2015/10/11 のログ
深雪 > 「試してみましょ。」
そう言って、自分のスマホを取り出した。
それから少しだけ苦戦しつつもメールを打っていく。

服装が薄着なだけではない、この部屋には暖房器具らしきものも一切無いのだ。
このままここで冬を迎えたら、それこそ、凍えてしまいそうなくらいに。

「……はい、確認してみて。」

メールを送信すれば、優しげに微笑んで、貴方の方を見た。
送られてくるメールには、一言だけ、こう書いてあるだろう。
“私の昔の友達も
 もう1人だけしか居ないの”
少女の表情に悲壮感はない。少女なりに元気づけようとしているのだろう。

東雲七生 > 「試すって……」

すぐ隣で慣れないメールを打って行く深雪を不思議そうな顔で見つめて。
そしてすぐに送られてきたメールを確認すると、少し驚いた顔で振り返った。
口を開いて何か言おうとし、逡巡する様に視線を彷徨わせて、言葉の代わりに溜息が零れる。

「……知らなかった。そうだったのか。
 昔からの、っていうと……えっと……」

一体何年前だろう。何十年前かもしれない。
もしかしたらそれ以上かもしれないが、そこまで考えてしまうと際限がないだろうから考えるのを止めた。
ともかく、深雪も旧友は殆ど居ないのだという事実。
その事に対して何と言えば良いのか、七生は言葉を探し、

「……なんか、ごめん。」

少しだけ自分の事ばっかりであるのが恥ずかしくなった。

深雪 > 貴方の表情を見れば、くすりと笑った。
過去の友人がどうなろうと、特に気にもしていないという風に。

「私なら、名前も顔も思い出せないような友達なんていらないわ。
 ……そんなの、居ないのと同じよ。」

フルーツジュースを飲み干せば、くくっと伸びをした。
それから、貴方の方を見る。
貴方が少しでも心細そうな顔をしていれば、それを読み取って、困惑気味に目を伏せるだろう。

「……でも、どうして、誰も連絡がつかないのかしら。」

東雲七生 > 「それは……確かにそうなんだけど。」

友人の顔が思い出せないだけなら七生だってそこまで気にはしない。
むしろ深雪の言う様にあっさり割り切ってしまうだろう。

ただ、過去の一切を思い出せない身にとっては過去を思い出す手がかりという側面もある。
その手がかりが潰えていくのは、多少なりと堪えるものもあるわけで。

「どうしてだろうねぇ。
 ……このままじゃ何時まで経ってもこの家に居っ放しになっちゃうよ俺。」

ジュースの入ったグラスを手に取って。
軽く口をつけながらそんな事を呟く。

深雪 > 「……………。」
少女は七生の過去を何一つ知らない。
そして少女は、自分自身の過去を語らない。
……少女にとっての過去は永遠の苦痛であり、大切にすべきものではない。

「…良いじゃない。」

七生の言葉に、少女は、小さくそう答えた。
それから、貴方を真っ直ぐに見る。
少しだけ、意地悪な笑みを浮かべたような気がしたが…すぐに、それを引っ込めて、

「貴方が居てくれると…退屈しなくて良いわ。
 話し相手にもなってくれるし……」
静かに手を伸ばして、貴方の頬を優しく撫でる。
「こうやって可愛がる相手が居ないと、寂しいわ。」

東雲七生 > 「……むぅ。」

頬を撫でられて少しだけ呻き声が漏れる。
決して嫌なわけではないし、むしろその逆で居心地の良さすら感じている。
それでも、呻き声を上げたのは。単なる照れ隠しと、

「それなら、良いけどさぁ。」

何だか子ども扱いされてる事に対する、少しの不満の表れだろうか。

深雪 > 「…………。」
奇妙な関係だと、思う。目の前には、可愛らしい人間の少年。
こうやって可愛がりながら、少年の心を弄んでいるのかも知れない。
フルーツジュースを飲み干せば、静かに息を吐いて…ソファに背をもたれる。

「いつか、貴方が昔のことを思い出したら…
 …友達や、お母さんやお父さんを思い出したら…そうしたら、貴方はどうするの?」

東雲七生 > 「えっと……考えた事もなかったなあ。」

喪った事ばかりに意識が向いていて、戻った時の事なんて今まで考えた事もなかった。
半分ほど中身を残したままのグラスをじっと見つめて、考える。

「んー、どうしよっか。
 ……いや、多分どうもしないんだと思うけど。思い出して、ああよかった、ってなって。
 そしたらまた卒業まで学校通って──あ、研究区の部屋には戻らないとかなあ。」

ぼんやりと曖昧に浮かび上がる像をなぞりながら言葉を紡ぐ。
あんまりにも曖昧で、実感を伴うことは無いのが何処か少しさびしい気もしたが。

「まあ、思い出せたら、の話だけど。」

深雪 > 「…あら、全部思い出したら私はもう用済み?」
くすくすと、少年の言葉を聞きながら笑う。
元々、心細さから居候を決めたのだから…解決したら離れるのは、当然なのだが。

「それじゃ、貴方がここに居る間に…もう少し、可愛がっておこうかしら。」

意地悪な笑みを浮かべてはいるが…少しだけ、寂しいような気もした。
きっとそれはまだ先の話で、実感も無い想像の話なのだが。

東雲七生 > 「そっ、そんなこと無いけどっ!」

否定はするものの、実際どう思うかはその時まで分からない。
それに、今のまま深雪に依存する事に日に日に抵抗が無くなっていく自分にある種の危機感すら覚えている。
その事を正直に話すか、否か。少し迷ってから結局言わない事にした。

「もう少し、ってこれ以上どうやって可愛がるつもりなのさ。」

充分可愛がってるだろ、と思わないでもない。
時に優しく、時に意地悪く。この一ヶ月ちょっとの間様々な方法で可愛がられている気がしたのだが。
それらを思い出したのか、それとも他の何かを期待したのか、七生の頬が僅か赤くなった。

深雪 > 「……いいのよ、私なんて。」
わざとらしく、寂しそうな声を出した。
こみ上げる意地悪な笑みをどうにか飲み込んで、横目で貴方を見る。
けれど、すぐに、肩を竦めて笑い…

「そうね、どうしようかしら…?」
…ぐっと貴方の方へ体を乗り出した。
肘掛に手を置いて、覆い被さるように貴方を見下ろしながら…
そっと、貴方の頬を撫でる。

東雲七生 > 「そんな、」

そんなことはない、と言おうとしてグラスをテーブルに置いて。
弁明しようとするよりも早く、深雪に距離を詰められていた。
背凭れに体を預けたまま、近づいた深雪の顔をじっと見上げる。
頬を撫でる手が、自分を見る瞳が、妙に艶めかしく見えて目を逸らしそうになる。

「……えっと、その、痛いのは無しね? ……お互いに。」

深雪 > 「…あらあら、世界一強い男の子になるんじゃないの?」
痛いのは無し、なんて、可愛らしいことを言っている少年を見下ろす。
ふと、長らく飲み込み続けていた残酷な心が湧いてきた…この可愛い少年は、どんな声で泣くのだろうかと。
けれどそれを飲み込み…手のひらを滑らせて、頬から首筋へ。

「本当に強い子なら、私なんかに好き勝手やられたり、しないわよね?」
手のひらを引っ込めれば…挑発的に笑って、貴方を見下ろした。

東雲七生 > 「ていうか痛くなるような事をするの自体を避けたいけど。」

まあそれは、今は置いといて。
変に煽る様な事を言ってしまえば何をし始めるか分からないのが深雪という少女である。
現に今も何かを悟られない様に飲み込んだのを、七生は目敏く嗅ぎ取った。
……もっとも、それを言及する気は無い。それこそ煽る結果になる事以外の何物でもない。

「……物によるけど。
 本気で深雪が俺に苦痛を与えるなら、抵抗はするつもり。」

ふぅ、と小さく息を吐いた後、きっぱりとそう答える。
とはいえ、その抵抗手段も何の効果も発揮しないのは分かっていたが。

深雪 > 「………。」
七生の言葉を聞いて、それからその表情を見下ろして…小さく、息を吐いた。
少女の表情はどこか寂しげで、その身をすっと引いて、貴方の隣に深く座り込む。

この少年をただの玩具だと思えれば、少年が何を思おうと関係ない。
壊れてしまっても、逃げ出しても関係ない。

傲慢だとは分かっているが、貴方の言葉や態度がまるで自分を拒絶するかのように聞こえて…
…少女は、貴方にどう声をかけていいか、分からなくなった。

「………………。」

自分は、この少年をどうしたいのだろう。
こうやって穏やかにずっと過ごしていきたいのだろうか。
自分の物にして、少年を甚振り、遊びたいのだろうか。

東雲七生 > 「……深雪?」

ちくり、と胸のどこかに小さな痛みが走った。
身を引いて隣に座り直した深雪の顔を覗き込む様に、少しだけこちらから身を寄せる。

「……どう、したのさ。」

なんだか、らしくない。
──そう続けようとして、勝手な深雪という少女の人物像を作ってる事を自覚した。
らしい、も何も自分はこの少女の事をどれほど知ってると言うのだろう。

「………。」

途端にバツが悪くなって再び背凭れに体を預けた。
しかしそれでも落ち着かず、すぐに少女の方を見て、テーブルの上のグラスへと視線を移し、またすぐ少女へと戻る。
突然の居心地の悪さに戸惑いを隠し切れていない。

深雪 > 互いに、演じていればきっと平穏な時間が流れていくのだろう。
意地悪だが優しい少女と、初心で受け身な少年。
「そうよね…どうしたのかしら。」
苦笑を浮かべながら横目に貴方を見て…真っ赤な髪を撫でようと手を伸ばす。
けれどその手は、髪に触れる直前に、空中で止まり、行き場を失った。

「ねぇ…七生、あなたは、どうしたい?
 貴方は、私よりずっと弱いわ…だから、貴方が抵抗しても無駄なの。
 私が何かしたいと思ったら…それがどんなことでもきっと、貴方は、逃げられない。」

少女の黄金色の瞳が…それは少女の瞳でありながら、巨大な狼を思わせる鋭い瞳が、まっすぐに、貴方を見つめる。

東雲七生 > 伸ばされた手は、しかし届く事無く。
その仕草に怪訝そうに眉を顰めてから、続いた問いに更に表情が曇る。
少しだけムスッとした顔で深雪の手を取り、自分の頭に載せようとしつつ。

「抵抗しても意味が無いのは百も承知だっての!
 そんな事、俺が一番よく分かってる。
 ……でも本当に嫌なら無駄でも抵抗するよ。

 だけど、一つ勘違いしないで欲しいんだけどさ。
 ──逃げるつもりは無いよ、俺は。俺が来たくて来て、居たくて居るんだもの。」

ぷぅ、と少し頬を膨らませて真っ直ぐに視線を返す。
たとえ前後不覚と呼べる状態で、ほとんど偶然の重なった成り行きの結果だとしても。
今この場に居るのは自分の意思なのだ。
それを曲げる気は更々無い、と妙な所で頑固な少年はハッキリと告げる。

深雪 > 貴方が伸ばした手を取って頭に乗せれば…思わず、くすっと笑ってしまった。
そのまま優しく撫でながら、少年の言葉を、静かに聞いた。

「……分かってるわ。勘違いなんてしてない。」

小さくそうとだけ答えて…それから、貴方を撫でる手を止める。
そのまま腕を回して、ゆっくりと身体を近づけ、寄せていく。
唇と唇がふれ合いそうな、吐息がお互いにこそばゆいくらいに…近く。

「私も同じよ…嫌なら抵抗するし、嫌だって言うわ。
 なのに貴方は、私に何も言わないじゃない?……私が怖いから?私の機嫌を損ねたくないから?」

東雲七生 > 「分かってるなら良いの。」

うんうん、と肯いてから満足げに目を細める。
撫でられて心地良さそうにしている姿は人間よりも動物に似ていた。
そうして気を良くしている間にいつの間にか再び距離を詰められて目と鼻の先よりももっと近くに顔を寄せられていて。
その事に気付いた直後、たちまち顔が赤くなった。

「だ、だって、それは、
 嫌なら嫌だって言う、って。つまり、言わないって事は、そういう、こと、で。」

しどろもどろになりながら言葉を吐き出す。
気恥ずかしくなることは幾度となくあっても、不快に思った事は一度も無い。
絞り出す様にそう告げる。

深雪 > 真っ赤になった貴方の顔を見て、貴方の言葉を聞いて…
…少女は意地悪な笑みを浮かべた。
貴方にとってそれは、いつも通りの少女の姿。

「ふふふ…そういうこと、ね。」

貴方の頬を撫で、優しく微笑む…それから、少女はすっと身体を離してしまった。
何も言わないということは、嫌ではないということ。
けれど、少年が、自分から手を伸ばしたりしてくることは殆ど無い。

少女は明らかに、少年の出方を試していた。

東雲七生 > 「うぐぐぐ……」

深雪が身を引いても顔を赤くしたまま。
その場で硬直しきっていた七生だったが、試す様にこちらを見る少女を見て。
ぎこちなく口を開いて、うめき声にも似た言葉を紡ぐ。

「あの、さあ。
 そういうの、ズルいと思うんだ、俺。」

ぎし、と軋んだ様な声を出しながら不満げな視線を深雪へ向ける。
からかわれているのか、弄ばれているのか。いずれにせよ恥ずかしいことには変わりない。
不快ではないが、とにかく気恥ずかしい。
その感情はどうやら目の前の少女には理解できない類の物らしいと、ここ最近の共同生活で知ったのだが。

「深雪みたいな、異性と一緒に生活するって。
 それだけで常に、俺にとっちゃ勇気フル稼働ものなんだけど。」

これ以上俺から何をしろと、と。
羞恥のあまりうっすら潤んできた瞳が深雪を見据える。

深雪 > 貴方の表情や、そこから読み取れる葛藤、羞恥…
様々なものを読み取って楽しげな笑みを浮かべていた少女だが、
「……ズルい?」
…その言葉には、意味がよく分からない、と言う風に首を傾げた。
特に、卑怯な事をした覚えは無い。
しかし貴方の言葉を聞けば、その意味も分かったのか…くすっと、笑った。

「あら、あら…ふふふ、それじゃ、貴方はいつも勇気を振り絞ってくれてたのね?」
すっと身体を寄せて、貴方を見つめる。奇妙な関係だと、思う。
この可愛らしい人間は、抵抗できないと分かっていながら、ここに居る。
いつかこの子が世界で一番強い男の子になって…立場が逆転する日が来るのだろうか。

「けれど、それだけじゃ駄目よ…つまらないわ。
 たまには、逆に私の頭を撫でたり、してみたら?」

東雲七生 > 「そ、そういう事……!」

こくこく、何度も頷いてから顔を冷ます様に小さく息を吐いて。
少し赤みの引いた顔で改めて深雪を見る。
人ならざる姿を、人の姿に納めている事は承知済みだが普段の彼女はそれなりに容姿の整った少女である。
本来の七生ならまともに話すことすら恥ずかしがるような相手なのだけれども。

「……深雪の頭を? 俺が。」

きょとんとした顔で復唱し、それから恐る恐る深雪の頭に手を伸ばした。
過去何度か触れた事はあったが、まだ慣れないその動作に七生の表情が強張る。

深雪 > 「……………。」
人間に、撫でられている。あり得ないことをされていると思う。
けれどそれを言ったのは自分だし……もちろん、不快ではない。
七生の戸惑う様子も、慣れない動作も、見ていて可愛らしい。

「………意外と、悪くないのね。」
やがて少女は、ぽつりとつぶやく。

東雲七生 > 「そ、そりゃよかった。」

改めて二人きりのこの部屋で。
そっと、ぎこちなくも優しく銀色の髪を撫でている。
その状況を意識してか再び頬が熱を帯びてきて、さらにそれが羞恥を呼ぶ。

しかし、意外と悪くない、との呟きが聞こえて。
少しだけはにかむ様に笑みを浮かべると、それまでよりは幾らか硬さの抜けた手つきになった。

「じゃあ、頭を撫でる以外にも普段深雪がやってる事を俺がしてみる?」

深雪 > 聞こえてしまったか、七生の手つきが変わったのが分かる。
けれどそれは、やっぱり心地良いもので、少女は僅かに目を細めた。
優しい、穏やかな表情。

「……好きにしたら?嫌だったら、抵抗するから。」

貴方の提案に答える言葉は素っ気ない態度。
けれどそれは、拒絶ではない……貴方を試しながらの、肯定。

東雲七生 > 「そもそもされて嫌な事はしてないでしょ深雪ってば。」

何をしても相手の方が一枚上手。
それはこの一か月間全く変わらなかったし、これからも代わると思えない。
精々一矢報いるくらいは出来れば、と最初のうちは思っていたのだが、だんだんそれも不毛に思えるほどだった。

「……じゃあ、好きにする。」

しかし七生にも小さいとはいえ男子としてのプライドはある。
少し拗ねたように呟くと、一度頭を撫でる手を止めて、一度深呼吸をしてからおずおずと少女の体を抱き寄せようとする。

深雪 > 「…………。」
撫でるのにも戸惑うくらいだ、大したことはできないだろう。
この可愛らしい少年と1ヶ月暮らした少女はそう感じていた。
けれど…確かに相変わらずおどおどしてはいるが、少年は手を伸ばしてきた。
抵抗することなくその腕に包まれれば…少年の鼓動と、体温を感じる。
「…………。」
破裂してしまいそうなほど、速く打つ鼓動。
きっとこの少年は本当に、勇気を振り絞っているのだろう。
そう思うと、なんだかとても愛おしくて、少女は静かに瞳を閉じて、貴方に身を委ねた。

東雲七生 > 「……お、思ったよりこれ、これ……!」

ぎゅっ、と深雪の身体に回した腕に力がこもる。
抵抗をが無い所を見ると、不快に思われているわけではないらしい。
それが救いだった。自分の鼓動が聞かれているだなんて夢にも思わない。

「こ、これが限界……です……。」

弱弱しく呟いた声はあまりにも情けなかった。
日頃深雪にされていた事を全て返すには、この分では1年掛かっても無理だろう。

深雪 > 貴方が弱弱しく呟いても、少女は退こうとしなかった。
それどころか、離れないようにぎゅっと身体を寄せて…
「……それじゃ、そのままでいて。」
小さくそうとだけ呟いた。
それは貴方を困らせるためでも、貴方を真っ赤にするためでもない。

決して誰にも弱みを見せない怪物は、もしかしたら…
どこか、こうして寄り掛かれる場所を、探していたのかも知れない。

東雲七生 > 「……。」

深雪の呟きに、こくこく、と何度か頷いて。
言われた通りに腕の中に少女を収めたままじっと待つ。
少女の気がすむまで。それくらいであれば十分に耐えられる。

ふと、腕の中の身体が思っていたよりも小さく感じられて。
少し逡巡した後、さらに強く、抱き締めた。

深雪 > 「……っ…。」
少女は、ほんの小さくだが、ぴくっと身体を震わせた。
それはきっと、貴方が強く抱きしめたからだろう。

普段は絶対に弱みを見せず、主導権を手放さない少女だが、
この瞬間ばかりは、可愛らしいリボンを付けた、ただの女の子。

東雲七生 > 「あの、さ……」

沈黙には耐えられそうになかったのか、そのままの体勢で口を開く。

「深雪は、俺が記憶を取り戻したら、どうすれば良いと思う?
 俺としては、何も考えてなかったから、さっきああいう風に言ったけどさ。
 ……深雪は、どうすれば良いと思う?」

静かに訊ねる。
特に不安を抱えているわけではない声音で。

深雪 > 貴方の声を聞けば…静かに瞳を開いて、貴方を見上げる。
それから、少しだけ考えて…
「…その時にならないと、分からないわ。
 記憶が戻ったら…貴方は、もしかしたら“七生”じゃないかもしれないでしょう?」
静かに、貴方を見つめたまま…
「…けれど、貴方が好きなようにすればいいわ。
 ここに居たかったら、ずっと居ても構わないのよ?」

東雲七生 > 「深雪からしてきた質問なのに、そういう事言う……。」

本当に意地悪だと思う。
自分でも答えようのない質問をぶつけてくるのだから。
しかしそんな事は予想の範疇で。苦笑こそ浮かべる程度だ。

なので、少しは戸惑わせたくなって。

「その居ていい“ここ”っていうのはさ。
 ……この家のこと?それとも、深雪の傍ってこと?」

深雪 > 七生の問いは、確かに少女を戸惑わせた。
この家など、仮の住まいに過ぎない。だから答えは決まっている。
「………そうね…。」
答えに詰まったのは…少年の傍が心地良いと感じている自分に、気付いたからだろう。
プライドの高い少女にとってそれは許せない事であるはずなのだが、意外な事にそう不快ではなかった。

「…私の傍。」
ぼそっと、そう返す。
「別に、嫌ならすぐ出てって構わないわ。」

東雲七生 > にひひ。腕の中で僅かに戸惑った気配があったのを見逃しはしなかった。
それだけでも十分だったが、返ってきた答えに更に満足げに笑みを深める。
反応も返答も、七生が望む以上のものだったから。

「じゃあ、居る。
 俺が七生じゃなかったとしても、居るから。
 
 ふふ、今すっごい良い気分。今日一日中は何をするにも傍に居ても構わないくらい。」

ささやかながらも一矢報いた事に上機嫌になる。
しかしすぐに咳払いをして平静を装った。

深雪 > 少年のささやかな反撃を受けて、少女は…ぐっと、貴方のお腹に顔をうずめた。
抗議の意味がこもったか、ぐりぐりと押し付けるように。
けれど続けられた言葉に含まれた反撃の要素を、少女は見逃さない。

「あら、それじゃ…また一緒にお風呂に入るのかしら?」

顔を上げ、貴方を見上げる少女。

東雲七生 > 「ちょ、ちょっと。くすぐったいって。」

小さな抗議をお腹に受けて擽ったそうに身を捩る。
しかし、自分の不注意から与えてしまった反撃に表情が固まった。
だが、それだけで今日の少年はそれだけで怯みはしない。

「……い、いいぜ。
 何なら体、洗ってあげようか?」

ふふん、と虚勢を張って見下ろす。
鼓動が再び早まってきていた。

深雪 > 意外だった、少年はここで折れ、真っ赤になって沈むと思ったのだが。
とはいえ……だいぶ、鼓動が早まっているのは確かだ。

「……本気なの?
 ふふふ、今日は随分大胆なのね。」

嫌がる様子も無く、少女は楽しそうに笑った。
少女にはやはり、羞恥心、という感覚が殆ど無いらしい。
さっき、頭を撫でられた時の心地良さを、思い出していた。

「優しく洗ってくれないと、反撃するわよ?」

東雲七生 > ぐぬぬ、と歯噛みしながらも七生は一歩踏み止まった。
今回ばかりは自分でまいた種なのだから、退くわけにもいかない。
かと言って折れるのは格好悪い。

「十二分に気を払うけどさ。
 ……自分の身体以外洗ったこと無いって事は覚えといてね?」

異性の身体なんて未知の塊でしかない。
ひとまず溜息と共に抱いていた腕の力を緩めて、深雪から体を離した。

「ところでさ。
 ……深雪は恥ずかしくないわけ?
 その、俺と一緒に風呂入るのとか、さ。」

深雪 > 「覚えといてあげるわ。」
くすくすと笑いながら、身体を離されれば素直にソファに座り込む。
少しだけ、名残惜しい気がしたが…それを、今見せてはいけないと分かっていた。

「恥ずかしい?
 …そうね、もし見られたくない相手だったら、恥ずかしいのかも知れないわね。」
無論、その場合は可哀想な“相手”が無残に殺されるわけである。
「でも…貴方なら別に構わないわ。」
どうも感覚はずれているような気がする。
少なくとも、見られて恥ずかしい、という感性は持ち合わせていないのだろう。
それはもしかしたら、自分に自信があるからかもしれない。

東雲七生 > 「そ、そう……。」

深雪の返事を聞きながら、七生もソファに座り直す。
どこかズレた感覚は、納得出来るような出来ないような。
少なくとも、少女は自分に裸体を晒す事くらいは恥ずかしいことではないと思っているらしかった。

「異性として見られてないって事なのかな……」

あはは、と苦笑しながら残していたジュースを手に取って一気に飲み干す。

深雪 > 貴方の呟きを聞いて、くすっと笑った。
確かに、少年を異性として意識しているわけではない…そもそも、自分は狼の怪物、相手は人間なのだ。
それに、嘗てこのリボンで自分を縛った男のように……少年の、男性らしいところを見たことがあるわけでもない。

「正直に言えば…今はまだ、そうなるわね。」

今日、抱きしめられたことで少しだけ認識は変わったかもしれない。
けれど、まだ、大切な相手だが、可愛い人間の男の子でしかない。

東雲七生 > 「別に良いけどさ!」

むしろその方が良いとさえ思う。
その方が割り切りやすいからだ。
特に落胆した様なそぶりも見せず、七生は横目で深雪を見た。
その身体に巻かれたリボンが誰の手によって巻かれた物なのか知らない。
いつかはその話も聞いた方が良い気もするが、まだその時機じゃないと思っている。

「うん、別に良い。」

そして何よりも。
深雪に異性として意識されたらもっと面倒そうだ、と。
心からそう思えた。

深雪 > 貴方は落胆するようなそぶりも見せなかった。
けれど問題はそこではない、

「…今、何かとっても失礼なこと思わなかったかしら?」

少女は目聡く、少年の内心を見抜いた。目を細めて、じっと貴方を見つめる。
けれどすぐに、少女は笑った。

少女にとっても、少年の隣は心地良い場所で、少年にとっても、少女の隣は心地良い場所。
それなら、もうそれだけで十分だ。
それからのことは……いつか、時がきたら、変わっていけば良い。

東雲七生 > 「……。」

見つめられても何も答えず。
思わなかった、と言ってしまうと嘘になるのでそれは出来ない。
となれば黙秘する他ない。

「そんな事よりも、グラス、洗ってくるね。」

さっき深雪が空にしたグラスと、自分が今、空にしたグラス。
その二つを手に取って、ソファから立ち上がる。
今そこを離れるのはほんの少しだけ心残りだったが。

深雪 > 立ち去る貴方を見て…くすっと笑う。
けれどそれを追いかけることはせずに…
「……逃げたわね。」
小さく、呟いた。
それから瞳を閉じて…ソファに寝転がる。
貴方が戻って来たら…今度は貴方を抱きしめてやろうか、なんて、考えながら。

東雲七生 > 七生が向かったキッチンからはすぐに水音が聞こえてくる。
グラス二つを洗って、少しだけ呼吸を整えて。

「大丈夫だ、大丈夫。
 今まで何度か風呂なんか一緒に入ってるし。余裕余裕。」

自分に言い聞かせるように唱えて、
それでもかなり緊張した顔でソファに戻って来た七生が見たのは。
ソファに寝転んだ深雪の姿だった。

ご案内:「異邦人街の外れ・深雪の家」から東雲七生さんが去りました。
ご案内:「異邦人街の外れ・深雪の家」から深雪さんが去りました。