2016/09/30 のログ
ご案内:「列車内」にシング・ダングルベールさんが現れました。
■シング・ダングルベール > 「あーはい、俺です。」
けだるげに通話ボタンを押す。電車特有の横降りの振動が、どうにも眠くて眠くて。
≪『あー』じゃない。事件発生だ。
歓楽街のド真ん中で大暴れした挙句、そのまま異邦人街の大通りに向かって犯人が逃走中。
今"I-RIS"に追わせているが、補足には暫くかかる。
目撃証言からすると、恐らくかち合うはずだ。急行してくれ。≫
「"I-RIS"って公安が持ってる人工衛星ってやつですよね?
地面からは見えないけれど、大空の上にいるっていう。」
≪ああ。生憎と歓楽街はこの時間でも人通りが多い。
おまけに治安の悪さも折り紙付きだ。候補が絞り切れない。
既に風紀委員が現場に急行しているが、後手にまわりそうだ。≫
「何でナチュラルに俺の位置記録されてるんですか。まあ、仕方ないとは思いますけど……。」
溜息交じりに外を見る。元より俺が公安やらと協力関係にあるのは、俺の中に眠る力によるところが大きい。
端的に述べると、俺は化け物になれる。そしてこの世界の人間じゃない。
首輪をつけるのは尤もだと思う。だから短期間で転入もできたし、それなりに悪くない生活ができているとも言える。
だからといって何処にいるかまで丸裸っていうのは、ちょっと考え物だ。
はあ、ともう一度深く息を吐きだしたところで、体が大きく揺らぐ。
めまいとかそんなもんじゃない。俺だけが揺れてるわけじゃない。
走り続けてるけれど、電車が揺れてる。揺れて、天井に穴が開いた。
「……あの。」
≪何だ。≫
「レイネスさん、そいつ……今目の前に来ましたけど。」
穴からそいつは降りてきた。赤に濡れた外皮が、しとどに床を濡れ汚す。
硬質的な外骨格に、大振りのこん棒か。
≪すぐに距離をとれッ!≫
勘弁してくれ!
咄嗟に後方へ飛びのき間一髪。
座席をいくつか粉砕してそいつは唸る!
■シング・ダングルベール > 俺よりも奥に座っていた乗客は、一目散に最後部へと逃げて行った。
判断が早くて助かる……ただ、子連れの母親が、足がすくんだのか動けていない。
「テメェ、オレを気持ちよくさせねえつもりかァ!?」
身勝手なことを言いながら、そいつはこん棒を力任せに振るう。
ぐしゃりぐしゃりと。こいつ、マッシュポテトか何かと勘違いしてないか。
≪理解していると思うが、そいつもネクストだ。以後『ヘヴィメイス』と呼称する。
次の駅まで10分近くだ。応援は期待するな。≫
「……わかりました。」
それだけ返して通話を切った。
振り返らずに後ろの子供に問う。
「なあ君、まだ泣いてないな。お母さんを守れるな?
そのまま手を握っててあげて。……なるべく早く、終わらせる。」
「やってみろよ、ガキがよォーッ!」
"ヘヴィメイス"が振り下ろしたこん棒は、間違いなく俺を粉砕して、ただの肉の塊をしていただろう。
俺がただの子供か、せいぜいただの魔法使い程度だったなら。
「やってやるよ、ただのガキが! お前を!」
"ヘヴィメイス"の二の腕を、そのガキの指が締め上げる。
ただの指じゃない。それは"ヘヴィメイス"と同じく強固な外骨格が覆う鋭利な爪。
睨む双眼は野獣のような瞳孔。そう、俺もまた……こいつと同じ類の化け物だ。
「今からお前をッ! ぶちのめすッ!!」
俺は狼狽える"ヘヴィメイス"の横っ面に、思い切り拳を叩き付けた!
■シング・ダングルベール > 「冗談じゃねえ……同類がいるなんて聞いてねエゾ……!」
自ら開けた穴から、鍵爪を突き立てて天井の向こうへと逃げる"ヘヴィメイス。"
そいつを追って電車の上に上がれば、荒ぶ突風が身を襲う。
気を抜けば彼方まで飛ばされそうな危うさだ。
「お前も石の力を宿して人理を超えたのなら、何故それをもっと優しく扱えない!
人は愚かだってありきたりな定説を、自ら裏付けるのはよくないことだろ!」
「力は力として好きに使う。それが粋ってモンだろうがッ!」
「独善的な欲望如きが! それを虚飾って言うんだよッ!」
「子供風情が知った口を……ッ!」
逆上した"ヘヴィメイス"の外骨格は、感じようを力として吸い取っているかのように禍々しく変形していった。
振り下ろしたこん棒は、あまりにも疾(はや)く、暴力的。
この島で見てきた中では、一番"死"の概念に近い一撃だった。
けれどさ……それで倒れてやれるものかッ!
手のひらから生じた突起物は得物の持ち手。
引き抜けば刃を備えた長剣の姿。
俺に付けられたコードネームは、こいつを由来とする。
"エストック"。この世界では剣の一種をそう呼んだ。
切っ先が、胸部を穿つ……ッ!
■シング・ダングルベール > 「そんな……折角手に入れた力なんだぞ!? 好き放題できるって……クソ……!」
びくりと痙攣したそいつは、刃からずるりと落ちて転がった。
俺たちネクストの力は体内の石から生じるもの。
そいつは存在するかぎり宿主を再生させ生きながらえようとするが、破壊されてしまってはどうにもならない。
ある程度の再生能力だけを残して、機能を停止する。
「傲慢の種は確かに砕いた。だからと言って、お前のやったことは消え去ったりしない。
俺は化け物としてお前を殺したりしない。お前はただの人として、人の法に裁かれろ。」
「畜生……畜生……がァァァッ!」
慟哭が空々しく残響した。
停車まであと数刻。事態のひと段落に、俺は人としての姿を取り戻す。
ご案内:「列車内」にアイシャさんが現れました。
■シング・ダングルベール > 駅にて。
待機していた風紀委員に、そいつは連行されていった。
最早胸に秘めた石もなく、"ヘヴィメイス"ですらもなくなった、ただの人。
そいつは化け物から、名も知らないただの人として連れていかれてしまった。
抵抗もなく。若干風紀委員からは拍子抜けな感も受ける。
まあ、アレだけの怪物が暴れてると聞いたあとじゃあ、仕方ないか。
フードを被りなおそうとしたところで、俺のローブを引っ張る感覚。
振り向けば誰もいない。いや、視線を落とせばさっきの子供。
「ちゃんとママ守ったよ! ぼくたち、なかまだね!」
本当は怖くて泣き喚きたかっただろう。指先は正直にまだ震えてる。
「ああ。君は本当に強いよ。おかげで助かった。ありがとう。」
頭を撫でてやると嬉しそうに微笑んで、また母親の方へ駆けていった。
この幾許かの情愛があれば、あいつも石になんて飲み込まれなかったのか……。
そう思い悩む俺の頭に手が置かれる。
「何するんですかレイネスさん。俺の方が身長高いでしょ。」
振り向くと俺よりも一回りは小さい、けど上級生がそこにいた。
通話の主だった、レイネス先輩だ。
「お前が寂しそうな顔してるからだろ。車は用意してある。
……帰るぞ。」
「はいはい。どうもありがとうございます。今度メシでも奢ってくださいよ。」
「お前、人の奢りとなると容赦ないからな……少し考えさせてくれ。」
ふんわりとした長髪を翻し、先輩は胸元から携帯を取り出す。
「ああ、こちらギルバート……。おい、本当か。そうか……。」
なんだ、いきなり。まさか……。
「悪いなシング。もう一件、この近くでまた事件だ。付き合ってもらうぞ」
「そん……えっ マジですか!?」
「マジだ。行くぞ。」
俺は帰るはずの車に押し込められて、次の現場へと連行されていった。
帰宅できるのはいつになることやら……。
ご案内:「列車内」からシング・ダングルベールさんが去りました。
■アイシャ >
(列車を追いかけて駅まで飛んできたが、もう事件は解決した後だったらしい。
犯人もおとなしいもので、凶悪な事件の犯人とは思えない。
報告によると、何でも異能を潰されたとか何とか。
とりあえず駅のホームに着地し、犯人を確保。
近くでなにやら子供と話している少年が居たが、どうやら彼が事件を解決したらしい。)
――私が間に合わなくて、よかったのかもしれないですね。
(風紀としてはダメだろうが、きっと自分が間に合っていたら被害が増えていたかもしれない。
そう言う意味では、彼に感謝だろう。
帰ったら博士にもうちょっと取り回しの良い武器を作ってもらおう、と心に決めて、犯人を抱えて再び飛び立つ。
これも立派なお仕事である――)
ご案内:「列車内」からアイシャさんが去りました。