2022/10/11 のログ
ご案内:「大時計塔」に言吹 未生さんが現れました。
言吹 未生 > 夕闇の物悲しさを乗せた風が、びょうびょうと抜ける鐘楼。
その支柱に影の如く寄り掛かって眺める先。
名残に喘ぐ太陽が沈みゆく彼方の風景を、一つ眼の鉄面皮が望む。
事物と言うやつは、とかく多角的なものだ。
近くば寄って目に物見れば、さて次に要るのは遠間――“俯瞰”の視点である。

「…………」

左目を鎧う眼帯を、親指でぐいと押し上げる。
露わになる義眼の異貌は、しかし夕紛れの色が隠してくれていた。

言吹 未生 > 虫のすだくにも似た幽かなハム音を立てながら、左眼に幾重もの魔陣が躍る。
義眼型の呪装『摩尼瞳』。
備える望遠機能は、そこまで高性能のものではない。
狙撃手だのが使うスコープ類に比べれば、その差は歴然だ。
そも、今必要な視点は物理的な“それ”ではない。

眦を僅かに眇める。
左視界が黒い大地の輪郭と、そこにさざめき群がる蛍の群れをフォーカスする。
否、蛍ではない。
蛍はそこまで色彩豊かに明滅などしないし、何より縮尺と釣り合わない――。

ご案内:「大時計塔」に芥子風 菖蒲さんが現れました。
言吹 未生 > 青白い儚げな燐光。
活力に満ちた黄金色。
熾火の如く危険な赤。
安らぎすら覚える淡い緑。
艶美にして近寄り難き紫光――。
幾種もの色彩を宿し、常世の地をほとばしるそれは、そこに息づく者達の魔力の輝きだった。

一概に言える訳ではないが、魔力とは多分にして、それを宿す者の性質や属性を反映する傾向にある。
今少し高性能な魔力視機能の備えさえあれば、その辺りの仔細も詳らかに出来たろうけれど。

芥子風 菖蒲 >  
かつん、かつん、かつん。
錆びた螺旋階段を踏みしめる度に乾いた音が響いていく。
肩に担いだ漆塗りの鞘は輝きも無く宵闇に溶け込んでいた。
此の時計塔は普通の生徒は寄り付かない。何故なら、立入禁止だからだ。
だが、どういう訳か侵入する生徒が後を絶たない。
皆、高い所が好きなのだろうか。何とかはどうたら、とでも言うのか。

「……たっかいなー」

なので、たまにこうして風紀の仕事として見回りがある。
少年はじゃんけんで負けたので今日の見回り当番だ。
面倒とは思わず、定期的な速度で上がり切れば
満点の夕闇と寒風が肌と黒衣を撫でた。
夕闇とは対照的な青空の双眸をぱちくりと瞬きし
右へ左へ、上へと顔を上げると鐘楼の近くに人影が見える。

「ねぇ、こんな所で何してるの?」

少年はその人影に声をかける。
揺れる黒衣。その腕には『風紀』の腕章が風に靡いていた。

言吹 未生 > 階段を上り来る音を認めるや、親指を眼帯から離す。
左目は再びガーゼに隠れ、魔陣の閃きも、瞼を閉じてしまえば無明に戻る。

「陳腐な話でがっかりするだろうけど――」

背から掛かる問いに、笑む気配すら滲ませて振り返る。
視界の隅に捉えた腕章は、意識しているのかいないのか。
判然とせぬ、口端だけを吊り上げる笑顔で。

「景色を見てたんだよ。あんまり良い眺めなんでね?」

後半は少年へと同意を投げるように。
首を傾げながらそんな返答。

芥子風 菖蒲 >  
何だか左目が光っていたような、そうでないような。
何だったのだろうか。何となくだけど、ちょっと面白そうな背中。
不思議そうに小首を傾げれば、返答にはふぅん、と相槌を漏らす。

「こう言う景色が好きなんだ。夕暮れ?高いもんね、此処」

確かにここから眺める景色は絶景とは言えるだろう。
夕闇が溶ける黒と朱。何れこれも、黒に染まっていくのだろう。
生憎、そう言った美的センスや俯瞰的な視線は持ち合わせてはいなかった。
少年から見える景色は、あるがままの夕闇の帳。

「アンタ、こういう場所好きなのか?
 オレは別にいいけど、此処は立ち入り禁止だから程々にね」

とは言え、一応仕事で来ているのだ。
形程度だけど注意はしておいた。
強く咎める気も、連れ出す気も少年には微塵も無かった。

言吹 未生 > 昼が夜へと塗り替えられて行く。
そのまさに間際の空と、そのはらわたの如く闇と光――魔力視を解いた今は、ビルや電飾のそれのみだが――を孕む地と。
もう一度肩越しにその景色を振り見て。

「展望台…も考えたんだけどね。カップル連中に水を差すのもよろしくない」

かぶりを振って嘆息する様は、見目に似つかわしくない枯れかじけた雰囲気。
何よりさっきの義眼が超目立つ。
控えめな注意喚起の言葉に、肩を竦めて楼端から遠ざかる。
少年の方へと一歩二歩。

「煩わせたなら悪いね。けど、安全をより確保したいなら守衛の一人も置いた方がいい」

ぴ、と人差し指を立て。

「もしくは人造衛視(ガーゴイル)の一基でもつけとくとか、さ?」

無茶を言う。

芥子風 菖蒲 >  
「そう?誰も気にしないと思うけどね」

所謂デートスポットと言う奴だろうか。
少年は色恋に疎いから今一ピン、とは来ないが
案外そう言うのは気にならないものだと思う。
余程の傾奇者か、奇行でも取らない限り背景は背景だ。
近寄る相手には特に気にすることなく、夕闇に似つかわしくない青空が見つめていた。

全体的黒色の、小柄な少女の姿。
何となくだけど色合いは自分に似てるな、とは思った。

「気にしてないよ、仕事だし。
 守衛がいた方がいいとは思うけど、置かない理由もあると思う」

それが何なのかと言うのは、少年の中では出てこない。
敢えて言うなれば、自由性。此処の学園の生徒の主体性を重きに置いている。
余程の重要な事件。それこそ、この時計塔が閉鎖されるようなことがあれば、話は変わるだろう。
肌を震わせるような寒風に微動だにすることはなく、少年は人差し指を見た。

「……がーごいる?何ソレ?」

生憎、少年の知識の外だった。

「それよりもアンタ、左目怪我してるの?」

ガーゼと言えば怪我を保護するもの、常識だね。
その左目に何かあるとは考えていない。
いらぬかさておき、表裏の無い純粋な心配だ。
自身の左目を軽く触り、大丈夫?と。

言吹 未生 > 「お、何だい。君は僕が自意識過剰だとでも言いたいのかな?」

相変わらず、口元だけが笑んだ貌。
ついと前のめり気味にして、少年へと更に近付く。
高密度の魔力光を観たせいか。少しばかり、ハイになっているのかも知れない。
冬の寒さにも似た灰銀の瞳が、青空を射抜く。
少しばかり仰がないといけないが。

「学園には学園の思惑、ってのがあるんだろうね。僕ぁそんな領分知ったこっちゃないが……あー、ガーゴイルと言うのはね?」

曰く、遺跡や城郭果ては教会などの外郭に備え付けられた石像であり。
また曰く、それは魔術的手段によって守護の令を果たすべく創造された使い魔であると云々。
早い話が、ガードモンスターの類だ。

「――ああ、これは、」

左目について触れられると、少し言葉を詰まらせる。
どうやって、“どこまで”説明したものかと。
所在無げに彷徨わせた左手で、それを軽く押さえて。

「…義眼、なんだよ。昔“事故”に遭って。それで、ね」

半分嘘だ。
殺し殺されの事態を“事故”とは呼ばない――。

芥子風 菖蒲 >  
「? でも、そういうの気にしてるんじゃないの?」

少年から言わせれば気にしてるからここに来た。
自意識過剰だと誹るわけではない。
ただ、聞いたまま見るままを口にしただけ。
物怖じも悪びれた様子も、退く様子もない。
だって、悪いと思ってないし、悪い人間だと思ってない。
青空は何も乱れる事は無く、灰銀を包むように見つめ返す。
穏やかな空模様だっただろう。

「オレもそう言うのは興味ないなぁ」

風紀委員、言ってしまえば公僕にはしては良い発言は言えない。
それもそうだ。少年は別に、風紀委員や学園の思惑なんかに興味は無い。
ただ、自分の出来る事としたいことを、一番できるのが此処だっただけだ。
ガーゴイルについては、へぇ、とだけ。興味は余り出なかった様だ。

「……そっか」

寒風に流れ、宵闇らしい何処となく湿った空気が肌をなぞる。
ただ、素っ気無い返事は同情は無く、興味が無い訳じゃない。
この学園では"訳アリ"なんて珍しくない。
その"事故"の真偽がどうであれ、内容がどうであれ。
彼女がそう言うならそれでいい。だから

「オレ、芥子風 菖蒲(けしかぜ あやめ)。風紀委員やってるんだ。
 だからってワケじゃないけど、困った事があれば手を貸すよ」

「別に目の事じゃなくても、オレが手伝えそうな事ならね」

だから、何時もと変わることなく接するのだ。
誰かの助けになることに順ずる少年は名乗り、右手を差し伸べた。
青空は何処までいっても、夕闇と違って曇りなく広がっているものだ。

言吹 未生 > 虚心坦懐。
その存在を目の当たりにして、灰曇りの一つ眼をきょとりと瞬かせる。
それから横向いて、

「ぷっ――」

噴き出した。
肩を揺らしてくつくつ笑い。

「参ったな。君、言われた事ない? 将来大物になりそうだって」

やっと笑いの形に撓んだ眼の端に、少しの雫。
中々に失礼な娘である。

「――――」

果たして問い以上に探る事もなく、さらりと流す少年の返事。
それは夜の冷えを孕んだ空気と同じく、清冽な流れで以て己の心を撫で抜けて行った。
肺腑までも清めるような心地に、僅か瞑目して息を調える。

「1年の言吹 未生(ことぶき みを)。異界の者さ」

名乗りにはこちらも名乗りを。
礼は尽くす。明らかな咎人でもない限りは。
そして差し伸べられた右手に、右の瞳が揺らぐ。
ほんの数逡巡の、戸惑い。

「……その時が来たなら、よろしく頼ませてもらおうかな」

軽く握り返す。
肌の色ほどには冷たくない感触が返るだろう。
笑顔はまた、あの口の端だけを吊り上げたものに戻っているけれど。

芥子風 菖蒲 >  
「別に言われた事はないけど、そんなにおかしい事言ったかな?」

なんだか急に笑われてしまった。
何が面白いのかはよくわからない。
流石の少年も少し訝しんだが、まぁいいかとすぐに平常。
少年の表情は起伏に乏しいが、人の機敏に疎い訳じゃない。
どんな理由であれ彼女が楽しそうならそれでいいのだ。
失礼だとは、微塵も思わなかった。

「未生ね。何か不思議な響き。
 ……異界の?アンタは違うところから来たんだ」

このご時世、別世界から来たというのも珍しくない世界になっていた。
尤も、そう受け入れられるのは少年の性か
或いは、この学園にいるから多様性のありようを認めているからなのかもしれない。
軽く握り返した少年の手は、鉄のようにひんやりとしていた。

「その時が来たらね。じゃぁ、オレはそろそろ行くから
 未生もあんまり長居しないように、風邪引くからね」

ゆるりと手を離せば軽く周囲を見渡して踵を返した。
そろそろ日も落ちる。満点の星空か、曇天の夜空かは知らないけど
少年はこう見えて風紀委員の中でも仕事は多い。
必要最低限の役割を果たした以上、次に行かねばならない。
いっそうと強くなる寒風に黒衣が靡き、じゃあね、と軽く手を上げ
時計塔をそのまま"飛び降りた"。

しなやかな黒風のように、その姿は今日も常世を守るため
風の吹くままに消えていくだろう。

ご案内:「大時計塔」から芥子風 菖蒲さんが去りました。
言吹 未生 > 「いいや? 気にしなくてもいいよ。ふふふ」

こちらを訝る、けれども気分を害した風でもない少年にまた笑い。

「ああ、君も怪我などないようにね。――菖蒲」

どこか雅やかなその名を口に転がす間に、少年は颯爽と黒装を夜の風へ融かした。
飛び降りるのに慌てる風もなく送り出す。
風紀委員と言うのは、とかく激務が絶えぬと聞く。
殊勝にも心の端にて健闘を祈って。

「――――」

こちらは彼が来たのと入れ替わりに、螺旋階段をかつりかつり。
時を刻むにも似た硬質な響きだけを残して、時計塔はまどろんで行く――。

ご案内:「大時計塔」から言吹 未生さんが去りました。