2015/07/21 のログ
ヨキ > 「二年目。仕事にも慣れて、後輩が出来て。上からは仕事を任されることも、判断を迫られることも増えよう。
 ……ヨキはただの教師だからな。君ら委員の仕事を、真には把握してやれないこともある。
 そうして君のように……自らの心のうちを吐露してくれることは、ヨキにとって有難い。
 その苦しみを、ひとりで抱え込むべきではないと……このヨキは君ら生徒から信頼され、君らを常に支えてやれるようにしていたいのだよ」

(わずかに眉を下げ、薄く笑う。
 生徒にどこまでも決断を強いる教師という立場に対して、苦みを滲ませるように)

「傷は、癒えぬまま長く膿を残すこともある。
 どんなに強力な治癒の異能の使い手とて……君がいま向き合っている人々の、傷を塞ぐことは敵わんだろう。

 ……人がみなひとりひとりが主人公などと、偉ぶって説くつもりはないがね。
 君は、書かれた登場人物ではない。君を導く書き手はどこにも居ない……。
 その代わり、君は人の声を聞き入れることも、あるいは人の心を動かすことだって――出来うる」

(彼の眼差しを受け取る。
 凝った頬の奥で、歯がどれほどの力で噛み締められていることか、しかし気にした風もなく、優しく受け止め、見返す)

「君……名前は朽木君、と言ったか。
 生活委員の中でまめに動いている者が居ると、聞き知ってはいたよ。
 ヨキは君のような生徒の、いちばんの味方でありたいからな。

 最終的に答えを出すのは、君と、君ら生活委員だ。
 その代わり、答えを出すための手掛かりはいくらでも集めたほうがいい。
 ヨキもまた、君の力となれるように……その件、覚えておこう。

 信心はないにせよ……あの土地には、このヨキも思い入れが多い。
 より良い方向へ進んでほしいと、そればかりだ」

朽木 次善 > (ヨキの言葉に耳を傾ける。
 シン、と深く染み入るのは、もはや気のせいとは思えない。
 親身になるという行為がどういう行為であるのか、言葉ではなく態度が何より教えてくれていた。
 そういう意味では、この人はまさしく正しい教師の形をしている)

「……そう、ですね。
 俺は登場人物ではなく、俺を導く書き手は、どこにもいない、ですか」

(ただその言葉だけは。何故か。
 ヨキ自身が想定しているのよりもかなり深く、彼自身に突き刺さり、抜けない杭となる。
 本人もまだ言葉に出来ていない感情が揺れ動き、それは一つの布石として彼の心の中に種を置いた。
 それは恐らく、それを言葉にするときに芽吹き、花を咲かすだろう。今はまだ、音もなくそこにある。

 ――名前を呼ばれ、我に返る)

「嗚呼、じゃあ、っていうと、失礼になるかもしれませんが
 また道に迷った時に、相談する相手の一人として、カウントしても――」

(そこで、苦笑を零した)

「いや、カウントさせてください。味方であってくれるなら、俺も嬉しいです。
 そんなに、期待されるほどマメでも、優秀でもないですけど、
 優秀じゃないからこそ、きっとヨキ先生の言葉が一番効くとは思うので。
 きっと、俺は他人よりは迷いやすい人間だって思うので……。
 例え問い自体が答えが出ないことであっても、そうですね……。
 ……話して楽になった状態で臨んだ方がいいような気がするので」

そして、もう一つだけ、気がつく。
この助けを求める道が。それこそが、彼女達の守りたい信仰の象徴としてのあの畦道なのだとしたら。
自分がヨキ先生の存在を希求するその追い詰められた気持ちが、もしかしたらそのまま老婆たちの苦悩なのかもしれない。
だったら。

「ありがとうございます。
 俺も、出来るだけ良い回答を出せるように、班全員で考え、悩んでいきます。
 失礼します。また、相談に乗ってください」

決意を胸に、ヨキに頭を下げ、教室を去る。

だったら。
この気持ちを失うことを想定すれば、きっと自分はこの件で誰よりも深く傷を作る事が出来る。
親身になり、共にその傷から立ち上がることが、出来るはずだ。
言葉に加えて、そのあり方で道を示してくれた教師に感謝を胸にしながら。
自分から苦悩し、苦しむために一歩目を踏み出していった。

ご案内:「教室」から朽木 次善さんが去りました。
ヨキ > (自分の言葉が、朽木にどれほどの影響を与えるか。当人は、気にもしていなかった。
 傲慢なまでに暴き、踏み入り、投げ掛けること。その習性がただ――結果を齎すだけなのだと。
 朽木が自らの言葉を復唱すると、ああ、とだけ、短く返す)

「もちろん、いつでも頼ってくれたまえ。ヨキはいつまでもここに居る。
 君がこの島に残ろうと、残るまいと、教師のひとりとしてな。

 だからヨキは、君が携わったあの獣道の行く末を――永く見守ることになるだろう。
 この島で成長してゆく君と、君ら生徒が変えてゆく島の姿を……ヨキはいつまでも、心に留めておく」

(それは彼に対する、ひとつの約束だった。口約束でこそあれ、破るまいと。
 頭を下げる朽木に向け、大らかに頷いてみせる)

「――この巨大な島を保ってゆくことは、個人ではとても出来ることではない。
 だからこそ『委員会』という、集団のかたちを取っているのだ。
 仲間とともに……人々との和を、築いてゆけるといいな。

 ヨキはいつでも、君を待っているとも。
 相談でも、出した答えでも――あるいはそれらのいずれとも関係のない、一人としての君とのお喋りであっても」

(最後にひとつ、にこりと笑う。
 去る朽木を見送り、目を伏せ、彼が座っていた席を見やった。

 ――しばしののち、漸う席を立ち、来たときと同じ悠然とした足取りで教室を出る)

ご案内:「教室」からヨキさんが去りました。
ご案内:「保健室」に畝傍さんが現れました。
畝傍 > 橙色のボディスーツに身を包んだ少女が、保健室のベッドに横たわっている。
昨晩の路地裏での交戦を終え寮に戻った後、畝傍はすっかり寝過ごし、昼まで眠ってしまっていた。
どうにか午後の授業には出ようとしたものの、その際に交戦で負った傷に障ってしまったらしく、倒れてしまったのだ。
「…………うぅ」
一番の友人である石蒜/サヤに恥じない自分であろうと考え、
毎日の授業にしっかりと顔を出そうと心がけていたというのに――
不甲斐ない。そんな思いに満たされる。

畝傍 > 保健室の中には、まだ誰もいない。
その手にレプリカの狙撃銃を抱えたまま、部屋の中を見渡す。
寂しさが募った。その時。

≪ああ、畝傍。愚かで哀れな我が姉君。千代田にははっきり見えましてよ、あなたの罪の意識が。あれだけ殺しを楽しんでおきながら――何故罪の意識など感じているのです?≫

いつぞやの夢の中で聞いた少女の声が、畝傍の脳裏に反響する。畝傍は彼女の名を知っていた。
夢の中で『千代田』と名乗っていたその少女は、『生きている炎』の力の断片。
畝傍が自らの異能『炎鬼変化』<ファイアヴァンパイア>を行使し、代償として正気を支払ったことで生まれ、育っていった存在であった。
「……チヨダは……だまっててよ」
傍から見れば、単なる独り言にしか聞こえないであろうその言葉を聞いた者は、果たしてこの場にいただろうか。

ご案内:「保健室」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > かちゃ、とノブの回される音。
我が物顔で入ってくるのは白衣に身を包んだ女。
ベッドにある少女の姿を見つけて、眠たそうに笑みを浮かべる。

「よう、畝傍。あまり調子がよくなさそうだね。
 ジュースでも飲むかい」
ひとりごとのような言葉が、聴こえたのか、聴こえていないのか。

畝傍 > ドアを開ける音が聞こえると、そちらを振り向き。
「あ……フタモリせんせー」
蓋盛の姿が見え、若干表情が和らいだ。
「うん……オレンジジュース、ほしいな」
そう言って、大好きなオレンジジュースをねだってみる。

≪……ちっ≫

頭の中で、千代田が悔しげに舌を噛む声が聞こえた。
またしばらくはなりを潜めていることだろう。

蓋盛 椎月 > 「了解、了解」
慣れた調子で、冷蔵庫から取り出した
オレンジジュースをグラスに注いで出す。
これも常備している飲料のひとつだ。畝傍がいつ来てもいいように。
もちろん自分でもたまに飲むが。

「授業中に倒れたんだって?
 熱心なのはいいけど、無理をしちゃいけないよ。
 ……それとも、何か気負わなきゃいけない理由でも?」
ベッドから少し離れた位置に、丸椅子を置き、畝傍に対して横を向けて座る。

畝傍 > 「ありがと」
注がれたオレンジジュースを一杯飲んでから、蓋盛に話しはじめる。
「ボクね……いちばん、たいせつなトモダチがいるんだ。今、その子は入院してるんだけど。退院できたら、学園のほうにもこられるとおもうから」
石蒜/サヤについて、名前は出さなかったものの、簡潔に説明した後。
「その子がボクのこと見たとき、はずかしくないようにしなきゃ……って、おもったんだ」
この常世島を訪れた当初の畝傍は、慣れない環境から不登校状態に陥っていた。
しかし、石蒜/サヤのことを何より大切に思う気持ちが、少しずつ変化を促していたのだ。
「だから……授業にもでて、がんばらなきゃって。でも……むり、しちゃったのかな」
あはは、と、力なく笑う。

蓋盛 椎月 > 「……えらい!
 畝傍ちゃんはとってもえらいぞ。
 その友達に見合う立派な子になりたい、って思ったんだね。
 そんな風に考えられる子は、意外と少ないんだ。
 きみは友達思いなんだね」

畝傍の方に身体を向け、
自らの胸に手をあてて、眩しそうに微笑む。
少し舌足らずな畝傍に気を配ったのか、噛んで含めるような言葉。

「でも、そうだな。無理をしてはいけない。
 きみが倒れて運ばれたと聞いたら……友達はきっと悲しい思いをする。
 自分の健康を守る、というのはその友達の心の健康を守ることでもあるんだよ。
 なあに、きみにはいくらでも時間がある。焦っちゃだめさ。
 具合の悪い時はゆっくり休む。あたしと約束してね」

畝傍の表情を覗きこんで、ゆっくりと語る。

畝傍 > 「えへへ」
褒められると、照れる。頬が紅潮した。
左手を銃から離し、恥ずかしそうに頭の後ろをさする。
「うん……わかった。やくそくするよ。ボクも……あの子に、しんぱいかけたくないから。ゆっくり、やすむ」
そう、伝えた。路地裏での交戦で負った怪我の事は、まだ話さない。
ボディスーツは新しいものを着ているため、外から怪我が見えることはないだろう。

蓋盛 椎月 > 「いい子だ。きっときみの友達も素敵な子なんだろうね。
 うらやましいな」
紅く染まった顔を見て、くつくつと笑う。
そして立ち上がる。
「さて、人に呼ばれてる途中だったんだ。
 また今度、ゆっくり話そうか」
畝傍に手を振って背を向け、保健室の戸から外へ。

ご案内:「保健室」から蓋盛 椎月さんが去りました。
畝傍 > 「またね、せんせー」
そう言って、去りゆく蓋盛を見送ると、
レプリカの狙撃銃を再び両腕でしっかりと抱えて布団に潜り、
彼女の言いつけ通りに体を休めはじめる――

ご案内:「保健室」から畝傍さんが去りました。
ご案内:「食堂」に朽木 次善さんが現れました。
朽木 次善 > 注文制の『A弁当』に梅干しという異邦人が導入されてから一週間。
好きなおかずばかりだったA弁当を諦めて『B弁当』を購入し始めてから二日目。

……弁当の内容が変更になっていることを、開けてから気づいた。
梅干しが入っている。

人通りの多い食堂の真ん中で、男が一人両手で顔を覆って固まっていた。

朽木 次善 > 何故。

今年は梅の取れ高が絶好調だったのだろうか。
もしくは経営が順調で、彩りの少ない米の中央に、
順番に彩りとして赤の一つでも載せてやろうという粋な計らいなのだろうか。
もちろん、内容の内訳は朝の時点でチェックする注文書に書いてある。
だからそれの確認を怠った自分が悪いのだが。

「普通、こんな短期間でコロコロ内容変わりますかね……」

朽木 次善 > しかもよく見れば魚のフライの方には粒マスタードが添えられていた。マヨネーズだと思っていたのに。
それも自分はあまり得意ではない。
だが梅干しに比べればそれがからしマヨネーズだったとしても、どうにかなる相手と踏んで我慢しての注文だったのに先回りされた。
思ったよりも梅干しという存在は狡猾で巧妙らしい。
見ているだけでダメージを受けるそれを、蓋をすることでとりあえず視界から追い出し、
静かにペットボトルからお茶を飲んだ。落ち着くことも、時には大事だ。

お茶で喉を潤しながら、経口補水液のことを思い出す。
数日前、保健課の鈴成と話した内容が、そのまま連想的にフラッシュバックする。

朽木 次善 > 話題としては、渡りに船だった。
ブレインストーミングの最中に、丁度その反対の意見を持っていそうな相手が現れたのだから。
常備されている薬、応急治療設備。
そういうものが、傷を一瞬で癒やす異能者が跳梁跋扈するこの島で、完備されており、
必要とされる理由について、彼女と世間話をした。

彼女は異能を「最終奥義」と定義し、
自分たち、これはもちろん整備課である俺もそうなのだが、
それが行う地味な作業を「通常の業務」として、その両方が必要とされていると言った。
要旨を掻い摘んだ説明なので、もしかしたら鈴成が自分に伝えたかったことは、
もっと深い意味を持っているのかもしれないが、自分としてはこう受け取った。
だからこそ、その最終手段が普遍的、常態的でない限り、
自分たちの働きは無駄にはならないということを。

朽木 次善 > また、その中で蓋盛教諭についても話した。
彼女(恐らく彼女。名前だけしか聞いたことがないので確証がないが)はそれこそ、傷を癒やすことに直結した異能を持っているらしい。
ただ、それを使用するためには代償を伴うのだともいう。
それがどの程度の代償であったのか、あの時鈴成は自分に説明してくれたはずなのだが、
細かい部分は忘れてしまった。何かしらの、傷を癒やす対価を必要とすることだけが、記憶に残っている。

つまり、持つ者にも、持つ者なりの労苦が存在するということを、
鈴成は自分に対して伝えたかったのだろうと、そう思う。

この二つの理論はとても正しいし、
何より自分こそが「鈴成側」である持たざる者であること。
もちろん異能という最終奥義を持つ「蓋盛教諭側」とは対極にあるということから、
諸手を上げて支持したい理論ではある。
自分たちのやっていることを、ただの徒労とは俺は思っていないし、
思いたくもないというのは、正直な気持ちだ。

朽木 次善 > ただ。それでも極端な話を、俺は考えずにはいられない。
現状はそうだ。
そして、常態としてそういった地味な作業が必要なことも分かる。
それは理想論であり、本来現場が危惧するようなことではないことも理解出来る。
だがもし、蓋盛教諭がネックとしているそういったデメリットが全て解除され、
範囲も、対象も、効果も、全て無尽蔵に調整の効く異能者が出てきたら、どうなるのかと。

それが、本当に出てこないとは俺には思えない。
異能が、これだけ無軌道に、一定の理由や法則もなくランダムに割り振られている環境の中で、
次に出てきた異能者がそういった異能者でない確証が、俺には持てない。
そうなると。
それが出てきた時点で、そういった地味な作業――。
俺たち生活委員会がしているような活動は、全てそれにとって変わられるようになり……。
この島の常識が入れ替わるのではないかと、そう思ってしまう。

朽木 次善 > 当たり前のように、米の中央に梅干しが乗る島だ。
昨日まであった当たり前が、通用するとは思えない。

個人の存在が、ルール全体に波及して、既存の常識を覆してしまう。
それが連綿と続く今日と明日を切り替えるスイッチとして急に日常の中に現れないと、
何故言い切れるだろうか。

異能を使う者がこの世界に現れてから今まで、
人の生活にそう大きな変化はないように俺は思う。
技術的に再現性がなく、またそれほどの大きな規模の何かを変化させるような、
絶対的な力を持つ人間が「表出」していないことにより、
その秩序は保たれているといってもいい。

未だに自分が整備するような道は必要とされているし、
鈴成が調達してくる薬は必要とされている。
でも、それはいつまでだろうか。
もし明日、それが必要がなくなるような異能者が現れたとき。
鈴成が自分に向けてくれた「仕事がないことが喜ばしい」という笑顔は、本当に保たれるのだろうか。
いや、鈴成が問題なのではない。彼女はきっと笑顔でまた別のやりがいを探せる子だろう。
そうなったとき、俺は卑屈な苦笑いを浮かべてそれに羨望や嫉妬を向けたまま、歩くのを辞めてしまうかもしれない。

梅干しという危難が弁当に訪れただけで、
弁当に手がつけられない凡人ならば、それも容易に想像が出来る。

朽木 次善 > むしろ。そういった異能者が跳梁跋扈していてなお。
島が異能者が世界に蔓延る前と、ほぼ同じ形態を維持していることのほうが。
自分にとっては少し不可解な現象に思えてしまう。

もし『空歩き』のように空が飛べる人間がいるとするならば、
きっとこの島のインフラは、空を飛べる人間がいることを前提に作られていなければおかしい。
そこには新しい常識が根付き、独自のルールが生成されるのではないかと思う。
だが、この島は、そういった異端の存在を許容しながら、
島の外……とみにインフラに関しては違いがないように作られているように思える。

鉄道が走り。道があり。神社がある。
買い物をする場所があり。学び舎があり。こうやって食堂もある。
それは……もしかしたら奇跡に近い事柄なのではないかと思わずにはいれない。
ただそこに、多種多様な種族が歩き、異能を持つ者がいて、人工造物が言葉を喋る。
そこだけが……ただ違う。それは、そういうものなのだろうか。

ご案内:「食堂」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > 肉、わかめ、たまご、かきあげ、ねぎ、etc。
トッピングを全部載せしたうどんの丼の盆を持って、
汁ハネなんて気にしないという気概の伺える白衣姿の女が朽木の席へ近づいてくる。

「そんな風に梅干しを難しい顔で睨みつけてる人初めて見たわ。
 ……梅干し軍に故郷の村でも焼かれた?」
へらへらと笑って。

朽木 次善 > 異能という梅干しがあって。
それに動揺しているのは、俺だけなのだろうか。
弁当自体の価値には、何も影響なく。
何故皆、梅干しの存在を認めていながら、それをB弁当だと思えるのだろう。

何故梅干しはこんなに酸っぱいのだろう。
酸っぱいものはそもそも甘いご飯と合うのだろうか。
酸っぱいということは、腐っているということじゃないのだろうか。
人間は本来その酸っぱいという味覚を、腐敗の精査に使っていたんじゃないだろうか。
だとしたら梅干しが食べれない自分こそ正常であるのではないか。
梅干し本当に苦手なんです。
ごめんなさい。どうか梅干しだけは勘弁してください。

どうにか視線の圧力で梅干しが消える異能に目覚めないかと、
景気の悪い顔が睨みつけていたところで、顔を上げる。

「ああ、ええと。……もしかしたら、前世で焼かれたかもしれないす。
 えと、研究生、の方、ですかね」

すぐに相手が誰かが分からなかったので、相手の白衣を見て尋ねる。
他人の名前と顔を一致させるのが極めて下手なので、既知であったら失礼であると思われることを覚悟しながら。

蓋盛 椎月 > 「前世か~、きみって前世信じるほう? あたしは信じないほうかな。
 でも朝のニュースでやってるみたいな星占いとか
 血液型占いみたいなチープな占いは結構好き。
 血液型A型のあなたのラッキーフードはうどん!」
訊かれても居ないことをぺらぺらと喋って、近くの空き席に腰を下ろす。

「あたし? あたしは養護教諭の蓋盛だよ~。
 保健室でダラダラするのが仕事のやつ」
身分証明証か何かと思しきカードを見せる。
蓋盛椎月なる氏名、その顔写真、教員であり生活委員会保健課協力員、
そんな情報がある。

朽木 次善 > 「嗚呼、俺も信じてないですけど……苗字が朽木なんで焼かれた村の木だったのかなって。
 いや、うどんて…! もう目の前に弁当あるのに、いまさら変えられないすよ、無体な!?
 いや、俺ABなんで外れてんすかねそれ……? いいのか? Aであるべきでしたか?」
成る程、食事に会話を必要とするタイプの人か。
あるいは機嫌がいいかのどちらかだろうなと苦笑いをしながら思う。
彼女曰くラッキーフードから外れてしまったB弁当をからフライを箸でとり、
口に運ぶ途中で相手の自己紹介に「フタモリ」という響きが挟まれていて。

手から力が抜けてフライが梅干しの上に着陸した。

「……は? 蓋盛。
 あ、いや、すいません、蓋盛先生。ですね。いや、え……」
鈴成、ヨキと渡りに船が続いた上で、今度は個人客船が迎えに来た気分だった。
何か反動で良くないことが起こりそうな予感を覚えながら、その偶然に感謝した。

「いや、その、なんかすいませんちょっと慌てて。
 以前友人。友人でいいのか、えと、鈴成。ああ、保健課の生徒から、名前だけ聞いてて。
 会えりゃいいなとか思って、まして。聞いてみたいこととかあって」
これは、聞きようによってはナンパに聞こえる。
そう思いながらも早めに自体を説明しようと舌がもつれた。

蓋盛 椎月 > 「きみセンスあるね!
 いやあ、あたしがA型ってだけなんだけど。
 でもなんかきみってA型っぽい印象あるよね。苦労多そうな人相っていうか」
勝手なことを言ってけらけらと笑う。どう見てもA型の印象ではない。
それに気づいているのかいないのか、ぺちりと割り箸を割る。
うどん、と見せかけてわかめを箸ですくい取って口に運んだ。

「ん? 蓋盛だよマイネームイズ蓋盛。へえ鈴成ちゃんから。
 なになに? ナンパ? あたしの身体もベッドもいつでも空いてるよ~」
なんだか慌てている様子の彼に、
テーブルに肘をついてやや危険なジョークを飛ばす。

朽木 次善 > 「まあ、業務柄自分の中で一番自信あんのが喋りなんで、って……。
 ああー、それ良く言われます……。なんでですかね。適当にやってるつもりなんですけど」
血液型分類では確実にAと診断されない一例が口にする血液型占いが、
どれくらい信ぴょう性があるのかは不明だったが、調子を合わせた。

うわあ。マジでナンパにとられた、と焦り、箸まで落とす。
「いや、空けてちゃマズいでしょう。保健体育の方の保健室になっちまうでしょう。実技かよ。
 ああ、ええ、鈴成サン個人もご存知なんですね。
 そうか、保健教科の教諭なら保健課とダイレクトに繋がってるのが普通か……」
調子を取り戻すために、一口茶を口に含み。

「鈴成サンが、俺がちょっと異能による治癒とかで悩んでるときに、
 こんな人も居るんだよって紹介してくれたのが、蓋盛先生でして……。
 なんでも、他人を治す異能をお持ち、だとか」
最初は踏み込まず、事実を確認した。
鈴成からの情報を信じれば、踏み込まない方がいいラインがありそうだという自身の臆病さを十分に発揮して。

蓋盛 椎月 > 焦る様子を見ればさらに笑みを深める。
どうやら人をおちょくるのが趣味であるようだ。
からかいがいのありそうなオーラに惹かれたのかもしれない。
「はっはっは冗談冗談。
 いやーでもさーちゃんとお互いを傷つけないような愛し合い方については
 ちゃんと予習しておいたほうがいいと思うわけ。
 気が向くなら相手をしてやっても構わんよ?」
仮にも食事中にしていい話ではない。
箸を動かし、肉やかき揚げといったトッピングを全部先に平らげてしまう。
まったくわびさびの感じられない食べ方である。

「異能? ああ、《イクイリブリウム》のことか。
 簡単に説明すると、まあ、なんでも瞬時に治せる能力だね。
 副作用として、それに関わる記憶が飛んじゃうんだけど」
蓋盛は自身の能力については特に隠してはいない。
これぐらいなら朽木も既に知っている情報かもしれない。

朽木 次善 > 俺はこの笑みを知っている。
去年、生活委員会第三整備班所属時に、一年の朽木が梅干しをはじめとした刺激物がダメだとバレたときに、
様々刺激の強いお菓子が回ってくる前に先輩全員が浮かべていた笑みと同じ種類の笑みだ。
その時と全く同じであろう苦笑いと汗を垂らしながら答える。
「あー、先生の教育、生徒と距離近いっすね……!
 超実践教育型っていうか……色々まずくないですか生徒とだと……!」
まさか距離的にゴム一枚までいきなり近寄られるとは思ってなかったが。

「それです、イクイ……?
 ………。凄いすね。瞬時に、ですか。
 副作用はそれ、傷のこと自体を忘れるってことですか……?
 それとも、傷に関わる全ての記憶ってことですかね」
隠していない雰囲気を察すると、相手が教諭ということもあってズケズケと質問する。

蓋盛 椎月 > えっ何が悪いの? ときょとんとした表情を見せる。
「ここの生徒って本土で言えばほとんど高校生以上じゃない。
 15歳って言ったら江戸時代なら元服済んでる歳だよ? 大人だよ?
 することの意味がちゃんとわかってればさ~いいんじゃないかな~って
 あたしは思うわけですよ」

この能力名言いにくいよね、と首筋を掻いて笑う。
「んー。傷に関わる全部の記憶、だね。エピソード記憶っていうの?
 診断できたときは一応記録は取ってるんだけど、
 忘れる程度の軽重は今ひとつマチマチみたいなんだよねー。
 その傷が本人にとってどれぐらい重大か、というのが重要らしいんだ、どうやら。
 傷や症状の深さとか、期間とか、そういうの。
 場合によっては、副作用が“はみ出す”こともあるみたい」
さほど気にする様子もなく、ぺらぺらと喋っていく。
茶を一口飲む。

朽木 次善 > 「いや、どっちかといえば学生と教師っていう立場がマズいんじゃないですかね……。
 上手く言えませんが、その、なんか建前だけでも生徒には、
 教師は個人的感情を向けたりするのがマズいような……平等? なんだ? 何が悪いんだ?」
心のそこで愛し合い方が恋愛感情の上にあってほしいと願う男子生徒は抗弁する。

「エピソード記憶……短期記憶でもなく、それにまつわる記憶ってことですか。
 ……成る程、代償としても一定ではないってことですね。
 んん……つまり。えっと。
 その副作用について、その軽重がある程度ランダムであると分かるくらいには、
 日常的にその異能使用されてるんですか、蓋盛先生は」
想像の中とは少しズレが生じているような気もする。
それこそ、必要な相手には危険性を説いて処方箋を出す医者の言のように感じられた。
「で、はみ出した相手も、当然いたって、こと、ですよね。
 ……怖くないんですか、その異能……」
思わず、先ほどまで考えていたことがそのまま口に出てしまう。