本命」が見えない所でこれなんです。顔を出したら、まず確実に外れるだろうと。」

鞘、というには少々簡易なものを外して、文字が光を放つ大剣の柄を片手で逆手に持ち、手渡す。
手に伝わる重さは――重いは重い、が、見た目に想像する程の重さではない。
血の色の髪の人ならば、充分に扱える位の、そんな重さ。
中が空洞なのでは、と疑いたくなる程には、見た目よりも軽め。

「…なるべく早めに決着をつけられるよう、善処します。出来る限り。
そちらに怪我がいかないように注意もしますけど――もし、私の方に「万が一」があったら、
すみませんけど状況判断で何とかして下さい。
朔もいるし、そうそう簡単にお荷物にはならない…と思いますけど。」

言いながら、しゅる、と腰の刀袋の紐を解き、中にしまわれていた白い刀を取り出す。
刀袋は小さく折りたたみ、結んでいた紐を使って纏め、懐の中へ。
己が半身と言える刀を腰に差し直し、息を吐き直して、最終確認。

「――「無限」の星核は、確実に確保。
他3つについては…可能なら確保が望ましいが、無理と見たなら「斬って」しまう。

出来る出来ない云々は脇に置いて、それが基本の流れ。
――で、いいんですよね?」

そう、確認。
折角の「星核」、出来れば確保が望ましい。が、もし「出来る」なら――斬ってしまいたいという欲が強い。

其処の所を、最終確認。
確認が終われば――後は作戦開始を待つだけ。

ネームレス >  
受け取った剣の重みを確かめてから、数歩を退いて距離を空ける。

「なるほど」

掌を軸に、風車のように旋回し。
宙空に放って、回転するそれを怖じることなく逆の手で柄を受け止める。
具合を確かめてから、

「重ーい!」

重さを思い出したように、両手で柄を握って刃が地面についた。
そもそも普段から全金属の槍を振り回していたのである。

「まァ、絶対死なない戦いなんて戦いとは言えないし。
 お互い踏み潰されてハンバーグの材料になっちゃうかもしれないケド、
 楽しく笑って帰ろう。そのために力を尽くすからさ」

最終確認事項に対しては、くるりと向き直って。

「イイよ。()っちゃえば」

あっさりとものを言う。ここには余計な耳目はないから。
三つの星核は、そりゃあれば便利だろうが――……

「それくらいスゴいの見せつけたほうがボク個人の目的は達成できる。
 ヤバい奴らだっていうプロモーションをしようってハナシ」

あくまで黒幕(クライン)への示威が、個人的な目的であり――。
そして、緋月の試練への挑戦という得難い機会があるのだから。
それを不満とするなら、自分でここまで歩いてくれば良いだけ。
投げられた賽は意思を持ち、出る目を自ら選ぶのだ。

「……さて、それじゃあ起こすよ。
 事前に言ったけど、デカい音出るからビビらないようにね」

先んじて数歩、前に出る。片手には剣を。もう片方の手を、胸の高さで前方にのばす。
あっち――と遠方、開けた場所を指し示す。
神山舟の核に、びりびりと感じる"それ"の気配。
下知を受ければ、眠りから叩き起こすつもりだ。
そこで、思い出したようにくるりと振り向いた。
神妙な顔で、肩越しに視線を流す。

「…………ところで下着にも気合いを?」

緋月 >  
「また白々しい……。」

散々大剣を振り回した末の発言に、思わず肩を竦めてしまう。だがお陰でそこそこ緊張は解れた。
身体も戦意に固まり切らず、しっかり動いてくれるだろう。

「――ですね。命の保障がされてるなら、それは戦いではなく試合でしかない。
…笑って帰る為に、お互い頑張りましょう。」

――斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ 踏み込み行けば 後は極楽――

思わず、そんな詩が口を突いて出て来る。
遥か過去のとある剣豪が遺したという言葉。
――自分達は、「勝利」という極楽に至るのか、あるいは文字通り「極楽」逝きと相成るのか。

それこそ、これから斬り結ぶ相手との「地獄」の涯にこそ見えるものだろう。
いちいち心配した所でどうなるものでもない。

「…それでも、やっぱり勿体ない、というのがどこかで思ってしまいますね。
放浪生活で染み付いた、悪い癖です。」

この島に来るまでは、本当に色々大変だった。
それこそ、「勿体ない」精神が染み付いてしまうほどに。
だから、「斬ってもいい」と言われて、高揚に揺さぶられる精神と…ほんの少し、指の先程、
「勿体ない事をするなぁ」という心境が小骨のように残る。

まあ、いざとなればその時次第。どうするかは状況判断だ。
修羅場の中にまで未練がましい勿体ない精神は持ち込まない。
状況次第で斬るか奪うか、決めるだけだ。

「――実戦にまでアレを着て来るほど、まだ慣れてないんです!
今日はサラシですよ!!」

思わず顔を赤くしながら、軽口にはそう答える。
少し血は上ったが、また緊張は解れた。其処は有難い事。

「…早くやっちゃってください。びくびくしながら何かを起こす様な神経じゃないでしょう。
あなたも、私も。」

――既に準備は整っている。後は、「起こして」から「来る」のを待つばかり。
既にどう来るのか、どう動くべきか、頭はシミュレートを始めている。

ネームレス >  
「キミがそれだけ成長すればいいってだけのハナシだよ」

もったいないと感じるそれは、成長()の糧と考えればよい。
逆に言えば、それを活かせなかったらそのものずばり無駄になる。
眼の前に舞い降りた試練に向き合って。
掴めなかったり、失敗したり、活かせぬなら……
――それまでの人間だったという証明になる、それだけの話だ。

かっかして顔を赤くする少女に促されるまま、肩を竦めてあらためて目的地をみつめた。

緋月に見せたことがある、結界――
金属の触手を操る『荊棘の宝冠』は、自己防衛のための鎧だ。
それそのものが、過剰なまでの殺傷力と攻撃範囲、そして速度を誇りながらも、
あくまで自分の身を守るために基礎魔術を練磨した省力の備えである。

すでに失伝した、非効率極まる凋落の流派。
凡人が人間を越えようと、非凡になろうと足掻いた末の失敗作。
"人智魔術(オーディナル・マジック)"を、到達者の魔術師が"攻撃"に転用したらどうなるか。

「――――」

目と耳で距離を計測し、発動点を指定。
基にして奥たる"作用量子の操作"が開始され、終了する。
物質の錬成と召喚。範囲限定かつごく短時限の現実侵蝕。

『――火の精(エルプティオ)

翳された手が指を弾いた。
瞬間、

ネームレス >   
大爆発が起こった。

地中浅くに精製された少量のRDXとTNTの混合爆薬(コンポジション)が、
魔力を帯びて炸裂し、土煙とともに突風のような衝撃波が吹き荒れる。
巨大な海洋生物が飛び出したかのような土煙が天高くそびえ、
大地をどよもした、物体のみならず霊体さえ引きちぎる炸薬の発動とともに、
巻き上げられた土砂のなかを、紅の髪をたなびかせながら疾走する。

豹かなにかのように、身を低くかがめ、最高速を維持したまま、
爆破点で覚醒するだろう骨竜の攻撃範囲へと。
同時に――瞬きとともに、その瞳はまばゆい黄金と、暗い赤のオッド・アイに。

異能――それだけではほぼ力のない微弱な精神波を応用し、
限定的かつ一方的に緋月と接続、神山舟の操作権を譲渡そして共有。
これにより、核を起動させ、駆動する骨竜の星核四基との共鳴を引き起こし関心をさらう。

Cock-a-doodle-doo(おはよー)


❖❖❖❖❖ >  
 ――その爆発は、正真正銘、目ざめの一撃となる。

 しかし、呼び覚ますのは、汚染源へと凋落した巨龍だけではない。
 爆心地を中心に、低い音を立てて、地響きが鳴り響く。
 そして、四方八方へと地割れが、深い裂け目が創り出された。

 それによって何が起こるのか。
 討伐隊として選任――名乗り出た二人ならばわかるだろう。
 巻きあがったのは爆炎だけでも、土煙だけでもない。

 そこに紛れるように混ざり、呑み込むように噴き出すのは、漆色の『劇物』(バイオウェポン)
 仮称:汚染物質――正式名称星骸(せいがい)は、大地の裂け目から全てを押し流すかのような勢いで溢れ出す。
 しかし無秩序ではない。
 漆黒の濁流は、蛇のように意思を持って突進する紅へと降り注ぐ。

「Guooooooooo――!!」

 同時に、地上を震わせる衝撃が地中から轟く。
 紅色を漆黒に呑み込もうと、地面の下から、まるで水中から現れるかのように地表を並み立たせて、巨大な黒い塊が現れる。
 巨龍がその腕を、本能のままに『外敵』へ地中から振り上げたのだ。
 その腕――黒い流体に包まれた塊は、十数メートルという巨大さによって、敵を容赦なく排除するはずであった。
 

緋月 >  
「――――――っ!」

切っ掛け(目覚まし)となる爆発。
それによって、「目覚めた」モノが――否、それだけではない。
地割れから、黒い水…「星骸」が、同時に、間欠泉か何かのように噴き出してくる!

(噴出…ではない!? こちらを…「狙って」来ている!)

黒い液体の奇怪な流れ方。それに気付かぬ少女ではなかった。
無秩序に噴き出したように見える「それら」も、感染源である巨龍の
「一部」であると改めて認識するには、充分だった。
更に、地中から現れたのは、黒水の塊――。

(…いや違う! あれは…腕!?)

素早く検討を付ける。
早速の、とんでもない物量攻撃。
これを何とかしなくては――そもそも「挑戦」という土俵にすら登れない。

「……上等、です!」

刀をすらりと抜き放ち、構えながらこちらも走り出す。
何かが繋がる感覚が直前に感じられた。
――神山舟をより「使える」ようにして貰ったのだろう。事前の打ち合わせ通りに。

(ちょっと心配になりますけど…なんて言ってる余裕もない!)

袴姿の少女も駆け出しつつ、呼吸と共に精神を統一。
この場で繰り出すべき、最適解は?
――「押し流そう」とする相手、「流体」を纏う相手にならば、そんなものは決まっている!

『――斬月、重ねて、流レヲ断ツ(流斬)!』

神山舟を「異能」に載せ、更に「流れ」を断つ斬撃を重ねて、飛翔する斬撃として、
黒い濁流と黒い流体の腕へと放つ。
只、流れを斬るだけならば、すぐさま弾けて新たな流れを作る筈。
が、この「斬撃」に限ってはさにあらず。
「流れ」を断てば、断たれた「流れ」は「停滞」し、一時的に留まる。
つまり――斬られた濁流と流体の腕の「流れ」の一時の「流動停止」と「静止」。
その間…奇怪にも、断たれた「流れ」は宙に停滞する。

それを確かめれば、

「轟破・索冥吼――!」

神山舟を載せた刀から放たれる、「衝撃波」を放つ技法。
星空の幻影を纏った衝撃波が、「停滞」する星骸を「相手」に向かって吹き飛ばすべく、放たれる!

(これで初手は凌げる筈…! 返杯、です!)

ネームレス >  
「――ッ」

己へ殺到する瀝青の如き蛇に、ほんの僅かだけ、肝が縮む感覚があった。
その劇物に触れても体が焼けるとか、そういった作用が起こるわけではない。
それでも根底に刻みつけられた苦手意識ばかりはすぐに拭えるわけでもない。

   『――まだ、そんなこと続けるつもり?』

飛沫を波濤を眼前に。
現在よりも幾らか高い、自分の声が脳裏に響く。
それでも脚は――前に出る。対処は可能――――そう考えていた次の瞬間だ。
瞠目する羽目になったのは。

「余計なコトを!」

舌打ちののち、言葉に反して釣り上がった口端は、笑みだ。
悔しさに歪む感情は――半分だけ。
守られたのではない。自分が次の一手を切るための戦端が開かれただけだと。

『流動』――流体力学(フルイドダイナミクス)そのものを否定する理外の業。
自分には行えない、剣と狂気の末に舌を巻きながらも――
それに連動する動きに間髪ほどの隙間も要らない。

星骸の『流動』が停滞し、剥き出しとなった骨の腕手――のかち上げに、
その体が跳ね上がる。打ち上げられたのではなく、『神山舟』を不滅の盾とし、
足元へと精製――それを足場とし、振り上げる腕を加速装置にして高く舞った。

「悪いこの腕にゃお仕置きだ」

――段階(フェーズ)1。『流動』の阻止。
この竜を地中潜航状態へと逃がしてしまえば、警戒心を高めたことによって、
今後、捕捉すら不可能になる――そのための備え。
彼女に借り受けた、いまなお手のなかで重みを訴える斬魔刀は、
剣として扱うためではなく、この作戦の要となるアイテムだ。

緋月に対しては、準備を行うための時間稼ぎをすることを共有してある。
しかし――この段階で、始末したっていい、その気概で。

「『バルザイの弧月(ルナ・グラディアム)』」

高く打ち上げられながら、天地逆さに地を睥睨する。
瞬間、ネームレスと骨竜の腕のはざま、
数メートルの間に巻き上げられた砂礫が一文字に寸断される。

人智魔術による金属錬成――産まれたるものは、
現在においても精製が困難な金属繊維、アルミナウィスカー。
20ギガパスカルもの強度を持つ極細の糸が、糸鋸のように輪となって高速回転、そして発射。
滅絶の斬撃が、剥き出しにされた骨を断ち切らんと上空から放たれる――

――が。

❖❖❖❖❖ >  
 漆黒の濁流は、剣士の異能によって、その『流動』は停止する――が。

 剣士の作った月は、その全て悉く(・・)が歪み、月の軌道は無軌道に、あるいは複数に飛散し、あるいは黒に吸い込まれるように消えていく。
 その中でも『流動』を押しとどめられたのは、一重にその鋭さがゆえ。
 ()の骸との干渉により超常現象がゆがめられる中で、目標に届くというだけで、文字通り神業と称して過言はない。

 そして衝撃。
 幻影の星空は剥がれ落ちるように砕けていくが、衝撃そのものはただの物理現象だ。
 そして、星骸は、その超常的な性質を取り除けば、ただの水とさして変わらない。
 吹き飛ばされた黒い蛇は、戦場の周囲へ雨のように降り注ぐ。

 ――剣士によって吹き散らされた骸は、ソレを纏っていた白骨を僅かの間、むき出しにする。

 現代文明を超越した、窮極の糸による斬撃はしかし。
 それ自体が纏う魔力によって、ただ丈夫なだけの糸へと凋落する。
 雨のように飛散した星骸は、周囲数十メートルへと及び、あらゆる超常現象を歪に、凋落させているのだ。

 そうでなければ、竜骨は容易く断ち切られていただろう。
 しかし、堕ちた糸は、竜骨の腕に絡まるだけに留まる。
 そして本能だろう。
 絡んだものを振りほどく様に、巨龍の腕は、地面に向かって叩きつけられた。

「GiyAaaaWoooooo――!」

 再び、咆哮が世界を揺らす。
 大地はまるで水上かのように波打ち、空気はその振動だけで宙に巻き上がったあらゆるものを砕き、微塵に粉砕する。
 そして、海のような大地から姿を現すのは、漆黒の巨体。

 ――全身に星骸を纏った巨龍、六十メートルを超えた巨大な塊だった。

 外見では、その中身を想像する事も難しい。
 しかし、僅かの間、むき出しとなった白骨の腕が、内部の巨龍の大きさを情報通りの物と裏付けた。
 その腕も、巨体から流れ落ちる大量の星骸によって、再び黒く塗られていく。
 竜骨と繋がる糸が手放されていなければ、その星骸――そして竜骨そのものに宿っている星核(せいかく)による精神汚染が一呼吸の間もなく襲い掛かるだろう。
 

「■■■」 >  
脅威。
圧倒的な、脅威。

星骸(蝕むモノ)」を身に纏う、巨いなる死せる龍。
それは化生か、はたまた荒ぶる御魂の如く猛る荒神か。

しかし、いずれにせよ。

――――かちり、と。

それを、「感じ取ったモノ」が、音を立てる。



――天と地に乱れる、理を乱し侵す黒水()――

――その源たる、荒ぶるモノ――

――そして、解放を求める、持つ者の意志――


――今、此処に、放たれるべきモノは満ち来たり――
 

「■■■」 >  


              ――――臨メル兵 闘ウ者――――
             ――――皆 陣烈レテ 前ニ在リ――――





               以テ

            解 キ 放 ツ !!!!

 

「斬魔刀」 >  
片刃の大剣を手にする、血の色の髪の麗人の脳裏にのみ響き渡る、意志。
直後、その手の大剣が有り様を変える。

輝く九字の刻まれた武骨な片刃の刀身は、光と共に分解されるように消え、
その真の姿――直刃の、大太刀の刀身が明らかとなる。

露になった刀身からは、先程までとはまるで別物のような、黒水の龍の威を
真っ向から打ち消さんとする斬魔の威を放ち始める――!
 

ネームレス >  
詠唱(コマンド)動作(モーション)もなく放たれる
人体はおろか、コンクリート塊やら魔術結界までを両断せしめる剣士殺しの手品。
――それが届く前にあっさり無力化されれば、流石と認めざるを得ない。

「イヤイヤ期のコドモみたいな戦い方しちゃって……」
 
その一方で眼の前で起きた事象の明暗。
緋月ならば斬れるが、自分では斬れない。
より切れ味や速度を高める手札はいくらかあるが――おそらく。
単純な切れ味がどうかの問題ではない――……これはもはや、切断という現象の定義からだ。
まるで水面が光を屈折させてしまうかのように、
魔力や異能を歪める星骸に対して、生半な一撃ではダメだ。

(やはり――あいつに宿る狂気は星骸を超えて、星核にも迫り得る)

純度を高め、極化したなにかが必要ということだ。
みずからがそれを撃ち放つには――と考えると、途端に小回りが効かせづらくなる。
必殺を期した一撃で『無限』を破壊したら、結界内が星骸の水槽になってしまう。
どころか、結界を押し破って洪水まで起こしかねない。

(概念や属性の押し合いになると、緋月はやっぱ別格(プロディジー)だな)

戦闘行動、その中でも特定事象における特別(オンリーワン)
遠近感がバグったとしか思えない巨影が立ち上がり、咆哮に髪が揺れ、骨が震える。
舌打ち――だが、この黒鎧の向こうにどうやってあの鋭い刃を運んだもの、か――

「――――!」

ぞ、と粟立つ背。
ものの一瞬で巡る思考を中断し、
精神波が自分に達する前に繊維の現界を中止し、骨竜との接触を遮断。
空中に作り出した神山舟の板に掌から着地すると、そのまま跳ねて旋転し、膝をつく。
と、同時だ。

ネームレス >  
「お――――」

ようやく起きたらしい。
右手から感じる凄烈な鬼気。

「聴こえてるってば」

牙を剥くように笑うなり、ゆらりと立ち上がる。
身の丈似合いの長物をもたげる有り様は、それを振り下ろす構えのようで。
そのまま―――その剣を宙へ放った

「悪いケド、ボクは剣士サマじゃなくってね。
 お行儀悪く失礼させてもらうよッ!」

そして自らも跳ぶ。
身体強化(フィジカルエンチャント)並列して導電性高分子(ICPs)繊維精製。
空中に壁のように召喚した神山舟の盾に手を突いて、それを発射台として跳ね返る。
靴底が斬魔刀の柄尻を蹴り飛ばし、砲弾のように放たれた。
これは物理の、そして魔を、不浄を祓う。
星骸の鎧を()き――しかし、それは骨身に触れずに地面へと跳んだ。

「臨・兵・闘・者――」

独股、大金剛輪、外獅子、内獅子。
(まじな)いの釘のように地面へその肉厚の剣身が突き立った瞬間、

「――皆・陣・烈・在・前、」

そこを中心に、半径数kmの地面に一瞬、輝く荊棘がまるで根を張ったように閃いた。
外縛、内縛、智拳、日輪、隠形。

「行!――だっけ?」

――地面が蓋をされる。
基礎魔術体系、結界生成。戯けたように笑いながらも、広範囲の布陣をやってのける。
地中潜航の遮断、および、埋蔵されている星骸との干渉を封印。
戦闘行動の傍らに進めていた敷設。これでもう、地面と地中は骨竜の逃げ場でも味方でもない。
魔術師としての属性に「侵蝕」と「支配」を持つ魔術師は、こうして場を自分のモノにする。
斬魔刀により固定された結界のテクスチャは、それこそ魔では剥がすことは困難だ。

「――さあ、」

しかしそんな大規模の行使さえも、
骨竜の本能的行動に動揺を産むためのフェイントに過ぎない。

「翔べッ、お嬢!」

吠える。

緋月 >  
「……正真正銘の、怪物ですか…!」

あるいは、荒ぶる神。
全容を明らかにした「それ」を目に、思わず呟かずにはいられなかった。

――先んじて見ていた映像に対し、単純な目算で…凡そ、倍。
その威容だけで、まともな人間では戦意を失うか…あるいは黒い水の影響で
精神に悪影響を来たして恐慌に陥っていたかも知れない。

地が揺れれば、反射的に不安定な大地を蹴り、神速法により一瞬の足場…
星骸の影響を受けるより早く、一蹴りするだけで消え去る不可視の足場を小さく蹴り続け、空へと留まる。

圧倒的。あまりに圧倒的、巨体。
それを目にして…引き攣るような雰囲気ながらも、思わず口元には笑みが浮かぶ。

想像を遥かに超えていた、怪物()
――これを、どうやって斬る?

(…星核の事もありますし、無茶は出来ないんですよね…!)

巨体に対して、相対するふたり。
それは、風車に向かって突撃する狂った騎士の物語より、無謀と言えるかもしれないもの。

それでも、「逃げる」という選択肢は、頭になかった。
策を練る為の、一時的な戦闘回避(時間稼ぎ)ならば兎も角、尻尾巻いて逃げ出すなどと、
そんな情けない選択肢は元より頭にない。
敵に回すのは怪物、それもとんでもない大きさと危険度の。
その脅威性が、予想より大きかった。それだけの事だ。

さて、どう向かうべきか――天狗の如く軽く宙を蹴りながら思案する処で、

「――――っ、待ちましたよ!」

「合図」の声。
それを耳にすると同時に、「空」を蹴り、彼岸花を纏う少女は、文字通りに「飛翔」する。

緋月 >
(――蓮華座、第一から第六まで、一斉解放――!)

飛翔しながら、しゃん、と口から零れる、鈴のような音。
六色の光の蓮が、少女の身体に花開き、その経絡を咲かせる(解放する)

未だに完全な制御の及ばぬ、「絶」の斬月。
だが、しかし、初手で放った斬月の結果を見て――確信を得ていた。

(星核を斬り出すには…アレを使うしか、ない!)

極限の集中が可能とする、絶なる一刀。
其処に自分を追い込む為に――ある程度のタイミングを置くべき蓮華座開花を、「まとめて一気に」行う。
それ位に己を追い込まねば…無我の極みに至るには、時間が掛かり過ぎる。

六色の光を咲かせつつ、空を蹴って飛ぶ少女。
――果たして、その狙いは図に当たり、妄念や邪念、余計な考えが、一挙に最大近くまで加速する
身体の経絡の流れに押し流されるように消えていき…残るのは、純然たる「斬」の意のみ。

(星核は――あそこっ!)

狙うは、黒水の龍の「心臓」。四つの星核を抱える、一点。
天眼法を「霊視」にシフトしながら起動、「目的の星核」を即座に見極められるように準備。
そのまま、可能な限り最大限、黒水の龍へと飛翔し続ける。

(出来る限り近づかないと、さっきみたいに、また「歪められる」!
「直撃」を叩き込める、ギリギリまで――!)

ホォォ、と、奇妙な呼吸音が響き――

そして、刹那。


『……斬月・絶!』
 

緋月 >  
瞬間。

じゃきん、と、黒く輝く多数の斬閃が、星空の軌道を纏い、閃く。
狙いは、「星骸」。道を阻む、黒水の壁のみを「斬り裂く」、「狙うもののみを斬る事」だけを求めた、絶なる太刀筋。

そうして、星核が露となれば、

「――――それだっ!!」

4つの内、確保すべきひとつ。
「無限」に星骸を供給する動力源。
――この状況である。最も活発に活動していておかしくはない。

「届、けぇぇ――!!」

更にもう一度の、星空纏う黒き斬閃。
其の瞬撃で以て、星核を「切り離す」べく。

上首尾に切り離せたのならば、後は勢いに任せて掴み取るだけだ、が――果たして。

❖❖❖❖❖ >  
 巨龍は、なにが起きたのかを理解できなかった。
 否、理解するだけの知性は、すでに存在しない。
 骨だけとなった残骸(むくろ)には、思考は宿らなかったのだ。

 だから、膨大な力が降ってくる事はわかれど、それを防ぐ術を持たない。
 気づくのは、それ(・・)が完成した後だった。

 神域の触媒を使った結界は、巨龍の身体を完全に地表へと押し上げる。
 そして、地中へ逃げる事もできず、地中の星骸を操ろうとしても、結界と干渉しあい、地表まで吹き上がる事はなかった。
 恐らく、考えうる最上の逃亡防止手段(バトルフィールド)だろう。

 もし巨龍に知性が残っていたのなら。
 その巨体を駆使して結界の外へのがれればいいだけである。
 しかし、知性を失った白骨は、ただ、足元にその巨腕と両脚を叩きつけるだけ。
 その様子はまるで、子供が地団駄を踏んでいるようだろう。

 考えつくされた対策。
 ならば次の一手は。

 剣士が翔ぶ。
 巨龍の懐深くへと、問答を許さぬ速度で。

 ――そう、次の手を打つなら、必殺必勝の手。

 剣士の異能は、星空を纏う。
 それは、巨龍の纏う星骸と同じ属性を持つ、星の鍵(対神武装)の力。
 星空に守られた多数の剣閃は、黒色の巨体を乱れ斬る。
 極技の閃光は、星骸を引き裂き、その胸郭――巨龍の胸骨を両断した。

 数多の閃きは星骸を吹き散らし、巨龍の胸郭を強引に切り開く。
 そして産み出されるのは、胸郭に納まる四つの輝き。
 守るものを全て刃で開かれた、むき出しの心臓のみ。

 ――だからこそ、剣士の次の一撃は、必殺必勝。
 

❖❖❖❖❖ >  
 ――となる、はずだった。

 巨龍に知性があれば、それだけの力を見せた剣士を危険とみなしただろう。
 巨龍が浮生不滅の権能を持っていなければ、すでに勝敗は決していただろう。
 しかし、巨龍は、もはや唯の、本能という残滓だけがある、抜け殻だった。

 だからこそ――剣士の放った黒き月は、海を断つように、巨龍の身体を上下に分断した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だけだった。

 化水流動の権能。
 それは周囲を液状化するだけでなく、自分自身を――星核すらも――水の如く変化させるもの。
 巨龍は防衛本能に任せて、その巨体と内包する全てを水に変えたのだ。

 それは剣士の極みの一刀――概念的な繋がりのみ(・・)を斬るという一撃に先んじたもの。
 星骸と胸郭を切り開かれた事から、本能的に学習した結果の、一つの帰結だった。

 もし、剣士が一太刀だけの勝負に出ていたのなら、結果は異なっていただろう。
 その時は、巨龍を動かしている源が斬り抜かれていたはずだ。
 しかし、剣士はより確実な手段で挑んだのみ。
 だからこそこの結果は――単なる不運だった。

 巨龍は上半身だけで宙を泳ぐ。
 黒い巨体は四つの星核を呑み込んだまま、反撃に転ずる。
 脅威は――剣士ではない。

 巨龍にとって煩わしかったのは――足元の結界に他ならない。

 結界の上、地表を滑るように巨体が紅の魔術師へ迫る。
 その(あぎと)は、漆黒の深淵へ呑み込むように、あまりにも大きく開かれていた。
 

ネームレス >  
尾から頭頂まで30メートル。星骸の鎧を纏って倍化するその大質量。
銀の星の会の定めた尺法によれば王侯級かそれ以上の高位竜――
それが骨身になったとて、全力で地面に何度もぶつかるなら、地形が変動するほどの衝撃だろう。
だが大地はそれを拒む。衝撃に地震もかくやと大地は揺れど崩れることは能わない。
その怒りを買って乱れた思考は、それこそ羽虫のような縮尺の――まさに鬼札から一瞬逸らすに至った。

轟音と衝撃に震撼する世界のなか、結界を敷設した直後に殺到した六色の光。
決着の斬閃はまさしく、神話の情景のように巨竜を両断せしめた。
――両断せしめたのだが、しかし。
その情景に見惚れている暇など、あるはずもなかった。

「――――ッ」
 
挑戦は至っていない。
試練は終わっていない。

手管は――間違ってはいない。誰を不覚と責めるのも酷であろう。
知性を喪失し――喪失したがゆえにこそ、しがみつくかのようなとっさの判断が、
二者の想定を遥か上回った、手負いの獣の獰猛さを見せつけられただけのことだ。

(星核もろともの液状化――神山舟と相似した"変形"の拡大解釈……!?)

あるいは、観察させたことで学習されたか。
知性はなくとも、本能はある。自分が人間としての機能を使いこなす型であるように。
獰猛たる獣の野生は血肉を失しても残っており、荒ぶる巨竜の様を喪っていない。
この生き汚さは――むしろ、知性を失したが故の脅威か。

瞠目と動揺のまま、すべてを液体と変えた巨竜の動きに対処せんとする。
疾駆する。空中に次々と生まれる神山舟の回廊を駆ける――間に合わない。

「―――――」

急停止。足場を靴底が擦過し、火花を立てる。

来いよ(Good boy.)

身を翻し、黒衣の裾が舞う。正面から開かれた黒水の顎を迎え撃つ――――、
これを破壊せしめる、みずから切れる手札は――、

ある、が―――、

どちらにしたって、無限を破壊してしまうか、緋月を犠牲にしてしまうかだ。
そのどちらとて、自らが取り得る選択としては適解ではない。
であれば。

「『狂える山に(ウェントス)』――」

ざわり。更に高位の魔術の行使に、流血の髪がざわめく。
開眼。紅と黄金の互い違いの色となった双眸が刮目する。

ネームレス >    
「――『吹雪く風(ニヴァリス)』」

術師の周囲より殺到する、白い煙を纏った無数の蛇のようにのたうつ液体が迎え撃つ。
同時に展開された電磁力により、まるで生物のように振る舞うそれが、
凄まじい勢いで黒い顎にぶつかり、その顎部からを凍結させ氷像へと変えていく。
液体蛇の正体は、氷点下183℃近くまで冷却されたごく身近な気体。

進行を押し留めるほどの過冷却を行うその液体の名は―――酸素。
人間が直撃すれば即死も免れない猛毒の冷気。
その蛇は荒れ狂い、竜へ殺到しながら、擦過した岩肌を、地面を凍結させ、周囲を極寒地獄へ変貌させる。
一頭の巨竜に、首の一本ごとは縮尺に劣る八岐大蛇が食らいつくかのようだった。

「――――ッ、……」

物量の押し合い。
無限――無際限に湧いてくる、液体という圧倒的な質量。
バスタブ程度のサイズでさえ水は500キログラムという重みに迫り、
一般的な学校においてあるプールでさえ数百トンほどの容量となる。
単純な水分子の召喚だけならず、過冷却された酸素召喚と電磁制御を同時に展開し、
この強大なる物量に対応すれば――――いかなこの天与とて、奥歯を軋ませて言葉を発する余裕を失う。

単純な物量に対し、それでも膠着状態は作り出した。
となれば、魔力タンクと称されるこの身とて、容量は有限である。
どちらが不利かなど言うまでもなかった。これは時間稼ぎでしかない。

「緋月……!」

それでも。
神山舟と、剣に対する天与を持つならば。
彼女の挑戦に全賭けすることに、迷いはない。

緋月 >  
「――――――」

瞬間。
声すら、出なかった。

選択を、誤ったとは思っていない。
一刀で抉り抜くのは、賭け。だからこそ、「二段構え」で挑んだ。

結果的にだが……それが「裏目」に出てしまった。
まさか――「星核(心臓部)」まで、流体化出来るとは、思わなかった。
それを成すだけの知恵が残っているとも、思わなかった。

(不覚――――!)

そして、直後に分断された上半身だけで泳ぎ始める黒水の龍。
向かう先は――血の髪の魔術師。
見れば、龍の身体を流れる筈の黒水が、どんどんと固まっていく。

――凍れば、流動は止まる。
そして、心臓部を流動させたまま凍り付けば、今度は「諸共」斬り裂かれるだろうと、
黒水の龍は思うだろう。
…凍り始めると同時に、星核を流動させる事は止める筈。
あるいは、それより前に、既に。

――そう、思う事にした。
希望的観測が過ぎるが、そう考えなくては…「次の手」に繋げられない。

(……もう、不意打ちで「無限」の星核を切り取る事は、出来ない!
一度割れた手は、同じ方法で返される!)

となれば、どうするべきか。……青写真めいたものは、彼岸花の少女自身も描いていた。
出来れば、その手段を取らずに決着をつける形にはしたい、と思っていた手立てが。

不意打ちと言える手で、確保すべき星核を抉り取り損ねた場合の、「対処法」。
 

緋月 >  
「――っっ!」

再度空を蹴り、凍り付きつつある龍へと向かい、飛翔する。
――蓮華座開花の影響は、まだ続く。
大丈夫。まだ、大丈夫だ。

『斬月・絶…………』

神山舟の力を上乗せし、放たれる複数の黒閃。
一見、先程と何ら変わらぬ、星空を纏う黒い斬閃にしか見えない、が。

『……重ねて、「流レヲ断チ(流斬)」・「界ヲ断ツ(界断チ)」!!』

――更に、二つの「斬」を重ねる。

流れを断てば、「流動」によって星核を液状化する事を「断つ」事が出来る筈。
其処に重ねて、「界」を断てば――一時的に、四つの星核が集う箇所を「隔離」する事が出来る筈。

龍がその権能を見せた事で与えた影響は、「作戦の失敗」による動揺のみに非ず。
権能の使い方を見せるという事は、「手札を晒す」事にも他ならない。
必然――黒水の龍が「そうしてみせた」ように、彼岸花の少女もまた、
「相手の手札を封じる術」を思い描く事が可能となるのである。

凍り付きつつある龍の星核を、今度は晒すだけでは済まない。
例え一時とは言え、完全に「隔離」する斬撃――!

そうして、次に放つは、

(――持って下さい、私の身体!)

煌めく星空纏い、奔る数度の黒閃。
極限まで極まった集中力によって、引き起こされる綱渡りの如き斬撃。

最初の一撃が狙うは――「流動」の星核。
放たれるは、「流斬」の黒閃。

「流動」の権能を潰す事で、「同じ逃げ手」を使わせないように。
「流れを断つ」斬撃は、最もそれを叩くのに適する筈。

ほんのコンマ数秒の差で、次に狙われるは「本命」――「無限」の星核。

(「流動」の星核を潰しても…まだ、「浮生」の星核がある…!
星核ごと復活される前に、今度こそ抉り取る――!)

神山舟の力を纏わせ、異なる性質の斬撃を使いこなし――情報量の暴力に、
脳が焼け付くような痛みを訴え始める。
それを補佐し、行動を続けさせてくれているのは、思考処理の一部を受け持つ「友」のお陰。

《――こちらの事は心配するな、斬れ、友よ――!!》

その声に押され、再度、「無限」を抉り取る為の攻撃が放たれる…!

❖❖❖❖❖ >  
 ――巨龍に知性が残っていれば、困惑していただろう。

 圧倒的質量、そしてあらゆる幻想――超常を凋落させる醜悪な水(星骸)を纏った己と、たった一人の小さな人間が、超常(魔術)でこの巨体と拮抗して見せたのだから。
 巨龍がもし、生きていたのなら、彼女を讃えた事だろう。
 誇りと傲慢すら消え失せた本能の骸には、それすら叶わない。

 星骸の近くでの魔術行使。
 それがどれだけの負荷を与えるか。
 巨大質量と拮抗するために、どれだけの出力を制御しなくてはならないか。

 いずれもが想像を絶する事は違いないだろう。
 それは紛れもなく、人の技の極致の一つ。
 歴史()研鑽()天分()三才(さんさい)が揃った、者だけが為せる業。

 ――しかし、それでも龍を止めるには至らない。

 星骸は凍る。
 流体の身体は凍る。
 だが、その身は浮生不滅。
 生々流転――幾度滅びようと蘇るのだ。

 凍った星骸が砕け、破片となり飛び散る。
 だが、その中の白骨は、その巨腕による膂力で突き進み、無数の蛇を噛み砕いていく。
 拮抗は長く続かない。
 無限と有限である以上、そこには決定的な差があった。

 だが、それを好機と変えられるのが――知恵である。

 巨龍の失った、致命的なモノだった。

 

❖❖❖❖❖ >  
 心血を捧げ、身を削るような一撃――いや、二撃(・・)
 それは寸分の違いなく、巨龍の心臓部を斬り破った。

 二つに分かたれる『流動』の星核。
 そして、巨龍から切り離されるは――まさしく、『無限』の星核。
 たった二文字の無限(・・)という理外概念の権能を圧縮した結晶は、巨龍の身体――器から完全に脱落した。

 それにより何が起きるだろうか?
 巨龍を支えていた、最も大きな支柱、エネルギーの根源が失われたのだ。
 白蛇に黒龍は蹂躙され、骸の鎧を砕かれる。
 そして、瞬く間に白骨だけが残された。

 逆転に次ぐ逆転――。

 しかし、忘れることなかれ。

 生々流転――万象、悉くを破る――。

 

❖❖❖❖❖ >  
 ――高く高く、淡い緑色に輝く結晶が宙に浮かぶ。

 拮抗を破りつつある魔術師は、しかし手を伸ばす余力まではないだろう。
 鎧を失ったとて、龍骨が滅びたわけではない。
 そして、骨が凍った所で、砕けたところで、何度でも復元されるのだ。
 押し返すまでには、まだ一手必要となるだろう。

 だから、ソレ(・・)に届くのは剣士のみ。
 そして彼女らの本当の標的こそ、その緑の星核なのだ。
 ならば、それを見逃す事は出来ないだろう――?

 ――たとえ、斬ったはずの心臓が、復元されていたとしても。

 巨龍の下半身が、別の生き物のように戦場の上を泳ぐ――。

 その先は――

 今に巨龍を押し退けんとする、魔術師の背中だ。

 ――『無限』の星核。
 ――拮抗する白骨と魔術師。
 ――泳ぎ忍び寄る、黒い骸。

 その全てを視界に納められるのは剣士のみ。
 ならば、選ぶ道はいずれか――
 

緋月 >  
「やっ、た――」

頭痛が響く頭で、今度こそ、浮き上がる緑色の結晶を目にする。
間違いなく、これで、「無限」の星核は切り離した。
後は、これを回収すれば、大目標は達成される――――。

そう思ったのも、束の間。
その視界に、予期したものと、予期しなかったものが映る。

予期したものは、復元される星核。
これは想定の通りだった。速やかに「無限」の星核を回収して離脱すれば、仕切り直しは効く。

予期しなかったものは、「下半身だけで動く黒水の龍」。
――星核の奪取に、集中し過ぎた。一時とは言え、完全に存在が頭から抜けていた。

黒水の龍の下半身が向かう先は――血の色の髪の魔術師の、背中。

(――――っっ!)

猶予は、ない。即座に決めなくては、総てが台無しになる。
今までの奮戦が…水の泡と消える。

故に、だからこそ。

焼け付く痛みを訴える頭で、即座に判断を下した彼岸花の少女は、その行動に一切の迷いを持たなかった。
 

緋月 >  
刹那。
神速法と縮地法の複合運用と、蓮華座開花の力で以て、まるで「瞬間移動」したかのように
魔術師の傍に現れると、


「――頼みます。」

その言葉を言い終わるより先に、がしりと魔術師を掴み、淡い緑の結晶の方角――
なるべく近くを通過しながら、可能な限り、被害が及ばない場所に向かうよう、思い切り、放り投げる。
痛む頭だが、其処までの計算は、何とか間に合った。

――あのひとなら大丈夫だと。確実に、星核を回収してくれるだろうし、
「何かあった後」の自分を拾ってもくれるだろう、と。
負担が最小限になるように、手は打ってある。

(………ここまで、ですね。)

集中が解け、蓮華座が閉じる。
同時に、その反動による頭の痛みで、完全に動きが止まってしまう。


それを何とか堪え、「最後の一手」をしっかりと打った上で――――


――魔術師と入れ替わる形で、彼岸花を纏う剣士は、無防備なまま、その場に晒される事になった。
 

ネームレス >  
(――空間断絶(あれ)か!)

青垣山で拉致られた、あの超逸の手練手管。
幾つもの、まさに神業を重ねた技巧に、高揚の熱と、ひやりとするほどの戦慄が混然一体と駆け巡る。
こちらが押し留める動きをしたとはいえ、あの一瞬でここまでの判断をしてみせるなんて。

「………さっすが~(awesome.)

独り言なら素直に褒める。
はぁ、と吐き出した吐息は、液体酸素に冷却され、だいぶ低下した周囲の気温によって白く凍っていた。
水竜の暴威が止み、動きを押し留めたまま――
宙空に舞う、見事摘出された翠緑の結晶を眼で追った。これを――再び呑まれる前に、掴まなきゃ。

(――――来る)

その、聴覚(せかい)に。
這いずる竜の下半分を確かに感じていた。いたのだが。

「……ッ」

低下した体温、絶え間ない大規模魔術と制御の行使に、僅かに膝が笑う。
体力に魔力。いずれの持久力も自慢の肉体も、流石に負担が嵩んでいた。

(回避、は――――)

不可能だ。
だが、黒い骸に呑まれようと、それは汚染に晒される。
あれほどの水に潰されようと、身を守る術はある。

それでも。
夢魔のゆびさきのように。
あのとき心を支配され、いつかの浜辺に呑まれそうになった感覚。
恐怖は、あった。乗り越えなければならない。
あの穢れに。精神汚染に身をさらしてでも『無限』を確保して――、―――――待て、

緋月(あいつ)はどこに行った?



        "――頼みます。"


(――――……は?)

 空気を切り裂いて疾走する気配。
 紅と金の視線が、音に遅れて傍らに、そこに現れた緋月のほうに動いた。
 なんでここにいる。あの水に呑まれてでも星核は確保するから。
 キミがあれを浴びる必要はない、ボクはだいじょうぶ。
 なのに、――

ネームレス >  
空中にブン投げられた体は、先ず
その手に緑色の結晶を掴み取り、瞬時に神山舟へ包み込み、黄金の荊棘を絡みつかせ封じ込める。
『無限』を喪い、有限の存在となった骸の再生には、
いくらかの時間はかかるだろう。

「  ッ!!」

名前を叫ぶ。
ほぼ同時の動きだった。だが、意を汲んで『無限』を優先した。
だからだ。遠ざかっていくその姿が、黒い顎に、その形をとった星骸に、
噛みつかれ、押し流されていく―――

そこに、黄金の荊棘が――鎖へと姿を変じて殺到する。
彼女の体を掴み、サルベージし、神山舟の足場を、遥か高空へと螺旋階段のように連ねる。
おいそれと攻撃の届かない高さまで退避しながらに、ずぶぬれの緋月を抱えたまま。

「…………、」

名前を呼ぶ。
意識は?体は?命は?
その麗貌に表情はなかった。やり場のない感情に、色を喪っていたのだ。

❖❖❖❖❖ >  
 巨龍の白骨は、その顎で剣士を捕らえる。
 濁流と化した黒色の半身は、剣士をその体に呑み込む。
 それで剣士は、終焉を迎える。

 ――そうならなかったのは、一重に、魔術師の卓越した超絶技巧(スキル)と、自失しないだけの精神力があったからだろう。

 剣士は魔術師の元へと助け出される。
 しかし、その体は醜悪(星骸)に塗れていた。
 その上、剣士を救った鎖を伝い、漆黒は魔術師の精神すら汚染する。

 この汚染では、即座に生命を失う事はないだろう。
 しかし、肉体と精神は――無事とは限らない。
 浸食に耐えられたとして、精神崩壊と肉体の異形化のリスクは常にあるのだ。

 そんな彼女らの遥か下方。
 地上では、巨龍がその白骨を再び復元していた。
 そして、徐々にその全身が黒く上塗りされていく。

 周囲に飛び散った星骸、凍った星骸。
 いずれもが、徐々に、引き寄せられるように巨龍の元へと集まっていく。
 無限を失っても、未だその質量は膨大だ。

 魔術師との拮抗、星核を失った事による能力の低下。
 完全に復元されるまでには、まだ時間はあるが、しかし。
 彼女らが苦境を乗り越えるのとどちらが早いか。
 

緋月 >  
成す術なく星骸に飲み込まれ、直後に引き揚げられた少女。
――その髪の色は、色素が抜けたようなライトグレーに変化している。
呼び掛けに応えるように瞼を震わせ、瞳を開けば――其処に在るのは緑を帯びた青色の瞳。

「――蔵書の主、か…。」

その声は、彼女の物であったが、彼女本人ではない。
内に宿る、彼女の友のそれ。
小さく咳き込みながら、言葉を紡ぐ。

「……見ての通りだ。
盟友は――あの黒い骸に呑まれて、幻想に引き込まれた。」

その言葉は、想定されて然るべきもの。
普通であれば、発狂・異形化どころか同じ黒い水になってもおかしくはなかった状況。
それでも、「幻想に引き込まれる」だけで済んだのは――少女自身が、「先生」達には及ばずとも
優れた適合値を持った人間だったからに他ならない。

だが、それでも幻想に引き込まれる事だけは避けられなかった。
避けようがなかった。だからこそ、

「――盟友は、我にあの忌まわしい骸の汚染が及ばないよう、全力で
自身のみの汚染に留まるよう、食い止めた。

汝ならば、引き出してくれるだろうと…我が動けば、荷物になる時間は短くて済むだろうと…!」

きり、と唇を噛み締めながら、ゆらりと「狼」は足場を借りて立つ。
伝えられた、己の役目を果たす為に。
己では扱い切れない手の中の刀を、ぱちんと腰の鞘に収める。

「――叱りの言葉は、甘んじて受けよう。

今…盟友は、幻想に引き込まれながら、抗っている。
「理想」に停滞した「己」という幻想に、抗っている。」

そして、己が託された役目を、はっきりと伝える。

「……汝も辛い所だろうが、精神が落ち着いたなら。」


――盟友へと、喝を届けて欲しい――
――楽な方には流されるな、と――


それは、最初に魔術師が剣士へとかけた魔術。
その言葉を背中に感じていたから、楽な方へ甘んじる事を良しとしなかった、少女の中の「柱」のひとつ。

頼む、と頭を下げ、同時に骸から復活を遂げようとする黒水の龍を睨む。
己も、下手をすればあの龍の内の「星核」――あるいは、龍の身体を形作る
忌わしき黒き水の如き骸のようになるかも知れなかった、と、僅かに怖気を覚えつつ。