2020/07/07 のログ
アルン=マコーク > 「僕も書いてみよう。『全ての』……『悪』……が、『滅』……ううん、この字は難しいな」

近くに設置されていた机の上の短冊置き場の短冊とマジックを借りて、たどたどしく漢字を書いていく。
妙に角張ってはいるものの、かろうじて読めなくもない日本語がしたためられる。

「『滅びますように』……うん。これを吊るせばいいのかな」

そして、他人の短冊とかぶらない枝を手繰って紐を固く結った。
アルンは、他の短冊と同じように吊るされた、自分の短冊を見て、満足そうに数度頷く。

「できた。素晴らしい。これで僕も『善』と一体になった……」

ご案内:「学生通り」にマルレーネさんが現れました。
マルレーネ > 「はい、これが短冊で、これにお願いごとを書くんですよー。」

お仕事第一の生真面目さん。ただ思うことがあるんです。
私をこっちの世界の風習についての案内役にするのは絶対間違っています。
神よ、今日の試練のバリエーションも見事な散らしっぷりですね。
この変化球打てないです。

「はい、はい、あ、でもあんまり即物的なものだと難しいかもしれませんねー?」
「書き間違えたらちゃんと新しい紙に書き直してくださいねー。」
「いい尻してるって言いました? 怒りますよー?」

子供相手に、おじさんおばさん相手に大奮闘。
ぜーぜー。

「なるほど、悪が滅びますように、ですか。」

ようやく身体が空けば、ひょっこりと少年が飾る短冊に目を向けて微笑む。
金髪碧眼、完全なフードと修道服の見るからにそのままなシスター。
案内役、というネームプレートだけが超浮いてるのだけれど、それはそれ。

アルン=マコーク > 「あっ。それは僕の書いたものですね」

自分の書いた短冊に反応されて、思わず背筋を正す少年。
フードの女性の金髪に視線をやる。
それから、書いた短冊を嬉しそうに女性に見せようとする小さな子供を、微笑みながら見た。

「こんにちは。賑やかでいいですね。僕は『善』と一体化したのは初めてだったので……これで合っているのでしょうか」

『善』と一体化とはどういうことだろうか??
『悪が滅びますように』と書かれた短冊に、少年がしきりに目線をやっていることと、きっと関係があるはずだが……

マルレーネ > 「はーいはい、高いところに結びたい?」

やってきた子供から短冊を受け取れば、そっと背伸びをしてそれを結ぶ。
少しばかり、短冊を結ぶ時に物憂げな表情になってしまったのは、そのお願いが
「お母さんとたくさん電話したい」だったから。
母から離れて過ごしている子供からの短冊を笑顔で受け取って、笑顔で結んで。


「……ホント賑やかですね、私もこんな場所は初めてです。
 案内役を引き受けたはいいんですけど、案内も何もここにきて初めて知った風習でして。」

とほほー、っと頬を掻きながらも、相手の言葉に少しだけ首を傾げる。
一体化。 いわゆる瞑想を続けた人間が自然と、その場所と、空気と一体化する、という言葉は耳にしたことはあるが。『善』?
理解が及ばぬまま、その短冊を見つめて。

「………難しいお願いですね。
 悪いことをした人はきっと、巡り巡って大変な思いをすることになりますから、間違ってはいないとは思いますけどね?」

なんて、少しだけあいまいに、否定はせず頷きを返す。

アルン=マコーク > 自然に子供の世話をやってのける目の前の女性を、アルンは目を細めてじっと見ていた。
だから、その表情が僅かに変化したことにも気付くことができた。
しかし、なぜそうなったのかまでは理解できない。
『お母さんとたくさん電話したい』という願いの裏の事情を読み取るには、アルンはこの世界のことを知らなすぎた。

(しかし、何かを感じ取っていた。何か――悲痛な感情を抱かせるようなものを)

わからないことはわからないままに放置して、アルンは女性に声をかけた。

「ああ、案内を。ご苦労さまです」

深々とお辞儀をして、それから女性の言葉に目を丸くする。

「そうでしたか。あなたも異界から……ああ、僕はアルン=マコーク。光の勇者です」

笑顔とともにそう名乗ると、少年は眉を顰めた。

「そうですね。難しい……しかし、どんな困難であろうと、成し遂げなければならない。それが勇者の努めですから」

それから、女性に向き直って、その青い眼をじっと見つめる。

「『悪』いことをすると、大変な思いをするのですか?」

マルレーネ > 「光の勇者。」

目を瞬かせて相手の言葉を聞いて。勇者を名乗る人間は確かに見たことはある、が。
実際にこちらの世界でそう名乗るのは初めてのことで、目を二度ほど瞬かせた。

「………はい、ほとんど変わらない世界のようですが。
 私はマルレーネ。 マリーとでもお呼びくださいね。」

同じくこちらも名乗れば、相手の言葉に少しだけ目を細めて、んー、っと唸った。
相手の言葉は分からなくもない。 分からなくもないが、彼女は幾度となく正義と悪が反転する様を見てきた。
もちろん、だからといってその青年の気持ちを真っ向から否定もしたくない。


「悪いこと………例えば、片方の人にとっては善人でも、もう片方の人にとっては悪人ということもありますからね。
 ですから、山を登るように大変、というわけではなく。
 本当に悪いのかどうか、見極めるのが大変なんだと私は思ってますよ。

 本当に悪いことをしたら、………大変な思いをすると思いますけどね。」

ゆっくりと、ゆったりと、腕を広げるようにしながら言葉を紡ぐ。できるだけかみ砕いて。

アルン=マコーク > 「ちょい、ちょい待ちッ! わかんない! 異世界の人って名字とかない??? 危ねえ~~ッ!」

少年は急に、それまでの落ち着いた口調から、大声で叫びだした。

まるで別人に変わったような態度。顔つきは変わっていないものの、よく見れば髪は黒く染まり、目も紅色から黒へと変じている。
突然の出来事に、少年自身も混乱しているのか、目を白黒させながら、女性の身体をちらちらと眺め、それから言葉を継ぐ。

「あ……すいません。あの……その、つかぬことをお聞きするのですが……その、マルレーネ、というのはフルネームですか?」

マルレーネ > 「な、ん、……え、え?」

唐突に態度が変わり、髪の色も目の色も変わる。
ああそういえば読ませていただいた絵本にありましたね、怒りで髪の毛が大変逆立つ方とか色が変わる方とか。頭の中が与太で渦巻いて、一歩後ろに下がりながら目をぱちぱちと。
身体を見られれば、修道服の上からも分かる女性らしい身体のライン。いやそこを見てるんじゃないでしょうけれども。

「………フルネーム、というものがどういうものかで変わってきます、けど。
 フルネームといえば、フルネームですか、ね?」

少しだけ首を傾げて、相手が絶望するような言葉を吐いて。

「……とはいえ、生まれた時に頂いた名前、という意味で言うならば、違います。
 川の傍にぽーい、と捨てられていたらしいので、拾った後にシスターとしての名前を頂いたんですよね。 ですから、………どっちなんでしょう?」

後付けの名前。彼女本来の名前は、もう記憶にすら残っていない。
んー、っと顎に手を当てて唸るように考え込む。 相手がなぜそんなことを気にしているのだろう、と不思議に思いつつも。

アルン=マコーク > (デッッ……え? 何? コスプレ? グラビア? すげえ、デカ……いや、見るな。違う……!)
少年がちらちらと、しかし思い切り見ているのは女性らしい身体のラインだったのだが、首を振って話を戻す。

「ああ、そう……本名は別にあるかもしれないけど、自己認識ではフルネーム……めちゃくちゃ重い過去で、俺どうしたらいいかわかんないよ、ってそうじゃなくて、どうなんだろうな。わかんねえ……ああ~、そういうパターンもあるかァ~!」

きれいに整っていた黒髪をぐしゃぐしゃとかき回して、早口で思考を口にしながら何かを悩んでいる。
それから、焦ったような口調で言葉を継ぐ。

「ま、まあいい! あの、急で悪いんですけど! とにかく、『こいつ』にフルネーム……っぽいやつを教えるの、やめてもらっていいですか。ヤバい魔法みたいなのが出るんで」

マルレーネ > いや、目の前でいきなり色とか変わり始めたら混乱もしますって。
え、ええ、えええ……? と、頭を掻きむしる少年を見やりながら、頬をぽりぽり。

「い、いえ、………あぁー………」

逆にこっちも何かを察する。こっちの世界では捨て子とか一般的ではないのか。
ちょっと油断をしていたな、なんて心にとめる。この話はするべき話ではない、と。

「………フルネーム、を、教えてはいけない、ですか……?
 え、いえ、まあ、それはいいんですが。 一体どんな理由が………?
 あ、あと、コイツ、というのは………?」

相手の言葉に、思い当たる言葉はある。 自分のフルネームはこれだ、というもの。
もちろん、それは『シスター・マルレーネ』。彼女は生まれてから正式な場所では常にこの名前だ。そういう意味では、これがフルネーム、と言ってもいいのだろう。

……ただ、少し考えれば誰でも思い当たるであろうそれを、"コイツ"に伝えるなと彼は言う。

コイツとは? なぜ? いろいろな疑問符が彼女の頭の中を行き来する。

アルン=マコーク > 「ああ、またやった……えーっと、こいつ、これ! 俺、ぼく!」

少年はわたわたと両手を動かしてから、自分を何度も指差す。

「多分だけど、『名前』に反応する、『呪い』みたいなのが出るんで……あ、お姉さんはシスターだからそういうの大丈夫なんか? ってこいつも『光の勇者』だし……」

先程自分で『光の勇者』と名乗った口でそんなことを言う。
『こいつ』と言ってみたり、まるで自分が自分ではないような物言いは明らかに不自然。
しかしそういった疑問をぶつけて、果たして冷静な解答が得られるかどうか怪しく感じてしまえるほどに、目の前の少年は混乱し、焦っていた。

「できれば、そういう『呪い』とか……精神的なやつの専門家の人とか、知り合いに紹か」

そして、突然。
言葉の途中で少年が輝きだし――

アルン=マコーク > 「『悪』いことをすると、大変な思いをするのですか?」

金髪の青年が、何事もなかったかのように女性にそう問いかけた。

マルレーネ > 「………。」

圧倒された。圧倒されながらも、彼女の頭の中で様々な仮説が落ちていく。
彼女は無学ではあるが、経験だけは豊富だ。
戦いも、呪いも、生も死も。たくさんの経験を積んできた彼女。

まず、少年は二人いる。
短冊に願いをかいた金髪の少年と、黒髪の少年と。

そして、黒髪の少年は金髪の少年のことを知っていて。
金髪の少年は………分からない。

呪い、精神的なもの………どちらの言葉を信じればいいのかは分からないが。
それでも、この短時間に概要だけは掴むことができる。

仮説がはっきりと形になる前に少年は光り始めて。


「………ああ、ええ。
 例えば………、片方の人にとっては善人でも、もう片方の人にとっては悪人ということもありますからね。」

穏やかに、微笑みながら。 もう一度言葉を繰り返し。
繰り返しながら、じ、っと少年を見る。

「アルンさんは、どちらからいらっしゃったんですか?」 

アルン=マコーク > 嵐のように表れ、謎の警告を残して、いつの間にか消え失せた黒髪の少年は影もなく。
しかし形としては、金髪の少年――自称光の勇者、アルン=マコークとして目の前に立っている。
多重人格、とでも言うべきだろうか。
しかし、人格の変化で、髪の色まで変わってしまうようなことがあるのだろうか?

金髪の少年アルンは、女性が何かに面食らっているのを、僅かに首を傾げて見つめていた。
先程のやりとり――女性がマルレーネと名乗ったやりとりについてどう思っているのか。
『名前』を介した『呪い』をかけるつもりがあるのか――
何を考えているのか推し量り難い無表情で、アルンはフムと唸った。

「やはり、そうなのですね。この世界では、というべきでしょうか。少なくともあなたにとっても、『悪』は絶対ではない――」

金髪の女性の言うことに何か思い当たることがあったのだろうか、頻りに妙なことを口にしながら、小さく頷き。

「そうですね。その問い僕は絶対たる『悪』が存在し、人々が『悪』と戦う世界から来ました」

と堂々と答えてから。

「……それとも、どちら、とは。学生寮に住んでいる、とか……そういう話だったでしょうか」

マルレーネ > 結論としては、分からない、だ。
出会ったばかりの二人の少年のどちらも、まるごと信用することはできない。

呪いと呼ばれるそれについては穏やかに警戒しながらも、言葉を連ねることにする。

「…絶対ではありませんよ。
 ですから、この世界では滅ぼすべき悪は、いないのかもしれませんね?
 そういった世界から来たのなら、きっと辛いとは思います、けれど。」

考える、考える。
少しだけ相手の存在を、考えを否定するような言葉を挟んで様子を伺いながら。

「ふふ、それももちろん。
 学生寮なんです? 私はちょっと違うのですけれど、私も学生ですから、学園で会うこともあるかもしれませんね。

 マリー、とでもお呼びくださいな。」

ぱっちん、とウィンクしつつ、今は案内係ですけどね、なんてネームカードを持ち上げて笑う。

アルン=マコーク > 「そう、かもしれません。『悪』は『絶対ではない』。出会う人皆がそう言っていました」

沈痛な面持ちで、そう言って視線を落とす、金髪の少年。
先程までの黒髪の少年であったなら、遠慮気味に目を背けながら、しかし遠慮なく目を向けていたであろう視線が、今は地面を向いている。

「しかし、この世界にも確かに『悪』は息づいている。この島の東は、荒れ放題だ」

そういって、『落第街』と呼ばれている方角を見やる。
荒れ放題、というのは。街の様子だけではないだろう。
恐らくは人の心も。

「辛い、ですか。僕は勇者なので、そういうものは無縁です。身体に、常時治癒魔法がかかっているので」

そういって、左の掌を上にして、右腕をつい、と振る。
指先がとつぜん割れ、赤い血が数滴吹き出したが、すぐにもとに戻る。

「なんと。同じ学生の身分だったとは。案内役を任されていることといい、子供たちへの対応といい。あなたは人を導く立場であろうと思っていました」

そして、女性のウィンクに対して、両目をばちばちと瞑って見せようとする。
……もしかして、ウィンクのつもりなのだろうか。

「よろしくお願いします。マリーさん。僕はこちらの世界のことを、まるで知らない……今後も、色々とご迷惑をかけるかもしれません」

マルレーネ > 「………難しい話です。
 私のいた世界では、もっともっと、たくさん荒れていました。
 そうなると私のいた世界はもっともっと、たくさん悪がいることになってしまいます。」

なんて、ちょっぴり渋い顔をあえて作って見せつつ。

「………勇者。」

まるで何も恐れない行動。
相手が驚くことや、忌避感を覚える可能性すらも気にしない突飛な行動に、思わず息を飲んで………彼が、自分自身の持ちうる定規では測れないことを改めて確認する。

「あ、あはは、そうです?
 そうだったらいいんですけどねー。全然下っ端ですって。
 今度その東側にも行かなければいけないですしね。」

てへへ、と褒められればそれでも照れる。
ウィンクができない少年に、にひ、と歯を見せて笑って。

笑いながら、腹をくくる。
ここで遠慮して、黙って、視線を背けても構わない。
だって私はここのことをまだ、何も知らないのだから。


「何、気にすることはありません。
 いつでも尋ねて来てください。 異邦人街にある修道院に、ほとんどいますからね。 あ、いない時でも文句は無しですよー?
 どんな相談でも、愚痴でも、文句でも、聞かせてもらいますからね。」

よく分からない、呪いをかけるとまで言われた相手に対して、両手を広げて受け入れる姿勢を見せる。
ぺろ、と舌なんて出して、本人が一番楽し気に。

アルン=マコーク > 「『悪』が『いることになってしまう』?」

僅かに、ほんの僅かながらの落胆の混じった声で、勇者はオウム返しにそう尋ねた。

「それではつまり、あなたも……そこにある『悪』を、直接感じられるわけではないのですね」

まるで自分は『悪』を感じられるかの如くそう言うと、眩い笑顔を向けてくれる女性に微笑み返す。

「あの街は、女性が一人で行くには危険な場所かと思いますが――大丈夫なのですか。もし、護衛の手が足りないならば、お供します」

などと、いかにも勇者らしい事を言う。
しかしその表情は僅かに曇っており、本当に心配しているように見える。

「異邦人街、は……まだ行ったことがなかったですね。昼は研究室で色々と話しているもので。今度、ぜひお邪魔させていただきます。僕は、この世界の多くを知る必要がある」

両手を広げ、楽しそうに迎え入れてくれようとする女性に、少年は深々とお辞儀をした。
先程から、感謝の意を表す際にはそうしているようだが……
仕込まれた芸を繰り返すように、毎度深々と、同じ角度で頭を下げているように見える。

「その時は教えていただきたいのです。あなたの思う『悪』について」

マルレーネ > 「………。
 感じたことがあるかないか、でいえば。 ありますけれど。
 本当に少ない回数、ですよ。」

相手の言葉をしっかりと聞く。
直接『悪』を感じ取る。 その悪はどんな尺度で? 誰を基準に?
もしくは、私が考えている『悪』とは全く違うものなのでは?
ゆっくりと考えが形になる。
それは、何かとても恐ろしい物のように感じられて。

……だから、シスターは穏やかに微笑むことにした。


「なーに、私だって一人旅もしてきて、数多くの戦いをこなしてきたんですから。
 ドジなんて踏んだりしませんよ。
 ちょっとした野暮用です。」

心配を、あはは、っと明るく笑い飛ばしていく。
え、昨日? 堤防? 海? なんのことだかわかりませんね………?


「………私の考える『悪』ですか。
 そのためには、私も話を聞かなければいけません。 たくさん、たくさん。
 貴方を分かってから、お話がしたいものです。」

動きを見て、言葉を聞いて。
言葉にできない違和感は感じ取りながらも、いつでも、という姿勢は崩さぬままに。

アルン=マコーク > 「僕は勇者なので、とりわけ『悪』に敏感なのですが……そうですね。僕の世界には、あなたのように勇者でない者でも、それを感じられる者はいました。『神官』とか――ああ、マリーさんは『神官』の才があるのかもしれません」

シスター服を着た女性にそう言ってのけるということは、その洋服が意味するところを理解していないのだろうか。
少年は、女性の穏やかな笑みに微笑みで返す。
その裏に秘められた感情は、お互いにわからない。

「そうですか。出過ぎた心配でした。では、明日からは少し気合を入れて掃除をしておくことにしましょう」

箒で掃くようなジェスチャーと共に、少年はそう言った。
掃除、という単語に不穏な意味を感じ取ることもできる――果たして彼の言う『掃除』は何を対象にしたものなのだろうか?

「それは……ありがたいです」

またもや深いお辞儀。
同じ角度。同じ時間だけ。
測ったような正確さで繰り返すが、少年の顔は大真面目だ。

「今もこの通りで『悪』についてどう思いますか? と聞いて回っていたのですが……皆おびえたような表情で僕を避けていくので。話をしていただける相手は貴重なんです」

どう考えても、そんなことをすれば引かれて当然なのだが、そういった感覚を少年は持ち合わせていないようだった。

やはり――どこまでも異質。
同じ言葉を話すからこそ、拭いきれない違和感が、少年の言葉や振る舞いのそこここに見られるのだった。

マルレーネ > 「………そうなんですね? 才能があるなら考えてみましょうかねー。」

んー、っと少し褒められて満足気にする姿を演じながら。
喉が、カラカラだ。
この世界においても、この格好ははっきりと神職の服装であったし、誰もがそう認識していた。
そういった世界の常識を知ることよりも優先されるべきことが、この質問なのだろうか。
この世界の人間に怯えられてでも、悪について問いただし、聞くことが優先されるのだろうか。


「掃除ですか? 何を掃除されるんです?
 私はガラス片とかばっかり任されるんですよねー。」

あはは、なんて笑いながら直接尋ねる。
この感覚は覚えている。
"何かがいる"暗闇を、松明で照らした時のあの感覚だ。

それでも。

私は見た。
私は知ってしまった。
それが何なのか、全容は分からないが。
その一端を見てしまったのだ。

ならば、照らさないという選択肢は無かった。
ああ、私は早死にするって師匠がよく言っていたな、なんて、与太が頭の中をぐるぐる回る。

アルン=マコーク > 「しかし、この場には幸か不幸か僕がいます。あなたが『悪』を感知する必要はない。『悪』は……勇者である僕が滅ぼしますから」

何の衒いもない笑顔で、『悪』を『滅ぼす』と言ってのけるその姿に、恐怖を感じるかもしれない。
『全ての悪が滅びますように』と書かれた短冊が、風に吹かれて揺れる。
彼にとってそれは、当たり前のことなのだ。
七夕に、人々が傍らの人の幸せを願うように。
世界の平和を願うように。
この少年は、全ての『悪』を滅ぼそうとしているのだった。

「この前はデッキブラシを使ったんですが、ダメですね。まず掃き掃除で砂埃を払わないと、汚れるばかりで……」

意外にも彼の言う『掃除』は、本当に普通の意味での掃除であったのだが、だとしたら何故この少年は、落第街で掃除をしているのだろうか。
シスターが感じる危うさは、恐らく正しい。

人の形をした暗がりに、全く未知の驚異が潜んでいる。

正しく『異邦人』である勇者は。

「掃き掃除も、ゴミ山を道の端に寄せないことで怒られてしまいました。僕は本当に……『悪』を滅ぼす以外のことはできないんです」

普通の人間のように、失敗談を語り、照れたように笑う。

マルレーネ > 「………。」

聞いていた。 少年の話も、照れたような笑顔も見て。
私がやる必要は無い、と心のどこかで何かが叫ぶ。

何が正しいのかも分からない。
思い過ごしかもしれない。
勘違いだって。

言い訳を積み上げて、目の前の少年から背中を向けようと試みる。 試みるが、それは信仰が許さない。
彼女は名前も無い。故郷も無い。あるのはその信仰だけ。
細い糸のようなそれに縋って、それでもその糸を手繰り寄せて何にもつながっていなかったらと思うと怖くて。

でもそれ以外には何もなくて。


「では、今度一緒に行きましょうか。」

微笑みながらそう言った。

「こう見えてお掃除は得意ですしね。 何より、少年が一人で行くには危険な場所かもしれませんからね。」

ふっふん、と胸を張って自慢げにしながら、ウィンクをぱちん、っと送る。
万が一想像通りならば、私は死ぬ可能性もあるだろう。その画まで浮かびかけて、首を横に振る。ええい、何を恐れるマルレーネ、がんばれ私。

アルン=マコーク > 「いいのですか?」

少年は小動物のような目で、女性を下から見つめてくる。

「ああ、いえ。その……つまり。僕と一緒では、不都合なのかと……」

どうやら、そういったやんわりとした断り文句の類くらいは、理解できているらしい。
少年は誤魔化すように咳払いをして。
膝を折り、女性の手を取り、頭を手に近づけようとして――
女性の手に触れるか触れないか、というところで。
我に返ったようにびくりと震えると、手を引っ込めて深いお辞儀へと移った。

「あ、ありがとうございます。実を言うと、一人で掃除をするのでは手が足りなくて」

滑らかな動きから、急にぎくしゃくとした礼のお辞儀。

「見事に『チルゥに帽子をさらわれ』――ああ、えっと、一本取られました。あなたの誇りを傷つけるところだった」

少年は、胸を張るシスターに向けて微笑みを深くして、再度。
例の、同じ角度のお辞儀をする。

「ご助力、感謝します。ぜひご一緒させていただきたく」

マルレーネ > 「私の仕事は私がやらなきゃいけませんからね。
 修道院の仕事を手伝ってもらうわけにもいかないですしね。」

相手の所作にくすくすと笑いながら目を細める。

「ええ、問題ありませんよ。
 お掃除をすることも私の仕事の中に入っていますからね。」


彼が何を悪と感じるかは分からない。
それが私の考える純粋な悪ではない場合は。

もし、何かあれば、自分が止めるしかない。
ああ、思い過ごしならいいのだけれど。

「わかりました、では次の機会に参りましょう。
 掃除をしたい場所などもあるんですか?」

アルン=マコーク > 「いえ。僕の掃除を手伝っていただけるのであれば、僕もあなたに何かを返さなければ。与えて、受け取る。それが『アシェの循環』……いえ、『幸せを分かち合う』ということですから」

先程から、妙な固有名詞を含む言い回し――彼の故郷の慣用句だろうか――が増えている。
それは、少年が気を許したということなのか、或いはまた別の心の機序によるものなのか。
ともあれ、少年の中になにかの変化があったようだ。

「特に決めてはいないのですが、大通りを端から掃除しはじめています。ああ、そうですね。どこから掃除をするのか……そういったところも、僕は気を回していなかった」

少年はうーんと唸りながら、顎に手をやり、しばし視線を斜め上に向け、それからシスターの瞳をまっすぐと見た。
身長は、さほど変わらない。小柄で華奢な体つき。
頼りにするにはやや心もとない少年は、堂々と胸を張って提案する。

「現地に行った時、マリーさんの仕事をする一角を掃除する、というのはどうでしょうか。それなら移動に手間もかからないし、マリーさんの仕事にも役立てると思います」

マルレーネ > 「お姉さんですよ、お姉さん。
 年上なんですから恰好をつけさせてください。」

指をピッ、と立てて偉そうにしながら、大きな胸を張るのだ。
一瞬、本当に思い過ごしだったのか、と心が揺れる。

それくらいに、穏やかな少年の言葉。
優しく頷いて、その提案を受け入れましょう。

「わかりました、そう致しましょう。
 その時には年上っぽいところ見せますよー?」

ぺろ、と舌を出しておどけて見せましょう。
その時にまた会いましょう、なんて笑って。

アルン=マコーク > 「ええ。その時は僕も勇者の力を……『空中掃き掃除』の真の力を見せましょう」

勇者などと口にしながら、ほほえみ返すその口調は、年相応の少年にしか見えない無邪気なものだった。
無邪気。
邪気の、『悪』の対極たる勇者なのだから、当然なのかもしれないが。

「では、今度異邦人街にお邪魔したときにでも、日取りを決めましょう。ありがとうございました」

そう言うと少年はシスターがそうするように舌を出した。べろり。
どうも出し過ぎなような気がするが……それでいいのだろうか。

そして、改めて何度目かの深いお辞儀をした後、少年は笹の下から立ち去ってゆく。
その後姿は、ごく普通の――妙な紅いマントを着けていなければ――少年であるように見えた。

マルレーネ > 「あはは、それでは楽しみにしておりますね。」

無邪気な少年の、穏やかな時間。
先ほどの暗がりのようなイメージが嘘だったかのような。

「………………。」

でも、その少年の後ろ姿を見送ってからの自分の指は、少し震えていて。
その指を、ぎゅ、っと握り締めた。


「………『悪』ですか。」

自分の判断が正しいとも思わない。
ただ、まっすぐ滅ぼされるべき悪も、そこまであるとも思えない。

悪ではない人が悪であると断罪されて害される可能性があるのなら。
それを見過ごすことは、できない。


「………大丈夫、大丈夫。 大丈夫。」

何度も言葉を繰り返しながら、心を奮い立たせる。
色鮮やかな短冊を見上げながら。


彼女は何も書かなかった。

ご案内:「学生通り」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「学生通り」からアルン=マコークさんが去りました。
ご案内:「学生通り」に何森究さんが現れました。
何森究 > 学園へやって来て数か月。
寮の独り暮らしには慣れた。島の地理はやっと学生街が把握出来てきたところ。異邦人は……興味深い。
そんなところ。

七夕の夜、笹の下は学生たちで賑わっていた。

「そういえば……、今日が七夕だっけ。
短冊、書いてなかったな」

晴れた夜空に、色とりどりの願いや飾りが揺れている。
人波からやや外れた通りの隅で、何森究はそのようにして笹を見上げていた。

何森究 > 短冊を書いていない理由はいくつかあった。

新入生の身には、試験前のこの日々が特に慌ただしいことが一つ。
毎日が混沌の坩堝にあるようなこの島で、次の日には願い事が変わっていそうなのが一つ。
記憶を失って間もない頭には、確固たる願い事が浮かばないのがもう一つ。

いかにも格好つけたような、ありふれた願いはいくつも浮かぶ。
けれどそのどれもがしっくり来ない。

「うーん……」

何森究 > 短冊をもらって、ペンを執る。

思い付いた願いがいずれも腑に落ちなかったのは、どこか借り物めいた言葉だからだ。
何森究は、まだ何かを欲することが出来るほど、自分自身を取り戻してはいなかった。

記憶を取り戻したいとは思わない。
その代わり、知りたいことはたくさんある。
空白ばかりの頭なら、新鮮な気持ちで物事を見つめることが出来るだろうから。

しばらく悩んで、短冊には『この島のことを知りたい』と書いた。
向こう一年の願い事。ここから始めるには、ぴったりなような気がしたから。

何森究 > 背伸びをして、短冊を結び付ける。

「うん」

名前を書かずに、願いだけを書いた短冊が一枚増えた。
踵を返して、笹の前を後にする。

ご案内:「学生通り」から何森究さんが去りました。