レイヴン | 「「何しろヨキは食べることが好きだが――それ以上に、この学園が好きだ」」 / 20190203教室 |
人見瞳 | 「「ふふ、慣れてきた。もう何人増えても驚かんぞ」」 / 20190205古書店街「瀛洲」 |
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美術教師。
人間の生み出す習俗と文化に魅せられ、美しいもの、美しいことを愛する。
常世島を、二元論的な善悪を超越したひとつの秩序と捉えており、人間または異邦人は元より、時として落第街や非合法組織をも庇護する。
自らの基準で美を見出だした事物については、清濁を問わず広く受け入れる。
しかしその美しさが失墜した、あるいは常世島の秩序を懐乱したと判断される場合には、一転して苛烈な非情さを見せる。
愛想に欠けた所作に反して、人付き合いを好む。
交流を尊び、未知の物事に対する好奇心が旺盛。流行にも敏感で、ほとんど不物好きの域に入る。
約十五年前、異界から常世島に辿り着いた異邦人。
「《門》を潜る前は犬だった」と称する。
学園では教師として金工の授業を受け持っているが、例年履修生はあまり多くない。
デッサンや絵画など、金工以外の実技を教えることもある。
その他、芸術学や美学といった座学を担当しており、古典美術から現代の大衆文化まで広く取り上げる。
美術の特別な知識や才がなくとも、着眼点がユニークであったり、〆切を守って真面目に制作を行う者にはきちんと評価を与える。
プライベートでも個人的に彫金を制作しており、好事家に作品が売れることがある。
美術雑誌に小さいながらも掲載されたことがある他、美術館にて個展を開催した経験を持つ。
室内の中ほどに、小奇麗に整理整頓された机がある。
備品のノートパソコン、伝言のメモや付箋、書類ファイル、参考用の書籍がいくつか。
ヨキが雑務を行うための部屋。他の教室の半分ほどの広さの、奥行のある間取り。
左右の壁にずらりと棚が並んでおり、奥にヨキの事務机が置かれている。
棚には画材や工具などの備品や、図書館にも劣らず多彩な美術関係の書籍が保管されている。
各科目の履修生や美術部員たちが、溜まり場として使ったりしているかも知れない。
部屋の前の掲示板には、芸術系のイベントや公募、就職案内など、たくさんの広報物が貼り出されている。
研究区に借りている作業場。住宅用の作りではないが、自宅同然に暮らしている。
造形作家として住所を公開しているため、誰でも容易に訪問することが可能。
打ち放しコンクリートの二部屋。入ってすぐの一部屋が工房。奥が私室。
水洗トイレと申し訳程度に設えられた流し、IHヒーター。風呂はなく、近所の銭湯や職員寮の浴場を使っているようだ。
大きく頑丈な木製の机、床に確保された作業スペース。作りかけの大型作品。
工具、画材、最低限の金工設備。鉄、銅、錫、真鍮、さまざまな素材の椅子やランプやレリーフやアクセサリー。
無数のスケッチ。立て掛けられたキャンバス。こびり付いた粘土の跡。
書き物机に私物のデスクトップパソコン。小ぢんまりとした冷蔵庫やテレビ。服や本が整然と詰まった大きな棚、丈夫な寝台。
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かつてカミと呼ばれた犬があった。
犬は山を治め、捧げられた娘を骨にして返し、地は潤い、里は富み、長く栄えた。
犬は人前に姿を顕さず、人は山へ立ち入ることなく、人と山との繋がりは畏れの上に保たれた。
時代が変わる。
里に住まう人間はいよいよ増え、世とともに移り変わる。
繰り返し産まれ育つ人々の中からは、畏れと呼ばれる心が失われて久しかった。
やがて空は青黒く冴え渡り、日は光を強め、大地は渇く。
男は痩せ、女は細り、子が絶えた。
かつてカミと呼ばれた犬は、いつしか邪霊と名が変わる。
そしてある日、旅の僧が里を訪れる。
僧は人々の声を聞き入れた。
山へ入り、人々と同じくして痩せた犬と相対した。
その姿は幽鬼に似て、まさに邪霊と呼ぶに相応しかった。
僧の振るった錫杖が、犬を打ち据える。犬は見る間に傷つき、弱った。
その牙が僧の腹を裂いたのは、自らの身を守るために過ぎなかった。
無数の火に照らされた山を降りると、そこには見も知らぬ人々の顔が並んでいた。
犬が人の言葉を解したならば、それらは鬼の一群であった。
鬼の振るった手斧が錆びながらにして閃いたのを、犬は覚えている……。
ヨキの原型は、とある異世界において信仰されていた名もなき神霊。
豊穣を司り、人々の信仰に応えて里に実りを与えていた。
人間から信仰の証として捧げられていたのは、年若い処女である。
雷獣は捧げられるたび恐れ戦く娘たちを丸呑みにしていたが、やがて大きな転機がやってくる。
ある年に捧げられた娘が雷獣を恐れず、道ならぬ契りを交わし合ってしまったのだ。
娘は犬と交わったために病に伏し、食われることなく痩せ細って死ぬ。
以来、人と通じた雷獣は徐々に神力を失ってゆく。
力を失ったからには里に恵みが齎されることもなくなり、神霊は邪霊と憎まれるようになっていった。
雷獣が力を失って永い年月が過ぎ、里が枯れて久しい頃。
妙虔と名乗る旅の僧侶が、貧しいながらも手厚い持て成しを受けていた。
聞けば山には人里へ害を齎す邪霊があり、土地が瘦せ衰えたのもそのためなのだと言う。
人々の話を耳にした妙虔は、それだけで「邪霊」の正体を密やかに看破していた。
(きさまらが“邪霊”と呼ぶそのけだものが、かつては紛れもない神獣であったのだと、なぜ想像だに出来んのだ)
強大な魔力を産まれ持ったために「聖者」と持て囃される妙虔と、身も知らぬ旅の僧を「邪霊退治」に駆り出す人々と。
両者は決定的に心を違えたまま、山は「調伏の日」を迎える。
「皆様方、ご安心くださりませ。
この妙虔、皆々様の憂いの源を確かに断ち切ってみせましょうぞ。
わたしの調伏に手出しは無用。
邪霊の領域へ人がみだりに立ち入ることは、里に惨禍を齎します」
朗々たる宣言と共に、独り山へ分け入ってゆく妙虔。
彼を出迎えた雷獣は妙虔の魔力を畏れ、たちどころに牙を剥く。
舞うようにひらりと身を躱す妙虔が、雷獣を翻弄する。
「急くな、けだもの。
少しばかり、お前とわたしで知り合おうではないか――わたしの名は、妙虔」
果たして雷獣と妙虔がどれほど通じ合ったか、真実は長く忘れ去られていた。
数日ののち、痺れを切らした人々が妙虔の戒めを破って山へ入ったとき、
彼らの目に映ったのは傷付いた雷獣と妙虔の姿だった。
妙虔の真意を汲み取ることの出来なかった雷獣。
戒めを破って山を侵した人々に失望した妙虔。
もはや打つ手なしと、妙虔を見限った里の人々。
擦れ違いが加速し、人々は山へ火を放つ。
雷獣の「調伏」が、あと一歩のところで叶うところであったとも知らずに。
燃え盛る炎の中、血塗れの妙虔が同じく傷付いた獣へ手を伸べる。
「あわれな獣」
「果てることも叶わぬおまえよ」
「ともに昏きに沈みゆく命ならば」
「いっそのこと――」
妙虔が笑う。「――共に、道を」。
「くれぐれも恨んでくれるなよ。
わたしとお前の命とその器とが、諸共歪むことのないように……」
聖域を破られた「浄化」の儀式は、もはや叶うべくもない。
死を前にした妙虔と、傷付いたまま死を知らぬ雷獣と。
雷獣の力を前に圧し折られた錫杖を、妙虔が振り翳す――