2017/09/14 のログ
ご案内:「列車内」に宵町 彼岸さんが現れました。
宵町 彼岸 >   
…--タ、、ータン、カタン、カタン、カタン—―

島を巡る路線の中の一つをその列車は走っていた。
定期的に揺れる車体と窓の外を一瞬で走り抜ける灯
まるでスロー再生の映画のフィルムのようなその場所は
さながらセピア色の車窓とでも言うべきだろうか。

車体は古く、レトロ趣味の人物がいたならかなり喜んだかもしれない。
ぼんやりと社内を照らす裸電球は
時折振動と共に瞬き、辺りを柔らかく照らしている。
時折暗くなるそれに照らし出されるのは
木製の色褪せた座席や窓枠、
軋む車体に揺れる古い革製のつり革
そしてどこか懐かしいようなデザインのポスターたち
これが数十年前なら自然な風景だったのだろう。

……車内には人はほとんどいない。
ほんの僅かに居る乗客は皆一様に
眠り込んでいるかのように座席で俯いていた。
その中の一人である少女も例外ではない。
髪に隠れず見えている左目は柔らかく閉じられ
時間が止まっていないことを示すかのように小さく息を吐き出している。
車内は響く走行音のみに満ち、この時間におなじみの
酒気を帯びた乗客も、テンションの上がり切ったカップルも
この電車内では見る事は出来なかった。

最も、この列車の乗客が少ないのには古い以上の訳がある。



……この列車はダイヤには乗っていない物だからだ。

宵町 彼岸 >   
この島の数えきれない都市伝説の中には
電車に纏わるものは例によって数多くある。

曰く、その電車に乗ったものは行方不明になり、二度と帰ってこられない。
曰く、その電車には魔女が棲んでおり、何か一つ願いを叶えてくれる。
曰く、その電車には死者が乗り込んでいて、その中では死人と合う事が出来る。
曰く、その電車には死霊が憑いており、乗ったが最後いつか線路に飛び込む羽目になる

数え上げれば枚挙に暇がない。
実際の所この島にはそれ以上の怪異すら現実に目の前に現れえるのだから
この程度のうわさや存在など逆にありふれているのかもしれない。


この電車もそんなものの一つ。
何時しか線路内に紛れ込み、無人駅や本来あるはずのない駅にのみ止まり
そして気が付けば何も無かったかのように消え失せている。
幸か不幸かそれに乗り込みこそすれ、
その存在がそういったものであると気が付かない物もいる様な
そんなすぐ隣にある怪異の一つがこの列車だった。


……最も、厳密な意味では今となっては過去形なのだけれど。

宵町 彼岸 >   
――……

ゆっくりと列車が止まり、また走り出す。
乗客が増えたか減ったかは知らないけれど、
この列車に何処か目指す場所があるわけでもない。
ただ気まぐれに走り、乗るべき乗客を乗せ
降りるべき乗客を気の向いた場所へと送り届ける。

その増減は等数ではないけれど。


かつてはただ運の悪い誰かを乗せ、
そっと闇夜に消えていたらしいこの列車は
島を環状に巡る路線をカタン、カタンと走り続けている。

ある時は運の良い乗客の乗り込む特別列車として。
またある時は不運な犠牲者を飲み込む古めかしい造りの箱として。
そのいずれにも同じ人影が乗っていたことを知る者は恐らく皆無だろう。
前者はともかく、後者は帰ってくる事は出来ないのだから。
列車は時折停車しながらただ、静かに走り続けていた。

宵町 彼岸 >   
――タン、タン、タン、タン

走り続ける列車の奏でる音に軽さが混じる。
その音に惹かれたかのように少女が目を開ける。
ゆっくりと見上げた視線の先には
古く少しだけ変色したガラスのはまった
古い列車ならではともいえる様な大きな窓。
その向こうには少し雲の多い空に隠れるような月と
その合間から零れる小さな光
そして遠く遠くに世界を二分するような円弧と
其処へと続く無数の波と空を写し砕けたガラスのような無数の月。

……どうやら気が付かないうちに海沿いの線路へと紛れ込んだようだ。
この島の海と空はとても美しい。
都市部や学園に足を向ければ眠らない町としてのこの島の姿を見る事が出来るが
島の外に目を向けた時、この広く深い海で外界から遮られているこの島は
とてもしずかな姿をみせてくれる。
その二面性はある意味この島にとてもふさわしい姿と言えるかもしれない。


「――、―――、――――」

車輪の音に紛れるかのようにとても小さく甘い声がいつか聞いた子守唄を紡ぐ。
この広い世界で独りぼっちのこの島はある意味特異者の楽園であり、
この島の在り方そのものがこの世界における特異者の孤独を表している。
この島では忘れられる孤独も、畏怖も、
海を隔てた先では脱ぎ去る事の出来ない重い重い白装束。
その冷たさはまるで特異者から見た世界のあり様そのもの。

それから目を背け、島の内へと目を向けるなら
夜すらも明るく、そして混沌とした世界を見る事が出来る。
そこでは沢山の人が泣き、嗤い、夢を語り肩を組みあい、汚泥を啜っている。
其処では確かに、沢山の個人が今この瞬間も生を謳歌している。
今この瞬間だけは、この揺り篭の中で揺られながら。

「……――」

この島が特異者そのものだとするなら、
その淵で歌う子守歌は誰かに届くだろうか。
母が、守り慈しむものが愛おしい者へと謳うそれは誰の心を守るのだろう。
その声は車内の誰かに届くこともなく、列車の走る音にただかき消される。

最もたとえ聞こえていたとしてもあまり変わりはなかっただろう。
今宵この列車が走り始め、乗り込んだ者がいないのであれば
……今この瞬間この列車に乗っている者は全て
現世に帰る場所を持たない者達なのだから。

宵町 彼岸 >   
……――――

再度列車がゆっくりと止まる。
耳をすませば潮騒のような微かなざわめきが聞こえてくる。
季節は秋。色々なモノが船へと乗り込み、また島へと還っていく時期。
海の見えるホームに降りていく人影はぼんやりとした人影のようにしか見えず……
人によっては見えすらもしないだろう。

「――……」

口ずさんでいた歌がゆっくりと中へ消えていく。
周りの乗客に迷惑になる等の発想は湧いてこない。
この列車に乗り込む者たちはほとんどがそんな事を気にしない。
それに……彼女こそがこの列車の主であり、列車そのものともいえるからだ。

元々は都市伝説と言う不定形を取り込んだ場合
どのような現象が起きるのかという実験の一環だった。
幽霊列車を彼女の世界に取り込もうとしたところ、
多少苦戦すると想定していたのとは裏腹にあっさり取り込めてしまった。

一番の要因はそれそのものが都市伝説そのものではなく
それ単体として存在しているものだった……という事かもしれない。
都市伝説はただの付加要素であり、それそのものが
世界の仕組みの一つとして存在する物だった。だからこそ簡単に取り込めてしまったのだろう、
とはいえそれを取り込むと同時にそれの役割をも知る羽目になった。
列車に乗り込むのはなにもヒトだけではない。人ほど時間に厳しくはないが。
仕組みがなくとも流れはするものの、仕組みが働けばよりスムーズに流れるようになる。
そして清純な小川は滞ることなく流れているもの。
それを知ってからと言うもの、不定期ではあるものの
こうしてこの車体を走らせるようになった。
特に義務があるわけでもないけれど、この時間が彼女は何となく好きだったから。

――――……

電車とは都市の血液であると表現したのは誰だっただろうか。
軋みながら閉まるドアの音の後、再び列車が走り始める。
いくつかの人ならざる者……そして時々ヒトも載せて
列車は海沿いの線路をのんびりと走り続ける。
何処にとまり、何処に行きつくかは全て彼女の気分次第。

ご案内:「列車内」にHMT-15さんが現れました。
HMT-15 > いつも通り鉄道車両で輸送され
いつも通りのルートをパトロールするはずだった。

突如、列車間の扉が開いたかと思えば
中から現れたのはいつから迷い込んだのか
白い四足のロボット。

「・・・指定車両に乗ったはずだ。」

小さく無機質な声を漏らす。
いつもの列車とは違う不思議な挙動に
疑問を感じざるを得ない様子。

「位相の不一致を検知。」

センサーが不可解な空間を捉えれば
その場を回ってキョロキョロと見渡し
如何にもおかしな行動をとる。

宵町 彼岸 >   
ふとホームに降り立った小さな影に目を向ける。
きっと“彼女”は生前可愛がられていたのだろう。
白地のワンピースが良く似合うそれは彼女に向かって小さく微笑み少しだけ手を振った。

[お兄ちゃんに会いに行くね。乗せてくれてありがとう]

呟きに似た、声に似た、けれど声ではないそれをホームに置き去りにし
列車は再び走り出す。
あの子は“お兄ちゃん”に会えるだろうか。
会えたとしても、きっと言葉を交わすこともないだろうけれど。
会えたことをきっと彼女以外誰も知らないだろうけれど。

「……会えるといいね」

穏やかな声色でぽつりと声を投げる。
もう彼女に届く事は無いだろうけれど。

「……機械も都市伝説を信じるのかい?
 次の停車位置まではしばらくあるみたいだから
 焦らず待っていると良い。
 もちろんそのまま踊っていてもかまわないよ?」

そのまま車内に目を向けることなく
車内で不審な踊りを見せる戦闘機械へと声を投げる。
その声音は何処か面白がってもいるようで、
まるで昨日会ったばかりのように気軽な響きを伴っていた。