2018/07/13 のログ
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「そんなに警戒しないでくれないか?
 あの子にとって特別ならボクにとっても特別だもの。
 そうでなければ此処に入った時点で”お帰り”願ってるよ」

明らかに警戒されている……まぁ無理もない。
幾分か情報阻害を解いているとはいえ、こんな格好をした相手がこんな場所で宙に浮かんでいる時点で
これで警戒しないなら風紀委員どころか危険な場所に立ち入るのは一切やめた方が良い。

「少なくとも君にとっては良い晩じゃないか。
 ああ、もしかしてあの子の方がよかったかな?
 中々刺激的だろう?私の”妹”は」

ぱちりと一つ指を鳴らすと白い小さな椅子と机が現れる。
それにそっと降り立つとティーカップを並べ……仮面を外す。
けれどその顔を見たものは何一つ区別がつかないその顔に困惑するかもしれない。
声がそうであったかのように、老若男女の区別がつかない顔というのは
正気を削るには十分だ。

「ああ、紅茶が飲みたいだけだから勘弁してほしいな。
 砂糖壺は其処にある。好きに使うと良い」

椅子に深く腰掛け、ティーカップを傾け
再び足を組みなおしながらそれは軽く嗤った。

神代理央 > あの子。名前の無い代名詞ではあるが、誰の事を指す言葉なのか一瞬で脳が理解した。
それはある意味、眼前の相手よりも直接的に己の内面を侵食した少女。己にただの獣の様な狂気を植え付けた少女。
ソレを思い返せば、苦々しげな表情と共に緩く頭を振るだろう。

「寧ろ、警戒するなと言う方が無理な話だと思うがね。まあ良い。争うつもりが無いのなら、此方とて乱暴な手段は取らん」

己の背後に控えた異形に思念を飛ばせば、異形は耳障りな金属音と共に砲塔を下げ、膝をつく。

「フン。妹と言うなら、もう少し躾をしておくべきだな。あれでは、娼婦と変わりあるまい」

出来の悪い前衛芸術の様な異形を横目に、突如現れた椅子に腰掛ける。
そして、仮面を取った相手の顔を、小さく首を傾げ、次いで納得した様に、そして最後は小さな溜息を吐き出した。

「表現しえんな。貴様の顔は。マネキンを見ている様な気分だ」

悪意は無く、侮蔑も無く。単純に思ったままを伝えれば、言われるまでも無くカップに砂糖を注ぎ込むだろう。
少なくとも、己の内面を侵す狂気に比べれば、『狂っている』だけの空間等幾分マシなものだ。
それとも、常識人だと思いこんでいただけで実は多少なりとも正気を失っているのだろうかと、甘ったるい紅茶で喉を潤しながら僅かに悩んだ。

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「争うっていうけど勝つ算段はあるのかい?
 無いなら警戒するだけ無駄というものだとおもうのだけれど」

さらりと言ってのけるあたり、そもそも敵対者としてみていない事が伝わるかもしれない。
彼女にとって本質的な敵たり得るものはそう多くはなく……
少なくとも面前の彼はそれには当たらない。

「娼婦か……なるほど、キミにはそう見えているわけか
 間違ってはないかもしれないね。いやはや全く良く言ったものだよ」

何が気に入ったのかケラケラと笑い声を響かせる。
少なくとも妹と称した相手を貶されたとは感じていないような
まるで面白い冗談を耳にしたような様子のまま
何処からか取り出した焼き菓子をピックでさし、
その形良い口元へとゆっくりと運ぶ。

「む、これでも親切なんだと理解してほしい所だね。
 感謝しろとは言わないけれど
 君だって”これ以上狂い”たくはないだろう?
 まぁそれはどうでも良い」

本人としては文字通り胸襟を開いているつもりなのだろう。
少しだけタイを緩め寛ぎながら、未だ宙を舞う紙束を手にしたピックで貫いた。
貫かれたそれは一瞬にして燃え上がり、灰になりながら地面へと落ちていく。
その多くは実験結果の写真が写ったもの。
数多くの異形の写しをこの世界から消し去りながら漫然と言葉をつづける。

「それで?
 少なくともそう突き放さないと居られない程度
 君にとっては恐怖になりつつあるようだけれど、
 未だ消化中といったところかな。
 あの子は君のお気には召さなかったのかい?」

一見したところ、迷ってはいるが堕ちてはいない……と言ったところだろうか。
……あくまで本人の中では。

「あきらめも肝心だよ?
 ある意味もう王手(チェックメイト)なのだから」

彼女から見れば既にそれらは大差ないだから。

神代理央 > 「勝つ算段等、あろうがなかろうが同じ事よ。戦うのであれば勝利か死か。それだけの話だ」

それは、己が持つ矜持。闘争の果てに、無様な敗北を期す事も、無意味な死を迎える事も、全ては戦い抜いた結果として受け入れるだけの事。それだけは、自身が持つ根源の信念でもあった。
尤も、図らずも相手の思惑通り、闘争に値しない場であると判断した以上、無意味な敵対心を持つ事も無い。
若干の警戒心は未だ抱いて居るが、取り敢えず理性を以て対話を行う程度には気を緩めていた。

「…多少なりとも反論なり罵倒なり浴びせられると思っていたのだがな。まあ、貴様が良いのなら別に構わんが」

相手の笑い声に怪訝そうな表情を浮かべつつも、その言葉を深く追求する事無く再度カップに口をつける。
此方からすれば、相手は十分に狂っているのだ。その思考回路を常識で判断しようとするのは無駄な努力だろう。

「善良な生徒を狂わせる等と、今どき末端の犯罪者でもやるまいよ。だが、貴様なりに気を遣っているということは理解した。案外、人間らしいところもあるじゃないか」

親切だ、と口にした相手にクスリと小さく笑みを零す。
尤も、そこまで気を許して良い相手では無いか、と直ぐに眉間に皺を寄せた様な表情に戻るのだが。
その表情の変化は、相手から告げられた言葉の内容も影響していたかも知れない。

「恐怖、諦め…だと?馬鹿馬鹿しい。この俺が、あんな小娘相手に何を怯え、何を諦めるというのか。俺が、理性も矜持も闘争も無く、望むがまま、欲するがまま貪る様な獣に、狂気と欲望のままに振る舞う男に成り果てるものか…!」

眼前の相手は、具体的な事は何も言っていない。つまり、自身の口から吐き出された言葉は反転して答えとなるのだろう。
ただ、それが認められないだけだ。僅かな人生経験の中で、望んでも与えられなかったモノが差し出され、それを喰らう事に躊躇しているだけだ。
無意識にカップを強くテーブルに叩きつけ、陶器がぶつかる甲高い音に我に返った様に舌打ちした。

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「成程?
 まぁ深く追求するのは避けるよ。
 ”今はそのときじゃない”だろうから」

銃火でねじ伏せるというのはある意味彼女にとってもとても分かりやすく
そして容易に行える対話の一種ではある。
けれど……最も相手には伝わらないが
彼女はその方法を嫌悪している。
暴力が他の暴力を制する世界に意味など見いだせないから。
そこはこの二人における決定的な差かもしれない。

「良いじゃないか。
 贔屓目を差し引いてもあの子は人造の天使だよ。
 あの子にとって娼婦……なんて言葉は無意味だもの。
 そういうものだからね。あの子は」

その雰囲気は明らかに面白がっているようなものだったが、
ティーカップの鳴る音に少し身を起すと印象が一変する。
何処か等身大になったそれはその分具体的な形を伴うようで……
それは今までヴェールの向こうに隠していた深淵を覗き込ませるような笑みを浮かべた。

「何を躊躇する必要があるんだい?
 好きに犯し、崇め、貪ればいい。
 その何れもあの子にとっては大したことではないのだから。
 ……それとも君は気が付いていないのかな」

何処かで見た様な瞳の光を宿しゆっくりと囁く。
それは幼さや声質という点では全く異なるもの。
けれど姉妹という言葉が本当であったと思わせるような
甘い響きを伴っていた。

神代理央 > 「同感だな。少なくとも、紅茶を啜りながらするような話ではあるまい」

小さく肩を竦め、恐らく相手と相対して初めて、純粋に同意の言葉を伝える。
常に戦場を求めている訳でも無い。己が見出した相手と、或いは、牙を剥く敵との闘争は望むところだが、そうでなければこうして対話を楽しむ事もある。
楽しんでいる、というには些か語弊があるかもしれないが。

「人造の天使、ね。人が造り出したモノに神や天使の名を冠する時点で、傲慢さ極まれリだと思うが……」

未だ使用した事の無い――というより、覚えてすらいない――己の異能も『人造神』という御大層な名前がついている。
そう思えば、あの少女の事を人造の天使だと言うのは些か戯曲じみているなと内心苦笑する。
だが、そんな思考を巡らせられたのも、眼前の相手の雰囲気が変わるまでであった。

「……ぬかせ。欲望のままに下衆に堕ちるだけならまだ人間味もあろう。肉欲のままに貪る者達も、その欲望と精神も否定はすまい。だが、アイツは違う。アイツは……いや、お前達、は…」

それは根源を侵食される恐怖。ただ肉欲に溺れるだけでは無い。あの少女は、己の内心を狂気で書き換える。その時、己がどんな存在に成り果てるのか。それは恐怖でしかない。
だが、その思考は相手の―いや、彼女の有様を見て発した言葉と共に途切れるだろう。
本能が告げるのだ。彼女もまた、あの少女と同じ存在であると。己の魂を書き換える『ナニカ』であると。
思考が烟り、彼女から視線を逸らせようという努力が徒労に終わり、辛うじて僅かに残された理性だけが、彼女の瞳を見つめる正気を残していた。

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「人とは元々傲慢なモノだと思うけど。
 君も、誰も彼もね」

事実あの子は人造の天使を基本理念として設計されている。
無邪気に、けれど否応なく

「愛さずにはいられない
 あの子はそういう子だよ
 あの子がそれを望んでいなくても、ね。
 君が嬲ろうと、拒絶しようと
 あの子はあの子のまま、その感情も含めて
 君というモノを肯定してしまうだろうね」

少しずつ少しずつ薄皮をはがすように
内包する狂気をも飲み込み肯定して。
あの子にとって愛する事は自然な事。
例え自身が愛されなくとも。
例え自身を愛すことが出来なくても。
だからこそその狂気をより鮮やかに目の前に映し出してしまう。
……その狂気をも肯定してしまうから。
目の前に映し出されているのは狂った世界の狂った願い。
そしてヒト自身の狂気そのもの。

「君がどれだけ
 ”君のいう狂気”に堕ちても、ね。
 けれど、もう君もうすうす気が付いているのだろう?」

ゆっくりと手を伸ばし、頬を撫でる。
何処か慈愛にすら満ちた声で、それは言葉を紡ぐ。

「さぁ、目を覚ます時だよ。ニンゲン。
 目を逸らし続けた世界は此処にある。
 理性?沸いた欲望?……違う願い?
 ううん、そんなものはないんだよ。
 だって、全てはそこに在ったんだから。
 ずっとずっと昔から。そう、初めからね。」

硬直したように此方を見つめる瞳を見つめ、
全てを許すような優し気な笑みを浮かべた。
それはとある少女を思い浮かべるには十分な表情。
当たり前だ。あの子は”私”から生まれたのだから。
そして狂気という点では……比べるまでもない。
ーーその点は少し、羨ましくも思う。

神代理央 > 「……それこそ傲慢な事だ。愛さずにはいられない、だと?無償の愛を捧げられる事が、どれだけ相手の精神を――」

言葉は途切れた。今迄頭の片隅に感じていた違和感。
何故あの少女は、己の精神をかき乱すのか。その答え。
それが今、彼女によって提示され、自身が言葉にしてしまったのだから。
そしてそれは、己を完全に肯定されるというその狂気は、間違いなく己が求めていたモノだろう。

「…何を言っている。俺が、何に、何を…!」

それは、眼前にあった正気の沙汰では無い風景よりも明確に己の精神を削り取る。
だからこそ、彼女が伸ばした手を払いのける事すら出来なかった。
10分前の自分なら、傲慢な物言いと共に彼女の手をはたき落とすくらいは出来た筈なのに。

「……止めろ。そんな顔で、俺を見るな。与えるな。差し出すな。アイツは、お前は、お前達は…俺を満たす振りをするだけだ。穴の空いたカップに、永遠と紅茶を注ぎ入れるだけだ…!」

結論から言えば、気が付いてしまった時点で最早手遅れだった。
無制限の愛が、原初からヒトが求める感情が際限なく与えられる。それに自分は何時まで耐えられるのか?そもそも、今自分は正気を保てているのか?
彼女の顔を見ると、あの少女を想起する。それは、激しい欲望の炎となって少女を求める狂気を呼び起こす。
見てはいけない。聞いてはいけない。彼女は、あの少女と連なる者。

それでも、彼女から視線を逸らせる事は出来なかった。
まるで吸い寄せられるかの様に、というよりも全く意識せぬまま狂気の命じるままに、己の頬に触れる彼女の手に触れようと手を伸ばすだろう。

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「うん、でもね」

それは全て人間が望んだ結末なんだよ?
そう耳元で囁く声は今は明確に少女の声色で……

「いらっしゃい。
 愛という名の牢獄(楽園)へ。
 そこはとても暖かいだろう?」

知らなければ憧れで済んだだろう。
触れなければ羨望で済んだだろう。
けれど、一度味わってしまえばもう、知らなかったころには戻れない。
その快楽はどれだけ意志の力で抑え込んだとしても、
意志の箍が完膚なきまで破壊されるまで身を灼く炎となるだろう。
それに耐えきれなくなるのが遅いか早いかの違いでしかない。

「あの子は拒まないよ?
 どんなに爛れた愛も、原初の欲も。
 君が組み伏せ、汚し嬲り、命を奪おうとも
 あの子は君を肯定するだろう。当たり前に。
 どちらにせよ、あの子は永くない。
 美しい花もいずれ枯れ、散っていく。
 世界は進んでいくだろう。君の願いを置き去りにして。
 ……楽しめる時間は短いよ?君が迷えば迷うほど。
 後に残るのは大事な物が欠けた世界だけ」

頬に添えられた暖かい手が、優し気に見つめるその瞳が、
その温かさゆえにそれが失われた恐怖を浮き彫りにさせる。
規則も法律も矜持でさえも、原初の願いの前にはちっぽけだ。
何故ならそれらはその願いを満たすための物。

「それの前に正気なんて、ルールなんて意味があるのかな。
 正直可笑しいよ。命なんて顧みないモノに
 命を守るための理論が通用するなんてね」

そんなもの、ちっぽけな箍に過ぎないと
傲慢に、けれどどこか悲しげにそれは嗤った。 

神代理央 > 「ク、ハハハ。……成る程。ああ、成る程。道理で心乱れる訳だ。ソレに抗う事は難しかろう。暖かいだと?確かに暖かいだろう。何もかも溶かし切る様な暖かさだとも」

カクリと項垂れた後、僅かな笑みと共に再び視線を起こす。
理解したのだ。狂気に囚われた事に。

「良かろう。抗うのも馬鹿馬鹿しい。差し出したのは貴様達の方なのだからな。遠慮無く、喰らい尽くすとしよう。
それを果たして愛と呼ぶのかどうか、知ったことでは無いがな」

なればこそ。全て喰らい尽くす獣となる事を選んだ。
『獣になる事を選べる』間に、己の理性と意思を以て、暴風の様に荒れ狂う欲の全てに従う事に決めた。

「喰らってやるとも。あの少女も、お前も。いや、俺が望むもの全て。欲するがままに欲し、貪ってやるとも。其処に引きずり込んだのは貴様達なのだからな。拒まぬと言うなら遠慮無く、俺が望むまま求めるとしよう」

ゆっくりと椅子から立ち上がり、薄く唇を歪めて嗤う。
そんな己を唾棄する感情と理性が僅かに残ってはいたが、最早どうでも良い事だった。

「………だが、それがあの少女の幸福に繋がるとは思わんがね。アイツを姉妹だと言うのなら、俺の様なろくでなしに触れさせぬ方が良いとは思うがな」

しかしそれでも。例え原初の欲求により己が狂気の縁から沈みゆくとしたら。それはあの少女にとって不幸な事になるのでは無いだろうか。
最後に残った理性と矜持が、それを彼女に告げる事を許した。それは、彼女の悲しげな表情に感化されたのか。それとも、己自身に思うところがあったのか。
それが分からない事そのものに、僅かに舌打ちした。

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「くふ……そうと決まったなら、ほら、急いで?
 失くしてしまう前に、届かなくなってしまう前に」

沢山貪っておかないとね?
とそれは少女の声色で無邪気に囁く。

「だって君は知ってるだろ?
 甘い甘いお菓子の、その結末を。」

彼にはそれを容易に想像できるはずだ。
届かなくなって、誰かに奪われて、
――簡単に、それが失われる様を。
何故なら彼は今まで勝者となることで奪い続けてきたのだから。
そしてそれを予知された今、彼はどのような感情を持つだろう。
……それはそれでどうでも良い事かもしれない。
大事な事はそう多くない。

「君とあの子の未来に祝福を。
 そこには絶望しかないけれど、僅かな逢瀬を楽しむと良い。
 その絶望の中にしか、君の救いは無いのだから」

立ち上がり、笑みを浮かべる様に一つ吐息を漏らしながら告げる。
これは文字通り祝福でもある。
世界中でそれに巡り合うものがどれだけの数いるというのだろう。

「あの子の幸福……か。
 ボクは彼女の姉であり、彼女の創造主でもある。
 だからこそ、願う事は一つだけさ」

ゆっくりと身を放し、小さく首を振る。
あの子は誤解されがちだ。そういう意味ではあの子を真に理解するのは難しい。
だからこそ、理解できるものがその願いを掬い上げてあげなければならない。

「大切な願いを、祈りを叶える。その結果がどうなるとわかっていても。
 それに恐らく君の想像以上に……あの子は純粋に一途だよ」

たとえ絶望の淵に立とうとも
愛する事を強要されても、感情がゆがまされたとしても
……あの子の願いは一つだけ。
それを叶える為なら、何を他に留意すべきことがあるだろう。

神代理央 > 「…あまりせっつかれるのも好かんのだが。まあ、良い。どちらにせよ、紅茶も無くなってしまった事だしな」

一度歪んでしまえば、存外彼女とも会話出来るものなのだろうか。
狂気を受け入れたとはいえ、未だ其処まで正気を失ったつもりは無いのだが、正直其処に自信は無い。
少女の声色で囁く彼女の声を心地良いと感じている時点で、既に諦めかけてはいるのだが。

「知っているさ。知っているとも。だからどうしたというのだ。失う事を恐れて、喰らわずに大事にしておく趣味は無い。それに――」

ふと、言葉を止めた。思えば、自分は奪う側の人間だった。
ならば、自身が奪われる立場になった時、己はどうするのだろうか。宿した狂気は、何処に向かうのだろうか。
その答えが出ぬまま、祝福の言葉を告げる彼女に視線を向ける。

「その祝福が、貴様に取っての絶望にならない事を祈ろう。取るに足らない人間を、狂気に堕としてくれたのだからな。尤も、貴様には見慣れた光景やも知れぬが」

発する言葉は、半ば冗談じみた軽口。
それくらい余裕が生まれているのは、やはり己の内面が変化したからだろうか。

「……その言葉だけは、人並みに純粋なものに聞こえるな。それで貴様とあの少女が満足するのなら、別に構わんがな」

彼女の言葉は、此の場に相応しく無いほど純粋で、清らかなものに聞こえた。それすら貪り狂う醜い獣に成り果てるのは嫌だな、と僅かに思考が霞むが、直ぐにそれは霧散する。
忠告はしたのだ。それでも供物を捧げるというのなら、最早理性の鎖で己を縛る事は無い。

「では、達者でな。あの少女が喰らい尽くされる様を、精々眺めていると良い」

別れの挨拶を告げて彼女に背を向けると、軋んだ金属音と共に動き出した異形と共にその場を後にする。
次少女に会った時、己はどうなってしまうのか。どうしてしまうのか。そんな僅かな杞憂すら、狂気の炎で焼き尽くしながら―

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「安心すると良い。
 もうボク達の中に絶望なんかほとんど残っていないよ」

最早これがどのような結末を迎えるにしろ、
既にずっと前から大きな結末は決まっていた。
ある意味自分達だけの、とても傲慢で独りよがりの劇場は
終に向かい、幕を待つだけ。
エピローグが多少変わる程度、彼女らにとっては些末な事。

「あはは、もうボクは必要ないだろう?
 君がボクを望むとすればお茶会の後位だろうしね。
 なら、しばらくの間会う事がないであろう君には『さよなら』の言葉がふさわしいよね」

ゆっくりと手を振り、指を真横に泳がせる。
それと同時にティーカップやテーブルは消え去った。
それはお茶会の御開きの合図。役者は踊り終え、舞台を降りる時だ。
そうして再び仮面を纏いそのまま去っていく異形とその背中を見送るだろう。
顔の必要ない、舞台を動かす機械として。

……


「……似合わないな」

去っていく背中を見つめ、小さく呟く。

「逃げ道があれば容易に人は其処に逃げ込むとは言え……
 ボクが”赦す”なんてね。それはあの子の役割だったろうに」

やはり自分の中でも彼女を“切り離した”影響が出ているのだろう。
いずれこの歪みが致命的な事態を引き起こすであろう事を
うすうすながら自覚している。そしてそれがそう遠い未来ではない事も。
けれど、それらと交換したとしてもたった一つの願いに比ぶるべくもない。
……望めばまたいくらでも作り直せるとしても、それでも。

「アリス、これで、満足かい?
 正直少し羨ましいよ。今もなお純粋で居られる君が」

周囲が書類を含め一斉に燃え上がる。
これらはもう”必要ない”。
呼び込む者がなくなった以上
彼女らが望む以上のものなど、この世界に存在しなくていい。
舞い踊る炎の海の中、ついと空に円を描く。
波紋のように揺れる深闇の円に反身を潜り込ませ、ふと振り返った。
赤い炎に舐められる風景は何処か、記憶の一部と重なるようで……

「それでも、ボクは……」

酷く寂しげに呟いた声は誰にも届くことはなかった。

ご案内:「廃棄された研究施設」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「廃棄された研究施設」から---さんが去りました。