2017/07/22 のログ
■楊柳一見 > だばぁと雪崩れる本の山また山。
「ちょっ――」
――埋まったりせんだろうなあれ。
目の前で人が本に生き埋めとか、さすがに夢見が悪過ぎる。
反射的に一歩そちらへ踏み出すが、幸い大した規模ではなかったようだ。
ひそかに安堵するこちらの事など露知らず、白衣は背もたれに身を任せリラックスしている。
彼の懊悩など与り知らぬこちらにしてみれば、それが無性にイラッ☆と来た訳で。
「せーんせー。名前知らんけどせんせー」
集中やら思索やらをわやにするようなゆるーい声音で呼ばわりつつ、
その背後へつったか歩み寄る。
見上げる天井に、小娘の人を食ったような笑顔が、にょきっと現れることだろう。
「えらく熱心に何してんです? ひとりサバト?」
大鍋も生贄もバフォメットもなかろうが、そんな戯言。
■獅南蒼二 > 獅南の頭の中では,まだこの世界に存在する現象のうち,試していないものがいくつかピックアップされていた。
眼前の惨状を招くまでに一般的な現象の殆どを試し,残っているのは…この男でさえ,手を触れることを躊躇うような現象たち。
「………ん?」
一瞬,危険な方向へ流れかけた思考は,貴女という名前も知らない生徒の登場でかき消された。
貴女の笑顔に対して,見上げる白衣の男は,病人なのではないかというほど顔色が悪い。
無精髭も相俟って,ひどく不健康な印象を与えるだろう。
「私が敬虔な悪魔信者に見えるのなら,そうかもしれんな?」
白衣の男は苦笑を浮かべてから,雪崩から1枚のA4コピー用紙を取り出し,貴女に手渡す。
先ほど重力を発生させた術式と,それを魔力へと再変換させるための術式が描かれているが……。
■楊柳一見 > 間近で見るにつけ、彼の印象はそう――
「……白衣でなく黒い服着てたら、アタシも本気でそう思ってるとこスね。うん」
これまた失礼極まりない感想を、臆面もなく口に出して。
「うん?」
手渡されたコピー用紙を、律儀に受け取りざっと俯瞰する。
平生の文章ではない。文字と言うよりも意匠や印章を思わせるこれらの羅列は――
「何です。何かの魔術式? さっき本が崩れたのと関係あったり?」
そういや彼が何ぞやってた折に僅か感じた揺らぎは――この所触れる機会の少なかった、魔術の類ではないのか。
「んー……」
読み進め、ようとするが、そもそも己の領分は東洋系魔術。
おまけにかなり観念的な分野である。
精妙に構築された論理式は苦手なのだ。
――だからこそ彼の講義を、こりゃダメだと蹴った訳で。
「…………」
紙面と彼の顔とを二度三度と交互に見やってから、苦み走った表情。
「せんせー…サバトはまずいんじゃあ…」
まだ言うかこいつ。
■獅南蒼二 > 貴女の言葉に,白衣の教師は肩をすくめて笑った。
「なるほど,今度試してみるか…。」
ずっと張り詰めていた緊張の糸が僅かに緩み,そして思考に余裕が生まれる。
獅南は貴女の反応を待ち…そしてその反応は,この男を満足させた。
「……見覚えの無い顔だが,名前を聞いても?」
自分を魔術学教師と知っての推論かもしれないが,この狂気を感じる無限迷宮のような紙を見て魔術式と答えられたのなら,十分に見込みがある。
そう思ったか,獅南は真っ先に貴女の名前を聞いた。
「……サバトでも一向に構わんが,その場合は子どもの人肉料理が必要なのではなかったかな?」
貴女の冗談にはこちらもそんな冗談を返しつつ貴女を見て…
「これは重力を生み出すための術式と,それを魔力に再変換するための術式だ。
もっとも,自然の現象に近づけるために随分と手を加えてしまったから,原型はとどめてもいないがね。」
…術式について説明した。
だがそれだけでは,この男が何をしたいのかは,さっぱりわからないだろう。
■楊柳一見 > 「やめてくださいよー。通報とかされても知りませんよアタシ」
ほの暗いながらもユーモアがある反応に、こちらもけらりと相好を崩す。
名を問われれば、ほんの少し居住まいを正して、
「1年の、楊柳一見です。今年度から転入して来まして。えっと、せんせーは失礼ですけど…?」
こちらも首を傾げて誰何を返した。
「…勘弁してくださいよー。おふざけは謝りますってば」
ジョークだとは、無論解る。
…解るが、彼の人相を鑑みると、何の衒いもなくやってのけそうで洒落にならない印象が拭えなくて困る。
大袈裟に汗を拭うジェスチャーで、自分も含めて誤魔化した。
「重力を生み出すのと――魔力への再変換」
やや鸚鵡返し気味に反芻して、ふむと考え込む。
「一度現れた――顕したモノを、リサイクルするって感じです? 術式ってからには、重力の元も魔力ですよね?」
だとすれば、面白い切り口ではある。
魔術の霧散、無効化ならば幾度となく行った覚えはある。
しかし魔術に行使される魔力は、同じく魔術行使者である己にとっても、必要なエネルギーだ。
それの効率的な還元方法となれば、興味の湧かないはずもない。
…まあ最近は、とんと異能の方面にかまけちゃいるが。
それはそれ。これはこれだ。
■獅南蒼二 > 「この島に居る限り,その程度のことでは誰も動かんだろう。
……本物さえ居かねないからな。」
苦笑を浮かべつつも,貴女の名乗りに小さく頷いて…
「魔術の心得があるようだな……私は獅南蒼二だ。」
…名乗り返す。
貴女はその名に聞き覚えがあるかもしれないし,やっぱりわからないかもしれない。
「残念だ…黒魔術という類のものは古典魔術に分類されるが,社会的な制約からなかなか実験を行えない分野でな?」
それはジョークなのだろう。きっと,恐らくそうなのだろう。
だが一方で,貴女が感じたこの男の人物像が正しく的を得たものなのではないかという懸念も残るだろう。
「リサイクルか…確かにその発想は面白い。
だが私がやろうとしていることはその一歩手前だよ。」
術者が行使する魔術を魔力へと変換してしまう,それは獅南の発想とは異なるものだったが,獅南も十分に興味を惹かれるものだった。
もっともつい先ほど重力の再変換に失敗した例を見るまでもなく,それが非常に困難なのは間違いないだろう。
「…私が目指しているのは,魔力の生成,だ。
重力や火力,光や電気,この世界の現象を魔力へと変換し,それを貯蔵して電池のように使用できないか,とね。
それが可能になれば,私のように才能の無い者でも,多彩な魔術を行使することができる。」
今のところはこの有様だがね,と,机上を示して苦笑する。
■楊柳一見 > 「やー…改めて聞くとホントこの島って魔境ですよねー」
この島の懐――及び闇――の深さには、毎度の事ながら恐れ入る。
「心得っても、東洋系が大半ですけどねー。
…獅南センセイですね。センセイの講義は取ってないですけど、今後ともよろしく」
悪びれもせず笑いながら軽く目礼。
名前は――ああ、そう言えばガイダンスに書いてた魔術学概論の講師がそんなだったな、と今更思い当たる。
「そら黒魔術は基本的に社会不適合者のスキルですし…」
でもせんせーならすんなり溶け込みそうですよね、とは口が裂けても言えない。
「あら、残念」
リサイクルではない、と聞けば肩を竦める。
世の中うまい話はそうそう転がっちゃいないものである。
とは言え、一人の学究の徒の心の琴線には触れたようだが。
「自然現象からの魔力の生成かあ。それってエネルギー革命とか起きません? 割とガチめの」
リサイクルは魔力行使の叶う者でなければ無用の長物だ。
しかし、魔力それ自体を生成出来たならば。
ましてそのエネルギーの影響面は、古き物理学を軽く吹き飛ばす程度の広がりを持つのだ。
「……せんせーって、意外と野心家?」
見た目は何てえか、もろ学者肌の人物なのだが。
自分の中の彼の人物像がえらいビルドアップを見せている。
■獅南蒼二 > 「東洋魔術か…体系化されているものもあるが,魔術学としては手の入っていない分野だな。
恐らく全くアプローチの仕方が違うだろうが,興味があれば覗いてみるといい。」
既に貴女が見学済みであることなど知る由もないので,そんなことを告げつつ…
「…果たしてそれは,本当に黒魔術だけかな?」
貴女の言葉に肩をすくめて苦笑する。
この変容した世界の中で,異能とは無作為に発症する病か,天から与えられる贈り物のようなものだが,
魔術は分野によっては宗教や文化に根付いており,一般的でないものも多いのが現状だろうから。
「エネルギー革命か……そうかもしれんな。
既に論理は出来上がっているし,再現不可能ではあるが生成実験にも成功している。
問題は,御覧の通り,この世界の現象が魔力を生成するに不向きであるという点だな。」
凄惨な雪崩の現場に手を翳して,空間に術式を書き込んでいく。
この教師は詠唱も杖も無く,こうした魔術文字の術式によって魔術を発動するらしい。
その手をぐっと握れば,書籍たちは宙を舞い,それぞれ“在るべき場所”へと戻っていく。
「野心などありはしないよ。
ただ,私の魔力はこの程度の魔法で枯渇してしまうのでな……もう少し,派手な魔法を使ってみたかったのさ。」
使ってみたかった。と過去形で語り,実験にも成功したと語る。
…そして,この男の右手には,淡く光る指輪が輝いていた。
もしかしたらこの男は,野望に限りなく近い場所まで,すでに上り詰めているのかもしれない。
「……興味があるのなら,明日の授業で話そう。」
貴女にそうとだけ言い残して,獅南はくるりと背を向けた。
生徒を集めたいわけではなく,単に,貴女という有望な人材を見出し,どの程度のものか見極めたくなっただけだった。
……万が一にもこの勧誘に乗ってしまえば,貴女は努力と研鑽を強要される地獄の授業に足を踏み入れることになる。
ご案内:「図書館」から獅南蒼二さんが去りました。
■楊柳一見 > 「口伝とか、場合によっちゃ門外不出モノもあったりしますしね。
…ん、まあ、そっスね。そのうち覗いてみますよ。機会があれば」
そんな当たり障りのない言葉を返しながらも、
心中ではオイオイまたかよ勘弁しろよ、とか思っていたりいなかったり。
「……や、今のはケーソツでした。魔術学のセンセイの前で」
苦笑と共に軽く投げられた問いに、曖昧な笑み浮かべてかぶりを振った。
然り。黒魔術ばかりが“健全な”社会の外に在るものではない。
それはかつての生業に身を置く時分、充分過ぎる程理解していた。つもりだった。
今になってそれを忘れようとしていたのか。
自分は、今やまともな側なのだ、と。
するすると片付けられて行く本の群れを見送って、
「まあ、派手だから良いって訳でもないですけどね。
ジワジワ効いて来る地味な術式とか、めっちゃ厄介ですし」
僅かに視界を掠めた淡い光。
それが彼の手にある指輪のものと判った時には、既に机上の整頓は終わっていた。
そして去って行く背をそのまま見送って。
「……さすがにあの講義を二回受けるのはなー……」
彼の姿がすっかり見えなくなってから、そんな呟きを一つ。
次行ったら確実に居眠りかましそうだ。
そしてそんな粗相をかの教師が笑って許すだろうか。いやないね。
むしろどんな制裁が待っているやら。
「…あかん、さぶいぼ立って来た」
心地好いはずの冷房にぶるりと身を震わせ、そそくさとその場を後にする――。
ご案内:「図書館」から楊柳一見さんが去りました。