2022/05/08 のログ
麝香 廬山 >  
ただ青年は笑っていた。
蛇に睨まれた蛙はそこにはいない。
それこそ逆に、蛇をせせら笑う毒蛇が一匹。
吹かないはずの夜風が、宵闇に"互いの肌を撫でる"。

「──────やめようよ、こういうの」

"青年の声が聞こえた"。
気づけばその姿は蛇の眼にも映っていない。
宵闇の中、青年は"当然のように彼女の背後に佇んでいる"。
種も仕掛けもございません。それはまるで、"初めからそこにいたようだ"。

「あんまり騒ぎを大きくしたら、ボクも君もただじゃ済まない」

腐ってもここは天下の往来。
夜更けとはいえ異能を不必要に使ってはご法度だ。
さも当然のように青年は宵闇を闊歩する。勿論当てつけだ。
歩くたびにパチ、パチ、とその足音に合わせて静電気音が宵闇に響くのは
青年の異能の一旦のように思えるかもしれない。

「ゴメンゴメン、どうしてもやめられないんだ。"人に嫌がらせ"するの。
 趣味なんだよねぇ。人の泣き顔とか嫌な顔するの。ゴメンって、本当に」

しれっと言い放つ言葉の数々に相変わらず悪びれた様子はない。
ただ一つわかるのは、その微笑みも、何処か自信にあふれた態度も
飄々とした言動さえ嘘がないということ。つまり、青年の性根は腐っていた。

「ちょっとボクもイタズラが過ぎたよ。
 そんな"クソ野郎"のせいで風紀委員に怒られるのも、君もイヤでしょ?」

「ホラ、影を収めてよ。ね?アーヤちゃん♪
 その代わりちょっとだけ秘密を教えてあげるから、ね?」

人差し指を重ねてばってん。
青年の性根は腐っていたが、嘘はない。
決して危害は加えないと約束するし、メリットもないと説く。
青年は飽くまで平和的な落とし所を提案する。

まぁ、全部青年が発端なので"どの口が"という話だ。

高坂 綾 >  
背後から声が響く。
振り返れば、そこには二十四絶陣で関節を封じていたはずの。
……セカンドステージの出力で抑え込んでいたはずの。

青年の姿が。

「……そうね」

振り返る両目に一切の光は無かった。
相槌を打ちながらも相手の言葉を理解しているか怪しい。
怪物。影の魔物。

静電気音、ひょっとしたら相手は生体電気を。

相手の言う嫌がらせが好きという言葉に。
苛立った。

私は。どうしてだろう。
子供の時に幼馴染をさらった妖魔の顔を思い出していた。

私の指先から光の糸が自分の影に向けて伸びた瞬間。

「え?」

悪意に満ちた嘘のない言葉、意識が突然戻ってくる。
いけない、人間だ。私は人間だ。

だから■■するな。光の糸が崩れて闇に落ちた。

「ああ、やっぱりもういいよ」

影からタオルを取り出して自分の髪を拭いた。

「もういい」

手をひらひらと振って。

麝香 廬山 >  
悪意とは常に傍にいる隣人である。
故に我等は恐れ向き合う必要があるのだろう。

……なんて、誰の言葉だったかな。まぁ、誰でもいいか。

「そっか、よかったよかった」

まさに曇りなき影の眼。
確実に此方を"殺す気"だった。
おぉ、こわいこわい。それは口には出さず肩を竦め

「やだなぁ、人殺しにはならないでよ?」

それは"口にした"。
隣人が嘯く嫌味に他ならない。
とは言え、どんな状態であれ落ち着いたのであれば重畳。
余り騒ぎを大きくしていれば、本当に相手を"人殺し"にしかねない。
最も、その場合は風紀公安権限による"殺処分"ではあるが
死ぬ瞬間位、そう"呪いに見せかける"位の自信はある。

そう思うくらいに、青年の性根は爛れて腐り落ちている。

再び月明かりに照らされ伸びる影。
それに合わせるかのように、青年は軽く手を伸ばした。

「ねぇ」

気落ちする少女に問いかける。

「そうだなぁ……うん。君はこれから起きる全てのテストの答案がわかる。
 綾ちゃん。君はそういう学生生活はどう?楽だと思える?つまらないと思える?」

高坂 綾 >  
「興味がない」

タオルを足元に落とすと影に飲まれて落ちた。

「あなたに」

そう言って家に帰っていった。
あれはああいう形をした何かなのだろう。

だったら、関わるべきではないのだ。

ご案内:「学生通り」から高坂 綾さんが去りました。
麝香 廬山 >  
「あらら」

立ち去る背を負うことはない。
ふぅ、とため息を吐いて踵を返した。

「嫌われちゃった」

それも、微塵も後悔せずにぼやいた。
ちょうどよく暇もつぶせたし帰るとしよう。


後日、運ばれた生徒は"爆発物"を所持していたことにより
治療を受けながら風紀委員の取り調べを受けることになったという。
彼に対して、十分な嫌がらせになったのなら、青年にとってはこの上ない知らせなのは間違いない。

ご案内:「学生通り」から麝香 廬山さんが去りました。