2024/09/23 のログ
ご案内:「落第街大通り・海岸付近」に『不死姫』エリザベトさんが現れました。
ご案内:「落第街大通り・海岸付近」に橘壱さんが現れました。
■『不死姫』エリザベト >
マリアが誰かの手に落ちた。
逃亡者はその行方を知らない。
落第街の大通りを東へ東へ進んだ、海沿い。
悪い虫を狂気のまま──否、自分への敵意に対し、本能と怒りで蹂躙し続けた。
そうして黒と赤の血の道を作り続けたら、端に辿り着いた。
警報音は、鳴り止まない。
「……妹……は……。」
守らないと。
そう思い込む度に、頭痛がする。
夕日か朝日か分からぬ日差しが、眼を痛ませる。
後ろは振り向かない。
振り向いたら、手を掛けたものが居る。
生きているかどうかも、確かめたくもない。
■橘壱 >
落第街 海岸付近上空。
暗雲を切り裂く蒼い軌道。
さながら水星のように曇天を裂き、
不死姫の行く手を遮るようにと轟音を立てて降り立った。
砂煙と海水を巻き上げ、青白い光を放つ人影。
煙が晴れるとそこに出てきたのは蒼白の機人。
鋼鉄の全身を駆動させ、空気を歪ませる排熱用白煙を滾らせる。
『──────"不死姫"エリザベトだな?』
問いかけと同時に、青白い一つ目が光輝く。
鉄仮面の奥、モニターの光に照らされるは一人の少年。
風紀委員が一人、橘壱。今回の騒動も含め、落第街作戦行動中、
その異能者の一人捉え、見事追跡に成功した。
モニターに映る景色に様々な情報。
拡大された女性の表情は、あまり芳しくない。
『(精神的に弱っている……?異能の反動か?或いは……)』
神妙な顔つきのまま、少年は目を細める。
『……キミには多くの容疑がかけられている。
自分でも何をしているかは、わかっているはずだ』
腰にマウントされた黒いライフル。
流線型の非殺傷性パルスライフルを手にとり、
その銃口を女性へと向けた。警告だ。
『大人しく投降するんだ。顔色もあまり良くない。
どういう状況かはわからないが、そんな状況で抵抗はしない方が良い』
■『不死姫』エリザベト >
暗雲を切り開く蒼の軌跡。
それによって護られたものがいるならば、その軌跡は希望の翼として住人や委員に届くのだろう。
この不死姫にとっては、凶兆そのものであるとしても。
「そうよ。……貴方も、妹を傷付けるの?
それとも……私を、殺しに来たのかしら?」
見ての通り、消耗している。
二つの問いを、モノアイの向こうのある声の主に問いかける。
委員やマフィアを繰り返す度に少しずつ消耗し、
その凶暴性も不安定なものとなっている。
もしかすれば、そう言った報告も挙がっていただろう。
信じるはどうかは別として、だ。
「投降なんて、柄じゃないわ。
貴方はとてもやさしいのね……でも、もう遅いわ。」
振り返ってから、自ら築き上げた血の路を示す。
委員もマフィアも見境なく、銃撃によって沈めている。
「投降は、拒否する。『理不尽に反逆を、ギフトを得よ。』
……私の身柄が欲しければ、不死姫に逆らってみなさい!」
慟哭と共に彼女の両手に重火器が顕れ、無尽の弾丸が火を噴く。
軽誘導式ミサイル──本来単発でしか撃てぬそれを、無尽によって装填を踏み倒して乱射する。
蒼き軌跡を描いた機体へと、爆砲が殺到する。
■橘壱 >
当然だが、生物は特異性が無ければ限界がある。
何かしらの支援、供給がなければ消耗の一方。
無尽蔵の力により、無差別的殺戮行動を行う
凶悪な違反者とて、それは例外じゃないらしい。
報告には上がっていた。消耗し、精神的にも不安定。
何かをうわ言のように言っているという話も聞いた。
情報通りではあるが故に、不安も胸を過るというもの。
『妹……?違う、僕は傷つけにも、殺しにもこない。
キミを止めに来た。どんな理由であれ、キミは許されない事をした』
悪人であろうと何であろうと、
その命を奪うことを許容されてはならない。
此れは社会として、一個人としてそうである。
そう、許されてはいけない。身を以て知っている。
ぐ、と奥歯を噛み締め、緊張感に深く息を吐いた。
『優しくはない。殺して止めることは、
風紀委員の仕事じゃない。僕等は、
違反者を捕え、更生させるのが目的だ』
『……それはキミが、どれだけの行いをしてきても、だ。
司法の決断に委ねるべきだ。私刑も許されない。お願いだ、話を─────!』
言葉を区切るように、<ALERT>音が鳴り響く。
その両手に表れた重火器から放たれる誘導式ミサイル。
形状からして単発式に見えるが、眼の前には弾幕だ。
異能による力か。何であれ、迷ってる暇はない。
舌打ちと共に、パルスライフルから青白い光が拡散する。
人体に影響なく、麻痺させるための機能だが、
機械に対しても効果がある。その機能を停止させるのだ。
だが、無尽蔵に放たれる弾丸の雨。
全身のバーニアを青白く燃やし、細かい回避運動により回避運動を合わせても、避けきれない。
機人の姿が爆炎に呑まれ、再び煙が晴れれば─────……。
『……お願いだ、まずは話を聞いてくれ。
キミの妹とは、誰なんだ?どう見ても一人じゃないか』
蒼白の鋼鉄は、未だ健在。
その全身を包むのは薄緑色の電磁パルスシールド。
強靭な科学力による強固な壁により、落とせなかった分を凌いだのだ。
だが無傷ではない。装甲の一部が剥がれ、幾つか焼け跡が残っている。
だが、此方から反撃はしない。鉄仮面の奥で、少年は言葉を続ける。
■『不死姫』エリザベト >
装填手不要の『無尽』の能力。
極度に発達した異能は、彼女が確保したことある道具すらも無尽と見做した。
装填の隙だけでなく、兵站や重量のくびきからも解き放っている。
ギフトで無ければ。
正しきものが使えば。
多くの問題を解決出来る奇跡の異能。
……無数の悪意によって狂気の元にあった砲弾の多くは、
パルスライフルの電磁によって機能を止め、路傍に転がる。
残るものが機体を捉えたかと思えば──電磁の盾によって防ぎ切られた。
熱の痕は、真っ向から受けた証だろう。
「鞘樹櫻子……でもね、もういいわ。
どうせ、鞘樹櫻子は、出て来やしない。」
妹が生きていて、守らなければいけない。
それが妄執であることは、理解しつつある。
現実としても、鞘樹櫻子は人肉を扱う違反組織の手によって死亡している事が確認されている。
同時に、その姉も死んでいることが確認されている。
エリザベトが振り降ろしてしまった拳に意味はなかった。
覚めかけた狂気に縋って、その事実から目を背けている。
エリザベトもまた、既に死んでいる筈の人間だ。
「赦されないことをした。そうね。だから投降の域を超えている。
……思わず、手が止まってしまったわ。これ以上話すと、どうにかなってしまいそう。」
ミサイルランチャーを投げ捨て、何かの上体を重そうに設置した。
壊れかけた、『列車砲』の発射機構部。
何処かで手にしたそれを強引に手で弄り、
発車しようと準備をしている。
話を聞いているのか、まだ発射をする素振りはない。
■橘壱 >
あの体躯で、生身のまま重火器を扱う。
これも異能のなせる技なのか、
或いはあの施し屋の仕業かはわからない。
だが、その力を以てしてあらゆる暴威を振りまいた。
その結果できた無尽蔵の血の跡。
引き返すことは出来ない。だが、償うことは出来るはずだ。
例え、どんな形になったとしても──────……。
『……出てきはしない?何を言って……』
情緒不安定だからなのか、
或いは妹という言葉自体妄言なのか。
まともな人間が吐くにはうわ言だ。だが、意味はあるはず。
今度向けられた銃口はさっきよりも大きい。
『列車砲』。鉄道委員会でよく見ている。
流石にあれはシールドありきでも、直撃は受けられない。
何処から手に入れたかわからないが、
今はそれ自体は重要じゃない。
発射する素振りがない今の一瞬でも落ち着いた隙に、
風紀のデーターベースからその名を検索する。
『……!』
結果が出た。
だがその内容に目を見開き、息を呑んだ。
昔の事件報告書だ。壱が島に来る前のもの。
少なくとも、此の内容は嘘じゃない。
此れが本当だとすると彼女は──────……。
モニター向こう側を静かに見据えた。
『……鞘樹櫻子は……』
■橘壱 >
『──────鞘樹櫻子は、もう亡くなっている』
■橘壱 >
スピーカー越しに静かに、確かにハッキリと伝えた。
伝えるべきか悩ましいことではあった。
だが、此れが妄執の要因ならば、断ち切らなければならない。
如何に受け入れがたい現実と言えど、受け入れさせなければならない。
だからこそ、少年は言葉を続ける。
『彼女だけじゃない。そのお姉さんの、鞘樹美香も亡くなっている。
……痛ましい事件の中で、既に二人揃って亡くなっている』
『鞘樹櫻子を妹というエリザベトは……一体誰なんだ?』
モニターの向こう側、碧の双眸が真っ直ぐ不死姫を見据える。
■『不死姫』エリザベト >
エリザベトを夢から覚ます、決定的な通告。
……発射寸前の単純暴力の砲は蒼い機体ではなく不死姫の足元へと撃たれた。
単純暴力の余波は人の身を軽々飛ばし、
鋼鉄の機体であっても手や技術を弄さねば転ぶ程の衝撃。
衝撃と砂塵が収まれば、襤褸切れとなったドレスを纏い呆然と立ち尽くすエリザベトの姿。
無尽による再生と、異能を介した自傷による上限の消耗。
そのまま、呆然と立ち尽くす。
「……そう。やっぱり、そうよね。妹も、私も……死んでいる。」
否認することなく、肯定を示す。
狂気の中で眠り続けることは出来ない。
幾度となく揺らされれば、猶更だ。
「エリザベトが誰か。私が知りたいわ!鞘樹美香が死人なら、
一体誰がエリザベトの罪を償えばいいの?
既に死んでいるなら、罪どころか、何もかもが虚無じゃない!」
叫んで喚く。
夢から覚めつつある死者の、悲痛な叫び。
「ねぇ、風紀委員さん。教えて頂戴。」
■『不死姫』エリザベト >
「私は一体、誰だと思う? 鞘樹美香?」
「……それとも────エリザベト?」
「あるいは、怪異?」
■橘壱 >
彼女がどういう経緯の道を辿ったかは知らない。
少なくとも消耗していた理由は、
狂気から醒め始めていた事だったらしい。
無尽蔵でありながら、その精神性は一人の人。
人間一人の精神は決して、無尽蔵ではなかった。
此の血の跡を進みにつれ、多くの事象が彼女を消耗させた。
その結果、認めたくない現実とついに、向き合う時が来た。
放たれた大砲の衝撃よりも強い衝撃的な叫び。
それでいて悲痛な"少女"の痛みが装甲越しに木霊する。
巻き上がる土煙を払い、青白い一つ目が光輝いた。
『…………』
たかだか17歳。
それも、つい最近まで社会と関わらず、
漸く少しは真っ当な精神が芽生えたばかりだ。
余りにも難しく、悲痛な問題。
死人も現世に黄泉返りを起こすような時代だ。
死人を裁くことさえ出来るが、そういう理屈的話でもない。
問いかけに明確な答えは持たない。
モニターに照らされた表情を強張らせ、沈黙。
額に汗がにじみ出る。気圧されている。
一言次第で、何が起きても不思議じゃないその責任に
『(……だからって、黙っていちゃダメだ……!)』
"それでも"、黙っていてはどうにもならない。
この先、兵器ではダメだ。
それが正確な答えでなくても、伝えなくてはいけない。
沈黙を破ったのは、機械の駆動音。
前面が開くように割れれば、白衣の少年が地に降り立った。
「……僕は……」
震える声音で、眼の前の女性を見据える。
■橘壱 >
喉がやけに重い。
空気が肌に纏わりつくようで、気持ち悪い。
普段装甲越しに感じている戦場の重圧感。
生身で感じた事無いわけじゃないけど、
今はこんなにも嫌に感じる。息を切らすな。
言葉を、続けるんだ。呼吸を整えながら、碧の瞳を外さない。
「僕は、キミの事をよく知っているワケじゃない。
だけど、キミがどんな事情であれ、妹の為に動いていた。
それが例え正気じゃなかったとしても、誰かのために動いた」
「それはキミが、"鞘樹美香"として最後まで妹の事を考えていたからだ。
……けど、だからといってしたことが許されるわけじゃない。
犯した罪は、償うべきだ。エリザベトも、鞘樹美香も、キミだ」
「僕にとっては、キミは人間だ。
だってそうだろ……!そうじゃなきゃ、妹の事なんか口に出来ない!」
その行動理念は最後までそこに根ざしていたはずだ。
だったらもう、如何に名を、姿形が変わろうと、
それは鞘樹美香が犯した罪だ。
潮風が髪を、白衣を揺らし、少年は静かに手を伸ばす。
「……僕においそれと、他人の事を言える義理はない。
けど、もうやめるんだ。これ以上人を殺す理由はない」
「死者の魂を……鞘樹美香をこれ以上、傷つけないでくれ……」
理解したのであれば、自覚したのであれば、
もうそこに理由はないはずだ。生身の少年。
ただの一人の子どもの手が、伸ばされている。
非異能者の体だ。撃てば簡単に死ぬ。
だけど、人と向き合うなら、その目を直接見なければ意味がない。
馬鹿な理由かもしれないが、それだけの覚悟を以て選んだ。
後悔はない。後は彼女が、どうするかだ。
肌をひりつかせる緊張感が、嫌に心臓に早鐘を打たせてくる。
どうか、どうか──────……。
■『不死姫』エリザベト >
「……そうね、私は人間で、鞘樹美香。
分かったわ。少なくとも、傷付けることはやめにする。でも……」
生身の少年の瞳を認める。
柔らかく、優しく、上品な笑み。
鞘樹美香は、本来こういうものであったのだろう。
「ごめんなさい。罪を償うことは、出来そうにないの。
……エリザベトでも居られないなら、鞘樹美香でも居られないなら。
わたしはもう、ここに居られないの。死者は死んでいないといけない。」
手を取らず、大きく、頭を下げる。
出来る事はそれしかない。
そして、もうエリザベトでも鞘樹美香でもいられない言う様に。
「来世があったら、償い続けることにする。
どんなに罵詈雑言を受けても、拒絶されても、ひたすら償う。
エリザベトの名に、恥じぬように。魂や運命があるとすれば、の話だけれど。」
エリザベトを結ぶ像が歪む。
エリザベトではない鞘樹美香の姿が映ったかと思えば、それもすぐに綻びる。
他の異業者とは、少し事情が違うらしい。
騒動に乗る者は、受けるものと授けるものだけではない。
落第街ではよくあること。
「はっきり思い出した。鞘樹美香は、ギフターではない別の誰かに起こされてしまった死体。
死霊の依り代、あるいはロボットの電池。無辜の人間一人をコストにして投入された死体。
そうして、ギフターの元に向かわせた第三者の悪意のカタチ。」
「それらを自覚してしまったから、私は私を保てない。
償えないこと、赦して頂戴。貴方の手で救われない事は、貴方の過失じゃない。
……あと、ギフターに関してもほとんど知らない。ごめんなさいね。」
すべての狂気が解かれ、悪夢の終わりが近づく。
エリザベトとして保てる間に、思い付くだけの懺悔を告げる。
■橘壱 >
エリザベト……否、鞘樹美香が微笑んだ。
多分此れが本来の姿だ。生前の鞘樹美香は、
きっと、こうして友人と、妹と笑う事ができたんだ。
「……そっか。わかってくれる、か。
良かったよ……これ以上、キミが、キミ自身も、傷つく必要がなくなるのが」
事件自体は、此れで終わりではない。
少なくとも、彼女の事は、
此処で終わりだ。彼女が血に塗れる事はない。
但し、全てが綺麗に終わるわけじゃない。
罪には罰。そして、死者が生者の世界にいるのは、
本来あるべき姿ではない。この世の例外だ。
少なくとも、彼女の言う事があるべき形だ。
だが、納得できない。思わず下唇を噛み締め、
ぐ、と握り拳を作っていた。
「! そんなの……今償わないでどうするんだ!?
償う気があるなら、今やらないで、逃げてどうするんだ!
今や死人が普通に出てくる時代だってのに、そんな事……!」
「そうだ……祭祀局。祭祀局がある!
少なくともあそこなら少し位何かが出来るはずだ……!」
あそこの連中なら、何かあるはずだ。
少年の言っていることは、生者の理を歪めること。
一種の外法。本来やるべきことではない。
死者は死者へ、あるべき場所へと還るべきである。
けど、認められない。
少なくとも彼女を、人間として見てしまった。
生者として見るならば、それこそ此処で今、
更生を行うべきだと考えている。
生きて、更生して、今度こそ正しい道を歩むべきだ。
性根の優しさが、そう考えてしまう。
既に終わっている生命だなんて、認められないって。
現実逃避だ。必死に、表情を強張らせたまま訴えかける。
叶わぬ、願いを。
■『不死姫』エリザベト > 「ありがとう。心優しき風紀委員さん。
お名前、ちゃんと聞いてもいいかしら?」
橘壱へと、一歩近付く。
彼女から漂う不潔を上回る血と硝煙の匂いは人が漂わせていいものではない。
「……そう言われても、どうしようもないもの。
少なくとも、私が生きている限り私を動かす依り代になった人は救われない。
祭祀局に行けば……私と依り代を分離して、霊として生き続ける事は出来るでしょう。」
外法に近くとも、祭祀局ならばエリザベトと依り代である無辜の少年を分離し、適切に保護する事が出来る。
故に、叶わぬ願いは理屈の上では可能だ。
出来ないことはない。だが……
「あなたにとっても、とても困難な道よ。本気でやるの?」
「事件の立証者としてエリザベトを留めることは出来るでしょう。
祭祀局を頼れば、騒動の終わりまでは認められるかもしれない。でも……」
「貴方だって嫌疑を掛けられる。風紀委員も一枚岩ではない。
死人一人に償い続け、生かさせる為に貴方も罪を被るでしょう。
多くの時間と手間を、使うでしょう。」
理性による警告。
自身を無理やり活かすことは茨の道であり、時には罪に触れると。
「石を投げられる、私を見るでしょう。
罪人として生き続ける、私を見続けるでしょう。
……私の罪に、貴方の時間を割いて、運命に反逆する覚悟があるのなら……。」
今度は彼女から、手を伸ばす。
■『不死姫』エリザベト >
「私の手を、取って。」
「でも、無理しないで。なにもしないでいいの。」
「貴方が無理しなくても、来世は……きっとあるわ。」
与えられた機会は、一瞬。
僅かにでも迷えば、この魂はそのままに救われる。
■橘壱 >
「……!」
そうだ。それこそ彼女が言ったとおりじゃないか。
此の死者の魂は、一人の人間をコストにしている。
つまり彼女は、既に誰かの犠牲にの上に成り立った
仮初の生命だ。何かを犠牲に成り立つもの。
つまり、既に歪んでいる。それを生かすために
と奔走すれば、それこそまた別に何かが必要になるはずだ。
「それ、は……、……」
現実がままならないこと。
奇跡はそう簡単に起きる事ではないと知っている。
喉に張り付く乾いた感触。吐き出す吐息が、
嫌に大きく感じれる。困難なんてものじゃない。
これは死者と生者を天秤に掛けているのだ。
壱にとってはどちらも、あるべきである、と考えてしまう。
大きすぎる、叶わぬ我儘だ。
選択肢を向けられている。碧の視線が揺れる。
全身にぐっしょりと、嫌な汗が吹き出す感触。
選択肢一つで、何かを歪めてしまう重さ。
全てにおいて、それは刹那の出来事だった。
橘壱、一人の少年は、"それでも"押し黙る事はしない。
「……僕が、どうなるかなんてどうでもいい……!
泥水だって啜って、這い上がるばか、りの……人生だ……!」
声音が震える。視界が、霞む。
でも、言葉だけはハッキリと、絶やすな。
「だけ、ど……鞘樹美香が傷つくのは、ダメだ……!
その、キミが今依代にしている人だって、人生が、あ、ある……!」
だから─────────……。
少年は、手を伸ばす。
■橘壱 >
「─────────……ごめん……僕には、選べない」
「恨んでくれて、いい。情けない男だって、橘壱って男を……!」
ままならぬが故に、余りにも重すぎる選択だった。
自分自身よりも二人の他者を天秤に掛かってしまった。
だから、その手を取ることは出来ない。
潤んだままの碧を、嗚咽混じりの声で、そういうしか出来なかった。
■『不死姫』エリザベト >
「いいえ、あなたはすてきな殿方よ。橘壱さん。
私は来世で償うから、貴方は今世で、綺麗な蒼を輝かせて……
……たくさんの人を救ってちょうだい。」
なだめるように、肩に手を置こうと伸ばして……とめる。
反射的にしてしまう程には、本来はそういうものだったのだろう。
「橘壱さん、これからも、お仕事頑張って頂戴。
既に終わっているものが一つでも減るように……勇気を出して。」
生命。
死者が蘇り、魔法が罷り通る大変容を過ぎた世界において、
少々軽くなってしまったもの。
だが、今この場に於いては、鞘樹美香はその重さを提示した。
そして、その命の重さと真っ向から向き合った結果を、
選べないと回答することのできる真っ直ぐな少年が居た。
残ったのは、この場のものが償うことのできない罪だけ。
それは来世で私がやると、不死姫たるものは希望的観測を口にした。
「……こう考えると、風紀委員ってとっても辛いお仕事。
何で、大人がやらないのかしら……辛くなったらちゃんと誰かを頼って。」
結びは綻びへ。
後一言か二言で、エリザベトと鞘樹美香は消滅し、
依り代となった無辜の少年だけが残る。
「さようなら。素敵な殿方。
こんな罪人だけど、過酷な貴方に幸せがあるように……祈らせて。」
両手を組んで、瞑目する。
薄れゆく意識と身体の中、残った時間で橘壱の人生が強く在れるように祈る。
今世で出来る、鞘樹美香のめいいっぱいの贖罪。