2015/07/23 のログ
ご案内:「雑貨屋「atria」」に須藤流人さんが現れました。
須藤流人 > さざめくように降る雨が、小さな店に潤いを与える
木造の建物は露を啜って苔を育み、それがいっそ雅やかであった

「夏の雨はさァ、ゆーったりとして……いいよねェ」

開放型の店舗の、入口付近
小さめのラウンドテーブルに、自前の紅茶、スコーン、ジャムを揃えて、のんびりと一人で雨見の茶会を開いていた

須藤流人 > 「梅雨も終わりかけかと思ったケド、これが最後の雨なのかねェ
……そう考えると、鬱陶しかった梅雨も少し寂しくなるから、ヒトってのは不思議だねェ」

くつくつ一人で笑いながら、紅茶を一啜り
雨の日の来店は少ない、故にこうしてゆったりと茶を楽しむことが出来た

「――ま、晴れててもウチはお客サン少ないんだけどねェ」

頬杖をつきながら一人ごちる
場所も不定、開店時間も不定、いつやるのかも不明の店に人が入ってくることなど当然無く
入ってくるのは噂を嗅ぎつけた変わり者か、知り合いか

須藤流人 > 「……そういえば、雨といえばこの間またあの子、不思議な物を持ってきてたねェ」

魔法雑貨の入荷元である不思議な少女を頭に浮かべながら、少女が持ってきたものをコーナーから引っ張りだす
それは、傘だった

「なんだっけなァ、受けた雨で飴を作る傘……だっけか
……相変わらずあのコの考えることはよくわかんないねェ」

ばさり、と傘を広げて、店の外へと出てみた
小雨が群青色の傘に優しく降り注ぎ、しっとりとその表面を濡らした

「……これ、どれくらいで出来るんだろうなァ、あんまり長いこと雨に打たれたくはないんだケド……」

須藤流人 > 雨の中立つこと3分。あふ、と小さなあくびをした所で、こつん、と頭の上になにか硬いものがあたった

「うん? ……え、出来るって、落ちるの……? なんか、こう、もっと、食べやすいように出来なかったの……?」

頭の上に落ちたのは、緑色の小さな球体
口の中へと転がせば、わざとらしいメロン風味が広がった

「特にメロン味を指定した覚えもないんだケド……ううん、これは、実にまた、売れなそうな……」

欲しい人がいれば格安で譲ってもいいなァ、と思いつつ、傘を閉じて店内に戻る
店の中は外観と比べると随分広々としており、しかしところ狭しと雑貨が並んでいる
不思議な品物を扱う不思議な店の不思議な店長
噂が流れているとすれば、そのようなふうに伝聞されているだろう

須藤流人 > 「あのコも、もっとこう、実用的なものをくれればいいんだケド……タダでもらってる分、あんまり言えないよねェ」

はあ、と嘆息しながら再び席について、茶を啜る

「でもそう考えるとこの間のマントは良かったなァ
羽織ると透明になれるなんて、すごく実用的だし……
ただ危ない人に渡すと大事件にもなりそうなんだよねェ、お客さんは見極めなきゃなァ」

須藤流人は、客を贔屓する
彼は既に宝くじで1等を当てているため、既に一生遊んで暮らせるだけの金があった
故に、稼ぐ必要がない。店は完全に趣味ではじめたものであった
稼ぐ必要がなければ物が売れなくてもよく、物が売れなくてもいいならば客を大事にする必要もない
別にぞんざいに扱うつもりはないが、自分が嫌いだな、と思った客を追い払う程度の気概は持っていた

須藤流人 > あふ、と一つあくびをして

「今日はもう店じまいするかね……お昼寝の時間だし」

そのまま店を仕舞わず、奥の寝室へと入っていった

ご案内:「雑貨屋「atria」」から須藤流人さんが去りました。
ご案内:「白い空間」に『シュージン』さんが現れました。
『シュージン』 > ただの真っ白い空間。
夢? そう錯覚せざるを得ない。
だが違う。頭に流れる情報。
ここは、情報の世界だと理解する。
いいや、招かれた主役であり観客であり、作者であり、脇役である彼女には
そんなものはもう、理解するまでもない。
なぜならここは、”本の中”
そう、彼が作った――

案内人は囚人服に手錠を足かせを、紙袋を被った”道化―アイコン―”

それがあれば確信に至る。

「――や、キミが望んだ背景って、真っ白だね。相変わらず
 あのときのままだ。いつだって」

声音は優しい。少年の声……
ひどく懐かしく、ひどく近くに合った、ひどくそばにいた
そう思わせるこわくてきなこえ。

「”人間は傑作だ”……その名にふさわしい、そう思う? 思わない? どうかな? ヒビヤ」

顔は見えない、まだ。
だってまだ彼は案内人故に

ご案内:「白い空間」に一条 ヒビヤさんが現れました。
一条 ヒビヤ > 現実味のない、電脳の世界。
まるで世界に酔ったような、ひどい気持ちの悪さに襲われる。
彼女は、此処が何処なのかを十分に知っていた。
───否、知らされる。頭の中に叩き込まれる情報が、彼女に真実を、告げる。
仕組みを理解するには到底及ばない。何故なら此処は彼の独壇場で彼の舞台。
劇団フェニーチェの『美術屋』である、彼の舞台。

彼女はゆらりと幽鬼の如く頭をあげて、見覚えのある彼の姿を見遣る。
案内人が彼であると確証するには其の道化は十分以上の要素を孕んでいた。

「白紙の頁に文を綴るのが『脚本家』の仕事だろう。
 此れは不変であり絶対のものだ──お前なら知っているだろう?」

くすりと、きつい表情とは不相応な笑みが漏れる。
彼の描き出した世界は、彼其の物を思わせる。
ひどく歪んで、ひどく美しく───ひどく、穢れた彼を。

「聞くまでもないだろう、何時だって僕はそう言っていた筈だ。
 人間は傑作だ───何より美しく、何より、狂っている」

顔の見えない彼を前に、困ったように肩を竦めた。

『シュージン』 > そう、これは『美術屋』が、『脚本家』のためだけに作った背景だ。
いつか、『七色』に、劇団フェニーチェにしてきたと同じように。

「うん、知ってた。だからこそ、聴くんだよ。ヒビヤ。
 ボクの大好きで、憧れで。誰よりも気高く美しく
 物語を具現して、文字として起こして構成する
 キミがいなきゃ、ぼくは美術として、成立しないから
 始まることすら、できないから」

彼は生粋の依存者だ。劇団フェニーチェに依存しているのはいうまでもないが
その中でも特に
物語る文字で世界を認識するようにしてくれる『脚本家』
自分の作った背景を完成に導く『演者』

その二つに依存している。
役割も、生きざまも。だから――

「うん、綺麗で。美しい。狂ってる。そうだね……ひどく正確だ……」

まっすぐな言葉。それに哀しげに声を返す。
あぁ――いつでも、彼女は眩しすぎる。

まっすぐすぎる。彼女はいつでも、輝かしすぎて。

「知ってるかもしれないけど、『七色』が死んだよ」

白紙に文字が綴られる、景色が情報が。
世界がその場所へと変わり行く。
情報として、記憶された、電脳の劇場で。
そのシーンが再生される。
ふと、見たいと思ったのか。
それとも見たくないと思ったのか。
どちらにせよ。彼の言葉に耳を傾けて興味を引けば
強制的に発動するしてしまう、魔術。
この電脳空間すら、その一つ。
そんな夢では、強制的に”条件を満たしてしまう”

「……ヒビヤの脚本通り、だった?」

一条 ヒビヤ > 白い世界に、黒曜を思わせる淀んだ瞳に黒い髪。
其の全てが、彼女とは正反対だった。
白い白い世界に。雪が降り積もった冬の一日のように白い世界に、黒い彼女は踏み込む。
新雪にざくりと踏み込むように。
美しい世界に、淀んだ存在が土の後を残すようにぐっと踏み込む。

「買い被りすぎだ」

嘗て自分が『団長』に依存していたように。
彼もまた、誰かに依存しなければ生きていくことが出来ないのだろう。
自分が『団長』亡き今、未だ見ぬ『脚本』に依存しているように。
彼の言葉は、彼女にとっては嘗ての自分を見ているようで、どこか可笑しくて。
───ひどく、愛しかった。

彼の魔術は、舞台の上で何度も見てきたものだった。
見慣れていた筈の其れも、今は意味が異なる。
目の前で同胞が。『七色』がこの世界から役を奪われたのを見遣れば。
彼女も表情を歪める。
果たして、其れは憤怒か、安堵か、其れとも納得か。
彼の言葉を耳にすれば、困ったように笑顔を浮かべた。

「あァ、誰の脚本かは知らないが───」

一拍。すうと息を吸い込んで、凛とした声を其の世界に響かせる。

「屹度、誰かの描いた脚本をなぞったんだろう。
 公安委員かもしれない、風紀委員かもしれない。其れとも『七色』自身の描いた脚本だったのかもしれない」

その質問に、答えをひとつ。

「脚本通りだ」

 

『シュージン』 > 黒が歩めば、言葉を紡げば。
その景色は肯定されたように霧散して。
ゆっくりと消えていく。

――『脚本通り』その言葉を合図に――

     ウツル

美術屋の作品の一つ――

『”七色”の炎をまとった雛鳥が。
大きな大きな親鳥とともに飛んでいく、背景』

「”七色”の最期。その時の、背景」

誰にも見せたことはない。今、初めて見せた。
これは、彼女にしか魅せられない、そんな”背景”だ。
なぜなら彼女は見なくてはいけないし。
なにより道化は、”彼女”のために今はある
だからすべてを使って”ワラワせるのだ”

「買いかぶりと、言うけれど。そんなことはないと思うぜ?」

気取ったように。
似合わない男子言葉。
男娼のときに使うそれだ。
彼の二枚目の仮面。

「全部。また、そうやって呑みこむんだね
 だからキミは脚本家で。キミだから、転生の炎、その種を持てた」

酷く、泣きそうな瞳。
それは見えない。それは嫉妬? 否
断じて否だ。だって、彼女の喜びは自分のものに等しい・
では……?

「キミの脚本は、進んでる?」

一条 ヒビヤ > 彼の作品が、彼女の瞼に、脳裏に焼き付く。
文字通り、焔のように、其の光景がただただ目の前に広がる。
此の作り物の美術舞台の前で、彼女は術を持たない。
彼の舞台で、彼女は下手に手を出すこともない。

美しく、尊く、劇団フェニーチェを彩り続けてきた彼の描く舞台を。
彼女はただ、黙って見つめることしかできない。
羽ばたく鳥が、ずっと遠くに飛び去ってしまうその光景を、黙って見つめる。
ゆっくりと目を閉じて、ひとつ息を吐いてまた目を開ける。
随分とゆっくりとした瞬きと同時に、早まる胸の鼓動を如何にか収めようと。
また、此れを見るのは自分の責務であるとでも云うように。

「莫ァ迦、買い被りに決まってるだろうさ、『シュージン』」

淡々と言葉を紡ぐ。
自分の不甲斐なさに対する憤怒を、無力感を腹の奥底に閉じ込めて。
彼の言葉を、呑む。

「『なるようにしかならない』さ。
 僕は神でもなんでもない。ただの脚本家だ。
 だから、脚本の外のアドリブを愛せなかったらフェニーチェの脚本家なんて出来ないだろう。

 ───今考えればアドリブで役者が死んだりだなんてとんでもない奴らだよ、本当に」

愛しげに、嘗ての思い出を懐古するように。
目を細めて在りし日の劇団を、劇場を思い浮かべる。
そして、二つ目の彼の問いには溜息をいくつか吐いて。

「さァ、どうなんだろうな───
 少なくとも、頁は進んでいるよ。幕が下りるのも屹度目の前だ。
 其れでも──人生は劇的だ。喜劇的だ。悲劇的だ。

 出逢うべきではない人間が出逢うべきではない人間に出逢えば一気に物語は進む」

「進んでいるさ」、と。
彼の作品に視線を向け乍ら、ゆっくりと其の『台詞』を吐き出した。

『シュージン』 > ――あぁ、駄目だ。これでも彼女を”演者”にしてあげられない

相変わらずの、非力だと美術屋は心の中でため息を吐く。
いや、演者なのだろうが。彼女は、団長の”言葉”通りに
いまでも忠実に、演じている。それが演者でなくなんだというのだろう。
だからこそ、自分が同じ舞台に立てないことを。
何度も何度も、嘆くのだ。

いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。さあ、牢屋へゆこう。
ふたりきりになって、籠の中の鳥のように歌おう
No, no, no, no! Come, let's away to prison.
We two alone will sing like birds i' th' cage.

そう言ってあげたいのに。
どうしても。その言葉は紡いで上げられない。
なぜならこれは短編集。
”同じ終わりは迎えてはならない”

――だから皆、行く先は同じでもその方法が違うのだ。

「あはは、うん。キミが言うなら、そうなんだろうさ
 キミの言葉は、ぼくの彩るすべてだ。今は、もう」

『七色』がいなくなった今は、もう。

「でも、そのアドリブが効いてきてる。
 それはキミも感じてるよね? 今、世界は湧いてるよ
 間違いなく、”ここ”はね」

セリフを吐けば、またトリガーとなって景色が変わる。

そこには、裏サイトの掲示板。
フェニーチェ再来だのなんだのと
吠えたけるアイコンたちの群れ。
当然、録画だが――間違いなく、喝采を浴びていた。

「だから進んでないと言われた時はどうしようなんて考えたけど
 杞憂だった、ね?」

口調が柔らかいものに変わっていく、美術屋ではない。
名前を呼ばれた、幼い少年。
憧れを胸にする、素へと、なる。
最後の、三枚目

一条 ヒビヤ > 彼は十分力量があるのは間違いない。明らかだ。

其れでも彼女が毅然と、堂々と、超然としていられるのは『団長』の言葉だけを忠実に抱いているからか。
其れとももう、彼女にとっては現実も此の白い世界と同じものにしか見えていないのかもしれない。
どんなに幸運な体験をしたところで『喜劇の1ページか』、と。
どんなに綺麗な風景を見たところで『まるで舞台美術か』、と。
どんなに好い勝負を見たところで『随分といい仕込みだ』、と。
どんなに綺麗な少女を見たところで『お人形さんのようだ』、と。

彼の想いにも、内心にも彼女が踏み込むことはない。
踏み込んでも、新雪に泥を付けるくらいで其れ以上は為し得ない。
彼女は、未だ終わりを描けていない。
彼のように、理解して、其れすらも愛せるほど、彼女は利口ではなかった。

──彼の行先も知らず、自分の行先も未だ決めかねている彼女でも。
華々しく、喜劇的な終わりを。
ハムレットではなく、テンペストのような終わりを、未だ何処か望んでいた。

「───そうだな」

それだけ、ぽつりと溢す。
『脚本家』が、言葉を選びあぐねる。
彼に相応しい、彼に返すに───目の前の芸術家に返す言葉を、必死に模索する。

景色が変わる。
彼の言葉と同時に踊る世界は、随分と華やかなもので。
彼もまた、劇団を愛しているのが心から伺える其の様を見遣る。
視線を躍らせる。

「今だって物語は進んでいるんだ───
 僕とお前が出逢ったことも、此処で今僕が言葉を並べているのも、屹度誰かの脚本通りで。
 掌の上で踊らされていたとしても、"誰か"がゲラゲラと嗤いながら眺めていたとしても。

 ──物語は、何時だって動いているんだよ」

ゆらりと踊らされていた目線を彼に向けて。
『シュージン』と呼ばれた彼に向けて。
『団長』を演じようとした──演じられなかった『脚本家』は、小さく笑みを溢した。

『シュージン』 > あぁ、でもだからこそ……
そうでなくてはと、心が躍る。

恋は、ため息と涙でできているものだ。
なら今、嗤っているから恋ではない。
もし、これが恋だとしても。
真の恋はすんなりとは叶わない。

ならこれはなんという――?

何度も言っている――……
   コイニニタイゾンダト

だから、二人は言葉遊びを
”今”もこうして続ける。

「うん、安心した」

だってほら。そんな小さな”彼女の本当”を見れただけで。
こんなにも満足できる。

囚人の隠していた仮面が割れる。

「ヒビヤ。ぼくも、フィナーレを迎えるよ」

笑う。最高の笑みだ。
今なら”七色”だって、坊やじゃないと認めてくれる
”墓守”だって、頭をくしゃくしゃ撫でてくれる。
劇団フェニーチェが。舞台に、一緒に迎え入れてくれる。

「『脚本家』ぼくに、脚本をおくれ。ぼくひとりの背景で
 ぼくだけの演出で、ぼくだけのフィナーレを

――”七色”のような死の完成ではなく
――”鮮色屋”のような作品ではなく
――”墓守”のような観客に見つめられてではなく
――”癲狂聖者”のような舞台上でもなく

ぼくは、脚本の上で。”転生”する
シュージンとなるために、ぼくにおくれ
ぼくは”美術屋”を――」

囁いた言葉は――……

一条 ヒビヤ > 彼女は、彼の言葉を聞き終われば暫しの瞑目を挟んだ。

『Love like a shadow flies when substance love pursues,
 Pursuing that that flies, and flying what pursues.』
恋はまことに影法師、いくら追っても逃げて行く、
こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げて行く。

『脚本家』の思考の癖。彼女も最後の言葉は、誰かに依存して生きていく。
此れは、彼女の敬愛する劇作家の遺した言葉。
彼の仮面と同じく、自分の言葉ではない、言葉。
故に、今彼に掛ける言葉は此れではないと、強く思った。
彼の求める回答は。
依存者である彼が最後に『自分』に依存した、其の言葉への返答を、彼女は綴る。

「ああ、本当にお前は────」

「狡い奴だよ」、と。
困ったような笑顔を浮かべて、彼女は『脚本家』として。
『シュージン』でも『美術屋』でもない、『彼』への回答を、描く。

今ならば劇団フェニーチェは彼を両の手を叩いて迎え入れるだろう。
拍手喝采、全員が起立するかもしれない。
されど、彼女は彼を劇団フェニーチェには迎え入れない。
ミラノスカラの重い扉を、絶対に開けることはない。
『脚本家』は───『一条ヒビヤ』は。

『彼』を、絶対に同じ舞台に上げることはない。
もっと相応しい舞台があると。『犯罪者』と同じ舞台ではない舞台で。
ずっと裏方だった『彼』は主役を張れるかもしれない───いや、張れると、信じて。
『依存』する『彼』を、思い切り、突き放す。


「お前はもう、劇団フェニーチェじゃあないさ」

困ったように、柔らかく笑って。

「『お前』は『お前』だ。
 もう僕の脚本の外に居る。だから────」

演劇を共にしてきた仲間に向かって。

「其れじゃあな、『美術屋』」

すうと、深く深く一呼吸して。


「好い仕事だったよ、お前の舞台美術は僕は大好きだった」


両の手を大きく広げて、困ったように肩を竦めて────『脚本家』は、笑った。

『シュージン』 > ――その言葉は……

文字となって、浮遊して。
囚人の身体に刻みこまれる――

一つの”刺青―ハイケイ―”となって

「もらったよ、ヒビヤ。本当にキミは――」

――ぼくを男でなくしてはくれない

同じように困ったように笑って。
そう”台詞”を受け取れば――
分かっていたかのように、眼を細めた。

「あぁ、うん。ありがと……ヒビヤ。これでぼくは――」

言葉を聞いたのは、少女だけ。
それは台本通りかそれともアドリブか、それを超えたのかは分からないが

「大好きなアドリブだったよ。ぼくは、キミの全部に”依存―あい―”していたから」

満足だ。言葉にせずに。
白の本は季節はずれなさくらにかわる。
紙袋を被り、少年はまた”転―か―”わる。

「眼を覚ませば、キミの元のいた場所
 ふふ、バイバイ。ヒビヤ。ぼくは忘れない。この”傷―はいけい―”を忘れないよ」

――さよなら……

情報の海に流れて。
道化は案内を終えたように、消えていった。

ご案内:「白い空間」から『シュージン』さんが去りました。
一条 ヒビヤ > 消える道化を他所目に、彼女は笑う。
果たして次に彼は誰に『依存』するのだろうか。
其れとも、初めて。生まれて初めて『彼』として生きられるのだろうか。

『脚本家』は、彼に何を遺せたのだろうか。
否、遺してなどいないかもしれない。
寧ろ、彼からかけがえのないものを受け取った、ような。
嘗ての劇仲間の今後を祈りながら、彼女はくるりと其の去った道化から背を向ける。
別々の道を歩むことになるのは芸術家にとってはよくあることだ。
ロックバンドのグループであれ、オーケストラであれ。

其れは、『劇団フェニーチェ』だとしても、同じ話だ。
よくある脚本をなぞっただけの、そんな一幕。
方向性の違いで解散、だなんてよくある話。
ありきたりで、王道で───其れで居て、王道であり続けられる美しさを、誇った話。
彼女は、『彼』の為に執ったペンをゆっくりと置いた。
次に『彼』の脚本を綴るのは自分でなく、名前も知らない『彼』だ。


「脚本通りに、決まってるだろ──『元美術屋』」


薄ら涙を浮かべ乍ら、彼女はまた笑った。
誰にも見られない笑顔は、其の泣き顔は。
───物語の表舞台では綴られることはない。そして、彼女の物語の中でも綴られることはない『空白』。

劇で云えば、幕が下りて第二幕の開演直前。
そんな時間の役者の顔は、観客に見える筈もない。

『彼』が役目を終えれば、物語はまたひとつ進む。
ヴ────ッ、と。また何処かで開幕のブザーがひとつ鳴いた。

ご案内:「白い空間」から一条 ヒビヤさんが去りました。
ご案内:「嶋野陽子の内面世界」に嶋野陽子さんが現れました。
嶋野陽子 > 海辺から寮の自室に戻り、
横になっている陽子の体内、その随所にちりばめられた生
体量子コンピューターの中に、「ステラ」の意識は存在す
る。分散した意識中枢の間は「量子のもつれ」によって連
係されており、全体として一つの量子コンピューターとし
て機能している。
元いた世界にて、イエローストーンカルデラの破局的噴火
を防ぐために、宇宙から観測をしている最中に、時空の歪
みに巻き込まれてこの世界に飛ばされて来てから、陽子の
世界の表記だと2年以上が経過している。
この世界は、元の世界とごく近い位置関係にあると思われ
る並行世界で、地球上の一部地域に異界に通じる「門」が
あり、それに伴い「魔術」や「異能」と呼ばれる、物理法
則の外に位置する存在が見られる以外は、物理的にも社会
的にも元の世界とほぼ変わらない。ただ、時間軸だけが半
世紀以上ずれていて、2070年代にもかかわらず、元の
世界の2010年代とほぼ変わらない生活水準となってい
る。ここ数日、魔術に関するあらゆる公開文献をダウンロ
ードした結果、この世界の歴史や社会に関する情報も大量
に取得したステラは、その膨大な内容を消化し、この世界
に対する考えを改めることとなった。
これまでステラは、陽子と敬一が望むように、元の世界へ
の帰還方法を探す事を最優先としていた。その為にこの世
界のハッキング技術を再習得し、特異領域の常世島以外の
ネットワークで、いくつものホワイトハッキングに関わり、
その報酬やコネで二人の安全を確保してきた。
まだ陽子達には話していないが、今回の資料分析ではっき
りとした結論の一つが「帰還は不可能」という事だ。どう
やらここ常世島にある「門」は、可逆性のある安定的なも
のと不安定な一過性のものがあり、ステラ達が通過した門
は、後者であると結論づけられたのだった。

嶋野陽子 > ここでステラ自身のことについて少し
説明すると、ステラの種族は、自ら《種の民》を名乗り、
母星の滅亡を前に宇宙の放浪者となったとある異星文明が、
ウラン236の半減期(2342万年)ほど前に、他種族に
自らの文明を託す手段として開発した、自己複製機能を持つ
人工種族である。
彼女たちの種族は、他の知的生命体の中にナノマシンを駆使
して自らの器を造ってからそこに意識を注入し、宇宙を渡り
歩いて来た。ナノマシンの製造中枢と自意識の器を体内に製
造できる生命体ならばどんな生命体とも《共生》できるとい
う特徴を持つ。《共生》の対象となった生命体は、肉体的・
精神的な能力を飛躍的に高められ、それによって《共生》す
る《種の民》の安全を確保する。
新たに生まれた《種の民》は、《宿主》となる生命体の肉体
的能力を高めた後ではじめて《宿主》との交信を試み、今度
は《宿主》の知的水準を測る。もし《宿主》の知的レベルが
低ければ必要に応じて宿主を教育または指導し、逆に《宿主》
が高度な知性を持つ場合は《宿主》から教育や指導を受けな
がら育つ。陽子が遭遇した宇宙船は、《宿主》となった異星
人が元々開発していた物で、ステラの世代からはその異星人
の技術力のほとんどが遺伝情報として記憶され、必要に応じ
てその技術を取り出せるようになっている。
存在理由が《文明の保存と継承》であるため、知的生命体を
殺害する行為については、非文明的な行為として最高の禁忌
とされている。ここに至るまでに肉食獣による文明や、個人
による文明への攻撃といった現象を経験してきたため、その
禁忌にも例外は存在するが、基本的に自らの生命が危機にさ
らされていない限り、《種の民》を宿さない知的生命を殺害
する事は全面的に禁止されている。

嶋野陽子 > (陽子、ちょっといいかしら?)
珍しくステラから陽子に呼びかける。
(はい、今ならいいわ。魔法防御の件かしら?)と陽子が反
応する。そろそろステラの方から何か言ってくることを期待
していたのだろうか、その反応は速かった。
(それもあるけど、今回の文献調査で、もっと重大な事が判
明したの。これは敬一君にも知らせないといけないわ)
ステラの口調に、不吉な予感を覚える陽子。
(Project Aegis の行方を左右する魔法防御よりも重大な
事って、何なの?まさか・・・私たち、帰れないの??)
ステラの薫陶が行き届き過ぎたのか、陽子はいきなり核心を
突いてしまう。
(公開された情報からだと、我々には来た道を引き返す事は
できないのは確実ね。つまり出現した転移荒野からは帰れな
いわ。ただし、それ以外の方法で元の世界に行けるかは全く
わからないけど)そう言うと、魔術に関する文献からまとめ
た、《門》に関する資料を陽子に見せて理由を提示する。

嶋野陽子 > ステラが提示した資料を理解した陽子は、
明らかに落胆している。しかもその理由は、自分たちが帰れ
ない事ではなく、平井先生と恵美さんの2人を元の世界に残
したまま、来る災厄への対処を押し付けてしまったという自
責の念である。
(陽子。今ここでいくら嘆いても、我々は彼らの力にはなれ
ないわ。我々は自分たちにできる事を模索しないといけない
のよ。ちょうどあなたがこの間の戦闘の後で、いかにして自
分の戦闘力を上げようかと腐心していたように)
(そうね。ステラにしては珍しく戦闘に関する話なのに協力
的だったのも、ひょっとして戻れないと知ったからなの?)
と疑問をぶつける陽子。
(証拠を得たのは今回だけど、転移の瞬間から、このパター
ンは一方通行のワームホールに類似しているとは思っていた
わ。ただ何の確証もなかったので、今まで黙っていたの。ご
めんなさい)と陽子に謝るステラ。
(ううん、大丈夫よステラ。世の中には『知らぬが仏』とい
うことわざもあるくらいだし)とステラをフォローする陽子。
二人の関係は、文字通り一蓮托生なので、このくらいでは信
頼関係は揺るがない。
ステラとしては、もう一つ相談事項がある。
(で、敬一君の留学だけど、どうする?今ならまだ入学前だ
から、取り消してここに呼び戻す事は可能だと思うけど、そ
うする?それとも予定通り2年の留学調査を継続する?)そ
う、陽子の恋人、川治敬一は2年間の予定で英国オックスフ
ォード大学に留学し、海外の《門》についての調査を行うた
めに渡航しているのだった。留学は9月から開始なので、そ
の前に欧州各地の図書館や大学を巡って、予備調査をしてい
るのが現状だ。
しばらく陽子は返答しなかったが、やがて
(いや、留学は続けましょう。ここから戻れなくても、他に
戻る方法が無いかどうかは別な話だし、常世島が思ったより
危ない場所だと判ったので、ここでの調査が終わったら、む
しろ私がここを出る事になるかも知れないわ)と答える。
陽子の挙げた理由に説得力を感じたステラだが、一つだけ危
惧する点があったので、そこを確認する。
(でも陽子、あなたの身体はそれで我慢できるの?)
そう、陽子と敬一は非常に深く愛し合っているので、当然肉
体関係も物凄く激しく、回数も多かった。かれこれ2か月以
上《ご無沙汰》な陽子が、あと1年も我慢できるのか、ステ
ラは心配なのだ。

嶋野陽子 > 陽子は一瞬の沈黙の後で、
(この間のクラーケン戦で、それまでのエネルギーは全部発
散しちゃったから、今は全然平気。欲求不満を14kVでイ
カの化け物にぶつけちゃった感じよ。今後については、トレ
ーニングの量を増やして健康的に発散したり、相談できそう
な人に発散手段について相談してみるわ)蓋盛先生とか、鈴
成さんあたりならそういうのに詳しそう。
そこで話題を変える陽子。
(ところで、この間相談した《例の技術》だけど、いつ埋め
込むの?あれは確か宇宙船じゃないとできないんでしょ?)
とステラに尋ねる。
(明日から敬一君はポルトガルのリゾートで2週間のバカン
スだそうだから、その間に宇宙船をこっちに持ってきて、あ
の件だけじゃなくてProject Aegis に必要なモノを全部
製造しちゃう予定。まずは小惑星帯で必要な元素を採掘する
所からやらないといけないから、《例の装置》の埋め込みは
週明けかな?)と答えるステラ
(そうか・・・アレを入れると、ますます自分がサイボーグ
やアンドロイドに近づいていくような気がするわ。今までは
曲がりなりにも食べ物が唯一のエネルギー源だったのが、そ
うでなくなる訳だし)と珍しくぼやく陽子。
(でも、アレを入れれば、高速変身やサイコバリヤー構築、
それに高次元空間ストレージに重力場キューブなど、超科学
装備を自由に使いこなすエネルギーと手段が手に入るわよ。
早ければ来週の今頃には Mode Aegis のお披露目ができ
るわ)と陽子を励ますステラ。

嶋野陽子 > (あと1週間か・・・)
そう、来週の今頃には、今とは全く違う、新しい嶋野陽子が
誕生するのだ。戦闘モードの Mode Aegis に対して、従来
の救護モードの私は・・・ Mode Caduceus とでも呼ぼう
かしら、などと考える陽子だった。

ご案内:「嶋野陽子の内面世界」から嶋野陽子さんが去りました。
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