2025/01/24 のログ
ネームレス >  
「………ッ」

腕のなかで眼を眼を覚ました緋月に、はっと顔を覗き込むが。

「朔……」

非常電源(バックアップ)のように姿をあらわした、月の裏側――――
いつぞやかポーラの肉体が返還された直後のように、
怒り狂っていたがゆえの封印ではなく――おそらくは昏睡状態だろう。
自分と同等かそれ以上の、"星"への適合は事前に知ってはいた。
彼女が自分の腕のなかから出ていくと、重みを喪った両腕がぱたりと体の横へ。
足場のうえに膝を突いたままだ。

「………………、」

朔の言葉が、願いが。
聴こえているのか、いないのか。
その場にへたり込んだまま、返答がない。ただ、

「…………あいつの眼に、」

掌に、顔を埋めた。
むせび泣くような有り様だ。らしくもなく。

「ボクは、護らなきゃならないように視えてたのか。
 助けなければって、なるくらいに……
 まだ、星骸にビビってたの……?」

浴びても、呑まれなかったかもしれない。
かもしれない、だ――自分は現に一度、敗けて、呑まれている。
そのときも、彼女に助けられた。そして今回もだ。
それだけじゃない。自分は、かつて彼女に斬られ……生かされている。

つい、先日もそうだ。
自分を支えと言った少女に。あの夢魔(サキュバス)にも。
我知らず助けられてしまっていたのだ。

「…………ボクは、……」

ぽつり、ぽつりと。
掌のむこうから、言葉が溢れる。

「たすけられて、……まもられたんだ……」

言葉にしてみれば。
胸の奥から、熱い感情が溢れてくる。

これを――ボクは、よく知っている。
この想いは――

「……………ふっ」

ネームレス >   
ザケんなよ……クソがッ……!

怒りだ。
屈辱だ。

吹き上がった怒気が大気を震撼させ、この地域を隔離している結界までもが軋んだ。
いまにも叫び出したいほどに、胸を突き破るほどに燃え盛る激情。
生まれて初めて歌として表現した、この感情で。
星骸による精神干渉を、汚染される傍から灼き尽くしていた。

「顔上げろ犬コロ」

ゆらりと立ち上がりながら。
下がりきった気温を焼くような気迫と、刃のような声が放たれる。
引き締めた表情。白い肌に、青い血管が浮き上がり、
美しくも禍々しい凶相を長い指指の隙間から覗かせる。

「事態はなんとなくわかった。
 言われなくても、珍しくねぼすけな緋月はさっさと叩き起こすよ。
 できるかぎり詳しく話して。アプリより口頭なら話せるだろ。
 その対処はあいつの攻撃をやり過ごしながらする」

任務の成功?戦略的撤退?合理的判断?
ああうるさい――それどころじゃない。そんなんじゃ満足できない。
斬らせるべき星核は、まだあんなに残っている。
業火の双瞳が、再生しつつある巨竜を見下ろしていた。

「……だれも、綺麗に終わらせてなんてあげない」

――――八つ当たりを開始する。

ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」からネームレスさんが去りました。
❖❖❖❖❖ >  
 ――そこは、明るい場所だった。

 只管に懐かしく。
 ただただ、温かく。
 それは、例えるなら愛する人の抱擁のように優しい。
 そんな情景がただ、遠くまで広がっている。

 地平線の向こうは漆よりも黒い空が広がり、見上げても、星の一つ、月も無い。
 しかし、心が安らぐほどに、心地よい場所だった。
 そんな光景に、なにも違和感を覚えられない。
 この場所こそ自分の居場所だと、当たり前のように思えた。

 ――これこそ、星骸の見せる幻。

 あらゆる理想が、願いが、当たり前に現実になる場所。
 十三人の夜鷹が潰えた場所。
 星骸計画が始まった場所。

 ――凋落せし理想郷の方舟(アルカディアの揺り籠)――
 

ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」から緋月さんが去りました。
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」から❖❖❖❖❖さんが去りました。
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」に❖❖❖❖❖さんが現れました。
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」に緋月さんが現れました。
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」にネームレスさんが現れました。
方舟にて >  
考える事がある。己にとって、最も心安らぐ場所とは、自分の居場所とは何なのか。

まるで想像がつかない。
直接、相対するまで、きっと分からない事なのだろう。



『――――■■。』

声がかかる。懐かしい声。
振り向くと、其処にいたのは、

「……母上?」

穏やかな顔の、自分に良く似た面差しの女性。
少し思い出して、それが自分の母だと分かった。

『もう…何をしているのです? 突然ぼうっとして。
稽古で疲れでもしましたか?』
「稽、古………。」

見れば、手に握られているのは、木で出来た稽古用の木刀。
使い慣れた手触りだ。

『ほら、休むのも良いですが、相手は待ちわびていますよ。』

そうして、視線を向けた先にいるのは、

『■■、何をしているの! 早く稽古の続き、始めますよ。』
「姉、上…。」

「母」よりも若く、自分に近い年恰好。
顔もそっくりだ。違いと言えば、「姉」は髪を長く伸ばし、髪の中程で
一つ括りにしている、という位。
よく鏡で見る顔なので、「姉」だと分かる。
「姉」は稽古用の道着を着て、自分のように木刀を持っている。

『――遅いぞ、■■。休み続けると、逆に体が動かなくなる。』
「宗主、様――。」
『…相変わらず固いな。お前の姉は、憚る事も無く父と呼ぶというのに。』

厳めしい顔の、厳しそうな雰囲気の男性。
――そう、我等、■■の家の、宗主であり、自分と姉の父親に当たる人物。

何時の頃からか、父ではなく、「宗主様」と呼ぶようになった。
恐らく、郷人がそのように呼んでいるのを真似たせいだろう。

見渡せば、其処は親しんだ我が家。■■の郷の、宗主の屋敷の中庭。
――そう、此処で稽古に励むのが日課であり、最も楽しい時間だった。

宗主様は無理に剣を覚える必要はない、と言っていたが、自分にはそれが楽しくて仕方がなかった。
それに張り合うように、少し遅れて姉も剣術を習い始め、それを微笑みながら母が眺める。

――何一つ変わらない、穏やかな日常。

ああ――何て―――――
 

方舟にて >
――――ああああああああああああアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァぁぁぁぁッッ!!

なんて――最高(最悪)の、悪夢。

手にした木刀、否、白い刀を滅多矢鱈に振るい、その場の目につく総てを斬り裂き、斬り捨てる。

親しんだ我が家? 違う、己が居たのはいつも地下。
たったひとりの座敷牢と、隠し道場を行き来するだけの日々。
無理に剣を覚える必要はない? 嘘だ、常に言い聞かされていた。
己は「皆伝」に至る才がある、故にそれを錆びさせずに磨けと。
母に、姉? なぜそんなものを知っている?
十年以上も、まともに顔を合わせた事などないというのに――。

それを知るから――此処は、最悪(最高)の、悪夢(幻想)だった。
反射的に、総てを斬り斃してしまう程に。

荒く息を吐き、見渡せば――其処は、暗い空。
星も無く、月もない。なのに、周囲は見渡せる。
どこまでも続く、地平線。なのに孤独は感じず、逆に安らぎを感じる。
だからこそ恐ろしい。人を引き摺り込む、危険な甘さがある。

『――――ああ、本当に愚かな真似を。』
「!?」

思わず振り向く。其処に居たのは――

『受け入れてしまえば――安楽に、終われたのに。』
 

緋月 >  
――現実、未開拓地区・汚染区画にて

「――聞いた事があるだろう。「宿命」という術の事を。」

ライトグレーの髪の狼は、血の色の髪の魔術師に状況を伝える。
己が何とか垣間見た、今も精神内で起こる事象について。

「知っていると思うので、それを使うに至った経緯は省く。
兎も角――それを使った時の経験は、盟友にとっては大きな「楔」だ。
己の到達点のひとつ、己が極まった姿。
死にかけた、という経験もあるせいだろう。その姿は、無自覚の内に、心に食い込んでいる。」

つまり、「今の己」では届かぬカタチ。
そう、強く自覚してしまうカタチ。

「…幻想は、早々に破られた。盟友が暮らす「日常」が、常識から見て「異常」であるように。
盟友にとって、穏やかな「日常」は…例えこの島の記憶があっても、未だに「異常」なのだ。
だからこそ、「異常」を破る事が出来た。

――あの、黒い骸の見せる幻は、それを見て方向性を変えた。」

つまり、穏やかで甘い空気で取り込むのではなく――心に食い込んだ「楔」のカタチを取り、
「力づく」で叩きのめし、屈服させて圧し折る方向に。

「「幻想」が取ったのは――「宿命」の姿だ!
心の何処かで、盟友が「今の自分では届かない、敵わない」と、感じ取ってしまっている姿!

それが、力づくで心を折りに来ている!」
 

ネームレス >  
纏っている空気は、それこそ次の瞬間に何をしでかすかわからないほどに緊迫しているものだったが。
振る舞い自体は落ち着いていた。未だに青筋が浮かんでいることを除けば、
言葉を紡ぐことなく、注意深く骨竜を見下ろしながら、朔の言葉に耳を傾けている。
高くから見下ろす自分たちに、気づいているのかどうか――神山舟の核の在り処には気づいているか。
しかし修復中に攻撃をしないことで、戦意なしと判断されたか――にしては、張り詰めた怒気を隠せない。

「……なぜ?」

すべてを聞き終えて。
顔を見ないまま、その唇からこぼれたのは、
ひどく簡潔で、短く、しかしそれゆえに意味の伝達が不十分なものだった。
なにが起こっているのかは、概ね判断した上で、だ。

緋月 >  
「――――!!」

がしがし、と頭を掻く。
言葉がまるで足りていない。二文字だけの質問ではどう答えればいいのかが分からない。

「…伝えたい事があるならはっきり言葉にしろと、「誰か」から言われなかったか?
その言葉だけでは何をどう答えればいいのか、我には分からん!」

そう答えながら、こちらも黒水の龍の様子をちらりと確認。
いざという時にしっかりと動けなくては、任された大事な役目を果たせず終わる。
それだけは、何としても避けたい所だった。

ネームレス >  
「ワンワン吠えんな、聴こえてるから」

口元に手を当てる。
本性はこうだ。神経質で、繊細で、そのくせ激情家。
自分勝手で個人主義なところは共通しているが、笑顔がなくなると途端に刺々しくなる。

「……"星骸にふれると、理想の光景を幻視する"。
 願ってやまないものだったり、喪失した過去だったり。
 ボクが視たものは、都合のいい可能性だった。
 それがどういう意図で設計された機能なのか、ボクはわからない。
 理想郷だとか、それこそ方舟という名称からも、
 現実や現状を否定して脱却したいという思考は覗くことができるケド――」

話してきて苛々してきたらしい。
とんとん、と靴底が足場を叩き始めた。

「星骸そのものに悪意があるかと言われれれば、イマイチだな。
 どちらかといえば誘惑、洗脳……同調圧力
 引きずり込もうとする、という感覚は、あったケド――いまも、ほら」

なにもない、自分の傍らを指差す。
そこには冬風が吹き抜けるだけだ。さっきありったけぶつけた液体酸素のせいでもある。

「この鬱陶しいガキは――――……視えないし聴こえないか、まァいるんだよ
 口々にボクを苛んでくるが、これはボクがつくりだしたまぼろし。
 それで言うと、あいつが視るのは"自分が理想を実現した未来"、かと思っていたんだ」

腕を組む。

「しかし、腕ずくで引きずり込もうとする――
 星骸が暴力的な手段に訴えていているのはなぜか……?」

さっきの二文字の解説がここまでになる。

ネームレス >   
「あいつが適合者だから引き込みたい、というには――
 星骸は色々と、分け隔てない感じはするからな。
 考えられる可能性としては、あいつにとって"理想"というものが、
 肉体的に実感した経験のせいで、あまりにはっきりとした疑似人格を持ってしまった。
 理想を具象化するという行為によって――

 特殊訓練施設に設置してあるムネーモシュネー・システムなんかは、
 機械によって記憶領域にアクセスし、そこから参照したデータを具象化するケド。
 その際に、もうひとりの自分なんかが出てくるコトがあるらしい。
 キミの場合は、緋月と朔(キミたち)が対面する、なんてコトになるのかもな」

顎に手を当てて、思索の姿。
時折、傍らにしっしっ、と手を振る。
怒りによって煮えたぎる精神は、干渉をほぼ遮断していた。

「だが、完全な別人格ではなく疑似人格、無自覚にさせられる人形遊びだ。
 それは理想の姿の口を借りて、自分の本心か、あるいはその逆を口にしてくる――
 ――渇望、飢餓。あるいは、不安の言語化、自責・自罰感情……」

たとえば、と指を立てた。

「理想に対して畏れを抱いていたり、苦手意識とか圧力(プレッシャー)を感じていると。
 具象化されたそれは、敵対してくるだろうし……」

――楽なほうに流されるな。そう言ったのは自分だった。そう。

「そもそも、日々理想を目指すことに不安を抱いていたりするなら、
 精神的に理想に打ち勝つのは困難―――」

 ――この島で、色々なひとに出会って、その度に自分が
 どれだけの位置に居るのか分からなくなって――私という刃が、どれだけあなたに
 届くものになっているのか、それだって自信がなくなりそうにもなった――

そこで、はたと眼を丸くして朔のほうに顔を向ける。

ネームレス >  
 
 
「……あれ、もしかしてボクのせい?」
 
 
 

緋月 >  
血の色の髪の魔術師が語る推察を一通り、沈黙の儘、耳を傾ける。
それを耳にして、少しの間考え込み、「狼」は口を開く。

「……全て、とは言わん。だが、「要因のひとつ」ではあるだろうな。」

慮ったものではなく、推測を素直に口に出すのみ。
それも、構成要素の一つではあるだろう、という。

「「楽な方に流されるな」。柱でもあり、重石でもある言葉。
――だが、それだけであの「怪物」が出来ている、とは考えにくい。」

少し無礼な真似だが、今は緊急事態。
多少でも助けになる情報が欲しいとばかりに、友の記憶や気持ちなど、頭にあるものをひっくり返して探し回る。
――やがて、

「……ああ、」

納得したような声が、小さく漏れる。
同時に、幽かに少し震えるような。

「……理想への畏れ、重圧。確かに、「それ」も重要な構成要素だろう。
だが――もう一つ。盟友は、無自覚だったが…だからこそ、我には分かった。」

そう、剣士ならぬ身だからこそ見える事もある。
その正体が、狼には見えた、気がした。

「――理想が何処にあるのか何処まで歩けば良いのかがが見えない。」

落ち着かせるように、息を吐く。

「……汝もそうだが、この島は広い。
まだ盟友の知らぬ、未知の強き者の存在。それらに対し、己が刃が届くのかという気持ち。
盟友には、心震わすものだろうが…我には、不安が付き纏う。」

さらに、もう一つ。

「――――(はて)が、無いのだ。
剣術もそうだが…技を磨いて磨いて、高める程に…「到達点が見えなくなる」。
何処まで進めば、「理想」の己に至るのか…そもそも、その高みは、本当に「到達点」があるのか。

窮める程に、涯が見えなくなる

――それが、あの「怪物」の「柱」――見えぬ「未来(はて)」への、無意識の「疑問」…!」

ネームレス >  
「…………ああ」

すべてを聞き終えて、どこか力の抜けたような声が零れた。

「武人につきものの悩み、ってカンジか……?」

概ね合点がいったようだ。
ゴールの視えない恐怖。とらえどころのない未来。
無自覚に抱いた、未達成への……不安。

理解はできても納得は――共感はできない、という感じ。
一道――技術を研鑽することを主としていない人間だからか。
必要だから当たり前にすることであって、それを実現・達成してきた者の。

「具象化した不安、圧力の疑似人格。
 そいつをどうにかするには、それをそのまま伝えるんじゃァ意味がないよな。
 ……精神の同調(パス)はまだ生きてる。語りかけてみるか」

精神の接続。なんらかの形で同調が生まれた相手には繋がれるようになっているようだ。
神山舟を分け与えているのも、この異能の応用によるところ。

「アレをやり過ごしながらね」

ぐ、と緋月――朔の腰を抱く。
眼下――そろそろ修復が終わる頃合い。

❖❖❖❖❖ >  
 ――巨龍はその体積を、質量を、大きく減じていた。

 それも当然だろう、討伐に訪れた剣士と魔術師によって、骸を削り取られた挙句。
 その根源となる無限を失ったのだ。
 今、巨龍の元へ集まるのは、戦いの最中に散らばった残骸ばかりである。

 しかし、それでも、減じて全長は、未だ40メートルを超える。
 そしてその漆黒の醜悪な鎧を失おうと、その器は、30メートルの巨体なのだ。
 この、超常と科学が集結する島であっても、正面から対峙出来るものがどれだけ存在するだろうか。

 そして――

 その巨体は、鈍い破砕音を立てながら、変化を始めていた。
 見下ろす彼女らを排除するためか、それとも本能的に力を求めた故か。
 静かに、徐々に、そして歪に、その巨体は変化していく。

 ――生々流転、万象転じて万変を成す。
 

方舟にて >  
「は、はぁー……っ…!」

刀を構え、大きく息を吐く、書生服姿の少女。
その身体は、あちこちが斬られ、切り傷からは血が流れている。

此処は、幻想。全てはまぼろし。
そう思い、気を入れ直す。
――たちまち傷は塞がり、斬れたのは衣服だけに。

だが、受けたダメージが回復した訳ではない。
流れた血は確かに失われ、それは明らかに蓄積される。

…流れる血は、己の抵抗の意志。
それが流れて失われる事は、抵抗の意志が削られる事に等しい。

其れでも尚、少女は必死に刀を構え、己の前に在る「モノ」を睨みつける――。
 

方舟にて >  
『――いい加減、諦めたらいいのに。』

そう言いながら、だらりと構えらしい構えを取らず、しかし打ち込む隙が見えない相手。
それは幾分か背が伸び、ライトグレーの髪となった、自分自身。

――厳密に自分と同じか、というと、疑問点は残る。
顔立ちは齢を重ね、「少女」と呼ぶには成熟している。

「それ」が放つ威圧感が。繰り出される剣技の一撃一撃が。

(重くて、鋭い…! 凌ぐのも、受けるのも、儘ならない…!)

それでも、抵抗する意志だけは手放してはならないと。
書生服姿の少女は、「それ」に向かって素早く迫り、斬りかかる。が、

『温いですね。』
「!? っ、あぁ――っ…!」

軽く体を動かしただけ。それだけの相手に、容易く往なされて、直後に背中に灼ける様な痛み。

(背中を、やられた…!)

何とか距離を取り直し、気を入れ直す。
――治りが、明らかに遅れている。

(………どう、すれば…!)

斬れば往なされ、突けば弾かれ、技を使えば的確な返し技を喰らうばかり。
まるで、勝ちの目が見えてこない。

『――そんなものは、当たり前でしょう。
私は貴方。「真」なる貴方。貴方の事は――誰よりもよく知っている。』
「っ……!」
『貴方の剣筋、仕掛け方、扱う技。全て、私は「知っている」。
私は、貴方の「極み」のカタチ。極みである私に、未熟な貴方が勝てる目があると、本気で思っているの?』
「うる…さいっ! 黙れぇぇ…!!」

――そうしてまた、斬り、往なされ、弾かれ、斬られる。
じわじわと、真綿で首を絞めるように。

心を折るに、一瞬だけでは不足。
じわじわと、しかし確実に。
「これには敵わない」という意識を、徹底して植え付け、刻み込む。
そうしてこそ、確実に――心は、圧し折れる。
折れた心は…今度こそ、現実には戻らない。

それが――「宿命」のカタチを取った者の、狙い。
少女が無意識に抱える「疑問」が、蛇の如く少女自身を締め付け、飲み込まんとする――。

ネームレス >  
「――――ああ、ったく……頭がどうにかなりそうだ。
 まったく怒りが冷めてくれない。うんざりだ。
 ここ最近、ずっと醜態を晒し続けてる自分(クソザコ)をブチ殺したくてたまらない」

笑っていた。
刮目している紅と金の双眸以外は。

「こんな最悪な気分のなかで……
 迷子にならないでくださいね、と言っておきながら迷子になるような。
 困ったお嬢様のお守りまでこなさなければいけないと来たもんだ」

冬風に頬を切られる。

「…………こうなったのは。
 ボクの責もある。ボクはこいつに助けられ、こいつに斬られても命を繋げた。
 それどころか弱みを晒して――護衛、という名目以上に護るものとみなされた。

 まァ、イイよ。それは、……ボクの……
 不出来なゴミ(いまのじぶん)への、正当な評価として甘んじて受けよう。
 そのうえで、信頼と期待に応えられないボクであってはならない

どうにかする、という意味では。
無限を手にしてこのまま離脱するのがもっとも安全ではあるが。

「――だから、ボクもキミに信頼と期待を向けることとしよう。
 応えられなかったら、キミはそれまでの人間だったというコト――」

『A』 >   
「いまのキミには、欲深さが足りないかな」

傷つき、いまにも倒れんとする少女の背後より。
聞き覚えのある、聞き馴染みのあるものよりは幾分か高い声が届く。
少女としては少し低めのトーン。緋月よりも更に年下の、金髪の美貌。
姿ばかりが幼いが、その物言いも不遜な態度も、現在の      だ。

「惨めだね」

せせら笑う。敵がふたりに増えたかのような構図でもある。

「……眼の前に、そんだけ頑張っても届かない剣客がいるのに、
 キミは理想(そいつ)()りたいとは思わないの?」

じゃあ、そこには何もいないんじゃないの。
眼の前に、ちゃんといる?
キミにとっての理想(それ)はなに?

方舟にて >  
「――――ぁ、」

瞬間。声が、聞こえた。
知ってるような、知らないような、でも忘れてはいけない、声が。
せせら笑うような、小馬鹿にするような調子が……不思議と、背中を押すように、
あるいは、己の「芯」を強めるように。

「――――――っっ……!」

出来るのならば、振り返りたかった。
だが、状況がそれを許さない。目を放したら、今度は「あれ」が攻め込んでくる。

(……最初から、万一があったらこうするつもりだったとは言え。
結局、また助けて貰ってしまうんですね、あなたに――。)

瞬間。何も映らぬ空に、何かが瞬いたような気がした。
目に映った次の瞬間には、既に消えてなくなっていた、光。

幻、だったのだろうか。
――それでもいい。例え一時の幻でも、一歩を踏み出す導となるなら…!
 

方舟にて >  

『……愚かしい。まだ無為な抵抗を続ける心算だと。』
「――――無為か否かは、お前が決める事ではない。」
『度し難いですね。私は貴方。真なる貴方。既に敵わぬと、心の何処かでは認めているのでは?』
「……背中を、思い切り叩かれたから。」
『――――くだらない。それだけの理由で、まだ徒労を続けると?』
「もう一度返す。「それを決めるのは私」だ。お前じゃない。」
『…………。』

「――お前が本当に、「真」なる私なのか、それともその殻を被っただけの見せかけなのか。
それは、今から分かる――。お前が私なら、分かる筈。

真実は、只――――」


斬って理解する!!》


その言葉と共に、再び斬り合いが始まる。
――だが、その在り様は、先程とは異なる。


『――――っっ。』

「宿命」が、明らかな焦りを見せ始める。
先程まで往なせた攻撃が、往なし切れない。受け止められた筈の攻撃が、届きそうになる。

『――戯言、を――!』

踏み込み、斬りに掛かる「宿命」を、しかし、少女は――先程まで、己がされていたように
その一撃を往なして――

『――つっ…!』
「………どう、ですか。届きました、よ…!」

その言葉通り。
浅手であったが、それまで傷一つ負わなかった筈の「宿命」が、確かに少女によって「傷」をつけられていた――。
 

『A』 >  
「そいつはね。
 高く、高くへと続く……まっすぐな階段のずっと先にいるんだ。 
 その階段は、一歩を上がるだけでも簡単な話じゃない。
 ずっと足踏みをしていると、次第に焦りが募ってくる。
 それでまた失敗を繰り返し、停滞に甘んじて……
 うまくいかなかったり、悩んだりしていると、こう言ってくるんだ」


       "……そんなこともできないの?"


「――そうしてボクは、理想と重ならない自分を自覚する。
 怒って憎んで叫び散らしながら……、どうにかその一段を確かに上がる。
 成長とは、そういうものだった。ボクはそれを重ねてきた。
 なにかひとつ、強くなれなければ――勝利にだって意味がない、と考えているから」

何を護るだとか。
何を救うだとか。
そんなことを考えない人間だった。
すべての人間は自分を成長させ欲望を満たすための糧だ
なにより美しく咲くために。
理想の己へと近づき、やがて合一するために。
どこまでも貪欲に、理不尽に――――真っ直ぐに。

「どう理想を抱くかは、千差万別。
 キミはキミなりにやるとイイよ。
 ただ、それは――自己を実現するための、(しるべ)だ」

届いた?
では、問うてみよう。

「キミは、そんなものになりたいのか?」

口々に否定する言葉。
弱者を苛むような、重いだけの空疎な剣。
己の信仰を穢しているものの正体は―――何だ?

いつしかそこに停まっていた、
ジャック・オ・ランタンを模したかぼちゃの馬車の口窓に頬杖をついて。
金髪の少女は、ただ静かに見守っている。

方舟にて >  
『っ……黙れ、異物が――!』
「――お前の相手()は、私だ!」
『あぐ、っ――!?』

戯言を重ねる「異物(侵入者)」。
雑音でしかないそれを排除しようとした結果…「宿命」は、更なる隙を晒す。
其処を見逃す程に、少女は甘くない。容赦など、ない。

「……ようやく。ようやく、見えて来た。
あのひと(誰か)の言葉に、容易く揺さぶられ、惑わされる――。

お前は、「真」なる私などではない!
私の弱さ、私の疑問、「辿り着く(はて)」が見えないが故の、無意識の、怖れと焦り…!」

そう――背後から放たれる言葉に対する反応、そして、「斬り」、理解したもの。
それは、「越えられないもの」のカタチを取って己に立ちはだかる、
「涯てが見えぬが故」の無意識の疑問と、其処から生まれる焦燥――!

それが、己の心を折りに来ている。
識ってしまえば、見えてしまえば…その威容は、虚仮威しに落ちる!

『忌々、しい……!
だが、私が貴方である事は、覆せぬ事実!
貴方に、今の貴方に! これが、破れるか!?』

その叫びと共に、傷を負った「宿命」…否、「迷妄」が見せるは、奇妙な呼吸と極限の集中。
その集中と構えに、流石の少女も思わず固唾を飲む。


――間違いない。次に来る一撃は、「絶」の刃。
自分を、確実に屠る為に放たれる、今ある限り、最強の斬撃。
 

方舟にて > 「――――。」

それに合わせるように、少女もまた、刀を構え直し、呼吸を整えながら集中を高める。

――高まる集中が、意識をクリアにしていく。

(……斬月・絶で迎え撃つのは、難しくはない。だけど、同じ斬月に同じ斬月をぶつけて……
果たして、それで勝てる…?)

答えを、弾き出す。至極単純。
「勝てない」。同じ斬撃をぶつけ合った所で、最良の結果は、「相打ち」。
それは「勝ち」ではない。自身の負け…相打ちでは、「迷妄」の目的が達成されるだけだ。

(…絶には、頼れない。この状況を、覆すには………)

それを超える、「更なる刃」を導き出すしか、ない。
――ぶっつけ本番、機会は一回。失敗すれば、後はない。
それでも、やらねばならない。やらなくては――「先に進めない」。


――深い呼吸と共に、思いを馳せる。
普段は集中の妨げになると、排除するものを、敢えて受け入れる。

「望むモノを確実に絶つ」斬月を、破れる刃は何だ?
――分からない。それは、まだ、形になりきらない。

だが、もしひとつだけ、あるとすれば。
それはきっと…「窮み(極み)」に至る刃ではなく、「更なる可能性」と「果てなき境地」を
共に往く刃であるのだろう、と思う。

極みに達したと思えば、其処で「前に進む」事を止めてしまう。
「更なる高み」が見えなくなり…「現状維持」に甘んじてしまう。

それは…きっと、どうしようもなく、自己満足な、無様な刃に過ぎない。

なれば――――
 

「迷妄」 >  

             『――――斬月・絶!!』

 

「答え」 >  


             「――――斬月・無窮

 

方舟にて >  
――瞬間。
何が起こったのか、自分にも、よく分からなかった。
覚えているのは、絶の刃を繰り出す己が「迷妄」が眼前に迫り、それに合わせて刃を振るい――

気が付いた時には「迷妄」は斬撃ごと、斬り裂かれて地面に這い蹲っていた

何が起きたのか、どうやって斬ったのか、如何なる術理だったのか。

それが、分からない。

否――恐らく、「定義してはいけない」のだろう。

「こうである」と定義すれば、刃のカタチは固まってしまう。
そうなっては、その場から動けなくなる事と同じだ。

故に、「無窮」。
窮みに達する事のない、故にこそ、千変万化の刃となり得る斬月。
――天の光が全て星であるように、その星の海に果てが見えないように。
果てなき道を「共に歩み続ける」為の、斬月。

だからこそ、「極」の字は冠する事なく、「無窮」で在り続ける。

『A』 >  
――必然の帰着、である。
だから、さしたる驚きはなかった。

異物は、そうしてひとつの迷妄を振り払う姿を見届ける。
小柄な矮躯で現れたのは、物理的な介入を望まなかった/望まれなかったが故だろう。
ぎい、と扉を開くと、ひとつ前に進んだ少女のほうに近づいて。

「……よくできました」

背伸びをして、頭を撫でてやる。
できたらちゃんと褒めてあげるといいらしい。何かを読んで学習した。

「一個ずつでいいよ。
 一歩ずつ、強くなっていくしかない。
 それがたとえ、屠龍之技と終わっても――……
 人生(いのち)を懸けるというのは、そういうコトのはずだから」

そのときばかりに捨て鉢になることとは、わけが違う。
すべてを賭してなお、理想を実現し、夢を叶えるために生きること。
失敗に終われば惨めに落伍し野垂れ死に。

そうしろ、とは言わないが。
やりたい、なら――試練を与える。
そういう人間だった。

「さ、キミの挑戦が待ってる」

そして、魔法使いはかぼちゃの馬車へと誘おうとし――

方舟にて >
「……一足飛びに、強さを求めた弊害が。
まさか、こんな形で代償を求めて来るとは、思っていませんでした。」

かけられた声に対して、返る言葉はかつての己の回顧。
――あの選択が間違っていたとは、思っていない。
それだけの「重さ」を背負った人であったし、そうしなければ届かぬ刃であったと。

頭を撫でられれば、小さく背を丸め、ようやっと後ろを振り向く。

その顔は…何処か、泣きそうな、しかし嬉しそうな表情。
告げられる言葉に、短く首肯を返し。

「――待たせて、すみませんでした。
行きましょう。」

ライトグレーの括られた髪を靡かせて、カボチャの馬車へと一歩を踏み出し――

❖❖❖❖❖ >  
 ――彼女らの意識は転ずる。

 瞬間、瞬くまに。
 凋落した理想郷は、そうあるべくして砕け散った。
 しかしその先にあったのは、現実への帰路ではなく。

 ――果てなく地平の向こうまで天空に広がる、星の海。

 そして地平――いや、水平線がどこまでも続いている。
 剣士と魔術師は、水面の上に立ち、星の海へと招かれていた。

 そう、招かれた。
 二人の前には、少女とも、少年ともとれる、細見で灰を被ったような髪を束ねた小さな後ろ姿。
 その姿は、幻にしては現実感が強く、存在感が大きかった。

「――ここに人が訪れるのは、何年、何十年ぶりの事でしょうか。
 ここは、夢幻の星海(起原の海)
 星核の根源に近づいた事で、貴方たちは、この場所へと招かれました」

 その後ろ姿は、やはり中性的な声で静かに語った。
 ただ、振り向く事はなく、後ろ姿から、空を見上げているだろう事だけが分かるだろう。
 

緋月 >  
「ぁ――――。」

砕ける。凋落した、理想郷は、まるで落ちて割れる硝子のように。
其処に広がるのは、いつか見た光景。
天に広がる星の海、そして…水平線。
いつか見たような、光景。

そして、後ろ姿。少年とも少女ともつかぬ姿と声。
自分達は、招かれたのだと、後ろ姿の誰かは語る。

「――――あなたは、いったい…?」

書生服姿の少女が、思わず問いを投げかける。極当たり前の、問い掛け。

『A』 >  
「――いま忙しいんですケド、どちら様?
 ご老人の暇つぶしに付き合わせるのは、時間持て余してる若者にしてほしいな」

緋月より小柄で年少な姿のまま、尊大な態度で言い放った。
寒いからか白いワンピースではなく、もこもこのジャケットを着込んではいる。

「許可なくいきなり自分の領域に拉致するのが流行りなのか……?」

キミもボクにやったよな?といいたげに緋月のほうを見た。
指は現れたる存在を指さしたままであるが。

「悪いケド、タスクはもうパンパンだぜ……?」

名乗られたるはなるほど、こちらに語られる星骸、その成り立ちか。
しかしてここに来て、見知らぬ者が出てくると、慣れと嫌な予感が先立ってくる。
警戒をするわけではないが、こちらは友好的な態度は見せない。
頼み事でもしようってんなら、他をあたってほしいが、果たして?

❖❖❖❖❖ >  
 その後ろ姿は振りむかない。

「突然の無礼、謝罪します。
 ですが、どうしても一度、貴方たちと言葉を交わしてみたかったのです」

 後ろ姿は奇妙な存在感、例えるなら、仙人か、はたまたそれこそ年老いた老人か。

「――13人の『星を追う夜鷹』。
 そこに名を連ねた、序列の十二――」

 そこまで口にして、苦笑のような息が零れた。

「やめましょう。
 私には、貴方たちに合わせる顔も、名も、ありません。
 他の12人のように、器用でもありませんし」

 まるで吐息のように静かに、けれど重く響く落ち着いた声は、やはり仙人のようであるか。

「――武の道に終わりはなく。
 さりとて、歩みを止めず果てを越えて、共に往く」

 悟ったような声は、感嘆の色。

「無窮――好い名ですね」

 剣士の見出した答えの一つに、万感の思いが籠った賞賛が向けられる。

「私は終ぞ、その道に至る事はありませんでした。
 金糸のような貴方が居れば、彼女はいずれ、無窮すら越えていくのかもしれません」

 並び立つ両者を、どこか羨むようであり。
 なにかを懐かしむようであり――悼むようであった。

「ですから――貴方たちと手合わせしたくなりました」

 仙人から語られたのは、率直な願望。

「私も武人です。
 武の道を歩むものとして、武を修めたものとして。
 貴方たちに敬意をもって挑みたいのです」

 そう、仙人が語ると同時。
 二人の周囲には、燃えるような赤い羽根が無数に舞った。

「どうぞ、それを手に。
 星の鍵――意識の鍵、千年の羽。
 それがあれば、星骸や星核の影響を受けることなく、全力を出す事が出来るでしょう」

 そうして、仙人は二人に星の鍵の一部を託す。
 羽を手に取れば、それには暖かく、とても穏やかで静かな力が流れている。

「龍骨の身体は、私が支配します。
 ですが、もって数分――その間に、どうか、全霊を込めた立ち合いを」

 そう言い終えると同時に、停滞していた星の海がゆっくりと動きだす。
 天体が光を尾を描き、空が流れていく。

「それでは、まことに勝手ながら、現実にて。
 ――エデンと(スウ)に、どうか元気でと」

 その言葉を最後に、星の海から、二人の意識は急速に離れていくだろう。
 そして浮上していく、現実へと。
 

❖❖❖❖❖ >  
 ――巨龍は、その骨格を作り替え、肉の代わりに星骸を纏って立っていた。

 その立ち姿は、本能だけの獣ではなく。
 明らかに意志を持った形。

 ――諸行無常

 ――千変万化

 ――万象は悉く移ろい往く

 現実に戻った二人の手には、赤い羽。
 そこから、静かな意識が、あの仙人の如き夜鷹の意志が伝わる。

 ――いざ、立ち合いを。

 そう意思の伝播が起こると同時。
 巨龍の疑似的な肉体は、ゆっくりと巨体を滑らかに動かす。
 そして、構えたのは徒手、武術の構えに間違いなかった。
 

緋月 >  
「…………。」

語られる言葉。その言葉に、少女はただ、静かに耳を傾ける。

(…このひとは、もしや……いや、)

確証が、持てない。
故に、訊ねる言葉を、口にはしなかった。

ただ、己が新たに見出した刃への称賛を、静かに、無言で受け取る。

そして、「頼み」を耳にすれば、少しの沈黙と思考の後、口を開く。

「――私たちは、大層なものではありません。
ただ、自分たちのエゴによって、此処を訪れて――あの黒水の龍を斬らんとするもの。

……ですから、勝手にて申し訳ないが、「殺す気」で参る。
元々それが目的なのですから。」


それでも良いというのなら、喜んで。

お膳立てまでして貰った事は…正直、少し有利を貰ったようで、据わりが悪い。
だが、貰えるモノだ。己の「エゴ」の為、貰って置く事にする。

その手に、燃えるような赤い羽根を握り締める。
――暖かい。穏やかで、静かな力。

そのまま、軽く金髪の少女に向き直る。

「何だか、お膳立てまでされたみたいで少し癪ですが、結局やる事は変わってません。
――「アレ」を斬る事。勝手で済みませんが、私は請けますよ。」

無限は――恐らく、いや、確実に回収をしてくれた筈。
残っている星核は、あと3つ。

お膳立てをされて、フェアな条件になるように贈り物までされて。
だけど、やる事は変わってない。
あの黒水の龍を「斬る」事。ただ、それだけ。

貰えるものだ、貰っては置く。
ただ、制御が可能なら――効果範囲は、星骸まで。

「……やっぱり斬るなら、無理そうな相手を斬るのが、一番じゃないですか。」

――――――

――――

――

緋月 >  
――そうして、迷妄を打ち払った少女は、目を覚ます。
その手には、あの赤い羽根。

「……夢じゃ、なかったんですね。」

思わず、そう呟く。

ライトグレーの髪が、風に舞う。
血のように鮮やかな赤い瞳が、その姿勢を変えた巨龍へと、向かう。

「――――斬り結ぶ、太刀の下こそ、地獄なれ。」

踏み込み行けば、後は極楽――――


その外見が変容した彼岸花の少女は、白い刀を、すらりと抜き放つ。
斬り結ぶ、地獄へと踏み出さんと。
 

『A』 >  
「うわ、出た……武道家同士でしか通じない的なヤツ。
 ヤダヤダ。か弱い文化人を筋肉コミュニケーションに巻き込むなよな」

肩を竦めて、二者間で交わされる契約にはどこ吹く風。
話の流れで二つも願い事をされてしまったが。

「イイよ、好きにしなー。
 キミの挑戦に、わざわざ茶々はいれないってば。
 ちゃーんと強くなってくれるなら、それでイイよ」

去りがて、肩越しに。

「伝えたいことがあるなら、自分ではっきり伝えな」

それができないなら、未練をずっと噛み締めていろ。
生と死を。現と幽を。容易く跨ごうとする者に――冷たい。
なにより、願いを幾つも聞かない。
約はひとつ、緋月が請け負ったのだから。

カボチャの馬車が、奔る。
いきたい場所へ。

ネームレス >  
ほんの瞬き程度の一瞬。

―――。

轟、と揺れる風に。
眼を細めた。色を変じた髪、その瞳。
庇われてしまったがゆえに起こった変質。
理想への――……。
視線を横にする。紅に変じている、自分の髪。

(戒めとして受け取っておくか……)

肩を落とすと、緋月の肩をトントン、と叩く。

「それ貸して」

二人が握っている、星骸の影響をはねのける羽。
緋月が持っている分を自分に貸せ、と言うのだ。

緋月 >  
「……どうかしましたか?」

こちらは、まだその変化に気が付いていない少女。
後で鏡を見た時、大慌てする事だろう。
ともあれ、貸してと言われたなら、

「また、何か悪だくみですか?」

そんな軽口を宣いつつ、はい、と赤い羽根を託す。

ネームレス >  
「ん?」

ぐしゃり。
渡されたと同時に、そんな音が緋月の軽口に被ったろう。
その手の中で二枚の羽がひしゃげて、機能停止していた。

「いいや」

緋月 >  
「………あーあ。」

やっちゃった、という顔で、握り潰された羽を見る。
まあ確かに、有利を貰い過ぎだとは思ってたけれど。

「…持ってく所に持っていければ、今ではない何かの役に立ったでしょうに。
何やってるんですか文化人。」

今、自分たちには不要なものでも、「そちら方面」の知恵者に渡せば、いくらでも悪だくみの種にはなったろうに。
暗にそう指摘しつつ、

「――まあ、その、何です。
迷惑かけて、すみませんでした。」

それだけは、素直に謝っておく。思った以上に、手間を取らせてしまったと。

「それじゃ、ちょっと失礼して行ってきます。
長くは、かかりませんから。」

きっと、一撃で終わる。どちらが勝つにせよ、一撃・一合で決着はつく。
そう、確信めいた予感と共に、彼岸花の少女は、大地に向かって一度降りていく――。

ネームレス >  
「さっきのヒトの言葉を翻訳してあげよう」

塵となった羽を、吹きさらしの冬へと流す。
もったいぶったように眼を伏せて、芝居がかった語調で紡ぐ。

「"あなたがたがこちらと対等に戦うには"
 "こんな便利な道具と数分間の猶予が必要です"、だ」

なにやら厚意で行ったのかもしれないが。
いくらなんでも侮りすぎだ。
とはいえ、そんな調子は慣れたもの。基本身の程知らずな連中ばかりだと最近諦めがついてきた。

「いらねーんだよそんなモン。
 いきなり割り込んできてナメたことしやがって――
 そもそも挑まれた側がハンデもらってるのがおかしい。
 ――あ、神山舟も没収ね?」

自分の周囲に、くるくると回る星色の球体。

「行き場に迷った挑戦者(チャレンジャー)に、身の程を教えてやって来な。
 それが挑まれた強者の義務ってモノ――なんじゃないの?」

隣に立った。手を翳す。
道具頼りでなければ、誰かに頼らなければ。
コトを成せないほど――悠長には行きていない。
あの黒い水は、もう怖くはない。
業火のような怒りが、自分の弱さを灼いてくれる。

「構いやしないってば。キミが強くなれるなら、それでイイのー。
 ……花道はボクが切り開くよ。自分の力でね。
 キミはどんな(ことば)を、その剣に宿すのか。
 しっかり見届けといてあげるから……」

永遠にて、不変。
おそらくその星核に宿ったがゆえに、あの世界に縛り付けられている者。

「言っとくケド、寝坊してんだからな。
 一太刀ぶんだけ、待ってあげる」

舞い降りていった彼女を見送って、長くはかからぬの言葉には、そう小さく笑った。
『浮生』を断ち、未練を終わらせる挑戦(コト)
どちらがやるかの話だ。いまの自分なら、出来るとも感じたが。
やりたい、と請け負ったのなら――その道は緋月が歩むべき。
英雄はなろうとしたものだけがなればいい。

緋月 >  
「まったく…ホントに、突っ張った生き方が好きな人ですよね。」

独り言のように、思わず言葉が出て来る。
最も、そんな生き方と、其処から出る言葉を柱に持っている自分が言えた義理でもないが。

大地に、降り立つ。
羽根はない。神山舟の権限も没収。圧倒的に「困難」な環境。

だからどうした。
ならば今あるもので、勝負をかけるだけだ。
無いものねだりはみっともない。持ってる手札で、勝負をかける。
――今までだって、そうして来たのではないか?

(――アレは無しですが、少しだけ、振り絞りましょうか。)

ホォォ――と、奇妙な呼吸の音。
ゆらり、と、その身から剣気が立ち上り、

(蓮華座、開花――第一から、第七まで!)

口からしゃん、と音が漏れ、七色の光の蓮が、次々と開花する。
――宿命に至るには、第七蓮華座までの開放が必須。
しかしそれは、飽くまでも「発動の下準備」に過ぎない。
七つ全てを開いても、其処への道を開かねば、ただの身体ブーストに留まる。

最も、第六までの開花に比べ、必然的に負担は大きくなる。
つまり、正真正銘――一撃・一合で、勝負をつける心構え。

(……勝つ。勝って、貴方の未練(餓え)に、充足をくれてやります――!)

ゆら、と、構えは脇構えに。
武の構えを取る巨龍を、彼岸花の少女が見据える――。

❖❖❖❖❖ >  
 30メートルの巨体は、その疑似的な肉体を完全に制御されていた。
 それこそが意識の鍵と称された羽の力なのであろう。
 そして、向き合い見下ろすは、一人の悟るに至った剣士。

 生前、終ぞ叶う事のなかった立ち合い。
 形は歪ではあるものの、感慨深いものである。

 ――星なるもの、変化の極みなり
 ――万物を妙にして言を為し
 ――形を以て
 ――話すべからざるものなり

 意識は伝播する。
 生前、己が武の道を往き歩んだ果てに至った、奥義。
 太虚の心境に心身を統一するための口訣。

(――ああ。
 そう(・・)なるのですね)

 とても子供っぽく、それでいて高潔な傲慢さ。
 かつて肩を並べた戦友(とも)を思い出す。
 彼の男も、同じシチュエーションであれば、同じように羽を握りつぶし、激昂した事だろう。

(未練――ええ、これは未練なのでしょう。
 幾年月、どれほど望めども、終ぞ得られなかった機会。
 なればこそ、武人として最大の敬意を彼女たちに)

 滑るように、龍の左足が踏み出された。
 それだけで、戦場の結界はひび割れるような音と共に軋み、凄まじい衝撃が世界そのものを砕くかのように揺らす。
 右腕を引き、拳が握られる。

 ――参ります

 凛とした宣言と共に。
 巨体が理外の速度で動き、その拳を剣士へと放つ。
 それはまごうことなき、神域の必殺。

 ――寸勁・流転――

 悠久の歳月を歩み、武の道を生きた先に辿り着いた、一つの答え。
 生々流転――その在り方は常に移ろい、変わり往き、生まれ変わる。

 放たれるのは、ただの拳打。
 しかし、そこに宿るのは、神の領域にへと至った流転(移ろう歳月)の重み。
 放たれた拳の衝撃だけで、足場となっていた結界そのものが、地表から深く沈み込む。

 巨大な拳が、必殺の技を以て剣士に迫る。
 勝負は一撃のみ。
 剣士が斬らねば――斬れぬのならば、ただ、この天地ごと打ち砕くのみ――
 

緋月 >  
一歩。只一歩の動きで、地が揺れる――否、そんな表現など生温い。
大地どころか、この島までも、砕いてしまいそうな衝撃。

その中でも、少女は揺らがず、怯まず、襲い来る拳を見据える。

『重い。』

感じた感想は、まずその一言。
どれ程の鍛錬を重ね、年月を研鑽に費やし、磨き上げれば、これ程の重さを帯びるのか。
質量などよりも…「歴史」の方が、遥かに重い!
生半可な術技では、その「歴史」に打ち砕かれる…!

――――良いでしょう。
――――ならば

『その歴史が私を圧し潰すか、私の刃が届くか――!』


『斬月――――無窮!』
 

緋月 >  
瞬間。

何が起きたか、その場に居た者のどれだけが理解を得られたのか。
それを放つ少女さえ、認識していたのかも分からない。

放たれた、歴史と質量、二つの重みを帯びた拳。
それが、形容し難い音と共に、「削り飛ばされた」。


敢えて表現するなら、「球形の斬撃」というべきもの。
それを瞬時に成すは――尋常の形ならず。
例え成したとしても、拳撃の研鑽と歴史に届かずば、容易に打ち砕かれていただろう。
だが、少女はそれを成した。

刀ひとつ、斬撃ひとつで――真正面から、大いなる拳を、打ち砕いた。

されど、其処で無窮は留まらない。
刃を振り抜いた勢いも重ねて――少女は、巨龍の心臓目掛けて飛翔する。

目指す先は、3つの星核。
その行く手を阻む星骸の肉体が、突然、がばりと左右に開く。

血の色の髪の魔術師が拓いた、「花道」。
其処に、理解を飛ばす間もなく――露になった星核へと目掛け、二度目の無窮の刃が振るわれる。

斬、と、響く音。
飛翔したのは――幻の如き、少女の姿。

飛び上がった少女は、未だ星核には届いていない。
なのに、もう一人――まるで、時間を歪めたかのように、もう一人の少女が、
開かれた星骸を突っ切り、三つの星核の「繋がり」を分断している。

そして――最期の斬撃が、迫る。

星核――「神なるモノ」を斬り裂かんとする、魔剣術の秘奥の壱……「神威」。
その名が意味は、「神」の「威」を「斬り裂く」刃。

神殺しの刃が、奇怪な軌跡を描きながら、三つの星核へと向かい――――


――――うち二つ。
「流動」と、「浮生」の星核(神威)を、狩り取った。

開眼したばかりで、制御に難があったのか――「頑健」の星核だけは、狙いが外れ……
黒水の龍との繋がりを「完全に」断ち切るだけに、留まったのだ。
 

❖❖❖❖❖ >  
(――ああ、これが)

 巨龍の黒塗りの拳が削り取られた。
 それは、物理的な破壊のみならず、神域の寸勁、その力の流れの根幹から断ち切っていた。
 流転と無窮――どちらが優れていたか、ではない。

 この立ち合いを決着させたのは、その在り方。
 歴史を重ねてきた者と、これから歴史を切り開く者。
 もう歩めぬものと、この先を歩んでいくもの。

 それこそが、両者の決定的な差であり。
 それこそが、技術を超越する心の在り方の差。
 意識を冠する夜鷹を撃ち落としたのは、まさにその鋭く研ぎ澄まされた意識そのものであった。

 敗北の直後、星骸の制御が一部、強引に奪われる。
 あらわになるのは、その胸部。
 心臓部に残る、三つの核。

 剣士の放った無窮の刃は、その星核を竜骨から切り離した(・・・・・)
 さらには、それに留まらず、二つの星核を滅する。
 淡く水色に明滅した星核は塵と化し、化水流動の権能は完全に失われた。

 竜骨の中に残るのは、ただ、そこにあるだけとなった堅牢の星核、堅牢堅固の権能のみ。
 拳士の完全な敗北であり――剣士の完全なる勝利であった。

 ――見事です。

 意識の伝播が賞賛を送る。
 そして、剣士の前に、薄青く光る結晶が漂っていく。
 それこそ、浮生の星核、浮生不滅の権能であった。

 ――清々しいとは、こういう気分なのでしょう。

 ――後は、この先を歩む、貴方たちに託します。

 最後にそう満たされたように伝え。
 悠久を歩んだ戦士は、再び眠りについたのだった。
 

ネームレス >  
(後は託します、とか考えてるんじゃないだろうな)

すべてをやりきって、満足そうに地に伏した存在が――。
なんとなく、あのエデンと重なった気がして。
自分にできなかったことを他人に任せるということが、
どれほど傲慢な自分勝手か、どうにもわかっていないと思った。
そういうのは、お人好しの者たちに任せるとして。
花道を駆け抜けた様に、視線を移せば。

即興(アドリブ)だったケド、うまくいったな)

――――畏れを灼いて、眼を凝らせば。
それはごく単純な理論だった。

星骸は液体――その神性を除けば水分子とほぼ同質の反磁性を示す物質なのだ。
であればこの魔術師によって、電磁誘導が可能な物質、というコトになる。
それに気づいたのは――そう、緋月に庇われたことで。
怒りの感情に支配され、かえって冷静になった脳による発見だ。 

(―――――これは黙っとこ)

最初からやれと言われると困るし。
星骸への苦手意識が、そんな見落としを生んでいたと白状しなければならない。
タネのある手品さ、というコトにしておこ。

「お見事」

地に降り立って、勝者の傍らに直立したまま。
朝、挨拶をするような気安さで、振り向いて語りかける。

「ご感想は?」

埃っぽい冬風が吹く。前方には、竜の――拳士の残骸が倒れ込んでいる。
やりたい、と言って、見事やっってのけた挑戦の果て。
あとは、帰るだけだ。いろいろ報告もまとめなきゃだが、まずこいつを病院に――

緋月 >  
「――――私としては、肝心な所で負けた気分です。」

目の前に浮く、薄青い結晶に、そう声をかけ、手を伸ばし――掴み取る。
「流動」は滅する事に成功したが――「浮生」の星核は、尚も健在。
それを抱えた龍を斬る事は出来たが、肝心の「心臓」を潰し切れなかった。

(勝負に勝って、戦に負けた…と言えば良いのか。)

そこだけが、複雑な気持ち。
背後から声をかけられれば、血の色の瞳が振り向く。

「……斬るには斬れましたけど、消化不良、って奴です。
結局、これを滅する事は…出来ませんでした。」

手の中の、薄青い結晶を見せる。
神を斬る刃でも尚、完全に滅ぼすに至らなかった、権能。
それは今、少女の手の中に。

「結局、制御も甘くて堅牢の星核も狙いを外してしまいますし。
――今後の課題にしておきます。」

はぁ、とため息を吐きながら、蓮華座を閉じる。
七つの光が、萎むように消え去る。

「とりあえず、残ったもう一つも回収して…撤収、ですかね。」

❖❖❖❖❖ >  
 ――その時、巨龍は咆哮した。

 右腕を削り取られ、その心臓となっていた核を奪われ。
 それでも、本能のままに吠えた。

 その強大な膂力で大地を蹴り、猛進する。
 そして、残った左腕で己を滅さんとする矮小なる敵を叩き潰すために。

 依然、その巨体はあらゆる生物にとって脅威となりゆる。
 だが、知性無き骸は、相手が埒外の敵である事すら認識できない。
 それは、ただただ――力のままに暴れ尽くすだけの、憐れな成れの果てでしかなかった。
 

ネームレス >  
「じゃ、早いトコ斬れるようになってもらわないとね。
 ボクがほかの護衛をみつけちゃう前にさ」

どうにも、悔いが残る結果らしいので、
くっくっ、と可笑しそうに笑った。
まだ道半ばの彼女。その結実は、いつになるだろう。
長く待つつもりもないこの存在は、けっきょくプレッシャーをかけてはしまうのだけど。
そうだ。満足など、終端など――まだまだ、先だ。

「……やり応えのある人生だ」

そう、ぽつりと呟いた。
楽しく過ごせているかは、わからないけれど。
自分とて、この理想を目指す生には、全力でありたい。

「さぁ、行こ――――」

瞬間、である。
地をどよもす大音声を受けた瞬間に、
神山舟を起動して、緋月の周囲に展開――防壁のように。
対するこちらは、その前に。
第七門までを開放し、精根尽き果てた彼女を、
護るように、かばうように立った。

血の色が黒い背に揺れる。
その手に。
陽光を照り返す、鈍い黄金の輝きがあった。
直径2センチメートル、長さは10センチメートルにも満たない円筒。
――弾丸だ。しかし、それは巨竜に打ち込むには小さすぎる。

緋月 >  
「………。」

突然の咆哮に、少し驚きはした。
右腕を抉られ、心臓3つのうち1つを滅され、1つが己の手の中にある状態で、尚も立ち上がり、襲い掛かろうとする。

だが、少女の血の色の瞳にあるのは…憐みの色だった。

「――――嗚呼。」

思わず、嘆息する。
ようやく死するべき時が来た筈なのに――その期を逃した死に損ないの骸の、何と憐れな事か。

反動は、正直我慢しようと思えば出来る。
今一度動こうとした所で――立ちはだかる、魔術師。

既に、何やら用意を終えているらしい、その背に、

「――任せました。」

そう、短く声をかける。
彼女なら、しっかりと決めてくれる。その信頼を持って。

ネームレス >  
「あいつも気の毒なヤツさ。
 武人サマがたのわがままに?
 ……結局カラダまで乗っ取られちゃったんだもの」

肩を竦めて茶化すものの。
――最後の一幕、あの横紙破りの乱入は――正直、
ひどく、不愉快だった。 

そもそもの元凶(クライン)に向かって、一発ブチかましてやるさ」

信頼を背に受けて。
弾丸を空中に放ると、胸あたりの高さでぴたり――竜へと弾頭を向けて水平に静止する。
黄金の光が糸となって、針金細工のように、弾丸を中核としてひとつの形を成す――
構えられるは1.5メートルほどの筒。根本付近に弾を込めた円柱。

"砲"。

超高圧の結界魔術を銃身として弾丸を薬室に当たる箇所へと封じ込め、
召喚したエネルギーを推進力に変換し発射する、非常にシンプルな攻撃方法。
彼女が『浮生』の有り様を断ち切った、『神威』を謳うならば。
自分が謳うべき詞は――

(―――虚無を、ここに)

輝ける未来への福音。
神の子をやめ、自立した人間たちへの讃歌。

権能を突き崩す属性を得た弾丸は、
超硬度・超密度の、常軌を逸した組成で作り上げられている。
あとは、それを放つエネルギーを召喚するだけ。
浮生を破壊できないのは、ちょっと残念だが――それは自分の担当ではない。

――人智魔術、否、神智進化論の奥義。そのひとつ。
世界と神を否定するとも称された偉業の召喚。
魔術計の類がそれを探るなら――一瞬だけ、針が振り切れた。
 
拳の、人差し指と親指だけを開く。
ピストルのジェスチャーをした腕を、西部劇の決闘者(ガンマン)のように跳ね上げた。

ネームレス >  
 
    
ミューオン触媒核融合(カタライズドフュージョン)、開放。

「『星辰よ、正しきすがたに(ルフス・ステラ)』」

発射(ファイア)
 
 
  

ネームレス >  
瞬間的に発動した超級のエネルギーが、弾丸を推進、撃発させた。
もはや目視すら不可能。発動した瞬間にすべては終わっている。
初速から音速の10倍に迫る速度に突入する、超神速の魔弾。
その速度がえがくのは、物理、異能、魔術、神能――
あらゆる干渉が発動する前に万物を撃ち貫く、暴力の最終定理。

骨竜の顎先へと着弾。
堅牢の干渉に対し、その反応は――そもそも、破壊すらしなかった。
極超音速の世界では多くの物質が液体のように流動性を帯びる――帯びてしまう。

世界の理が牙を剥く。
たった直径2センチメートルの着弾点から、水が弾け飛ぶように崩壊が広がっていく。
結果として――――その弾丸の通過点に在った骨竜の、
30メートルもの巨躯は跡形もなく、『堅牢』の星核ごと木っ端微塵に消し飛ぶ

5秒を待たずして10キロメートル先の結界の終端へと辿り着いた弾丸が、
激しい物理干渉によって、ドーム状に隔離している結界をスパークさせ……やがて。
十数秒ののち、その運動量が結界に吸収されてきったことで、止んだ。
骨竜を撃ち抜いたことで僅かに減速し、
鉄道委員会の敷設した隔離結界を貫通するには至らなかったのだ。

―――やすらかに。

後に残ったのは、10キロメートルを駆け抜けた弾丸と突風によってめちゃくちゃになった周囲の光景と。
弾着点より円錐状に発生した衝撃が、地面を巨人のスコップのようにごっそりと抉り取っている。

「…………ま、これくらいハデにやらかせば注目せざるを得ないだろ」

前方に伸ばした腕を、体の横にぱたりと垂らして。

ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」から❖❖❖❖❖さんが去りました。
緋月 >  
「――――うわぁ。」

敢えて形容するなら、「花火」。
それも、飛び切り派手な、あの巨躯を跡形残らず消し飛ばしてしまう、一瞬で咲いて散る、花火。
そうとしか、表現が出来なかった。あるいは疲れで語彙が死に気味なのか。

「最後の締め位は、派手にひと花、ですか……。」

そんなものでもないだろうけど、実際、いざ最期を迎えるならば――そんな散り様も、悪くはないかも知れない。
思わずそんな感傷を持ってしまう、巨大な花火。

(…まあ、まだ死ぬには早すぎますか、お互い。)

当たり前過ぎるその結論だけは、飲み込んで。
まだまだ…自分達はこの世界を生きてはいない。
派手な散り花を咲かせるのは、聊か早すぎる。

「あれじゃ、星核も消し飛んでしまいましたか。
…まあ、元々斬る心算のものでしたし。」

そう、未熟者の自分の後始末を着けてくれたと考えれば、惜しいものでもなかった。
「無窮」の制御は…これから頑張る事にしよう。

「願わくば、花の下にて――――。」

かの詩の、頭だけを、文字通り散っていった黒水の龍への最後の手向けに。

ネームレス >  
「『あなたは、』」

空を仰いで。
静かに、福音書の一節を諳んじる。
視ているんだろう?

「……『わたしにつまずく』」

神を撃ち落とし得る、人間の一撃を。
暴力では、どうにもできないよ。
中指を立てる代わりに、自我でもって花火を打ち上げた。
とはいえ、この演目における自分の出番はここが最高潮となろう。
立場もあるし、そもそも音楽家。目立つので、もう動けない。

肩越しに振り向いた。千両役者は誰になるか。
彼女か、果たして別のだれかか。

「――――でーも、やっぱり公演のあとよりはスッキリしないなぁ。
 ボクが命を燃やすべき戦場は、やっぱり舞台(ステージ)だね」

暴力で燃え尽きることは、どこかできなくて。
そういう意味では――あの拳士のように、剣士としての緋月と通じ合えないのかも。
一抹の寂しさを抱えながら、くるりと振り向いた。両腕を開く。

「ご覧の通り、無傷です。
 護衛(ボディガード)お疲れ様。格好良かったよ」

しゃがみこんで視線を合わせ、にひ、と笑った。
神山舟の防壁を解除して、頭をくしゃくしゃ撫でてやる。褒めるといいらしい。

緋月 >  
「わっぷ。」

労いの言葉と共に頭を撫でられれば、小さく妙な声を上げて、しかし嫌がるような素振りも無く。
安心したかのような雰囲気と、表情。

「……「あのとき」は、あなたなら何とか打開できると思って、動きましたけど……
負担、かけたんだったら、すみませんでした。」

暗に、無限の星核の回収の為、ぶん投げた事を指しながら、謝罪の言葉。
「守らなきゃいけない」と思ったからではない。
あれが一番…「立て直す」時間がかからないと思ったから、躊躇なく選ぶ事が出来た。
それだけの事、だったが…もし気分を害していたなら、すまなかった、と。

《…全く、こちらも随分と肝を冷やされたぞ。》
『っと、朔もおつかれさまです。それと、色々すみませんでした。』
《謝罪は良い。今度はもう少し…要領よく、出来るようにな。お互い。》
『――はい。』

内なる友へも、謝罪と、感謝の言葉。

「それじゃ…後は、あの刀を回収して、ですか。」

要となった、斬魔刀。
それを回収に向かったのならば――地面に突き刺さっているのは、
何時の間にやら片刃の大剣へと戻っている、魔を斬る刀の姿。

煤けてこそいただろうが、あの大荒れの戦場の中――砕けるどころか、傷のひとつもついていない。

ネームレス >  
「ちゃんとできたらこうやって褒めてあげましょーってテレビでやってたんだ」

子供のようにきゃらきゃらと笑って。
一体なんの番組を観ていたというのだろう。
続いた言葉に、きょと、と眼を丸くして――ああ、と少し険しい顔。

「負担とかは考えなくてイイよ、別に。
 いちおう組んで挑んでたんだし、役割分担……互いにできないコト、ってのは。
 まあ悔しくはあるケド、キミがこのまえいってたコトだろ?」

眼を瞑って、ふ、と息を吐き出した。

「―――キミに、自分を庇わせてしまった。
 ボクならだいじょうぶ、といってもらえるだけの信用を勝ち得ていなかった。
 そのぶん、そのあとの期待と信頼には、完璧に応えたつもりだケドね。
 お尻を叩いてやったほうがヒートアップするからな、キミは」

ハッパかけて引き起こせ、なんてのは、朔にも言われたコト。
期待以上の動きができていたならなによりだが。

「だから全然怒ってないよ」

笑顔。

「ぜんッッッぜん怒ってないから」

眼以外は。
――そう、怒っているのは、ずっと。
未熟で不出来。理想に届いていない自分に対して。
他人よりどれだけ出来るか、の話ではないのだった。

「おっと忘れるトコだった。
 そぉだね。引っこ抜いて帰ろう。パイルバンカーしたから引っこ抜けるとイイんだけど。
 そしたらお肉食べようお肉。食べ放題のお店でさー……あ」

斬魔刀のほうへ向かいつつ。
今しがた手元に精製した鏡を、彼女のほうに差し出した。

「そのまえにキミは検査だな。
 ……周りにはボクにいわれて染めた、ってコトにしとけば」

観てご覧、と促した。
一体なにが起こったのか。
あのとき理想図として描かれた、明るい色の髪と――輝く瞳。
それが、現実に具現されているのは――汚染なのか、変質なのか、それとも。

緋月 >
(え、笑顔が怖い――――!!)

思わず口バッテン状態で、汗がだらだら。
流石に目が笑ってない事に気付かない程、少女も鈍くはない。

(……怒りのベクトルは、私よりもむしろ…。)

其処まで考えて、思考を言語化するのはやめにした。
兎も角、怒っているのは痛い程分かる。
それが、自分の行動が切っ掛けであるという事も、痛い程。

(世の中、儘ならないものですよね…。)

そう思いつつ、話題が変わればついていこうとして、

「え、えっ…何、なんですか?」

差し出された鏡を覗き込み――――

緋月 >  

――な、何だこれ――――!?


ようやく、己の変異を見せつけられ、素っ頓狂な声が汚染区画の只中に広がるのであった。

尚…病院に担ぎ込まれ、精密検査を受けた結果は、「星骸を浴びた事による変異」という
診断が下る結果となる。
つまり――完全に、このまま。

髪と瞳の色が変わってしまった少女は、当分、学校生活などで苦労する事になるだろう。
主にクラスメイトからの質問攻めで。

ネームレス >  
「けっこー似合ってると思うよー?
 染めたり、カラコン入れたりなんて考えないヤツだろうからさ。
 思わぬお洒落ってコトで……その彼岸花(スパイダーリリー)も、普段から着りゃイイのに。
 ……あと、おっぱいがおっきくなってたらサイコーだったね」
 
素っ頓狂な声をあげる姿を横目に、きゃらきゃらと笑うものの。

(変な影響がないといいケド―――)

内心では、そんなことを考えている。
肉体の変異。異形への転化は事例は多いが……
彼女の精神の変遷や成長が作用したのかもしれない。
いずれにせよ、へんな診断結果がでなければ――

(ん……?)

ふと、コツリと靴先がなにかをとらえた。拾い上げる。

(…………もらっとくよ)

白い、陶器のようにも見える破片だ。
あのとき、突き崩して消滅したはずの――骨竜の、角の先端部。
消滅を免れた、掌ほどの大きさのそれを、ポケットにしまい込む。
野生なりに戦い抜いたモノが、誰かに濫用されるのも癪だ。
自由にしていいのは、我々だけだ。

「――ほーら、もう騒がないの!
 緋月!ハウス!ハーウースー!」

踵を返して、ふざけたように呼びかける。

ひとたびバトンを受け取ったふたりの"討伐隊"は、
当該生徒のひとりの希望により、人員を含め情報は伏せられることとなったが。
たしかに、つぎへと受け渡したのだ。

ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」からネームレスさんが去りました。
ご案内:「Free3 未開拓地区:汚染区画/汚染源討伐作戦」から緋月さんが去りました。