2015/07/20 のログ
■眠木 虚 > 風紀委員会の事務局の扉が開き、笑みを浮かべた男が入室する。
「やぁ、みんな。 ボクだよ、『指導課長補佐』のボクが帰ってきたよ」
白けた視線、戸惑いの視線が突き刺さる。
突然、現れた男に事務局に微妙な空気が漂う。
そんな視線や空気を感じ取ったのか眠木の笑顔に冷や汗が流れる。
「火ノ浦くーん……助けてぇー……」
この空気にもかかわらず事務仕事を続けているメガネを掛けた女子風紀委員に声をかける。
視線が、空気が辛い。
頭のおかしい風紀委員として見られているのを何とかしてほしいと。
■火ノ浦羊香> 「あぁ、帰ってきていたのですか『指導課長補佐』。
三ヶ月ものイギリス留学はいかがでしたか?」
顔を上げて冷ややかな目で眠木へ視線を投げる。
眠木の素性や事情を知っているようであった。
■眠木 虚 > 途端に眠木の顔が明るくなる。
「あぁ、うん……イギリス留学ね。
まさかボクも執事を学ぶために留学するとは。
思ってもいなかったね!
『お姫様』にも困ったものだね」
横を向いて薄目になり、おでこに指を当てるポーズ。
格好をつけているつもりであろうか。
■火ノ浦羊香> 「はぁ、お疲れ様です。 それじゃあお仕事溜まっているので頑張って下さいね」
あっさりと突き放す言葉。
あまりにも冷たい。
そして無慈悲であった。
後半は特に聞きたくない言葉であった。
「えっ……それだけ!?
もっとこう、聞くことないかな!?
イギリスのおみやげ話とかさ! なんで執事学校に留学しに行ったとかさ! その後の話とかさ!」
留学の話を聞いて欲しかったようだ。
慌てたように話題を振る、聞いて欲しい。
■火ノ浦羊香> 「いいえ、特にありません」
バッサリと切り捨てられた。
眠木は悲しそうに肩を落とした。
■眠木 虚 > 意気消沈しながら事務局に目を配る。
仕事は溜まっているものの、まだ出て行く気はないらしい。
すると、とある書類の束を発見して目を輝かせる。
「火ノ浦くん! これ、あれだよね……『新規委員書類』だよね!」
新規委員書類、つまり新しく風紀委員に入った生徒の情報が記載されたものである。
生徒の名前や写真、生徒情報……さらには配属先などが記載されている。
■火ノ浦羊香> 「えぇ、今月分のです。 風紀委員はまだまだ人出が足りませんので」
楽しそうに書類を一枚一枚、閲覧している。
生徒の名前と写真、そして配属先を注目している。
風紀委員の配属先は特殊な事情がない限り本人の希望が優先される。
特に希望がない場合は配属なし、つまりは一般委員となる。
刑事課、刑事課、特になし、刑事課、特に無し……。
やはり調査の権限をもつ刑事課は人気がある配属先だ。
全ての書類を閲覧が終わると笑顔が凍りつく。
「えっと……火ノ浦くん? 今月も『居ない』のかな……。
『生徒指導課』希望の生徒は……」
風紀委員自体にも特権はあるのだが課毎に応じた特権が存在する。
生徒指導課にも特権は当然ある。
それは『風紀委員に対しての指導』という微妙なものであるが。
ただでさえ事務仕事や防犯など地味なのである。
■火ノ浦羊香> 「生徒指導課は人気がありませんからね。 ぱっとしませんし」
それはしかたのないことである。
生徒指導課に所属するとほとんどが事務仕事に追われ、地味な生徒への指導、喚起。
そうなのであれば刑事課で事件を追ったり、縛られない一般委員として活動したほうが派手である。
■眠木 虚 > 再び意気消沈。
ただでさえ生徒指導課は人手不足なのである。
それだというのに生徒指導課への配属を希望する生徒は非常に少ない。
その状況で三ヶ月も『指導課長補佐』の不在があったのだ。
はっきり言おう、地獄のような仕事であったと。
「そうだよね……うん、わかってたけどさぁ!
欲しいなぁ、生徒指導課に新人が……」
だからこそ毎月の新人採用は眠木にとって希望であり絶望である。
生気のない顔を浮かべて嘆く。
■火ノ浦羊香> 「それがわかったら早くお仕事おねがいしますね。
『指導課長補佐』が居ない間、どれだけ迷惑かけたと思っているんですか。
それに『指導課長補佐』意外に誰が風紀委員を指導出来ると思ってるんですか」
生徒指導課の特権、つまり『風紀委員に対しての指導』。
たとえ生徒指導課の風紀委員であっても同じ風紀委員に対して指導は難しいのである。
精神的な問題である。
年下への風紀委員への指導はまだ優しいが、同年代、それ以上となるととても難しいものである。
ようするにその後の関係性にヒビが入りかねないという理由で避けられる傾向がある。
■火ノ浦羊香> 「特に最近の風紀委員は一般生徒を無視して落第街で戦闘したり!
中には風紀委員に所属してるだけで仕事をしない生徒も出てくる始末!
風紀委員としての自・覚! 自覚が足りてないんですよ!!」
怒りの口調、早口で次々と投げかけられる。
ぐさり、ぐさり、ぐさりと突き刺さり眠木の体がふんぞり返る。
「あはははは……ご、ごめんねぇ……。
三ヶ月間は長すぎる……よね」
(『お姫様』のせいなんだけどなぁー……)
思わず涙が出そうになる。
各所の不満は最終的に『指導課長補佐』へと集中する。
そもそも『指導課長』自体に『会えない』のだから。
■眠木 虚 > これ以上は悲しい思いをするだけである。
待っているのは激務だが立ち向かわなければならない現実だ。
肩を落として背を向ける。
■火ノ浦羊香> 「『指導課長補佐』、待ってください」
突然飛び止められる。
まるで何かを忘れていたかのような。
しかし、その声は凛としたような、張り詰めたような声。
「なんだい、火ノ浦くん」
意気消沈した顔がいつもの顔、不敵な笑みを浮かべる。
声を意味を知っているからだ。
だからこそいつもどおりの顔を浮かべるのである。
『指導課長補佐』として。
■火ノ浦羊香> 「端末に送りました。 ここ三ヶ月間の『殉職者』リスト……です」
タブレット端末にリストが転送される。
生徒名、学年、配属先……その人数は少なくはない。
目を細め、顔からは一瞬だけ笑顔が消える。
「ありがとう……火ノ浦くん。
それじゃあボクもお仕事に戻るから……頑張ってね」
背を向けて事務局を後にする。
背後では火ノ浦女子生徒が頭を下げていた。
さぁ、いつもどおり始めよう『指導課長補佐』のお仕事を。
ご案内:「風紀委員会事務局」から眠木 虚さんが去りました。
ご案内:「公安委員会直轄第二特別教室 調査部別室」に薄野ツヅラさんが現れました。
■薄野ツヅラ > そうっと、其の教室に足を踏み入れる。
連日此の教室に足を運ぶのは先日の「先輩」の一件ぶりのこと。
普段は先ず仕事以外では足を運ぶことはないが、何処か落ち着く此の教室でひとり、マグカップを傾ける。
何故か、居てもたってもいられなかった。
「……砂糖どこ仕舞ったかしらァ」
誰もいない教室で一人、小さく呟く。
普段は見栄を張って飲むブラックコーヒーも、どうも感じる違和感で美味しく感じない。
クッキーの缶も空っぽ。
がさごそとスティックシュガーを探せば、さらさらとマグカップに半分だけ其れを入れた。
くい、とまたひとつ両手で持ったマグカップを傾ける。
ご案内:「公安委員会直轄第二特別教室 調査部別室」に『室長補佐代理』さんが現れました。
■『室長補佐代理』 > 「へぇ、そんなところに砂糖があるのか」
背後から、突如そう声が掛かる。
それはもう唐突に。それはもう遠慮なく。
低い声が、少女の頭上に振り下ろされる。
「普段飲まないから知らなかったな」
■薄野ツヅラ > 其の随分と聞き慣れた声が降ってくれば、げ、と顔を顰めた。
書類の整理をしてないのを咎められるのか、其れとも砂糖を入れたコーヒーを見て莫迦にされるのか。
振り返ることはせず、背後の男にゆったりと声を掛ける。
「書類整理ならボクの管轄外よぉ」
其れはもう、実に厭そうに。
■『室長補佐代理』 > 「んなもん臨時協力員のお陰で昨日全部片付いたわ」
向かいのデスクの椅子に座り、深く溜息を吐いて、左手にもった缶コーヒーを置く。
この男は徹底して公安支給のコーヒーは飲まない。
どうにも苦手らしい。
前の部下の時……少女から見れば、前の上司の時からそうなのだ。
「仕事の話だ。『劇団』についての仕事はどれだけ進んでる?」
そう、書類整理は少女の管轄外。
ならば、彼女の管轄はどこかといえば、当然現場だ。
調査部の管轄から離れた案件とはいえ、それでも完全に手を引くわけでは無論ない。
男が手を引いたのなら、代わりに向かうのは当然部下である。
■薄野ツヅラ > 全部片付いた、と聞けば安心したように表情を緩める。
「よかったわぁ、面倒ごとはあんまり好きじゃあなくってねェ」
先日淹れたコーヒーにも手を付けなかったことを彼女が忘れることはなく、特に気にせず男の缶コーヒーを見遣った。
最近不味いのがウリ、なんて奇抜な缶コーヒーが発売されてた筈だけど、とぼんやりと思考する。
「ンッンー……『劇団』に関しては正直微妙なところねェ。
壊滅状態の組織の頭は現状行方知れず、そいつに従ってた連中は次々と公安風紀の共同捜査で片付いてるし────
まァ、一難去ってまた一難よぉ。
フェニーチェを名乗っていたものの後ろ盾が無くなった現状、残党の一部が此れ以上ないほど好き勝手してくれてるわぁ」
カタン、とマグカップを机に置きながらクリアファイルを差し出す。
落第街の廃ビルで起きた拉致監禁事件。
あくまで二級生徒に対してのものであり公安が動くべきなのかどうかは彼女では判断できなかったため、上司に確認を取ろうと思っていたのだ。
「適当に後で確認してくれればいいわぁ」
■『室長補佐代理』 > 「面倒も楽しめる様になったら一人前だ。特に公安委員としてはな」
受け取ったファイルは一応開きはするが、一瞥だけして棚に仕舞う。
また書類が増えたことに少し渋い顔をするが、まぁそれだけだ。
缶コーヒーを一口啜り、椅子に深く座り直しながら『報告』を聞く。
「まぁ、ロスト何某の幹部や落第街の強者共とやっていることはかわらない連中だ。
なら、それは『学園の日常』でしかない。気にしなくていい。
だが、首謀者がまだ見つかってないのは気になるところだな」
例の事件の首謀者。通称『脚本家』。
アレとの司法取引により得たものは多かったが、それがフイにされた以上、アレを見逃す理由はない。
故に、捜査網が敷かれているが……未だ行方は杳として知れない。
……いや、『第二特別教室調査部別室が知らないだけ』という可能性も無論あるが。
「まぁ、今まで通り続けてくれ。一度は調査部の案件から外れた仕事だ。ほどほどでいい。報告は以上か?」
■薄野ツヅラ > 「一生其の機会は来ないと思うわぁ」
棚に仕舞ったのを見れば此れ以上手を出す必要がないのであろう、と察して頭の中から掻き消す。
あくまで自分の意志で動くのもアリかもしれないが、『第二特別教室調査部別室』の肩書がある以上は下手に動かない。
人間の武器は学習することだ。彼女は学習した。
組織に所属すれば、自分だけでなく其の組織にも影響が出る。
自分が下手に動いて『第二特別教室調査部別室』が動いていると勘違いされるのも気に喰わない。
故に、此の件に関してはノータッチ。
自分が巻き込まれない以上は手を出すべきではない。
其れこそ彼の云う通り、『学園の日常』なのだから。
「潜伏してるやら、逃げ出したやら。
其れこそ公安に反撃する機会を伺ってるのかもしれないわぁ」
困ったように眉を下げて笑う。
「まァ本人が居ない以上はボクも手出し出来ないしねェ──……
でも大抵ああ云う人種は場所を変えるか元の根城に戻るかのどちらかよぉ
だってあの劇場の公安の警備だって────」
其処まで云いかけたところで、口を噤む。
壊滅したと風の噂で聞いた別部署の名前も知らない誰かのことを思い出して、言葉が止まる。
「職務放棄した公安委員の所為で取り逃した一件もあったって聞くしぃ──……
案外目を瞑ってる公安委員でもいるんじゃないのかしらぁ?
其れ以外は概ね正常。治安が悪いのも含めて『学園の日常』よぉ」
取り繕うように、言葉を続けた。
■『室長補佐代理』 > 口を噤む少女を一瞥して、男はまた深く溜息を吐く。
そして、缶コーヒーをデスクにおいて、何でも無いように男は尋ねた。
「死ぬのが怖いか。薄野」
そんな風に、唐突に。
何の前触れもなく。
■薄野ツヅラ > きょとん、と。
突如問われた其の問いに幾らか逡巡を重ねて、困ったように笑いながら口を開く。
「───怖いわァ、当ッたり前よぉ?」
全く意図の読めない質問に、当然のように。
1+1が2だと答えるのと同じくらい、彼女にとっては当たり前の回答だった。
■『室長補佐代理』 > 「なら、死者に曳かれるのはやめろ」
屹然とした口調で、男は言う。
ザンバラ髪の隙間から、黒い瞳を覗かせて。
真っ黒な、虚のような、瞳孔を細めて……男は続ける。
「俺達は公安委員会だ。犯罪に対して攻性の組織だ。
奴らの尊厳を踏みにじり、人間性を否定し、価値観を足蹴にする『正義の味方』だ。
それが俺達の在り方で、有り体で、有様だ。
――なら、俺達は何時同じことをされても、誰にも、何も、文句は言えない。
実働ともなれば、その覚悟は推して知るべしだ」
男の瞳に、光は無い。
その伽藍洞に光は返らない。
ただの黒。底知れない黒。
沼底のような……光の届かぬ、黒。
「死んだ連中を悼むのは構わない。惜しむのも構わない。
だが、その死を引き摺るのはやめろ。その死に曳かれるのはやめろ。
死にたくないのなら、そんなものは割り切れ。
実働職員が死ぬたびにその有様ってんじゃあ、この仕事、続かねぇぞ」
コーヒーを一口啜り、男はまた、目を細める。
「ここじゃあ……『同僚』や『部下』が死ぬなんてのは、珍しくないことなんだよ」
■薄野ツヅラ > 赤い瞳を伏せて、其の言葉を聞く。
男の言葉を、最後まで黙って聞きながら唇を噛む。
僅かに黒い、鮮やかさとは程遠い其れを覗く。
「……自分が同じことになるかもしれないって云うのは解ってる心算よぉ?
屹度そうなるときは文句すら云えずに殺されるかもしれない。
酷い死に方になるかもしれない。
──自分である、だなんて。誰も解らないかもしれなければ死んだのにも気付かれないかもしれないわぁ?」
自分が見てきた落第街の日常と、公安委員になってから見てきた世界。
其の二つがあったからこそ、精神的に未熟な彼女でも出る言葉。解る事実。
黒い、虚のような。世界を反射することのない其の黒。
何もかも吸い込むような黒に、ただただ世界を眺め、映す赤。
「……そりゃ曳かれるわぁ
幾ら覚悟が出来ていても、幾ら此の仕事が危険なものか解っていても。
引き摺るに決まってるじゃない、努力はするけどねェ。
人が死ぬって云うことを、軽く思えるようになってしまったら其れこそ此の仕事の辞め時だと思うわぁ」
はァ、と深く重く溜息をひとつ吐く。
幾ら珍しくないことだと男が言えど、前の上司が死んだときは厭というほど泣いた。
名前の知らない誰かだったとしても、すれ違っていたかもしれない。
「…………でも。
最低限は割り切れるように、あァ──……」
両の目をごしごしと擦って顔を上げる。
「善処するわァ」
■『室長補佐代理』 > 「そうするといい。哀悼に曳かれ、感情移入し、既に『そこに居ない誰か』を求めた時……死は善良な隣人ではなくなる」
生命を思わせる、鮮やかな朱。
深紅の輝きを飲み込むような漆黒の瞳孔は一度だけ滲み、目を離す。
明後日の方向をみながら、男はコーヒーを飲み干して、何でも無いように呟く。
「死者には悼むよりも感謝をささげろ。彼らの死によって俺達は生かされている。
……なら、それに曳かれて俺達が死んだら、彼らの死はどうなる? これは、そういう話だ」
かつての自分の部下であり、かつての彼女の上司であった人物のデスクを一瞥して、男はそう溜息を吐いた。
■薄野ツヅラ > 「引き摺ろうとも、例え絶対に忘れなくても───」
彼女を、『今此処に居ない彼女』を求めるのを辞めたように。
「死には呑まれない。同じようにならないために、ボクは死から学ぶ」
嘗て男の下で働き、嘗て自分の髪を撫でた彼女が遺したように。
名前も知らない「誰か」の遺したものを、ひとつでも。
デスクに目を向ける男の姿を、少女はしっかりと捉えた。
「生きれなかった誰かの分まで、ボクは背負いたい。
誰かが見られなかった此の景色を──秋を。雪の積もる冬も見られるように。
生きたかった誰かの分まで生きる、そう云う話、でしょう?
────だから、善処するわぁ」
在り来たりな台詞ねェ、と自嘲しながら、少女は笑った。
男を見ていた視線も、今は居ない彼女のデスクに移る。
何時ものように困ったように笑いながら、男にそう、伝える。
■『室長補佐代理』 > 「在り来たりでいいんだよ」
じわりと、男が微笑む。
汚泥が滲むような、不気味で……不敵な笑み。
「俺達は、その『在り来たり』を守る為に……『正義の味方』をやってんだからな」
空き缶をゴミ箱に放り投げて、男は立ち上がる。
銀の指輪を輝かせ、ザンバラ髪を振り乱し。
踵を返して扉に向かう。
「その善処。期待するぜ」
去り際に、左手で一度だけ頭を乱暴に撫でて、そのまま背を向ける。
目を向けたのなら、すでに男は後ろ手を振り、扉の前だ。
「『劇団』はまだどうも、客を求めているみたいだしな――それでは、良い仕事を」
そう、言葉を残して、男は去っていく。
恐らく、次の『案件』をこなすために。
ご案内:「公安委員会直轄第二特別教室 調査部別室」から『室長補佐代理』さんが去りました。
■薄野ツヅラ > 「あッは」
じわりと滲むような其の笑み。
随分と見慣れた、最初は少し怖かった其の笑みも今は安心感さえ覚える。
カラン、と空き缶が音を立てれば、目元に滲んだ涙をジャージの袖口で拭った。
「此れだから『正義の味方』は」
不安で、息が詰まりそうだった自分を諭した目の前の『正義の味方』に悪態をつく。
良い仕事を、と云われれば此れまた当然のように。
「ボクを誰だと思ってる訳ェ?
───云われなくても此処に居るんだから期待しててくれていいわよぉ
いい加減さっさと幕引きして貰わないと、観客は同じ劇を見続けられるほど暇じゃない訳だしぃ」
扉を前にした男の背に、そう言葉を投げかける。
何時も通り、自信満々な。不敵で、不遜な笑顔を浮かべながら。
男が去った後も暫くその扉を見つめたまま、かつりと杖を鳴らして席を立つ。
普段少女が使うマグカップとは別のマグカップにコーヒーを淹れる。
「………適度に頑張るわぁ、適度に」
ブラックコーヒーを一口呷った後、先程まで2人が見遣っていたデスクにコトリとマグカップを置く。
満足そうに其の様を眺めて、少女もまた、『仕事』をこなすために。
入ってきたときとは真逆の表情を浮かべて、第二特別教室から去っていくのだった。
ご案内:「公安委員会直轄第二特別教室 調査部別室」から薄野ツヅラさんが去りました。
ご案内:「風紀委員会本部懇談室」に五代 基一郎さんが現れました。
■五代 基一郎 > 先日の天津重工本社ビル占拠事件、フェニーチェの演者である
『七色』が主犯とされる事件の報告書並びに兵装運用資料を提出し
休暇届を提出し終えた後。
刑事課の同僚から誘われ懇談室でコーヒー片手に世間話と言う名前の
情報交換が行われて少し。
仕事に戻るその”刑事然とした同僚”を見送ってから
自販機の前でコーヒーのボタンを押しながら思い出す。
■五代 基一郎 > フェニーチェの恐るべき演者達である『癲狂聖者』『七色』の退場。
そして後援者が離れたことでフェニーチェは組織たるものではなく
実質個別の犯罪者となった。
最もその頭目であり全ての上たる団長がいないまま再び活動した時点で
それはそうだったのではと思うが。
それは合同捜査の目的たるもの、指針を果たし案件の括りとしては
組織犯罪から単独犯へのと対応へ変わっていく。
公安の実働も部隊もまた担当する部署が変わり
風紀の実働もまた同じく。特殊警備一課ではなく、別の部署の担当になる。
その引継ぎ等もあり、報告書の作成を行ったり
現場の人間への質疑応答が行われていた。
何が違うかとなるがいい例が先日だ。
組織的なものというにいい例となる。主たる『七色』にそれを支援していた何者か。
無人機と自動機銃を操り、そしてビル管理システムを掌握した何者か。
ただ金銭的な協力ではなく『七色』のための、というよりフェニーチェたる
ある種の芯の通った、一つの意識のために集った者ら
それにより起こされたのが組織犯罪であり、またそれが起こした犯罪が組織犯罪である。
故に先日のはまさしく、主演を『七色』あるいは……または『レイチェル・ラムレイ』とした
演目のために造られた舞台。
そしてそのために行われたビル占拠とエネルギープラントのオーバーロード。
組織が組織たるもの、劇団が劇団たるものを芯とした犯行だった。
もちろんそれは凶行であり狂っているとしか言いようがないが筋は通っているし
フェニーチェならば、という組織犯罪だった。
■五代 基一郎 > 故に、それを見れば『仕立て屋』の死亡が確認され、かつて団員であった者達。
その人数も減る中で組織犯罪たる繋がりがとないとされた今
先のような組織犯罪は行えないことは明白だ。
先に挙げたように頭たるものがいないのだから言ってしまえば
当然なのだが。
役者もいない。仮に外から役者、演者を連れて来ようにも
それは素人だ。檀上に上げることで当事者性を持たせよう
役割を与えようにもそれは魅せる劇でもなく不格好な即興劇にしか過ぎない。
それは魅せる劇ではなく、それらが右往左往する姿を見せる無様さを嗤う演目だろう。
それはハッキリ言えば低俗でしかなく、おもしろくもなんともない。
何が悪いというのならば上げられた人間ではなく上げた者だ。
”ミスキャスト”を選んだ、選ばざる負えない時点で裏方はそも役割を果たしていない。
演者のいない、演者を出そうにも”ミスキャスト”しかいない今
おもしろくもなんともない、つまらないそれらに力付くで、何かを用いて目を向けさせようとしても
それは、その行為はもはや劇”団”としての行為でもなんでもないだろう。
ただの単独犯の凶行だ。
■五代 基一郎 > だが。
だからこそ気になる存在がいる。
あの時『七色』を支援していた存在は一体何者だったのかと。
■五代 基一郎 > 『七色』が『レイチェル』が主たるあの舞台、演目の中で
それらを支援していたあの無人機を操っていた者は何者だったのかと。
決して表に出ない。だがフェニーチェたる、劇という演目のために
裏方を徹し完璧に仕事をこなしていた存在。
装備すれば重量0.5トンにもなる特殊装甲アーマー。
異邦人の技術をも使用しているエネルギーシールドを持ち
フルフェイスヘルメットにリンクされているデータデバイスも並ぶものがない特殊装備。
それらを迎え撃ち、かつ無人兵器で各々個別に操作していた何者かがあの事件の裏にいた。
何者かとする、一人の存在と推測されるものはある。
あの後ビル内部を片っ端から捜索してもらしい存在はいなかった。
周辺ビルも隅々まで捜索したが見つからなかった。
集団であれば足など簡単につく。
■五代 基一郎 > その一人の存在が、決して表に出ず。
ビルの管理システムを掌握し
自動機銃、無人兵器。そして二十数体のライオンのような機械の獣を個別に操っていた。
推測できる範囲であれば、あの時全島で中継されていた報道機関。
『七色』ほどのであれば個人的なコネクションかもしれないが
半分の確率でその一人の存在がジャックしていた可能性がある。
そして何よりフェニーチェたるよう、劇の主演のために注力して徹していた。
憶測の範囲を越えないが特殊のデータリンクも手にされていた可能性もある。
あくまで可能性だ。異能か魔術かはわからないが
それほどの技術を持った存在がいた。
かつてサイバーネットワーク上で噂されていた存在
”人形遣い”か”傀儡廻し”を思い出させる。
異能も何もなかったのならば”ウィザード級”のハッカーだろう。
■五代 基一郎 > 惜しい、と思う。
そのような存在が野にいるのならば是非、公的機関に引き抜きたいと
その分野にいて、かつそれなりの部署にいるならば思うだろう。
特に犯罪に対して攻性たる情報組織である公安ならば
個別に司法取引を申込み引き入れても構わないほどの逸材だと思われる。
だがそれは”こちら”の都合の話であって”あちら”の都合ではない。
その存在は、あちらは受けることはないだろう。
それが、その力が力たることを主として無軌道に振るっていたならまだしも
その存在の心はフェニーチェという”劇団”にある。檀上にあり、舞台の裏方にある。
でなければ先日のはより苛烈なことになっていただろう。
その力の使い道が心に決まっている限りそこを動かないだろう。
そこが彼、もしくは彼女の生きる世界であり、生きたい世界なのだから。
願わくば二度目に交わる時は
何も起こさずこのまま出頭するか、穏やかに犯罪者としての結末を
法の裁きを受けて区切りをつける時にしてもらいたいものであると
すっかり冷めきった、コーヒーが注がれた紙コップを手にしつつ
思うのであった。
ご案内:「風紀委員会本部懇談室」から五代 基一郎さんが去りました。