2016/08/14 のログ
■ヨキ > 獅南の言葉が一貫して真摯であることは、もはや重々承知していた。
この男の前に、自分の命が潰えるであろう未来を想像して尚、ヨキは笑う。
顔を観なかった一月の合間にも、その信念がおよそ変わりはしないのだと。
これからはるかな時を生き延びるであろうヨキが、
今日この日を一日千秋の思いで待ち侘びたかのように。
「分かっているさ。今日も明日も、……少なくとも、この夏の間は待っていてやる」
柔くはにかむ。こつりと小さな靴音を鳴らして、次の作品へ足を踏み出す。
「……ヨキが想像しうる未来は、最低でも二つ。
一つは、もし来るべき未来、万が一にもお前がヨキを殺し損ねて死んだとして……。
その頃、この常世島には――いや、地球上の、決して狭くない範囲には。
お前が広めんとした魔術学が、きっと浸透していて。
そんな世界で、ヨキは変わらず暢気な顔で、のうのうと生き延びることになる。
……形ある“作品”と違って、まるで空気のように遍く根付いた“お前の魔術”の只中で」
獅南に背を向けたまま、ぽつぽつと話す。
「……もう一つは、お前がその言葉の通りにヨキを“通過点”と成したとき。
お前の“限りなく最高に近い魔術”は、必ずや手厚い称賛を受けるだろう。
ヨキよりも賢く、ヨキよりも魔術に詳しい者たちが……、
……ヨキよりずっと正確な、数多くの言葉で、お前の魔術を褒め讃える」
進む先の空間には、いくつものオブジェが並んでいる。
動物。人物。自然物。抽象的なモチーフ。
魚眼レンズで覗いたように歪曲した、どこか意図して誇張されたようなつくりの像の合間から、ヨキが振り返る。
「……困ったよ。
どれだけ考えても、その二つの未来は、どちらも選びたくはなくて。
――しかし、何より最悪なのは、ヨキが死のうと死ぬまいと、お前の魔術が本当に風化し、
跡形もなく消えてしまうことだ」
眉を下げた微笑みの中に、声が渇く。
「芸術の在りようと同じくらい、ヨキはお前の成し遂げようとすることを信じてるのさ。
……笑っちまうよ。
どう足掻いても、ヨキにははじめから、お前に勝算などなかったんだ」
■獅南蒼二 > 「最低とは言え,随分と極端だな……別の未来もあるだろう?」
時折足を止めながら,獅南はヨキの後に続いた。
獅南は象徴的なモチーフより,自然物の造形に惹かれるらしい。
単純にそれは,獅南の感性の限界であるのかもしれないが。
「例えば,だ。
…お前とこうして時折会話しながら,互いにありもしない終着点へ向かうこと。」
「私でさえ何かを感じるのだから,お前の作品は遠く未来まで残るだろう。
それを見た誰かが,また,私と同じように何かを感じ取って帰るのだろうな。
私の魔術は・・・さて,本当に賞賛されるのかどうか,異端児として誰からも相手にされんかもしれんし,
もしかしたら,次の時代の基礎を築くかもしれん。
私たちは今と同じように,酒を飲み,馬鹿な話をして…時折,こうしてお前の個展に私が足を運ぶ。
私が学会で発表する時には,お前も顔を出すか?」
獅南が語るそれは,誰の目にも,幸福な未来像として映るはずだ。
確かに,死を最大の悲劇とするのなら,ヨキの想像する“どちらかが死ぬ”未来よりもより幸福である。
……少なくとも世間一般的にはそのはずなのだ。
「…だが,お前は永遠に餓えに苦しみ,私はやがて老いて力と信念を失う。
お前だって,信念と力を失った私など,食いたいとも思わんだろう?」
振り返った貴方を見つめ返して,そうとだけ語った。
それはいずれの悲劇も選ばず,全てを先延ばしにした1つの未来。終着点。
それは,獅南にとっても,そして貴方にとっても,幸福な終着点ではないはずだった。
・・・・・・どちらの未来も選びたくはない,そう語る貴方に,獅南はさらなる飛躍を強いる。
「お前に勝算が無いのは当たり前だ……私を相手にしたのが悪い。
だが,私はまだ,お前の本音を…聞いていないような気がしてな?」
「ヨキは……いや,“お前”は,どうしたいんだ?」
意図的にか,それとも偶然か,獅南は“ヨキ”という呼び方をし,そしてそれを徹回した。
ヨキという名を得る前から存在する“お前”の本心を聞かせろとでも,いうのだろうか。
■ヨキ > 「馬鹿を言え。
凡庸で無難な未来など、ヨキとお前の間にあって欲しくはない」
相手が語る、さながら朽ちて枯れ果てるかのような無残さに満ちた未来像に聞き入る。
静かに話す顔を真っ直ぐに見据えたまま、口を引き結んで。
「………………、」
視線が重なる。
おまえ、と呼び掛ける声の前に、表情は微動だにしない。
「ヨキは、」
ヨキ。斧の意。人間の営み。文明の刃。金気の化身。
「ヨキは……」
顔が泣き笑いに似て歪む。
普段のヨキならば、言わせるな、とでも笑い飛ばすところだったろう。
笑った口の形で、歯を食い縛る。「……ちがう、」
首を振って――再び歩き出す。
ヨキにしてはひどく長い、発声までの逡巡。
「――お、」踵のない足が、硬い床を踏み締める。
「………………、“おれは”――」
“常世学園のヨキ”とも、どこか遠い異世界の“けだもの”とも、
さらには未だ得体の知れぬ僧――“妙虔”とも異なる、
この取り返しのつかない十年余りのあいだに培われた“ただ一人”の人格。
その人物のみが想起しうる思いが、ようやく声として絞り出される。
「人間になりたい」
涙など出ようはずもなかった。人間の眼ではないのだから。
「おれは……
――俺も、お前と同じ人間として、老いて死にたいよ、獅南。
俺はこの常世島で、これでもかってほど学んだんだ。
たとえ俺が永劫生き延びずとも、人間は繰り返し巡りながら、
きちんと継いでゆけるってことを、…………。
だから、」
持っていた帽子で、目元を隠す。
「……獅南、お前の“最高の魔術”で、俺を助けてくれよ。
俺を、錆び付いた金気の中から解き放ってくれ」
震えて笑う大きな唇だけが、陰から覗いていた。
「俺のなかに巣食う『怪物』を、殺してくれ……」
■獅南蒼二 > 獅南は瞬き一つせず,貴方を見つめていた。
貴方が言葉を紡ぎ切るまで,その全てを吐き出すまで,じっと待っていた。
そして,表情一つ変えることはなく,静かに口を開く。
「今の“お前”が何者なのか,私には分からん。
土地神か,怪物か,それを討伐した聖職者か……そのどれでもないのか。
………だが,まぁ,お前はお前だな。」
小さく肩をすくめて,柔らかく笑む。しかしそれから,大袈裟に溜息を吐いて,
「全く,随分と格好付けて未来など語りやがって。
最初から選ぶつもりの無い未来など語る価値も意味も無いだろう?
これでやっと,晴れて互いの思いが一致したわけだ。」
見上げれば,対になった裸婦の像。
どちらが異能で作り出されたものなのかなど,獅南の目には分からない。
「私はアンタを……“ヨキ”を殺す。
勿論,お前の言う“錆び付いた金気”とやらも“怪物”とやらも。わけ隔てなく,だ。
重ねて言っておくが,アンタに勝算は無い。この私を相手にしたのが間違いだ。」
静かに手のひらを貴方へと向ける。
魔術の炎を燃え上がらせる指輪は無く,そしてこの男の魔力での再現は到底不可能だ。
だがそれでも,獅南の表情は自信に溢れていた。
その手を引っ込めて,貴方の方へ向かって真っ直ぐ歩く。
「前に言っただろう……魔術学は,全ての不可能を可能にする。
そしてそれは,努力と研鑽によってのみ得られる力だ。
安心し給え…私は何が起ころうと,どんな壁だろうと乗り越えてみせる。
だから,お前は何も心配するな……私に任せろ。」
擦れ違いざまに,貴方の横で足を止め,獅南はそうとだけ語った。
帽子で目元を隠した貴方の方へ視線を向けることもなく,ただ進行方向を,展示室の出口を見据えたまま。
言い終われば,ぽん,と貴方の肩を叩き,出口へ向かって歩きだす。
「あっと,そうだ,一つ言い忘れたことがある。」
出口の直前で立ち止まって,くるりと振り返った。
「帽子とのバランスどうかと思うが,その服は,案外と似合っているよ。」
それだけを言い残して,獅南はまた貴方に背を向けた。
今度は決して振り返ることなく,そのまま歩き去って行くだろう。
より明確となった“通過点”に向けて,真っ直ぐ突き進むように。
ご案内:「国立常世新美術館」から獅南蒼二さんが去りました。
■ヨキ > 顔を隠していたところで、向けられる声ははっきりと耳に届いていた。
獅南の揺るぎない言葉に、顔を覆っていた帽子を滑り落とすように手を下ろす。
「…………、有難う、獅南」
どことなく気恥ずかしげに、困ったように笑いながら、歩み寄ってくる“宿敵”を見据える。
「このヨキ独りでは……もはやどうしようもないことだった。
誰かに助けを求めようにも、この地では誰もが何かに苦しめられていて、」
自らのゆく先だけを見つめる獅南の隣で、微笑んで目を伏せる。
「……お前になら、預けてもよいと思ったんだ。
お前となら、――」
言い掛けて、止める。
「このヨキは、受け取った信頼と評価は絶対に裏切らん。
ヨキもお前の魔術を、知恵を、信念を、……お前自身を、信じている」
そうして、獅南の背を見送る。
最後に振り返った相手の言葉には――ふっと吹き出した。
「…………、たわけ。
言うのが遅いわ、捻くれ者めが」
遠ざかってゆく獅南の背を見えなくなるまで見つめながら、ぽつりと呟く。
「――ありがとう」
その一言は、獅南がこれまで培ってきたものを認め、称える言葉としては、全く足りないだろう。
それでも、そう言わずにはおれなかった。
静寂に包まれた空間で、ひとり振り返る。
ヨキの眼前に立つ、鏡写しの像――“対比”。
いわゆる“ライフワーク”として自分の傍らに在り続けた像を見上げたまま、目を閉じる。
(お前が見てきたものを、この俺の目に焼き付けてくれ。
不全たる犬の眼ではなく、お前と同じ人間の瞳に)
一対の像は、どちらが異能で、どちらが手ずから作られたものなのか、一見して判別がつかない。
つまり――
この金属を操る異能から解き放たれたとて、己が腕のみで生きてゆけるのだという、
経験と知識の証明でもあったのだ。
「……救われるための準備は、いつだって出来ていたんだ」
ご案内:「国立常世新美術館」からヨキさんが去りました。
ご案内:「寄月家」に寄月 秋輝さんが現れました。
■寄月 秋輝 >
「……ふぅ……」
過去を見せつけられ、自宅に戻る。
あまりに衝撃的だった。
とてもつらかった。
心が折れそうだった。
何故耐えられたのか、自分でもわからない。
刀を立てかけ、へたり込む。
ご案内:「寄月家」にアイリス(RK1115)さんが現れました。
■アイリス(RK1115) >
「おかえりなさいませご主人様
どうなさいましたか?
顔色が優れないようですが」
そういってお盆に麦茶をのせてメイドが現れる
帰ってそうそうであるにもかかわらず狙い澄ましたかのようにきんきんに冷えた麦茶だった
■寄月 秋輝 >
「ただいま帰りました……
いえ、少し……疲れました……」
それは肉体的なものではなく、精神的なものだろう。
わずかに震える手で、その麦茶に手を伸ばし、礼を言って受け取る。
それを一口、二口。
そこから一気にぐいっと飲み干す。
■アイリス(RK1115) >
精神をすり減らすというような機微はあまりよくわからないが
大変なショックを受けたというのは見て取れた
「少し休まれるのがよろしいかと思います」
飲み干したグラスを受け取るとお盆と共にカウンターに置く
それからぺたりと秋輝の横にぺたりと座った
家事は出かけている間にすでに済ませてしまっているし
夕食の支度をするにもまだまだ早い時間であった
ようするに手持ちぶさたである
■寄月 秋輝 >
「……そうします……」
息を吐き出し。
アイリスに肩を預けるようにしてダウンする。
体重を預け、少しでも気を楽にしたかった。
「……アイリス……助かります……」
目を閉じる。唇が震える。
涙が今にも溢れそうだった。
■アイリス(RK1115) >
「・・・・・・」
そのままいくばくか肩をかすようにしているとなにを思ったのか体をスッとずらした
寄り掛かっていれば当然支えを失いずり落ちることだろう
だがそのままずり落ちそうになる秋輝の頭をそっと抱きしめた
機械とはいえ、人をもして作られた彼女の胸はやわらかいだろう
それまで他人行儀で事務的ではあるが何事にも応答を行ってから動くアイリスであったが
そのときばかりはなにもしゃべることはなかった
■寄月 秋輝 >
頭をアイリスに抱かれる。
あまり触れ合ったことはなかったから知らなかった。
アイリスの体、胸はとても柔らかい。
「……アイリス……僕は……」
メイドにすがるように、少しだけ抱き付いて。
「……僕は……正しくなんて、ない……」
震える声を絞り出し、涙を流した。
■アイリス(RK1115) >
「私になにが正しいのかという判断はできませんが
かならず正解を選び続けることなど不可能であると思います
それに何より、絶対の正解など実はないのではないかと思うのです
―――それでもご主人様はよくしておられると思います」
すがるように泣き出すのを感じればそのまま頭を梳くようになでることだろう
ロジックエラーだろうか
機械でありながら矛盾に満ちた言葉をつらつらと吐き出す
そもそもなぜこのような行為を行おうと思ったのかがよくわからない
気付いたらそうしていた、そうすべきと思ったとしか言いようがなかった
■寄月 秋輝 >
「僕は……夏樹を……恋人を見捨てたんだ……!
世界と、自分の憎悪を優先したんだ!!
僕が……僕は……!!」
泣き叫び、アイリスに言葉をぶつける。
それでも頭を撫でられ、少しだけ落ち着いて。
「……僕は……多くの者を救った、かもしれない……
でも、大切なものは……取りこぼして……
自分の、意地を……優先……し……」
震える声を小さくしていく。
メイドに吐き出しても、彼女までつらいだけだと感じて。
涙が、後悔が溢れだす。
やはり理性的な決断と、自分の心の奥底は違った。
■アイリス(RK1115) >
「やはり私には判断はつきかねます
ですがご主人様が苦しんでいらっしゃるというのはわかります」
動力炉に若干の負荷抵抗
「どうか自分を責めつづけないでくださいませ
苦しむことになるとわかってした決断を責められるものなどおりません
それでも―――
これで気がまぎれるのでしたら、今はこの胸を心いくまでお使いください」
そうして、やさしくやさしく頭を撫でる
ご案内:「寄月家」からアイリス(RK1115)さんが去りました。
ご案内:「寄月家」にアイリス(RK1115)さんが現れました。
■寄月 秋輝 >
「……アイリス……」
ぎゅ、とその服を掴む。
まるで子供の様に。
「……僕は……僕の過去を否定しませんでした……
それが正しいと……信じて……います……」
唇が裂けるほど強くかみしめ、その言葉を紡いだ。
普段の主人然とした有様とは違い、弱弱しく小さい。
それでも、なんとか折れずにすがっていた。
■アイリス(RK1115) >
「自分を信じてあげられるご主人様は素敵です」
いつのまにかしっかりと抱きしめるような姿となっていたその背中を
ぽんぽんと赤ん坊をあやすようになでる
涙に嗚咽が混じろうが気にも留めない
ただやさしく胸に抱いていた
「いつでも甘えてくださって結構ですからね」
目を伏せゆっくりと時間が過ぎる
■寄月 秋輝 >
姉か母に抱き付くかのように、少しだけそれに甘えて。
ふと、泣きはらした顔を上げる。
「……アイリスは……いつまでここに居られるのでしょう……」
そう囁く。
少しだけ不安そうに。
■アイリス(RK1115) > 目が合えばにこりと笑みを返す
「プロジェクト期限は特に設けられておりません」
突如回収されることもあるかも知れないし
お払い箱となって払い下げられることもあるかも知れない
どちらにせよ使われる側の彼女には知るよしもないことだった
■寄月 秋輝 >
「……そう、ですか……」
このメイドもいつまで居られるかわからない。
同居人のレンファも、いつここを出ていくかわからない。
少しずつ、また自分は一人になろうとしているのだろうか。
「……いつか出ていくとしても……
僕はあなたを大事に思いますよ……アイリス……」
そう囁きながら、再びアイリスに顔を埋める。
これ以上、こんな顔を見られたくなかった。
■アイリス(RK1115) >
「特に出て行く案件もないのですが・・・・・・
もちろんご主人様がいとまを出されるというなら別なのですけど」
と少し困ったような顔でいったところで、続く言葉に
「ありがとうございます
私も大事に思っておりますよ」
と笑顔になり感謝を述べる
それから再び飛び込んできた頭に少し体勢を崩しつつも優しく髪を梳くのだった
■寄月 秋輝 >
「いえ……出来ればずっと居てほしいです」
だがモニターとして送り出された以上、いずれは帰っていくのかもしれない。
その時に買い取れる……だろうか?
「……アイリス……すみません……
少しだけ眠らせてください……
最後に一度だけ……楽しかった夢を見たい……」
抱き付いたまま、目を閉じる。
今日で過去との決別を済ませる決心がついた。
■アイリス(RK1115) >
「はい。できうる限り」
やはり『かしこまりました』とはいえなかった
だが『不可能です』とも言わなかった
眠たげに目を閉じる秋輝をみつれば
どうしたいか問いかける
「かしこまりました
このまま横になられますか?
それとも膝枕の方が?」
そういって秋輝をそっと寝かせる
きっと彼のしたいように応じてくれることだろう
■寄月 秋輝 >
「……このまま、寝かせてください……」
抱き付いたまま囁く。
あまりに人肌恋しかった。
このまま手放したくないとすら思える。
そうして目を閉じ、眠りにつく。
ぽつぽつと涙を流しながら。
■アイリス(RK1115) >
「はい
おやすみなさいませ。ご主人様」
そう言うと秋輝を優しくだいたまま体にのせゆっくりと横になる
自分を敷き布団がわりにでもしたかのようである
胸が枕代わりだろうか
そのまま眠りに落ちるまでトントンと背中をやさしくなでるのだった
ご案内:「寄月家」から寄月 秋輝さんが去りました。
ご案内:「寄月家」からアイリス(RK1115)さんが去りました。
ご案内:「寄月家リビング」に寄月 秋輝さんが現れました。
■寄月 秋輝 >
さて、しばしを過ぎて余裕が出来た秋輝。
教え子が大会のため、その様子を見るためにテレビを付ける。
チャンネルを回し、エアースイム地区大会の様子を見るだろう。
教え子である咲雪が負けることはまず無いと思っているため、本日は気軽なものだ。
冷やしたお茶を入れたポット、グラス、お茶菓子のせんべいも用意して、テレビにかじりつくだろう。
さて、大会が始まる。
ご案内:「寄月家リビング」に八雲咲雪さんが現れました。
■八雲咲雪 > つけたテレビの先には8人の男女が映っている。
それぞれ緊張した様子を見せていたり、余裕そうな表情を見せていたりする。
そこに映っている一人、咲雪は、いつも通りの無表情を貫いている。
『さぁ、いよいよ地区大会決勝戦が始まります。
この地区大会に優勝、準優勝すれば、9月に行なわれる全国大会への出場が決まります。
選手一同、表情はそれぞれですが内心は緊張していることでしょう。
さて、ここで選手の紹介をしていきましょう。
一人目、穂積まとい選手。
エアースイム歴は3年で……』
■八雲咲雪 > 『八人目、八雲咲雪選手。
エアースイム歴8年目で……前地区大会優勝者ですね。
全国大会にはでたようですが、去年はスカイファイトが種目だったために惜しくも16位だったようです』
カメラが咲雪の姿をアップで映す。
顔にはサイバーグラスをかけており、背中には機械的なブースター。
足にはエアースイムを行う上で必要な靴を履いている。
ボディスーツを着ているために体のラインがくっきりでているが、恥ずかしげにしている様子は待ったくない。
『果たして、今大会はどのような結果になるのでしょうか。
選手一同、スタートラインに並び、スタートの合図を待ちます』
■八雲咲雪 > ふぅ、と息をついて合図を待つ咲雪。
地区大会エアースイムの種目は周回制。
決められたコースをより早く周回した人が勝つ、シンプルな種目だ。
咲雪のようにスピードに特化した選手は有利な種目でもある。
が……。
『さぁ、スタートのカウントが始まります!
3!2!1……スタート――あぁーっと!?』
カウントが0になった瞬間、咲雪を含め全選手がスタートする。
が、わずか開始2秒で咲雪が墜落する。
原因は、横のほうにいた選手が咲雪へ一瞬で近づき、蹴飛ばすように蹴りをいれたからだ。
■寄月 秋輝 >
ずずー、と茶を飲む。
まぁほぼ想定通りのことだ。
なにせ有利な選手、こと咲雪のように全国経験者が目を付けられないわけがない。
だからこそ、それらの対策は仕込んでおいた。
■八雲咲雪 > 『八雲選手、開始早々攻撃をくらったぁー!
この出遅れは全地区優勝者でも大きなハンデになるかぁ!』
開始早々の攻撃は特別禁止はされておらず、稀にやる選手もいる。
が、咲雪はそういう選手に会ったことが無く、加えてやられるとは思っていなかったのだろう。
全く防御もできず、無抵抗で落ちていく。
が、ある程度落ちたところで咲雪の姿勢が直る。
相変わらず空から地へ落ちていっているものの、姿勢が飛ぶ姿になっており。
■寄月 秋輝 >
よくやった、と胸の中で呟き、微笑む。
十分な訓練の結果が出て満足だ。
そして一度姿勢を取り戻し、攻撃しづらい高度で加速すれば負けは無いだろう。
せんべいをばりっとかみ砕き、余裕の表情。
■八雲咲雪 > 『先頭を泳ぐのは前田選手!
ファイターの加速力もあるが、姿勢も美しい!
後方から追って来る選手がいれば即座に叩き落すスタイルに、他の選手もなかなか前をいけない!』
先頭をいく集団。
トップがマップ規定高度ギリギリを飛んでおり、後続はおいそれと抜かせずに居る。
もし抜かしてしまえば、相手は背中を狙って空から急降下してきて、手痛い攻撃を受けることになる。
そのために、塊が出来てしまっていたりする。
■八雲咲雪 > ただし、咲雪はその限りではない。
『おぉっと!後方からぐんぐん追い上げてくる選手がいる!
先ほど墜落させられた八雲選手だ!
早い、早い!流石スピーダーか!
一気に集団を追い抜かしトップへ躍り出ようとする!
しかしそれを許さない!
空には獲物を狩るように、”鷹”がいる!
八雲選手、抜けるかーっ!』
”鷹”よりも、集団よりもさらに低空、地面から数十m程度を飛んでいく咲雪。
一気に集団を追い抜き、トップに躍り出ようとする。
が、それを許さないかのように”鷹”が急降下し、咲雪へ攻撃を繰り出す。
まともに攻撃を受け、再び墜落する咲雪。
が、咲雪の口は楽しそうに笑っていた。
なぜなら、この先には――。
■八雲咲雪 > 『八雲選手、またもや攻撃を受ける!
今年の八雲選手は不調かぁ!』
言いたい放題の司会者をよそに、咲雪は笑っていた。
なぜならそれは、そうなるように仕組んだから。
咲雪の目の前には――
『――大型反魔力ボードだ!
八雲選手、ボードを使って一気に加速する!!
まさか八雲選手、これを狙っていたのかー!』
大型反魔力ボード。
【S-Wing】から発せられる魔力を反発させるボードで、
一気に加速させるためのボードがあちこちに置かれている。
中でも大型のは一気に加速するため、順位が容易にあげられる。
スピーダーの咲雪がそれを使えば。
『八雲選手、前田選手を一気に追い抜きトップへ躍り出たー!
加えて、これまで膠着していた集団も前田選手が下にいったため我先に飛び出す!
前田選手、一気に最下位へ落ちてしまったー!』
膠着状態がとけ、まるで渋滞を抜けたかのように全員が飛び出す。
様々な色のコントレイルが、空を彩っていく。
■寄月 秋輝 >
茶とせんべいが実に美味い。
教え子があれほど綺麗に先頭に立つのもまた清々しい。
戦術に関してはまるで教えていないのだから、あれは彼女の考えた作戦だ。
数年飛び続けた彼女が培った、勝利のための思考、いわばマリーシア。
このままどんどんタイムを稼いで、最終的に誰も追いつけなくなる。
見ているのが愉快痛快で仕方がないほどに順調だ。
そしてこのリードを彼女は守り切るだろう。
途中5秒昼寝したところで負けはない。
■八雲咲雪 > ボードで加速した咲雪が、一気に空へ飛び出す。
真っ白なコントレイルを描きながら悠々と泳ぐ。
その身に受ける風。
尻尾のように長い髪は風を受けて揺れ、コントレイルは空に線を描く。
試合中にもかかわらず、まるで普段飛ぶように、空を駆ける。
この地区大会でコーチから教わった技は披露しない。
最後まで残しておき全国の決勝で披露するつもりだからだ。
この程度の大会で、見せるものではない。
咲雪に追いつくものは誰もおらず。
このままゴールへひたすらかけていく。