2017/04/30 のログ
ご案内:「研究施設群」に東雲七生さんが現れました。
東雲七生 > 「ふぅー、疲れたぁ……」

無機質な研究施設が立ち並ぶ区画の片隅に、小さな児童公園がある。
滑り台、ジャングルジム、ブランコ。
その他幾つかの遊具が押し詰められるように設置されているだけのその公園に七生は来ていた。

「人が住んでいない部屋って、ああも埃っぽくなるんだな。」

研究区を訪れたのは、以前住んでいた部屋の掃除の為。
入学してから半年近く、ほぼ寝る為にすら帰らなかった部屋は、相変わらず一歩入るだけで心が押し潰されそうになった。

東雲七生 > 打ちっ放しのコンクリートの壁、真っ白なタイルの床。
無機質なメタルラックとデスク。堅いマットレスとスプリングのベッド。
とても親元を離れたばかりの少年が住むには、あまりにも“部屋らしくない”その場所を、とうとう七生は好きになる事が出来なかった。

「ひどいおやだよ、ほんとに。」

滑り台の上で抜けるほど青い空を眺めながら、ぽつりと呟く。
あんな独房めいた部屋に息子を入れる親の顔が、一体どんなものなのか。

七生には、思い出せなかった。


否、思い出す事は出来ないのだった。

東雲七生 > 1年の夏。突然七生の記憶は欠け始めた。
それは物心ついてから、常世学園に入学するまでの10年余りの記憶。
中学のこと、小学校のこと、友達のこと、近所の人のこと、両親のこと。
あらゆる思い出が時には虫に食われる様に、時には風に吹き散らされる様に。
細かな事から大部分に至るまで。

少しずつ少しずつ、確実に抜け落ちて行った。

そして欠け始めから1年と半年が過ぎた今。

元々何も無かったかのように、七生の過去にはぽっかりと大きな穴だけが残っていた。
勿論、全く消えてなくなったわけではない。
ただそれらが実感を伴わなくなってしまったのである。

たとえば。中学を卒業した、という記録はある。
しかしそれは、“自分が中学を卒業した”という実感を全く伴わないものになっていた。

東雲七生 > どうして、そんな事になったのか。
今まで七生は限られた数人にしかその事を話さなかった。
話したとしても信じて貰えないだろうし、何より七生自身が一番信じられなかったから。
自分の記憶が日ごとに消えていく感覚を、どう説明したものか分からない内に何も残らなくなっていた。

いや、信じられないままに目を背けて、取り返しのつかない事になっていた。
その事に気付いたのが、去年の暮。
それからは一層に誰にも相談できず、一人で抱え込んで今日に至る。

──それでも、真相を知る糸口が無いわけでもなかった。

東雲七生 > ──東雲 七生。
                             モノ
どんな過去の記憶が無くなっていっても、変わらず残っていた記憶。
自分の名前だけは、“間違いなく自分のものである”と自信を持って言えた。

つまり、記憶の欠落から逃れられたものであるか、あるいあ、今の記憶の一番最初に与えられたものか。

どちらにせよ、自分の名前を手掛かりにすれば何かしらの真実には突き当たる。
誰が保証してくれるわけでもないが、何故だかそんな確信が七生にはあった。

東雲七生 > それともう一つ、七生が持つ最古の記憶。その開始地点。

『東雲異能研究所』

本土で異能に覚醒し、中学時代に事故に遭って異能を暴走させた七生を受け入れた異能研究所。
奇しくも同じ苗字だからという理由で両親に代わり常世島での七生の生活を保障してくれる、“ということになっている”施設。
一昨年の春、七生の記憶は研究所で担当の研究者と雑談をしているところから始まっていた。

証拠がある訳でも無い、誰かに吹き込まれたわけでもない。
しかし、そこに何かがある。確証はないが確信がある。
人に言えば笑われてしまいそうだが、そう表現する他にない。


だから、今日。
部屋の片づけと銘打って、七生は研究区へと足を運んでいた。

東雲七生 > そうして、今。
取り敢えずの大義名分として部屋の片づけを済ませて。
七生は懐かしささえ覚えるこの公園で、最後の心の準備をしていた。

正直、怖くないわけではない。
むしろ怖い。どうしようもなく怖い。
一歩踏み間違えれば、今の自分さえたちどころに消えてしまいそうな気がするほどに。

それでも、それ以上に。
このまま目を背けて誰かに甘え続ける事だけはしたくない。

その一心で、七生は今、此処に居た。

東雲七生 > 「……行くか。」

誰に言う訳でもなく、小さく小さく呟いて。
七生は静かに滑り台を滑り降りた。昔、こうして遊んだことがあるのだろうか。それさえ判らない。

滑り台の支柱に立て掛けるようにして置いておいたデイパックを拾い上げると、無造作に肩に担ぐ。
そして一歩、また一歩と自分の存在を確認する様に地面を踏みしめて、歩いて。歩いて。


暖かな風が吹く頃には、公園には誰も居なくなっていた。

ご案内:「研究施設群」から東雲七生さんが去りました。
ご案内:「研究施設群」に《赤ずきん》さんが現れました。
ご案内:「研究施設群」にイレイスさんが現れました。
《赤ずきん》 > 重たく立ち込めるような、濃い霧の煙る夜だった。
蒸気都市に住まうありとあらゆる人々の肺腑を満たした、あの白い闇とよく似ている。
季節はもう春だというのに、この身は肌寒さすら感じてしまう。
水は清く、空は青く澄みわたり、温順な気候に恵まれたこの世界には似つかわしくないものだ。

数十メートル先の見通しもきかない霧の中を、一台の車両がひた走る。
前後の座席にこの街の治安当局者たちを、そして後部座席には警護対象の要人を乗せている。
その人物は、この世界にとっての招かれざる客人。
転移者のひとり。蒸気都市でも有数の頭脳といわれた碩学が深く身を沈めている。

霧のさなかに、じわりと赤い色彩が滲んだ。
それは亡霊のようにおぼろげな人のカタチを結ぶ。
目が眩むほどに赤いレインコートの、フードを下ろして目深に被った少女だった。

『っ……!!』

それはあまりに唐突な出来事だったから、運転手はこう判断した。
――――気づくのが遅すぎた。接触は避けられない、と。

車両の四輪が猛烈な空転を始める。
大きく左方に円弧を描きつつ赤い亡霊をなぎ倒し、路傍の柱へと突っこんでいく。

《赤ずきん》 > 路面に焦げた樹脂のような臭気を刻んで、ひしゃげたボンネットの下から白い煙が濛々と立つ。
聞くに堪えない騒音のあとには、すべてが死に絶えたような静寂が取って代わった。
静止した車両の中で動いている人間はいない。

赤い幻影はそして、何ごともなかったかの様に車両へ近づいていく。
後部座席のドアに手をかけ、歪んだフレームの隙間に肉厚の白刃を突き立ててこじ開ける。
最も年嵩の乗客に迷わず手を伸ばし、襟首を掴んで車両の外へと引きずり出していく。
額から血を流しながら、程なく意識を取り戻して老人は苦しげな呻きを盛らした。

『…………私を……迎えに、きたのかね……』
『……手荒な、真似を……するものだ…』
『……………君は……そうか、ウォルシンガムの……?』

赤い人影は答えない。
人ならざるものの命脈を絶つ、銀の刃をぎらりと抜いて。

『………待て! 違う、私は―――』

教授然とした老人はへたり込んだまま後ずさりする。
動力機関の熱も覚めやらず、白煙を吐きつづけるセダンの後輪に背中が当たった。

イレイス >  
音が、聞こえた。
ただの交通事故ならいいが。
バイクは持ってきていない、その場で変身して走る。
虚空から取り出したベルト型変身アイテムを装着した。

「ジョイント・オン!」

全身を緑の外装甲が覆う。
赤のエネルギーラインが全身を走り、人口筋肉、機械式補助が十全に作動する。

この状態なら、100mを5.8秒ってところだ。

全速で走りながら現場に急行する。
そして。

「待ちな!」

声をかけた先にいたのは、以前戦った赤いシルエット。
老人を殺そうとしている。止めなければならない

「久しぶりだな、赤いの。以前は手ひどくやってくれてよぉ、修理に手間取ったぜ?」
「おおっと。待てよ、と言った時点で俺の拳が届く距離だ。おかしな考えは起こさないことだな」

拳を浅く握る。この距離なら例え拳銃を撃たれても殴りにいける。
無論、問題はそこではない。赤い影のおかしな能力だ。

《赤ずきん》 > 苦し紛れの詐術など取り合うつもりもない。
赤い幻影のさほど大きくもない身体から、むき出しの殺意が放たれる。
わずかに数歩の距離を、一歩ずつゆっくりと詰めていく。

『聞き分けのない子だ。違うと言っておろうが!! 老いぼれをいたぶるのは止めたまえ』
『やむを得ん。身の証を立てる。それでよかろうな』

碩学は銀の刃へと震える手を伸ばし、手のひらを上へと向けた。

「……………………」

獣殺しの刃を振るうのに早いも遅いもない。
この期に及んで、一瞬で露見するような言い逃れをする理由も思いつかない。
ならば「これ」のいう通り、確かめてみるのもいいだろう。

そう思った矢先に「三人目」が現れた。
「これ」を仕留める絶好の機会を奪った男だ。

「………………」

消えかけた殺意が燃え立ち、怒りで視界が赤く眩んでいく。
一体どこまで邪魔をすれば気が済むというのか。

無視して刃を皮一枚の深さで突き立て、手のひらの皮膚を薄く切り裂く。
すぐに赤黒い血が滲んだ。けれど、それだけだ。変化は起きない。
毛むくじゃらの化け物になんてなるわけがない。「これ」は本物だ。ただの人間だった。

イレイス >  
「何を――――してるんだ手前ぇ!!」

見えたのは、赤い影が確かに人を傷つけた瞬間。
激昂して殴りかかる。

以前、この敵と戦った時に把握したのは。
恐らくこいつはこちらの攻撃に対して自身の存在を無へと逃がし、すり抜けさせる能力を持っている。
それがどこまで応用の効く能力かは知らない。
制限があるのかも知れない。予備動作があるのかも知れない。

勝ち目?
どう足掻こうが物理打撃しか攻撃手段がないイレイスには万に一つもない。

だからって。だったら。正義が逃げていい理由には

「ならねぇだろうが!!」

走りながら右拳を振りぬいた。

《赤ずきん》 > 途方に暮れる。この身は一体どうしたらいい。
「あれ」が一度取り込んだ人間を放り出すなんて、考えられないことだ。
………「これ」は、いや彼は言ったのではないか。
かの悪辣なる人類の天敵は、すでに他の人間に成り代わっているのだ、と。

車両の中、運転手をつとめていた若者が身じろぎする気配があった。
―――通報される。人が集まる。判断を下せ。魔を追い、滅ぼす為に最善の判断を。

鋼鉄の拳が迫っていることさえ忘れていた。
一瞬遅れてマチェットで切り払い、力を受け流しながら吹き飛ばされる。

「っ………」

かの超常の力、この場を切り抜ける役には立つだろう。
けれど、あれも計算に含めると砲兵機関の過熱を招いてしまう。
乱用はできない。
転がるように受け身をとり、吹き飛ばされた分の距離を一瞬で詰めて斬りかかる。

機械の鎧をまとった暴漢に、あらん限りの憤激をぶつけなければ気がすまない。
全身の血が滾り、理性を失くしてしまいそうなほどの、この怒りを。

イレイス >  
「……通った!?」

自分で殴っておいて自分で驚く。
恐らくだが、常時無敵モードとはいかないようだ。
万に一つの勝ち目を見た。あとは勝つまで試行してみるだけだ。

「っ!」

斬りかかられれば、大仰に身を翻してかわした。
あの斬撃は、外装甲持ちでも簡単に受けられるものではない。

「しゃあっ!!」

何とか姿勢を立て直して、苦し紛れの両拳での二連打。
この敵はどうにもやりにくい。
怪人や怪異とも違う、生きた感情のようなものを凄まじい勢いでぶつけられるような気配がした。

――――人の感情は、苦手だ。

《赤ずきん》 > 「………………」

機械鎧は何らかの動力機関を備えているのだろう。
砲兵機関の補助演算に類するような戦術支援も受けているのかもしれない。
こちらはフルプレートアーマーなど着こんでいない生身だというのに、姑息にも程がある。
まともに当たれば骨まで砕け、はらわたも千切れてしまうだろうに。

遊び半分で暴力を弄ぶような不心得者に遅れを撮るわけにはいかない。
男の拳はあまりに野生的で直情的で、読みやすい。
理詰めで来るようなタイプでないなら、こちらも直感に任せて刃を振るうまで。
砲兵機関の補助は最低限で済むはずだ。

「…………………」

身を沈めて拳を交わし、男の足回りに捕縛用のワイヤーを撃つ。
肉厚の刃を逆手に擬して、行き交いざま手薄な背面装甲を狙って打ちこむ。

イレイス >  
相手は何も言って来ない。
攻め手から知性がないとは思えないが、こちらの言語を知っているとも限らない。
こいつにも家族がいるのか? いいや、考えるな。戦闘中だ。

相手は、素早い。
こちらの強化外装甲と人口筋肉、機械式補助とちっぽけな魂で届くだろうか。
ヤツの芯に。

「ッ!?」

拳を回避されるのは想定していた、が、相手の姿勢がここまで低くなるとは想定外だった。
足に捕縛用のワイヤーを受けて思わず一歩前につんのめる。

「ぐっ!!」

背面装甲は前面より薄い。
当然と言えば当然だ、しかし斬りつけられてそこから火花と共に人口筋肉が損傷した警告がマスクの下に出た。
実質、薄皮一枚で助かった状態だ。背骨ごと抉られなかっただけ運がいい。

「…っの野郎!!」

ワイヤーを力任せに引いた。
相手が手放す前なら、パワーでこちら側に引ける。

《赤ずきん》 > 火花が散って、装甲を抜いた手応えがあった。
いかなる碩学機械であっても、使い手の限界はどうにもならない。
闘争心をくじくまで、必要量の出血を強いることができればこちらの勝ちだ。

とはいえ、時間がなさ過ぎる。
これだけ派手に争っていては深夜のこととて人目を集めてしまいかねない。
車両の中でも数人が動き出している。

ぐん、と力任せに引き寄せられる感覚があった。
パワーアシスト付きの機械鎧が相手では、体重も出力も違いすぎる。

「っ……!!」

慣性にブレーキをかけても間に合わない。
ならばと開き直って、全体重をかけて押し倒しに、姿勢を崩しに行く。

こんな邪魔さえ入らなければ。
とっくに「あれ」を滅ぼして、蒸気都市に帰っていたはずだ。
帰る手立てはわからないけれど、とにかくここでの暮らしは終わっていたはず。
それなりに知人も増えて、主人もできて、愛着を感じていないといえば嘘になるけれど。

禍々しい形状をした鋼の牙を男の胸へと力任せに打ち下ろす。
何度も何度も。三度目はない。ここで終わりだ。

イレイス >  
よし、引き寄せた。
あとはこちらのパワーで何とでもなる。
そう考えたのは、浅はかだった。

「うお!?」

外部スピーカーが歪んだ声で情けない自分の悲鳴を鎧の外へ垂れ流す。

姿勢を崩しにかかられた。
相手の体重で、相手のパワーで、そんなことは完全に計算外だ。

「死ぬのが怖くねぇのか、化け物がぁ!!」

押し倒され、肉厚の刃を胸部装甲に打ち下ろされる。
火花が散り、人口筋肉が切り裂かれる。
やば、死ぬ、ここで、死………

「死……んでたまるかぁ!!」

真剣白羽取り、振り下ろされる赤い影の刃を両手の平で挟んだ。
死中に活を見出すには、少し背水が過ぎる。

「ぬぅん!!」

相手を横手に投げ飛ばして、起き上がった。
ワイヤーは解くしかない、今のままではただの足かせだ。

「派手にやってくれたな、こいつの修理は手間なんだぞ」

ゆっくりと相手の左手側に回りながら喋る。
咄嗟の攻撃に反応できるように。そして、時間を稼ぐかのように。

《赤ずきん》 > 強引に引き剥がされる。
身体が自然と受け身をとって、弾かれるように起き上がる。
あの装甲がある限り、無力化は困難だということだ。

「…………………っ………は、ぁ…!」

死ぬのが怖くないのかといえば、怖いに決まっている。
右の眼窩に埋め込まれた階差機関が導く生存確率の数値は絶えず確認している。
状況次第で移ろう数字に意味などないというのに、どうしても気にしてしまうのだ。
死んでしまえばこの身の務めさえ果たせなくなる。
それはあまりにも恐ろしいことだから。

遠くの空にサイレンが聞こえた。
いつまでも機械鎧の暴漢と遊んでいる暇はない。

「………………」

騒ぎになる前に「彼」の身柄を押さえないといけない。
この身は脳裏に冷たい方程式を思い描く。

このおかしな暴漢への怒りはあっても、全てを滅ぼしたいと願うほどの害意はない。
けれど、それは状況が許す限りの話だ。蒸気都市に住む全市民の安全を犠牲にしていいものでもない。

刃を収めて、無手になった。
歩くような速さで、赤い輪郭に陽炎をまとって男へと近づいていく。
互いの吐息すら感じられるほどの距離。
差しのべるような右手は、ずぶずぶと男の胸部へと沈みこむ。
細い指を、左の胸の奥、熱く脈打つモノに添えて、そろりと撫でた。

この身は切に請い願う。
―――不条理なる死を想い、恐怖せよと。

イレイス >  
「はぁ………はぁ…!」

ただの荒い呼吸を律儀に拾って粗い音声で垂れ流す外部スピーカー。
落ち着け、相手が異能を使ってくる。
そうしたら足場を思い切り踏み砕いて粉塵の煙幕で――――

相手は真っ直ぐに歩いてくる。

「オラァ!!」

右拳、左手刀、右貫き手の三連撃、しかし。
その全てをすり抜けて相手はこちらに踏み込む。

「………っ!!」

足元、踏み、無理だ、ここまで近づかれたら無意味だ。
自分の胸部に飲み込まれていくように通り抜けていく赤い影の手。
心臓に触れられる、その嫌悪感に。
命を容易く壊せる位置に敵がいる、その敗北感に。

死を、覚悟した。

「……メイジー…………」

メイドの名を呟いた。さよならだ、ダメなご主人サマで悪かった。
ケッ、死ぬ間際に思い出すのが家のメイドのこととは……な。