2016/07/20 のログ
■獅南蒼二 > 全ての授業を休講にして以来,この男の希少価値は上がっている。
殆どの時間を研究室の中で過ごしているのだから,それも道理だろう。
「…………………。」
ポケットから取り出した紙片を眺め,小さく肩を竦める。
それは職員室の,殆ど使われていない獅南の机の上に置かれていたポストカード。
一輪の白い花。そして金属で構成された,無駄の無い造形美を誇る花器。
その価値を理解するほどの芸術的教養を持ち合わせているわけではないが,
決して華美でなく,しかし複雑に湾曲したそれは,確かに美しい。
それにどれほどの価値があるのか,獅南には分からない。
そしてそれを手に取りたいとも,手に入れたいとも,微塵も思いはしない。
だが,そのポストカードに印刷された作品は,ただ,美しくそこに在る。
■獅南蒼二 > あの男が全てを捧げるに値すると信じたもの。
そのひとつは“芸術”に他ならないだろう。
そしてそれは確かに,美しく形を成し,ここに在る。
己が全てを捧げ,研鑽を積み重ねた魔術学。
今やこの世界に存在する不可能の大半を克服し,最高の魔術へと限りなく近づいていると実感する。
だが,それは己の内面にのみ宿り,決して形を成しはしない。
いつだったか,あの男は芸術などというものは生きる上で無駄だと語っていた。
だが,こうして形が残り,1000年の後にも名を残すのは,自分ではなく,あの男だろう。
「………私らしくもないな。」
嫉妬心。
その言葉が正確にこの男の内面を表しているとは言えないだろうが,
それは,限りなく近い感情を説明している言葉だった。
■獅南蒼二 > そしてその感情は獅南の魔術にも少なからず影響を与えていた。
指輪の魔力量をあてにした大規模魔術や,迷宮のように複雑な術式構成への関心は薄れ,
獅南の関心は,いかに美しく洗練された術式構成の中に己の理論を落とし込むか,へと転じていた。
「……………。」
分厚い鋼板の標的を前にして手を翳し,何事かを呟く。ほんの一瞬の間と,指輪が砕け散る音。
瞬時に発動されたのは異世界より齎された“破壊”の術式。
何も知らぬ者からすれば,レーザーのように見えるかもしれない。
だが,決して光学兵器ではない。
発動した魔術は音も無く鋼板に直径20㎝程度の穴を開け,その内側の物質を全て消滅させた。
■獅南蒼二 > 何の形も,余韻も残すことは無かった。
発動した破壊魔法はただ鋼板を貫き,反動で指輪を破壊した。
それは,熱による蒸発でもなければ,空間転移でもない。
対象の存在そのものを破壊する術式なのだ。
これほど単純明快にして,恐るべき力をもつ魔術は他に存在しない。
全ての過程を飛び越えて,破壊という結果だけをそこに出力する。
それはあの男が全てを捧げた“芸術”とは全く異なる“機能美”の在り方。
「……………駄目だな。」
獅南は小さくため息を吐いて,近くのベンチにどかっと腰を下ろした。
あの男と対峙した時に,どのような魔術を見せてやるべきか。
どのような魔術を編み出し,どのように構成してぶつければ,あの男は驚き,そして賞賛してくれるのか。
少なくともこの無粋な破壊の魔術では,あの男からの賞賛は得られないような気がした。
■獅南蒼二 > ポケットから煙草を取り出して,火を点ける。
静かに煙を吐き出して……小さくため息をついた。
まったく可笑しな話だと思う。
嘗て脅威と感じ,全力を挙げてでも殺害,消滅させるべきと感じた男だ。
その男に己が努力と研鑽によって編み出した“最高の魔術”を賞賛してほしいと思っている。
あの男に認められるのならば,それは正しく“最高の魔術”なのだろうとさえ。
「……あと,10日か。」
やがて,あの男が全てを捧げた個展が始まる。
勿論見に行くつもりだ……だが,あの男と顔を合わせれば……。
■獅南蒼二 > ……恐らく互いに,無事では済まないだろう。
だが,あの男に負けて食い殺されることへの不安や恐怖は無い。
それどころか,あの男に失望されてしまうことの方が,よほど恐ろしい。
「……休んでいる時間は無いな。」
男は静かに立ち上がって,煙草を携帯灰皿へと入れる。
芸術に到達点が存在しないように,この男の魔術学にも到達点など無い。
だからこそ,立ち止まるわけにはいかないのだ。
この男が研究室から外に出る頻度は,まだまだ増えそうに無い。
ご案内:「演習施設」から獅南蒼二さんが去りました。
ご案内:「訓練施設」に東雲七生さんが現れました。
■東雲七生 > 「いやー、油断した。」
例によって施設内に幾つかある部屋のうちの一つ。
その中で七生は、部屋の天井を仰いでいた。
昨日は連休明けに対魔獣戦闘の実技があった。転移荒野に出現するモンスター、何でも良いから5体討伐。
今年度に入ってから幾度となく行ってきた課題に、今回も楽勝だろうと挑んだ七生だったが。
「……慢心良くない。うんうん。」
右肩かた左脇腹に掛けて、袈裟懸けのように三本の裂傷が残っていた。
傍目に見れば大怪我であり、実際大怪我なのだが、
傷が出来た瞬間に異能で傷口に蓋をして必要以上の出血を押さえた事で事なきを得たのだった。
本当に、怪我をした時だけは役に立つ力だな、と七生は自嘲気味に笑う。
■東雲七生 > 「ホント……怪我した時だけ、な。」
溜息混じりに呟いて、そっと傷に触れる。
既に瘡蓋が出来て、今週中には跡形もなく消えてしまうだろう治癒力も、果たして異能の力の延長なのだろうか。
小さな傷であれば即日、大きな傷であっても処置が早ければ週の内、腕や足が飛ぶような負傷は記憶にある限り経験がない。
「って、知らないとこでもっとひどい目にあってるかもだけど。」
変な方向に落ち込みかけた気分を持ち直そうとして笑ってみるが、持ち上げ方を間違えたか思い切り落ちた。
一人で居ると途端に感情のブレが大きくなるのは、研究区に居た頃から変わってない気がする。
「──じゃなくて、俺はもっと鍛錬しに来たんだっつーの。
いきなりモチベ落とすスタートとかドMかっつの。」