2016/05/26 のログ
ご案内:「伊都波家」に伊都波 悠薇さんが現れました。
伊都波 悠薇 > 夜……今日も夜が遅かった、姉――
いつもなら、寝ているか少し自主練しているか。
それくらいの遅い時間。滅多に会わなくなった夜。
それより前は、何かあれば一緒にいて二人で笑っていたころが懐かしい。
そんなことを思いながら、ゆっくりと姉の部屋の前に。

――こんこん

ノック。姉は、出なかった。

ひとつ、ため息。もう寝てしまっただろうか。
良ければ明日のショッピングの前に話をしたかったのだけど。

部屋に戻る?

自問自答。少し、口にするだけでも楽になるかもしれない。
だから、ゆっくりと、扉を背に座り込んだ。

「お姉ちゃん、起きてる?」

伊都波 悠薇 >  
返事はない、やっぱ寝てるのかも。
もし、ふと起きて聞いてたりしたら、いいな、なんて淡い期待を持ちながら。

「あのね、”姉さん”。いろいろ、聞いたよ」

ぽつりと、呼び方を変えて。そう話しかける。
もう、前とは違うんだよねと、そう確認するように。

「守ってくれてたこと。ひどいことになったこと、それから助けてもらったこと」

口調は優しい。怒ってる、わけではない。
悲しいわけではない。確かに姉がそんな目に合ってるのは
とてもつらく、悲しいことだが。悠薇には推し量れないことだ。
なにより、そうしてももう、なにもが遅く。結果は実ってしまった。

「あのね、姉さん。姉さんは、いま、幸せですか?」

一つ。

伊都波 悠薇 > 上を見る。廊下にある窓。その先。
青垣山の空は、星天。星がきらきらと見つめていた。

「姉さんは、すごいね。私だったら、もしかしたらダメになってたかも
 心がボロボロになって、体もボロボロになって。家じゃ笑えなくて、泣きついてたかもしれない」

でも姉は違った。笑っていた。気丈だった。
常に常に悟らせず、妹を守っていた。
理由はどうあれ、だ。

「姉さんはすごい。それに対して、私はダメ、だね?」

気付かなかったし、姉に甘えてばっかり。
そんな姉に追い打ちをかけるように弱音を吐き。
そんな絶望の淵なのに、希望を語り。

「私はやっぱり、姉さんの横には立てそうにないや」

それは諦めか。今の、自分じゃ無理だという――

「ねぇ、姉さん。姉さんは今、幸せですか?」

二つ。

伊都波 悠薇 >  
姉の中に自分はいるのか、と言われたら。
たぶんいない。それは確信を得た。
なにせ、司という記憶をみた。
記憶とは事実だけではない。状況、思念までも伝わる。
司からみた”視点”。そこにあった推測にそうあった。

少し寂しいと思いはしたけど。
怒りはない。悲しくもない。

「でもね、いつだって見てるから。後ろから、下から。ずっと追いかけるから」

――もう、必要のないことかもしれないし。
姉はもう、見てくれないかもしれないけれど。

大事な、妹からただの妹に堕ちたのだから。

「だって、ね。私は妹だもん。”お姉ちゃん”がずっと守ってくれた、妹。妹はやめられないし、私にとってはいつだって、お姉ちゃんだから。今はこんな風に呼んでるけどね? あんま迷惑はかけるの嫌だし、ほどほどにしないといけないし」

あんなにべったりしたら、もういけない。
姉はもう、”勝ち”へと足を進めてるんだ。
いつだってそう、姉は”負けない”。ずっと、負けっぱなしなんかじゃない。

最後は必ず――

「姉さん。今、”幸せ”ですか?」

幸せという言葉が、変わっているように感じた。

三つ。

伊都波 悠薇 >  
「うん。そう。私は、姉さんの妹で良かった」

なんで姉がそうなったのかは、わからない。
姉は口にしないだろうし、自分には追いきれないものもあるだろう。
でも――これだけは、告げないと。
まだ、お姉ちゃんと呼べる今のうちに。

「ずっと守ってくれてありがとう。これからも大好きだよ、お姉ちゃん」

なぜか瞳から滴がこぼれた。
姉に抱く気持ちはいつだって尊敬と感謝だ。
この涙は、自分へのふがいなさだ。
怒りだ、だからもうこぼすな。みっともない。

「ちょっと悔しかったりしたけど、妹で恨んだり、呪ったり、嘆くことはなかった。伊都波凛華が姉だったから、ここまでこれた。こんな風に思えた」

ありがとうと、重ねる。
言葉に仕切れない思いが、じんわりとにじむ。

「お姉ちゃんは、私のヒーロー。だから、いつだって信じてるから。なにがあっても、信じてるから」

何があっても、どこにいても。
妹は、姉を見ていると。一人じゃないから、がんばれと、もう一度そう伝えて。

「姉さんは、今、幸せですか?」

そう胸を張って、言えますか?

そんな風につづけたように聞こえた

四つ。

伊都波 悠薇 >  
「それが守られてきた、私ができること」

姉を、幸せにする。なんて言えない。
ただ妹にできるのは――

  姉に本当に幸せと、聞くことだけ。

それで、幸せと姉が胸を張って言えればいいのだ。

それが勝利であり、妹が言い続けてきた負けないでの、意味。
最後に勝利を得ればそれは勝者だ。

妥協してないかと。諦めてないかと。
そうただ聞くだけの存在。
後ろに、いるだけの存在。

それで、いい。

いつか、この言葉が姉の幸せにつながるならなんて幸せだろう。

それこそが守られてきた妹の恩返し。何を成し遂げられなくとも――

「姉さん、ありがとう……」

そして。最後の。

「姉さん、いま――」

…………幸せですか?

いつ――五。
五個重ねた問いかけは、姉に届いたろうか。

伊都波 悠薇 >  
「……ふぅ」

自分は、不出来で未熟で。何もできない。
でも姉はできる。
幸せをつかみ取ることが、選ぶことが。

ならば、それをしなきゃ嘘だ。

絶対の信頼。妄念といってもいい。
まるで英雄に救われてそれに縋る弱者のよう。

醜いだろう。おぞましいだろう。
でも――
   自分はそれでいい。

守られてきた特権だと言わんばかりに行使しよう。

「でも、やっぱ追いつきたいなぁ」

そう、まだ姉が望んでくれたらだけれど。
努力はやめない。でも、もうやめてと言われたら、稽古はやめよう。

「……ねぇ、姉さん。ごめんね? いわれないと気づけないから、言葉にされないとわからないから――」

だから、言われるまでは……

「もうちょっと、愛じゃなくて。恋しててもいいかな?」

そっと、立ち上がり去り際に告げた――

ご案内:「伊都波家」から伊都波 悠薇さんが去りました。
ご案内:「伊都波家」に伊都波 凛霞さんが現れました。
伊都波 凛霞 > 静かな静かな夢の彼方

……?

何か、音が聞こえた気がした
暗闇の中で、意識が覚醒する

「(ん……はるか…?)」

音に続いて、声が聞こえた
こんな時間にどうしたのだろうと、身を起こそうとして

"色々聞いたよ"

その言葉に、身体が凍りついた

聞いた、何を?
色々、何、を…?

動けない
ただ心臓の鼓動が、耳の奥で鳴る音が大きく、早くなってゆく

伊都波 凛霞 > ずっと、妹の言葉を聞いていた
子供の頃からずっと聞いてきた、妹の声を

そうか、知ってしまったんだと
なぜ知ってしまったのだろう、そんな疑問も湧いたけれど、
隠し通せなかった、それはもう仕方がない

妹の声は落ち着いていた
だから、わかる
知ってしまったのではなく、自ら知るために動いたんだと
最初から、隠し通せるわけでもなかった

"幸せですか?"

その言葉が、まるで脅しのように聞こえた

伊都波 凛霞 > 子供の頃から、妹の前に立って歩いてきた
道標になって、盾になって、その手を引いて
でも歳を重ねてゆくと、自分の両手には妹以外のものもたくさん持っていた
巣立ちの時はいつか来る
小鳥は何度だって木から落ちながら、それでも最後には空を飛ぶ
だから、少しずつ、少しずつ、手を離して
ただただ、先に立って見守るように、盾となって護るように

それが、"自慢のお姉ちゃん"として、妹の目標になれるように
いつしか、それが、自分の目標になっていた

"守ってくれてありがとう"

「(…言わないで、そんなこと。私は、もう───)」

伊都波 凛霞 > "幸せですか?"

何度目かの問いかけ
そんなこと、答えは決まってる

自分の幸せって何だろう?
今までにも何度か自問自答したことはある
けれどその時に必ず浮かぶのは、妹…悠薇の笑顔だった

だから自覚はしていたし、先に生まれてきた自分はそれを願っても別におかしくない
だって、大事な、最愛の妹なのだから

"幸せですか?"

「(…やめて、もう言わないで)」

耳を塞いでも、頭のなかで反響し続ける
そんな言葉を妹に言わせてしまう、そのこと自体が心を締めあげてゆく

伊都波 凛霞 > ───最後の言葉は、きっと妹なりの、姉にすがる心の、本当の部分だった

「(違う、違うよ悠薇。もうお姉ちゃんのことは目指さなくてもいいんだよ)」

こんな自分の歩いた道を追いかけなくっても、
妹自身の、ちゃんとした道が必ずある
歩む道の険しさは人それぞれ、だけど今までの頑張りは決して無駄にならない
だから───

……声はかけまい、と思っていた
口を開けば悲痛な声が出てしまいそうだったから

そこで、気付いてしまう

伊都波 凛霞 > 「(…私、まだあの子の為に強いお姉ちゃんでいようとしてる)」

もうあの子の邪魔はしないと決めたのに
自己満足のためだけに、あの子の道を狭めるような真似はしまいと決めたのに

跳ね起きるようにして、ふすまに手をかけ───

その先には、もう誰もいなかった

「……………」

頬に一筋、涙が伝う

「(……私、あの子がいなくて、今…ほっとしてる)」

そう自覚した瞬間、心の奥に吹き出すようなドス黒さを感じた
違う、いなくて良かったなんて思ってない
顔を会わせることに恐怖心なんてあるわけない
あの子がいなくなればなんて絶対に思っていない、ありえない

これは、きっと

「………」

涙を拭う
理解してしまったから、自覚してしまったから

明日、はっきりとお別れを言おう

ご案内:「伊都波家」から伊都波 凛霞さんが去りました。