2018/05/24 のログ
■宵町 彼岸 >
演習施設の入り口に長身の影が沸き立つように現れる。
全身を喪服で包み、白い仮面をつけた人形は今日もまた光を返すこともなく
音を立てる事もなく、何かを抱えたまま数秒其処に佇むと
ゆっくりと滑るように室内へと進んでいく。
腕の中にあるのは人影、対外的にはこの人形の主という事になっている。
最早この人形に抱えられて移動している様は
周囲にも珍しくないものとして受け入れられつつある。
その腕に身を預け、瞳を閉じている様子を見ると
まるで眠っているように見えるかもしれない。
その目は施設に入ると同時に僅かに開かれる。
未だ気だるげな色を残した瞳は人形の手元に張られた付箋を見つめ
「ひーふー、みー……
此処かなぁ?適当でいーや」
適当にドアを開け(といっても実際に開けるのは人形だが)
部屋の一つへと滑り込む。
そこにある人影をしばし見つめると
「……おはよーございます」
……とりあえず時間を気にせずおはようという事にしたらしい。
■獅南蒼二 > 入口に鍵をかけたわけでもなければ,占有の申請をしたわけでもない。
貴女が部屋の中に入ってきたとしても,獅南は一切気に留めることはないだろう。
……いかに,貴女が一般的ではない移動手段を用いていたとしても,である。
もっとも,周囲への興味がさほどない獅南にとって,貴女のその移動法が珍しいかどうかなど,あまり意味を為さない問題なのだが。
「昼の時間もとうに過ぎている。」
ため息交じりにそう返しつつ,視線を向ける。
男の瞳には相変わらず疲労の色が濃厚に浮き出ており,煙草を手に入れられなかった右手は,どこか手持ち無沙汰な様子で髪を触る。
「……論文の催促にでも来たのか?」
■宵町 彼岸 >
ボーっとしているような瞳が少しだけ焦点を結ぶ。
ししなみせんせは此処にいるらしいと聞いてきたのだけれど
実際何をしに来たのかといえばちょっかいを出しに来たに等しい。
まず目の前の人物が本人かを確かめなければならない……が
「起きた時間が朝ってだれか言ってました」
Theダメ人間の見本のような返事を返しつつじっと見つめる。
髪型、口調、服装……、恐らく該当者。
「催促すれば論文いただけるですか?
なら少し催促してみようかと思うのですけれど……
えーっと、バイクはその後進捗如何ですか」
突っ込み不在のまま宙に浮いた会話と共に
近くに積まれた提出文書と思しきものに目を向けるも
筆跡が安定しない事から恐らく提出物。
……本文より赤文字の方が多い気もするけどまぁ気にしない。
■獅南蒼二 > 元より,話がきちんと通じる相手だとは思っていない。
「世間の大多数は,この時間を午後と言うだろう。」
そんな風に正論を言ってのけて,その点に関してはそれいじょう言及しなかった。
獅南の姿は,恐らく以前出会ったときと殆ど変化していないだろう。
変わっていたとしてもそれは,誤差の範囲内と言っていいレベル。
「私の論文を読むより,そこのレポートを眺めたほうがよほど面白いだろうよ。
……むしろ,お前ならどんな答えを出すのか,その方がより興味深い。」
赤文字の方が多いレポートは良いレポートです。
頑張った生徒には,それだけ頑張って駄目出しをするのがししなみクオリティ。
「……あぁ,その話か。
友人に無免許運転は認めんと言われてな,この歳で免許を取りに行く羽目になりそうだ。
私以外の運転手を探した方が早いかも知れんぞ?」
そんな風に言って笑う獅南。
もっとも,優先順位が高くないだけで,やる気はありそうだが…。
■宵町 彼岸 >
「世間様は決まりごとが好きです……
心は4半球程ずれてるだけですのにぃ……」
実にどうでもいい会話だが実際問題ただのどうでもいい応酬なので気にしない。
以前会った時も幾分かくたびれていたが……相変わらず草臥れたヒトだと思う。
正直俄かには信じがたい。この人があんなに緻密な論文を書くとは。
「……んー、と、私の応え、ですか。そですか」
題材は確か……そう、飛行物質を利用せずに空中浮遊する……だったような気がする。
それならいくつか方法はあるものの、どの辺までセーフなのかは少し判断に困る。
「そいえばせんせ、あのせんせと仲良しさんって聞きました。
あのヒトの事を話すと少しさざめく様な感覚が走り抜け
僅かにその瞳の奥が揺れるような光を帯びる。
この煩わしい感覚は一体何なのだろう。
目前のこのヒトに聞けば応えてくれるだろうか。
……いや、聞いたところできっと理解できない。
「え―……別にはやーぃおそいは気にしないですよーぅ?
壊れたの、直しちゃっただけですしー」
……自分が乗る予定の無い物をちゃっかり修理したと宣言する辺り
既に押し付ける事は本人の中では確定らしい。
■獅南蒼二 > 「ならば,その心を世間様に認めさせるための努力をすべきだろうな。」
くくく,と楽しげに笑い,それからレポートを拾い上げて,バインダーに挟む。
貴女が“応え”を探す素振りを見せれば,視線を向けて…
「…好きに応えてみるといい。
課題は…補助具を遣わず,万人が再現可能な魔術学的な手法。だな。」
獅南は貴女のことをあまりよくは知らない。
だが,相応に見込みのある人物であろうとは理解していた。
「……ん?あのせんせ,というのは,美術のヨキのことか?」
その名を出して,貴女の反応を見る。
学園の生徒である以上,知っていてもおかしくはない名前だろう。
そう思ってのことだったが,貴女がどこか不可思議な表情を浮かべていたので,獅南も僅かに目を細める。
……が,直後の言葉で,そのほんの僅かな不審が吹き飛んだ。
「……お前が直したのか。
走っていたらバラバラに分解しそうだな。」
ひどい言い草である。
■宵町 彼岸 >
「人は分かり合えない生き物って心理学の大御所も仰っていますし」
趣旨が伝われば何でもいいやという実に投げやりな結論で端を結ぶ。
世界のどこかには似たような感想を持つ者もいるだろう多分きっと。
「……万人がどこまで可能かはわからないので評価はお任せするとしてぇ」
手をかざし、それと同時に足元に円状の陣が描かれる。
それは淡い紫の光と共に風を周囲にまき散らし始めた。
その中心で無表情な言葉が紡がれていく。
「範囲指定、空間掌握。具現領域固定。
演算開始……クリア。所要時間、1.20秒」
周囲の空間を円筒状に範囲指定し、その場にある空気の流れを限られた範囲のみに限定。
多重展開した質量付与の術式により空気そのものに水と同等クラスの比重を付与。
付与自体の密度をランダムにすることで流れを生成すれば……
「……こんな所です?」
抱かれた姿勢のまま、宙へ浮き
まるで水に浮かぶかのように幾分か揺れながら
ゆっくりと首をかしげてみせる。
原理自体はそう難しくない。
起きている事はそれこそ円筒状のプールに浮かんでいるのと同じだ。
空自体も流体なのだから起きていること自体は不思議でも不可能でもない。
指定空間から放出される流量を計算してそれを補うために
せいぜい秒間当たり数十回の発動をさせるだけだ。
……少なくとも彼女にとっては簡単な話。
それに仮に一人では無理でも十数人集まれば可能な範囲だろう。
「……です。
あのヒト、よくわからないですけど」
このヒトにとってあのヒトはどういうモノなのだろう。
あのヒトにとってこのヒトはどういうモノなのだろう。
それはきっと本人以外に意味の無い事だというのに
何だかそれらを無性に知りたい衝動に駆られる。
「むぅ……あ、でもそかもです。
安全とかそういうの全然考慮してなかったので」
けれどそれを口にする言葉を持たず、知られる事もまた許容できない。
宙に浮いたままそれをごまかすかのように
のんびりとした笑い声を響かせた。
■獅南蒼二 > 「………ほぉ。」
発動される貴女の魔術を見て,獅南は小さく頷いた。
飛翔させる物体そのものに作用を及ぼすのではなく,周囲の気体に作用を及ぼすよう術式を構成している。
つかみどころのない空気という存在を対象として指定するのはやや複雑な術式になりがちだが,
そこは上手く省エネして,自己を中心とした範囲で括っているのか…
「面白いアプローチだ……だが,そのやり方なら,こちらの方が簡単ではないかな?」
獅南は,自らの足元の空気に質量を与えるとともに“硬化”させた。
簡単に言えば,空気の足場を作ったわけである。
ひょい、とそれに乗るだけで,まったく浮遊感は無いが,課題はクリアーだった。
「……実際の飛行魔術に応用するには,もう少し検討が必要そうだな。」
即興だったのか,自分で自分の術式を反省して,降りる。
「“人は分かり合えない生き物”なのだろう?」
貴女がどこか,不思議そうな顔をしていたので,獅南は貴女自身の言葉を引用して,皮肉っぽく笑った。
貴女の意図が分からない以上語りはしないが,さらなる質問を拒絶しているようには見えない。
「……回りくどいやり口だが,私を殺すつもりか?」
肩を竦めて,笑う。
■宵町 彼岸 >
「ほぉぅ……浮遊に拘ってみましたが固定でもクリアなんですね。
ん―……固定観念っておもしろぉぃ」
小さく息を吐くと同時に術式を解除する。
一瞬重力に引かれた体は黒に包まれた腕に抱き留められ
再びその胸元へと身を寄せる。
「近接戦闘の際は硬化の方が便利ですよねぇ……
殆どの浮遊術式は小回りが利きませんしぃ。
万人向けでなければ色々と方法はありますが乗り物式が一番
イメージしやすいですね確かに」
はんば独り言のように呟かれる言葉は既にそれの活用への考察に入っていた。
イメージしやすい……それは大きな利点だろう。
何事もまずイメージしなければその結果を導こうにも式を紡げない。
そういう意味では階段を上るような感覚は”万人に理解しやすい。”
「その辺りの感覚はボクにはないのでぇ……
あまり出来の良いがくせーとはいえなさそーです」
小さく肩をすくめため息をついてみせる。
実際どれだけ”記録”を集めてもその感覚は全く理解できない。
出来ない理由がわからないのだから。
「ん―……だからこそ、かもしれないですね」
ふにゃりと何処か泣きそうな笑みを浮かべる。
どうしてだろう。この話題……特に最近は
感情と言われるものが他に比べてより色濃く表れる事がある。
理由はよくわからない。そもそもこの感情という感覚も
正直理解しかねている部分が大きすぎる。
「えー……嘘ですよぉ。
知識上はちゃぁんと整備されてるはずですもの。
長生きしましょ?どうせなら楽しい事沢山して」
先ほどの表情が嘘であったかのように
くすくすと笑いながら気楽な響きで告げる。
ついでに論文等も仕上げてもらえれば万々歳。
なんだかんだ言って研究者として世界が歩を進める一端というのは
常に近くに居たいものだ。
■獅南蒼二 > 「もっとも,これはだいぶ捻くれた解答例だろうな。」
自覚はあるらしい。
「戦闘?それならばもう少し機敏に動けるよう工夫しなければな。
もっとも,イメージというものは漠然とし過ぎている。
感覚に乏しい術師でも行使できるよう体系化することが終局的な目標だ。」
万人に理解しやすいイメージを提示しつつ,獅南はそのイメージそのものを否定した。
こういうことをするから,この男の授業はどんどん難解になるのだ。
そして,そう語るこの男には,それなりの模範解答がすでに出来上がっているのだろう。
けれどそれを安易に教えることはない。
答えには自らの努力と研鑽によって辿り着かなければ,意味がないと思っているからだ。
「………?」
貴女の言葉と,その表情。
読心術でも使えば理解できたのかもしれないが,そんな無粋な魔術を使う男ではなかった。
少なくとも,貴女がいくらかの悩みを抱えているのだろうということ,
そして,恐らくはその悩みの外郭をも掴みかねているのだろうということ。
……要は,ぐちゃぐちゃなのだろうということだけは,分かった。
「そうしたいのは山々なのだがな。
まぁ,万が一にも分解したときにはお前だけ残して逃げるとしよう。」
くくく,と楽しげに笑う。
論文が仕上がらない理由の一端が,先ほど名前の挙がった“友人”にあることなど,貴女は知る由も無いだろう。
異能者を打倒することから,異能者を内包して発展する方向へ,その方向性が大きく変わった研究は,以前よりか成果を形にしづらい。
■宵町 彼岸 >
「ゴールに入ればどこから打とうが点数は点数なのです」
ひねくれて居るやら視点がおかしいやらはある意味研究者としては正しい立ち位置。
自覚してなお本人も苦には思っていないと目の前の彼の口調が語っている。
「自身の延長線上に足場を生成する術式としてしまえば
わざわざ具現化領域を想像する必要はないですけどぉ……
あ、色でも敢えて変えてみようかなぁ?
発動するたび七色のうちランダム……うん、音も出そう。
ピアノの上で走ってるみたいで楽しいに違いない……」
思いっきり別の方向に思考が飛んで行った。
なんだかんだ楽しいと思えるならば何でもいいという奔放さが
そういった思考にも色濃く表れているのかもしれない。
「ひどーぃ。
可愛い教え子をほっといてどこかに行っちゃうなんてー」
くつくつと肩を震わせる様子に苦笑を浮かべながら小さく頭を振る。
こういう所は似た者同士なのだろう。何処か覚えのある会話運びだ。
見た目や第一印象からは程遠いこの触れやすさは彼の中でもまだ新鮮な感覚なのかもしれない。
ふとそう思いながら緩い抗議を口にする。
■獅南蒼二 > 「しかしな,負け試合では何の意味も無い。
その得点をどう生かすか…それが最も重要だろう。」
この男の魔術学は,終局的には才能に関わらず,万人が使える技術として魔術学を体系化することを一つの目標としている。
いつの日か,誰もが使える,箒を使わずに飛行する魔術が完成する日が来るのだろうか。
「延長線上,とはどの方向を指すのだろうな?
ベクトルを指定しなければ,明後日の方向に足場が無尽蔵に生成される意味不明な状態になりかねん。」
実用的な部分へのツッコミは真面目。なお,ピアノ部分は無視。ひでぇや。
「せいぜい,保護者に助けてもらうんだな。
……さて,次の授業へ行かなくては。また新しい解答ができたら,見せてもらおう。」
獅南はそうとだけ言って,くるりと背を向けた。
冗談に冗談を返すのも,的確な助言を返すのも,時に不要な部分を無視するのも,
貴女の力を認めているからこそ,なのかもしれない。
■宵町 彼岸 >
「皆の手に届く位置にあれば……
んー、それは今考えても仕方のない事かなぁ」
ある意味持って生まれてしまったことは祝福であり呪いかもしれない。
持たざる者の思いはどれだけ頭を働かせても、
それこそ記憶を追体験し奪ったとしても……自身の物にはならないのだから。
「そこは敢えてお察しということでぇ。
普通に考えると手足ですけどそれだけだと面白くないじゃないですかぁ」
最早足場というより妨害の方に思考が偏っている。
それを理解しているからこそ実用性の無い部分は無視しているのかもしれない。
イメージや感覚に関する用途は曖昧模糊としている部分が多すぎる。
けれどそれはそれでいい。誰もそれだけしか使ってはいけないとは言っていない。
「んふぅ。考えておきますねぇ。そのうちぃ」
――宿題は好きだ。
研究も考察も、それを経てそれらすべてを否定するのも好きだ。
そうして初めて、少しだけ世界の一端に触れる事が出来るから。
期待も信頼も、自身の中では信じていないけれど……
「”また今度”、楽しみにしてますねぇ」
きっと次もまた、初めましてからだろうけれど。
それでも期待に応えようとするような言葉を選んで仮初の再開を約束して……。
去っていく背中に向けて手をひらひらと遊ばせる。
その後ろ姿が扉の向こうへと消えると一転、
人形のように無表情となり再び瞳を閉じる。
くたりと流体になったかのように人形の腕の中で体を丸めると
「いこう、おねえちゃん」
その言葉と同時にとぷんと水音のような音だけを残し
その姿は虚空へと掻き消える。
それはまるで、誰かの願いの形のようだった。
ご案内:「演習施設」から獅南蒼二さんが去りました。
ご案内:「演習施設」から宵町 彼岸さんが去りました。