2018/04/12 のログ
ファウラ >   
「見つけた」

そしてそれはあっさり見つかった。
それは僅かに発光する植物だった。
陽炎のように揺らめくそれはさながら何かによって映し出されているかのようで
時折風に揺られて不明瞭になりながら少しずつ空に溶けていく。
彼女のセンサーには魔術性反応……しかもこの世界のものではない、
けれどよく知る感覚の反応が示されている。

「これ、私の……」

それはマスターと、そして大好きなおじいちゃんと過ごした世界の反応。

ファウラ >   
この植物はきっと世界樹の一部
魔力も空気も薄い此方の世界では存在を保てず
まるで氷が水に溶けるかのように急速にこの世界へと溶けて行ってしまっている。
此方の世界の時間であと数時間もすれば、これは完全に此方の世界に溶け切ってしまうだろう。

「……どうしてこんな所に」

近くにゆっくりと降り立ち、辺りをスキャンする。
いくら世界樹とは言え分樹するにはあまりにも小さなこれは
本来世界を超えるほどの力を持たないもの。
事実存在すら保てずに今こうして消えていこうとしている。
それがこうしてここにある理由は何だろうか。
……そんな理由もまたすぐに見つかった。

「……ああ」

島が浮ついている影響だろうか。
この空間は……と言っても数m四方程度だけれど門に近い状態になっている。
異世界をつなぐというよりも、異世界の影を映すに近い曖昧で朧気なもの。
それは色々な世界を映し出し、その一部をこの場所へと吐き出している。
同様に陽炎のような姿で辺りに散らばる魔導具や本等を眺める。
そうして漂流してきたこれらが、この空間を保ち
そこに留まる想いを映写機のようにそこへ映し出している。

ファウラ >   
けれどそれらは所詮影に過ぎない。
今は偶然相乗効果で姿を保っているものの
しばらくすればバランスが崩れ、全て消えていく。

「偶然、ですか」

そう、これは偶然。
ほんの小さな偶然が積み重なって
まるで遠い昔に分かれた友から突然来た手紙のようなもの。
それはなぜか甘い痛みをもってこの小さな体を締め付ける。

ファウラ >   
――あの世界に戻りたいかと言われると
正直自分でもよくわからない。
此方の世界は魔力も光子も薄すぎる。
この薄さでは充填効率が悪く、機能維持のためには定期的に休止状態に入らなくてはならない。
あちらに戻れば好きに飛び続ける事が出来るかもしれない。
飛ぶことこそが至上命題であるはずの”私”にとってそれは何物にも代えがたいこと。

けれど、なぜかあちらの世界に戻りたいと思ったことは今まで一度もなかった。
それを想うとき何処か深くで声のような物が木霊する。

……もうおじいちゃんも、誰もいない。
貴方の居場所は、あの世界にはない。

そんな声で誰かが囁く。
それが酷く、寂しかった。

ファウラ >   
今なら、この世界樹と門を利用してあちらの世界に戻れるだろう。
道標さえあれば、それを頼りに世界を超える事が出来る。
いや、今これを取り込んでしまえばそれこそ今回でなくとも
元の世界への導として設定できる。
そうなれば後は充填さえ済めば”飛ぶ”事が出来るだろう。

「……」

そうする事もなく、ただその前で立ちすくむ。
本当は少しだけ思い出している。
自分の事、妹たちの事、世界の事。
……自分が世界の敵であったということ。

「それが私の役割」

ただ独りの空の王者として全てを睥睨し
何人たりとも平等に空を犯すことを許さない。
争う為には空を飛ぶしかないあの世界で、
他を争わせることを許さない絶対王者。
それが与えられた役割だった。
その為に人を、龍を、精霊を、
……そして妹達を何人も墜としてきた。

ファウラ >   
別にそれ自体は何とも思わない。
そうあるように作られたのだから当たり前のことだ。
だから、後悔もしていないし戻ればまた息をするように同じことをするだろう。
平気で撃ち落とし、切り裂き、地の底に叩き落とすだろう。
だからこそわからない。どうしてこんなに寂しいのか。

「あ、そか」

そこまで考えて思い至る。
私が寂しいのは、悲しいのは

「もう、お爺ちゃんも、マスターも、居ないから」

世界に憎まれる事などより、大好きな人たちが居ないと強く実感する事の方が痛い。
それが上位権限者に対するプログラミングの一環だとわかっていても。

ファウラ >   
「どうしてだろう」

マスターはずっと泣いていた。
私に向かって、何度も何度も謝っていた。

「どうしてこんな機能を、私につけたんだろう」

おじいさんもそうだった。
この機能だけは無くしてはいけないと泣きながら言っていた。
心なる機能は不完全で、たまに動く程度。
今もまだその大部分は凍結されている。
けれどたまに動くこれは、いつも思い通りにならなくて。

ファウラ >   
「……」

目の前のこれはチャンスだ。
与えられた役割を再び果たすための。
自分だけで世界を超えようとすれば、恐らく相当の負荷がかかる。
それに比べこれを利用すればずっと安易に戻ることができる。
どう考えても利用する方が合理的だ。

「……どう考えても利用すべきです」

目の前のそれを取り込まんと手を伸ばす。
感傷というものはあくまで一機能。
それが主にはなってはいけない。
その手が触れる直前、再びぴたりと動きを止めた。

ファウラ >   
手が止まったのは触れる直前それが姿を変えたから。
そこに現れたのは花弁舞い散る大樹。
穏やかな風の中、はらはらと舞い落ちる薄紅色の花弁は
ゆっくりとそれの根元へと積もっていき、根元を淡く染め上げる。
見る者がいたなら美しいと褒めたたえたであろうそれは
恐らく世界樹の魔力を利用し、とある場所の風景を映し出したのだろう。

「――あ」

そしてその場所を”私”はよく知っていた。
よじれた様な節、少しだけ滑らかになった太い枝
――幹に残る刻みの跡と根元の小さな山。

おじいさんと何度も見に行った、誰も知らない秘密の木。
……マスターと”あの人”が大好きだった大切な木。

ファウラ >  
「おじいちゃん、マスター……私は」

まるで誰かに止められたかのような気がした。
もはや取り込むという選択肢はなくなっていた。
代わりに胸中に吹き荒れる如何ともしがたい感情に
ただただ胸を締め付けられる様な感覚を覚える。
それが作られ、プログラミングされたものだとわかっているというのに。
二、三歩後ずさり、その場にぺたりと座り込む。
そうしてじっと舞い散る花弁を眺め続けていた。
……それが全て溶けて消え失せてしまうまで。

「……きれー、だなぁ」

――機械は涙を流さない。
流すのは心ある生き物だけ。
零した言葉はただ、穏やかな日差しと髪を揺らす優しい風だけが聞いていた。

ご案内:「転移荒野」からファウラさんが去りました。
ご案内:「転移荒野」に黒峰龍司さんが現れました。
黒峰龍司 > 「んーー……気のせい、か?」

空を愛し、あちこちを飛び回っているであろう困った娘の気配を感じたのは少し前の事。
その反応を頼りに、転移術式でショートカットしてこの転移荒野にやって来たはいいのだが…。

「入れ違いか、単なる空振りか…ったく、ファウラのヤツも偶には連絡――アイツ、連絡手段とかあったっけか?」

思わず呟いて何とも言えない沈黙を挟んで。ややあって、小さく吐息を零す。

「ま、健在ならそれで別にかまわねーんだけどよ」

口元に咥えた煙草を蒸かし一人ごちる。しかし自分も大分丸くなったものだ。

ご案内:「転移荒野」から黒峰龍司さんが去りました。