2016/08/14 のログ
水月エニィ >  
「……分かった、分かったから落ち着きましょう。
 何も変に思ってないわよ。ええ。」

 妙な動揺が見て取れる。
 特に変な事を言ったつもりはなかっただけに、落ち着かない素振りにはやや不思議そうだ。
 一旦落ち着くように促した後、自分の席に座り直す。

「ま、改めてお互い頑張りましょう。
 私では大したアドバイスは出来ないでしょうけれど、聞くだけなら出来るわよ。
 …………落ち着いた?」

尋輪海月 > 「うあ、あ、ああ、はい、す、すいません……っ」
深呼吸を此程まで何度もするのも、あまり見れるそれじゃあない。
ポテトとフライドオニオンをつまむことで冷静さをまた回復しつつ、
きちんと耳を傾け、頷いた。

「……は、はい。……えと、そうです、ね。異能を制御することの難しさ……なんか、一人で抱えてるよりかは、その方が、気持ちが楽かなって、思いますし……あ、はい。御陰様で、なん、と、か……」

フライドオニオンをくわえかけた顔で、視線がテーブルに置きっぱなしのスマホに向いた。バイブレーションの音。
画面の通知は、某多機能スピードチャットアプリにて、
「寮長激おこ。汝なるはやで帰るべし。門限迫る」と短文にて鬼気迫る内容が。

…………刹那、音速のフォーク裁きにて、冷えたポテトとフライドオニオンを喰らい尽くす女学生。むしろそっちの方が異能ばりな食いっぷりの後、

「す、すいませッ、ちょ、き、緊急!火急の、とも、兎も角ッすいません急いで帰らないと天誅下るので……!!」
非常に慌ただしく席を立つ。膝を強打したり、肘を椅子の背もたれに打つなど鈍く地味に痛そうな音を立てながら、
荷物や伝票を取って、

「あ、ありがとうございましたっ!!今度、私がポテトとフライドオニオン、後ドリンク奢りますので……!!さようならッ!!」
マシンガンワード。言うだけ言うなり、ダッシュで会計へと走り、カフェテラス「橘」を台風の如く去っていくのだった。


……テーブルの上におかれた、画面にひびの入った彼女のスマートフォンを残して。

水月エニィ >  
「あ、ちょっ、わすれ――」

 残されたのは罅の入ったスマートフォン。
 それだけであるものの、どうしたものか。

(……闇雲に探すのもアレだし……
 此処に預けておいて、会えたら話してしておきましょう。)
 

(って、門限で言えば私も不味いじゃない)

  

ご案内:「カフェテラス「橘」」から尋輪海月さんが去りました。
水月エニィ >  
 遺された、テーブルに置きっぱなしの彼女のスマートフォン。
 通知を見る限り、確かにこれは天誅が下りかねない。

 ……エニィ自身も気持ち急いで会計を済まし、その場を後にした。
 
 

ご案内:「カフェテラス「橘」」から水月エニィさんが去りました。
ご案内:「カフェテラス「橘」」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 予感があった。

夏休み午後の、朗らかな賑わいに満たされた店内。
まだ空席に余裕のある、二人用のテーブル席のひとつにヨキが座っていた。

頬杖を突いてのんびりと待っていると、馴染みの女子店員が運んでくるのはマンゴーパフェだ。
背後からの甘い香りに聡い鼻が即座に反応して、にんまりと笑う。

「ふふ、待っておったぞ。
 ヨキの夏にはこれがなくてはな」

まん丸のバニラアイスに、つんと立った生クリーム。
ふっくらと大きな果肉は瑞々しく、贅沢に注がれたマンゴーソースがつやつやと輝いている。

独りの食事でも、スプーンを手に律儀に合掌するのがこのヨキだ。

「いっただきます」

滑らかな生クリームをたっぷりと掬い取り、口へ運ぶ。

何しろ――元から予感はあったのだ。

「……………………、」

舌に乗せたパフェに、味がなかった。

ヨキ > スプーンの硬い金属質。
丁寧に空気を含んだ生クリームの柔らかさ。
冷ややかなフルーツソースの、さらりとした粘度。

食物が持つ感触や温度をすべてを区別しながらに、舌は味を感じていなかった。

咀嚼しながら、なるほど、とでも言いたげな顔。
手ずから仕込んだ朝食の味がいやに薄いような気がして、塩を多めに振り掛けたことを思い出す。

「……塩分過多であった……」

足りているのに摂りすぎた。無性に悪事を働いたような気持ちになる。

二口目。汁気たっぷりのマンゴーの果肉。
三口目。程よくするりと掬ったバニラアイス。
四口目。もう一度生クリーム。
五口目。バニラアイスを絡めたさくさくのシリアル。

さまざまな温度と歯応えのある固形物を、じっくりとした咀嚼ののちに嚥下する。

「………………、」

無味乾燥。人間としての喜びを見つけるごと、人間たらしめんとする喜びが失われてゆく。
複雑そうな顔をしたままに、味のないパフェをもむもむと噛み締める。

味がなければ、一人分のパフェさえやけに多く思えた。
それはヨキにとって、無論経験したことのない感情だった。

ヨキ > ひどく腹が減っているのに、喉が詰まっているかのように苦しかった。
とにかく胸を掻き毟りたい衝動に駆られる。
この熱量を今すぐ発散したいのに、昇華にはすぐに辿り着けないことも判っていた。

見た目と香りばかりの固形物を口へ入れるごと、食物と店員とを冒涜しているような気に駆られた。
それでも、スプーンを動かす手を止めることは出来なかった。

つまるところ、ヨキは悔しがっていた。心の底から嫉妬していた。

昨日、かの美術館で見せつけられた実力の差に。
泰然とした在りように。積み重ねてきたものの大きさに。

勝ち目のなさに。

もしも自分に体温とまともな血流があったら、この頭は見る間に煙を噴いていたろう。

人の姿となり、地球に辿り着いて間もなく「大人」と見なされてきたヨキにとって、
その奔流は身を引き裂かれるかのように烈しかった。

ヨキ > (……ヨキは)

不意に、何が出来るのだろう、と思った。
私に任せろ、とまで断言してみせた相手に。

今まで嘘を吐いていたつもりも、特に仮初を演じていたつもりもない。
自分が常世島の教師であり、「正しいこと」の体現者であるという自覚は、
これからも変わらない。

それでいて、はじめて外界に引き摺り出された自分の素顔は、
何とも心許なく、あやふやで、頼りなかった。

(血肉がほしい)

自分の肉体に。信念に。
血の通った実体がほしい、と思った。

教師として、父性の象徴として他者と繋がるのではなく、
もっと根源的な主体性から結ばれるもの。

パフェの最後の一口を掬い取って、綺麗に食べ尽くす。

「………………、」

グラスの水を飲んで、一息。

ヨキ > 苦しくて、悔しくて、行き場のない激情だった。
だがそれ以上に、こんなにも嬉しくて、眩しくて、幸福なことも他にはなかった。

誰にも払うことのできない呪いを、払ってみせようと立ち向かってくれるのなら。

(共に戦うしかあるまい)

単に、相対するばかりがこの対立の構図ではない。

足並みが揃うことも、歩む道が交わりはしなくとも、
どこか肩を並べるような、奇妙な信頼があって――

席を立つ。

会計を済ませて、女子店員へにこやかに笑い掛ける。

食したパフェの感想は、口にしなかった。

ご案内:「カフェテラス「橘」」からヨキさんが去りました。