2015/10/10 のログ
ご案内:「違反部活コードレッド」に否支中 活路さんが現れました。
■否支中 活路 > 古めかしい扉を開くと、これまた埃をかぶった中世の書庫のような空間が待ち受ける。
扉を締めると背を照らしていた光も失せて、薄暗い室内に緑色の淡い両眼が浮かび上がった。
並ぶ黒檀の棚を進む。
『ほう、君か。久しぶりだな、相変わらずか』
カウンターの向こうに寝そべった女性からそう声がして、相手を“見上げる”。
広がった髪も縦になった猫目も燃えるような黄金の彼女は、
肩から下、脇腹から下が巨大な獅子であり、床の上に身を横たえていた。
上半身は何も身に着けていないが、まあ、見慣れている。
活路が彼女について知っているのはヒュパティアと名乗っているということぐらいだ。
「ご無沙汰やな。表の方、なんか入ったんか?」
あるいはこの店の本来の商品か。
ご案内:「違反部活コードレッド」に橿原眞人さんが現れました。
■橿原眞人 > 落第街の一角に存在する古書店《コードレッド》――
21世紀の始まりにネットワークの世界を混乱に陥れたというワームの名前とも同じである。
そんな場所に、眞人は足を踏み入れた。
稀覯本に興味がないわけではないが、それは今回の目的ではない。
古めかしい扉を開き、書庫めいた世界に眞人は入り込む。
「……なるほど、手に入れた情報通りだ」
眼鏡をかけ直しながら少年は呟く。
この古書店の裏の商品、今回はそれが目的だった。
“電子化された魔術”――眞人が扱う電子魔術には欠かせないものだ。
さらに、学園内から流出した情報もあるという。ハッカーとしては自分で盗み出すのが本来だろうが、今はリスクが少ない方がいい。
《グレート・サイバー・ワン》なるものに対抗するには手段を選んではいられない。
「先客か……?」
黒檀の書架の間を往き、店の奥を進んでいくと、人影が見えた。
と同時に、巨大な影も。
「おわっ……!?」
思わずそう声を出してしまった。巨大な女性? 昔何かの本でよんだスフィンクスとも似た姿の女性がカウンターの向こうにいたからだ。
眞人もこの学園に来てしばらく経つ。こういう存在にも見慣れたと思っていたが、まだまだだったようだ。
「……失礼。店主が不思議な感じだとは聞いてたんだけど……。
……あんたもなんか探しにきたのか?」
最初に見た人影は、顔などを包帯でぐるぐる巻きにした異様な青年だった。とはいえこのスフィンクスの店員よりはましだった。
眞人はその青年に声をかける。違法な場所での取引を眞人はしようとしていたのだから、話しかけるのは得策ではなかったはずだ。
しかし、何か奇妙な物を感じ取る。この感覚は、知っているような気がしたからだ。
師匠……? と思わずつぶやきそうになったが、寸前で止める。
その言葉の代わりに、彼にそう言葉をかけた。
■否支中 活路 > 『ふーむ、そうだね。アングルトンが注釈した死者の書の一部、とか?興味あるかね?」
カウンターのすぐ前まで来ると、首が痛い。
「老アングルトン?ウオルシンガムの魔術師?
ビッグネームやなー……いや今はええわ。色々入用でな。“棺を開けて”くれ」
この店の本来の取引をするための合言葉。
そう告げたところで、しかし開けられたのは扉だった。
差し込む光の方を振り返る。
『なるほど――――おや今日は来客が多いね。珍しいことだ』
こういった場所で他人と鉢合わせるのは好ましくないと考える者は多いだろう。
それゆえにジノ・スフィンクスはそう付け足したが、活路はそのまま特に動かなかった。
驚いて声をあげる少年を見てスフィンクスがにっこりと笑う。
『いらっしゃい。構わないよ、何の本をお探しかな……?』
「……えらい面白いこと言うなジブン」
人獅子が接客対応する下で、相手の警戒心の薄さに半ば苦笑したような声を漏らす。
薄暗い店内で、淡く光る瞳と開いた口以外は包帯に包まれてただ黒い。
「本を買いに来たんと“ちゃうんやったら”先譲るけどや……?」
■橿原眞人 > 黒い。包帯に包まれた青年の姿は黒かった。
正しく言えばその包帯の下が、である。
緑色に光る瞳も奇妙だが、今の時代そう取り立てて珍しいものでもない。
しかし、眞人はその青年を見た時から、奇妙な感覚に囚われていた。
右手を何度か軽く握る。
「……会った事、ないよな。いや、なんでもない。忘れてくれ。
それに多分、同じ用だ」」
スフィンクスが丁寧に対応してくれてはいるが、あまりそちらのほうには意識はいかなかった。
青年に奇妙なことを聞いてしまい、頭を振る。
目の前の青年への既視感。いや、違う。
青年そのものではないのかもしれない。その奥にある何かへか。
それに対して、眞人は反応していた。
「……いや、俺は別用だ。本以外も扱っていると聞いたからな。
俺は棺を開けに来た……“棺を開けて”くれないか」
ネットの海から探し出した情報を元に、人獅子に告げる。
多分、この青年も同じ目的だ。このように奇妙に出会ってしまったのだから、今更取り繕うのも眞人は面倒になった。
何より、手に入れられる情報や力は、すぐにでも手に入れたかった。
■否支中 活路 > 「ああ、あらへんよ。
ナンパの練習やったら俺にするのは不適格やな」
そう軽口で返す。
だが、見た目と違ってくだけた態度の視線が、いつものようには無かった。
相手の視線が、ただ多少怪しい格好の自分への興味ではないと理解している。
だから返すように観察する。
言葉通り会った覚えはない。
インネンをつけてくるようなタイプの相手でもない……。
何かぞわぞわとした感覚が生まれていることに気づいた。
少年が僅かに動かしている右手をちらっと見下ろす。
「……はあん、せやったらお先にしたらええわ。俺は急がんしな」
視線を相手からはずさない。口だけ動かして、すっと横に退いた。
距離をとらなければいけない、と言うかのように離れる。
『ふむ、ではお客さんからということで?
カタログを出そう』
カウンターの表面に輝く文字が映る。
角度的にカウンターに乗り出して見なければ見えないだろう。
まさか他人がいるのに口頭で告げるわけにもいかない。
並ぶのはもちろん、通常外に出ることのないものばかりだ
フレイザーが世に出さず書き留めた『禁枝篇』の一部。
アステカのテオクアロを行うための専用プロトコル一式。
バラモン教の秘儀についての詳細な電子データ。
ミスカトニックから流出したライバーファイル。
CERN(欧州混沌研究機構)が流子加速器から抽出(サルベージ)したN文書4ページ。
エトセトラ、エトセトラ……
■橿原眞人 > 「そんなんじゃねえよ。ただ……そんな気がしただけだ」
口説きの定番の台詞を男に吐いてしまったことを後悔する。
とはいえ、自然に出てしまった言葉故仕方がない。
眞人は目の前の彼に会ったことがあるわけではない。
見たこともない。包帯でぐるぐる巻きになった奇妙な男などは学園地区で見たことがない。
しかし、眞人は感じていた。
電子の門の向こう側で見た者と同じ気配。
そして、眞人の師匠である《電子魔術師》と同じ気配。
この青年は何者か……抑えきれない何か。
出会ってはいけない何か。
そんなことすら感じた。
……だが、今はそれを気にしていても仕方がない。
静かに目を閉じて、青年の方を向く。
「すまないな、ありがとう」
そう短く告げた。距離を取られている。考えてみれば当然だ。
相手も自分も、素性など知らないのだから。こんな場所で取引しているくらいだ、表に出せない何かを抱えている可能性が高い。
今は目的をまず果たそうとカウンターに乗り出す。店主の声と共に、カウンターの表面に光る文字が浮かび上がった。
「……こいつはすごいな」
小声で眞人は呟いた。眞人に魔術的な知識はあまりない。
書名などを見てもどういうものかわからないものも多かった。
だが、それらが明らかに“ヤバい代物”であることはわかった。
彼のフレイザーが世に出さずに残した、地球の暗部で行われていた闇の儀式についての記録。
この世界が混沌なる造物主によって作られたと記すナグ=マハディ文書の未公開部分。そして、死海文書の削られた個所。
神祇官の吉田家のあるものが残した、今に伝えられない神道の秘術について記した書物。
かつて南極で行われた調査隊の記録。森林の中で雪男に出会ったという学術調査団の日記。
悪夢に苛まれ続けたアメリカの作家の遺した、預言めいた未公開の小説。
神代の昔、蕃神と戦った天津神国津神の伝承を記した書物。
仙人に至るための方法を記した葛洪の『抱朴子』の異本。
旧世紀の異端の宇宙物理学――
それらが電子化されたものが、カタログに浮かび上がっていた。
どれもこれも、表には出ない魔術、秘術の類に繋がるものだ。
バラモン教の秘儀についてのものや、ミスカトニックから流出したデータ。
それらに興味を惹かれたらしく、眞人は幾つかを選択していく。それらを、指さして。
「……それと、情報が欲しい。この店にあるのかどうか、わからないんだけど」
カタログから目を離して、巨大なスフィンクスを見上げる。首が痛い。
「……ロストサインの門について。そして、それにまつわる者についての情報」
なるべく小声で言うようにしながら、言った。
ロストサイン事件のことは眞人も公開情報ぐらいでしか知らない。
後は、師匠から貰った断片的なデータのみだ。
師匠とあの事件は密接にかかわっていた。
そして、それは自分が蘇らせてしまった大いなる電子のものともつながりがある。
そう確信してのことだった。
無論、自分で調べるに越したことはないが、とっかかりは必要だ。
なるべくリスクは避けて、素早く。今はハッカーとしてネットワーク上で派手に動き回りたくはなかった。
電脳の海の底には、彼らが眠っている。未だ、星が巡っては来ていないゆえ、眠ってはいるのものの。
■否支中 活路 > マヒトが選択すれば、自動的に料金が加算される。タップするごとに机上で数字が光る。
このあたりは全くデジタルだ。
包帯男は店内で距離をとったまま、マヒトが用を終えるまで本棚に向かっている。
並ぶ中には古典文学作品の初版本のような通常の意味での稀覯本もあれば、
ドラゴンの革で装丁された魔術書といったものまである。
無論、こちらは合法の範囲内ではあるが。
活路はマヒトの買い物内容を詮索するつもりは全くなかった。
ただ、距離はとりつつもお互いが見えない位置に移動するのは躊躇われる。
気にはなっている。理由ははっきりしない。
だから一度店外に出るでもなく、本棚に視線を泳がせる。
一通りの商品を指定したマヒトが顔をあげると、すぐ上で裸の上半身が見下ろしていた。
カタログをじっくり精査していたマヒトを面白げに観察していたのだ。
店主は告げられた言葉に縦の瞳孔を開いた。
『ふむ、そうは言われてもここはブックストアであり、ライブラリであり、ストレージだからね。
そう言ったものは管轄外だよ。
まぁ、』
言いながら獅子の爪がカタログをフリックし
『たとえばロストサインの魔術師オーランド・ウィルマースの管理していたファイルサーバーからコピーしたデータ。
などというものならばあるがね。これだ。
そういうもの以上なら――――そちらの彼にでも聞いてみるといいのではないかな?』
そのセリフに、包帯男が舌打ちのように言葉を吐いた。
「要らんもん売っとる店主にしちゃ随分不出来なこと言いよるやんけ」
■橿原眞人 > 「……そうか。いや当然だな。
ロストサインは魔術師がらみの事が多かったというのは俺も聞いてる。
だから、とも思ったんだが……」
店主の言葉に静かに項垂れる。
もちろんさほど期待していたわけでもない。
公安のデータベースに潜入するなどの危険を冒すことを避けるためではあったものの、
ここで得られる情報はさほど多くはなさそうだ。
オーランド。ウィルマースが管理していたファイルサーバーからコピーしたデータを眺める。
あまり重要な情報とまでは言えなさそうだ。無論それだけでも十分な情報ではあるのだが、眞人の目的とは少し外れてしまう。
電子魔術に使えそうなデータ――魔術行使に使うには危険をも伴う様なデーターーは手に言えることができた。
わざわざ魔術書を電子化させる必要もない。収穫も大きかったと言えるが……。
「――何?」
店主の一言にハッと目を開き、後ろを振り返る。
見るは包帯でぐるぐる巻きの男。目を光らせる青年。
「……関係者、なのか。あんた」
関係者となれば、まず考えられるのはロストサインの一員ということだ。
もう一つは犠牲者。その包帯もそのためか。……あるいは公安委員会として作戦に参加したか、そこらへんだろう。
眞人は警戒する。ロストサイン事態に眞人は大して関わり合いはない。
その師匠は別であったらしいが、詳しく話を聞く前に師匠は死んだ。
電子の海に消えたのだ。
「……俺はかつて存在したロストサインの“門”について調べている。
そして、それと同時期に起こった色々な事件についてだ。
……この強そうな店主が聞けと言ってくれてるんだ。悪い奴じゃないと思いたいが」
手がかりがあった。ならば、目の前の相手が何であれ聞き出せることは聞きだしておきたいと眞人は思った。
「……くっ」
一瞬、右手が彼へと伸びかけた。
「馬鹿な、何で鍵が……!」
それを咄嗟に抑える。自分の意志以外で《異能》が発動することなどこれまでほとんどなかった。
右手を抑えながら、眞人は包帯男へと二三歩近づいていく。
■否支中 活路 > 『そりゃあ、』
関係者なのか、というマヒトの問いに答えたのは上からの声の方だ。
「ヒュパティア」
『彼が“破門(ゲートクラッシャー)”だからさ。
ところでこのウィルマースのデータも一緒に買ってくれるかね?』
名前を呼ばれても、スフィンクスは言葉を止めなかった。
勧めるものを買う理由はマヒトには無いだろう。買えと言っているわけでもない。
ただマヒトがどうするのか、スフィンクスは聞いている。
この先の付き合いのために。
活路はそんなスフィンクスを一瞥して鼻息を吐き、視線をマヒトに戻した。
この間会ったダナエというマレビトも、門について調べていた。
それは、わかる。
故郷に帰りたいと願うというのはいたって当然のことだ。
では、
「何のためや?俺もこんな所におるんや、別に良識の話をするつもりはあらへんよ。
せやけど、そんなもん何のために調べ」
急に相手が手を伸ばした。言葉を切って目を細めた。足は半歩下がっている。
妖精眼が見せる視界で、宙の右手から銀光がまたたいていた。
「……鍵?」
相手が進めば、活路は下がった。
喧嘩を売ってくるような相手にしては動きが奇妙で、判断に迷う。
■橿原眞人 > 「――《破門(ゲートクラッシャー)》だって……?」
スフィンクスは包帯男の静止の呼びかけに答えないまま。
眞人の目の前にいる人物が門を破りしもの、ゲートクラッシャーであることを、告げた。
「師匠のくれた情報の断片にあった、ゲートクラッシャーだと!?」
よもや。
その人物が目の前にいるとは信じられなかった。
何かに引き寄せられたかのような、奇怪な運命さえ感じる。
その人物像については何もわからない。ただ、ロストサインの門を壊した――そんな情報しか、眞人は知らない。
「……チッ、わかったよ。それも買うよ。商売上手な奴だな
そのかわり、ここからのことは聞かないでくれよ。帰りにまた何か買ってやるからさ」」
興奮しはじめた所にスフィンクスの言葉が飛んだので、一旦冷静になる。
軽く舌打ちしながら、スフィンクスの提示したウィルマースの情報についても購入していく。
こう言う奴を敵にはしたくなかった。
改めて男の前に進み、止まる。
「……自分の犯したことの、収拾をつけるためだ」
眞人は右手を抑えながら、男に言う。
何故鍵が反応したのか――これに似た反応は、一度あった。
《ルルイエ領域》の門を開いたときが、それだった。
鍵は門を開くためのもの――つまり、この青年が門のような性質を秘めているのか?
……ありえない。個人がそんなものになるなんて。
眞人は心中で呟く。
「……俺には時間がない。あんたがもし、その破門の男だっていうんなら、俺は自分の事を明かしてもいい。
……そうだ、俺は“鍵”だ。門を開くための鍵。
俺の師匠であった《電子魔術師》が名づけた名前で言えば――
《銀の鍵》だ」
明かした。自らこんなことを明かすことはほとんどない。
危険であるからだ。愚行であるからだ。
出来ることなら、誰にも明かさずに、全てを終える必要があった。
電脳の海に眠る神々は、地上への“門”を開くために、眞人の鍵を必要としているのだから。
「……俺はあんたに引き寄せられてる。変な意味じゃない……鍵がそう反応したのさ。
教えてくれ、あの時……あんたが破壊したって言う“門”はどうなった。
それは、どうやれば封じれるんだ? 壊せるんだ? その“門”の向こう側から、“奴ら”が来ればどうなるんだ?」
口々に疑問を相手に投げかける。相手とて全て知っているわけではないはずだ。
それでも抑えることはできない。疑問に答えてくれる師匠は死んだ。
今、最大の手掛かりと言えばこの男しかいない。
必死だったのだ。
「……俺の師匠は、電子的に再現された“門”を封じた。そして、俺がそれを解いてしまった。
グレート・サイバー・ワンだかなんだか、よくわからない奴らの楔を解いてしまった。
だから、俺はそれを調べてる。電子の門が出現した時期と、ロストサインの門が出現した時期は、同じだ。
関係があるはずなんだ……だって、あの場には師匠もいたはずだ。俺は、俺は電子の門の向こう側で、それを見たんだ……!」
早口で言いながら、男に近づきながら。
眞人は自分のみが経験した出来事も含め、口々に口走る。
「……あんたは、何者なんだ」
鍵が自然と反応する人間――
■否支中 活路 > 『フフ、まいどあり』
にたりと笑う獅身女は、マヒトの言葉に頷いて肩をすくめる。そして上半身をカウンターの上から引っ込ませた。
巨体がカウンターの向こう、店の奥へと消えていく。
活路の方は大げさに言えば自分を売ったような形の店主に、しかし強くは言わない。
ここで仕入れる電子データは活路にとっても重要だ。
今のところ関係を切ることはできない。
実際の話、特別隠した身でもないわけだし、ヒュパティアの振る舞いはそれがわかっていてのことだろう。
スフィンクスは人を喰っている、というわけだ。
だからもうそれは良かった。
何より相手の言葉に表情が消えた。包帯の下のそれがわかるならばだが。
『自分の犯したことの収拾。』
ぎしりと、脳に針を突き刺されたような軋みを覚える。
『自分の義理を果たす』『ケツを拭く』
それだけが残っている。それしか残っていない。
そういう言葉を振り払う余裕が活路にはなかった。
相手にせずに去るという選択肢はなくなっていた。
「……<<電子魔術師>>……?の、弟子……?」
左手を口元にあてる。
右手を抑えながらまくし立てられる言葉。
近づいてくる相手を見下ろしながら、何から答えるべきか迷い……
「まず、俺が門を閉じたり壊したり出来ると思うとんやったら、それは無理や。
……電子魔術師ゆうんが同じ相手を指しとるなら、一昨年に会った。
どうなったかは、俺も知らん」
そして最後にマヒトが発した問いに沈黙する。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
声の消えた店内でチクタク、チクタクと時計の針の音がいやに響く。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
活路は相手を突き飛ばすべきだった。
だが、ゆっくりと口を開いたからには、
「俺は……『何だと思う?電子の夢見人よ』
出た声が歪む。
■橿原眞人 > 「そうだ、俺は《電子魔術師》の弟子だ。あの人から色々な事を教わった……ハッカーだ。
師匠は消えた。ロストサインの門の事件と同じ時期に!
俺は、電子の門の向こう側で、かつてのことを……師匠と……あんたらしい人間をみたんだ」
縋るように。
手掛かりを絶対に逃さぬと言った決意を以て。
眞人は近づいていく。
「――どうなったかは、俺が知っている。
師匠は死んだ。一時的に《ルルイエ領域》を封じるために。
俺が師匠を助けると思って《ルルイエ領域》の門を開いたから……。
だからそのために師匠は死んだ。もういないんだ……!
やはり、師匠に会ったことがあるんだな!? 教えてくれ……!
門を閉じれない、って……そりゃ、どういう……!」
空気が凍った。
眞人が見たのはなんであったか。
その声は何であったか。
暗黒のファラオ/黒い男/千の異形/膨れ女/闇をさまようもの/月に吼えるもの/天津甕星
カルネアテルの黒き使者/ルーシュチャ方程式/チクタクマン/無貌の神――
チクタク
チク・タク
チクタク
チク・タク
時計の音が聞こえる。
これは何だ。
これは何だ。
「―――ッ!!」
包帯男から出た声は、先程の者とは違う。
それは軋んでいた。宇宙の果てで踊り狂う何かの如く。
それは歪んでいた。万象嘲笑う貌の無いもののように。
眞人はそれを知らない。
眞人はそれを知らない。
だけれども、知っている。
《電子魔術師》の弟子であるために。
眞人は、最期にその真の名を知った。
「――師匠?」
強烈な吐き気とおぞましさを堪えながら、眞人はそう尋ねた。
右手を強く抑えながら。だが、《銀の鍵》は反応を続ける。
かつて、《鍵》の一族であった、眞人の遠祖である夢見人は、壮麗なる縞瑪瑙の宮で目の前の者に会っているために。
反応する。闇へ、門へ。その扉を開こうとして。
眞人はそれを必死に抑えた。
「……ちが、う。お前は師匠じゃない。お前は……なんだ。
いや、お前は、そうか……」
眞人は、師匠の真の名を口にする。
ありえることではない。あの《電子魔術師》が、それと同じであろうはずがない。
しかし、しかし。
目の前の声の主の存在は、あまりに彼女とよく似ていた。
「――ニャルラトテップ」
自然と、その名が口に出された。
理解はできない。目の前の存在がなんであるかもわからない。
それでも、眞人は知っていた。銀の鍵を持つ故に。電子魔術師と共にあった故に、
何とか離れようと下がりながら、眞人は構える。
無駄かとも思われたが、電子魔術の用意をしておく。
「……なるほど、その包帯男の中にいるってわけか」