2015/07/08 のログ
テオドール > 首をかしげる。

分からない。……彼女が苛立ってるのは分かった。
だって、右後ろからずっと見ていたから。
そのぐらい、分かるぐらいには。一緒にいた。
分からないのは、理由だった。

自分ではどうしようもないことなのかもしれない。
彼女の言う、憧れの、あの人。
その人に関係していることかもしれない。

少年のいつもの澄ました顔は、気のせいか。
泣きそうだと感じる表情。
――いつもの、澄まし顔なのに。

――……いいんだ。
――……今は、それでもいい。

だから。

――……オレは、3歩。右後ろに立った――

アリエンティア >  
――なんで……ッ

なんでそこに立つ?

一番安心する位置、生まれた時から一緒だった位置。
でもそれはもうあり得ないのに。

苛立つ。すごく、非常に……
心が穏やかになるその場所に
誰かがいると思っただけで
こんなのも、いらいらする……

だからさっさとどこかへ行ってしまえと
そう心から願った。

――今日が七夕なら、願いをかなえてよ……

テオドール > 声帯を震わせる。
彼女の名前を呼ぶ。

――彼女の苛立ちに、震えそうになったのは。声帯以外だろうけども。

だけど、少しは、願おう。
また、ここに居ていいことを。
3歩右後ろ。此処が良いことを。

――今日は、七夕という行事らしい。
――なら、このお願い。聞いて、ください。


「…………ティア」

アリエンティア > 「……え?」

声を掛けてきたらうるさいって言おうと思ったのに。
覚えている。右耳。
その振動数。いつもそこにある。
あることが自然だった、声。
あのとき、先日店で聞いてしまった”幻”。

だから、右後ろを見た。
何度も―無意識に―落胆したそれを

   --無駄だと思いつつも期待して、繰り返す

テオドール > 「……迷子になってて。……遅れた」

澄ました顔。他の人にはわからない、変化。
――少しだけ、泣きそうになっているのは。

彼女が。その。
繰り返しされてきた、右後ろを見る。
その動作。
こっちを、見てくれた彼女の顔。

「――ただいま。……ティア」
それは。
その澄ました顔に小さな綻びを与えた。

アリエンティア > 「……遅れたって……」

いた。
確かにそこに、いつもの服の
従者としての立場を忘れない
何日も空白だったその席に戻ってきた
いや、最初からいなくなったと思っていたのは自分だけで……

「……っ~~~~」

すくっと立ち上がり、ずんずんずんっと近寄って。

「Ist zurückgekommen dann gibt es nicht es! Dieser Dummkopf!」
《ただいまじゃない! この馬鹿!》

思いっきり頭をたたいた。
痛くない、非力なその手で

テオドール > 目を白黒させる。
澄ました顔に、少しの驚き。

「……いたく……。……なかった」

頭をさする。
叩かれた。
ただいま、じゃ、ないならなんだろうか。

「……おかえり?」

いつもの、感じ。
――それは、とても。
嬉しいものだ。

アリエンティア > 「いたく、なかったって……」

そういうことじゃない。
地位も名誉も、あそこにいればついてきたはずだ。
それを捨ててでもここにきた?
そんな安いものじゃない。
才能は、こいつは――

「そういうもんじゃないっ!! 確かに勉強は一緒にしたし
教えてもらったけど、あんた、お父様の許可は!?
おじさまはなんていってるの!? なんでなんで――」

そのまま吐きだす。
あぁ、なんてバカ……
いつもこいつはこうだ。
いつも、すました顔で、とんでもないことをする

テオドール > あぁ、そうか。
彼女は、試している、とでもいうのか。

なら、自分の答えは、ただこういうだけ。

「……ティア」

瞳を見つめ。澄ました顔を、気のせいか、少しだけ引き締めて。

「……君の。……3歩右後ろ。そこが……オレの場所」
君がそう言った。
――そして、自分も、応えた。

「……だから、ここに。……来た」
君の、傍に。

アリエンティア > ――ホントに、なんてバカ……

心の中で愚痴て、俯く。
きゅっとスカートのすそをつまみ
ふわりと、海風に特徴的な髪が舞った。

「るっさい、バカ」

そういう約束をした。
いつか、すごく昔。
こいつが、ダメだったときにした
いっこの約束……

”あんたはバカだから、前にはあたしがいてあげる
 その代わり、あんたは右後ろ。そこに絶対いなさいよ”

主従の契約。
口約束――
でも……大事な……
あぁ、だから――

「待たせすぎ。主人待たせるとか、ホント、どうかしてる」

表を上げれば泣き笑いの顔で

「まぁ、でも”間にあったから”許してあげる
 あたしは寛大な主人だから……」

テオドール > 「……Es tut mir leid」
「……Danke」

ごめん。
ありがとう。

とても、うれしい。
いても……よかった。
彼女は、憧れの人を見続ける。
3歩後ろの此処を見るのは、多分。
今日が特別な日だから――。

だから。

「……おめでとう。ティア」

これを、渡せて。……本当によかった。
右手に持った、その小さな、箱。
それを……差し出した。

アリエンティア > 差し出された箱を受け取る
当然のように、ちょっと手を震わせて。

「ん、ありがと」

今は、あけない。開けたらもっとひどくなる。
自分は主人なのだ。
どんなにガラクタでも、コイツの前では
そうあるべきだし、そうありたい。
だから、開けずに……

「――無駄にならなかったな」

しょっていたリュック。
そこから、一個の可愛くラッピングされた箱を
左手で差し出して。

「毎年みたいには、寮があるからできないけど、一番乗り」

主人なんだから従者の最初は当然だというように

テオドール > ……そうだった。
自らの誕生日。
明日。彼女と、10分違い。

いつもくれていた。
そして、いつも――。

澄ました顔。それを…………年相応のそれ。

それを。……柔らかく、微笑ませて。

「……ありがとう」
右手で受け取った時。
その手に、少しだけ触れた。
なんて事にも、小さな喜びを感じながら。

――…………Ich liebe dich――
小さな。心のつぶやきをその胸の中だけで。
届くはずのない、その呟きを、ただ。

――……それを聞いていたのは……それは、大きなため息をついた、赤い龍だけだった。

アリエンティア > 「主なんだから当然でしょ」

ない胸を張る。
あたりまえだというように

「はるばる来たやつに何も用意してないとか
そんなのは”ガラクタ”以下だし」

自分より下なんてなりたくもない。
自分は自分のままで――

「帰る! 送りなさいよ!!」

海風で聞こえなかったそれには気にもせず。
ずんずんっと歩んでいく。
泣きそうだったから――
涙は見せてたまるもんか、安くないんだ。淑女の涙は
なんて、そんなわけの分からない、言い訳をしながら――

――先に行ってしまった主人。
すると足元に、波が少年の足元に迫り
一本のボトルが目にとまった。
中には、手紙が一つ

テオドール > 「……うん」

当然だ。……だって、そこは、“まだ”オレの場所だから。

――……?

なんだろう。
これ。
……歩きながら。
ついていきながら。
3歩右後ろ。それを維持しようとしながら、拾い上げる。

――中の手紙。……誰のかわからないそれ。
悪い気がしながらも。ちらりと、ただ見た。

アリエンティア > ――開いた手紙……
そこには――

『ドイツのバカが元気でやってますように
 またいつか、7月7日に、いつもの場所で会えますように』

そう書かれていて。

「何やってんのよ! 早くしなさいよー!!」

だいぶ先から大声が響く

テオドール > 澄ました顔。
……それは、再び緩みそうになって。

いけない。
また、いつもの顔。

「……うんっ」

その声にただ。
少し大きめな声を返しながら。

――ただ、いつもの場所へ、その姿を動かし始め――

ご案内:「浜辺」からアリエンティアさんが去りました。
ご案内:「浜辺」からテオドールさんが去りました。
ご案内:「浜辺」に遠峯生有子さんが現れました。
遠峯生有子 > 星を見に来た。

というのはある種、口実で、
昨日、夕食後の気分転換にと雲行きのあやしい中散歩に出かけ、
少し体を動かしたあとで簡単に試験範囲のチェックをして、
そのまま疲れて眠ってしまったのだが、

しっかり眠れたことがよかったのか
今日の試験はかなり好調だった。

遠峯生有子 >  気をよくして帰る道沿いの商店街や、
 彼女が普段利用している電車の駅など、
 今日はどこもここも、ごくささやかなものから大きなものまで、
 いたるところで笹の飾りを見ることが出来て、

 そんなものを見ている間に、
 少しでも七夕らしいことをしたくなったのだ。

「星とか見に行こうかな。」
 そう考えて彼女が向かった先がこの浜辺だった。

遠峯生有子 >  七夕のイベントにでも参加するなら、
 何もこんな、今はまだ人気のない場所でなくてもよかったのだが、

 七夕といえば――見えるならば星を見るものという認識があったし、

 もともとは、軽く散歩でもという意識の上に、
 イベントに参加してみたい気持ちを着込んだだけのことなので、
 来慣れた場所をふらっと訪れて、
 ゆっくりして帰れればそれでよかったのだ。

遠峯生有子 >  そんなわけで、星を見に来た。

 砂の斜面にさくさくと踏み込んで、
 波打ち際までは降りていかずに、適当な場所に腰を下ろし、
 くるくると足元を照らしていた懐中電灯を消した。 

ご案内:「浜辺」に朽木 次善さんが現れました。
遠峯生有子 >  空は満天の、というわけには行かなかった。
 しかしそれでも雲のない場所には星は見える。

 しかも浜辺近くにも商店はあって、
 そこからの光で、あたりは完全に真っ暗というわけでもなかったが、

 それなりの暗がりでそれなりの星空を見上げられただけで、
 生有子はかなりの部分満足していた。

朽木 次善 > 「うおっ」

生有子の後ろから声が聴こえる。

急に目の前で懐中電灯の光が消えたので何かいるのか近寄ったら人が居て、思わず声が出た。
それなりの暗がりの中、それなりの星空を見上げていた婦女子の後ろで、
猫背の男が口を押さえて固まる。

一瞬で自分が不審な光を調査しにきた生活委員会から、
音もなく婦女子の背後から忍び寄る不審者に格上げが行われたことを自覚し、
慌てて腰に下げていた懐中電灯をつけて、両手を上げる。

お手上げのつもりだろう。
次いで身分を明かした。

「……生活委員会。朽木次善(くちきつぎよし)。
 不審者じゃない。一人歩きを心配して様子を見に来た善良な一般人。大丈夫。OK?」

遠峯生有子 > 「うえっ!?」
 こちらも反射的に謎な感じの声が漏れる。

 いつのまにか背後に人がいたという経験は初めてではないが、
 何度やっても驚かないわけにはいかない。

 慌てて手元の懐中電灯を探ったが、
 こちらがそうする前にあちらのそれが先であった。
 そして続いて何か言うのも。

「お、おっけー。」
 ええと
「ご、ごめんなさい。生活委員会の人って、ほんとにみんなであちこちパトロールしてるんだ。」
 出たのはそんな感想だった。

朽木 次善 > それなりの暗闇の中、懐中電灯を持った両手を頭上でひらひらとさせる。
おどけるような動きとともに、へらりと笑い。

「おっけー。良かった。
 パトロールは、まあ風紀サンのお仕事なんで、僕らは言って見回り程度ですよ。
 フラフラっと何かの光が海岸線横切ってたんで、一応何かなって。
 ……すいませんね、邪魔して。空でも見てましたかね」

言いながら生有子が見上げていた先を見る。
ふと気づいたように眉を上げて。

「ああ、そうすね。
 七夕、すか。……本当にお邪魔しちゃいましたね。
 昼間生憎の天気でしたから満天とはいかないみたいすけど、願いごとでも?」

男はそんなことを尋ねて来る。

遠峯生有子 > 「うう、おしごと増やしてごめんなさい。」
 暗がりで星だの蛍だのみようとして怒られるのは初めてではないので、
 少し反省して神妙にしてみるが、
 相手にさほど咎めるような様子がないので内心ほっとする。

「うんと、星とか見てました。」
 朽木につられて一緒にまた空の晴れている辺りを見て。
「お邪魔とかは別にないです。
 願い事はええと…ええと、みんな楽しく過ごせますように?」
 そういえば願い事なんて失念していたが、
 願うとすればきっとそのあたりだということを、
 口にして、小首をかしげる。

「それと、異能とか魔法とかもうちょっとちゃんと出来ますように、かなあ。」

朽木 次善 > 「大丈夫大丈夫、口出す権限、うち(生活)にはないスから。
 逆に言えばこの状況を風紀に見つかったら一緒に怒られるますから、
 そっちのほうが逆にすいませんね」

冗談にして肩をすくめて笑い、こちらに咎める意がないことを示す。
疎らに散った星の下で横目で少女を見て、

「……ちゃんと出来るといいすね。異能とか。
 こっちも委員会として助力出来ればと日々思ったり思わなかったりしてるんで。
 ああ、でも……七夕ってそういや星に願うんじゃなかったすね。
 あの、竹だか笹だか……」 

男は両手で笹を表す。とても笹には見えないが。

「街中とか、結構まだそういうの見たような。
 ああいうところに願い掛けた方が、いいんじゃないすかね?
 少なくとも、一人で空見上げるよりは安全ですし……」

遠峯の内心を知ってか知らずか生活委員の男は小さく呟いて聞いた。

遠峯生有子 > 「え、でも前も生活委員の人に怒られたよ。
 あれ、怒ったりはしてなかったかな?
 風紀委員の人には会ったことないから、
 見回りは生活委員がしてるのかと思ってました。」

 見上げてうふふと笑うと、横目の彼の視線は丁度合うかもしれない。

「ええ、本当のこというと、
 お願いとかは、するのすっかり忘れてました。」
 男の呟きに、再度きゅっと肩を縮め、ごめんなさい、と小さい声を落とした。

 そしてはっと、気を取り直し、
「朽木さんは…ええっと、先輩?
 ああ、そういえば、私は一年で遠峯生有子っていいます。
 うんとそれで、何かお願いしました?」

朽木 次善 > 「ハハ、じゃあ仕事熱心なのに当たったんすね。ご愁傷様です。
 ま、その辺は分業というか、結構上が派閥作って争ってる部分ですしね。
 どっちでも、何かうるさそうなのに当たったら大人しくしとくが吉すね」
生活委員会を自称しながらそんなことを嘯く。
見上げた生有子の視線と軽薄な視線が他人行儀にぶつかる。

「ああ……じゃあ僕は遠峯サンの先輩すね、ここ来て二年目なんで。
 僕もまあ、するのすっかり忘れてましたね。
 式典委員が色々やってたのは知ってたんですが、うちは通常営業でしたんで」
ポリポリと首の裏を掻いて。

「願いすか……ううん。
 いきなりそんな権利貰っちゃったら、ちょっと戸惑うタイプの人間すね、僕も。
 普段誰かの願いを必死こいて聞く側なんで尚更……。
 笹に吊るされた願い叶える人大変だなとか、思っちゃうんで。
 ……職業病なのかもしれないすね。……まだ、星見ていきます?」
星を見上げながら視線の高さを合わせるように腰を折って尋ねる。

遠峯生有子 > 「ええ、なんかそういうの聞くと簡単そうだけど、
 本当に当たったらどうしよう。」
 どうしようという割りに何か楽しそうなのは肝試し的な何かなのだろうか。

「んー。通常営業でお願い聞いてたんですか?
 ちょっと神様みたいですね。
 そうだね、神様もきっと大変なのかなぁ。
 お休みしたくならないんですか?」
 でも、願い事、適うより適えてあげるのって素敵ですね。と付け加え。

 子供にそうするように、腰を折った相手に、
 ちょっと目線を足元にやって、こちらも子供のように、しかし思い切って、
「ええと、ちょっと出てきただけなので
 もう、帰ります。
 見回りの人も忙しいだろうし。」
 そういうと顔を上げてえへへと笑った。

朽木 次善 > 「ま、異能だの魔術だのに傾倒してるなら、
 ここ卒業した後もその手の面倒な横槍は入ると思うんで、
 その訓練と思えば楽しいかもしれないすね」
楽しそうな遠峯に笑って言葉を返す。

「んー、そうスね。たまには休みたくなるときもあるスけど。
 でも、なんか……」
言葉の端に少しだけ剣呑な雰囲気を纏って顎を撫でる。
「もし僕が神様だったら『願いが叶わなかった』ことを、
 神様のせいにされたくないかなって思うので。……適度に僕らも必死ですよ」
へらっ、と言葉が終わる頃には覗かせた剣呑さもどこ吹く風に笑ってみせた。

「んじゃま、明かりのあるところまでは、ご一緒に。
 願い、叶うといいすね」
横に並んでそんなことを呟きながら帰路についた。

遠峯生有子 >  あれ?っと小首をかしげる。
 穏やかな、やたら責めたりするようなタイプではないと
 思っていたけれども、
 そういう分類とは別の、奥にくぐもった様な言葉を聞いた。

 しかしそれは言葉には出さずに、
「ええ、それは神様が大変すぎるし、
 私に出来ることだったらなにか手伝いますよー。

 …あ、えっと、私が言えることじゃないですねー。」
 今手を煩わせたばかりということを思い出してまた笑い、

「あ、じゃあお願いします。」
 付け損ねていた懐中電灯で、自分でも足元を照らして、
 その場をあとにした。 

「先輩も何か願うといいと思う。」しっかりそう付け足して。

ご案内:「浜辺」から朽木 次善さんが去りました。
ご案内:「浜辺」から遠峯生有子さんが去りました。
ご案内:「浜辺」に狛江 蒼狗さんが現れました。
狛江 蒼狗 > 早朝。
太陽はまん丸く顔を出しきり、空は海を薄くしたブルーに染まりきった、清々しい早朝。
砂浜に仁王立ちするは狛江蒼狗である。
白髪に蒼眼、さらに偉丈夫ときてひたすら日本人離れした彼ではあるが準日本人だ。
祖先は渡来人だと言われているから“準”と言い切るには少々逡巡われるが、そこまでいくと文化人類学とかそういう領域に踏み込んでくる話になるので考えない事にする。

ともあれ、波打ち際から離れた砂浜に立ち、蒼狗は呼吸を整えている。
制服姿であるが、もう、この制服は故郷で着ていた道着並みに身体に馴染んでしまっているので問題などない。
「……………………」
じい、っとして海風を浴びる。
常世島に居ると本土よりも自然を間近に感じられて心地が良いし、精神が研がれる思いがする。

狛江 蒼狗 > 修行は続ける事に意義がある。
毎日、毎日、套路を辿り散手を行い型をなぞりその意味を解釈し、綱を渡るように武道を一歩確かに進めていく。
しかしながら狛江蒼狗とて人の子。
テスト期間という異常な状況には抗う事かなわず、寝食すら時間というリソースを捻り出すため削られていく毎日の中で修行などという浮世離れた概念にお呼びがかかるわけもなく。
有体に言えば、暫く修行をサボっていたのだ。
よって、テスト期間も終わった事だし、人気のない時間帯を狙って少々打ち込んでみようというわけ。
「………………」
深い呼吸を穏やかに続ける。
5日合わせた睡眠時間が一桁に満たなかったとき、ベッドに倒れ伏してした呼吸のように穏やかに。
調息である。
調息とは身体のリズムを整えるということ。
準備体操に入る前に、ただただ立ち尽くして自らの身体と対話するように呼吸を続ける。

狛江 蒼狗 > 風が砂粒の微細な粒子をさらい、空中へ吹き流すのが理解できる。
波打ち際の海が底から折り返し折り返し流れていることが理解できる。
この肌に注ぐ太陽光線は、遍く全てに無差別な熱を与えていることが理解できる。
そしてその熱が風を捏ねているこということも。
「よし」
呼吸が整い、蒼狗は凛々しげな瞳を瞑る。

足を肩の幅に広げて立つ。
腰を落とし、膝頭と爪先の位置を合わせるようにする。
あごを引き、脊柱に対して真っ直ぐにし、その直上に頭蓋骨が来るように。
両手は自然に広げ、緊張しないように心がけながらその体勢を維持する。
調息の次は、調身である。
それは正しい姿勢をとる、ということ。

狛江 蒼狗 > 微細な身体のぶれは全身へ波及する。
筋繊維に一つ一つまでもが正しい形を取るような、そういうイメージを脳裏に作り上げる。
跣の足裏で感じる砂粒が、熱を帯びてきた。
脱力した筋肉へ気が通じて体温が高まっていく。

両手を胸の高さまで上げた。
掌を中へ向けて円を作る。大木の幹を抱えるような格好だ。
肘は張らない。両腕の中の空気を抱き留めて、緊張は介入させずに気を高める。
「ふー…………」
両手を返して胸の前に真っ直ぐ並行に突き出し、掌を大地へ向ける。
肘を内側にやや絞り、外側に張らないよう心がける。
脇下に余計な負荷がかからないようにし、指先は柔らかに開く。

狛江 蒼狗 > そのまま。
掌をひっくり返して、天へ向ける。
寒気のような感覚が神経を通って、直後にそれが熱された鉄線のような力を帯びる。
両方の掌はさながら重力に惹かれるかのごとく、上方へ掲げられる。
身に帯びた気の力が、ふわりと開放されるのを感じた。
抜け出ていく気の力と引き換えに、風や砂浜の熱の力が流入する。
血潮のかわりに海水が巡り、肺の中でそよ風が巻き起こるような。
そう、イメージする。
調息、調身ときて、調心の段階である。
身体を動かすために脳や身体機能を働かせるのをやめて、ただ無我のまま生物として生きる。

「……………………うん」
一連の動作を終えるころには、30分が経過していた。
太陽の明るみは勢力を増して、早朝というより朝の時間帯に踏み込んでいる。
緩慢な動作でありながら全身に疲労感があり汗が吹き出る。
それは拭わずに、乾くに任せる。
「気は、十分かな」
動作を終えてしばらくしても肉体は熱いまま。
また調息して、今度は目を見開き水平線を見詰めた。

狛江 蒼狗 > 南方を見る。
当たり前の事だが常世島は全周囲が海に囲まれている。
開放感があって良い。埼玉の故郷にある道場で、年季の入った板木に囲まれてする修行も悪くはないが。
そういえば、冬は床板が鬼のように冷たかったな、と夏の時節にそぐわぬことを思い返した。足の指先が自然と縮こまる。

「では、行きましょう」
一人声を張って、片手は握り、片手は開き、両手を打ち付ける。そのまま深々と礼をし数秒間、顔を上げた。
踵を揃えて立つ、踵から膝から大腿骨から骨盤から背骨から首から頭蓋骨まで、一本の棒になるイメージをたたえて。
調息し、調身し、調心する。
予め気を漲らせておいたため、動作はスムーズだ。

ご案内:「浜辺」にジブリールさんが現れました。
ジブリール > 【――包帯の尾を風に揺らしました。
すっかり青に染まってもなお薄く見える、白と青と、ほんのりとした光。
女はきっちりと、かっちりと。その輪郭が目に見えて理解できる後姿を見ていた。
正確には見るというより、眺めるというほうが正しいのですが。
女は杖を持っていた。魔術的なものではなく、視覚に難があるものへの配慮が為された白杖。腕のチェーンが繋がれており、じゃらりと音を鳴らす。
砂浜と住宅街側の境界線。はっきりとした足場のあるそこで、女は口元を結んで三日月を描いていた。
いつからそこにいたとか、そんなものに気を取られることはなさそうな、御人を楽しげに眺めていた。】

狛江 蒼狗 > “無道双牙流”は古武道であり、しかし日本古来のものではない。
渡来人である祖先が遥か西方から極東に至るまでに、各地から影響を受けて集められた武道のアイノコである。
果てはギリシャのパンクラチオン、エジプト古代ボクシングスタイル・タンベ、道中インドでカラパリヤット、中国武術は太極拳八極拳形意拳……。
師範も全貌は把握していないらしいが、とにかく、現在の無道双牙流は脈々受け継がれたそれらの断片を、現代の知識も合わせてつないだものである。

中でも中国武術の影響は大きく、無道双牙流の型は殆ど太極拳の套路と同一であると言っていい。
むしろ、太極拳の動作をなぞることで無道双牙流の基盤となる肉体を形作ると言ったほうが正しいか。

とにもかくにも。
小柄な見物人が来ようとも心は乱れず、肉体と神経に刻まれた動作をなぞる。
左脚を半歩前に、右脚も続けて半歩前に。両足は肩幅に合わせて開かれた。
膝を軽く曲げ力を抜き、腰を落とす。
目は静かに前方を見詰めて、手を大腿部の外側に軽く添えた。

ジブリール > 【動きの詳細ばかりは見えなかった。しかし見えずとも、その本質ばかりは薄らと見える。
 彼が如何なる奇怪な動きをして見せようと、パフォーマンスをする道化や芸人と変わりは無い。
 用は女にとって興味を引くものが否か、それに限る。この場合で言えば前者が正しい。
 女は黙したまま彼を見る。どこかで見たことがあるような動きを取り入れる、断片を繋ぎ合わせる。欧米の英語のよな、もの。
 ほう、と息を吐く。彼の動きに関心を見せるかのよう、感嘆として吐いた。】

狛江 蒼狗 > 渾元樁の体勢から、開太極。
膝を伸ばしながら両腕を前方にゆっくり上げていく。
先程に膝を曲げた発条の力に任せるように。
両手を額の高さまで上げると、両掌を前方へ向けて押し出した。
双按である。
空気が押される。確かに。
体勢を大きく崩す仮想の相手が目の前に見える。
両手を時計方向に回していく。両手が両膝の前を通過するとき、右脚の踵を内側に入れた。
手は左上方に続けて動かされ、大きな円を描いた掌は一回転して元の位置に戻る。

眼前をじっと見詰めて逸らさない。
けれども、感覚は普段よりずっと冴えている。
(誰だろうか)
そちらを見もせずに気配を感じる。
これは、気が逸れているというわけではない。
そこに誰かが居るのならば誰かが居ると感じることが自然なのだ。
なんとなく、散歩にでも来てるのかな、と予想を立ててみる。
そうでなければ好き好んでこんなもの見ないだろうから。

ジブリール > 「……」

【女は一挙一動を見逃さない。その目が見えていなくとも、はっきりと見据える。
 こちらを向かない彼からすれば、気配を理解できるばかりで、"見えていないのに見えている"内面ばかりは分からないであろうものの。
 流石に気づかれていることは何となく察しがついていた。意に介さないだけで、感覚が研ぎ澄まされていればそれを把握するのは容易いだろうて。
 彼は集中するために、集中した結果を見ているに過ぎない。彼が予測を交える合間、何を思うたか。】

【―――さくっ】

【一歩、二歩、三歩。ゆるやかに歩みを進める。見えぬものを、見えているという風に、彼の色を認識して、彼の巡りを理解して。
 一定距離まで近づくと、またすぐに立ち止まった。彼からすれば、音が途絶えた。
 散歩に来たにしても――実際はその通り。そんな折に"面白いもの"が見えたなら、立ち止まって眺めるのもまた人間の通り。
 いっさい飾らずに言えば暇人とも言った。】

狛江 蒼狗 > 上体を右方向に捻り、体重を右脚に移しながら両手を右方向に移動する。
そのとき、左手は垂直に立てて掌を内側に向けて捻り、右手は掌を外に向けて左手首に当てる。
陳腐でへったくれな例えをしてしまうと、スペシウム光線を柔らかく撃つような格好だ。
左足を前に進めて、左腕を水平に、右掌を左手首の内側当てて合わせ、押し出す。
擠と呼ばれる動き。先程の按よりも重く相手を打つ。

音が聞こえる。
軽量な足音が、砂の海を沈ませていることを伝える。
……べつに、途中で止めたってなんら構わないのだ。師範に一挙一動を見張られているわけでなし。
近づいてくるのなら会話程度試みても良いかもしれない。話しながらでも正しく套路を辿れる自信はある。
けれども、足音はふっつりと止んだ。
消えた地点は挨拶をするには遠すぎる位置である。
(どういうつもりだろう)
風に溶け込んで、砂に沈み込んでしまったかのような。
そんなふうに気配は消えることもなく、その位置に停まっている。
観覧されているのだろうか。
────緊張して動作を乱すことは、すなわち“調身”に反することであり、修行不足を意味する。
ならばと、滑らかな動作は止めず続ける。
上体を右方向にひねりながら、両手を下におろして左右に開いた。

ジブリール > 【最近話題になっていた武装をする宇宙巨人のポーズが見えた。もっとはっきり言うなら、腕の"色"がそんな形をしているものだから。
 いろいろな型があるのやもしれない。今まで謁見してきた武道には中々ない。彼のそれは多彩に溢れていた。
 ひとつに拘らず多様性を見出す、汎用性あるもの。女は密やかに心の中で納得していた。】

【ローファーの表面には砂をつけない、しっかりとした足取り。綺麗な佇まいを意識する。す、と背を伸ばしてしまうのは、彼の気に宛てられたからか。
 女は口も開かない。ただただ楽しそうにしていた。足も動かない。なぜならどんな風に反応するか面白そうだったから。
 長躯の彼はその背に相応しいかっちりとした体つきだということが見えた。存在感は大きく見えたが、実際その通りであった。
 何も紡がず動作を続ける彼の人。次はどのような"演目"を見せてくれるのだろうかと、心密かに期待していた。】

狛江 蒼狗 > 右脚に体重をまた移して、左脚の爪先を内側へ回す。
続いて体重を左脚に傾けて浮いた右脚を右方向へ一歩進め、重心を両足の間に置いた。
そのとき下ろしていた両手を左右から大きく円を描いて上に動かし、胸の前で空気でできた琵琶を支えるような姿勢となる。
『琵琶なんか持ったことない……』と師範に言うと『じゃあウクレレでイメージしろ』と言われたのを憶えている。
両足の位置はそのままに、身体を左方向に捻りながら両腕を左下方へ引く。
“採”である。すなわち敵の腕なり身体なり武器なりを取り、引き倒す動き。
体重はこの動きに従って左脚へ、そして身体を右へ。
右掌を左下方から右上方へ円を描いて動かし、左手の指先を右手首へ軽く添える。“右扌朋”である。身体の弾性を活かした打ち込み。

風、砂、海の流れ。そこに自分以外にもう一人“ヒト”が居る。
その心の動きが伝わる。血流か、呼吸か、それとも霊的な何かが共鳴するかのごとく。
といっても、複雑な思考を読めるわけでもなく。わかるのはただ、興味を持たれて見られているというだけ。
無口な狛江蒼狗であるが、痺れを切らしてこちらから声でもかけてしまいそうだった。
なにしろ、この套路というやつは現在5工程目であり、無道双牙流で扱うこの套路は99工程あるからだ。
その間中黙っているわけにもゆかない。

「………………楽しいか、見ていて」
痲れは切れた。けれども、動作に乱れはない。
喋れば呼吸は乱れる。けれども、その乱れすらも勘定に入れて身体を動かす。

ジブリール > 「――はい、とても」

【ようやっと口を開いた。沈黙を守り続けていた女は、大人びたよな声。降りかかる声は少々低い角度から。
 くたりくたりと首をかしげた。そうして再び歩みだす。ここでは少々声が遠い。寡黙な彼の言葉を聞き逃してしまうやもしれません。
 けれども、けっして邪魔にはなりませんように。】

「少々、面白い動きが見えた気がしたので、興味を持ったのですが」

【何もその道へ入門させてくれといわんばかり……ではないのは明白。女は唇に指を当てて、薄ら青い空を見上げた。その先の世界なんて映せないくせに、考える風な。
 足と共に杖をさく、とついた。】

「修練に励んでおられる姿はとても勇ましそうで、少々見入ってしまいましたわ」

狛江 蒼狗 > 継いで体重を左脚に移動すると同時に身体を左に捻る。
右腕は掌を内側に向けて垂直に立て、左手は掌を外に向けて指先を右手首に向ける。
“扌履”である。敵の攻撃に添えるようにして受け流し、躱すための技術。
体重を戻し右手の前腕を胸の前で水平にして手首の内側に左手を当てて押し出す。また“擠”だ。強かに体勢を崩す。
両掌を上に向けて重ねて、体重を左脚に、両手を腰に、そしてその両手を頭の高さまで上げる。
前方に踏み出した右脚に体重をかけながら両掌を連動させて前方へ突き出す。 “双按”である。
受け流し、崩し、急所を打つ。
風が空で搖蕩う動きが決まっているのと同じように、その動きも決まっている。
これを“扌覧雀尾”という。

想像していたものよりやや低く、涼やかな声がする。イメージは、細くも研がれたピアノ線。
軽い足音も続けて聞こえる。さく、さくと。丁寧に歩いている、と感じられた。
「………………そうか」
寡黙な青年はランジャクビの動きをなぞりながら、素っ気なく答える。
そしていま初めてその音を意識した。右脚、左脚だけではないもうひとつ。細い棒のような。
スフィンクスの問答で尋ねられる“3本足”のためのものではなく、それは恐らく。
「見入る、か」
声色には薄っすら困惑が混じり、口元は微かに笑んだ。
「見えないのにか」
狛江蒼狗は少女のほうを向かぬまま視線を遥か向こうの水平線に固定して、動作を続ける。