2015/08/13 のログ
ご案内:「ロビー」に六道 凛さんが現れました。
六道 凛 > ほう……と一息。
同居人と朝、一緒に来て、ひとまず学校を回ってみた。
入学して以来、団長と劇団と出会って以来
ほとんど”形式だけ”訪れていた場所。
フワフワとした、自分だけ違う時間軸。
違う視点で、見ていたただ流れるだけの風景。

しかし、この前。美術室に顔を出した時は
息苦しくて、辛くて。居にくい場所。

でも、今は――確かに呼吸はしづらいけれど――

――騒がしい……

うるさいくらいに”いろいろ”ある場所。
そんな認識。
まだ、半分も回ってないけれど。

そろそろ、特別授業は終わっただろうか。

学校を、見てみたい。風景だった世界がどんな景色に見えるのか
そんな我儘で、帰りだけ一緒に待ち合わせ。
時計を見れば、まだほんの少し時間があった。
自販機で、水を買って一息。
ほうぅっと息を吐く。

ご案内:「ロビー」にギルバートさんが現れました。
ギルバート > 久しぶりの教室は何も変わらなかった。
変化があったのは見知った顔ぶれの方。
気弱な子が派手めなメイクでイメージチェンジを図っていただとか
特に親しくもなさげだった二人が妙に仲良さげであったりだとか
この短い間にも色々あったんだなあと思うと感慨深いものがあった。
月並みな表現ではあるが"平和を守る"ということの意味が、少年の中で実感となって現れたのだろう。
当の本人には学生らしい出来事はあまりなかったのだが。

「あ、ちゃんと来たんだ。」

ロビーへ入るなり、見かけた姿に声をかける。
凛が学校生活を送るにあたって協力するよう要請されてはいたが、正直なところ半信半疑ではあった。
何処か浮世離れをしているというか、世間とのズレを強く感じる人物だ。
彼の監査役の先輩が上手くやっているのか、それとも当人の努力か。
いずれにせよ、ギルバートにとっても喜ばしいことである。

六道 凛 >  
ふと、声をかけられたほうを見る。
見知った顔。一度は、向こう側から。一度は壁越しから
そして三度目の正直か。
ちゃんとしっかりと合うのは、これが初めてかもしれない。

「――……」

ペットボトルから、つややかな唇を離して。
そっと閉める。今潤したばかりなのに
口が乾いた感じがした。
紫の髪を、耳にかけながら。視線を向ける。
静かに。そっと――
ほんの少し、疲労をにじませて。

「……えっと、こんにちは。でいいのかな?」

ギルバート > 「挨拶ぐらいなんだっていいだろ。
 俺たち学生なんだし。」

ショルダーバックを下ろす。
文字通り肩の荷が降りたわけだが、問題はむしろここからなのかもしれない。
余裕綽々であった囚人の顔とは別の、六道 凛としての姿は、以前とは打って変わって人間みをいくらか帯びていた。
それが良いことなのか悪いことなのか、彼自身での判別は難しいだろうが。

「病み上がりみたいな顔してるけど。」

続けて大丈夫か、と問う。

六道 凛 >  
「……最初が肝心って言うでしょ。ファースト・コンタクト。
 ちょっとダイブして、調べてみたけど。そういうので印象変わるんでしょ?」

よくわかんないけど、と呟いて。髪をいじる。
ふぅっと一息。視線を落としつつ。

「まぁ、ちょっと歩いて疲れたかな
 わかんないものだらけで、頭痛い」

足を伸ばしたり、たたんだりしながら
何かを整えるように

ギルバート > 「俺も最初はそうだったよ。
 休憩がてら入った喫茶店のパフェがやたら美味く感じてさ。
 暫くは甘いものばっか喰ってた。……現実逃避ってのかな。
 まあ、今じゃそういうのとは関係なく喰ってるけど。」

そんな凛の姿を見るのは微笑ましく、思わず笑ってしまった。

「もう下校時間でしょ。誰かと待ち合わせ?」

六道 凛 >  
「……そういうもの? 食べ物は、まだ客にあげてたからまだましかな……
 結構指名率上がるし。そういうのから燃え上がるのとか多いからさ」

食事に関して言えば、そういった意味で得意だった。
本格的なものは無理だが、家庭的なものなら作れるようにはした。
自分で味見もしたしある程度の知識はある。
指名されなければ情報は手に入らない。ダイブしながらレシピ見て、作ればまるで”得意料理”のように振る舞える。
ある意味の、策略の一つで――

「現実逃避……」

したくなるのも、わかる。実際していないといえば嘘になる。
過去に、電脳世界に。

「―― 一緒にすんでる人。今日、学校まで連れてきてもらった」

なんで微笑ってんの? といったような視線。ちょっと、不機嫌そうにも見えなくはない

ギルバート > 「ゴメン、なんか面白くて。」

悪気はないと弁明する表情は何処か楽しげだ。
手持ち無沙汰に右手をポケットに放り込みながら。

「付き添いってことは五代サン?
 面倒見るとは聞いてたけど、そこまでしてたんだあの人?」

閑職と言う割には色んな仕事させられてるなと思いつつ。
レイチェルと話すときは数少ない共通項としてたびたび話題に上る人物であった。
この時点でもう一人同居人がいる事実は、ギルバートは知りもしない。

六道 凛 >  
「……全然、謝られてる感じしない」

はぁっとため息を付いて。
ちょっとだけすねたように視線を外した。
半分、髪で隠れて表情を全部は見れないがそれでも
自分を見て楽しんでいる様子は分かった。

「……違う。家主さんは、今日もお仕事。なんだか最近忙しげ。ぼくと、同じような人がもう一人」

そうとだけ告げて。
同じと行ったら失礼か、似ているが正しい。
でも、そこまでいうこともない。

「……学校生活じゃ、キミたち、同級生が。面倒を見るって話じゃなかった?」

ギルバート > 「ふーん。あの人も大変だな。まあ、何処だって誰だって大変か。」

思い出したかのように、ポケットから取り出したペットボトル入りの紅茶を飲む。
無糖のストレート。このキレが夏場にはたまらなくいい。
問題は、すっかり常温に戻ってしまっているということだが。
鬱屈したような凛の言葉に、一息ついてから言葉で返す。

「面倒見るって言ったって、逐一べったりってのもな。
 オレだったら嫌だな。小さい子供じゃないんだし。
 トラブルでもないかぎり過保護になるなって言われてるよ。」

六道 凛 >  
「……大変なんだ」

そこは、あんまり実感が無い。
こうして学校を見た限りでも、誰もが大変だという実感は全くなかった。
甘いモノが好き、といいつつも今は無糖。
時と場合によるんだろうかと思いつつ。
自分も、水に口をつける。
さっきから、よくも分からず喉がからからだ。
なんでこんなに乾くのか、原因は検討もつかない。

「……小さな子どもだけど? ぼくは、そっちのほうがいいな」

身長も、小さい。下手をすれば自分は彼よりもいろいろ幼い。
それは事実だと思うしそしてなにより――

依存できてる感じがする、なんて付け足して

ギルバート > 「お前なー……そういうのはだめだぞ。
 最終的には自立してもらわなきゃいけないんだし、絶対だめだからな。」

口元を尖らせて釘を刺す。
飼い猫じゃないんだからと続けたが、それはそれでいいなんて言われたらどうしようかとため息をひとつ。

「……まあ、オレも偉そうなこと言えるほど長生きしちゃいないけど。
 ゆっくり慣れてくしかねーと思うよ。」

六道 凛 >  
「……ケチ……料理くらいなら作ってあげるし
 遊び相手にもなってあげるよ? かまってくれるの気が向いたらでいいし」

なんて、ちょっと昔のようなセリフ。
いや、昔ならもっと大人っぽく誘っていたっけ?
もう大分、感覚が無い。1日休めば3日分遅れるとか、なんだとか。
多分、違うだろうけれど――

「ゆっくりってどれくらいだろーね……卒業するまで?
 それとも死ぬまで?」

それだけ、長そうな道のりになるのは。
苦しいことは長く感じるからだ。
もっと早いかもしれない。でも――その前に死にたくなる可能性だってある。
死んでしまう可能性も

「……途方も無いな。脚本があったら、いつまでってわかるのに」

ギルバート > 「脚本なんてないからさ、みんなどうしようか自分で考えて生きてんだと思うよ。
 たまに何も考えてねーなコイツって思う奴もいるにはいるけど。
 少なくともオレは、自分で考えて自分で生きていたいよ。
 流されるのは確かに楽だけどさ。」

楽だからこそ、凛の言葉に頷きそうになる。
誰だって進んで苦労なんてしたくはないし、できれば何もせず……というのは考えなかった人間なんていない。
でも現実はそうではないし、この世界は現実で、現実のルールによって動いている。
そこで生きる以上、何処かで折り合いを付けなければならない。
それができなければ、誰も手を差し伸べてはくれなくなる。
それこそ一人で生きるか、この世界から去るしかない。

「別にメシでも遊びでもなんだっていいけどさ。
 客引きみたいなこと言うなよな。
 付き合うとしたら、友達としてだ。」

六道 凛 >  
「……らしいね。そのへんまだ、しっくり来てないし。わからないけれど……ぼくはまだ、わかんない。キミの、その気持ち」

ぺきょっと、ペットボトルをほんの少し凹まして。
またぽこんって、戻る音。

まだ自分はそこに至れてない。孵れてない。
だからまだ、ふわふわとしてでしか。鎖も、”関係―つながり―”も。自分のものだなんて言えないのだろう。

「……友達って、なにするの? やること、そんなにかわらなくない? 言い方、そんなに気になる?」

ギルバート > 「やることとかそーゆーことじゃなくてさ。
 お前のそれって、対等じゃないじゃん。
 オレは嫌だよ。そんな一方的な関係。金で買うんじゃないんだし。
 友達ってのは……もっと、うまく説明できないけどさ……。
 見返りが欲しくてするとか、そんなのは違うよ。」

頭では、気持ちでは答えがわかってるはずなのに、それを伝える術(すべ)がない。
伝えたところで理解をする下地がない以上無駄に終わる可能性もなくはないが、それでも伝えたい気持ちはいくらでもあった。
だからこそもどかしいし、雄弁に語る舌を持たない自分にも腹が立つ。

「……じゃあさ、今度料理つくってくれよ。
 何も進んでないのに、ああだこうだ言いあっても終わらないよな。
 ……駄目かな?」

六道 凛 >  
「……ふぅん……」

まだ、言われていることもしっくりこない。
でも”そういう考えもあるのか”と知った。
友人とは、対等なもの。
じゃあ、何を以って対等とするのか、見返りのないつながりなんてあるのか。
それを知る機会は、あるのか――なんて、ぼんやりと思い浮かべながら。

「……ん、いいよ。三人も四人も、変わんないから
 弁当の方がいい?」

学校、あるし。なんて――あ、でも……

「変な噂たつからやめたほうがいいか」

そういうの、敏感だとネットに描いてあった。

ギルバート > 「何だよ変な噂って!?」

思わずペットボトルを落としてしまう。
ころころと転がって凛の足元へ。

「ったく……普通に遊びに行くよ。
 問題なかったら、何人か誘ってさ。」

屈んで拾おうと手を伸ばす。

六道 凛 >  
「……男色趣味とか?」

首を傾げつつ。ふわりと、微笑った。
冗談っぽく。やっぱりその顔は現実味は無い。
男というよりも女っぽい。

でもその会話を楽しんでいるように。
優しく、目を細めた。

拾って、顔を上げた時に、見えた。
ほんのちょっとの”本当”
ギルバートという少年が、彼に与えた――

「……ん、他の人は――家主と同居人に許可もらってからね」

ギルバート > 交わる視線は刹那的なもの。
僅かな瞬間に映り込んだその光景は、思わず笑みを零すのに十分な理由になった。
できるんじゃないか、そういう表情も……と。

「じゃ、近いうちにな。」

別れ際に名刺を渡す。
TEL番のメールアドレスが記載されているため、連絡手段を伝えるによく使ってた手段である。
そのまま彼は人の流れに乗って、校門まで向かっていった。

ご案内:「ロビー」からギルバートさんが去りました。
六道 凛 >  
「……ばいばい」

軽く手を振って、名刺を受け取る。

「――登録……」

これで三人目の、連絡帳。
使い方はわかるが、使って来なかった機能。
家主と、同居人――そして……

「これも、つながり、なのかな……?」

ゆっくりと立ち上がり。ほうっと一息。
美術部室。まだ、開いてるかな……
連絡だけ、しておこう。

手短に、美術室にいますとだけメールに打ち込んで。
そっと部室棟に、歩いて行って――……

ご案内:「ロビー」から六道 凛さんが去りました。
ご案内:「保健室」に朽木 次善さんが現れました。
朽木 次善 > ――目を覚ます。

そこは、見知らぬ天井の下。
柔らかで白い布団に包まれたベッドの上だった。
上半身を起こしながら自分が前後不覚なことを自覚して
今が何時でそもそも『いつ』なのかを探ろうとしたが、
刺すような頭痛が思考を阻害した。反射的に頭を抑える。

朽木 次善 > チャリ、と。
金属の音がした。

頭を横から押さえた右手に違和感を覚え、
視界をずらしてそれを見る。
――手錠の輪が、両方片手に付けられていた。

そこで。
ようやく自分が何故ここに居るのか。
そして、前後不覚な前に何が起こったのかを理解し、
一瞬だけ、瞳の動きが止まった。

「………」

一条ヒビヤ。『脚本家』。
あの路地裏で起こったことが一気に情報として流れ込んできて。
最後に彼女がした誰にも見られることのない笑みが脳裏に浮かび。
――涙は流れなかった。

朽木 次善 > 自分は、なんて冷たい人間なのだと思う。
それくらいに、自分の胸にあったのは寂しさでも悲しみでもなく、
――ただの空虚だけで。
今まで気を張ってきたせいもあってか、それは脱力となって身体の力を奪った。
視線を落とし、自分の左手を見る。
あの時『脚本家』に伸ばせなかった自分の手が、変わらずにそこにあった。

俯き。大きく息を吐く。
助けられなかった。自分は、彼女を救うことが、出来なかった。
その事実だけが、誰もいない病室に静かに空気として蟠っている。


頭痛から考えて長く寝ていたはずだが隈の取れていない顔で病室の外を見る。
そこには屈強な男が二人、出口を塞いでいた。
面会謝絶ということもあるだろうが、それ以上に自分を逃さないためだろう。
片手に二つ輪の通った手錠がその証拠だ。

犯罪者なら両手を封じるために両手に輪が通される。
拘束したいなら片手に輪を通し、別の場所にもう片方を通して逃げられなくする。
だから、この片手に二つの輪が通った状態の手錠が、何より自分の現状を表していた。

拘束ではないが、自由にするわけにもいかない。
外れない手錠を片手につけることで、説明の義務を与えるという、
風紀委員会からの言葉ではない説明がその手錠に収まっているように思えた。

朽木 次善 > 腹を異能で穿たれ、内臓が溢れだしていたかもしれない傷は、包帯の下で綺麗に塞がっていた。
少なくとも触れてそこに傷がある程は傷まないし、きっと誰か保健課の異能持ちが、
それこそ魔法のように綺麗に修復してくれたのだろう。
逆を言えば自分に傷も痛みも残らないその状況こそが、
どんな刃より自分の心をズタズタにしていった。

お前は失敗して。
そして、自分だけ生き残ったのだと。
そう、突きつけられているように思えた。

腹の空虚に、後悔と自責が湧く。
もっと上手くやれたとは思えない。
だからそれは、最初から自分の手に余ることだったのかもしれない。
でもそれでも―― 自分は。
彼女のことを―― 一条ヒビヤのことを救いたかった。
彼女に自分の生を諦めず、前を向いていた欲しかった。
それが結果的に、自分を殺すことすら怖くてできないと泣き叫んだ恐怖の源泉となり、
彼女の罪を一番痛みを伴う形で理解させる楔となった。
痛みの分からない相手に、痛みを理解させてから痛めつけるような、そんな結末が訪れた。

奥歯を噛む。
口の中に血の味が広がった。

朽木 次善 > ――通報から救助。
そして入院。状況は何一つ理解出来ていない。
ただ、自分が失敗したその事実だけは、理解出来る。
恐らくそれの説明責任が、もっと言えば自分の潔白を証明する必要のための、
片手錠なのだろう。参考人としてしか牽引出来なかったのもあるのかもしれない。

外で部屋を固める屈強な男たちは、
意識を取り戻した自分にも何の反応も示さない。
彼らの仕事は自分が外に逃げ出さないように見張ることと、
外部から不穏な何かを持ってくる共謀者を入れないようにするためだろう。
面会自体が謝絶しているというわけでもないらしい。
今気づけば、腹に巻かれた包帯に、署名があった。

生活委員会の先輩だったり、友人の名前であったり。
本来それは骨折時のギブスに描くべきものではないかと思ったが、
恐らく意識のなかった自分に残すメッセージとしてはそこが適切と判断したのだと思う。

ずっと、単独でことにあたっていた自分は、
ただそれだけで少しだけ鼻の奥に何かが刺さるような痛みを感じた。

ご案内:「保健室」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > 「ご苦労さん……。いま面会できる?」

病室の外。いつもどおりに白衣の養護教諭が、
番をする屈強な男たちに薄い笑みで挨拶をする。
見舞いの品などはない。手ぶらだ。
許可されれば入るだろうし、されなければすごすごと去るだろう。

朽木 次善 > 男たちは訪れた蓋盛に、無言で身体を傾けて中を示す。
寡黙だがその態度から、任務に対する忠実な姿勢が表れている。

聞いた覚えのある声が聞こえて、ベッドで顔を上げた。
見れば入り口に蓋盛の姿がある。
男たちに比べれば幾分小さく見えるその姿に、
何故か自分が切り離された異常な状況から帰ってきたようにも思えて。

「蓋盛先生……」

その名前を呼んだ。

蓋盛 椎月 > 満足そうに男たちに会釈し、部屋へと入る。
ベッドの脇、小さな椅子へと腰掛ける。
ちらり、と右手に嵌った手錠に視線をやって、
それから朽木の顔を覗き込んで、ニコと笑む。

「あまり元気そうじゃないね。
 まるで犯罪者だな。……その様子じゃ、失敗したか」

朽木 次善 > 「それは……表情がっていうことじゃ、なさそうですね」

自嘲気味に言う冗談にも、精細はなかった。
思った以上に悲痛な掠れ声が出て、自分でも少しだけ驚く。
それくらいの長い時間寝ていたのかと思うと、疲れた苦笑が漏れる。
彼女がどこまで知っているかは分からない。
だが、その言葉を、自分は否定することが出来なかった。
それはまさしく、自分の中に実感としてあったことだから。

「……はい。
 ……俺は、失敗しました。
 上手く、やることが……出来なかったみたいです」

蓋盛 椎月 > その様子に、小さく鼻を鳴らし、目を瞑る。
「……」
少しの沈黙を挟んで、目を開く。

「ああ、血も流れたしな。
 それもどうやらあたしの考えたよりも、よほど手痛い形で……」
細めた目で、朽木の疲れた笑みへ向き合う。
「けど、あたしがきみを褒めてやれることが、ひとつある」

そっと朽木の手を取り――それを両手で包み込む。
「よく生きて帰ってきてくれた。ありがとう」
静かにそう告げた。

朽木 次善 > 目を、見開いた。

あの時。
伸ばせなかった手を。
包む、人の温度が――ただそれがあるだけで。
感傷でも、感情でもなく――ただ反応で。
見開いたままの瞳から、涙滴が落ちた。
端から見れば、優しい言葉に心を揺さぶられたようにも見えるかもしれない。
だがその実、ずっと張り詰めていたものがぷつりと切れたように、正確に二滴だけ涙が零れた。

ハッとして、息を呑む。

「す、いません。……いや。なんか。
 ……っ。……俺、は。褒めっ……。
 は、は。……すい、ません。ちょっと、混乱し、て」

手錠のついた手で。自分の頭をくしゃりとして。チャリ、と音が鳴った。

「俺、は。生きて、ますけ、ど。
 ……それ、でも。失敗、したく、なくて。
 蓋盛、先生。……俺は」

泳いだ目のまま、ハ、と胸の中から絞り出すような声を出した。

蓋盛 椎月 > 手をしっかと握る。

「……誰だって失敗するさ。
 それにね。
 この世の中には、誰がやったって失敗してしまうような
 意地悪な話ってのもあるんだよ。
 きみは失敗する役目を引かされてしまったに過ぎない……。

 だから自分を責めないでくれ。
 生き延びる、ただそれだけのことが、とてもむずかしいんだ。
 きみは“失敗”した――けど、間違えてはいない。
 だから、こうやって今、あたしが手を握っていられる。
 それはとても尊いこととは思わないか……」

どこか懇願するように――懸命に、言葉を吐いて。
身を寄せて、朽木の背中を擦った。

朽木 次善 > 優しい言葉が、剥き出しの心を引っ掻く。
恐らくその痛みこそが、心に対する正しき処置であり、
突き刺さった物を静かに抜くための方法なのだろうと。
息を整えながら、どこか茫洋と考える自分がいた。

「………。
 すい、ません。……少し、取り乱して。
 そして……心配を掛けた、のなら。すいませんでした」

大きく深呼吸をしながら、頭を振った。
自分らしくない表情を見せただろう、少しだけ息を吐いた。

「……出来れば。
 俺は、その蓋盛先生が俺に与えてくれるような何かを、
 ……誰かに、伝えられるようになりたかった、です。
 それが出来るかもしれないと……俺も思い、
 結果が……多分これ、だったんだと、思います」

幾分落ち着いた顔で蓋盛を見た。

蓋盛 椎月 > 身を離す。ほんの少し、疲れの滲んだ相貌。
軽く自分の目元を手で撫でて、それを拭い去った。

「……“なりたかった”、か。
 今はもう、そうする元気はないかな?」

かた、と小さく椅子を揺らし、座る向きを少しずらした。

「……でもきみは、まるきりすべて、それに失敗したわけではないんじゃない?
 きみが望むような完璧な結末にはならなかったようだけどね。
 伝わった、と――あたしは勝手に思っているよ」

下手な気休めと思うかね。そう付け足して、アルカイックな笑みを向ける。

朽木 次善 > 「……俺も、
 そうであればいいとは、思って、います」

一条ヒビヤが全てを理解し、自分の思いが全て伝わったとは、
恩師の慰めであっても今は思えなかった。ただ苦い記憶として、今はまだそこにある。

蓋盛が笑みと共に投げてきた問いを、
受け取ったまま両手の中でそれを眺める。
片方に手錠がかかり、掴むこともままならない握力で、
今も、そうする元気は――そうやって生きていく気はないかと、
彼女は問うた。

「……いえ。
 俺は……もしかしたら。
 多分、これからも……ずっと同じことを続けていくかもしれません。
 失敗して、完璧に出来なくて、苦しんで、そうやって、繰り返していくような、
 そんな気もします。今は、まだ漠然としていますけど……」

小さく、息を吐き、蓋盛を見る。

「――蓋盛先生。一つ、お願いをしても、いいですか。
 もし承諾出来ないということならば、それでも構わない。
 ……本当に甘えた言葉になってしまうんです、けど」

蓋盛 椎月 > 「そうだろうね。
 あたしもそんな気がしている」

頷いて、静かに答える。
朽木から離した手を、無意識のうちに白衣のポケットに突っ込んでいた。
まさぐるように動いた後、別に何も取り出さずに手を外に出す。

「……なんだね。聞いてやるさ。
 今度は笑わないように努力するよ」
姿勢を整えて、聴く姿勢に。

朽木 次善 > ベッドに腰を掛け、
上半身だけを起こして、両手を投げ出した足の太ももの上に載せている。
蓋盛自体をではなく、虚空を眺めながら、訥々と、
呟くように言葉を落とす。

「……多分。
 俺は、蓋盛先生の言うとおり。
 これからもずっと、こういうことを続けていくんだと……思います。
 失敗を重ねて、どうしようもなくなっても、
 それでも、俺が俺である以上……俺は、見てみぬ振りが出来ないのだと、
 そう思いますから。
 何度も何度も失敗して、何度も何度も挫折して、
 ……そして、今回のように、誰かに迷惑を掛けて、
 この島の条理からはみ出してしまうかもしれないと――そう、思いました」

両手を目の前で広げる。

「結局、自分の影響が他人に一切波及しないことはないし、
 俺自身の力が弱く、小さいものであっても……環境や受ける側……、
 あるいは、状況の妙で……結果大きなものを失ってしまうことになるかもしれない。
 俺はそれが何なのか、今を以ってもわかりません。
 それが本当にある実感なのかも、定かじゃなくて……予感だけが少しあるんです。
 だから」

……大きく息を吸う。蓋盛の目を見る。

「俺が。
 決定的に道を踏み外したとき。
 踏み外そうと、その一歩を踏み出したら。

 ……蓋盛先生の<<イクイリブリウム>>で。

   きず
 ――瑕疵ごと。俺を――正して欲しいんです」

それは、相手に負担を強いる懇願であることは、理解出来ていた。
だから、それはある種の保険であり。
――そうあって貰えれば自身が迷いなく進めるという。
一つの彼の願いだった。