2017/07/29 のログ
神代 理央 > 「―…建造物は兎も角、やはり近距離だと逃げ足の早い相手は面倒だな。前衛向きの奴を頑張って召喚する練習でもすべきなのか、それとも肉体強化の魔術でも学んでみるべきなのか…」

立ち上る灰燼と火薬の匂いに軽く咳き込みながら、原形を留めていないバラックをしげしげと眺める。
今回、こんな場所まで赴いた目的は「複数相手への異能戦闘力と建造物へのダメージ」を知るため。
尤も、元から半分壊れかかっている様なバラックに、碌な武器も能力も持たない野党崩れが相手では全く参考にならなかったが。

「流石に大人しく暮らしてる連中の住処を破壊するのは気が引けるしなぁ…。もう一回くらいカツアゲされてみるべきかな」

轟音と砲声に何事かと様子を伺いに来た周囲の住人は、面倒事に巻き込まれまいととっくに此の場を離れており、気付けば薄暗いスラム街の通りで一人きり。
派手にやり過ぎたか、と少し反省しつつ、召喚した異形に腰掛ける。ひんやりとした金属の感触が心地良いが、凸凹とした異形の身体は余り座り心地の良いものではなく、小さな溜息を吐き出した。

ご案内:「スラム」に楊柳一見さんが現れました。
楊柳一見 > 「――ハシャいじゃってまあ」

戦争フィルムをもちっと鮮明かつコンパクトにした感じの俯瞰風景。
廃ビルの上で呟いた声は、そこまで届く訳もなく。
…であるからして、文句の一つも付けるには近場へ乗り込む――もとい飛び込む必要がある。
別にこんな場所に縁も義理もありゃしないが。
人が気持ちよく寝てる――昼寝の心算が寝過ぎてこんな時間だが――のを、
ドンパチの騒音と鉄火の悪臭でわやにしてくれた事に関しては、別腹だ。

「ほっ――」

屋上縁から風を孕んで飛び降りる。
生まれる気流と逆しまに抗う地上の風とをよすがに、それは鋼の異形に腰かけた少年のちょうど背後に、唐突に降り立とう。

ちょっと着地で足がジンジンしたけど顔には出さない。出してたまるか。

神代 理央 > 気配の察知も優れた動体視力も持ち合わせている訳では無い。
寧ろ、上空から此方に接近してくる彼女に気が付いたのは、主のみを守るために周囲を警戒していた異形の方が先だったかもしれない。
尤も、彼女が大地に降り立つ音が耳に入れば、流石に此方も何者かの接近に気付かざるを得ない。

「……今度は何だ?野党の類か、それともお仲間の敵討ちか何かか?」

異形に腰掛け彼女に背中を向けたまま、視線だけを向けつつ僅かに首を傾げるだろう。
周囲の異形はメキメキと耳障りな金属音を奏でながら、舞い降りた少女に一斉に銃口を向ける。

楊柳一見 > 「カワイイ顔して、肝据わってるね」

後ろを取られたにしては鷹揚な態度に、少しばかり舌を巻く。
まあこんなろくでもない場所で派手にやらかす手合いだ。度胸か自信かなけりゃあできまい。

「どっちもハズレよ。騒音と火薬くさいのへ苦情をちょっと――狙うな狙うなっ」

ぐるり取り囲む銃口砲列に、参ったとばかりにホールドアップ。

「……紛争地帯とか行ったら、傭兵としてやってけんじゃない?」

召喚されたと思しき鋼鉄の塊どもを流し見て、埒もない戯言。
もっとも今のご時世、兵器よりもたちの悪いモノがわんさかいるだろうが。

神代 理央 > カワイイ、と評した彼女の言葉にムッとした様に表情を顰める。
腰掛けていた異形から立ち上がって彼女に向き合えば、その表情のまま幾分呆れた様に声をかける。

「…そんな理由で此方の前に姿を現したのか?まさかスラム街で騒音苦情とはな。……ああ、気にするな。俺が命じなければ撃ちはしない。だが、正体不明の女が空から降ってきたともなれば、一応警戒しておくのは当然だろう?」

彼女が飛び降りてきたであろう廃ビルに僅かに視線を向ければ、あの高さから飛び降りてきたのかと内心で舌を巻く。
銃口を向けてはいるが、栗色の癖っ毛を靡かせる彼女が接近戦を得意とするスタイルだとしたら――中々面倒な相手になりそうだ。

「どうだかな。まあ、ただの人間相手なら多少は通用するかもしれないが。―…さて、世間話をするのも良いが、その前に名前くらいは聞かせて欲しいものだな?スラム街の住人にしては、小綺麗な格好をしているが」

僅かに肩を竦めて彼女の戯言に答えつつ、闇夜に浮かぶ彼女の栗色の癖っ毛と琥珀色の瞳を視界に捉えて、探るような視線を彼女に向けるだろう。

楊柳一見 > しかめられた顔に、こいつと来たら悪びれるどころかますます口角を上げやがる。

「あら、主張があればどこだってアタシゃ声上げるわよ?
 それにスラムだからってアンタ一人のいいようにしていいワケでもないっしょ?」

まあ“狩り”に来た《先住民》はその辺の廃材の下で肉くれになってしまっているが。

命じられない限りは撃たない。そう聞けば、へぇぇと腑抜けた溜め息零して両手を下ろす。

「弾丸より速く動く奴とかいたりするしね。
 射程で言やあ、魔術も大概ひどいモンだし――あー、名前?
 楊柳一見(ようりゅう・かずみ)。二級じゃない、れっきとした学生よ」

籍は本物だ。…経緯と経歴はともかく。

「ハイ、どうぞ」

アタシは名乗ったから今度はアンタ、とばかりに水を向ける。
こちらに探りを入れるような視線にも、何の痛痒も見せぬまま。
相も変わらず眠たそうな目と、人を食ったような笑み。

神代 理央 > 「豪胆な女だ。だが、そういう正直な態度は嫌いじゃない。
先に手を出して来たのはスラムの住人だからな。俺は正当な権利を持って正当防衛に励んだだけさ」

口角を上げて此方を見やる彼女の発言に、ほんの僅かに表情を緩めつつ肩を竦める。
次いで、やたら素直に名を名乗った彼女に若干毒気を抜かれながらも、名を名乗る様に水を向けられれば小さく溜息を吐き出して―

「…神代理央(かみしろ・りお)。学園の一年生だ。別にお前が二級だろうがなかろうが、敵意のない相手を甚振る様な趣味は無い。……俺の異能では、お前の肉付きのない身体に当てるのは一苦労かもしれないしな?」

淡々と己の名を語りつつ、やたらと余裕のありそうな笑みを浮かべている彼女にフン、と高飛車な吐息を吐き出す。
吐き出すついでに誂うような口調で余計な一言を生み出してしまうのは、その余裕さに軽口で返してやろうか程度のものだったが―

楊柳一見 > 「お褒めにあずかりどーも。そうね。正当防衛じゃしゃあないやねー…。
 過剰防衛かもだけど、アタシゃ別にそれをどうこうする権限ないし」

あってもめんどいし。ちろりと舌出してかぶりを振る。

「今度からはもっと、慎ましやかに事を運んでくれると助かるかな。
 サイレンサー付の銃とか出してさ」

そんな無茶な注文を、これまた無責任に軽々しい口振りで寄越してみる。

「へぇ、そりゃ紳士的で結構――」

その言葉を遮るように、寸鉄じみたワードが会話の空気をつんざいた。
肉付きのない身体。まったくもって正鵠である。
――そして真実とは残酷かつ、無慈悲に、人の心を打ちのめすのだ。

「……そっちこそ、風のひと吹きで吹っ飛んじゃいそうよねぇ」

にっこり笑って、為すべき主張を顕そう。

「――理央“ちゃん”?」

どんぐりの背比べじゃねえか、と言う幻聴が聞こえた気がする。

神代 理央 > 「…俺がこういうのも何だが、随分と割り切った考え方だな。正直、最初は其処の瓦礫の下敷きになった連中の敵討ちか、正義感に燃えたスラム街の守護者気取りが降ってきたのかと思っていたんだが」

さながら猫のように舌を出す彼女に、僅かな驚愕と興味の色を湛えた瞳を向ける。
最初の会話の時点で此方に敵意が無さそうなのは何となく理解していたが、此処までさっぱりされると拍子抜けしてしまう。

「前向きに善処することを検討しよう。だが、俺は圧倒的な火力で薙ぎ払う方が好みでな。ご期待に添えるかどうかは期待しないでいた方が良い」

とはいえ、サイレンサー付きの火砲は召喚出来るのだろうか。
今度試してみようと内心で思っていたりいなかったり。

「此方は成長期だからな。お前は風が吹いても抵抗が無さそうで羨ま――」

此方の軽口に良い反応を見せてくれた相手に、クスリと笑みが溢れる。だが、その零れた笑みは次いで投げかけられた彼女からの言葉に引き攣る事になり―

「………ほう、成る程成る程。お前の名前は、確か楊柳と言ったか。葬式と戒名代は俺が持ってやるから、安心して土に還れ」

にっこりと満面の――瞳には不機嫌さを隠そうともしていないが――笑みを浮かべれば、彼女に銃口を向けた異形達から金属音が響き渡る。別に撃つつもりも敵意も無いが、己が一番気にしている事を突っ込まれた精神的なダメージは、無意識に異形達に伝わっていた様だ。

楊柳一見 > 「残念、正義は売り切れです。こいつらが親友とかだったら、弔いの一つもしたげるけどね」

あいにくそんな親友は、もういない――。

「前向きに善処する人ってほっとんど結局なんもしないよねー」

おまけに検討するとまで言ってるし。
実に日本人的な奥ゆかしい――期待すんな的ワードである。

カチンと来た、と言う言葉がまさに形を取ったようだった。
響いたのは装填音か照準器の音か。
上等。こっちだってひそかに気にしている辺りを攻められて、愛想笑いで済ませる気なんざないもんだ。

「あーらららら、あら。NGワードに触れちまったかしら? そら失礼ブッこいたね。
 ああ、死んだらアンタの夢枕に立ち続けて、ストレス性脱毛症にしてやるから待っときなコノヤロウ」

くつくつ笑っちゃいるが目元が笑ってない。
まあ、敵意も殺意もないのは彼と同じだが。
何のこたあない。憎まれ口によるジャブの打ち合いである。
火砲と呪詛の撃ち合いよりは、よっぽど牧歌的で世は事もなし。
…そこらでくたばってんのには悪いが。

神代 理央 > 「正義すら売り物とは。資本主義社会此処に極まれり、だな。この街には浸透していない様だが。
何を言う。相手からの要望に答える為に最善の手を検討し、それを実行出来る様に前向きに善処するというのは重労働だぞ?誰も最後まで読まない報告書作ったりとかな」

しれっとした表情で小さく肩を竦めてみせる。
彼女の言う通り結局何もしないのだが、何もしない事をするというのも中々大変なのだと若干年寄り臭い溜息を一つ。

「―…お前に枕元に立たれても、壁が1枚増えたくらいの感想にしかならんと思うが。というか、夢枕に立った結果が脱毛症って小学生か貴様は」

軽口の応酬に興じつつも、随分と平和な報復の言葉に力が抜けてしまう。にじみ出ていた不機嫌さも霧散し、寧ろ子供を見るような生暖かい表情でしげしげと彼女を眺めるだろう。

「…まあ、その、なんだ。そういう体型が好みの男も世の中には大勢いるだろう。だから気にするな。強く生きろ」

子供には優しく、と思った結果の発言は随分とデリカシーの無いものになってしまったが。

楊柳一見 > 「そら人によって違うじゃん、正義。
 人の気に召しませばもれなくヒーロー。でなけりゃヴィランかサイコパス。
 …そんなモンが正しい義だとか、笑えるジョークよね」

こちらもひねた嘆息を零し、薄汚れたスラムの外郭で切り取られた夜空を仰ぐ。
さっき死んだ連中も正義を抱いてたんだろう。弱肉強食とかそんな感じの。
その末路はまさしく肉々しいモノだったが。

「若い身空でもうホワイトカラーの仲間入り? 苦労してんねどーも」
こりゃアタシが夢枕に立つまでもねえなヒヒヒ。
小声でそんな意地の悪い呟き。

「化けて出てくりゃ壁一枚。これがホントの妖怪ぬりかべってやかましいわっ!」

ぺん、と思わず軽く肩口にツッコミを入れた。ちょっとした風土病だなこれは。

「やめて。その慰め方やめて。まるでいつかアタシに惚れてくれる人が、変わった趣味の人みたいじゃんか…」

余計にへこんだ。ずうんと数条の闇を背負って項垂れる。
せわしない奴だ。

神代 理央 > 「違いない。一人殺せば犯罪者だが、100万人殺せば英雄と言ったのは前世紀の牧師か映画俳優だったな。そもそも、他人を害さなけれがば成されない事に正しい義などないと思うがな」

未だに灰燼燻るスラム街の一角で、正義について語り合う少年と少女。
出来の悪い青春ドラマの様だ、と彼女に答えを返してから思わず苦笑いを漏らした。

「金持ちには金持ちの責務というものがあるからな。働かざる者食うべからず、ってやつだよ」

彼女の呟きにげんなりとした表情で言葉を吐き出す。
笑顔を作る術だけは異能より上手く出来る様になってしまったと、内心で溜息を一つ。

「ぬりかべというより一反木綿……いや、何でもない」

肩を軽く叩かれれば、これが所謂<ツッコミ>というものかと僅かな感動を覚える。感動ついでに言いかけた暴言は、彼女の尊厳の為に飲み込んだ。ほぼ吐き出してしまっていたが。

「…ったく、カラカラ笑っていたかと思えば突然凹みやがって…。悪かった、誂いすぎたよ。お前はそれなりに見た目は良いんだから、ちゃんとまともな異性に好かれるさ。きっと、多分、恐らく」

どうやらフォローには失敗してしまったらしい。
効果音が聞こえる気がする程凹んでしまった彼女を見れば、幾分困った様に頬をかきながら慰めの言葉をかける。
言葉の中身は兎も角、取り敢えず子供をあやす様に相手の肩をぽんぽんと叩こうと手を伸ばすが―

楊柳一見 > 「誰かが笑うためには誰かが泣かなきゃならない、ってのもあったね。
 どこの誰の言葉かは忘れたけど」

出来損ないの青春劇だろうと、芯のないジュブナイルだろうと、死体しか観客がいなきゃブーイングもない。
放埓で無責任な言葉繰りはなおも続く。

「何だっけ。ノンブレス・オブリージュ? 労働の尊さを知ってるとは感心だね、うん」

偉そうな物言いでうんうん頷く。
…どうでもいいが、息継ぎなしで何を果たせと言うのか。

「聞こえてる。聞こえてるぞー。…いっぺんマジでシメたろか」

木綿の妖怪扱いされてギギギと呻いた。いやまあ確かに己も飛ぶけども。

「それなりにとか言うなー。ちゃんと誠意ある謝罪を――っとお!」

こちらに手を伸ばす彼の遥か背後。
わずかに動いた気配――膨れ上がった殺気の元へ向け、彼の眼前から横へ転じざまに腕を振り抜いた。
拳も肘も届く訳がない。代わりに届くのは、薙ぎ払いで生じた風圧からなるカマイタチである。
びょうと空気のつんざき疾る先で、胸の悪くなる斬裂音とくぐもった悲鳴が上がった。

「……撃ち洩らしか、それこそアンタの言ってたお仲間の敵討ち…かな?」

新たな気配がないか、耳目を凝らす。
漂う血臭にもさして動じる風でなく。

神代 理央 > 「まあ、こんな青臭い事が言えることだけは、何より幸せだと思いべきなのだろうな。正義だろうが大義だろうが、日々生きる糧を得る事に必死になればどうでも良いことだ」

このスラム街が何よりの証明だろう?と言わんばかりに軽く腕を広げる。
思想や理想をただ徒然と語り合えるのは、この街の住人には与えられていない幸福ではないかと薄い笑みを浮かべて。

「ほお、さっきも思ったが、お前意外と博識なんだな。えらいえらい」

その通りだと小さく頷きながら、誂い混じりの口調であやす様に言葉を続ける。

「おお怖い怖い。俺の頭髪が祟り殺されるのは勘弁願いたいから、ここまでにしておこう」

呻く彼女にクスリと笑みを漏らしつつも、流石にこれ以上の軽口は控える。
一通り相手の反応を愉しんで満足した、というのも大きいが。

「これでも真面目に謝っているつもり――っ、と―?
…驚いたな。それがお前の力か。というか、腕が飛ぶかと思ったぞ」

一瞬浮かべた驚いた様な表情は、背後から響く悲鳴に理解の色を得た。
結果的に彼女に助けられた事に何とも複雑な表情を浮かべながらも、無粋な乱入者に苛立たしげな表情を浮かべる。

「全く、不愉快な連中だ。人が久し振りに楽しく過ごしているというのに…。この区画ごと吹き飛ばしてしまえば、煩い蝿も大人しくなるかな?」

不機嫌そうな口調と共に、異形達が一斉に動き出す。
二人を遠巻きに囲む様に配置についた異形達は、今にもその火力を一帯にばら撒こうと軋むような金属音を上げ始めるだろう。

楊柳一見 > 「そうそう、平和が一番。でもって、平和は生っちょろい正義じゃ賄えないモンよ」

正義では腹も膨れないし、望みさえ果たせない。
己とて今の平和を得る為にこれまで成して来た事は、決して誇れる事じゃあない。
その平和さえも儚いこのスラムに――憐れみは抱かないが、やるせなさばかりは逃れようもない。

「何でそういちいち子供扱いするかなあ…」

納得できねえ、とばかりに憮然とした――と言うかぶすくれた表情。

「いやあ、声掛けてるうちに何ぞあったらそれこそ間に合わんし。
 おどかしたのは謝るよ」

先程相手に求めたばかりの誠意が感じられない謝罪を返し。

「…あんまし派手にやり過ぎん方がいいんでない?
 引っ込みつかなくなると後に引きそうだし」

整然と陣容を整え、火の気を湛える鋼の戦列をまたも眺めて、そうぽつりと。
スラムに潜む大半は、取るに足りない存在かも知れないが、如何なる場所にも秩序がある。
その担い手なり、あるいは厄種であれ、本格的に事を構える次第にでもなれば――非常によろしくない。

「アタシとしては適当に目眩ましでもかまして、顔覚えられる前に引き上げるのをおススメするけど」

どうするね、なんて首傾げ。
別に放って逃げる事も出来ないではないが――
せっかく話の盛り上がった朋輩をそうしてしまうのは、何とも寝覚めが悪いモンだ。

ご案内:「スラム」に神代 理央さんが現れました。
神代 理央 > 「そして、血を流したり流させたりさせる連中に限って言うんだろう?この行いは正義である、ってな」

生きるための戦いを繰り返す事が、やがて正義を騙る事になるのだろうと可笑しそうに笑みを漏らす。
このスラム街に住む住人達の憎悪を煽る為に正義を騙るのか、或いは住民達を排除する為に正義を騙るのか。何方も大差ないのかもしれない。

「そりゃあ、お前が子供っぽいからさ。見たところ俺と年齢も大差無い様に見えるが、どうにも年下っぽいんだよな、お前」

ぶすくれた彼女に、思わずクスクスと含み笑いを漏らしてしまう。煽るような笑みでも無く、誂う様なものでもなく、純粋に楽しさから湧き上がる笑みを。

「ま、俺も気配には気が付かなかったからな。それに、こんなことで言い合っていても仕方あるまい」

彼女のおざなりな謝罪には高慢な口調と緩く首を振ることで応える。
そのまま己の怒りのままに砲火の雨を放とうとして――彼女の言葉に僅かに眉を上げた。

「――俺の機嫌を損ねた連中を叩きのめすのを止めろ、と?フン、そんな事出来るわけない…と言いたいところだが―」

低く呟かれた言葉も、その語尾からは殺気が抜けていき―

「…お前がそういうなら、今回だけは忠告に従っておこう。俺も、余計な疲労を残すのは避けたいしな」

自分に取っては何とも珍しい事をしていることを自覚しつつも、彼女の言に従って素直に身を引く。
とはいえ、己の異能は目眩ましなどという生半可な攻撃には向いていない。どうする?と言わんばかりに彼女に首を傾げてみせるだろう。

楊柳一見 > 「いやホント、正義なんて題目早いうちに売っ払っといて正解だわね」

正しいかどうか。そんな事など、どうでもいいのだ。知っていさえすればいい。
行う事にかけては――己にとって要か不要か。それだけだ。

「くそぉ……アタシだって出るとこ出ればなぁ…!」

いつかオトナの魅力と言う奴を手に入れるのだ。絶対だ。それは紛れもなく『要』なのだ。
…おかしいな。志低ィー!とかそんな幻聴がして来たぞ。

ともあれ提案が通ったなら、ほんの少し胸を撫で下ろし。
「そりゃ恐縮だね。そんじゃあここはひとつ――任せてちょうだいな」

口元に添える左手。その中指の腹を噛み破り、滴る血を絵筆の赤の如く宙に走らせる。
物理に則れば地に落ちるはずのそれは、しっかりと中空にその彩を刻み付けていた。

「枉死の塞、血盆の城に迷う朋輩よ。うぬが寡身の宴の興に、あれな有情をたてまつる。
 西門より十六人。泉下より三十六人。酒盃を満たせ。菜を刻め――」

ぼつぼつと繰られる呪願文に併せ、血塗れた指先がするすると空を躍り、星壇が、経絡が、魔陣が描かれ行く。
それが密度を増すごとに、おぞましい気配が地を舐める。
例え魔力を持たずとも、それは奇妙な冷気と不快感から直感へと訴えるだろう。

「五官中郎いざ興せ。奉天承運、皇帝詔曰――《五鬼纏身》」

呪文の終わりと同時、結び固めた拳が宙を鼓の如く打つ。
と同時。その瘴気が、こちらを窺わんとする殺気群に向けて一斉に疾走した。
向かう先では、不可視の邪鬼の群れに翻弄された連中が、慌てふためき始めるだろう。
こちらに挑みかかる余裕など、もはやない。

「よっし、今のうちにずらかるわよ!」

賊の類じみた物言いで彼へと呼び掛け、人気のない隘路を目指す。
住処でなくとも、この近辺はたびたび上空から俯瞰して地形をすっかり頭に入れてしまっている。
表の外界へと、難なく辿り着く事が出来るだろう。
まあ、ちょっとばかり徒競走を強いる事になるが。

「――ま、大目に見てよ」

どうせまた、そう悪戯っぽく言って済まそうとするのだ。この女は。

ご案内:「スラム」から楊柳一見さんが去りました。
神代 理央 > 「違いない。何事も、旬のうちに金にしてしまうべきだろうな」

別に己が正義を信じているとか、崇高な志を抱いているということもない。
自分にとって正義とは、それが自分の行動を周囲に正当化する為の方便と欺瞞に過ぎなかった。
彼女とはまた違うベクトルで正義に対して投げやりな思いを抱いていたのだが―互いに其れを知ることはないだろう。

「…まあ、成長期というのもある。先ずは牛乳でも飲めば良いんじゃないかな?」

感情豊かな女性というのも異性受けは良いのではないかとも思うが、それを彼女に伝えるのは差し控えた。
黙っていた方が面白くなりそうだ、とは決して思っていない。思っていない筈だ。

「……これは、異能?いや、魔術、か…?此処まで広範囲な術式を展開できるのか…凄いな」

魔術に関する知識が薄い己は、彼女が行使した力に感嘆の声を上げるばかり。同時に、最初の段階で彼女が此方に敵意を持っていれば苦戦は免れなかっただろうと冷ややかな現実に思考を巡らせ――

「了解…って、ちょっと待て!俺は此処の地理に詳しくな――!」

まるで己の庭の様に駆け出す彼女に、ついていくだけで精一杯。どうにかこうにかスラム街を抜け出す頃には、疲労困憊になっている事だろう。

「…ったく、本当にろくでもない女だ」

息を切らせながら、僅かに浮かび上がる笑み。色々と思う所はありつつも、結局自分は楽しんでいたという事実に我ながら僅かな驚きを覚えつつ、次の再会ではどう誂ってやろうかと少しばかり楽しみにしていたり。

ご案内:「スラム」から神代 理央さんが去りました。