2016/09/29 のログ
■深雪 > 裸足な以外はいつもと変わらない姿で,びしょ濡れの制服姿。
棒立ちのままに七生を見下ろしていたが,貴方がこちらを見上げれば,
「……貴方が居るって,聞いたから来たんだけれど?」
考えていることがあまりにも顔に出ていたので,先に答えてしまいつつ,
しゃがんで七生に手を差し伸べる。
哀れみでも同情でもなく,その手はごく自然に,差し出された。
■東雲七生 > 「えっと、……そ、そう。」
誰から聞いたんだろう、と首を傾げつつ。
こんな所に来てしまったからか、びしょ濡れになっている深雪の姿に少しだけ戸惑う。
制服のまま濡れそぼった姿なんてそうそう見られるわけもなく、何だか貴重な物を見た様な気がしたのだ。
それ以上に、非常に際どい物を見ている気がひしひしとするのだけど。
「あ、ありがと。」
差し出された手を、少しだけ嬉しそうに取る。
■深雪 > 貴方が誰にも話していないとしたら…深雪は,貴方を探したのかもしれない。
絶対に口には出さないだろうが,そうでもなければ,この場所を突き止めはしないだろう。
なお,びしょ濡れのブラウスが見事に透けているが本人は全く気にする素振りも無い。
淡いピンク系だ。何がとは言わないが。
「……で,私に内緒で,何してたのかしら?」
手を取ってもらえればそのまま貴方を引き起こして…
…そのままその手をしっかりと握って逃げられないようにしつつも,問いかける。
■東雲七生 > 引き上げられれば礼を言って手を離そうとする。
が、どういうつもりかしっかりと握られており離して貰えそうもない。
あれ?と首を傾げながらも、目のやり場に困ったりしつつ様子を窺っていたのだが。
「……え?何って、異能の訓練……だけど。」
徐にぶつけられた問いに面食らいつつ答える。
そういえば異能の詳細も話した事が無かったっけ、とここで漸く思い至って。
■深雪 > 面食らった様子の貴方を見て,小さくため息を吐いた。
けれど,何も話していないのはお互い様だ…一緒にいても,案外と,大切なことは話さないものだ。
静かにその手を放して,開放してやりつつ…
「……血,こんなに流したら…倒れるに決まってるじゃない。」
…呆れた顔をしているが,その瞳は確かに七生の身体を案じていた。
視線は右の掌,そこから流れ落ちる血へと向けられる。
■東雲七生 > 「あっ」
手を離されれば、ゆるやかにその場に腰を下ろす。
正直なところ立っているのが少ししんどい程度には体から血の気が抜けていた。
ある程度血液の量にブーストがかかるという異能の副作用があるので見た目よりは体から抜ける血液は少ないのだが。
それでも連続して挑戦したのは消耗も大きかったらしい。
「あはは……見た目ほど出てないんだけどね、これ。」
掌を見て、ゆっくりとその手に左の手を重ねる。
開いた傷口を細い細い血の糸を形成して縫い合わせる。
いつもこうして止血を行っているのだ。ただ、今日は濡れている所為か少しばかり縫合が甘い気もするが。
■深雪 > 「……ほら,もう……。」
くすくすと笑って,七生の近くに両膝をつき,腰を下ろした。
無理に立たせるよりも,こうして回復を待った方がいいと思ったのかもしれない。
……傍から見ればその血の量は,もちろん異常であるのだから。
「いいわ…,貴方ならまさか,無理をし過ぎて死ぬなんて馬鹿な真似はしないわよね?」
慣れた様子で止血を行う七生を見ながら,深雪は問いかける。
世界一強い男の子。そんな自分の言葉が,七生を駆り立ててしまっているのではないかと,内心に僅かな不安を抱えながら。
■東雲七生 > 「まさか、そんなことしないって。
自分の限界くらい解ってるよ……たぶん。」
今はただ疲れているだけ、と言って同じ様に腰を下ろした深雪を見る。
そして見なきゃ良かった、と後悔する。
未だ降り頻る雨の中、すっかり濡れてしまった制服姿は目に毒だった。
「死ぬわけないでしょ、死んだら、ほら、ええと……」
こんな光景見れなくなるし。
そう言いそうになるのを何とか踏み止まって。
「深雪のそばに居られなくなるし。」
■深雪 > 七生の内心など知る由もない…羞恥心が無いのではなく,
今はそこまで意識が向いていないのと,多少なりとも“慣れ”もあっただろう。
今はそれよりも,七生の身体のほうが心配だった。
「……馬鹿。」
その言葉に安心したような,呆れたような,一言。
けれどその一言と一緒に,笑顔がこぼれた。
どんなに水を浴びても,七生が立ち上がるまで,深雪はそこを離れないだろう。
「…訓練って,いつもこんなことしてるの?」
■東雲七生 > 「へへへ……」
照れ隠しに笑いつつ、深雪の笑顔を見て少しだけ気力が回復する。
立とうと思えば十分に立てるのだが、もう少しだけこうして二人で座り込んでいたいと思った。
それは純粋な居心地の良さからと、ちょっとの下心。
深雪の目を盗んでは、ちらちらと制服以外の色へ向けられる視線。
「ううん、いつもはもうちょっと、血の量とかも押さえて訓練してるよ。
今日は弱点の克服を目的にしたんだけど……やっぱ簡単にはいかないから弱点なんだなーって思う。」
結局最後も維持時間のベスト記録は更新できなかった。
それだけが少し心残りである。
■深雪 > 「弱点って……この雨のことかしら?」
先ほどの光景を見ていた深雪は,血が雨に溶かされる瞬間を見ていた。
その光景を思い出しながら,考える。
「…よく分からないけど,血が水に流れちゃうのは仕方ないわ。
雨を防ぎもせずに被ってるから駄目なんじゃないかしら?傘で防いだらいいんじゃない?」
そんな風に,率直な意見を述べてみるが,その実,深く理解しているわけではない。
けれども,七生が徐々に元気を取り戻せば,深雪も安堵と,周りを見る余裕が生まれて……
「………で,さっきから何をチラチラ見てるの?」
……意地悪な笑みと,それから少しトーンを落とした声。
■東雲七生 > 「そうそう。この雨。
やっぱりどうしても流されちゃうんだよなあ、既に完成してるものならある程度は耐えるんだけど。
作ろうとしたり、作り変えようとするときに水が混じると、いやあ流される流される。」
参ったもんだ、と口を尖らせて空を仰いだ。
絶え間なく降り続く雨は、それだけで七生の力を殺いでいくのだ。
「四六時中傘をさしてるわけにもいかないし、
何も天気の雨だけが弱点って訳じゃないからさ。水、液体全般がそうなの。」
血液を操る力を持ちながら、同じような系統の能力に弱い。
同時に熱にもある程度の弱さがあるのだが、それは試す機会が中々無かった。
「何をって、深雪今日はピン………く。」
話の流れから釣られて口走って、途中で我に返る。
頬がひくひくと痙攣し、泣き笑いのような顔のまま表情は固まって。
それでもゆっくりと深雪の顔色を窺うように視線は動いた。
■深雪 > 「血なんだもの,流されるのは仕方ないわ。後は,血を増やすことかしら?
……もっと身長が伸びたら,血も増えるかもしれないけど。」
くすくすと,意地悪な笑みを浮かべて…それから,雨を降らせるスプリンクラーを見上げる。
あんなもの壊してしまえばいい。
雨が降っているのなら,雨雲を壊してしまえばいい。
そう考えてから…きっと,それでは駄目なんだろと思い直す。
深雪はこんな風に,“人”との感覚の違いを,埋めようとしていた。
……まだまだ,それを埋めきるには程遠いだろうが。
「…………………。」
勿論予想はしていたし,苛めて反応を見るのも面白いと思った。
…のだが,色を指摘されて,深雪は僅かに,視線を反らした。
七生にとってみれば,それは初めての反応だったかも知れない。
「……そうよ,何か文句でもある?」
それを包み隠すように,貴方を睨んで,答える。
■東雲七生 > 「そうだね、もっと食って鍛えて血を増やさなきゃ。」
最近ではすっかり逞しくなった自分の上体を見下ろす。
まだまだ筋肉質、と呼ぶには程遠い気もするが、それは体質の所為だろうと病院で指摘された。
曰く、余計な筋肉が付きにくい身体である、らしいのだ。小柄に見えても膂力を発揮する獣の様に。
人間との感覚の差を埋めようとする細やかな深雪の努力。
それを知ってか知らずか、七生は笑みを浮かべる。
少なくとも、少女が以前より“変わってきている”のは事実だ。それがどの様な、何に端を発する変化なのかは七生には知る由もないが。
「…………深雪?」
こちらの返答を聞いて顔を逸らすという反応に首を傾げる。
今更下着の色なんて言われたところで気にする様な間柄でも無かったと思ったのだが。
しかしすぐに睨まれて、詰問されれば。
「え、いや。別に。……か、可愛いな、って思って。」
■深雪 > 七生がそれに気づくかどうかは疑問だが,深雪は確かに“恥ずかしい”と感じていた。
これまで一度も感じたことのなかった感覚。
だからこそ,自分でもどんな顔をすればいいのか分からず…
「……ありがと。」
そうとだけ言って,立ち上がってしまった。
少しだけ,ほんの少しだけだが,耳の先が赤くなっている。
七生に背を向けたまま,一呼吸を置いた。
「…ねぇ,七生。
私のこと,怖いって思ったこと,ある?」
■東雲七生 > 「う、うん、どういたしまして。」
深雪の内心の機微に気付く筈もなく。
『何か様子が変だな』くらいに留めて首を傾げる。
そしてお礼を言われれば、馬鹿正直に返答した。
「わっ、えっと、ちょっと、深雪──」
突然立ち上がった深雪を座ったまま見上げ、慌てて目を逸らす。
褒めたからと言って積極的に見たい訳でもない。いや、見れるなら見たいけども。
それでも堂々と覗き見る勇気は無いので目を逸らしたまま、
「え?深雪を怖いと思ったこと?
……ええと、無い、よ。嘘だと思われるかもしんないけど。
最初に会った時から、狼になった時も、怖いと思った事は一度も。」
昔の落語的なニュアンスで無いのなら、とそっと内心で付け加えて。
■深雪 > 七生とは対照的に,深雪には心当たりがあった。
可愛らしくて愛おしい人間,大事な大事な,玩具だと思っていた相手。
……けれど,そう思えなくなっている。
今日だってそうだ,七生を探して歩くなんてことは,これまで絶対にしなかった。
「…それじゃ,一つだけ覚えておいてほしいの。」
黄金色の瞳が,貴方の瞳をまっすぐに見つめる。
自分を怖がらない相手,今の自分は,かつての自分とはまるで違うけれど,
それでも……怖がらずに居てくれた“人”は,七生で,2人目だった。
「…これから先,私がどんなにリボンを解いてって言っても……絶対に解かないで。」
深雪の手首や首筋を縛り,焼き焦がすリボン。
その呪縛から解放されたがっていたはずの深雪は,まっすぐに七生を見て…そう頼む。
たったそれだけのことなのに,深雪の表情は真剣で……悲痛でさえあった。
■東雲七生 > 振り返ってこちらを見る瞳が、妙に真剣である事には流石の七生も気付いた。
少しだけ落ち着かなかった心が、波が引くように冷静になっていく。
「……リボン、を?」
それはおかしな提案だった。
深雪がその身を縛る拘束から解放されて居たがっていたのは誰よりも知っている。
それを成すために、七生は無茶とも呼べる鍛錬を繰り返して来たのだから。
しかし、今、目の前に居る深雪はそれを撤回してきた。
「……深雪が、そう言うなら。俺は、嫌だとは言わないけど。
でも、どうして?……理由があるなら、ちゃんと話してよ。」
真っ直ぐに黄金色の瞳を見返して訊ねる。
どういう理由があっても、この少女の頼みであれば余程の事で無ければ従うつもりだ。
しかし、理由も分からぬままに従うのは居心地が悪い。
それが真剣な、悲痛とさえ見えるのであれば尚更だった。
■深雪 > 隠すつもりがあったわけではない。ただ,言うタイミングがつかめなかっただけだ。
そんな言い訳じみた言葉が,脳裏をよぎった。
…何も聞かずに,言うとおりにしてほしいと,思ってしまった。
「……理由なんて…………。」
言う必要無いわ。そう言葉を続けようとして,貴方の瞳を見た。
まっすぐに見返してくる七生の,澄んだ瞳。
深雪も,分かっていた。
このリボンを外すために,約束を守るために,七生が鍛錬をしていること。
「……分かった,言うわ……言うから………。」
ぺたんと濡れたプールサイドに座り込む。
深雪の黄金色の瞳が,こんなにも怯えて見えるのは,きっと初めてのことだろう。
「貴方は何も知らないでしょうけれど,私は“怪物”なの。
あの狼の姿なんて,どうってことない……あんな小さい犬なんかじゃない。」
突拍子もない内容だが,七生には心当たりがあるはずだ。
深雪の正体,決してこの世に解き放ってはいけない,神と魔の間に生まれた怪物。
「このリボンが解けたら……神様を食べて,人間も,動物も,街も,世界をみんな踏み潰して……全部,終わらせる。」
冗談を言っているのではない。
それは震えた黄金色の瞳を見ればわかるだろう。
その瞳が,貴方をまっすぐに見て……
「……ごめんなさい,私,貴方を…………。」
……利用しようとした。自分が,自由になるために。
■東雲七生 > 「うーん……。」
すっかり一回りも二回りも小さくなってしまった深雪を見て、七生は目を瞑り腕組みをする。
理由を聞きたかったのは事実だが、何もそんな弱弱しい姿まで見せて欲しかったわけじゃない。
そう言ってしまうのは酷く簡単で、酷く簡単なだけに七生はそれを避けた。
「知ってるよ、──フェンリル。『血を揺らすもの』。
前に図鑑で見たんだ、あまりにも特徴が深雪と似てたから、まさかなって思ってたけど。
リボンの話を聞いて、確信してた。」
そう言って目を開くと、再び真っ直ぐに深雪を見つめる。
震える黄金色の瞳を、真っ直ぐに赤い瞳が捉える。
「でも、それを知った上で俺は深雪のリボンを解くつもりだった。
仮に深雪が、本当に怪物になって、何もかも壊してしまうのだとしても。
どうにかして、それを止めるつもりだった。
無理かもしれないけど、その結果深雪に倒されるならそれでもいいかなって。」
ふぅ、と息を吐く。
座り込んだ深雪の頭に手を載せ、濡れた髪をそっと撫でる。
「別に謝られる筋合いはない。俺が決めたんだもの。
どんな結末でも、深雪を自由にしたいって。思ったからさ。
……でも、今度はそれをするな、って言うんだね。
深雪がそう言うなら、俺は従うよ。でも、……本当に深雪はそれで良いの?」
優しく何度も頭を撫でながら、そっと子供に言い聞かせるように。
まだ声変わりもしてない幼さの残る声で、あやす様に言葉を続ける。
利用しようとしたことに対して謝られてなお、七生は深雪の心配しかしていない様だった。
■深雪 > ───知ってる。
予想もしていない答えだった。
知っていたら,このリボンを解こうとするはずがないと,思っていた。
震えていた黄金色の瞳が,今度は驚きと戸惑いに見開かれて,七生を見る。
「………………。」
まるで子供をあやす様に,自分に向けられる七生の言葉。
降り続く水にずぶ濡れになっても,深雪の髪は艶やかだった。
「このリボンを結んだままなら…ずっと,一緒に居られるわ。
…怪物にはならない,私だって少しは“人間”の勉強もしてる。」
けれどそれが,偽りの自分であることを,七生の言葉で改めて痛感させられる。
本当に深雪はそれでいいの?
不意に涙が溢れた…降り頻る水の中で,きっとそれは,貴方には気づかれないだろう。
「……七生は,いつだってそう。
俺がそうしたいんだ,とか…俺がそう決めたんだ,とか……。」
そんな言葉を,そんなまっすぐな目で言われたら,
何も言い返せなくなってしまう。
「嫌,嫌よ!!私は自由になりたい……こんな手枷なんて引き千切ってやりたい!!!
でも,七生がそうやって,全部背負い込むのを見てるのは,もっと嫌!!!
七生に牙を向けるのは,貴方を傷つけるのは……もっともっと嫌よ!!!」
突然堰を切ったように,感情が溢れ出した。
泣き叫ばんばかりに,声を張り上げて……地面に叩きつける拳は,それだけでプールサイドにヒビを作ってしまった。
■東雲七生 > 「深雪……」
こうして感情を爆発させた姿を見るのは初めてかもしれない。
いや、初めてだ。いつだって深雪は傲慢とも思えるほどの余裕と気品に満ちた態度で七生に接していた。
それが今、声を荒げている。日頃の余裕に満ちた姿はどこにもない。
どちらが本当の深雪なのか、と考えて七生は小さく首を振った。
どちらも本当の深雪なのだろう。
少なくとも、今目の前に居る深雪は今の深雪として本当の深雪だ。
「えっと……その、ごめんね。深雪。」
何て声を掛けたらいいのか分からない。
それほどまでに七生にとって突然のことであった。
ただ困った様な笑顔で、ひたすらに深雪の頭を撫で続ける。
■深雪 > 七生を困らせるつもりは無かったし,謝ってほしかったわけでもない。
いつも通りに接したいのに,普段通りに,撫でてやりたいのに,
「…………。」
ただ,小さく首を横に振って…
…それから暫く,貴方に撫でられ続けているだろう。
きっと,嫌われた。
こんなに自分勝手な私なんだから。
また,独りぼっちになる。
仕方ない,自分は人間の世界に居てはいけない怪物で,
愛しい人を利用しようとした最低の女で,
……そんな愛しい人の覚悟さえも,受け止められない愚図だったんだから。
でも,これまでずっと,頑張ってくれた七生に,自分は何もしてあげられていない。
「…ねぇ,七生は,私に,何かしてほしいこと,無い?」
深雪の言葉に,深い意味は無かった。
けれどその声は,どことなく寂しいと感じるかもしれない。
■東雲七生 > 「してほしい、こと?」
しばし静かに撫でていたが、急にそんな事を言われて怪訝そうに聞き返す。
うーん、と少し考える様に視線を泳がせて、それから少しだけ頬を赤らめる。
小さく咳払いをして誤魔化すと、そっと深雪の頭から手を離した。
「んんっ……ええとね、して欲しい事かどうかは分かんないけど、3つくらいあるよ。」
ぴっ、と深雪の顔の前で指を三本立てて見せる。
それからゆっくりと、そのうちの一本、人差し指だけ残して。
「まず一つ目はね、目を瞑って欲しい……かな。」
■深雪 > 撫でられていた手が離れて,深雪は小さく息を吐く。
七生の視線が泳いだことには,きっと気付いていないだろう。
「目を……?」
困惑しながらも,言われた通りに瞳を閉じた。
降り頻る水の音だけが,脳裏に響く。
■東雲七生 > こちらのお願い通りに目を瞑った深雪を見て、再び頬が赤くなる。
今まで何度か言われるままに目を瞑った事があったが、まさか自分が逆の立場に立つとは思ってもみなかった。
一度静かに深呼吸をしてから、そっと深雪の前髪を左右に流し、その頬に手を添える。
「………っ。」
そしてその額に、短い口付けを一つ、落した。
「……そっ、そんで二つ目はね!
そんなへなへなっちぃ深雪のままで居ない事!
俺が知ってる深雪はね、もっと堂々としてて格好良いんだから!」
気恥ずかしいのを誤魔化す様に早口でまくしたてる。
何だか自分がとんでも無い事をしてしまったような気がして仕方がないのだ。
あくまで親愛の情を表しただけ、なのだけれど。
「それと三つ目。
これはして欲しい事なのか分かんないけど……
これからも、一緒に居て良いよね?」
そう訊ねる声は、少しだけ不安げで。
深雪を見る瞳は僅かに心配そうに揺れていた。
■深雪 > 目を瞑っていれば……頬に,暖かい感触。
それから,七生の柔らかい唇が……触れた。
……唇ではなく,額だったのだけれども。
「私の言ってるのは,そういうことじゃないわ……!」
二つ目の願いを七生が言い切れば,深雪は口を挟もうとした。
してほしいこと……そんな表現しかできなかったが,
深雪は七生にお礼がしたかったのだろう。
けれど,七生は言葉を挟ませてくれなかった。
深雪も,その先を言えなかった。
「……………………。」
七生の言葉を聞いて,深雪は…笑った。
本当は泣いていたのかもしれないけれど,二つ目の願いを聞かなくてはいけなかったから。
「私,確かに警告したわよ?
もし七生がこのリボンを解いてくれたら……七生のこと,誰よりも先に…一番最初に,壊してあげる。」
まだ無理をしているのだろうが,いつもの調子を取り戻した深雪は,そう言って楽しげに笑う。
■東雲七生 > 「うん、確かに聞いたよ。
といっても、俺もそうやすやすと壊されるつもりはないけど。」
あは、と満面の笑みを浮かべて頷く。
少し無理させちゃったかなと思い、少しだけ考える様に自分の顎に手を当てて。
「それにね、俺が強くなるまでの間、出来るだけ深雪には好きな事して貰いたい。
そのためなら、どんなことでも協力するからさ。
……深雪が、そのリボンの所為で苦しかったり、辛かったりしたら、その分だけ楽しい事で帳消しにしてこう?」
そう提案する。
きっと自分がそのリボンを解けるようになるまでまだまだ長い月日が掛かるだろう。
その間の深雪の苦しみを少しでも和らげたい。心からそう思っての提案だった。
■深雪 > 七生の笑みを見て,深雪の瞳は…やっと安堵の色を取り戻した。
無理をしていた笑い顔も,だんだんと自然な表情になって……
「…駄目よ,私だけじゃ駄目。
七生にも好きなこと,してほしいわ…私ばかりじゃ,不公平よ。」
言いたかったことが,やっと,素直な言葉になった。
自分のためを思ってつらく苦しい修練を積み重ねてくれる…
そしてきっと七生は,一緒に居られるだけで十分,なんて言うに違いない。
だから……
「……一緒に居るだけで良い,なんて言ったら,どうなるか分かってるんでしょうね?」
■東雲七生 > 「えっ、だって別に俺は一緒に居られればそれで……」
封殺された。
見事に先を見越した深雪の一言だった。
先回りされて釘を刺され、七生の顔から笑みが消える。
困った様な笑顔では無く、本当に心の底から困った様な顔になって、
「だって、もう充分好きなことしてるから。
これ以上の何かなんて、思いつかないよ?」
指先で頬を掻きながら、何とかして苦笑を浮かべる事が出来た。
■深雪 > 深雪は,その表情の真意を図りかねたようだった。
無欲な七生は本当に何も思い浮かばなかったのか,
それとも,口に出せないような望みなのか……
「……本当に,それでいいの?」
……だから,ぐっと身を乗り出すようにしながら,もう一度,問いかけた。
■東雲七生 > 「ひぁっ!?」
いきなり身を乗り出されれば、先程の口付けが思い出されて反射的に顔を伏せてしまう。
しかし俯いた視界に入るのは濡れた制服。
白い肌に張り付くシャツに、先程から透けて見える淡い桃色。
そして襟元から覗く谷間──
「ほ、ほんとに!ほんとのほんとの本当に!」
耳まで赤くなりながら、七生は深雪の追及から逃れようとする。
一瞬抱いた感情が、どういうものかまだ判らないから。分からないものを望む事は出来ない。
故に七生は、何も無い、と主張した。
■深雪 > 声を上げる七生の,視線にはもう気付いている。
けれどそれをとがめることも無ければ,それこそ指摘もしない。
「…ふふふ,そんなにむきにならなくたっていいじゃない。」
それを,自分の感じた“恥ずかしさ”とともに心の奥に閉まって,
静かに立ち上がる…七生に,自然に手を差し伸べながら。
「帰りましょ……早くお風呂に入りたいわ。」
■東雲七生 > 気付かれているなんて夢にも思わず。
ただ自分の抱いた感情に戸惑いつつ、それらを隠そうとすることのみに専念する。
「む、むきになってなんか……!」
反論しようとするが、手を差し伸べられれば押し黙って。
そのまま手を取ると自分も立ち上がる。
「帰る前に俺は服着て来なきゃ……ていうか深雪、そのまま帰るの?
それはえっと……なんかやだ。」
外の天気がどのようなのかは分からない。
だが、この訓練施設から二人の家がある異邦人街まではかなりの距離がある。
無論、そこまで様々な人とすれ違うだろう。
水に濡れ扇情的とも言える今の深雪を、他人の目に触れさせるのは、何となくだが嫌だと思えた。
■深雪 > きっと……自分も,七生も,まだまだ未熟なんだろう。
人の何十倍,何百倍と生きたはずの少女は,そんな風に苦笑した。
けれど,帰ろうと思ったところを七生に止められて……
「……私,着替えなんか持ってきてないわよ?」
七生以外の人間の目など,気にするような深雪ではなかった。
もし七生がいなかったら,そのまま周囲の視線を集めつつ,帰っただろう。
■東雲七生 > 「あのさぁ深雪ぃ……」
何処か変わった様に思えたのも、
それはあくまで自分との間での僅かな変化でしか無い事を悟る。
何だか一気に肩すかしを受けた気になった七生は、
どう説明したら良いのか考えるよりも早く口を開いた。
「少しは自分の容姿を自覚してよね!
俺がいうのも何だけど、深雪ってば美人だし胸もそこそこあってスタイル良いんだから。
……そんな女子が下着透けさせながら歩いてるの、一緒に居る俺の身にもなってよ!二人きりならともかく。」
溜息と共に言い終えて、それから施設内の地図を頭に思い浮かべる。
たしかランドリーがあったはずだ。それで制服を一度乾かしてしまおう、と提案し。
「まあ、乾かしてる間はシャワーでも浴びてれば良いからさ。」
■深雪 > 世界を終わらせる怪物として生まれた深雪にとっては,
たった一人だけでも大きな進歩だったのかもしれない。
けれど貴方に,まるで呆れかえったようなため息とともにくぎを刺されてしまえば……
寄ってきたら追い払う…じゃ,駄目なのよね。
そう心の中で一呼吸あってから,
「…七生がそう言うなら,二人きりの時だけにするわ。」
逆に言えばそれは,二人きりの時には同じようなことを繰り返しかねないということだ。
くすくすと笑っているのは七生をからかっているのか…それとも……
「……シャワーがあるのね?
私,ここに来たの初めてだから…案内,してくれる?」
■東雲七生 > 「ふ、二人きりの時でも極力控えてね……?」
口が滑った事を恨みながら、念押しする。
そうそう今みたいな格好をされてはこちらの精神が持たなくなりそうだった。
でもまあ、存外嫌な感じがしないのは何故だろう。
「……あるよ、シャワー。もともと運動して汗をかく場所だし。
じゃあ、しかたないな。案内してあげよう。こっちだよ。」
ついて来て、と繋いだ手を引いて深雪をシャワールームへと案内する。
もちろん、プールの水を抜いてスプリンクラーを止めるのも忘れずに。
■深雪 > 「……あら,禁止はしないのね?」
意図せず見られて恥ずかしい,と感じた。
あの時の感覚は,今はもう影を潜めている。
深雪は七生に手を引かれるままに,シャワールームへと入っていくだろう。
七生からは見えない,七生の後ろで…深雪は静かに,微笑んだ。
■東雲七生 > 「流石に不可抗力とかもあるから禁止はしないよ。
これからの季節、風邪とか引くかもしれないから濡れたらすぐ着替えて欲しいけど。」
そんな事を言いながらシャワールームへと案内する。
男女別れている為もちろん入り口前までだ。中にランドリーが併設されてる事も説明し、
「服が乾くまで10分ちょっとだと思うから、風邪ひかないように気を付けてね。」
微笑んでいたことにも気づかず、どこか自慢げに説明を終えると、
自分もシャワーと着替えの為に男子用のシャワールームへと向かおうとするだろう。
■深雪 > その手を放して,シャワールームへ入る直前に,深雪は立ち止まる。
七生に聞こえるかどうか,小さく囁くように。
「七生……ありがと。」
そうとだけ言って,シャワールームへと入っていった。
ご案内:「訓練施設・プール」から深雪さんが去りました。
■東雲七生 > 「うん?」
何か聞こえた気がして、足を止める。
振り返ってもシャワールームへ向かう深雪が見えただけで、特に何か言われたという事もなさそうだった。
「……? まあいいか。」
怪訝そうに首を傾げながら、満足げに七生もシャワールームへと入って行ったのだった。
ご案内:「訓練施設・プール」から東雲七生さんが去りました。