2016/11/18 のログ
ローリー > 老人は上流貴族にはもちろん見えないだろうが,困窮しているようでもない。
いわゆる中流といったところだろうか……しかしそれ以外に,老人の外見から得られる情報は少ないだろう。

「そうか…まぁ,そう言うのなら,そういう事にしておこう。
 そんな姿でうろついてるんだ,嬢ちゃんも訳ありだろうからな。」

学生には見えず,この図書館のスタッフらしくもない。
だとすれば,自分と同じようにこことは違うどこかの人物なのか,それとも……

「……アルビオン?ブリテン島のことか?
 俺はイングランドの…オックスフォードの出だが,嬢ちゃんもそうなのか?」

……自分で言っておきながら,違うような気がする。
少なくとも自分の知っている英国に,こんなメイドは居ない……だろう。
それとも,王室にはいまでもこんなメイドが仕えているのだろうか…。

メイジー > 驚きとともに頷く。この世界にも、同じ名で呼ばれる島がある。
蒸気都市と同じではない。異なる歴史を歩んだもうひとつの故郷、らしき場所。
この紳士はその地の出身だという。

「……サウス・ケンジントンの…さる高貴なお方にお仕えしております」
「名を、メイジー・フェアバンクスと申します。以後お見知りおき下さいませ」

まだ過去形ではない。ホールドハースト卿はきっとご健在ゆえに。
名乗って、今一度頭を垂れる。

「こちら側のチャールズ・バベッジ様は……階差機関の建造成らず、失意と困窮の内に身罷られたと伺っております」
「なんと傷ましいことでございましょう。メリルボーンの魔術師、碩学の王たるあのお方が」
「この世界では、石炭と蒸気の機関文明がまぼろしと消えた代わりに……いかずちの灯が世を照らしつづけていると」
「にわかには信じられぬことばかりございまして……まるで、夢を見ている様な心地がいたします」

ローリー > 貴女の驚いたような動作を見て,いくらか理解したつもりではいたが,
余りにもよく知った地名が相手の口から出たものだから,思わず笑ってしまった。

「確かにあの辺りなら高級住宅街だな…俺はスティーヴン=ローリーだ。
 高貴な身分や嬢ちゃんのようなメイドとは縁が無いが,な。」

とはいえ,貴女の出身はともかく,取り巻く状況など知る由もない。
目元が見えず,表情もほとんど窺うことができないのなら,内心を想像することなどできようはずもない。

そして最大の問題は,貴方がこの老人を“この世界”の住人だと思っていることだ。

「………ぁー,ちょっと待て,なんと言ったものか。
 嬢ちゃんの話はだいぶ興味深い,チャールズ・バベッジの階差機関だなどと…
 …嬢ちゃんにとってのこの世界が信じられないのと同じで,俺にとってはまるでSFの物語だ。」

だが,そればかりではないのだ。
この老人は“この世界”の住人ですらないのである。
厳密に言えば,“この世界のはるか過去”の住人であるのかもしれないが…

「だがな,俺にとっちゃこの世界もフィクションみたいなもんでな。
 俺が居た世界はもう少し地味で,夢なんてもんじゃなかった。」

開いていた“近現代史”のページの中から21世紀前後のページを開けて,差し出す。
恐らくは経済の低迷やら紛争やら,もしかしたらトランプ大統領とか載ってるかもしれない。

メイジー > 21世紀の歴史に目を走らせ、少し眉を顰める。その内容は荒唐無稽すぎて冗談としか思えない。
19世紀、産業革命期の激変を紹介するページを開いて、返す。

「恐れながら、ローリー様。御身も当地への転移を?」
「ですが、時系列に……開きがあるのでは?」

異なる世界のたどった歴史。
自分自身のいるこの地点が、蒸気都市のそれと同じであるとは限らない。
時系列の線上において、いま今この瞬間は異なる時代、未来または過去に属している可能性がある。
この異世界にも、機関通信網に代わる情報ネットワークがあることは理解している。
その発展の程度から言って、故郷のそれよりも技術的な優位性に一日の長があることは否めない。
すなわち、この身は過去に属する人間であるかもしれない。この紳士も、また。

「それとも、身共の知る蒸気都市は煙に溶けてなくなってしまったのでございましょうか」
「かの都を成した赤い煉瓦の一欠片が、御身のアルビオンでは名もなき路傍に苔むして在る……と」
「このメイジー、御身のひいおばあさまと親しくしていただいていたかもしれません」
「詮無き想像にございますが」

同郷人…のような紳士に出会えた喜びに、つい多弁になってしまった。
長期滞在になることも覚悟しなければならないのに、生計を立てる術すら見つからない。
メイドなき世ならば尚更のこと。この身はもっと焦るべきでは?

「……夢の中とて、主なき身のままとは参りません」
「身共のような使用人を召抱えて下さる方はいらっしゃらないご様子。世も末にございます」

ローリー > 貴方の言葉に,老人は肩を竦めて笑った。

「嬢ちゃんはどうだか知らんが,俺は夢を見ているだけさ。
それも,いつ覚めるかも分からん夢だ……だから,見えない所は勝手に決めていいだろうさ。」

この世界が何処であろうと,いつであろうと,そんな事はどうでも良いのだ。
老人にとっては,現実から逃れられるというだけで,価値のある世界なのだから。
いずれにせよ,貴方がこの老人にとっての現実における,産業革命時代の申し子でないことは,先刻の階差機関の話からも明らかだった。

「面白いが……さて,どうだろうな。
だとすれば,俺が君を嬢ちゃんだなんて呼ぶのは失礼かもしれんというわけだ。」

それはそれで面白いなぁ。などと,貴方の想像に重ねて笑い,
それから,少しだけ真剣な表情を見せて……

「……なぁに,目を覚ませば自分の居るべき場所に戻るだけだ。
嬢ちゃんの言うように,ここで今どうするかを考えた方が良いかもしれんなぁ。」

「……ん?貴族が居るのかは知らんが,この世界にも資産家は居るだろう?
もっとも,嬢ちゃんを雇うには札束でも用意しなければならんのだろうが。」

メイジー > 「………ここは居るべき場所ではなく、夜明けと共に消えゆく一睡の夢」
「夢が醒めれば、帰れると仰るのですね」

ローリーと名乗った紳士は、厭世的な影を隠そうともしない。
どこか身勝手な物言いは、ただの夢と割り切ってしまってのことだろう。

「もしも帰参が叶うのでしたら、それに越したことはございません」
「旦那さまのお声がお懐かしゅうございます。ですが、身共は務めを負う身にございます」
「この世界がたとえ、御身ひとりの夢であっても……在りようが変わることはございません」

知らず、言葉がすこし強くなってしまった。
恥じ入って俯き、すぐに顔を上げて。

「……出すぎたことを申しました。非礼のかどは、どうかお許しの程を」
「よき主のもとには、よき使用人が集うものにございます。そういう方は……なかなか空きがございませんので」

自分の書物を片付け、席を立つ。それなりの冊数ながら、両腕に抱えられるだけの量だ。

「お邪魔を致しました。御身も身共も等しく、今この時はコールリッジ流の奇想の内に住まうもの」
「次の夢ではまた、アルビオンのお話をいたしましょう。おやすみなさいませ、ローリー様」

まどろみに落ちゆく者にする様に静かな仕草で別れを告げ、本を返しに閲覧室を後にした。

ご案内:「図書館」からメイジーさんが去りました。
ローリー > 「……そうとでも考えなければ、おかしくなってしまうだろう?」

言葉に出すことはないが,この夢が醒めてほしくなどないのだ。
だがこの惨めな老人は,夢にさえもう希望を抱いていない。
貴方との会話が楽しければそれだけ,現実の孤独が浮き彫りになる。

……もはや凝り固まった思考と,あまりにも救われ難い気質。
現実における彼が孤独であるに至った理由もここにある。
もっともその気質を得たのは,不幸な過去の出来事からなのだが……

「………いや,謝らなくていい。
その【旦那さま】にまた会える日まで,嬢ちゃんは俺みたいにはなるなよ?」

近現代史の本を受け取って広げ,小さく頷いた。

「あぁ……また,夢に嬢ちゃんが出てきてくれるのが,楽しみだ。」

その言葉に偽りはない。……本当に,良い夢を見ている。

だが,夢から二度と醒めない日々が訪れたとしたら,
それはなお夢なのだろうか,それとも……

ご案内:「図書館」からローリーさんが去りました。