2015/09/02 のログ
ご案内:「屋上」に畝傍さんが現れました。
畝傍 > 夏も終わり、陽射しが少し弱まってきたある日の昼。
橙色に身を包んだ少女は、その身に纏うボディスーツと同じ橙色のマズルを持つレプリカの狙撃銃を抱えながら、屋上のベンチに座っている。
この日、畝傍が受講する必要のある授業は午前中で終わり。
先日の出来事でどん底に落ち込んでいた畝傍の精神は、同居人――石蒜の暖かい言葉もあり、徐々に回復してきていた。
普段から端末に寄せられる『狩り』の依頼も、今はまだ来ていない。
座ったまま何をするでもなく空を眺めていると、視界の中を一つの影が横切る。
そちらに顔を向ければ、転落防止用に設けられた金網の上に、小鳥が一匹。
小さく可愛らしいその姿を見て、畝傍はにっこりと微笑んだ。

畝傍 > 特に事件なども起こらない、平穏な日常。それは畝傍にとっては望ましいものであった。
しかし、やや不満そうな感情を示す冷たい声が、自らの心の内から聞こえてくる。

「≪何が楽しいんでして?こんな変わり映えのしない風景なんか眺めて……≫」

それは転移荒野における決戦以後、畝傍の中に目覚めたもう一つの人格――千代田である。
千代田が声を発すれば、眼帯で覆われた畝傍の左目からは、冷気を纏った灰色の炎が溢れ出した。
その様子に驚いたのか、金網の上の小鳥は逃げ出してしまう。
しかし、今は先日のような重大な場面でもないので、千代田を強い言葉で諌めることはせず。

「ボクにも、まだちょっとわかんないけど……かわらないから、いいんだとおもう」

まるで変わり映えがしないからこそ良い、そんな事柄もあるのだと。
屋上にはまだ誰も来ていない。ゆえに心の声ではなく自らの肉声で、そう答えた。

畝傍 > 「≪……千代田には理解に苦しむ概念ですわね≫」

畝傍の声を聞けば、千代田もそれを素直に受け入れはせず、そう返す。
『炎』は常に燃え続け、周囲を燃やしつくし、やがて消えるものだ。
存在そのものが『生きている炎』の力の断片である千代田には、
変わらないものの良さについて理解が及ばないのも無理はない。

「うん。いまは……わかんなくても、いいとおもう。ボクもここにくるまで、わかんなかったから」

常世島を訪れるまで、日常とは縁遠い環境に身を置き続けていた畝傍。
彼女自身、日常というものの価値を知ったのは、ごく最近のことであった。

ご案内:「屋上」に嶋野陽子さんが現れました。
嶋野陽子 > 防災訓練資材の受領書を保健課に届け、
そろそろ寮に戻ろうかというタイミングで、2号棟の
屋上に、特徴的なオレンジのボディースーツ姿を認め
た陽子は、憂いを秘めた表情で屋上に上がると、畝傍
さんの姿を求めて辺りを見回す。その巨体は屋上にい
る者なら直ぐに気付くであろう。

畝傍 > 「……ん」

背後に人の気配を感じ、振り返る。
畝傍は『仕事』柄、背後への気配に関しては特に敏感であった。
しかし教室島内において、畝傍の周辺ではそうそう荒事は起きないため、銃は構えない。

「ヨーコ」

眼前にそびえるのは、忘れもしない、筋肉質な巨躯。
かつて道に迷っていたサヤを、女子寮まで送り届けてくれていた人物――嶋野陽子だ。
その表情はどこか憂いを帯びていた。それを察すると。

「……どうしたの?」

畝傍の脳裏をよぎる、嫌な予感。
その可能性を内心では否定しつつも、おそるおそる、問うてみる。

嶋野陽子 > 畝傍さんの方から『ヨーコ』
と呼び掛けてくれる。どことなくヨーロッパの訛りが
感じられるのは気のせいか。
『…どうしたの?』と問いかける声に不安を感じる
のは、これから告げなければいけない凶報のなせる
業か。

「畝傍さんは、白崎玲刃先輩をご存じですか?」と
まず確認する。どの程度の関係なのかを感じるため
に。

畝傍 > 陽子の口から白崎玲刃の名が出れば、畝傍はベンチを立ち、
真剣な目で陽子のほうへ向きなおり、話し始める。

「……しってるよ。レイハは……シーシュアンをたすけようとしてたボクに、サヤのかけらをくれた。だから……レイハがいなかったら、ボクはサヤを、シーシュアンをたすけられなかったとおもう」

かつて石蒜/サヤを救うため奔走していた畝傍に対し、白崎玲刃はサヤの魂の一部が封じられた刀の切っ先を手渡した。
彼から『サヤのかけら』たるそれを手渡されていなければ、畝傍は今頃石蒜を救えたか定かではない。
故に、畝傍は彼を恩人のひとりと見做していた。
しかし決戦後、畝傍が礼を告げようとして玲刃を捜索し、落第街の路地裏で見つけた時、
彼は50人以上の集団に襲われ、それをその場に居合わせた少女――メアや、新たにその場へやってきた黒ずくめの女とともに救出したのだった。
だが、その後畝傍は、白崎玲刃の姿を目撃していない。

「……レイハに、なにかあったの?」

あの後彼に何かあったのだろうか、という不安は、畝傍自身も心のどこかへ抱いていた。
しかし、それが現実になりつつあるとなれば、その声は若干震える。

嶋野陽子 > 『レイハに、なにかあったの?』と
畝傍さんに問われると、陽子は姿勢を正し、
「ちょうど2週間前に、白崎先輩は、高度約1万mの
ミウさんの天界から飛び降りました。その後の捜索に
もかかわらず現在も行方不明です」と凶報を伝える
陽子。
「…先輩が…目の前で…飛び降りるのを、止められませ
んでした。ごめんなさい」と言うと膝をついて項垂れる
陽子。

畝傍 > 「うそ……レイハが……」

白崎玲刃が、高度約一万メートルの高さから飛び降り、行方不明。
その言葉の意味に一瞬理解が及ばず、畝傍はしばし硬直した後。

「ちょっとまって!レイハが……なんで……!」

一瞬、明らかに動揺した様子を見せる畝傍。
しかし、どうにか平静を保たんとすると、ひときわ暗い声で。

「ボク……路地裏でレイハのこと、たすけようとしてから……レイハのこと、みてないから。わかんないんだ……だから。……おしえて、くれる?」

畝傍は、彼がなぜ飛び降りたのか、それに至るまでの事情をまるで知らない。
なので、陽子に尋ねてみる。例えどのような答えが返ってこようと、
かつての恩人の身に起こってしまった事実を知っておかねばなるまいと考えていた。

嶋野陽子 > 「路地裏の事件の後で入院していた
白崎先輩を最初にお見舞いしたのが、私でした…」
畝傍さんは、白崎先輩が入院してからの経緯を知らな
いと言ったので、陽子はミウさんから聞いた情報も含
めて、知っている範囲の経緯を入院直後から説明する。

数日間入院した所で、路地裏の戦いで失った大事な剣
を探すために病院を脱走した白崎先輩は、風紀委員会
が剣を現場から回収していないか聞くために風紀委員
会本部を訪れるが、逆に風紀委員会に拘束されそうに
なり、マッハ3の弓矢に引っ張られて脱走したこと。
そのままだと音速で落下して死ぬ所だったが、幸運に
も矢がミウさんの天界に刺さって助かり、剣のうち1
本が確かに風紀委員会本部に有ると知って今度はミウ
さんと二人で風紀委員会本部を襲撃して、一時指名手
配されたこと。
そして、恋人の綾瀬音音先輩に説得されて風紀委員会
に出頭して処分保留で釈放された後、今度は学生を辞
めて不法入島者として落第街に戻ると言い出して、ミ
ウさんが思い止まるよう説得したこと。
そして、その場に陽子が加わり、今のまま不法入島者
になったら綾瀬先輩が危険に晒されるから止めろと指
摘され、白崎先輩が綾瀬先輩と一緒にいられるように
ミウさんも風紀委員会に自首すると告げた所、急に説
得の場から飛び出して、そのまま飛び降りた事を
全て話す陽子。

畝傍 > 「…………そんな、ことが」

陽子の話を聞き、理解した畝傍は、再び言葉を失う。
かつての恩人、白崎玲刃が。よりによって、風紀委員会本部襲撃事件の主犯格であった。
以前そのような出所不明の情報をどこかで見聞きした記憶こそあれど、
その時は事実かどうか判別し難かったため、すぐには行動に移さずにいたのだが――畝傍は、今になってそれを後悔しはじめる。

「レイハが。風紀委員会をおそって。その、こいびとまで……」

襲撃の動機自体も、ともすれば逆恨みにもとれる理不尽極まりないものだっただけでなく、
その後の行動において、最終的には恋人の思いまでも裏切るような行為を――。
実際の彼の動機や感情までは知る由もないため、あくまで憶測である。しかし、畝傍にはそうも判断できた。

「でも。……でも。まだ、レイハが……しんじゃったって、きまったわけじゃ……ないんだよね?」

陽子の口からは、あくまで『行方不明』としか語られていない。
ならば、まだ彼がこの常世島のどこかで生きている可能性もある。
畝傍は未だその可能性を信じていた。なので、陽子に改めて確認をとる。

嶋野陽子 > 畝傍さんは、陽子が遭えて白崎先輩
生存の含みを残している事に気付く。そこで、
「高度一万mから地上に落ちるまでに、2分以上の時間
があります。その間に白崎先輩が考え直した場合、
スカイダイビングの要領で落下速度を秒速50m程度
まで落として、防御の符を使えば、白崎先輩なら大ケ
ガすらせずに生き延びる事が可能です。現に、2週間
経った今も遺体や遺品は見付かっていません」と畝傍
さんに答える陽子。

畝傍 > 「……そっか」

再び陽子の言葉に集中して耳を傾けた後、その一言を返す。
遺体や遺品は見つかっていない。その言葉が真実なら、まだ希望は残されている。

「じゃあ、ボクは……まだ、あきらめなくて、いいんだ」

恩人の身に起こった出来事を知ったことで再び折れかけた心が、どうにか立ち戻らんとしている。
決意を秘めた表情とともに、橙色に身を包む少女の口が再び開かれた。

「ボクも……レイハを、さがすよ。さがしてみる。それで……レイハをみつけたら、ちゃんとはなしてみようって、おもうんだ」

白崎玲刃が何故、一連の行動に出たのか。その動機も真の目的も、彼自身にしか知り得ないだろう。
ならばできる限り玲刃を探し、もしどこかで出会う事ができれば、まず彼と対話を試みる。
それこそが畝傍に考え、実行しうる、最もよいであろう手段であった。

嶋野陽子 > 白崎先輩を探すと言う畝傍さんに
「もし白崎先輩を見つけたら、指輪を綾瀬先輩に返す
ように伝えてくれるかしら。『男ならけじめを付け
ろ』と私からの伝言という事で」と畝傍さんに頼む
陽子。もし陽子自身が白崎先輩を見付けたら、同じ
事を言うつもりだ。
畝傍さんが前向きに行動しようとしてくれるので、
陽子の気持ちも楽になる。

ご案内:「屋上」に嶋野陽子さんが現れました。
畝傍 > 「うん、わかった」

端末を取り出すと、内蔵されたメモ帳機能を用い、陽子からの伝言をしっかりと記録しておく。

「それじゃ、ボク……寮にもどらないと。レイハのことさがすなら、アレがいるから」

『アレ』とは、畝傍が異邦人街で購入したフライトパックのことである。
普段の『狩り』をはじめとした戦闘行為や捜索活動に向いているものの四六時中背負っているわけではなく、
教室棟にいる時の畝傍は、フライトパックを背負っていない。
以前、教室棟の近辺で試験飛行中、意図せずして窓ガラスに激突し教室へ乱入してしまったことも、その原因のひとつだ。
そのため、今この時から白崎玲刃を探しに行くとしても、一旦寮に戻ってフライトパックを調達する必要があった。

嶋野陽子 > どうやら畝傍さんは早速白崎先輩
を探しに行くらしい。
「気を付けてね。何かあったら私も応援に行くわよ」と
言って畝傍さんを見送る陽子。

(そろそろ私も帰らなくちゃ)
と、畝傍さんの後を追うように、同じ寮に向かう陽子。

ご案内:「屋上」から嶋野陽子さんが去りました。
畝傍 > 「うん。じゃあね、ヨーコ」

出入り口の方へ歩きながら陽子の姿を見返し、手を振って別れを告げる――

ご案内:「屋上」から畝傍さんが去りました。