2015/07/28 のログ
東雲七生 > 「おっ、良い笑顔じゃん!
 そうそうそんな感じで笑ってればもうちょい世界の見え方も変わると思うぜ!」

(実際に自分がそうだから。
 ──だが、必ずしも誰にでも通じる理屈ではないという事を七生は知らない。
 しかし、目の前に居る少年は多分自分と同じタイプだろう。 何の確証もないがそう思う。)

「なるほどな……。
 そうなのか、ましろ? いや、さっきリチアのこと止めようとしたし、本当のことなんだろうな。」

(語り終えた悪魔と、少年を交互に見る。
 そのタイミングでちょうど此方へと声を掛けるましろとの目が合った。)

「あ、ああ、いや。
 ちょっと、な?……大した事じゃねえよ!酷い話もあったもんだな、って思ってさ!」

塚鎖倉ましろ > 指摘されて初めて気づいたように、自分の頬に両手を添えてみる。
どうやら自分ではあまり意識していなかったようだ。
当然だろう、心から湧き出るような笑顔は無意識のものに決まっている。
それでも、良い笑顔と言われたならば。

「こ、こんな感じでしょうか…?」
頬にあてた手で口の端を持ち上げて、作る笑顔。
先の表情の再現―――には、残念ながら程遠いが。
本人の努力くらいは、どうか買って貰えないだろうか。


「え、ええ……本当です」
『おいおいひっでェな!まさか信用してもらえねェとはよ!』

俯いて自身の過去に押し潰されそうになる悪魔の憑代と、ゲラゲラと笑い飛ばす悪魔。
どこまでもこのふたりは対照的だ。

「……?そ、それなら、いいんですけど……」
七生の様子に、違和感は確かに覚えていた。
しかし、そこを一歩踏み出す勇気は、ましろにはなかった。
悪魔は未だにひでえ、ひでえと笑い転げている。

東雲七生 > 「おうっ!
 最初は無理やりにでも笑ってればな、
 そのうち自然と笑えるようになっから!だから今はそれで充分だ!」

(にっ、と春の日差しの様な笑みを“自然と”向ける。
 努力する意志がある。それならきっと、この少年は大丈夫だ、と思う。)

「いや、リチアの事を頭っから信用してねえってわけじゃねえけど……
 ほら、お前悪魔だろ?」

(軽く肩を竦めてからそっと再びましろの頭に手を載せようとする。
 載せることが出来れば、先程の様に乱雑な撫でることはせず、ただ載せているだけに留める。)

塚鎖倉ましろ > 「ありがとうございます。ナナミさん、優しいですよね」

七生の言葉に、ほっと胸をなでおろす。
それと同時に、元気や力強さみたいなものを彼から貰っていることを強く感じていた。

『神様が普通に生徒やってるところでこまけェこと気にすんなよ、なァ?』
笑いながら、自分の種族を些細なことと言ってのけた後に。

『……心配しなくても、俺ァこいつの事に関しちゃ嘘はつかねェよ』
低く唸るように紡ぎだす言葉は、きっと悪魔なりに自分に定めたルールなのだろう。

頭に手を載せられ、くすぐったがりながらもいやではなさそうな様子のましろを背後から見守る悪魔は。
先の話が本当なら、ましろが産まれたときからずっと一番そばに居続けたこの悪魔は、悪魔なりに彼を大事に思っているようだ。

東雲七生 > 「え? まあ、何つーの?
 先輩として後輩の面倒はちゃんと見ねえとな?

 まあ、産まれはどうあれ、ここで生きてるからにゃ多分平等だ。
 いつどこでどんな経緯で産まれたとしても、それは生きる上で何の足かせにもならない。
 だからもっと胸張って生きろよ、だってお前は生きてるんだから。」

(己の手の下の、少年の顔をしっかりと見据えて。
 自分でも何言ってんだか分からなくなりつつも、しっかりと告げる。
 それに、この少年には人智を超えた存在も憑いている、きっと大丈夫だろう。)

「ああ、そうみたいだな。
 悪魔の“そういうとこ”は信用できるって、昔誰かから聞いた事がある。」

(リチアへと毒気の抜かれそうな笑みを向けて。
 だから信じよう、といとも簡単に言ってのける。)

塚鎖倉ましろ > 「胸を張って……ですか。出来るかはわからないですけど……頑張ってみようと思います」
自分に出来るかどうかは分からない。きっと難しいことだと思う。
それでも、頑張ってみようと思った。先輩の背中を追いかけてみようと、そうしたいと確かにましろは願った。
七生を見上げる瞳に、微かに決意の光が宿るのに気付くだろうか。


『……呆れたぜ。やっぱり甘ちゃんだなァ』
それは自分も自分か。そう思いながらも悪い気がしないのは、きっと七生のなせる業だろう。

『全く調子が狂うぜ。行くぞノロマ。もうお寝んねの時間だ』
やれやれ、とわざとらしくましろの背で伸びを一つする悪魔。
それに対応するようましろは少し後退し、七生の手をすり抜けると。

「それじゃあ、ナナミさん。色々ありがとうございました。
 また会いましょうね」

そういってお辞儀を一つすると、時計塔を後にするのだった。

東雲七生 > 「おう、頑張ろうって思えるなら、きっと大丈夫ッ!」

(にこやかに頷いて、その瞳を見据える。
 うん、きっと大丈夫。この少年なら、心配いらない。
 時間にしてそう長くないやりとりの間に成長したように見える少年に七生は満足げに肯いた。)

「ああ、またな、ましろ!リチア!
 暑いけど頑張って授業受けるんだぞー!」

(頭に載せていた手を大きく振って、
 その場で二人を見送った。)

ご案内:「大時計塔」から塚鎖倉ましろさんが去りました。
東雲七生 > (時計塔の屋上からましろとリチアが完全に立ち去った事を見届け、
 さらにはそのまま塔を降りて時計塔から離れる所までを上から見送り、
 完全にその姿が見えなくなると、七生は大きく息を吐いた。)

           ・・・・・ 
「……くはぁ、ホント、何でもやるよなアイツら……。」

(その対象は今去った二人一組ではなく、片割れの悪魔が語った“連中”に向けたものだった
 七生の顔から子供っぽく、どこか抜けてる様な表情が消える
 それは普段は秘密にしている顔。“異能研究協力者”としての表情。
 ──そして同時に、強い嫌悪を露わにした表情。)

「妊婦と胎内の子供に悪魔を憑依?
 ──ホント、人間を何だと思ってんだよ。」

東雲七生 > (きっとそれは七生の属する研究所とは違う所の計画だろう。
 そんな計画の成功例があれば、自分が協力する必要なんてない。
 それに、七生と研究所の関係なんてものは自分の異能をデータとして提供し暴走を抑制するために協力してるだけでしかない。
 各研究所の計画に口を出す謂れも権利も立場も無いはずである。
 自分は一介の、今となってはさほど珍しくもない、
 ごくありふれた、不運にも異能に目覚めてしまった少年だ。

 ──少なくとも七生の“記憶の中では”)

「……けど、何だ、この……
 すっげえ、イライラする……。」

(ぎり、と軋むほど奥歯を強く噛んで胸の中の熱を抑える。
 さっき話した少年の生い立ちに対する怒りにしてはあまりにも突飛なそれは、まさしく“血が滾る様な”感覚だった。)

東雲七生 > (全身が煮立っているかの様な錯覚を覚え、一度だけ大きく息を吐くと自分も階段へと向かう。
 せっかくの新たな出会いで高まった気持ちを、わけのわからないイライラで台無しにしたくはない。

 早く帰って風呂入って寝よう。)

「……ましろと、リチアか。」

(今はその名前だけを思えば良い。
 赤髪の少年は静かに時計塔を後にした)

ご案内:「大時計塔」から東雲七生さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」に四十万 静歌さんが現れました。
四十万 静歌 > 時計塔の上から、島を一望する。
少し怖い気もするが、
風も心地よく、夜景が美しい。

「――」

息をすって、大きくはいて、
心を落ち着け――――

座り込んだ。
流石に足を空に投げ出してとはいかないけれど。

四十万 静歌 > 「入り込むのは存外容易いんですよね……」

入ってはいけないのだけど、
だからこそ、のんびりするのにこれほど好都合な場所はない。

「――♪」

静かに夜空に向けて語りかけるように歌う。
――とある月にたどりついた有人宇宙船。
太陽神の名前を関した歌を。

――静かに、静かに――
あたり一面に広がるように――

ご案内:「大時計塔」に奇神萱さんが現れました。
奇神萱 > ぎい、と重たい扉を押し開けると夜風が吹き込んできた。
時計塔のはるかな高み。学園都市の日常から隔絶された別天地がここにある。
風圧にさらされて、左手をかざして目をつむる。

歌声のようなものが聴こえた。

先客がいたらしい。
こんな時間に誰かと鉢合わせるなんて想像だにしないことだ。

「………誰かいるのか?」

四十万 静歌 > 「――♪」

来訪者にも気づかずに、
歌を歌い続ける少女が一人。
もう少し近づいて声をかけるか、
大きな声を出せば、
恐らく気づくだろう。
――そうでなくても、
歌はそろそろ終幕へと差し掛かる。
終われば、そちらの方を向くかもしれない。

歌うその姿は、楽しそうで――
どことなく寂しそうに感じるかもしれない。

奇神萱 > 薄く見開くと夜空を背に歌う人影があった。知らない歌だ。
長い黒髪をたなびかせ、心地よさそうに歌っていた。

邪魔をしてはいけない。あと少しで止めてしまうところだった。
重たい扉を後ろ手に支えて、なんとか音を立てずに閉めることができた。

こちらに気付いてはいないらしい。
人前で歌える人間はあまり多くない。よほど場数を踏んでいなければなおのこと。
誰のためでもなくこの歌を壊すのはたやすい。ゆえに尊いことを知っている。

ささやかな秘密を垣間見ていることは承知の上だ。
今は静かに聞いていよう。謝るのは後でいい。


歌が終わったらこちらの番だ。彼女の後に続いてはじめよう。

『歌の翼に』。
ハイネの詩想から生まれた歌曲。フェリックス・メンデルスゾーンの代表作だ。

四十万 静歌 > 「――♪」

歌い終えると、
今度は流れるような静かな曲が流れてくる。
思わず誰かいるのかと思って、声をあげそうになるが、
あわてて口を押さえて萱の方を見る。

そこにいたのはヴァイオリンを優雅に、華麗に弾きこなす、
演奏者の姿。

黒髪の先が朱に染まっているのが見える。

――姿も、演奏も、その併せ持つ光景も見事で、
とても美しくて――

思わず魅入ってしまう。

幻想的とはこのことを言うのだろう――

奇神萱 > メンデルスゾーンは38歳という若さで世を去ったが、その人生は幸福に満ちていた。
音楽家として不動の名声に恵まれただけでなく、最良の伴侶と五人の子供に恵まれたのだ。

メンデルスゾーンの遺した6つのリート。
そのひとつ。『歌の翼に』。

この作品はシャーロック・ホームズの相棒ジョン・ワトソンのお気に入りだった。
ときどきホームズにリクエストしては、いつも気前よく弾いてくれていたらしい。
ワトソンが言うには、その腕前は「非常に素晴らしかった」とのこと。

ホームズも満更じゃなかったに違いない。
その旋律は優しくマイペースで、世界最高の名探偵にもよく似合いそうな曲だから。

たった一人の聴衆にいたずらに笑い、月光の下へと進み出た。

四十万 静歌 > 月光に照らされた姿は、
もう言葉にならないほどに美しかった。

――まさしく今は彼女の舞台。
彼女の彼女による彼女の為の――

それは、まるで世界の中心の如く、
どんな舞台よりも美しく見えた気がした。

嗚呼――
思わず、零れ落ちる吐息。

ただ、ただその素晴らしさに打ち震え、
見ているだけしかできない。

もし、私に何か出来るとしたら――

その演奏の終焉に、
惜しみなき拍手を。
聞かせてくれた感謝を。
素晴らしさに対する賛辞を込めて送る事だけ、だろう――

奇神萱 > シャーロック・ホームズのヴァイオリンは素晴らしかったが、同時に奇妙でもあった。

好き勝手にやらせておくと決まって謎の即興演奏をはじめたそうだ。
放埓な思考の内側が朗々たる和音に変わったり、幻想的な旋律に化けたりもした。
聞かされる方にしてみればたまったものじゃないだろう。
しまいには「腹立たしい独演会」とまで言われている。

気前よくリクエストに答えていたのは迷惑料のつもりだったらしい。
ホームズは助手の願いを全て叶えた。聞きたいと望んだ曲は全部弾いてくれたそうだ。

天心に浮かぶ月は清かに。余韻は吹き抜ける夜風に運び去られていく。
弓を放して、つかの間放心していた。見ず知らずの女子生徒の拍手が現実に引き戻してくれた。

「お粗末さま。そんなに大層なものじゃないぞ。ここにはよく歌いに来てるのか?」

四十万 静歌 > 「そんな大層なものじゃないなんて――」

首をふって、
眼を輝かせて眼をまっすぐ見て――

「とっても、とっても感動しました!
 凄いです!
 こんなにも素敵な曲を弾けるなんて――!
 あっ、と。
 す、すみません。」

思わず興奮してしまったことに気づいて、
真っ赤になって頬をかきながら――

「凄く興奮してしまいまして、
 えっと、その。
 いえ、ここへはたまにですね。 
 それほど良くは来てないです。
 なんていうか――」

きょろきょろと辺りを見回して――

「――ここは、素敵な光景をみながら、
 穏やかな気分で歌えるので――
 気分に浸りたい時に、歌いにきます。」

なんて、えへへと笑いながらいうだろう。

奇神萱 > まっすぐに向けられた言葉を否定する気はなかった。

きれいなものをきれいだと言う。好きなものを好きだと言う。
思ったままのことをはっきりと口にする。
当たり前のことだと思えるだろうか。

俺の意見はすこし違うな。

「メンデルスゾーンが好きか。よかった。気に入ってくれたなら何よりだ」

「どうやら目当ては同じだったらしい」
「ここには滅多に人が来ない。一人で歌うにはもってこいの場所だ」
「邪魔して悪かったな」

すこし申し訳なさそうな顔をして、右手を前へ。

「奇神萱。2年生だ。よろしく」

四十万 静歌 > 「奇神萱――萱さんですか。
 あ、私は四十万 静歌(しじま しずか)と申します。
 同じく二年生です、よろしくお願いします。」

そういって右手を前に出されると、
同じく右手を出して握手しようと知るだろう。

「メンデルスゾーンが、というより、
 萱さんの演奏が、
 といったほうが正しいかもしれません。」

どんな名曲も、
素敵な歌も、
奏で歌う事ができるのは奏者のみである。
故に――感動が先にきたのであれば、
それは奏者の力だろう。

「邪魔なんてとんでもないですよ。
 誰か来て、こうして出会いがあるのも素敵ですし――
 あ、萱さんの方はよくこちらに演奏にこられるんですか?」

なんてにっこり微笑んで小首をかしげて聞き返すだろう。

奇神萱 > 「時々は。最近は一度来たきりだな」
「もっと前にはよく使ってた。知っての通り、ここはいい練習場所でね」

熱が醒める前に次の魔法をかけるとしよう。
無銘の楽器を肩にあてて、学園都市を見下ろせる場所に立つ。

「もっと泥臭いのも演ってみるか」
「20世紀のアメリカにジョージ・ガーシュウィンという作曲家がいた」
「英雄だった」

「死の2年前に書いた曲だ。ヤッシャ・ハイフェッツが手を入れた」
「オペラ『ポーギーとベス』から、『サマータイム』と―――」
「『It Ain't Necessarily So』」

「「そんなことはどうでもいいさ」って意味だ」

四十万 静歌 > 「そうなんですか。
 素敵な練習場所ですもんね。
 ――ここで様々な萱さんの曲が奏でられてたなんて、
 何か素敵な感じがします。」

なんて微笑み、
新しい曲が奏でられると知ると、
両手を合わせて口元へともっていき、
真剣に聞こうとするだろう。

こんな素敵な演奏に、
居合わせた幸運を噛み締めつつ。

それにしても、
サマータイムにIt Ain't Necessarily Soとは――

「素敵――ですね。」

と、演奏前にうっとりした声でいうだろう。

奇神萱 > アメリカ東南部のスラム街が舞台になったこの歌劇はミュージカルの走りになった。
登場人物はほとんど全員がアフリカ系。
ガーシュウィンはブラックミュージックのテイストをふんだん仕込んでジャジーに仕上げた。
作曲家は言った。これはアメリカのフォーク・オペラだと。

舞台は狂騒の20年代。二つの殺人と二つの破局。
絶望の底にあっても諦めず、強かに生きる人の姿がそこにある。
新しい時代の音楽はほろ苦くも清冽に。

『サマータイム』は喜劇的な幕開けからうらぶれたスラム街の情景へ。
『そんなことはどうでもいいさ』は運命の変転に直面した主人公の不敵さとふてぶてしさをこれでもかと歌い上げる。

そこにはディレッタントめいた博覧強記の妙味はないが、不思議とさわやかな余韻を残すだろう。

四十万 静歌 > ――曲、だけで。
音だけで。
色鮮やかに浮かぶ光景、
浮かぶ情景。

これほどに鮮烈に、
これほどに美しく。

――実際に劇を見ていないのに、
まるで見ているような錯覚を引き起こす演奏。

それは間違いなく本物だ。

思わず、涙が零れ落ちる。

感極まる、というのはこういう事をいうのだろう。

しかし、こぼれる涙もそのままに、
立ち尽くす――
そう、立ち尽くすしかなかった。

それほどまでに、素晴らしい。

奇神萱 > 2曲足しても4分をすこし超えるくらいの小品だ。
一幕の悲喜劇はガーシュウィンとハイフェッツの仕事にシビれてる間に終わる。

「『ポーギーとベス』はハイフェッツ自身のレコードが出てる。当時は飛ぶように売れた」
「今でもわりと手に入りやすいぞ。図書館にも置いてるだろうし、運がよければ音源自体―――」

―――泣いている。四十万静歌は涙していた。
そんなにか。打てば響くどころの騒ぎじゃない。今日はずいぶん聴衆に恵まれたらしい。
まだすこし眺めていたいような気分を振りきってハンカチを渡した。

「これで三曲だ。静歌、お前の歌が聞きたい」
「知ってる曲だったら音をつけられるかもしれない。何か演ってみないか?」

四十万 静歌 > 「――あ。」

ハンカチを差し出されて、ようやく、動きだす。

「ありがとうございます。
 ――今度しっかり聞いてみたいと思います。
 これほどの感動は難しいでしょうけど。」

そういってハンカチを受け取り、涙を拭わせてもらうだろう。

「あ、どうしましょう、洗って返せばいいのでしょうか。
 その、えっと。
 私の歌、ですか?」

ひとさし指を顎にあてて小首をかしげ、
考えて――

「そう、ですね。
 では――」

さして曲に詳しい訳ではない。
――だが、何か曲をといわれれば何がいいだろう。

「――では、一つ、民謡を。」

クルティス兄弟が作詞、作曲した民謡。

「――Torna a Surriento。
 帰れソレントへ、を。」

1902年9月15日――当時の首相ジュゼッペ・ザナルデッリが、
ソレントへ来訪した時にかの人の為に作曲された曲といわれている。

そういって一礼すると、一つ深呼吸して、歌い始めるだろう。
流れるように静かに。
誘うように。

――曲をつけるなら、
綺麗に曲にあわせて歌うだろう。

それこそ、一切の違和感を感じさせずに、
流麗に――

奇神萱 > 「人を褒めるのがうまいな。ハイフェッツも草葉の陰で喜んでるだろうさ」
「……ん、洗って…? また会う理由になるなら、それもいいか。好きにしてくれ」
「ナポリの恋歌か。ヴァイオリン向けのスコアがあったな。いけるぞ。問題ない」

この世ならぬ場所から姿なき伴奏者のピアノが響く。
まがりなりにも『伴奏者』と呼ばれていた身だ。主役を立てる術は十分に心得ている。

響きあう声。音域を目一杯に使ってリリカルな彩りを添える。

四十万静歌の歌声は、可憐な見た目からは想像もつかないほどの声量を秘めている様だ。
例えて言うなら底知れぬ青を湛えた海のようで、可能性を秘めたその声には奥床しさすら感じさせられる。
胸の奥から沸き上がる悦びに浸りながら、競いあい、誘うように彼女の歌に寄り添った。