2016/09/26 のログ
東雲七生 > 「代わりに戦ってくれる人たち、かぁ……」

確かにその通りだ。
自分より強くて、戦い慣れてて、頼りになる人たちはいっぱい居る。
自分が戦う必要は、必ずしもない。

「確かに、風紀委員も公安委員も居るんすけどね。」

ふぅ、と小さく息を吐いて先日、校舎内で起きた事を思い出す。
怪我を負った友人、その原因は全てとは言い切れないけれど、自分の慢心が一因であった。
それは間違いない。

「こないだ、俺の油断から友達に怪我させちゃったんすよ。
 きっと本人は、俺の所為だって言っても否定すると思うんすけどね。
 ……でも、間違いなく俺の所為も含まれてるんす。それがどうしようもなく情けなくって。悔しくって。」

ぐっ、とボールを握る手に力が篭る。あの時の悔しさが、腹の底から消えない炎のように蘇ってくる。
その炎に身を焦がされるのは、未熟な自分自身への戒めとして受け入れた。

「もう、こんな思いはしたくねえって、生まれて初めて本気で思ったんすよ。
 自分の所為で怪我をする人は、少なくともダチに怪我はして欲しくねえ。
 その為には、俺がもっともっと強くなってしっかり守れなきゃならねえって。」

確かに代わりに戦ってくれる人はいる。大勢いる。
でも、

「代わりに戦ってくれる人だって、何時だって傍に居る訳じゃねえ。
 信用してねえわけじゃねえんすけど、もしすぐに駆けつけて貰えない時に、せめて自分や、ダチや、そこに居る人たちの身は守れるくらいにはなりたいんす。

 だから俺は、その為にも自分の力は万全に扱えなきゃ、って思ったんすよ。」

そんな理由じゃ甘いっすかね、と顔を上げて真っ直ぐにシングを見つめる。

シング・ダングルベール > 「……先輩、その気持ちの先はとても辛いものなんだ。」
「俺たちが伸ばす手は、こんなにも隙間だらけだからいくらでも取りこぼす。」
「掴んだはずでも、覗いてみれば何も残ってないなんてザラだから……その時は。」
「……その時は、きっといくらでも後悔する。」
「『力がなかったから。』なんて言い訳ができないから。」

水球を握り潰し、微粒子状の飛沫と化した。
すくりと立ち上がった俺は、改めて先輩と向き直る。

「液体の本質はあくまでも小さな分子の集合体。それを自在に操作するなら、大切なのは想像力と集中力だ。」
「指向性をどのように持たせるか。必要な強度と密度は。」

指先のひと撫でで、空に淡い光芒を描く。
ゲートを潜り抜けるようにして、浮かび上がる水球は4つほど。

「常に考えて。考え続けて。その上で、身体を動かさないといけない。」
「痛みに耐えながら。恐怖を抑えながら。」

水球は次第に白く濁り鋭さを増す。
凝固だ。投げナイフのように鋭利な刃。

「初対面だけどごめんね、先輩。」
「俺にその覚悟、見せ付けてくれ。」

振り抜いた指先を合図に、次々と先輩へと襲い掛けた!

「≪氷柱≫(アイシクル)ッ!」

東雲七生 > 「………うん、そうかもしんないっすね。
 でも、……そんなもんかもしんないっす。」

どれだけ万全を目指しても、完全には遠く及ばない。
それは薄々、勘付いていた事。

「誰かを守りたいとか言っといても、根っこの部分は俺のワガママなんすよ。
 嫌な思いをしたくない、なんて都合の良いワガママだから。」

──茨の道であるくらいが丁度良い。
きっと自分が思っている以上に過酷で障害だらけの道なのだろう。
でも、──嫌な物は嫌だ。だから。

「死ぬほど失敗して、迷って、間違って、
 怒られて、やり直して、後悔しても!
 最後には『やってやった』って笑って死んでやるって決めてたんで!」

いつ決めたのか、多分、ずっともっと昔に決めてたんだろう。
それがちゃんと自分の中で自分の言葉に出来たのは、ほんの最近。もしかしたら、たった今かもしれないけれど。

ぞわりと、肌が粟立つのを感じて立ち上がる。
自分より年上の後輩から語られるアドバイスに俄かに気が引き締る。
転移荒野で異邦の生物を相手にしていた時に幾度か感じた魔力の流れ、決して七生には目に見えないそれを肌で感じつつ。

「……っす、分かった!
 じゃあ、精々俺の絵空事みたいな覚悟をぶつけさせて貰うっすよ!」

飛来する氷柱、それらの軌道を見切る。
一見すれば直線のそれらが途中で変化しないとも限らない。
先ずはそれらに全て対応出来る物を、とそこまで考える頃には球体だった血液は変化を始めていた。

「──……ッ!」

手の中に握られたのは一本の棍。
刃も柄も、装飾も無い武骨なそれで氷の刃を迎撃し叩き落としながら、自身の射程内へと飛び込んでいく。
一歩、二歩、跳ねる様に突き進んで、喉元目がけて棍を突き出す。

シング・ダングルベール > 成程、武器でリーチを埋めに来た!

「躊躇わず急所って、おっかないね先輩は!」

あわやの一撃、棍の先が打ったのはコンマ何秒か前の俺の喉。
身をよじったことで免れたものの、頬のラインにちりりと熱が走る。
滴る感触は液。……ただのかすり傷。さあ動け、俺の体!

「≪濃霧≫(ミスト)、≪焔≫(フレイム)……≪疾風≫(ゲイル)!」
「三唱連鎖、≪熱波≫(ヒートウェイブ)ッ!」

勢いのまま転がった先、三小節の詠唱により、三重の光芒が床へと収束。
手のひらでそいつを叩き付ければ、網膜を焼き切らんばかりの熱風が吹き荒れた。
さあ先輩、棍棒だけでどうにかできるか……ッ!?

東雲七生 > 「寸止めだよ寸止め!」

全然寸止めじゃなかった事は棚に上げつつ、
避けられた事を手応えから確認すれば、棍を地面に突き、第五の四肢として支えながら身を捩って無理やり距離を取る。

魔法・魔術に疎い身からすれば一瞬の判断の遅れが戦況を圧倒的不利に追いやる事は自明。
幸い相手の魔術のキーとなる詠唱は簡単な英単語を用いている為、起こり得る現象は予測の範囲にギリギリ納まってくれるが。

(……霧、熱、風……なら!)

ぐっ、と棍を握る手に力が篭り、イメージが腕を伝って棍に変化を齎す。
持ち手のすぐ先がみるみる薄く、植物の葉を模して広がっていき、光芒が熱風を起こすと同時に七生の手の内にあった棍は巨大な団扇へと姿を変えた。

「模造想器・芭蕉扇ッ!」

イメージするは西遊記に登場する空想上の道具。
逸話には遠く及ばないながらも、七生の想像力から端を発する性能は見掛け倒しにはならない程度の再現率を有した。
それを一振りし、暴風を巻き起こせば熱風とぶつけ合って相殺を試みて。
成否に関わらずその余波で大きく弾き飛ばされる。

シング・ダングルベール > 「扇で打消し!? すごいなあ、その発想はなかった!」

対消滅しきれぬ余波が、ローブの先をばたつかせる。
目を細めないと前も見えやしない。
踏み締める踵に力を籠めるが、なかなか……足にクる。

「先輩は思い切りがいいね。」
「じゃあ次は……質量でいってみようかッ!」

荒ぶ風に撒かれた氷柱が俺の手のひらに戻り、集ってくる。
凝固に次ぐ凝固。鉄よりも遥かに硬く、遥かに重い白銀の珠。

「≪疾風≫(ゲイル)ッ!」

音が爆ぜる音を生み、そいつは先輩へとかっ飛んでいく!

東雲七生 > 「欠点は俺がチビ過ぎて反動に耐えらんないって事か……。」

近頃はめっきり筋肉も増えたと思っていたのだが、どうやら自分が思っているよりも目方は少なかったらしい。
一度床で転がって体勢を立て直しながら、得物を団扇から再び球体へと変える。

「質量って……うわ、それは流石に……。」

マジかよ、と呟く背中に汗が伝う。
いくらある程度のブーストが掛けられるとは言え、自分の“血液”では対抗できるか否か。
硬度も、大きさも、きっと及ばない。
──真正面からぶつかっても、勝ち目は    。

「……だったらッ!」

今はまだ武器を創り出さない。
球体のまま、何時でも次の形を作れる様にしつつも、詳細なイメージは保留にして。

駆ける。
圧と共に迫る白銀の砲弾を、真正面から睨みつけて駆ける。
とはいえ数歩も進まぬうちにその距離は埋まり、あわや衝突かとなる矢先に、
(まだだ──ッ)
跳ぶ。

重量も硬度も大きさも敵わないと見ればすぐに受けることは捨てていた。
地を蹴り、さらには迫る圧すら足場にして珠を跳び越す。
(──今ッ!)
そのまま宙に身を躍らせると、手にしていた真紅の珠をイメージを載せて手放した。
その球が形を変えるまでの僅かなタイムラグ。それを利用してさながらサッカーボールを扱うように蹴り放つ。
       ゲイボルグ
「模造想器──雷の投擲……ッ!」

弾き出された球は本来想定されていた通りに複数の小型の鏃にその姿を変え、
蹴り出された勢いをそのままに、豪雨の様にシングへと降りかかる!

シング・ダングルベール > 「ハハ……これは、凄いねッ!」

視界いっぱいに広がる棘。
白球に指向性を持たせるため、風を絞ったのが完全に仇。
『場を整えようと』だなんて、ご謙遜をって感じだ。
目標を失った白球は轟音を上げて外壁を粉砕したが、当たらなければなんとやら。
今俺に必要なのは……強固な壁だッ!

「≪巨壁≫(ウォール)ッ!」

俺に影を落とす石壁に、なにするものぞと次々と打ち込まれていく楔。
猛禽類に食い荒らされるかのように、啄まれた壁面から不規則なラインが乱れ走る。
凄いな、この人は……本当に。
これで使いこなせてないってなら、目指す先はそんなにも先?
ただの人間がそこに至りたいってなら……たまらないな。この人に想われる人ってのは、とんでもない幸せ者だぞ。

「更に重ねる! ≪焔≫(フレイム)……≪疾風≫(ゲイル)! 三唱連鎖!」
「≪爆炎≫(ブラスト)ォッ!!」

轟音著しく、ただの一瞬で流れは断ち切られた。
……どれが巨壁か鏃かなんて、最早区別が付くはずもなく。
乱雑にぶつけた衝撃が、俺と先輩を隔てた全てを破砕した。
……部屋を白煙が満たす。何も、見えないほど。
俺は流石に疲れて、その場に座り込んだ。

「はー……つっかれた。」
「よくこんなレパートリーありますね、先輩。」

まだ白闇がたゆたうその先へ投げかける俺の顔は、多分笑ってた。

東雲七生 > 「壁まで……ホント、魔術って何でも……アダッ!」

自身の放った棘の行く末に気を取られ過ぎて着地を忘れていた。
背中から床に落ち、悲鳴を上げながらも先程自分が避けた珠の結果を見る。
やっぱりあんなのまともに受けていたらひとたまりもなかっただろう。少なくとも、今は。

「はぁ……これで後ろに誰か居たら、俺の負けだよなあ。」

ぽつりと呟いた言葉は、爆音によって掻き消され、
悔しげな表情は衝撃によって体もろとも吹き飛ばされた。
ごろごろと何回転も床を転がってから身を起こすと、揺れる視界を正そうと頭を振る。

「い、一応確認するけど……まだやる?」

疲れた、と口にする相手の様子は白煙で窺う事が出来ず。
もし奇襲を掛けて来たら、とまだ緊張の糸を保ったまま首を傾げた。

「レパートリーは……まあ、一応勉強したから。
 銃とか精密なのは無理だけど、シンプルな武器はそれこそ色んな図鑑とか読んでさ。」

西遊記も、アルスター物語群もその一環で触れたものだった。
生憎と肝心なところ以外はうろなのだが。

シング・ダングルベール > 「ハハ、やんないやんない。」
「俺は別に殺し合いがしたいわけじゃないし。」

ゆっくりと立ち上がるころには、視界はだいぶ元に戻っていた。

「これで誰が来ても安心……ってわけじゃないけど、力をぶつけて何かが見えたら嬉しいね。」

ただ考え、ただ行使するだけじゃ見えないものがあるもんな。
俺も俺で、勉強させてもらったし。
ばたばたとローブの汚れを払いながらそう思った。

「また入用だったらいつでも呼んでよ。」
「人の願いを叶えるのが、魔法使いの本懐さ。」
「まあ、先輩なら自前でなんとかしそうだけどね。」

笑声で返すが、ひとしきり暴れた分、それはもう凄まじく部屋が破壊されていた。
和やかな談笑でその日は終わったが、翌日やりすぎだと学園側から釘を刺されたのは言うまでもない。

ご案内:「訓練施設」からシング・ダングルベールさんが去りました。
東雲七生 > 「良かったぁ~……」

返答を聞いてようやく緊張の糸が切れた。ぺたりとその場に座り込み、深く深く息を吐く。
久し振りに頭と体をフルに使っての戦闘をした気がした。
反射で戦える昆虫や魔獣相手とは違い、一から十までお互いに考えなきゃいけない対人戦は疲労も倍以上に感じる。

「あはは……後輩に胸を借りちゃったっすね」

まあ、年齢的にはこちらが年下に見えるから構わないか、と笑いつつ。

「うっす、また世話になるかも……課題も色々見えたし。
 魔法使い……すっげーなあ。人の願いを叶えるのが本望、かぁ。」

疲れの中に少しだけ憧憬を交えた声で思うままに言の葉を浮かべる。
今だけは周囲の損害など気に掛けずに、疲れに身を委ねて取り留めもない話をして居たかった──

ご案内:「訓練施設」から東雲七生さんが去りました。